団地

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千葉県銚子市(4)、ゴーストタウン化が進む市営住宅

千葉県銚子市(1)、銚子の街並み
千葉県銚子市(2)、旧・赤線地帯跡のスナック街
千葉県銚子市(3)、外川の犬吠埼市営住宅

とにかく暑いからどこにも行きたくないのが正直なところですが、頑張って再び銚子へ。
今回は素直に秋葉原、錦糸町、千葉乗り換えで各駅停車。2310円で自宅からおよそ3時間かかるのですが、特急しおさいを利用すると約2時間半で3890円。房総特急コスパ悪いなぁ。

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銚子駅の観光案内所で電動アシストのレンタルサイクルを借りて西へ。線路の南側にはヒゲタ醤油があります。古い建屋も多く残っていそうですが、コロナ以来工場見学は休止中のまま。

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そのまま銚子高校を横目に丘陵地を登って行くと、住宅街の中に下志津陸軍飛行学校銚子分教場跡地であることを示す翔天の碑が。昭和11年(1936年)ここより西側に銚子飛行場が建設されましたが、現在では宅地化が進む農地で、その痕跡はほぼ見られません。

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さらに南へ程近く、市営三崎住宅があります。

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こちらの敷地は非常に広く、43棟が現存していました。

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建物は全て木造モルタル造の平屋建て、6畳と3畳の2DKで181戸となります。

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ここは昭和39年(1964年)から随時完成しつつ、昭和43年(1968年)には最後の区画が完成。

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しかし現在では老朽化が進み、新規入居募集を終了。

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高齢化が進みほとんどが夏草が生えるに任せた廃墟と化しています。

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トイレのある位置。肥溜めは隣の家と共用で臭気を抜く煙突が縦に伸びています。汲み取りの蓋が二つあるので、一応肥溜めは分かれているのでしょうか。

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て言うか果たして下水道は完備されているのだろうか。20年ぐらい前、津田沼に住んでいた友人のアパートが汲み取り式で、それを最後に見ていないのですが。

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何しろ生活排水がダイレクトにドブへとつながっている様子なのです。よくよく見てみるとこの一帯にはマンホールと言う物が見当たらない。下水処理人口普及率を調べたところ千葉県では77.6%だそうです。ちなみに東京都は99.7%、全国平均で81.7%。
………と、徳島19.5%⁉︎

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住人は見た感じですが10軒あるか無いか。無住となった棟などは草も生え放題。

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恐らく家賃は相当安いんでしょうね。

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団地入り口には地図でも掲示されていたのでしょうか、看板のような物の痕跡が。

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さて、一旦銚子駅前まで戻りそのまま東へ。太平洋に面した銚子外港まで来ました。

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展望タワーがありますが登らない。

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内陸部に入ると漁業で財を成した立派なお屋敷などが点在しております。

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そんな中にあるのが旧・西廣家。江戸時代末期に紀州から来て銚子に移り住み漁業を始めました。今も銚子を代表する船主です。主屋は住まわれているので非公開ですが明治10年(1877年)に建てられた木造平屋桟瓦葺。

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元々平屋建てだった鰹節製造所を、地方からやってきた従業員の居住スペースを確保するために昭和10年(1935)に2階建てに改造しました。痛みが早い鰯を保存することを目的として、水産缶詰工場の稼働も開始します。

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こちらは1865年から1868年(江戸時代末期慶応年間)に漁網の保管場所として建てられた木造瓦葺の建物。現在は漁網の他、船舶を補修するための器具や建具、高膳などが置かれています。

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煉瓦塀の建築年代は不明ですが、大正末期から昭和初期に設置されたようです。ちなみに倉庫内部の一般公開は第2第4日曜日だそうです。

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さて、丘陵の上の方へ登って行くと市営黒生町住宅があります。ほとんど剥がれてしまったアスファルト舗装。マンホールが見当たらない事から、簡易的な下水管は埋設されているも汲み取り式便所なのではないかと。

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ここは銚子市の市営住宅の中で最も古く、昭和31年(1956年)〜32年にかけて建造。

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10棟32戸が現存しておりますが、特に老朽化が激しく屋根など崩壊しかけている棟も。

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間取りは1K、2K、3Kと3種類あります。すでにゴーストタウンと化していると思っていましたが、一軒だけもしかしたら住んでいらっしゃるかも知れない。

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周辺は普通に住宅街が広がっており、ここだけが取り残されたような形に。

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銚子市には前回訪れた市営犬吠埼住宅もそうですが、他にも外川台町住宅など木造平屋建ての団地が多く残っています。

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高齢化や過疎化による人口減少で老朽化した市営住宅は解体されて行くかと思われますが、予算の問題などもあると思われますし基本放置なのかなとも思います。

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最後に駅前を右手に行った所にある吉原食堂。

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雰囲気やよし。地元に愛される昭和の大衆食堂な感じ。

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アジフライ定食。小ぶりのアジ2匹とイワシでしょうか魚フライ2切れ、カボチャのフライ、これで980円。なかなか安いのでは。
ちなみにビールも頼んでいますがレンタルサイクル返却した後なので、飲酒運転はしてません。

千葉県銚子市(3)、外川の犬吠埼市営住宅

千葉県銚子市(1)、銚子の街並み
千葉県銚子市(2)、旧・赤線地帯跡のスナック街
千葉県銚子市(4)、ゴーストタウン化が進む市営住宅

たまたまGoogleマップで見つけた廃墟感のある団地を見に行きました。全然住民はいるので廃墟では無いのですが。

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銚子市街を巡った後、本銚子(もとちょうし)駅より銚子電鉄に乗ります。

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この本銚子駅周辺は緑のトンネルと言う感じで撮影スポットとなっています。本当は上り列車を超望遠で撮りたいところですが。

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1960年代に製造された車両は揺れが酷く、これがまた地方ローカル線に来たと言う雰囲気があってたまりません。

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銚子電鉄の終点である外川駅まで来ました。木造駅舎がいい味を出しています。

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その外川駅構内には昭和25年に製造された元伊予鉄道のデハ801が保存されています。

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ちなみに1980年代前半に親と銚子電鉄を乗りに来た事がありました。写真は銚子駅に止まるデハ301型。昭和5年製の車輌で鶴見臨海鉄道(現・鶴見線)で活躍したのち銚子電鉄に払い下げられました。最後は工事用車輌として活躍し、平成21年に解体されたそうです。

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外川駅から少し戻ると線路沿いに犬吠埼市営住宅があります。

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この市営住宅は4階建1棟、2階建10棟、平屋建て7棟の合計100戸からなります。

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現在は老朽化のため新規募集を停止していますが、見た感じだとまだ3割程度住民がおられる様子。

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こちらは2階建の棟。

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この団地は昭和36年(1961年)竣工。木製の玄関やサッシなど基本的には建設当時の姿をとどめています。

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ちょうど小学校の下校時間で子供たちがこの団地に入って行きました。そうなるとこの団地の取り壊しは相当先になるかも知れません。大抵このような団地は高齢化により、住人が引っ越すか亡くなるかして取り壊すのですが。

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庭先が雑草の生えるままになっている棟はすでに無人なのかもしれない。

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庭を潰してひと部屋増築している所も。まぁ次に入る住人が居る訳ではないので、何やってもいいっちゃいいのか。

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こちらは平屋建ての棟。住んでる方はほとんど居られない様子。

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外川の街も大きな漁港で栄えており、人口もそれなりに居るようです。

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この近くに外川市営住宅と言う1〜2階建ての同じ時代の団地がある事に帰ってから気づきました。また訪れる機会があれば、外川の漁港などと併せて行ってみたいところです。

千葉県松戸市、常盤平団地と松戸市立博物館

桜も散り始めた頃、松戸市のUR常盤平団地に行って参りました。

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先月末で京成電鉄に吸収されてしまった旧新京成に松戸駅から乗って5駅、常盤平駅に降り立てば桜舞い散る並木道。

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駅前にはいまだ現役のボーリング場が残っています。建物のデザインが昭和。

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少し歩けば借家地帯もちらほら目にしますが、もしかしたら常盤平団地の建設に携わっていた人々が暮らしていた、なんて事もあるかも知れませんね。

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都心ではなかなか見なくなったガスタンクなんて物も残っています。以前はもうひとつ有ったそうです。今までガスタンク=プロパンガスの供給源と言う思い込みが有りましたが、間違っていました。ではなぜガスタンクは減ったのかとか、都心の都市ガス供給はどのようになされているのかとか、疑問が増えました。一度、小平のガスミュージアムで勉強して来よう。て言うか、ガスミュージアムに煉瓦建築が残っているし、行かなければ。

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さて、ここからが本題。常盤平団地を見て行きます。駅の北口にレンタルサイクルのハローサイクルが有ったので利用しました。

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常盤平団地は東西に走る新京成の南側の丘陵地に広がっております。この辺りは西側の1街区。団地はほぼ全てベランダが南を向いています。

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キッチンや浴室、玄関などは北面にまとまっています。現在のUR都市機構、旧・日本住宅公団は昭和30年(1955年)の設立時、都市部の人口増加に対応すべくまず神奈川県川崎市生田、東京都日野市、千葉市八千代台、そしてここ千葉県松戸市常盤平の開発を手掛けました。

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街には少子高齢化のためかご高齢の方々の姿が目立ちます。この常盤平団地は非常に規模が大きく170棟の4〜5階建て中層公団住宅に4839戸もの住戸が入っております。

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団地の中心部にあたる1街区にはスターハウスと呼ばれる三つ股の棟が多く残っています。昭和30年代前半、この広大な土地を開発するにあたり、土地を所有する約230人の農民の間で反対運動が起きたそうです。

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この日本住宅公団と地元農民達との対立は激しく、社会党の支援を受けた農民たちが強制測量に対して肥料の人糞を撒いて妨害したりしたとか。それってまるで昭和40年代の新東京国際空港公団と地元住民との間で争われた成田闘争を彷彿とされますね。

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こちら側がスターハウスの入り口になります。公団って要は官僚の天下り先となっていた半官半民の組織で、故にこう言った問題は当時よく起きていたのでしょうか。

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このスターハウスは各地の団地で次々と姿を消しており、建設当時の姿のままこれだけ多くの棟が生き残っていること自体が稀です。斯くして逮捕者も出しながら続いた反対運動も調停案などを経て徐々に鎮静化。昭和36年(1961年)には造成が完了しました。

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団地の中心にはショッピングセンターがあります。2階建てで2階部分が住戸となっております。団地の凄い所は電気ガス水道下水が完備されていると言う点。昭和30年代から40年代、地方の集落などではガスはプロパン、トイレは汲み取り式でバキュームカーが回ってました。

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ショッピングセンターの中は広場になっており、集会所や管理棟などもあります。また開発地には第一小学校から第三小学校まであり、総合病院も建設されました。それゆえに人気を博し入居希望者も殺到したそうです。

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しかし、そんな時代も今は昔、ショッピングセンターはご覧の通りシャッター商店街と化しています。

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団地内の商店街がシャッター商店街となっているのは何もここだけの話ではなく、例えば北区の桐ヶ丘中央商店街のように全国的にも同様の話。団地に限らず分譲戸建て住宅からなるニュータウンでも同様の事が起きています。

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常盤平第一小学校。第二、第三小学校、常盤平中学校含め、全ての学校が団地と同時期の昭和30年代に建てられています。しかし現在少子高齢化で生徒数は減少し、統合による廃校の危機も訪れています。かつては団地各家庭に1人以上子供がいたため相当数の生徒数がいましたが、現在では空き部屋も多く、住民も老夫婦など高齢者ばかりなので無理もありません。

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こちらは南に突き出した7街区。この常盤平団地の何が凄いって、建て替えはおろか改造もされず全ての棟が建設当時の姿をそのままとどめていると言う点。これは高齢化ゆえに建て替えに対する反対運動が起きたからとか。

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初期の都営住宅や県営住宅には風呂無しなんてのもあり、ベランダに無理矢理シャワールームを増設したりもしてますが、ここは最初から全戸風呂付きであります。また2000年代前半には団地住民の孤独死が相次いだことから、団地自治会等は「孤独死ゼロ作戦」と称して様々な施策に取り組んでいるそうです。

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こちらは金ヶ作公園を挟んで東側に広がる4街区。ネットなどでは少子高齢化で住民が減りゴーストタウン化しているなんて囁かれていましたが、訪れてみたら全くそんな事はなく、結構人住んでますし、URの職員が常時清掃など管理されているので非常に綺麗に保たれています。ゴーストタウンって言うのは真名団地みたいのを言うんだけど。

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とは言え住民が減り続けているのは事実で、現在松戸市とURが協力してこの2月「常盤平地域のまちづくりの連携及び協力に関する覚書」に調印しました。

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こちらは駅前から線路沿いに東へ歩いた3街区。この辺りは外壁の塗装がちょっと落ち着いてオシャレ感も出しています。つまりこう言う事。全棟建設当時の姿のままと言うのをメリットと捉え、簡単なリフォームで昭和レトロを全面に売り出せば、きっと人気が出ると思います。この辺は今年2月に訪れた田浦の記事でも紹介しましたが、需要はきっとある。それがたとえ千葉県だったとしてもだ!ww

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常盤平駅の北口から西へ進んだ所にある21世紀の森と広場と言う公園内に、松戸市立博物館があります。

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ここでは松戸の歴史について学べるようになっているのですが、その辺はスルーします。

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その博物館の中に完成当時の常盤平団地を再現した物があります。

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ダストシュートから玄関扉から郵便受けまでリアルに再現。では入って行きます。

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中に入ると昭和30年代後半の団地生活の暮らしぶりが再現されています。ここはリビング。ちゃんと昔の番組が白黒テレビに映し出されている徹底ぶり。

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黒電話とかラジオとか、どこから集めて来たのか。

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ここはキッチン。生活感がリアルで、本当に人が住んでいるような雰囲気。

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食器棚の中にさりげなく置かれたヴィックスのど飴。時代設定が何年かとか、缶のデザインの時代考証とか、色々考えちゃいます。

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引き戸を開ければハイミー。見えない所にもちゃんと昔の缶などが置かれています。松戸と言えば昭和の杜博物館が近くにありますが、もしかしたら小物関係はあそこから借りて来ているのでは。いや、絶対そうだと思う。

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シンク下には天ぷら油。配置も完璧で、開ける所開ける所全部昭和の物が入ってます。このディスプレイした人はきっと変態。ww

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キッチンからリビングを見た所。当然ながら冷蔵庫の中にも物が入ってました。

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団地の基本は2DK。この時代から核家族化を見通していたんですね。寝室に赤ちゃんベット。サラリーマンと専業主婦と赤ちゃんの3人家族と言う設定。掃除機も古い。

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部屋内から玄関に向かって右にダイニングキッチン、左にトイレ。さらに左の壁に水栓と手洗いボウル。

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壁を隔てて浴室。裏面にも水栓がある事から壁の中に水道管が通っている事が分かります。便所手洗いの排水が壁を貫通して浴室のスノコの下に流れるようになっている。実に合理的。

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しかし当時の浴槽がまだ木製だったのには驚きました。実家の浴槽はタイル貼りだったし、強化プラスチック(FRP)浴槽は昭和33年にTOTOか開発、ステンレス浴槽に至っては昭和46〜47年頃から量産が始まったそうです。とは言え木製浴槽にボイラーが内蔵されているのはどうかと。

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まぁさすがに外壁を鉄筋コンクリートで造るまではやってないでしょうが、玉吹き塗装の質感とかは再現されてるし木枠サッシなども廃材で探して来たんでしょう。ともあれ随所にこだわりを感じられるレプリカでした。これを見るだけでも価値あるし、常盤平団地を見に行く際にはここもセットで訪れる事をお勧めします。

神奈川県横須賀市田浦(4)、再生される丘上のゴーストタウン

横須賀市田浦(1)、皆ヶ作のカフェー建築
横須賀市田浦(2)、海軍工廠造兵部跡
横須賀市田浦(3)、引き込み線跡と倉庫群

最近ネットニュースなどで話題に上がった、通称「天空の廃墟」こと市営月見台住宅跡を訪れて来ました。天空のとかいかにもキャッチーですが、標高約60mですwwww

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JR田浦駅から真っ直ぐ谷を登った辺り、崖地のため「のの字橋」と言うループ橋で標高を稼ぎます。

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丘陵地を登り切った辺り、旧横須賀市営月見台住宅が見えて来ます。

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団地は主に3列。東からコンクリート造の2〜5軒長屋が7棟、中央に木造2軒長屋が8棟、西も木造2軒長屋で7棟、合計58戸。かつては管理棟や北側奥にも数棟あったようですが、すでに解体されている様子。

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こちらはコンクリート造平屋建ての4軒長屋。この市営月見台住宅は昭和35年(1960年)に完成。2020年に廃止が決定し、2022年まで住人がおられたそうです。

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JR田浦駅から坂道を登りながら徒歩10分。海沿いからはこのような団地があったなど全く気づきませんでした。田浦といえば北西側、谷ひとつ越えた山中にあった 田浦4丁目のゴーストタウンを訪れようとした所、すでに完全封鎖され断念した事があります。ちなみにそのゴーストタウンはすでに全て解体されており、新たに造成が始まっているようです。

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そしてこの廃墟と化した団地が、去年の夏より再び売り出されているそうです。

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昭和レトロブームの延長と言うか、ここをリノベーションして住居または店舗として借りようとする人が殺到しているとか。

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今まさに改築工事の真っ只中。解体も考えられていたそうですが、エンジョイワークスと言う鎌倉のまちづくり会社が市と協力して団地を再生し、再利用すると言う事になりました。

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募集をかけたのは例えばカフェ、アトリエなどの創作、菓子工房など宅配専門の飲食店、アクセサリーや古着などの販売店など。ネット販売が定着した現代ならでは可能なライフスタイルの提案から始めたようです。

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家賃は6万~7万5000円、管理費は5000円で、あくまで市営住宅の住居として借りるので店舗として始めるよりも安価。リモートワークが普通となったコロナ後の現代、奥さんの起業や副業、脱サラされた方の好きな事を生業とする第二の人生など、需要は多岐に渡る。ただし子供が居たら手狭だし通学も大変なので、子供が独立した後のご夫婦とか多いのかも。

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床や天井はすでに撤去されていました。間取りは基本2DK。棟と棟の間は広く庭付き。賃貸でありながらDIYによる改装も可能とか。探せばまだまだこのような廃団地などもあると思われますが、これがモデルケースとして成功すれば、各自治体の抱える似たような問題も解決出来るのではないでしょうか。

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トイレは和式便器が撤去されており、これから洋式のちゃんとした物が設置されるのでしょう。ただ、横須賀だからこそ借り手が殺到しているのかも知れません。これがもし千葉県茂原市の真名団地のような場所だったらどうか。

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キッチンとその奥に浴室。結構広々しています。三浦半島は葉山や鎌倉など、元々高級な別荘地も多く、また街も栄えています。車があれば横浜にもすぐ出れるし、そもそもが人気のある土地。

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ふた間共に開放的な縁側があるので、全体的に明るいです。都心の狭いアパートに比べたら、よっぽど開放的で良いですね。交通の便を除いてなら。

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団地の中を走る道路は最終的にアスファルトの敷き直しもされるのでしょうか。奥に何棟か潰した跡地のような空き地がありそこが駐車場になる予定ですが、駐車場代は月10000円。ただ、第二期入居者募集が2/1で締め切りとなったので、すでに全戸契約成立しているかも知れません。
お問い合わせはENJYOY WORKS様まで。
古民家再生など中心に手掛けられていますが、他にもなかなか面白そうな事をやられています。

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オーシャンビューとまでは行きませんが、奥まで行けば僅かに長浦湾が望めます。そりゃオーシャンビューだったら別荘が建ってますな。

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団地の一番奥から尾根伝いに道が続いていたので歩いてみます。

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崖地の狭い歩道。Googleマップでは道が途切れてますが実際は続いてます。もしかしたら下まで降りられるかも知れない。

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途中、何軒か住まわれている民家が。しかしアクセスが歩道のみで車が入れず、一体どうやって建てたのか謎。こう言う物件、横須賀ではちょいちょい見かけます。

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結論から言って、下のバス通りまで降りられました。しかし急な階段には街灯が点々とあるだけで、夜は相当暗そうです。

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振り返ったらこんな感じ。右の階段を登れば団地に出られ、左の階段は一軒の廃屋へ続いています。土砂災害とか怖いですね。

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いやー仕事早上がりの後に歩いた歩いた、と言いながら追浜駅前の立ち飲み屋「波平」へ。ここは昼間しか来た事がなかったのですが、夕方は地元の常連さん方で賑わいほぼ満席。

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実に良い雰囲気です。こう言う所の近くに住みたい。ただ横浜には出やすいけど都心に出るには遠いんですよね。しかし追浜にはまだ気になる飲み屋なんかもあるし、また来たいですね。

千葉県柏市、陸軍高射砲第二連隊跡地にある廃屋群

今年2月、帝都を歩く様で紹介された千葉県柏市根戸にある陸軍高射砲第二連隊跡地にある謎の廃屋群がずっと気になっいて、自分もこの目で見てみたい!と思っていたものだから行ってしまいました。ネタを被せちゃってごめんなさい!

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JR常磐線を北柏駅で下車。駅は歩道橋が旧道と並走する水戸街道を越えた向こう側にあります。旧道を走る路線バスを待ちますが、しかしこの坂道とカーブ凄い見覚えがある、と思ったら以前訪れた秋水燃料庫跡(畑にブルボンのルーベラ突き刺したようなやつ)に向かう時、柏から乗ったバスで通った道でした。つまり同じバスでした。

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さてこちらが廃屋群です。ネットでは廃村と呼ばれていますが自分の中で「村」=「田舎」であり、柏市の住宅街が広がる中に姿を見せたここはむしろゴーストタウンと呼びたい。そう言ってまたゴーストタウンネタの弾数を増やそうとする。

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区画は柵で囲まれていますが、およそ12棟ほど、2つの区画で中央の通りは通り抜けられます。

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北東側の建物が木造でかなり古そうなのですが、どうも1970年前後の物の様です。もっと古い戦後建築のようにも見えますが、年代はウチの実家と同じぐらいでウチも木造平屋だから似たような感じ。

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隣の家屋はこんな感じ。外壁にモルタルを塗っただけで近代的に見えます。グリーンフェンスの網目から撮ると全体像写すのが難しい。このフェンスは2015年の時点で建てられたとか。

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この土地は元々陸軍高射砲第二連隊の第十四部隊将校集会所跡地に相当します。

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戦後しばらく建物が残っていましたが徐々に宅地開発が進み、昭和45年(1970年)前後にこれらの建物が建てられたと思われます。そして昭和54年(1979年)までちょうどこの位置に将校集会所の建物があったそうです。

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しかしこの一角は戦後ずっと国有地だったようで、建てられたのは公務員住宅だったと言う話があります。

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中央の通りから西側へ、奥の方まで続く木造平屋建て長屋。一説には大蔵省の宿舎と言う話と国立病院の看護師の宿舎と言う話もある。公務員住宅ならばどちらも正解かと思われるが、1980年代にはすでに人が住んでいなかったと言う話もある。

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また、この区域は地中の空洞を示す地中レーダー調査結果の図面がフェンスに複数張り出されていたそうです。将校集会所があった事から防空壕跡と言う説が濃厚ですが、特にその辺のことを詳しく調査する人も居ないでしょう。とにかく陥没の危険があると言う事。

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南側は路地を挟んで宅地化されています。陥没の危険があるから無住となったのか、ただ公務員住宅としての役目を終えたから無住となったのか、そこのところは定かではありませんが、恐らくは後者でしょう。

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ともあれ国有地と言う性質上、土地の売却が何十年も放ったらかしにされていたのでしょうか。ただ、公務員住宅にしては建物の統一性が見られないとの指摘の通り、確証はもてず謎だけが残ったままであります。

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ただ、地中レーダー調査があったためか、たまに草刈りされていた痕跡もあります。

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西側は新しい戸建て住宅が密接して建てられていますが、この西側にもかつては3棟の団地が建てられていたそうです。しかし2017年の時点で解体され戸建て住宅になったとか。

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さらに西側には4棟からなる市営根戸団地があります。ベランダに増設されてるのはユニットバスかシャワールーム。ただこの造りの物は風呂に入る際一度外気に触れるため、冬場なんかに心臓発作で倒れた人がいたと言う事例もあります。

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こちらの棟は建屋壁面からボイラーの排気口が突き出しているのを見るに、最初から風呂付きのようです。ちなみにこの団地は廃墟群が建てられたのと同じ頃の昭和43年(1968年)から47年にかけて建てられたそうです。それ以前ここには陸軍高射砲第二連隊の兵舎が建てられており、戦後は引揚者寮として使われていたとか。

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市営根戸団地と並行して右手、南側に同じく4棟並んでいるのは、柏市市営高野台改良住宅団地。こちらの方が先に建っており、竣工は昭和39年(1964年)から42にかけて。

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市営住宅から南東にある高野台児童公園に陸軍高射砲第二連隊の営門の門柱が移設保存されています。ここより西、現在の柏の葉公園辺りに陸軍柏飛行場が昭和13年開設され、同時にこの高射砲連隊も設営されました。北西側にある秋水燃料庫も柏飛行場の関連施設です。

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こちらも移設保存されている歩哨所。高射砲第二連隊に関しては帝都を歩くさんの記事にてとても細かく解説されています。

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更に南に歩くと、照空予習室及測遠機訓練所と言う建物があります。戦後外壁が白く塗り替えられて柏市西部消防署根戸分署として再利用されていました。側面の突起は陸軍施設時代のクレーンの支柱。

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もともと内部は吹き抜け構造で外階段にて屋上にあがり、測遠機で航空機との距離を測る訓練をしてたそうです。ちなみに昭和18年(1943年)、高射砲第二連隊が東京へ移転すると、東部歩兵第83部隊と東部工兵第14部隊が跡地を利用する事となったそうです。

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南端の畑の傍らに、陸軍の境界石が残っていました。

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