映画館

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茨城県笠間市(3)、廃映画館の昭和館跡

最後に笠間の廃映画館を訪れます。

茨城県笠間市(1)、人車軌道と花街と廃墟ホテル
茨城県笠間市(2)、笠間の終末スナック街
茨城県笠間市(4)、寂れたラブホ街と廃車両群

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その前に散歩の途中で見かけた物など。ちょっと路地を入っても看板建築が残っていたりします。元々何屋さんだったかは不明。

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解体され撤去されて来たであろう、モザイクタイルなどのコンクリート流し台が置かれています。私の実家にもありました。ウチの場合軒先に置かれた洗濯機の脇に有りましたが、昔は屋外に設置される流し台でよく目にしました。

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トヨタセラ!バブル期の終わり頃に一世を風靡した、ガルウイングドアで天井ほぼガラス張りと言う伝説の車。

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笠間稲荷の門前左手に廃病院があります。栗屋病院と書かれていますが、現在は民家として住われている様子。

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その病院脇を入って行くと、奥に開けた土地が。ここにかつて昭和館と言う映画館がありました。ちなみにここは昭和5年(1930)まで走っていた笠間人車軌道の終着駅だったと言う説もありますがもっと手前が駅と言う説も、ガソリンカーになってから方向転換のための転車台などが置かれていたりしたのかも知れません。

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笠間市内にはかつて3軒もの映画館がありました。この昭和館は昭和5年(1930)、笠間稲荷の南に位置する荒町に開業しますが、昭和9年の大火で消失。昭和12年に荒町北と呼ばれていた現在のこの場所に移転して来ました。

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埋もれていますが鑑賞券売り場の窓口。閉館は昭和58年(1983)。その後廃墟となった建物は東日本大震災で倒壊し、少しずつ解体されて来たそうです。

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現在残っているのは正面の壁など一部のみ。裏に回るとこんな感じ(有り様)です。

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当時の映画館は3軒とも閉館となりましたが、現在イオン笠間店敷地内にシネコンが出来ています。今の時代、広大な駐車場を完備してないと何につけても成り立ちません。

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映写室の跡は防火対策のためかコンクリート造。ここに2台の映写機が有ったようです。ちなみに映画は途中何回かフイルム交換するので、映写機は2台必要となります。

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観客席の跡。右側正面に舞台及びスクリーンが有ったと思われます。開業当時は寄席も行われていたそうです。

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舞台及びスクリーンの左手には男子トイレ。ここだけがポツリと残っています。

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こう中途半端に残っていると、爆撃を受けた戦災地のよう。

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映画館の右手には浴場が有ったようです。

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男女それぞれの浴室に二つづつ浴槽がある事から、共同浴場だったのではと想像できます。

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浴場入り口の玄関土間と思われる痕跡。映画館とは別棟であったのでしょう。

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浴場脇の残っている部分。なぜ一気に全部解体せずに一部だけ残っているのかは謎。

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その残骸に残るトイレ。なぜかトイレットペーパーが健在。風雨に耐え忍んで来たと言う事か⁉︎www

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敷地の奥にある建屋は屋根が崩落しています。倉庫か何かだったのでしょうか。

以上で笠間散策を終わります。観光地と言うだけで無く、地方都市としても笠間は相当栄えていた事が伺えました。

茨城県笠間市(2)、笠間の終末スナック街

実のところゴールデンウィーク中に訪れた際、行き損ねた場所があったので、2回に渡り訪れました。なので天気が快晴だったり曇りだったりしています。

茨城県笠間市(1)、人車軌道と花街と廃墟ホテル
茨城県笠間市(3)、廃映画館の昭和館跡
茨城県笠間市(4)、寂れたラブホ街と廃車両群

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さて、再びJR水戸線笠間駅から。閑散とした駅前左手にある旅館の裏手に回ると、駅前横丁と言う看板が目に入ります。

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まさかここを入るのかと不安になるほどの狭い路地を進んで行くと、かつての路地裏飲食店街が姿を現します。

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しかしそこは既に廃墟。生き残っている店が一軒も無いゴーストタウンでした。

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建物と建物の間にはこのような通路があり、下へ降りれるようになっています。つまり平屋建てかと思った建物は全て二階建てでした。

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まず水戸線の駅に降りると言う発想がマイナー過ぎてそもそもありませんでした。とは言え水戸線の前身である水戸鉄道は明治22年(1889)に開業しており、茨城県内でも古くから発展しております。特産品は北西に位置する益子と同じく陶器の笠間焼。あとは栗、菊、梅。

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こちらも建物と建物の間。よく見るとスロープになっており、下の階には左右に扉が有ります。恐らく倉庫などに使われており、そのため台車で降りれるようになっているのではないかと想像できます。

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一番奥から振り返ったところ。たった4軒しかありません。

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一番奥の下へ降りるスロープ。もしかしたら住居として使われた事もあるのかも知れません。

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裏手に回るとこんな感じ。

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半地下状態になっており、各戸窓がひとつだけあります。

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今でこそ駅前及び稲荷神社までの沿道は閑散としていますが、かつてはもっと賑やかだったのでしょう。

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商店街としての賑わいも有ったかも知れませんが、笠間稲荷の北西近くにイオン笠間店が出来た事で衰退して行きました。車社会の現代、駐車場完備は必須です。

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さて笠間稲荷神社の手前、写真右脇の路地を入って行きます。

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奥に進むとバラック飲み屋街が姿を現します。

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地元の観光産業に携わっている人々が飲みに来るのでしょうか。かつては泊まりがけの観光客も訪れていたかも知れません。

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結構新しい感じの店もあり、現役である事が伺えます。

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裏に廻ればこんな感じ。バラック感がいいです。

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その裏手にはスナック街がありました。

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かつては路地裏スナック街の雰囲気があったであろうと思われますが、だいぶ解体されてしまってます。

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今度は笠間稲荷神社の裏手をぐるっと回っていきましょう。周辺にもスナックの跡が点在していますが、営業されている店は無さそう。

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スナック街と言うほどではありませんが、稲荷神社が街の中心である事が分かります。

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右手には廃墟化したお屋敷。

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すでに廃墟化していますがお寿司屋さんも。現在賑わっているのは門前のみのようです。

更に続きます。

埼玉県本庄市、昭和の街並みとスナック街

本庄は元々中山道の宿場町でした。

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現在ではモータリゼーションによって郊外の幹線道路沿いに出来た巨大商業施設に客を奪われた、よくある寂れたシャッター商店街が連なります。

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市内からは北に赤城山から桐生にかけての山々、西には神流川流域の山々が遠くに望む事が出来ます。写真は旧本庄商業銀行煉瓦倉庫。

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至るところに漆喰が使われ換気口が設けられ、担保としての生繭や生糸を貯蔵するための倉庫として明治29年(1896)に建てられました。

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明治16年(1883)に鉄道が開通してからは更に交通の要衝となり、地理的に熊谷と並び北関東の養蚕地帯と都心を結ぶ中継地点であった事から街が栄えました。

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市街には栄華を誇った時代の建物が幾つか残されています。こちらは国登録有形文化財の本庄仲町郵便局。

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こちらは県指定文化財の旧本庄警察署。結構古い建物は多く残されているのですが、街並みとしては保存されてないので観光資源としては弱いです。

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こちらはガラスや陶器を扱う戸谷八。創業永禄3年(1560)と言うから、よ、460年前? 桶狭間!? 確かに戸谷家は利根川水系の廻船問屋で永禄3年に現在の太田市から本庄へと本拠地を移して名主を務め、1751年より砂糖と陶磁器の商いを始めたとされてます。

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間口45mに対し奥行き90m。何気なく撮って後で調べてみれば、まさに本庄の歴史を語る上で欠かせない名家中の名家じゃないですか。地の利として本庄は利根川に鏑川や神竜川が合流する舟運の要衝でも有り、ただの宿場町ではありませんでした。

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古くは中世から江戸期、明治大正昭和と発展し続けて来た本庄ですが、多くの地方都市がそうであるように栄えたのも昭和まで。こちらは映画館の旧・本庄シネマGIN座跡。

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明治大正期の歴史的建造物などに目が行きがちですが、昭和の木造建築も多く残されています。こちらは看板建築長屋。丸窓が印象的です。

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ことごとく廃業していますが、これらの建物も非常に貴重な昭和遺産です。

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こう言った物がこれからの時代、観光資源になって行くと思うのですが。

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そんな街ブラするだけでも楽しめる本庄ですが、ここからが本番。街の繁栄と共に当然花街や歓楽街としての発展もありました。

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一本路地を入れば、そこかしこにスナックが点在しています。

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バラックみたいな民家かなと思えば左奥に気になる構造物が。

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ここもスナック跡でした。住宅街の中に忽然と姿を見せるので油断なりません。

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こちらはかつて路地裏飲食店街だったのでしょうか。左手が空き地となっているので当時の様子を知ることはできませんが。

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しかし空き地の奥に飲食店の入り口跡らしき物が。

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これだけ栄えていた街だけに古くは宿場町の飯盛女から遊郭まで存在しました。二階の欄干がそれっぽいですが確証は得られません。

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丸窓がいかにもな建物。埼玉県は明治8年(1875)に廃娼県となりましたが、群馬県から合併された本庄と深谷だけは遊郭が存続されました。しかし明治27年(1895)には群馬県も廃娼県となり、その頃には本庄の遊郭も消滅。

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しかしながら公娼が料理店の名目で私娼となっただけで色街は残り続けました。

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しかし廃娼県においてその存在はあくまで闇であり、戦後の赤線時代もあったかも知れませんが記録や資料が乏しいそうです。

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ふと、気になるバラック長屋を見つけました。

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この窓、普通の民家だろうか。

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塀があって門を潜って玄関と言う造り。

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本当にただの民家かも知れませんが、ただの長屋でこの造りは何とも。

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共同の水場もあります。この辺は昭和以前の長屋って感じですね。

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いわゆる私娼は黒歴史なので、あまり触れちゃいけない部分でも有ります。

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真相は分かりませんが、ちょっと興奮しちゃいました。

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最後に激渋理容室を幾つか。こちらは蔵をリノベーションした理容室。観光地化するポテンシャルを秘めています。

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これだけ古い建物でも現役で営業しているのが凄い。

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おいおい本当かよ!とついツッコんでしまった理容室。室外機そこでいいのか⁉︎
本庄、なかなか奥が深い。

千葉県八街市、駅前商店街と映画館廃墟と

八街。ヤチマタと読みます。確か小学校の社会科かなんかでこの地名に触れたような気がします。落花生の生産高日本一ですし、茨城野菜の流通に於ける交通の要衝でもあります。

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田畑に囲まれた街は閑散としており、古い建物が解体された跡と思われる空き地がそこら中に広がっています。

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駅を降りればいきなり渋い長屋、駅前商店街がお迎えしてくれます。

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八街駅南口から線路沿いに東へ伸びる商店街。二階建ての長屋のような造りが左右に連なっています。

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祝日の午前中だったので開いてる店舗はありませんでしたが、時短営業や臨時休業の張り紙が散見される事から、生き残っている店舗も多くありそうです。

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商店街の外側、線路とは反対側の様子。八街に限りませんが、空洞化によって客足は郊外の幹線道路沿い商業圏に奪われています。

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途中千葉銀行を挟んでさらに東へと伸びる長屋。統一された外観ですが、かなり大規模な商店街だったことが伺えます。

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駅前で唯一営業していた蕎麦屋さんで昼食。かつては駅前も相当賑わっていたと思われますが、えげつないくらいの衰退ぶりです。

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創業明治27年と言う老舗のお蕎麦屋さん。建物も素晴らしいですが、もちろん味も美味しかったです。

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街並みは歯抜け状態を超えて古い建物が孤立状態。まず無料駐車場が無ければ商売が成り立たないのが現状でしょうか。

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かつてはこのような建物が通り沿いに延々と立ち並んでいたのでしょう。しかし立て替えることもなく解体してそのまま空き地となっているのが目立ちます。

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さて今回の目的地はここ。駅前商店街からさらに東へ向かった先に残る八街銀映跡。

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なんとも迫力のある映画館の廃墟です。

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青い豆タイルがびっしり、ほとんど損傷なく残っています。入り口右手の小窓は券売所でしょうか。

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この八街銀映は昭和25年開館。かつてこの近辺は八街銀座と言い賑わっていましたが、大火で一帯が全焼。そのまま廃れて昭和50年代後半には閉館となったとか。ちなみに銀映、または銀映劇場という名前の映画館がかつて全国的に存在したと確認できますが、その関連性については一切不明。唯一伊香保にストリップ劇場として銀映の名が現存しますが、そちらとの関係も不明。

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その向かいには商店街の跡らしきものも残っています。

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すでに廃墟化してますが、煙草屋の跡は確認できます。

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この並びの一番奥は突き当たりのように見えます。しかしGoogleマップの空撮で見ると屋根が奥まで伸びている事が分かります。

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迂回して反対側へと廻ってみます。すると映画館裏手にも飲食店街跡らしきものが。

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映画館の真裏はこんな感じ。木造モルタルである事か分かります。

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映画館正面の右手奥は私有地で人が住んでいらっしゃるようでしたので入れませんでしたが、隣接する建物を裏手から覗き見ることができました。恐らくは映画館と同時に建てられた関連する建物かと思われます。

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映画館の向かいから南側に伸びる屋根の一番奥へと回り込みました。背の低い、なんだか不思議な建造物です。ちょっと覗いて見ましょう。

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なんだここは!
商店街?

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床が半地下みたいに下がっているのでしょうか、それにしたって天井が低い。

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脇から覗いて見たところ。古いポスターなんかが貼られていますが、長い間倉庫かなんかとして使われていたのでしょうか。

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なんたって外観がこの低さです。大谷石の外壁に木造アーケード。こんな建造物見たことない。
おや?一番奥に扉が……

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開くんかい!ww
さすがに不法侵入になると思い入りませんでした。廃墟というか、倉庫として使われているようだったので。
今回の八街はインスタでフォローしてる方の写真を見て知り訪れて見たのですが、いかんせんネット上に情報が無く不明な点が多いです。市役所などで調べた方がいいのですが、なかなかね。

栃木県足利市(2)、気になる路地と映画館跡

これまで栃木県栃木市、佐野市、群馬県太田市、桐生市と、関東平野北東部の都市を巡って来ましたが、今回は足利市です。

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JR足利駅の前にはEF60が雨晒しで保存されています。この機関車は1964年9月26日完成で米原や岡山など、主に関西方面の貨物列車牽引で活躍していました。なにげに鉄道の歴史の中では名機と言えます。

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渡良瀬川を挟んで南に東武伊勢崎線の足利市駅、北にJR足利駅がありますが、中心街は北側。東武足利市駅とその中心街を結ぶ昭和11年開通の中橋は見事なアーチ橋です。

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市街地を東西に貫く中央通りは交通量も多く、観光名所の足利学校などもあり栄えています。

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歴史の教科書にも載っている足利学校もスルーすれば、鑁阿寺(ばんなじ)も遠目に眺めてスルー。

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むしろその向かい側にある敗退的な光景に胸をときめかす。はい、変態です。

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東武足利市駅から鹿島園方面に向かうバスの車窓から発見した怪しい路地に向かいます。時刻は既に三時半過ぎ。これから急ぎ足で探索を始めます。

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なんだここは。と、つい口に出してしまった。

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振り返ってみました。赤線跡でしょうか、普通に貴重な木造建築がもんじゃ屋さんに使われています。

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今回の目的地の一つ、廃業映画館。足利東映プラザ映画館です。入り口のアーチが素晴らしい。

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1999年閉館。その後イベントや映画のロケ地などで利用されており、完全な廃墟とは言えません。

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併設されている建物には飲食店がいくつか入っていたようですが、見たところ現在では一軒も営業していない様子でした。

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料亭っぽい建物もちらほら。三業地の名残りかこの雪輪町界隈はかつて遊郭があったそうです。

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当時の建物かの判断は難しいのですが、花街であったのは確かです。
続きます。
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