ニュータウン

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埼玉県比企郡鳩山町、鳩山ニュータウンとトロッコ公園

成増で仕事が早く終わったので、とりあえず東武東上線で北へ。東松山市の高坂駅まで行ってまいりました。

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大東文化大学を通り過ぎて峠を越えれば比企郡鳩山町。高坂からおよそ15分で鳩山ニュータウンに到着。

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1970年代に販売された南東部には時代を感じさせるデザインの分譲住宅。この鳩山ニュータウンは日本新都市開発によって昭和46年より開発、昭和49年(1974年)より段階的に分譲された3000戸を超えるニュータウンです。特にバブル期には、埼玉の片田舎にしては分譲価格8000万円台から最大で1億越えと高値で売られ人気を博していたとか。

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向かいに西友が建っていますが、メインストリートの商店街はほぼシャッターが下りている。1995年のピーク時で10729人の人口を数えたニュータウンですが、以降減少へと転じ、2020年には7018人にまで減少。もちろん少子化もありますが、特にここ10年で一気に過疎化、高齢化が加速しており、2015年の段階で65歳以上の高齢者の割合がすでに44.1%に達していたそうです。

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高坂までおよそ10分毎に運転されているバスで15分、高坂駅から急行で池袋まで1時間弱。和光市から地下鉄副都心線や有楽町線にも乗り換えられる。全然通勤圏内とは思いますが、ここで産まれ育った子供たちが大人になり、自然豊かなベットタウンを捨て都心に移住しているようです。親の金でいい大学に通い、一流どころに就職して小金持ちになったら豊洲辺りのタワマンに住んでみたりとか。

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昭和世代にとっては夢のマイホームだったろうに、結果中古販売価格が分譲時の3〜5分の1程度にまで下落。平均販売価格は600万円台にまで落ち込み、特に初期に販売された駐車場無しの物件に至っては売るに売れないのが現状だとか。そうなると相続問題とか空き家問題とか、そう言ったものが起きて来ます。これは鳩山ニュータウンに限った問題ではなく、郊外のニュータウンではよくある話です。

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ちなみに日本新都市開発は経営者の団体が作り上げた不動産会社で多くの一流企業が共同出資していました。しかし出資企業からの出向やら天下りやらが経営していたもんだから2003年に特別精算。不動産事業を引き継いだ子会社も2009年に倒産しています。

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ニュータウンの西側の小高い丘にトロッコ公園があります。その自然豊かな遊歩道を歩いて行くと、トロッコの保存車両が。

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ここは銀河鉄道の夜を模した施設と言うか、オブジェの様な形で展示されています。決して廃線跡ではなく線路もホームも造られた物で、銀河ステーションという駅名になっています。

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この機関車は佐野市葛生の石灰鉱山の中の、駒形石灰工業で活躍していた加藤製作所製のガソリンカーです。駒形石灰工業は現在でも葛生の会沢地区や大釜地区で石灰を産出しています。

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去年の秋ごろまでは放置され、錆も多くボロボロだったのですが、町内会の有志たちの手によって、綺麗に化粧直しされました。エンジンもアクリルで見えるように。いや、個人的には、本当に個人的にはなんですけども、こんなレモン色に塗られる前の錆々の姿に出会いたかった。過疎化に悩む町内会の方々の気持ちも分かりますが……

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連結されている貨車は前から駒形石灰工業、秩父の三峰石灰工業、会津地方の陶器工場、長野県営林局玉滝営林署と、それぞれ各地方から集められて来ました。これは軽便鉄道マニアの仕業ですね。

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すぐ近くにこんな落ち着ける場所があると言うのは、住環境としては素晴らしいと思います。

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公園の遊歩道には合計4箇所の駅が点々と設置されています。銀河ステーションから北に歩いて白鳥の停車場。線路とホーム、それに踏み切りだけがあります。

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途中にはキロポストもあり廃線跡感を演出。道はよく管理されており歩きやすいです。

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さらに北へ遊歩道を進むと鷲の停車場。こちらにはポイント表示器があります。辺りは静寂に包まれており、散歩するには非常に落ち着くコースです。

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鳩山高校のグランドを左手に見下ろしながら歩き最後に階段を降りると天の川ステーション。遊歩道はここまでとなります。

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ここに保存されているのは秋田県の同和鉱業小坂鉱山で使われていたバッテリーカー。こう言った車両は狭くて排気ガスも出せない坑道内などで使われていました。トロッコについては以前訪れた足尾銅山の足尾歴史館に行くと勉強になるし全国から掻き集めたトロッコたちを見る事が出来ます。

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連結されているのは1両目に京都府亀山の大谷鉱山で使われていた木製トロッコ。2両目と3両目には長野県塩尻駅の製材場で使われていたもの。よくぞ掻き集めたって感じです。あるいはここの北側にかつてあった秩父鉱業及び日本セメント(現・太平洋セメント)東松山採掘場(今はゴルフ場)の関係者の仕業か。
その採掘場跡までは高坂駅より専用線の廃線跡があり、現在では遊歩道となっています。その辺りはまたいずれ機会を見て訪れたいところ。

千葉県佐倉市、ユーカリが丘〜志津小学校青菅分校跡

千葉県佐倉市のニュータウン、ユーカリが丘に行ってきました。

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ユーカリが丘と言えば不動産会社の山万が運営する新交通システム。ニュータウン開発と共に公共交通機関まで自社でやってしまうと言う、唯一のケースですね。路線は「9」の字と言いますか、地下鉄大江戸線を逆さにしたような形で、反時計回りの一方通行。昼間は1時間3本ペースで朝夕は5本ぐらい運行されています。

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中央に集電を兼ねた軌条があり、タイヤで走行しています。このユーカリが丘線が開業したのは昭和57年(1982)。折しも神戸のポートピアや大阪の南港ポートタウンなどで日本初の新交通システムが誕生した翌年で、まさに未来の交通機関と言うやつです。ただ、こちらは運転手がちゃんと乗っていますが。

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中学校駅で降ります。駅は全線で6駅、14分で一周します。駅名も女子大や公園などシンプルなものが多い。

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山万は元々大阪の繊維問屋でしたが、不動産業で関東に進出。昭和46年(1971)よりユーカリが丘のニュータウン開発を始め、昭和54年(1979)より分譲が開始されました。ユーカリが丘線の駅前にはマンションが建ちその周辺には一戸建て住宅が広がっています。このニュータウンは売りっぱなしではなく、高齢化に対応して路線バスの運営を始めるなど環境整備を継続的に行っています。

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一軒の不動産会社が街を作ると言っても、当然公共施設の整備も必要となります。新交通システムや保育所、老人ホーム、娯楽施設などは山万自らが運営していますが、当然小中学校や消防署、警察署などの公共施設は佐倉市に建ててもらうしかありません。この佐倉市立青菅小学校は昭和61年(1986年)に創立。少子化問題があっても極端に生徒数が減る事も無く、ニュータウン開発に於いては成功例と言っても過言ではないでしょう。

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さて、ここからはニュータウンの外側を歩いて行きます。周囲は山林の多い丘陵地に囲まれており、とても自然豊か。

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坂を下ると、いきなり千葉の里山風景が広がります。まるで別世界。

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茅葺き屋根!
いきなりそれは極端だろうwwww
ベッドタウンとの温度差にクラクラします。

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そんな農村地帯に残っているのがこの旧佐倉市立志津小学校青菅分校跡。

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こちらが入り口ですが内部は公開されてません。つい最近、2021年10月に国指定有形文化財に登録されました。

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窓から覗くと非常に綺麗な保存状態です。

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机や椅子が並べられていたらた、ロケ地なんかにも使われそう。

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この青菅分校は明治36年(1903)、志津北尋常小学校青菅分教場として設立され、昭和30年(1955)に現在の校舎が完成しました。その後、ユーカリが丘ニュータウンが完成間近となった昭和52年(1977)、ひっそりと廃校となったそうです。敷地内には桜の木々が植えられており、桜の季節にまた訪れてみたいですね。(3月4日撮影)

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