バス

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【日記】近況〜小ネタ

3月は主に横浜で仕事していました。なので帰りは大抵六角橋商店街の「かずさや」さんで飲んでいました。

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木造アーケードのふれあい通りの外観はこんな感じです。たまたま全体像が見える場所がありました。

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六角橋で飲んだ後はだいたい東神奈川までバスで出ます。バス停の近くに懐かしいスバルR-2(1969年)が。

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ちなみに火曜日はかずさやさんが休みなので、昔何度か通った東神奈川駅と京急の間にある立ち飲み「竜馬」さんで飲む事もあります。JR東神奈川駅の東口にある京急仲木戸駅が、いつの間にか京急東神奈川と駅名を変えていました。

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六角橋で早い内から飲んで、勢いで寿町まで行こうとしたら乗り過ごして根岸。撮り鉄がホームの先にたくさん居たので何かと思ったら、定期運用が終了してしまったEF65の1000番台が。いつの間にやら国鉄時代の機関車も絶滅危惧種になってしまったんですね。

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毎度のように寿町へ行ってみれば健康福祉センターの周りに大行列が。

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いわゆる炊き出しで、弁当が配られるようです。私はその健康福祉センター向かいのカラオケ居酒屋「のものも」さんでベロベロになるまで飲んでしまいました。

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店を出ると2時間近く経っているのにまだ大行列が続いています。どう言う事なのか、2周3周と並ぶ人でも居るのでしょうか。

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さて、先日「しまDiary 」様で紹介されていた東急バス、新横浜〜第三京浜経由〜溝の口直行便に乗って来ました。

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観光バスのような4列シート。有料道路を通るのでシートベルトが備えられてなければならないそうです。

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じゃぁ観光バスでいいじゃん!とか中間扉いらなくね?とか思いましたが、あくまでも路線バスなので車椅子対応である必要があるとか。

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港北インターから第三京浜に入って行きます。この路線、実は本日3月31日をもって廃止となります。沿線には桜。乗客は10人ほど。静かにラストランを迎えます。

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溝の口に着きました。溝の口から新幹線へのアクセスとして24年間走り続けて来たそうですが、利用者が少ない事や東急新横浜戦の開通で大井町線から自由が丘乗り換えで新横浜駅まで行けるようになった事などから廃止となります。

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特別仕様の東急バス。これをワンロマ車と言うそうです。最後に乗れて良かった。

最近特に新ネタも無く飲んでばかりでしたが、天気が良くなったらどこかに行って来ようと思います。

【お知らせ】

この度J:COMテレビにて放送される「千葉未来会議〜素通り脱却への道〜」と言う番組にて千葉県茂原市真名団地の画像を使用していただきました。放送は3/29に終了しましたが、YouTubeでも観る事が出来ます。
(番組HP)
https://c.myjcom.jp/jch/east_03/special/chibakinkyukaigichu.html
(YouTube)
前編
https://m.youtube.com/watch?v=l27ax1XaVyw
後編※こちらで使っていただいてます
https://m.youtube.com/watch?v=m4GwpdCwpCA

大阪府大阪市、北天下茶屋からの南海電鉄。

いよいよ大阪シリーズもラスト。ひと月半大阪ネタで食い繋いでしまった。さて、大阪に来た目的の一つに阪堺電気軌道がありました。

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まず西成の新今宮駅の雰囲気が良いですね。本来の目的はモ161に乗る事でした。しかし今年の冬は運行されていないようです。とは言えこのモ501系(505)も1957年(昭和32年)製なのでたいがいですが。

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と言う訳でストーカーが自宅に押し掛けるが如く我孫子道車庫。左端にモ162系(168)が佇んでいます。

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車庫の裏手に廻ってみました。すると何年も動かさずに留置されている車両が。右がモ161系の165、左が163。どちらも1927年(昭和2年)製造。もう10年以上動いてない様子。

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モ161に乗れなかったので沿線の気になる駅、北天下茶屋に降りました。写真のモ501系(503)も行きに乗った505号機同様昭和32年製造。このプラットホームには喫茶店の入り口があります。

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喫茶店コーヒールンバでモーニング。すでに12時を過ぎてましたがモーニングセットは頼めました。

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店の反対側には正式な入り口がありました。

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北天下茶屋駅の東側はなかなか渋い商店街です。

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西側はアーケードの天下茶屋商店街。建物の古さもなかなか。

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南海の天下茶屋寄りのアーケード入り口。

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渋いお寿司屋さんが。こう言う所で昼食とっても良かったかも。

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銭湯の天水湯はいまだ現役のようです。

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南海電鉄天下茶屋駅までは天下茶屋駅前商店街のアーケードが続きます。立ち飲み屋もありますが、まだ昼なのでやってません。

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天下茶屋駅前にも立ち飲み屋が。入りたい店が多くて困ります。

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天下茶屋駅は南海本線と高野線の複々線となっております。

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和歌山方面に行く南海本線の特急サザン。2枚扉の指定席車両と4枚扉の自由席車両が連結されていると言う、関東では見られない混合列車的な編成。

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1970年(昭和45年)に登場した6100系が元となっている6300系。もう半世紀近く活躍しているんですね。

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そして一度生で見たかったのが、関空まで行く特急ラピート。

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本当は実際乗りたかったのですが、それよりも夕方までゆっくり飲みたい気持ちが勝ったので、この後、前の記事の西成三角公園辺りに時系列は繋がります。

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最後は南海難波駅にてラピートを舐め回すように観察。

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わざわざボルト締めとか。

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この車両デザインした人、絶対頭おかしいよ!なんかカッコいいを通り越して変態的。

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窓が全部丸って言うのとか、こう言う事を許容しちゃう関西人にジェラシーを覚えます。

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そんな訳で南海難波駅。1932年(昭和7年)竣工の登録有形文化財。内部は綺麗に改築されていますが、やはりターミナル駅としての迫力がありますね。

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なんばセンター街商店街にある明治43年創業の洋食屋さん、自由軒。

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名物のカレーを頼みましたが、写真撮る前に上に乗ってる生卵を崩してしまいました。なんたる失態。

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夜行バスの時間までミナミの街をぶらぶらしましたが、とにかく外国人観光客も含めて人が多い。通りによっては渋滞が起きるくらいです。

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去年の冬(一年近く前)に閉業した味園ビル。そろそろ解体工事が始まりそうな感じでした。昔来た時、このビルの中のホテルに泊まった記憶があります。なんで写真撮ってなかったんだろう。そして、なんでキャバレーのユニバースに行かなかったんだろう。

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帰りは日野セレガでした。外観あまり好きじゃないんですが、乗り心地は三菱ふそうより快適に感じました。コンセントの位置とか細かいレイアウトはこっちの方がいいし、振動も少なく感じました。気のせいかもしれませんが。
まぁ今回は1日目で気力体力使い果たしてしまった感があり、2日目はなんかダラダラしてしまいました。本当はキタの方のバラック地帯とか行こうと思っていたんですが。しかし大阪はどこ行っても魅力的。今回行けなかった所も多いので、またいつか来たいと思います。今度はちゃんと新幹線で。


大阪府大阪市九条(1)、赤線跡の松島新地

明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。新年早々、大阪からスタートさせて頂きます。
今回は連れが入院するなど諸事情により何十年ぶりかの一人旅となりました。尤も関東圏内の日帰りはいつも一人旅なのですが、泊まりがけでは久しぶりに一人。と言うわけで無茶ができます。

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まず夜行バスなんて16年前の大阪旅行以来になります。連れは夜行バスでは寝れないとの事なので、地方へ行く際は飛行機か新幹線となっていました。今回もお金が有れば新幹線なのですが、背に腹はかえられぬ夜行バス。バスタ新宿から往路は予約のタイミングが遅れた事も重ねて帰省ラッシュ料金なのか28日発9800円、復路は30日発4200円。新幹線は片道14800円なので半額ならばいいかなと、利用したのは桜交通。来たのは三菱ふそうエアロバスシリーズ(好きな方)。23:10発です。

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ね、寝れねーっ!
こんなにキツかったっけ。4人掛けの狭さもありますが、背中痛いし振動で寝れない。鉄道ではロングシートの端っこでも速攻眠れるのに、バスはリクライニング倒しても殆ど眠れない。50代で夜行バスは無理でした。

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体バキバキで寝不足気味に梅田へ到着。喫茶店に入ろうと検索したら、座って缶コーヒーが飲める喫煙所でした。

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以前、2009年に彼女と夜行バスで大阪に着いて、まず朝イチ最初に行ったのが飛田新地でした。ひどい話ですwwww
そして今回は西区九条の松島新地へ行って見ます。赤線跡地のちょんの間地帯です。

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早朝なのは大阪の「新地」と付く特殊飲食店街で写真を撮るのが危険だから。カメラを構えようものなら怖い人にカメラを没収されると言う話です。各建物の前には撮影禁止と貼り紙がされています。

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なので人通りが最も少ない朝方にこっそり撮るしかありません。そもそも目的は貴重な建築物を撮る物であります。撮っていけないのは営業中に店先で誘いをかける女の子です。

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以前飛田新地を訪れた時は早朝に写真を撮った後、夕方再び訪れて鯛よし百番で鯛ちりを食べました。その際営業中のちょんの間も見ましたが、なんとも独特な雰囲気でした。

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それにしても素晴らしい建物ばかり。想像していたよりも広く、飛田新地とそんなに変わり無いといった印象。

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元々の発祥は遊郭でありんす。ありんすとか言っちゃったよ。遊郭や赤線地帯のネタの時は毎回その時代背景について解説してますが、今一度解説します。知ってるよって方は読み飛ばしてください。

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松島遊郭の歴史は明治2年、現在の場所より東の木津川べりに新たに遊郭が完成した事から始まります。大阪に於ける遊郭そのものは江戸時代から新町遊郭などがありましたが、そちらは衰退していきました。

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しかし1945年(昭和20年)、大阪大空襲により全焼。1947年(昭和22年)、現在の場所に移して再開します。

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とは言え戦後1946年(昭和21年)にはGHQの指令により公娼制度が廃止されたので、カフェーや料亭などの体裁で再開します。いわゆる赤線の時代となります。

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やがて1957年(昭和32年)に売春防止法が成立(翌年施行)し、全国の娼館の歴史は完全に幕を閉じることになった。はずでした。

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しかしここを含めて業態をかえつつも場所も建物もそのまま残った場所が幾つかありました。飛田をはじめ滝井、信太山など。京都にも確かあったはず。

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とは言え廃業されたり取り壊されて空き地になったり、マンションが建てられてしまった場所もありんす、いや、あります。ちょっと前までは新地のど真ん中にマンションなんて考えられなかったのですが、時代が変わったのでしょうか。

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売春防止法以降全国の赤線青線地帯は、料亭などの三業地として存続したり、ソープ街と形を変えたり、そのまま消滅したりと様々でしたが、ここ松島新地など関西の新地はちょんの間地帯として生き残っています。

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ここなんていかにもなちょんの間建築です。赤線時代小規模な店だったと言う事でしょうか。ちなみにちょんの間とはソープとは違いお上のお目溢しを頂いてない、摘発対象となる本番ありきの業態。関東では川崎堀之内にのみ生き残っています。

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この辺り看板が無いと言う事は潰れたお店の跡でしょう。ここなども遊郭っぽい造りじゃありませんが、そもそもの話、遊郭は空襲で一度焼け野原となっています。

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現在の松島新地の建物は全て戦後建築。それなのにカフェー建築のように洋風でハイカラな物は建てずに、あくまでも江戸時代から明治大正の遊郭を思わせる造りになっています。

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これは「遊郭の気分」を出すために遊郭建築を再現したと言う事か、はたまた公娼制度が廃止されたにもかかわらず松島遊郭を再興させようと言う気分からか。東京で言う所の震災後の銭湯建築みたいな考え方でしょうか(ちょっと違うか)。

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ただ、飛田新地に残る重要文化財の鯛よし百番は大正中期の建設とされています。飛田は大正7年に完成し、戦火を逃れた建物が幾つかあったそうです。やはり戦前からの遊郭建築との決定的な違いは木造モルタル造りである事。内部の構造も明治大正期の、それこそ鬼滅の刃に出てくるような遊郭建築とは全く違うのかも知れません。

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遊郭の端には茨住吉神社があります。氏子の名前を探せば遊郭の名前もあるでしょう。

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街外れに松島料理組合の入る松島会館があります。表向きはあくまで料亭の体裁を取っているので、組合も料理組合と言う名前になります。

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松島新地の外れに、気になる場所を見つけました。

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建物と建物の間が狭い路地となっています。

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これは唯ならぬ雰囲気。想像ですが、青線としての私娼窟があったのかも知れません。

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この狭さは身を隠すため。現在は普通の住宅ですが、建物の造りなどから怪しいと感じました。
また機会があれば、他の「新地」も見てみたいです。
大阪シリーズ、しばらく続きます。多分1月いっぱいこなせるww

東京都八王子市、上恩方郵便局とボンネットバス

高尾駅から陣馬高原下行きのバスに乗り30分弱、口留番所と言う関所のあった関場バス停で下車。

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バスを降りると陣馬街道の関所が置かれた村というだけあって屋敷門の見事な邸宅が目に入ります。

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その近くに建つ上恩方郵便局が今回の目的地。最近日本郵便が「エモい郵便局図鑑」と言う企画をインスタで発信し始めました。そのファイルNo.1で紹介され、写真を見た瞬間衝動的に行ってみたいと思った次第。

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この郵便局は昭和13年(1938)に開局。当時の建物がそのまま残り、現在でも営業が続けられています。営業中なのでなんか中に入り辛く遠慮してしまいましたが、話せば中も撮影させてくれたかもしれません。この辺、ヘタレで後悔が残ります。

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ネタとしてもう終わってしまいましたが、陣馬街道を外れ北浅川の支流である醍醐川沿いに歩いて行きます。

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しばらく歩くと「炭焼き三太郎」という炭焼き小屋が現れます。どうやらここでは炭作り体験なども出来るよう。確かにこの地域は林業をはじめ養蚕や炭焼きなどを生業として来たようですが、後々調べてみたところこの炭焼き三太郎の正体は元社会党議員、市議も4期務めかつての労働運動の闘士とも呼ばれ、現在NPO法人「日本エコクラブ」理事長を務められている方だそうです。

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そもそもなんで醍醐川沿いに散歩したかと言うと、たまたまGoogleマップで怪しい建物群を発見したから。道路から川向こう、木々に隠れた建物をストリートビューで確認し、もしや廃村では⁉︎ と思った次第。

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現地に着くと対岸まで物資を運ぶ簡易ロープウェイが。確かに木々の向こうに建物らしき物が見えます。しかし、なんか雰囲気が廃墟っぽくない。

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違う。明らかに何か違う。何というかキャンプ場とかバーベキューとか、そう言った娯楽の匂いが。ここは廃村などではない。

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近くの民家をふと見てみたら、またしても炭焼き三太郎!
どうやら子供たちに里山体験をさせる「醍醐山房」と言う施設のようです。山道を30分以上歩いて来ましたが収穫無し。そんな事もあるでしょう。

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なんか悔しいので集落の神社に行ってみたり。

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倒木!
エラい事になってます。

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最後に「夕焼けこやけ触れ合いの里」に保存されているボンネットバス。しかしここ、植物園や夕やけ小やけを作詞した中村雨紅の資料が数多く展示されている公園に入るてめに、入場料が取られます。なので望遠で撮影。
このバスは昭和42年(1967)製のいすゞBXD50で、長野県の伊那バスで使われていたものを昭和57年(1982)に西東京バスが購入。2007年5月まで八王子から陣馬高原まで観光客を運んで来ました。

墨田区東向島、東武博物館

鉄道博物館は大宮も梅小路も行っておらず、東急電車とバスの博物館にしか行ってないと言う。そりゃ大宮の鉄博に行けばテンションマックスになる事は分かっている。ただブログのネタにはならない。と言うことでマイナーな所から攻めるのです。

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東向島駅のガード下にある博物館の外観を撮らず、いきなり1720系デラックスロマンスカーです。昭和35年から平成3年まで30年以上東武の顔として走り続けた名車。箱根出身者としてはロマンスカーと言えば38年就業の小田急SE車だろうなどと思い、東武帝国は東急帝国のライバルとして見ていたのですが、ともあれこの顔はロボっぽくてセンセーショナルでしたね。

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かつて日光を走っていた路面電車。今現在も万年渋滞な日光駅から東照宮の先の馬返までの坂道を走っていたそうです。馬返から先はケーブルカーがいろは坂の上まで登り明智平ロープウェイへと接続していました。このケーブルカーの遺構もいつか訪れてみたいところ。

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車内はこんな感じ。昭和29年製造で昭和43年には路線が廃止されていますがそんなに古さを感じさせない。地方で走っていても不思議じゃないです。

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入場して最初に目にするのはこの5号機関車。明治31年に英国から輸入しましたが、なんと昭和40年まで貨物線で走っていたと言うから、その物持ちの良さに驚かされます。現在では真岡鐵道から買ったC11牽引のSL大樹が走ってますが、東武鉄道ならば大切に使ってくれるだろうと感じられます。

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博物館としては目玉と 言えるデハ1形5号です。大正13年製で、よくぞ保存していたと思う。正面5枚窓が珍しく感じますが、電気系統や台車が米国製という事で、言われて見ればアメリカっぽく見えて来る。

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しかも車内に入れちゃいます。綺麗に磨かれた車内。細かい所まで見れば勉強にもなり、博物館に来た甲斐があると思わされます。

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ED101形(101号)電気機関車。ブドウ色のデッキ付き機関車は大好きでしたが、私鉄の機関車は見事に無視していました。昭和3年の英国製で、昭和47年に近江鉄道へ譲渡、昭和63年まで活躍し続いていたそうです。

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5700系(5701)。昭和26年、戦後に造られた日光鬼怒川特急用車両。前面二枚窓って好きなんですよねぇ。昭和35年、貫通扉(前面扉付き)に改造され、最終的には臨時や団体用として平成3年まで走っていましたが、引退後に前面をデビュー当時の前面二枚窓に復元したそうです。ナイスです。

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車内の様子。関東ではあまり見ない転換式クロスシート(背もたれを前後させて進行方向を向かせる)ですが、就業当時からそうだったのかな?

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館内には同じく5700系(5703)の先頭部分が展示されています。こちらは昭和28年製で最初から貫通扉型でした。同じく平成3年引退。

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あまり記憶が無いのですが、どうやら学生時代に臨時列車として走っている所を撮っていたようです。恐らく1988年。

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昭和34年から同59年まで東上線で活躍していたED5010形(5015号)機関車。高坂の秩父鉱業や越生線西大塚の日本セメントからの貨物列車を牽引していたそうです。西武電鉄などもそうですが、セメント列車は日本の高度成長期を支えていましたね。

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ED5015の手前にはキャブオーバーバス、TN714型1625号が展示されています。このバスは昭和26年にニッサンのエンジンを載せ富士自動車工業で製造されました。

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戦後、航空機開発を禁止された中島飛行機が非軍需産業への転換を迫られ、その一部が富士工業としてスクーターやバスの製造へと乗り出します。当時は財閥解体から再統合、合併への流れが複雑で、富士重工が発足するのはその2年後の昭和28年。

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ペコッと木の板が飛び出すウインカー。屋根の上の速度に合わせて点灯するランプもカッコイイです。バスは乗用車と違い、エンジン、シャーシ、ボディー、それぞれが違うメーカーである事が多いです。これは現代でもトラックの本体と荷台を違うメーカーが製造しているような感覚でしょうか。

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そもそもキャブオーバーバスとは、乗員数を増やして輸送効率を上げるために、従来のボンネットバスのボンネット部分に運転席と座席を張り出させたもの。そのため運転席の脇にエンジンルームが思い切り飛び出しています。
エンジンルームのカバーを子供たちが撫でるもんだから、塗装が剥げてテカテカになってると言うwwww

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このリアの丸っこさも大好き。ちょうどこの頃から富士重工では、かつての航空機の製造技術を生かしたモノコックボディー方式で、リアエンジン式バスの製造も始めていました。

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奥のホールではヘッドマーク展をやってました。ともあれ近いし入場料200円と安いし、シミュレーターも揃っているので夏休みの雨の日の子供連れも多く楽しまれていました。子供のみならず大人も充分楽しめるし勉強にもなります。
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