スナック

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大阪府大阪市西成(3)、釜ヶ崎あいりん地区(前編)

さて続きです。大阪環状線新今宮で下車。前編では夜のあいりん地区で飲み歩きドヤに泊まります。

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阪堺電気軌道の乗り場がパチンコ屋ってのも衝撃。

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こう言う立ち飲み屋も惹かれますね。

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この辺りの銭湯はほぼ現役です。入船温泉となっていますが、天然温泉や鉱泉はありません。ただ、宿泊も出来るそうです。

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新今宮駅の南側はすでにドヤ街ですが、南へ歩いて行くといわゆるあいりん地区と呼ばれる地域に入って行きます。

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今回は末盛湯と言う銭湯にまず入ります。

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中央に浴槽があり、左右の壁際に洗い場が並ぶ配置。東京以外ではこの配置が一般的のように感じますが、銭湯にはそこまで詳しくないので何とも。

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猫デカっ!何匹か野良猫を見かけましたがことごとくデカくて何とも言えない貫禄がありました。

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街が暗いのはもう正月休みに入ってしまった店が多いからでしょうか。

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この辺りはすでに釜ヶ崎ドヤ街、あいりん地区の中心地となります。

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この建物は16年前に訪れた時も撮りました。この界隈はほとんど昔と変わっていません。

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とりあえず一軒目のお店に入ります。

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昼は鉄板焼き、夜はカラオケ居酒屋の「なんきん」さん。岡山のお父さん方と飲みました。どうやら釜ヶ崎の住人では無さそう。

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南海電鉄萩の茶屋駅から阪堺電気軌道今池駅まで、あいりん地区を貫くアーケード商店街、萩の茶屋本通り商店街。この辺りに来ると人通りも多くなって来ます。

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スーパー玉出天下茶屋店。16年前、初めてこの店を見た時はパチンコ屋かと思いました。

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ちょっと小腹が空いてうどんでも啜りたくなりました。

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どうしょうもなく死にそうな人にはかけうどんを食わせるとか。

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しかし、カスうどんが900円て、そりゃぼったくりですがな。

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西成の有名店ホルモンやまきは2023年の夏より休業となり、マスターがお亡くなりになって閉店となりました。ところが斜向かいに復活と見せかけて2代目でもなんでもない「やまき」がオープン。味も全く違うけど間違いなく美味いとか。情報無しで勘を頼りにふらふら飲み歩いていたので入りませんでしたが、次回は絶対来よう。

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再びアーケード。堺筋を越えて東へ続く今池本通り商店街。

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この辺の飲み屋も惹かれますが、中はいっぱいで入れず。次回また来る機会があったら絶対入ろう。

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こちらのアーケード、カラオケ居酒屋がやたらあります。

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ここも良さげなんですが中は満席でした。

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なんか違う。昔からあるお店で地元の常連客で賑わうような雰囲気とは、なんか違う気がします。席は空いているんですが入る気になれず。

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延々とこのようなカラオケ居酒屋が続きます。適当に入ってもいいんですが、横浜寿町の経験からどうしても慎重になってしまいます。

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いつまでもふらふら徘徊していても酔いが醒めるので、試しに一軒入ってみます。

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お店は始めて1年ほど。最近こちらに越して来た兄さんや地元じゃない方々でしたが、なんだかんだで楽しんでしまいました。

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どうやら今池本通り商店街はシャッター商店街がここ数年でカラオケ居酒屋通りに変貌したようです。それは大阪万博による観光客の増加も関係しています。

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こちらはあいりん地区の中心にあたる三角公園。

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年末の三角公園は静かなものでした。奥の方に人だかりが見えますが、あの輪の中に入って行く度胸は無い。

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最後はかなりベロベロになって予約してチェックインも済ませておいたビジネスホテル加賀へ。

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普段は千円台で泊まれるドヤ街ですが、予約の時点で安い宿はすでにいっぱいで、しかも年末年始料金のため2800円。

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それでも充分安いのですが、見ての通りの狭さで風呂トイレ共同となります。

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枕薄っ!
まあ寝るだけなのでね。翌日30日は昼間のドヤ街を歩きますが、その様子は後編で。

埼玉県さいたま市、北浦和で酒場巡り(東口編)

さて、今度は東口を探索していきます。

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こちらが東口。ちなみに駅前にはかつて昭和37年(1962年)開業のイトーヨーカドーがありましたが、ここが当時のヨーカ堂の全国3店目の店舗だったとか。特に工業地帯などがある訳でもなくあくまでベッドタウンとして発展して来たのですが、相当な人口の増加が見込まれていたのでしょうか。

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駅前左手には商店街が線路に並行する形で続きます。解体されて空き地になった土地も多くありますが、昔ながらの商店街の名残りが感じられます。

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商店街を右に入るとちょっと古そうなスーパーがあります。以前はこの辺りが買い物の中心街だったのでしょう。

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東口から東に真っ直ぐ進むと旧中山道と交差します。この駅前界隈は古いビルが多く、全く再開発されていない感じが地方都市感を醸し出す。

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その交差点から左手奥に、実に渋い路地裏飲み屋街を見つけました。

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入って右手にまずあるのが焼き鳥屋「一也」さん。もう23年になるそうで、その前は蕎麦屋さんだったとか。

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焼き鳥が美味いだけじゃなくメニューも豊富。店内も広く2階席もあるとか。しかも思ったより安かった。カウンターは3席しかないので、数人連れで行く際などお勧めです。つくねがデカくて美味い。

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一也さんの向かいのもつ焼き「丸新」さん。

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かなり年季が入った店内。戦後の頃からやってらっしゃるそうで、現在の焼き場は3代目。この雰囲気が好きな人も来られるようです。お店は比較的静かで落ち着いて飲める感じですね。焼き物が出るまで少々時間がかかる事も。

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一也さんの隣に駐輪場があるのですが、この建物がまた妖しい。

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この造りといい雰囲気といい、よくよく聞いてみたら「おしず」と言うキャバレーだったそうです。ただこの建物も6月いっぱいで解体されてしまうとか。

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駐輪場の奥の並びには立ち飲み屋「しゅらん弍」さんが。ここは浦和にある店の支店だそうで、8周年って言ってたっけな。

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串揚げがメインですが、最初の一杯目が半額だったりして、とにかく安いです。ただ、店員さんや常連さん方の年齢層が若くて、私なんかはちょっと落ち着かないかな。

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その向かい、バラック居酒屋発見!

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この「串一」さんは先代(父母)から20年続く店で、今のマスターは8年目。地元の常連さん方が集まる、非常に落ち着く店です。

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値段は安くも高くもなく。ただフレンドリーでとにかく話が楽しい。ここはハマりました。すでに常連ですし通います。

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て言うかまた一つ通わなければならないお店が増えてしまいました。ちゃんとボトルも入れたし。あと、この近くに深夜食堂があると言う噂が。地元じゃないし行く機会ないんですが、タクシー帰りになっちゃいますし。

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ちょっと奥にはラーメンと餃子の店「娘々」がありますが、ネットでバズったそうで行列が出来る店になってました。ただメディアの取材は断っているとかで、あくまでも口コミ。

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SNSの情報などは知らないので、とりあえずメニューの頭にあったスタミナラーメンと餃子を注文。ニラとひき肉の辛い餡掛けラーメンでしたが、確かに美味い。これは多少並んでもいいと思いました。餃子小っさって思ったけど、後から来るキャベツの甘みがクセになります。あとメニューにスタミナカレーと言うのがあるのですが、カレーって訳じゃなくてスタミナラーメンの餡がご飯に乗ってるだけとの事。

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こちらはスナック「サエ」。串一のマスターに紹介してもらいました。

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ママさん1人で切り盛りされています。なんと言うかこの地方都市感がたまらない。通いたくなります。元この店で働いてた姉さんがカラオケ上手すぎでやられました。

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旧中山道から県立浦和高校へ向かって行く途中、普通の住宅街の脇道を入ると「一番街」と書かれた街灯が一本だけポツリと残っています。商店街だったのか飲み屋街だったのか、痕跡が無さ過ぎて想像がつきません。

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しかし更に路地へと入って行くと、稲荷神社と飲み屋が住宅街の中に突如現れる。

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向かいの建物も現在では住宅となっていますが、角の入り口などどうみてもスナックの跡。

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今現在何軒のお店が生き残っているのか。

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「あやめ」と看板がありますが、恐らくは昔の店の名前。現在はカフェ兼カキ氷屋さんとなっています。

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真ん中をドブ板が通る路地。果たしてここは何なのか。北浦和に赤線や青線があったと言う記録は見当たらないのですが、これだけ駅から離れた場所にある飲み屋街とか、北浦和西口ふれあい通りの奥のスナック街もそうですが赤羽1丁目などを思い出します。
いやとにかく北浦和ヤバいです。近くの地方都市みたいな感じで、とにかく楽しい。あと、どうでもいいけど喫煙可能店がやたらと多い。チェーン店系喫茶のドトールでも喫煙「席」がある事に驚きました。飲みながら吸えるドトールなんて横浜限定かと思っていたのですが、実は南浦和駅東口のドトールにも喫煙席があります。さいたま市はみんなそうなのか、ちょっと調べてみたいところ。
最終的に何度も通っているのは、西口では「千忠」と「おばちゃん」、東口では「串一」と「サエ」って感じでした。北浦和の仕事は夏頃まで続くので、記事を公開した後から追記で色々書くかも知れません。


埼玉県本庄市、昭和の街並みとスナック街

本庄は元々中山道の宿場町でした。

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現在ではモータリゼーションによって郊外の幹線道路沿いに出来た巨大商業施設に客を奪われた、よくある寂れたシャッター商店街が連なります。

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市内からは北に赤城山から桐生にかけての山々、西には神流川流域の山々が遠くに望む事が出来ます。写真は旧本庄商業銀行煉瓦倉庫。

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至るところに漆喰が使われ換気口が設けられ、担保としての生繭や生糸を貯蔵するための倉庫として明治29年(1896)に建てられました。

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明治16年(1883)に鉄道が開通してからは更に交通の要衝となり、地理的に熊谷と並び北関東の養蚕地帯と都心を結ぶ中継地点であった事から街が栄えました。

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市街には栄華を誇った時代の建物が幾つか残されています。こちらは国登録有形文化財の本庄仲町郵便局。

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こちらは県指定文化財の旧本庄警察署。結構古い建物は多く残されているのですが、街並みとしては保存されてないので観光資源としては弱いです。

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こちらはガラスや陶器を扱う戸谷八。創業永禄3年(1560)と言うから、よ、460年前? 桶狭間!? 確かに戸谷家は利根川水系の廻船問屋で永禄3年に現在の太田市から本庄へと本拠地を移して名主を務め、1751年より砂糖と陶磁器の商いを始めたとされてます。

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間口45mに対し奥行き90m。何気なく撮って後で調べてみれば、まさに本庄の歴史を語る上で欠かせない名家中の名家じゃないですか。地の利として本庄は利根川に鏑川や神竜川が合流する舟運の要衝でも有り、ただの宿場町ではありませんでした。

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古くは中世から江戸期、明治大正昭和と発展し続けて来た本庄ですが、多くの地方都市がそうであるように栄えたのも昭和まで。こちらは映画館の旧・本庄シネマGIN座跡。

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明治大正期の歴史的建造物などに目が行きがちですが、昭和の木造建築も多く残されています。こちらは看板建築長屋。丸窓が印象的です。

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ことごとく廃業していますが、これらの建物も非常に貴重な昭和遺産です。

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こう言った物がこれからの時代、観光資源になって行くと思うのですが。

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そんな街ブラするだけでも楽しめる本庄ですが、ここからが本番。街の繁栄と共に当然花街や歓楽街としての発展もありました。

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一本路地を入れば、そこかしこにスナックが点在しています。

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バラックみたいな民家かなと思えば左奥に気になる構造物が。

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ここもスナック跡でした。住宅街の中に忽然と姿を見せるので油断なりません。

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こちらはかつて路地裏飲食店街だったのでしょうか。左手が空き地となっているので当時の様子を知ることはできませんが。

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しかし空き地の奥に飲食店の入り口跡らしき物が。

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これだけ栄えていた街だけに古くは宿場町の飯盛女から遊郭まで存在しました。二階の欄干がそれっぽいですが確証は得られません。

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丸窓がいかにもな建物。埼玉県は明治8年(1875)に廃娼県となりましたが、群馬県から合併された本庄と深谷だけは遊郭が存続されました。しかし明治27年(1895)には群馬県も廃娼県となり、その頃には本庄の遊郭も消滅。

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しかしながら公娼が料理店の名目で私娼となっただけで色街は残り続けました。

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しかし廃娼県においてその存在はあくまで闇であり、戦後の赤線時代もあったかも知れませんが記録や資料が乏しいそうです。

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ふと、気になるバラック長屋を見つけました。

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この窓、普通の民家だろうか。

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塀があって門を潜って玄関と言う造り。

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本当にただの民家かも知れませんが、ただの長屋でこの造りは何とも。

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共同の水場もあります。この辺は昭和以前の長屋って感じですね。

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いわゆる私娼は黒歴史なので、あまり触れちゃいけない部分でも有ります。

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真相は分かりませんが、ちょっと興奮しちゃいました。

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最後に激渋理容室を幾つか。こちらは蔵をリノベーションした理容室。観光地化するポテンシャルを秘めています。

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これだけ古い建物でも現役で営業しているのが凄い。

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おいおい本当かよ!とついツッコんでしまった理容室。室外機そこでいいのか⁉︎
本庄、なかなか奥が深い。

静岡県三島市(3)、スナック街の路地裏迷宮

静岡県下に於いて、静岡や富士宮、沼津なんかと比べて、三島は大人しいイメージを抱いてました。楽寿園と三島大社、後は田んぼしか無いと思っていたので。

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しかし駅前からこの渋い飲食店街。

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アーケードになっており、居酒屋やスナックでハシゴ出来るようになってます。

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しかし三島が本領を発揮するのは坂下った本町の辺り。高台の水源池である楽寿園の裏手が駅として、中心街は南に下った旧東海道。左手には三島大社。右手に三島宿。

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歓楽街としての歴史はそれこそ宿場の飯盛り女まで遡ります。まずは気になった路地に入る。

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富士山を模った意匠ですが、配線を這わせてあるのが残念。と、左に長屋造りのスナック路地が。

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二階は住居でしょうか。突き当たりは行き止まりとなっていました。

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富士山の意匠の建物と長屋造りの隙間を覗いて見ると、抜けられるように。しかも隙間にもスナックが。アプローチの狭さでは今まで見て来たスナックの中でも一位二位を争う。

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隙間を抜けるとまたスナック長屋が有りました。

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何軒くらいが生き残っているのか夜に訪れて見ないと分かりませんが、いかにスナック街として栄えていたかが伺えます。
※一年後、奥の黄色い看板の「いこい屋」さんに訪れます。

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このスナック長屋は白雪プラザと言うようです。三島の歓楽街については遊郭や赤線地帯などが移転、統合などを繰り返して来たため、遊郭建築やカフェー建築など名残りを感じさせる古い物は残されていません。

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現在ではスナック街と住宅街が混在しており、カオス状態となっています。

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こちらもスナック長屋。スナックビルのようなものは無く、ほとんどが二階建てです。

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中央水道給水塔の近くの路地、この辺りは赤線の時代から有ったと言う情報もあります。

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右手の建物はいかにもって感じもしますが、詳細は不明。

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いつか夜に訪れる機会があれば、と思います。

追記 2021年6月15日

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浅草橋で飲んで神田に流れて、そのままノリで最終の「こだま」に飛び乗ってしまいました。

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終点の三島駅。数人の乗客を降ろして新幹線は営業終了です。

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本町の辺りでタクシーを降りると、そこかしこからカラオケを歌う若者たちの声が。土曜の夜ですが、まあまあ賑わっている様子。

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白鳥プラザ、右から2軒目のスナック「いこい屋」さんで深夜までカラオケ。その後駅前のカラオケボックスで始発を待ち、各駅停車で帰って来ました。本当は二泊ぐらい泊まって旅行として行きたかった所ですが、なかなか連休が取れなくて。

【日記】横浜のドヤ街寿町で銭湯からの居酒屋

日本三大ドヤ街の一つと言われている寿町の銭湯、翁湯に立ち寄りました。
過去の記事はこちら。
神奈川県横浜市、寿町のドヤ街
永楽町の温泉銭湯〜寿町のドヤ街再訪

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かつて寿町の中心には寿町労働福祉会館がありました。昭和49年に出来た公益財団法人で、職業紹介所や診療所、銭湯などが開設され、上層階は市営住宅となっております。当時は冬場ドラム缶で火をくべていたため一階の天井が煤だらけでした。

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その施設が去年の6月に建て替えられ、健康福祉センターとしてリニューアルオープンしました。内容は以前と全く変わっていないようです。一階の屋根の下では老人たちが地べたで将棋を指していました。

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その二階にある銭湯の翁湯。洗い場も浴槽も広く清潔で、とても使い勝手が良い。

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銭湯を出ると目の前にはバラック飲み屋街。風呂上がりに入ろうと覗いて見ると飲み屋ではなくノミ屋だったりして、その両隣りもスナックだったりして、しばらく露頭に迷う。

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とにかく喉が渇いたので、東側に少し歩いたところの比較的敷居の低そうな居酒屋「めぐ」さんに入りました。

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韓国人の気さくなママさんが一人で切り盛りしている店で、自動的に晩酌セット、生ビールとタコ刺しで1000円。だいたい一品4〜500円と言ったところですが、タコ美味かった。聞いてみるとこの界隈で居酒屋的なメニューがあるのは3軒ぐらいで、あとはだいたいスナックだそうです。

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後日、更に開拓しようと思い寿町に立ち寄りました。寿町西側の路地裏飲食店街は戦後のニューカマー系のコリアタウンなのですが、う〜ん、二の足を踏んでしまう。

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大通り沿いなら入り易いかと、翁湯の向かいのスナック優子さんにイチゲン突入。生ビール二杯とウーロン割り3杯ぐらい飲んで、おつまみ二回頂いて確か3500円。カラオケに1000円投入。楽しい時間を過ごさせていただき、また来たいと思いました。綺麗で優しい韓国系のママさんとフィリピン人のチーママで切り盛りしています。この界隈の歴史についても聞きたかったのですが、寿町の先輩方と楽しく飲んで歌って満足してしまった。
ちなみにマイクは毎回消毒してますし、そもそも横浜でコロナが出たのはホストやキャバクラのある歓楽街の福富町辺り。意外と言っては失礼ですが、中村川沿岸ではコロナは発生していないようです。またその福富町の感染源と言うのも、ホストが新宿歌舞伎町のホストクラブへとヘルプに行き、しっかりコロナを持ち帰って来たと言う噂。しかもそのホストは今も福富町で客引きをやっていると言います。

寿町は日本三大ドヤ街と言われています。しかし実際はヤの付く方々の街である以外に、コリアタウンという側面もあります。とは言え、この街の在日韓国人系のママさんや女将さん達は、金に厳しいながらも日本人とほぼ同化している印象を受けました。いやむしろ無職の老人達の街であるからこそ、韓国人くらい金に厳しくて丁度いいんだと思います。下手にツケ払いなんて許すと踏み倒したり逃げられたりします。なんて言うか、それが当たり前の世界。そこで暮らす人々であり優しさがありました。やはりと言うか、この街に流れ着いて来た人々は基本どうしようもない人達なんです。そんな人達に対して韓国人のオモニ達が世話を焼いている。時には身寄りの無いおっちゃんに口煩く怒ったりもする。そこには人種など関係無く愛があります。
話がすっかり脱線してしまいましたが、ともあれこう言う街に落ち着く自分が居ます。
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