水上建築

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神奈川県横浜市神奈川区(4)、高島貨物線沿線に再訪2025

およそ12年ぶりに東神奈川駅を降りました。
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2013年6月、東神奈川駅東口にて撮影。この雑居ビルは2017〜2018年の時点で取り壊されました。

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2025年9月撮影。今回訪れてみたら高層マンションが完成し、スカイデッキも新設されていました。写真奥、京急仲木戸駅の向こう側でもマンション建設が始まっています。

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東口北側、複合ビル2階の立ち飲み「龍馬」は健在でしたが、その奥の立ち飲み「じゆうな丘」さんが無くなっていました。好きな店だったんだけどなぁ。

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まずはハローサイクルでレンタルサイクルを借りて横浜中央卸売市場方面へ。運河に張り出した建物は健在だし、貨物線のJR高島線も現役でした。

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ただ、当時貨物線をアンダーパスしてきた道路の脇に建ち並んでいたバラックが、、

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ことごとく解体されていました。問屋さんや倉庫として使われていたと思われます。

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向かいの町中華は健在。ここ、一度入ってみたい。

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11年前の横浜中央卸売市場の北西側の運河。

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それがすっかり埋め立てられていました。横浜駅やみなとみらいからも離れているので、主に住宅地としてショッピングセンターや分譲マンションなどが建設されるのでしょうか。

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穂瑞埠頭近くの運河はまだ埋め立てられていませんが、打ちっぱなしゴルフ練習場の東神奈川ゴルフジョイは2024年末で廃業。この辺りも近年開発されて行くでしょう。

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11年前にあった簡易宿泊施設。いわゆるドヤ街がこの辺りには存在していました。

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それが今回訪れたら跡形もなく消えていました。かつての港湾労働者の街がありきたりな住宅街へ。

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ただ、三ツ沢から流れる滝の川が京急の下を通る辺り。朝鮮部落発祥と思しき一帯。

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その川辺で川面に張り出すバラック建築は健在でした。写真上の黒い部分は京急のガードです。
後々ご指摘を受けてよくよく見てみたら、柱が2本とも腐ってて建物が浮いてる!www

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後ろに仰け反って川に崩れ落ちそうになっていた建物はさすがに解体されましたが、その跡地に新しい建物が建っていました。不法占拠していた土地で返還しなければならないと思っていましたが、ちゃんと権利を取得していたと言う事のようです。

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その奥の水上建築も健在。この写真を撮影したのは2025年9月11日の午後1時半頃なのですが、この2時間後に記録的な豪雨となりました。

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私はギリギリ生麦駅に退避し京急で横浜へ向かったのですが、車窓から見た滝の川が増水して濁流となっていました。立会川が氾濫したあの日、特に報道されていないので無事だったのかと思いますが、建物内に居たら生きた心地もしなかったろうと。

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さて今回は貨物線に沿ってさらに北へ。以前訪れた貨物線沿いの三井倉庫横浜支店千若事務所は健在でした。

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1953年(昭和28年)建造の倉庫。築72年、よくぞ生き残っていたと思います。

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新川崎の新鶴見信号場から東海道線の海側の埋立地を通り、横浜の高島町辺りで地下へ潜って根岸のオイルターミナルへと続く貨物線。かつては京浜工業地帯の各工場へと引き込み線が伸び貨物輸送が盛んでしたが、現在では根岸から各地への石油輸送のみがこの路線を走っています。

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沿線のトナミ運輸の倉庫に残っている、国鉄時代の貨物路線図。荷物列車がまだあった頃の物と思われます。北海道の天北線とか名寄本線あるし。

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今回、本当は引き込み線の廃線跡なども見たかったのですが、ことごとく市有地の中なので見る事は出来ませんでした。

神奈川県横浜市神奈川区(3)、子安漁港の狭過ぎる路地

前々から訪れて見たいと思っていた子安に残る漁村。9月より俄に仕事が忙しく、合間を見て訪れて来ました。

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JRと京急の止まる新子安より国道15号を西、横浜方面へと歩いて行きます。沿道にはなかなか古そうな建物も。

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かなり立派な廃屋。子安の辺りは海岸まで丘陵地が迫っているため平地が少なく、この辺りの第一京浜こと国道15号線は旧東海道の街道筋に当たります。

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しばらく歩くと水路に流れる入江川の船溜りが見えて来ました。水路という言い方は正しくなく、元々の海岸線で目の前の海が埋め立てられた事により、水路と言うか運河のような形になってしまったと言うもの。ただ、ここではとりあえず水路とします。

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さっそく狭い路地に吸い込まれるように歩いて行くと井戸が。これは防災井戸と言って、いわゆる消火用の井戸です。

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水路の手前を浜通りと言い、通りと水路の間の狭い土地には漁師小屋などが建ち並んでいました。

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こちらは船溜りにある船の整備工場。水面まで軌道が敷かれています。この入江川は鶴見の奥、以前仕事で行った事のある二反田の谷戸地帯からJR横浜線沿いに流れるれっきとした河川です。

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路地裏にはまたしても井戸が。この界隈の路地は異常なほど狭く当然ながら消防車も入って来れないため、このような井戸が町中に点在しています。生活用水としても使われているようですが、さすがに海岸なので塩水に近いのかも知れません。

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水路沿いに西へ進むと富士見橋があります。浜通りと水路の間に建つバラックを水路側から見るとこんな感じ。奥に聳えるのは新子安駅北口のタワーマンション。

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こちらは富士見橋より横浜方面を眺めたところ。ただこの橋、渡った先の埋立地には貨物線が通り、その奥は日本油脂とマツダのR&Dセンターがあり、敷地内と言う事で入れません。

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こちらも路地裏の防災井戸。ポンプが接続されており、蛇口も取り付けられています。今は上水道も施設されていますが、洗濯ぐらいには利用されていたのでしょうか。しょっぱいかどうか試しに味見してみれば良かった。

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立派な家屋が一軒だけ。漁師町の元締め的な存在だったのでしょうか。

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銭湯もあります。午前中だったので入れませんでしたが、この井川湯は明治後期から120年ほど続いており、横浜で2番目に古い銭湯と言われています。手前にはまたも防災井戸。

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左右のコントラストがエグい。新築家屋やアパート、そして空き地なども混在しています。

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再び浜通りに出ました。トタン貼りの漁師小屋と住居が連なっています。

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ちょうど子安漁港の中央付近に架かる常盤橋から鶴見方面を望む。手前には恐らくレース用の伝書鳩の鳩小屋。

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横浜方面はこんな感じ。子安漁港は古くから江戸前の穴子やシャコの漁で栄えていました。

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しかし高度成長期における工業用地確保のための埋め立て事業やその後の工業排水による海洋汚染などがあり、漁師を廃業する方が続出しました。今では漁のための倉庫が駐車場として使われている所も。

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再び路地に入ります。しっかし狭い。この子安漁港は横浜の大黒ふ頭や川崎の扇島東ふ頭埋め立てに伴って昭和46年(1971)に一度漁業権を放棄しました。しかし昭和54年より漁を再開。

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狭い路地の奥に多少広い場所があり防災井戸がある。これ、今でこそ防災井戸となっていますが、かつては飲み水にも使っていたのでしょうか。そう思えるくらい井戸が多い。

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路地の奥に突然神社が現れたりもします。子安浜の漁は700年もの昔より続いていたそうです。

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またもや井戸が。やはり、かつての生活用水か。

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路地の狭さがだんだんエグい事になって来ました。突き当たりのように見えて……

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抜けられます。いや、もう、ひとんちか、これは。

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私道どころじゃなくて、もはや敷地内のような気が。勝手に通り抜けちゃいけないですよね、本来。

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とりあえず猫に癒されましょう。他所者の侵入に警戒されてますが。

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単なる家と家との間であり道じゃないと思っていても、その奥に玄関があったりします。

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このアプローチの狭さは昔訪れた川崎の池上町以来です。

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浜通りから第一京浜までの間で、およそ10メートルほどの高低差があります。

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無造作に置かれてますが道祖神らしきものが。一応道なんですね。

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お邪魔しますと呟きながら通り抜けます。

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なんとか広い所に出た。いや、広かないけどwww

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消防車どころか消防士すらも入って行くのに困難なくらいの路地。かつては都内および首都近郊各地に存在しましたが、そのほとんどが区画整理によって消滅しました。

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子安浜に戻りました。漁港には漁船の他に船宿の釣り船や屋形船なども停泊しています。

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新浦島橋から東を眺める。子安漁港はここまでとなります。高度成長期に消滅の危機を乗り越えて来た子安浜の江戸前漁業ですが、現在も高齢化や後継者不足による消滅の危機を迎えています。とは言え漁村そのものはいまだ多くの人々が暮らしています。狭小地なので空き家になると不信火の恐れがあるため即解体されますが、更地となっている所は少なく、よって人口は減っていないのです。

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神奈川県横須賀市追浜(3)、追浜駅前の水上商店街

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神奈川県横須賀市追浜(4)、旧第一海軍技術廠周辺の遺構

日産のお膝元、企業城下町でもある追浜は奥が深い。と言う事で、やっと仕事も暇になって来た事だし追浜再訪して来ました。

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追浜駅東口前通りの左手、一本裏の路地。駅前通りと並行して流れる鷹取川は、まず暗渠から始まります。

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更に一本裏の通りには、渋い商店街が。歴史がありそうなお豆腐屋さん。

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こちらは消防団。昭和の時代、消防団の詰所と言えば地元の子供会が集まるコミュニティでした。

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渋い街中華のもあります。

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はびき野さん。店内に入ると更に激渋な空間が。お婆ちゃんと息子さんらしき方が切り盛りされています。

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サンマーメンを頼みましたが、正直普通のラーメンを頼めばよかったと後悔。もちろんサンマーメンも美味いのですが、それ以上に細めの縮れ麺とスープが美味くて、シンプルなラーメンでも味わいたいと思ってしまいました。まさに懐かしい中華そばってやつです。

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通りを奥、東に進んでゆくと、廃墟然とした団地があります。まだ数軒住われている棟もあるみたいですが、解体は時間の問題。

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さて、こちらが目的地。建物が暗渠から地上に顔を出したばかりの鷹取川に張り出しています。

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いや、これは張り出していると言ったレベルじゃありません。建物丸々川の上に建っています。

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表側に回れば駅前通りである夏島貝山通りの商店街。

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行きたいと思っている所で北九州市の旦過市場ってのがありますが、そんな感じか。

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およそ100メートルちょっとって所でしょうか。全体像はこんな感じです。

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元々鷹取川は西の鷹取山で採取された鷹取石を水運で追浜まで運んでいたそうです。しかし関東大震災に際し川底が隆起して運搬船の航行ができなくなったとか。その後昭和に入ってからの宅地化などで暗渠となり、川が塞がれて行ったそうです。

千葉県船橋市、都疎浜バラック群

 船橋駅から南へ10分ほど歩いた所に、廃墟同然のバラックが建ち並ぶ一帯があります。

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 京成船橋駅を越えて遠くに聳えるタワーマンションを目指して歩くと、有形文化財にも指定されている割烹旅館『玉川』があります。天然温泉にも入れるこの割烹旅館は船橋でも随一の高級旅館なのですが、海側の再開発がえげつないです。

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 そんなタワーマンションから運河一本隔てた反対側に、廃墟同然のバラックが立ち並んでいます。

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 この辺りは元々放置されていた塩田の跡で、大戦中に都会の人々が疎開して来た浜辺、という事で都疎浜と名付けられたそうです。

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 運河の西側一帯が都疎浜地区なのですが、運河沿いの道路の西側は比較的普通の住宅街と言った感じで、道路と運河の間にだけバラックが連なっています。

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 運河はほとんど水が枯れており、細長い池というか沼と言った方がしっくりくる。

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 中には焼けっぱなしで放置された建物も。実際すでに引っ越して廃墟となっている建物も多いのですが、基本解体せずにそのまま放置されています。それもそのはず、この土地は船橋市管轄の土地を不法占拠された土地なので、家主が居なくなった後何かが建つという訳ではありません。それでも、ここ数年でだいぶ解体が進み、歯抜け状態となっています。

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 なにしろ後ろが運河なので、思いっきり仰け反っています。

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 ほぼ全ての建物に言えますが、運河の底に杭を打ち込んだだけの簡単な基礎なので無理もないです。すでに倒壊したために解体されてしまった建物もあります。

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 高層マンションとのコントラストが凄まじいです。

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 すでに運河としては機能していないので、いずれは残る全てのバラックが立ち退かされた後、埋め立てられて公園にでもなるのかも知れません。

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神奈川県横浜市神奈川区(1)、市場食堂~ドヤ街、朝鮮部落

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 横浜の北、京急神奈川駅から海に出れば横浜中央卸売市場があります。

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 ここは市街地の外れの工業地帯にあるため、築地のような雑然とした感じや古さは無く、閑散としております。‌‌

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 場外の卸の店舗などが入った建物の一角に食堂街はあります。‌‌

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 早朝は賑わっているのでしょうが、昼休み時は市場職員と観光客のみ。‌‌

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 店の奥には魚が乱雑に積まれております。先週は地面にマグロが転がっていました。‌‌

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 大間のマグロ定食。高級なためか意外とボリュームは少なめ。とは言え、最高に美味い。‌‌

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 市場周辺には卸業者の建物が集まっているのですが、バラック建築が非常に多いです。‌‌

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 市場をぐるりと迂回するように流れる滝ノ川を見ると、川に競り出した水上バラックの群れ。‌‌

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 滝ノ川は埋め立て地を直線的に流れる運河の役目を果たしていた川です。映画『カイジ2』のロケ地になってたりもします。

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 埠頭も近いため、港湾労働者の町でもあった事を簡易宿泊施設が物語っております。つまりドヤ街。寿町ほどではありませんが。

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 滝ノ川を遡り第一京浜を越えると、土橋という小さな橋があります。この橋、どうも鉄道橋に見えてしまうのですが、廃線跡でしょうか。

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 滝ノ川を京急線が跨ぐあたり、ここにも川に競り出した水上バラックがありました。しかしよく見れば教会が紛れています。建っている土地も道路と川に挟まれた空白地帯のような狭い場所。

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 川沿い、線路沿い、教会、これらの条件を考えると、朝鮮部落を思い出してしまいます。真相は謎ですが、戦後のどさくさに紛れて不法占拠した建物ではないかと。

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 特に真ん中の建物などは脚が腐り、川に落ちかけています。

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 その建物を正面から見ると、かなりのけ反ってるのが分かります。別に廃墟ではなく、人が住んでいるのが驚き。
 ともあれこの界隈は非常に内容の濃いい街です。

2013年6月撮影。

※追記 2019年1月10日
夕方のニュース番組で写真中央のトタンが錆びたバラック住宅を、倒壊危険空き家住宅として取材してました。 番組によればこの物件は借家で、2年前に住人は引っ越し。大家さんはアメリカに住んでおり連絡が取れないとか。さらにこの物件、昨年末に解体工事が始まり取材したところ、横浜市は依頼していないそうです。報道が来た事が大家に伝わり、急いで解体したのでしょうか。謎は深まるばかりです。

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