千葉県木更津市(1)、潮干狩り場の電柱群
千葉県木更津市(2)、呪詛による結界、道切りのある集落
千葉県木更津市(3)、木更津港周辺とフェリー埠頭跡
千葉県木更津市(5)、木更津駅西口界隈の街並み(後編)
ここからは木更津駅周辺を散策して行きます。結構メジャーな街でありながら、意外と歩いていなかった。

木更津駅は大正元年(1912年)、内房線の姉ヶ崎〜木更津間開通に伴い開業。4ヶ月後には軽便鉄道の千葉県営鉄道(現在の久留里線)も開業しました。この駅舎は昭和45年(1970年)、君津までの複線化に伴い建てられた橋上駅舎になります。エレベーターこそ設置されているものの、西口にも東口にもエスカレーターは有りません。

西口駅前には木更津スパークルシティが。この建物は昭和63年(1988年)に開業したそごう木更津店でした。しかしそごうの経営破綻に伴い2000年に閉店。

現在では1階にヤマザキデイリーストアと観光案内所、バス案内所、整骨院。2階には呉服屋やブティックなどが数軒テナントが入っており、5〜8階は木更津市役所が入っております。それでも空きスペースが目立つ。

こちらは旧そごう別館ってところでしょうか。渡り廊下はすでに閉鎖されている様子。ちなみに木更津市役所本庁舎は東日本大震災に際して耐震性を調査した結果問題があるとなり解体が決定。2015年よりこの元そごうのスパークナルシティと東の外れにあるイオンシティ木更津朝日内に庁舎を構え、2庁舎体制となっています。

新庁舎建設の予定としては新築複合施設の計画を立てていますが、延期に次ぐ延期で現段階での候補地はこんな感じ。来年、令和8年4月より新庁舎の業務開始とホームページでうたってますが、既存の建物の解体計画すら立ってません。

駅前通り左手はアーケード解体中。このアーケードもそごうがオープンする前年の昭和62年(1987年)駅前再開発に伴い完成したそうです。

すでにシャッター商店街となった跡地で解体された空き地も散見されます。今後は自転車専用レーンと街路樹のゾーンが出来る計画とか。

向かい側はすでにアーケードが解体されていました。昼間から飲める飲み屋が一軒と潰れたパチンコ屋。木更津はアクアラインで三井アウトレットパークに人が押し寄せてますが、駅周辺は対照的に人影も疎らです。

その奥、駅前の右手には廃業された食堂とプラモ屋さん(?)。現役の頃に見たかった。ちなみにこの辺り、新庁舎建設に併せて区画整理と道路拡張もやりそうなんですが、その計画地に思いっきり入っていそう。

西口駅前通りの北側に入って行くと、さっそくスナック跡と思しき建物などが。

鑑札には風俗営業(バー)とあります。いったい何年前のものでしょうか。

海側へ歩いて行くと特徴的な看板建築と見世蔵が。ここは現在「蔵へんなカタチ」と言う、元は東陽町にあった町中華を前身とした餃子屋さん。かつては江戸時代から続く濱田屋と言う商家で、ここは寛政2年創業の砂糖、鰹節、お茶、紙を扱う砂糖濱田屋の店舗だったとか。濱田屋は他にも醤油、陶器、呉服など、濱田屋グループが展開されていたそうです。

その向かい側にはこれまた目を惹く建築物、アンティークショップの金田屋リヒトミューレがあります。ここは元々江戸時代から続く薬局で、この建物は昭和7年建造。

現在八百屋さんの倉庫となっているこちらの建物もモザイクタイルが見事。個人商店はおろかスーパーも軒並み潰れる中、頑張っています。

人は歩いてないが猫は居る。

地面でゴロゴロしてます。木更津駅周辺がドーナツ化現象となり衰退したのはモータリゼーションの影響もありますが、2014年のイオンモール木更津店開業が決定打になったんだと思われます。

料亭だったかのような建築物。あるいは置き屋、待合などか、花街の雰囲気も。

さらに進むと狭くて曲がり角の多い路地に。ちょっと普通の住宅街と違う雰囲気になって来たかと思えばこの辺り、元は赤線地帯だったと言う噂が。

屋号が書かれた看板。これは当時の名残りでしょうか。木更津は江戸時代から漁業も盛んで、また港町としても発展して来た歴史もあり、明治期には遊郭も存在しました。ただ木更津の赤線については資料も少なく確証は掴めません。

曲がりくねった道。あからさまなカフェー建築こそ無いものの恐らくは。とは言え旧・帝国海軍木更津航空隊の跡地を戦後GHQが摂取した当時、米兵に対する売春、いわゆるパンパンが木更津にありました。

忽然として現れるスナック長屋。名残りを感じさせます。ちなみに米軍基地は昭和43年、いまだ米軍が使用する権利を有しているものの形式上には返還され、現在は自衛隊木更津駐屯地となっています。そして当然ながら、木更津はその後も自衛隊相手の歓楽街として発展し続けます。

最近はお客さんも少にゃくにゃってねぇ……。

数匹見かけましたがとにかく猫が多い。もう天国。やはりスナック街に猫はつきものです。

この曲線を多用した木造モルタル造り、こちらもかつての名残りでしょうか。

玄関先のタイル貼りが普通の民家ではなかった事を物語ります。
後編に続きます。
千葉県木更津市(2)、呪詛による結界、道切りのある集落
千葉県木更津市(3)、木更津港周辺とフェリー埠頭跡
千葉県木更津市(5)、木更津駅西口界隈の街並み(後編)
ここからは木更津駅周辺を散策して行きます。結構メジャーな街でありながら、意外と歩いていなかった。

木更津駅は大正元年(1912年)、内房線の姉ヶ崎〜木更津間開通に伴い開業。4ヶ月後には軽便鉄道の千葉県営鉄道(現在の久留里線)も開業しました。この駅舎は昭和45年(1970年)、君津までの複線化に伴い建てられた橋上駅舎になります。エレベーターこそ設置されているものの、西口にも東口にもエスカレーターは有りません。

西口駅前には木更津スパークルシティが。この建物は昭和63年(1988年)に開業したそごう木更津店でした。しかしそごうの経営破綻に伴い2000年に閉店。

現在では1階にヤマザキデイリーストアと観光案内所、バス案内所、整骨院。2階には呉服屋やブティックなどが数軒テナントが入っており、5〜8階は木更津市役所が入っております。それでも空きスペースが目立つ。

こちらは旧そごう別館ってところでしょうか。渡り廊下はすでに閉鎖されている様子。ちなみに木更津市役所本庁舎は東日本大震災に際して耐震性を調査した結果問題があるとなり解体が決定。2015年よりこの元そごうのスパークナルシティと東の外れにあるイオンシティ木更津朝日内に庁舎を構え、2庁舎体制となっています。

新庁舎建設の予定としては新築複合施設の計画を立てていますが、延期に次ぐ延期で現段階での候補地はこんな感じ。来年、令和8年4月より新庁舎の業務開始とホームページでうたってますが、既存の建物の解体計画すら立ってません。

駅前通り左手はアーケード解体中。このアーケードもそごうがオープンする前年の昭和62年(1987年)駅前再開発に伴い完成したそうです。

すでにシャッター商店街となった跡地で解体された空き地も散見されます。今後は自転車専用レーンと街路樹のゾーンが出来る計画とか。

向かい側はすでにアーケードが解体されていました。昼間から飲める飲み屋が一軒と潰れたパチンコ屋。木更津はアクアラインで三井アウトレットパークに人が押し寄せてますが、駅周辺は対照的に人影も疎らです。

その奥、駅前の右手には廃業された食堂とプラモ屋さん(?)。現役の頃に見たかった。ちなみにこの辺り、新庁舎建設に併せて区画整理と道路拡張もやりそうなんですが、その計画地に思いっきり入っていそう。

西口駅前通りの北側に入って行くと、さっそくスナック跡と思しき建物などが。

鑑札には風俗営業(バー)とあります。いったい何年前のものでしょうか。

海側へ歩いて行くと特徴的な看板建築と見世蔵が。ここは現在「蔵へんなカタチ」と言う、元は東陽町にあった町中華を前身とした餃子屋さん。かつては江戸時代から続く濱田屋と言う商家で、ここは寛政2年創業の砂糖、鰹節、お茶、紙を扱う砂糖濱田屋の店舗だったとか。濱田屋は他にも醤油、陶器、呉服など、濱田屋グループが展開されていたそうです。

その向かい側にはこれまた目を惹く建築物、アンティークショップの金田屋リヒトミューレがあります。ここは元々江戸時代から続く薬局で、この建物は昭和7年建造。

現在八百屋さんの倉庫となっているこちらの建物もモザイクタイルが見事。個人商店はおろかスーパーも軒並み潰れる中、頑張っています。

人は歩いてないが猫は居る。

地面でゴロゴロしてます。木更津駅周辺がドーナツ化現象となり衰退したのはモータリゼーションの影響もありますが、2014年のイオンモール木更津店開業が決定打になったんだと思われます。

料亭だったかのような建築物。あるいは置き屋、待合などか、花街の雰囲気も。

さらに進むと狭くて曲がり角の多い路地に。ちょっと普通の住宅街と違う雰囲気になって来たかと思えばこの辺り、元は赤線地帯だったと言う噂が。

屋号が書かれた看板。これは当時の名残りでしょうか。木更津は江戸時代から漁業も盛んで、また港町としても発展して来た歴史もあり、明治期には遊郭も存在しました。ただ木更津の赤線については資料も少なく確証は掴めません。

曲がりくねった道。あからさまなカフェー建築こそ無いものの恐らくは。とは言え旧・帝国海軍木更津航空隊の跡地を戦後GHQが摂取した当時、米兵に対する売春、いわゆるパンパンが木更津にありました。

忽然として現れるスナック長屋。名残りを感じさせます。ちなみに米軍基地は昭和43年、いまだ米軍が使用する権利を有しているものの形式上には返還され、現在は自衛隊木更津駐屯地となっています。そして当然ながら、木更津はその後も自衛隊相手の歓楽街として発展し続けます。

最近はお客さんも少にゃくにゃってねぇ……。

数匹見かけましたがとにかく猫が多い。もう天国。やはりスナック街に猫はつきものです。

この曲線を多用した木造モルタル造り、こちらもかつての名残りでしょうか。

玄関先のタイル貼りが普通の民家ではなかった事を物語ります。
後編に続きます。




























































































































