バラック地帯

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千葉県船橋市、都疎浜バラック群

 船橋駅から南へ10分ほど歩いた所に、廃墟同然のバラックが建ち並ぶ一帯があります。

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 京成船橋駅を越えて遠くに聳えるタワーマンションを目指して歩くと、有形文化財にも指定されている割烹旅館『玉川』があります。天然温泉にも入れるこの割烹旅館は船橋でも随一の高級旅館なのですが、海側の再開発がえげつないです。

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 そんなタワーマンションから運河一本隔てた反対側に、廃墟同然のバラックが立ち並んでいます。

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 この辺りは元々放置されていた塩田の跡で、大戦中に都会の人々が疎開して来た浜辺、という事で都疎浜と名付けられたそうです。

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 運河の西側一帯が都疎浜地区なのですが、運河沿いの道路の西側は比較的普通の住宅街と言った感じで、道路と運河の間にだけバラックが連なっています。

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 運河はほとんど水が枯れており、細長い池というか沼と言った方がしっくりくる。

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 中には焼けっぱなしで放置された建物も。実際すでに引っ越して廃墟となっている建物も多いのですが、基本解体せずにそのまま放置されています。それもそのはず、この土地は船橋市管轄の土地を不法占拠された土地なので、家主が居なくなった後何かが建つという訳ではありません。それでも、ここ数年でだいぶ解体が進み、歯抜け状態となっています。

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 なにしろ後ろが運河なので、思いっきり仰け反っています。

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 ほぼ全ての建物に言えますが、運河の底に杭を打ち込んだだけの簡単な基礎なので無理もないです。すでに倒壊したために解体されてしまった建物もあります。

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 高層マンションとのコントラストが凄まじいです。

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 すでに運河としては機能していないので、いずれは残る全てのバラックが立ち退かされた後、埋め立てられて公園にでもなるのかも知れません。

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神奈川県横浜市神奈川区(1)、市場食堂~ドヤ街、朝鮮部落

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 横浜の北、京急神奈川駅から海に出れば横浜中央卸売市場があります。

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 ここは市街地の外れの工業地帯にあるため、築地のような雑然とした感じや古さは無く、閑散としております。‌‌

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 場外の卸の店舗などが入った建物の一角に食堂街はあります。‌‌

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 早朝は賑わっているのでしょうが、昼休み時は市場職員と観光客のみ。‌‌

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 店の奥には魚が乱雑に積まれております。先週は地面にマグロが転がっていました。‌‌

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 大間のマグロ定食。高級なためか意外とボリュームは少なめ。とは言え、最高に美味い。‌‌

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 市場周辺には卸業者の建物が集まっているのですが、バラック建築が非常に多いです。‌‌

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 市場をぐるりと迂回するように流れる滝ノ川を見ると、川に競り出した水上バラックの群れ。‌‌

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 滝ノ川は埋め立て地を直線的に流れる運河の役目を果たしていた川です。映画『カイジ2』のロケ地になってたりもします。

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 埠頭も近いため、港湾労働者の町でもあった事を簡易宿泊施設が物語っております。つまりドヤ街。寿町ほどではありませんが。

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 滝ノ川を遡り第一京浜を越えると、土橋という小さな橋があります。この橋、どうも鉄道橋に見えてしまうのですが、廃線跡でしょうか。

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 滝ノ川を京急線が跨ぐあたり、ここにも川に競り出した水上バラックがありました。しかしよく見れば教会が紛れています。建っている土地も道路と川に挟まれた空白地帯のような狭い場所。

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 川沿い、線路沿い、教会、これらの条件を考えると、朝鮮部落を思い出してしまいます。真相は謎ですが、戦後のどさくさに紛れて不法占拠した建物ではないかと。

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 特に真ん中の建物などは脚が腐り、川に落ちかけています。

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 その建物を正面から見ると、かなりのけ反ってるのが分かります。別に廃墟ではなく、人が住んでいるのが驚き。
 ともあれこの界隈は非常に内容の濃いい街です。

2013年6月撮影。

※追記 2019年1月10日
夕方のニュース番組で写真中央のトタンが錆びたバラック住宅を、倒壊危険空き家住宅として取材してました。 番組によればこの物件は借家で、2年前に住人は引っ越し。大家さんはアメリカに住んでおり連絡が取れないとか。さらにこの物件、昨年末に解体工事が始まり取材したところ、横浜市は依頼していないそうです。報道が来た事が大家に伝わり、急いで解体したのでしょうか。謎は深まるばかりです。

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港区芝浦(1)、高浜橋バラック群とホルモン

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 芝浦埠頭近く、品川と田町の間の湾岸地区を初めて歩いたのは2010年の夏でした。目的は新芝南運河に架かる高浜橋の袂に残るバラック群。在日韓国人系の住居である事が、三軒ほど並んでいるホルモン屋から窺えます。朝鮮部落の名残ではないかと想像出来るのは、運河を挟んで横たわる芝浦水再生センター。昔の名前は芝浦汚水処理場であり、横を通ればほんのりドブ臭い。

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 このような劣悪な環境と言うのは戦後朝鮮人が移住させられたか、或いは日本人から隠れ住むのに絶好の場所だったか、と言った事情が考えられます。
※後にはるみとシーパラのオーナーとお話出来ましたが、この二軒については土地の権利を持っているようです。ただ、かつて広大にバラック集落が形成されていたこの土地には、戦後のドサクサから不法占拠を始めた朝鮮人がいたのも事実のようです。

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 橋から眺めれば運河に張り出している様子が見れます。

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 そして何よりもビジュアル的に強烈なのが、この下水処理場からの巨大パイプが突き刺さっている図。昨夜ホルモン屋のママから聞いた話によれば、子供の頃遊びに行った時、確かに部屋の中をパイプが貫いていたとか。

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 去年訪れた時、丁度ランチタイムだったので一番大きな店で昼食を取りました。
 建物の上のネオンサインは以前ここに在った店の看板で、店が変わっても取り壊すのも手間だしって事で、放置プレイだとか。

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 ホルモン定食、800円(ビール別)。近くにある芝浦屠場から仕入れる新鮮なホルモンは美味かった。ちなみに生ビールは500円で、17時~21時は半額250円。

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 そしてついにバラックホルモン屋『はるみ』に突撃。メニューはシンプル。ハラミ、ホルモン、センマイ。あとはチャンジャとかクッパとかチヂミとか。ビールも瓶です。

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 それにしても昭和な店内。そして驚いた事に、この店はドラマ『HIRO』や映画『たんぽぽ』のロケで使われていたそうです。業界人の間では有名なのだろうか。さらに吉川晃司がこの界隈(と言っても三軒)をたまに徘徊してるとか。

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 夜も更けるにつれ常連の人たちで狭い店は満席。日本人も居れば在日韓国人も居ます。しかしみんな飲んでばかり。誰一人焼かない!
 二軒目として集まるような店のようで、フレンドリーなオヤジたちと盛り上がり。
 よくよく聞いてみましたが、やはりこの辺りは戦後朝鮮人が集まり住んでいた土地で、元々はもっと広範囲にバラック群が広がっていたそうです。『はるみ』も創業60年で、今のママさんは二代目。しかしこの土地は朝鮮部落という形にはならず、当時芝浦埠頭で働いていた港湾労働者などの、日本人低所得者層の人々も住み着いていたそうです。長い年月を経て血が混ざり合い、二世三世と世代を重ね、日本人も韓国人も一緒に楽しく飲める店となったようです。

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 ちなみにシーパラダイス(八景島にあらず)の看板を放置しているホルモン屋と『はるみ』はオーナーが一緒で、トイレはシーパラの二階に借りに行きます。なにせバラックなもんでトイレ無いのです。

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川崎市臨海地区、池上町の朝鮮部落

※2019年8月末のクレイジージャーニーにてBAD HOP特集のロケ地となり、その際写真も提供させて頂きましたが、この地区の内部はほぼ私道であり、また歴史的にもデリケートな場所なので、くれぐれも聖地巡礼などのつもりで無闇に入らないでください。万が一地域住民とのトラブルが発生したとしても、当方は一切の責任を負いません。

 まさに陸の孤島の名に相応しいのが、この池上町であります。

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 まず最初に出迎えてくれたのはブルーシートハウス。しかしそれは序章に過ぎませんでした。
 川崎の外れの臨海地区を産業道路と貨物線が走り、基本的にその向こうは工業地帯として区画されているはずなんですが、そこにひっそりと隠れるようにして朝鮮部落が存在します。

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 住宅街区の外れは不法投棄通り。その向こうはよく見えないですが、産業廃棄物処理場のようです。だからって、ここに棄てても持ってってくれないから!w

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 廃バラックもあれば、結構綺麗な新築家屋もあります。

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 ただ、道が狭いったって、ここまで狭いの初めて。

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 なんですかこの迷路のように入り組んだ路地は。抜けられたり行き止まりだったりで迷うこと必至。

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 日本語が独特でない方もおられるようです。高齢者などの世代かと思いますが、被差別という歴史の中で日本社会との接触を避けて来た方も多かったと聞きます。
 池上地区のゴミ捨て場は貨物線の高架沿いの道に点在します。確かに、住宅街の中にはゴミ回収車も入っては行けないだろうし、入ったとしても出て来れなくなりそう。

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 ごめんなさい。なんかもう謝りたくなって来た。まず、どこからどこまでが人んちか分からん! 庭かと思ったらその奥に別の家の玄関あるし!

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 この地区は戦前より工業地帯の建設や関東大震災後の復興事業に従事した朝鮮人労働者や、大戦中強制的に連れて来られた(大半が自らの意志で稼ぐために渡航したという説もあります)朝鮮人たちが不法占拠し住み着いた、いわゆる朝鮮部落であります。話によると昔、スラムぐるみで密造酒(どぶろく=マッコリ?)を作っていたところを摘発してやろうと入って来る局員が、スラムの奥深いところまで来れないようにするため、道が狭く入り組んでいるという話もあります。スラムに入ったきり2度と出てこなかった密造酒Gメンもいるという話も。今は需要がないので密造酒は作っていないとの事。

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 以前訪れた川崎駅の西側、多摩川の河川敷に隠れていた戸出の朝鮮部落も、中はこんな感じなのだろうか。
 そしてネットでスラムだった頃の様子の写真を見つけました。
http://halmoni-haraboji.net/exhibit/archives/sheet04/sheet04-7080ikegami.html
 まさに映画の世界。昭和の頃は、谷戸地帯などの日本人貧民窟も含めこのような劣悪な住環境の地帯が多く存在しました。

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 新築家屋なんかはどうやって建てたのか謎。出来上がった家をヘリで上空から下ろすぐらしか思い付かない。だってその家に行くのに幅80センチの路地を入ってくしか無いんだもん!

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 どの家の住民も『同胞』であり家族同然だから境界線なんてどうでもいいという感覚なのでしょうか。確かに下町にもこれに近い感じの所もたまにありますが、火事起きたら全滅ですよ!?

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『ペンキ屋へ。ペンキの空き缶を持って来るな。ここへ入れるな!! クズ鉄だけ』と、ペンキで書かれた看板。(汗)
 とりあえず、仔猫に心を癒してもらいました。

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 こちらは産業道路より市街地側の桜本という地区にあるコリアタウン。
 同じ在日であっても朝鮮部落とは違い、こちらは主に戦後移り住んで来た人々の街です。焼肉屋が軒を連ねる。
 戦前組は彼らをニューカマーと呼び、戦後組は朝鮮部落の人々を卑しい血族と差別する傾向があるそうです。
 時代ごとに差別や迫害を受けて来た歴史を持ち、日本人に対しあくまで距離を置く人々と、順応している人々との違いだろうか。それにしてもこの住環境の差は大きすぎやしないか。

撮影・2010年1月


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川崎市幸区(1)、戸手四丁目無番地朝鮮部落

※この地区は2019年10月12日の台風19号による多摩川の増水にさいし、河川敷の建築物が全て浸水し壊滅的なダメージを受けしました。幸いにも避難と救助活動により死者行方不明者は出なかった模様です。
被害状況については川崎戸手教会のサイトにて確認できますが、今回の被災を機に教会を含め全住人が引っ越しされる模様です。


 無番地。つまり登記されていない土地です。
 ここは関東に現存する、数少ない不法占拠地帯のひとつでした。彼らの部落は地元の人しか知らないような場所にあり、情報は極めて少ないです。一説によれば戦前、多摩川河川敷の砂利を取る仕事をしていた人々が住み付いたとか。

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 この戸出無番地は多摩川沿いの道路に面した再生紙工場『木下』の裏手に、守られるように存在します。敷地内には他に小規模な鉄工所と研磨工場、ファスナー工場があるようです。

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 川沿いの道からは見えないようになっており、土手の上に登って初めてその部落を発見できるという、現代の隠れ里。

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 しかし、不思議な事に近年、土手と川の間、つまり河川敷に中高層マンションが林立し始め、川を遡るようにして徐々に開発がこの部落へと迫って行きました。以前訪れた際には多摩川スーパー堤防という公共事業が名目の工事だったのが、すっかりマンション建設ラッシュです。そして一昨年あたりでしょうか、ついに退去。部落のほとんどが消えてしまいました。話によれば退去した住民は近くの公営住宅に引っ越し、市から補償金2700万を受け取ったとか。

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 現在では工場の敷地と木下邸周辺の数軒の民家、それと教会を残すのみとなってしまいましたが、総トタン板貼りのバラックと、張り巡らされた狭い私道が当時の姿をとどめております。この木下なる人物と在日との関係などは不明。

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 今でこそ韓流ブームなども起こるような平和な時代ですが、差別や確執などと言った黒い戦後史の形跡を、この朝鮮部落の存在は色濃く残しております。(撮影・2011年12月)

※2015年5月23日再訪

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 鹿島田から亀甲マーケットを訪れた際、その流れでバスを途中下車して久々に再訪しました。
 河川敷マンション開発は、以前訪れた時点で止まっているようです。木下の所有地として登記したのかは謎ですが、工場の敷地にまでは侵攻して来ず、全滅は避けられたようです。

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 逆V字型の屋根が斬新!

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 ちょっとだけ近づいて見ました。

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 行けません。これ以上奥まで入って行ったら、たとえ不法占拠された土地であっても明らかな不法侵入です。

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 ここまでにしときます。ここから先は治外法権ですから。

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