廃墟

※まとめサイト等への画像及び文章の無断転載を禁じます。メディア等での画像使用については”unagidanyoro2@yahoo.co.Jp“までご連絡下さい。

     ⬜ 温泉リスト(フルプラウザ版) ⬜

    ⬜ 立ち飲みリスト(フルプラウザ版) ⬜

千葉県山武市、バブル期の宅地乱開発と未成住宅

私が敬愛するサイトのひとつ限界ニュータウン探訪記様の記事にて紹介されていた未成分譲地。そこへ是非とも一度訪れてみたいとかねがね思っていました。こちらのサイトはメディアを通してご存知の方もおられるかと思いますが、不動産の専門的な話やその取材力から知る人ぞ知る方でして、興味深い記事が多く掲載されています。

IMG_8489_Original

場所は成東のある千葉県山武(さんむ)市の一番奥になりますが、むしろ八街の郊外と言ったところです。と言う事でJR総武本線八街駅へ。駅前商店街は未だ健在でした。

IMG_8490_Original

八街には5年前、2021年2月に訪れています。その時の様子はこちら。とりあえず八街から総武本線の北側を走る成東行きの路線バスに乗ります。

IMG_8499_Original

農場前バス停で下車。さっそく空き地だらけの造成地がありました。

IMG_8504_Original

舗装すらされていないこの住宅造成地は埴谷地区。もっと酷い状態の分譲地が多く存在するらしいのですが徒歩で回るには限界があるので、あくまで目的地に向かう道すがら散在する造成地を見て行こうかと思います。

IMG_8511

北総特有の台地は畑作農業が盛んで、たまに谷戸があり谷間で僅かな稲作が行われています。このような地形は以前成田でサイクリングした時に実感しました。

IMG_8513_Original

この辺りの造成地は杉林や雑木林などの安い土地を開墾して住宅地を造ります。入り口がまるで別荘地のようですが、夜は真っ暗になりそう。

IMG_8515_Original

造成された区画に数軒の家が建っていますが、そのほとんどが荒れ果てた空き地。バブル期に乱開発されて崩壊後に放置されると言う、いわゆるバブルの爪痕とも言える状態です。

IMG_8519_Original

団地と書かれていますが住宅地です。様々な地域を歩いていると不動産にも興味を持ち始めるんですよ。特に神田の行きつけの飲み屋の常連仲間に不動産関係の仕事をされている方が何人かいて、面白い話なんかも聞いたりして。

IMG_8520_Original

場所によっては空き地が結構売れてたりもします。しかしよく見たらどの土地も同じ会社の所有、つまり青田買いしてます。その会社を調べてみたところ、大阪の建設不動産会社でソーラーパネル事業をされているとか。

IMG_8523_Original

その話を神田の飲み屋で不動産会社の人に話したところ、良くないなー、と。住宅地として造成したのにソーラー事業者に売るって言うのは。またこれとは別に投資目的で土地が買われている場所も多いとか。

IMG_8524_Original

この地区には一応公園もあります。子供の姿はありませんが、逆にこの寂しい公園に独りぼっちの子供がいたらむしろ怖いかも。

IMG_8526_Original

谷を降りれば谷戸地帯。当然水田もありますが、その向こうの斜面にも造成地が見えます。ただこちらは空き地も少なく売れている地区のようですね。

IMG_7002

谷の奥にはおそらく水田を管理されている農家さん。昔から住まわれている古民家です。

IMG_8532

再び台地の上に出ると山武北小学校があります。近くには幼稚園や保育園も。しかしこの地域には一切の公共交通機関がありません。昔は有ったのかも知れませんが、廃止されたのでしょう。現在では車社会だから必要とされていない部分もありますが、老人や子供たち(親御さん方)は困ってしまいます。

IMG_8533

丁度隣のグランドで運動会が開催されていました。現在の生徒数は75人。1学年1クラスで10〜20人以下だそうです。少子化とはいえ廃校になってないだけマシと言えるでしょう。

IMG_8537_Original

小学校の南西側の小道を入って行くと、造成地の奥に今回の目的地である未成分譲住宅が見えて来ます。

IMG_8539_Original

この辺りは山武市北沖渡地区。バブル期に造成され建売住宅として建設された物件ですが、バブルの崩壊により不動産会社が倒産したか何かの理由で、工事が中止されてしまった物。

IMG_8540_Original

鉄筋コンクリート構造の立派な物ですが、解体されるでも無く長年に渡り放置され続けています。

IMG_8554_Original

内部は木軸まで作られています。本来ならここに断熱材を詰めて耐火ボードを貼って仕上げて行きます。写真右手には2階へと続く階段が造作されて行くはずでした。

IMG_8543_Original

裏手に回ってみました。上棟し木軸まで終わっているのが6棟、手前の棟はこれから2階部分の型枠と鉄筋が組まれて行くところ。その向こうには、まだ基礎も始まっていない空き地がひとつ。

IMG_8545_Original

東面に当たる3棟には棟屋の下に駐車場が造られています。すっかり不法投棄のゴミ捨て場と化していますが。

IMG_8549_Original

東側には水田があり、ここから南に向かって谷が続いて行きます。つまりこの辺りが水源となります。

IMG_8542_Original

北側にある古タイヤを扱う会社。ここも基本構造は一緒ですが集合住宅にするつもりだったのでしょうか、工事中断された物を買い取り流用されているように見えます。

IMG_8557_Original

北側には同じ造成地でもすでに人が住んでいる家が何軒か。ただ建物の構造や擁壁の造りから、別の不動産会社が入り建てて行った物かと。右手は駐車場。多くの住人がおられるようです。

IMG_8562_Original

バスの時間まで少し余裕があるので、もう2か所ほど造成地に立ち寄って行きたいと思います。こちらは小学校の北側にあたる北横田地区。

IMG_8563_Original

狭い造成地でしたが、野良猫の天国でした。

IMG_8574_Original

さらに北にある造成地。こちらは空き地率が非常に高い。東側の通りなどは一軒も建っておらず廃道状態。

IMG_8578_Original

ふと気付いたのですが、住宅地が造成される土地の特徴として台地上の畑作地帯の端っこ、谷戸との境界線や斜面に多い事。雑木林だし地価も安いのでしょう。

IMG_8622

マンション用地と言われても、こんな竹林誰が買うのかと。

IMG_8581

谷へ下れば昔から住む米農家さん。まさか茅葺き屋根まで残っているとは。その世界のギャップについて行けなくなります。

IMG_8586

最後に台地上の畑の奥にある造成地。

IMG_8585

こちらは空き地無し空き家無しで完売されてます。大手が販売されているのか、全戸駐車場付きだからか、この人気の差はなんなのでしょうか。

IMG_8561_Original

世代的には現在の60〜70代の方々が夢の一軒家を手に入れたような感じでしょうか。しかし小学校の辺りから八街駅まで車で14分、八街駅から東京駅まではおよそ1時間14分。路線バスが有ったとしても勤務地が千葉市ならアリかも知れません。いや、八街駅周辺なら分かるんですが、この地域で宅地開発と言うのは、なかなか今の感覚では考えづらい。やはりバブル期故にと解釈すべきか。また、新婚で入居したとしてその子供が家を引き継ぐかと言えば、都心部に出て行ってしまうのではないか。つまり少子高齢化による限界集落となりつつあるのではないか。以前訪れた鳩山ニュータウンを思い出してしまいます。
退職した後に自然豊かな土地で静かな老後生活を送ると言うなら納得も出来るのですがね。もちろんこの地に移り住みこの地を愛し幸せに暮らしている方もおられるでしょうけれども。

IMG_8593

帰りは八街市に入りコミュニティバスで帰ります。ここまで約2時間半歩き詰めでした。その間、コンビニは八街市寄りに一軒、自動販売機は一ヶ所しか見ませんでした。近くのスーパーまで車でどれくらい掛かるのか、とにかく不便な地域である事は確かです。

IMG_8595

八街まで帰って来ました。駅前にはイベントに伴い屋台なんかが出てます。

IMG_8594

ここでやっと遅めの昼飯にありつけました。シンプルな醤油ラーメンが美味い。

IMG_8597

近くの公園でラーメンフェスが開催されていました。ただここは一杯1000円で量も少ないとか。駅前で食べて正解。

IMG_8612

ついでと言っちゃなんだけど、5年前に訪れた廃映画館も見に行ってみました。そしたらなんと、解体されてるじゃないですか。

IMG_8604

ただ、謎のお土産アーケード跡は健在でした。

神奈川県相模原市、相模湖湖畔の廃ラブホ群

年末忙しいまんまです。今年は廃墟らしい廃墟も行ってないと思い、以前から気になっていた相模湖湖畔の廃ホテルを見に行きました。

IMG_7028_Original

JR中央線藤野駅から午前中に3本走っているのみの路線バスで勝瀬橋へ。相模湖の対岸、南側に3棟ラブホテルが建っています。

IMG_7037_Original

1番手前のホテルは唯一現役の建物、ホテルクイーンズバリです。元々相模湖は都心に近いドライブコースと言う色が濃い観光地でした。観光客はみな日帰りが多く観光宿泊施設を建てる程ではない。よってドライブの帰りに休憩がてら立ち寄るラブホテルと言うものが、こう言う場所には建つのです。

IMG_7044_Original

元は何と言うホテルだったのか、この船を模した外観が何とも昭和と言うかバブルな感覚です。恐らくは廃業と再建を繰り返し現在のホテルとなったのか。

IMG_7042_Original

その向かいには廃業したホテルシャイン相模湖が建っています。ここは元々相模湖の北岸に建つホテルローヤルのB館として開業したそうです。その後外国人観光客の宿泊施設として営業されて来ましたが2014年に廃業。肝試しなどで荒らされたのか、監視カメラが多く設置されています。

IMG_7048_Original

道をさらに進むと裏手、東側にリゾートホテルアイネイン相模湖の跡が残っています。こちらは2015年頃に閉館後買収され、外国人観光客向け東和国際グループ観光ホテルラトゥアとして存続されていましたが、その後コロナの影響で閉館。こちらも不法侵入を防ぐべく多くの監視カメラが設置されています。ちなみに東和国際グループは2010年に設立された中国系観光会社で、中国バブルに合わせてインバウンド需要で稼いでいる会社。観光バスや旅行代理業の他、日本語学校なども運営しています。

IMG_7053_Original

さて北岸、中央本線や中央自動車道のある側に聳え建つのはホテルローヤル跡。

IMG_7058_Original

湖畔道路のトンネルの外側、岬の部分にこちらの廃墟は建っています。廃墟への道は厳重に閉鎖されていますが、これは一時期心霊スポットとして有名になっていたため。

IMG_7060_Original

こちらはトンネル東側出口脇のアプローチ。このホテルは1970年代に建てられたそうです。

IMG_7064_Original

最上階にはレストランを完備。これはラブホテルと言う業態でありながらも一般宿泊施設として申請するためで、そのため未成年者でも泊まれるようにしたとか。ちなみに2008年閉業。

IMG_7055_Original

こちらは恐らく観光ホテルだったと思われる廃墟。

IMG_7056_Original

ただ現在、併設された部分をリフォームして飲食店として営業されています。

IMG_7068_Original

ホテルローヤルの近くから対岸の廃ホテルを望む。すでに解体された建物もあったそうですが、かつて合計5軒のラブホテルが湖畔に存在しました。1軒を残しみな廃業したのは、ドライブデートと言う形態が少なくなったからではないでしょうか。笠間の幹線道路脇の廃ラブホ群もそうですが、ファミリーカーばかりが売れスポーツカーと言う物が売れなくなった現代、若者の嗜好の変化がこの様な廃墟を産み出したとも言えます。

IMG_7076_Original

最後は相模湖駅まで、結構歩きました。湖畔の甲州街道はかなりの交通量で、ドライブイン的な沿道の飲食店などはそこそこお客さんも入っている様子で、さほど寂れてはいない感じもしました。まぁ、基本観光客は高速に乗って富士山や甲府方面に行ってしまうのですがね。

神奈川県横浜市神奈川区(4)、高島貨物線沿線に再訪2025

およそ12年ぶりに東神奈川駅を降りました。
[関連記事]
神奈川県横浜市神奈川区(1)、市場食堂〜ドヤ街、朝鮮部落
神奈川県横浜市神奈川区(2)、三井倉庫〜貨物線跡
神奈川県横浜市神奈川区(3)、子安漁港の狭過ぎる路地

IMG_3918

2013年6月、東神奈川駅東口にて撮影。この雑居ビルは2017〜2018年の時点で取り壊されました。

IMG_6593_Original

2025年9月撮影。今回訪れてみたら高層マンションが完成し、スカイデッキも新設されていました。写真奥、京急仲木戸駅の向こう側でもマンション建設が始まっています。

IMG_6595_Original

東口北側、複合ビル2階の立ち飲み「龍馬」は健在でしたが、その奥の立ち飲み「じゆうな丘」さんが無くなっていました。好きな店だったんだけどなぁ。

IMG_6609_Original

まずはハローサイクルでレンタルサイクルを借りて横浜中央卸売市場方面へ。運河に張り出した建物は健在だし、貨物線のJR高島線も現役でした。

IMG_3923

ただ、当時貨物線をアンダーパスしてきた道路の脇に建ち並んでいたバラックが、、

IMG_6613_Original

ことごとく解体されていました。問屋さんや倉庫として使われていたと思われます。

IMG_6611_Original

向かいの町中華は健在。ここ、一度入ってみたい。

IMG_3922

11年前の横浜中央卸売市場の北西側の運河。

IMG_6617_Original

それがすっかり埋め立てられていました。横浜駅やみなとみらいからも離れているので、主に住宅地としてショッピングセンターや分譲マンションなどが建設されるのでしょうか。

IMG_6620_Original

穂瑞埠頭近くの運河はまだ埋め立てられていませんが、打ちっぱなしゴルフ練習場の東神奈川ゴルフジョイは2024年末で廃業。この辺りも近年開発されて行くでしょう。

IMG_3920

11年前にあった簡易宿泊施設。いわゆるドヤ街がこの辺りには存在していました。

IMG_6621_Original

それが今回訪れたら跡形もなく消えていました。かつての港湾労働者の街がありきたりな住宅街へ。

IMG_6596_Original

ただ、三ツ沢から流れる滝の川が京急の下を通る辺り。朝鮮部落発祥と思しき一帯。

IMG_6598_Original

その川辺で川面に張り出すバラック建築は健在でした。写真上の黒い部分は京急のガードです。
後々ご指摘を受けてよくよく見てみたら、柱が2本とも腐ってて建物が浮いてる!www

IMG_6599_Original

後ろに仰け反って川に崩れ落ちそうになっていた建物はさすがに解体されましたが、その跡地に新しい建物が建っていました。不法占拠していた土地で返還しなければならないと思っていましたが、ちゃんと権利を取得していたと言う事のようです。

IMG_6600_Original

その奥の水上建築も健在。この写真を撮影したのは2025年9月11日の午後1時半頃なのですが、この2時間後に記録的な豪雨となりました。

IMG_6602_Original

私はギリギリ生麦駅に退避し京急で横浜へ向かったのですが、車窓から見た滝の川が増水して濁流となっていました。立会川が氾濫したあの日、特に報道されていないので無事だったのかと思いますが、建物内に居たら生きた心地もしなかったろうと。

IMG_6623_Original

さて今回は貨物線に沿ってさらに北へ。以前訪れた貨物線沿いの三井倉庫横浜支店千若事務所は健在でした。

IMG_6624_Original

1953年(昭和28年)建造の倉庫。築72年、よくぞ生き残っていたと思います。

IMG_6626_Original

新川崎の新鶴見信号場から東海道線の海側の埋立地を通り、横浜の高島町辺りで地下へ潜って根岸のオイルターミナルへと続く貨物線。かつては京浜工業地帯の各工場へと引き込み線が伸び貨物輸送が盛んでしたが、現在では根岸から各地への石油輸送のみがこの路線を走っています。

IMG_6630_Original

沿線のトナミ運輸の倉庫に残っている、国鉄時代の貨物路線図。荷物列車がまだあった頃の物と思われます。北海道の天北線とか名寄本線あるし。

IMG_6636

今回、本当は引き込み線の廃線跡なども見たかったのですが、ことごとく市有地の中なので見る事は出来ませんでした。

茨城県ひたちなか市、勝田に残るバラック居酒屋群

水戸駅のひとつ先、阿字ヶ浦海水浴場や那珂湊漁港へ向かうひたちなか海浜鉄道の起点駅でもある勝田駅を訪れました。ひたちなか海浜鉄道には以前茨城交通時代の廃車両を撮りにちょっとだけ乗りました。

IMG_6415_Original

勝田は日立グループの工場に囲まれています。西側には鉄道車両工場やビルシステム、南東には現在アメリカの投資信託に買われてハイコーキと社名を変えた元日立の電動工具工場。さらに南には陸上自衛隊勝田駐屯地もあります。

IMG_6419_Original

西口はいきなり車両工場なので東口を南に歩いて行きます。潰れたビリヤード場など、ちょっと廃れた雰囲気も。

IMG_6423_Original

メインストリートは南北に走る表町商店街。人通りは少なくシャッター商店街と化しています。

IMG_6425_Original

表町商店街沿いの古いビル。百貨店か何かだったのでしょうか。

IMG_6421_Original

その向かいの通りを入るとバラックのような居酒屋長屋があります。商店街としては死に体ですが飲み屋街としてはまだまだ現役と言った感じです。

IMG_6428_Original

廃業した飲み屋さんなども混在していますが、現役のスナックなども多くあります。

IMG_6430_Original

地方の飲み屋街の特徴ですが駐車スペースが有ったりします。もちろん今では飲酒運転の取り締まりが厳しいですが、昔はゆるく飲んで運転して帰るなんて事が日常的でした。その辺が厳しくなった結果、地方では家飲みが多くなり飲食店が減って行きました。

IMG_6439_Original

スナックやキャバクラが今だに元気なのは、工場勤務で徒歩圏内やタクシー圏内に住んでいる方が多くいると言う事。もちろん常磐線やひたちなか海浜鉄道で通勤されている方もいらっしゃるでしょう。

IMG_6442_Original

あとは自衛隊基地が近いのも大きいですね。自衛隊ある所に繁華街ありです。

IMG_6436_Original

常磐線の線路近くに行くと、今では居酒屋になってますが元料亭だったと思われる建物が多くあります。

IMG_6470_Original

髪結いなどがある事から、この辺りがかつて花街であった事が想像できます。

IMG_6435_Original

大谷石なども使ったコンクリート建造物。街灯には粋泉商店会と書かれていますが、残っているのは広いコインパーキングと飲み屋のみ。

IMG_6451_Original

そして飲み屋街の南西の外れ、非常にそそる一帯が残っています。

IMG_6454_Original

ここよりずっと北にある常陸多賀の塙山キャバレーを彷彿とさせるようなバラック飲み屋街。塙山キャバレーはテレビ番組「ザ・ドキュメンタリー」ですっかり有名になってしまいましたが、生き残っている店は少ないものの似たような場所が勝田にもありました。

IMG_6458_Original

若い方がリフォームして新たに出店したのでしょうか、新しい感じの店もあります。

IMG_6456_Original

裏に回るとこんな感じ。すでに何軒か解体されてしまってますが、かつては狭い路地裏飲食店街の雰囲気があったのでしょう。

IMG_6455_Original

当然と言いますか、トイレは共同トイレです。ぜひ一度夜に訪れてみたい。

IMG_6461_Original

こちらは潰れてから随分経っている様子。

IMG_6460_Original

道路の向かい側にも同じような区画があります。いやぁ興奮する。

IMG_6467_Original

まだ営業されているかどうか、夜に来てみないと判別出来ない。

IMG_6462_Original

こちら側は交差点に面した3軒だけが残っており、裏手は全て解体済みとなっています。

IMG_6463_Original

敷地の奥に共同トイレだけが残されています。こう言う光景は以前訪れた今はなき西浦和のバラック居酒屋を思い出させます。消える前に飲みに行かなければ、絶対後悔する。

IMG_6464_Original

裏側から見るとこんな感じです。裏の建物が解体される前に来てみたかった。

IMG_6465_Original

全国でもこのようなバラック飲み屋街が、あとどれほど残されているのか。消える前に更に探さなければと痛感しました。

茨城県水戸市(2)、花街跡の歓楽街と赤線地帯跡

前回の続き。さて今回は水戸の繁華街を巡ります。

IMG_6535_Original

まずは水戸駅から1番遠い栄町界隈のスナック街から。

IMG_6539_Original

茨城県の歓楽街と言えば土浦と水戸。この二大都市はどちらも栄えていましたが、私が見た感じでは土浦の方が寂れた雰囲気がありました。もっとも土浦の市街は駅周辺しか歩いてませんが。

IMG_6540_Original

なんて言ったって水戸は日立に近いってのがあります。日立グループにあやかってると言う部分が大きい。しかし町そのものは京成ホテルや京成デパートなど、京成グループが幅を利かさせいる印象がありますね。常陽銀行とか水戸証券とか元気無いし。

IMG_6544_Original

と、そんな関係ない話で間を待たせないといけないくらい、スナック、キャバクラ街が広い!

IMG_6545_Original

例えばこのスナックビル、建築年代はギリ昭和でしょうか。さすが県庁所在地と言ったところでしょうか、寂れた雰囲気はほとんどありません。

IMG_6546_Original

妖しいなぁ、窓の塞ぎ具合とか、めっちゃ風俗感が。

IMG_6547

飲み屋街の外れにはラブホがあります。右側の建物なんかは窓を塞いでいて風俗店の雰囲気。

IMG_6548

通りと言う通り、夜のお店しかありません。しかもそのほとんどが現役ってのが、さすが大都市。経済的にも地元での雇用先が多いのか、土浦と比較して過疎化の雰囲気がありません。

IMG_6554

南側へ進んで行くと住所は大工町に変わります。この界隈にはかつて花街がありましたが、空襲を経てその痕跡はほとんど見られません。ただ名残りとして同じ場所がスナック街となっております。

IMG_6555

旦那横丁飲食店街のアーチ。奥に見えるのが水戸市街のメインストリートでもある国道50号線。ちなみにその50号線は笠間市や筑西市へと続いています。

IMG_6557_Original

国道50号線を南に越えると街の様子が一変します。住所が天王町に変わるこの界隈は、いわゆるソープ街であります。

IMG_6560_Original

ただキャバクラ業界と違い、お風呂業界は不況の煽りを強く受けて潰れる店も多くあります。かなり大型店だったのかまるでホテルのような廃墟。

IMG_6556_Original

裏に回るとこんな感じ。後背地は丘陵の南端で崖地となっております。

IMG_6564_Original

そんな中、超ド派手な店舗が。ここはかつて水戸を代表する巨大ソープ(当時はトルコ風呂)のクイーンシャトーと言うお店でしたがバブル崩壊の時期に閉店、その後30年以上廃墟のままだったそうです。しかし近年改修工事の末に新規オープン。この規模となると解体費用も億を超えるそうですが、改修にしても長年放置されてきた建物だけに相当な費用がかかっていると思われます。
ちなみにこの色使いはアレですね、元々はバブル期に歌舞伎町を中心にテレクラのリンリンハウスから始めた新宿ソフトと言う会社から始まり、他にも漫画喫茶のマンボー(森下不動産)やビデオボックス(株式会社大倉ビル)、出会い系サイト、株式会社ロボットレストラン(現在はサムライレストラン)、ホテル事業のワタナベ商事、ラーメンの博多風龍、イメクラのクリスタル系列、女性求人サイトのバニラなどなど、全て別会社でありながらも関連グループであると言う。まぁ夜の風俗王と呼ばれる森下グループと言うやつです。

IMG_6571_Original

さて、市街地を一気に抜けて駅の近くまで。国道の南側に水戸東照宮と言うのがあり、その右手(西側)に渋い飲み屋街が連なっています。

IMG_6570_Original

路地は徐々に丘陵の際、下り坂となって行きます。

IMG_6567_Original

大衆クラブキャンパスワンの看板がありますが、当然ながら廃業しています。

IMG_6569_Original

その隣の建物も元はスナックだったか居酒屋だったか。

IMG_6576_Original

丘陵地を降りると奈良屋町となりますが、この一帯はかつての赤線地帯でした。崖下の狭い通りは戦後に栄えた通り。

IMG_6575_Original

名残はほとんど残っていませんが、廃業した居酒屋の跡などが見られます。1918年(大正7年)、この奈良屋町が出火元で水戸の中心街約1100戸が焼けると言う水戸の大火がありました。

IMG_6579_Original

水戸の大火の後、ここ奈良屋町には大工町などの花街とは別に市内に点在していた私娼が集められました。谷底の大通りは大正当時から私娼窟があった場所。

IMG_6573_Original

こちらは唯一当時の姿を残す建物。水戸には陸軍の第2聯隊や第14工兵大隊があったため、遊郭が無い代わりにここ奈良屋町の私娼窟が栄えたとか。

IMG_6574_Original

当時の屋号が微かに残ってますが、昔の漢字過ぎて読めない。しかし1945年(昭和20年)8月2日、水戸の大空襲で再度焼け野原となります。

IMG_6578_Original

この神社は当時からあったのでしょうか。戦後の奈良屋町は進駐軍用の特殊慰安婦街として指定され、見事に復活を遂げます。

IMG_6577_Original

崖の上は水戸東照宮の裏手になります。翌年の1946年(昭和21年)、GHQによる公娼廃止指令により赤線及び青線が引かれ特殊喫茶店の名目で続きますが、1958年(昭和33年)の売春防止法の施行まで続きました。その後はスナック街として残りましたが、現在ではご覧の通りごく普通の住宅街となっています。

IMG_6580

奈良屋町の谷を南に下り、水戸東照宮の東側へと回り込みます。何やら古そうなビルが。

IMG_6581

ここは東照宮の東側の宮下銀座商店街。3階建ての古い雑居ビルが連なっています。

IMG_6584_Original

空襲で焼け落ちた水戸東照宮が1962年(昭和37年)に再建されますが、同じ頃この商店街が誕生しました。商店街は登り坂で水戸のメインストリート国道50号線へと抜けます。

IMG_6586_Original

デザインが統一された雑居ビルが両側に連なりますが、かつてはアーケードの屋根も設置されていました。国鉄ストアなどもあり商店街として大いに栄えていたそうですが、現在では半分以上が飲み屋街となっています。

IMG_6590_Original

こちらは帰り掛けに寄った駅に近い立ち飲み屋「ニューたけさん」。

IMG_6591_Original

なんと営業時間が午前11時から朝の4時まで、土曜日は24時間営業と言う素晴らしい店。しかも煙草は吸えるし駅近だしで言う事ありませんでした。
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

ブログ紹介
都内、近郊の古い街並みや建造物、路地裏などの写真とレポートを載せています。また、国内の寂れた観光地やマニアックな温泉スポット、廃墟などもご紹介。

鰻田ニョロの小説部屋
→昔書いた小説など
カテゴリー
最新記事
記事検索
  • ライブドアブログ