今回は千葉県松戸市の国分台周辺を巡って行きます。

降りたのは北総線の矢切駅。矢切の渡しも行きたかったのですが、11月から2月までは土日祝日のみ営業で、3月から毎日営業になるとか(ただし3月に入ってから柴又側に行ってみましたが、平日運行されていませんでした)。また東にある市川歴史博物館も、月曜日定休なのですが月曜が祝日だったため本日火曜日がお休み。つくづくタイミングが悪い。

駅前にはスーパー銭湯の「笑がおの湯」がありますが、人工炭酸泉のみで天然温泉ではないようなので、朝風呂は諦めます。ちょうど右手にレンタルサイクルのサイクルボートがあるので、自転車を借りて行きましょう。

矢切駅のすぐ南西側には1937年(昭和12年)建造の栗山配水塔があります。

西側は崖地となっており、崖下の栗山浄水場からポンプで揚げられた水道水が貯められ、丘陵地の住宅街に配水されて行きます。

丘陵地を降ると江戸川の支流である坂川が流れています。右手奥に見えるのが栗山浄水場。

下流側を見れば江戸川との合流地点である、柳原排水機場があります。

その袂に佇んでいるのは1904年(明治37年)建造の柳原水閘。

坂川治水事業は江戸時代から続いており、江戸川との合流地点が現在の場所になったのは1836年(天保7年)、旧式樋門が造られてからのこと。これにより坂川流域の水害は著しく軽減されたそうです。

明治中期から大正末期の関東大震災までが煉瓦建築が多く造られた時期なのですが、その時代に造られた四連煉瓦アーチ構造の水閘は貴重な文化財であるとして近代化産業遺産に指定されました。

坂川のすぐ西側を江戸川が流れています。上流には矢切の渡しがあり、対岸は葛飾柴又。

これより再び国府台の丘陵地を登って行きます。途中帝国陸軍の境界石がありますが、国分台にはかつて野戦重砲兵第三旅団が存在しました。

丘陵の上は住宅街で、その西の外れの斜面に大蛇を模した辻切りがあります。

これ、知らずに見つけたら、ちょっとビビるかも。

この地域の辻切りは毎年1月17日に国府台天満宮で新しく編まれた大蛇と交換され、その行事は室町時代から続けられていると言われています。

こちらは集落の北を守る大蛇。ちょっと可愛い。

辻切りとは、悪霊や悪疫(疫病)が侵入するのを防ぐため、集落の出入り口にあたる四隅の辻を霊力によって遮断することからついた呼び名。

こちらは南端の斜面にある辻切り。

去年は木更津の漁村で辻切り(道切り)を撮って来ましたが、地域によって形式は様々です。

こちらは東の端を守る大蛇。東京科学大学の近くの交差点にあります。

こちらもちょっと可愛い。以上4体の大蛇は一年間風雨に晒されながら地域を守っていきます。

東京科学大学のグランド脇には野戦重砲兵第三旅団の裏門の遺構が残っています。この砲兵隊については「帝都を歩く」さんが専門的で詳しいので、こちらでは省きます。

元々軍用地だった所には、他にも中学校や高校、病院、それに千葉商科大学や和洋女子大学などなど、様々な機関や施設が建ち並んでいます。そんな中、元郵政宿舎の廃墟が3棟ほど残っていたり。

そんなわけで京成の市川真間駅まで降りて来ました。線路脇にあるのは1929年(昭和4年)建造の京成電鉄社員倶楽部。現在は個人邸宅となっております。
市川市も歩いてないので、そのうち散策してみたいですね。

降りたのは北総線の矢切駅。矢切の渡しも行きたかったのですが、11月から2月までは土日祝日のみ営業で、3月から毎日営業になるとか(ただし3月に入ってから柴又側に行ってみましたが、平日運行されていませんでした)。また東にある市川歴史博物館も、月曜日定休なのですが月曜が祝日だったため本日火曜日がお休み。つくづくタイミングが悪い。

駅前にはスーパー銭湯の「笑がおの湯」がありますが、人工炭酸泉のみで天然温泉ではないようなので、朝風呂は諦めます。ちょうど右手にレンタルサイクルのサイクルボートがあるので、自転車を借りて行きましょう。

矢切駅のすぐ南西側には1937年(昭和12年)建造の栗山配水塔があります。

西側は崖地となっており、崖下の栗山浄水場からポンプで揚げられた水道水が貯められ、丘陵地の住宅街に配水されて行きます。

丘陵地を降ると江戸川の支流である坂川が流れています。右手奥に見えるのが栗山浄水場。

下流側を見れば江戸川との合流地点である、柳原排水機場があります。

その袂に佇んでいるのは1904年(明治37年)建造の柳原水閘。

坂川治水事業は江戸時代から続いており、江戸川との合流地点が現在の場所になったのは1836年(天保7年)、旧式樋門が造られてからのこと。これにより坂川流域の水害は著しく軽減されたそうです。

明治中期から大正末期の関東大震災までが煉瓦建築が多く造られた時期なのですが、その時代に造られた四連煉瓦アーチ構造の水閘は貴重な文化財であるとして近代化産業遺産に指定されました。

坂川のすぐ西側を江戸川が流れています。上流には矢切の渡しがあり、対岸は葛飾柴又。

これより再び国府台の丘陵地を登って行きます。途中帝国陸軍の境界石がありますが、国分台にはかつて野戦重砲兵第三旅団が存在しました。

丘陵の上は住宅街で、その西の外れの斜面に大蛇を模した辻切りがあります。

これ、知らずに見つけたら、ちょっとビビるかも。

この地域の辻切りは毎年1月17日に国府台天満宮で新しく編まれた大蛇と交換され、その行事は室町時代から続けられていると言われています。

こちらは集落の北を守る大蛇。ちょっと可愛い。

辻切りとは、悪霊や悪疫(疫病)が侵入するのを防ぐため、集落の出入り口にあたる四隅の辻を霊力によって遮断することからついた呼び名。

こちらは南端の斜面にある辻切り。

去年は木更津の漁村で辻切り(道切り)を撮って来ましたが、地域によって形式は様々です。

こちらは東の端を守る大蛇。東京科学大学の近くの交差点にあります。

こちらもちょっと可愛い。以上4体の大蛇は一年間風雨に晒されながら地域を守っていきます。

東京科学大学のグランド脇には野戦重砲兵第三旅団の裏門の遺構が残っています。この砲兵隊については「帝都を歩く」さんが専門的で詳しいので、こちらでは省きます。

元々軍用地だった所には、他にも中学校や高校、病院、それに千葉商科大学や和洋女子大学などなど、様々な機関や施設が建ち並んでいます。そんな中、元郵政宿舎の廃墟が3棟ほど残っていたり。

そんなわけで京成の市川真間駅まで降りて来ました。線路脇にあるのは1929年(昭和4年)建造の京成電鉄社員倶楽部。現在は個人邸宅となっております。
市川市も歩いてないので、そのうち散策してみたいですね。

































































































































































