ゴーストタウン

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千葉県銚子市(4)、ゴーストタウン化が進む市営住宅

千葉県銚子市(1)、銚子の街並み
千葉県銚子市(2)、旧・赤線地帯跡のスナック街
千葉県銚子市(3)、外川の犬吠埼市営住宅

とにかく暑いからどこにも行きたくないのが正直なところですが、頑張って再び銚子へ。
今回は素直に秋葉原、錦糸町、千葉乗り換えで各駅停車。2310円で自宅からおよそ3時間かかるのですが、特急しおさいを利用すると約2時間半で3890円。房総特急コスパ悪いなぁ。

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銚子駅の観光案内所で電動アシストのレンタルサイクルを借りて西へ。線路の南側にはヒゲタ醤油があります。古い建屋も多く残っていそうですが、コロナ以来工場見学は休止中のまま。

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そのまま銚子高校を横目に丘陵地を登って行くと、住宅街の中に下志津陸軍飛行学校銚子分教場跡地であることを示す翔天の碑が。昭和11年(1936年)ここより西側に銚子飛行場が建設されましたが、現在では宅地化が進む農地で、その痕跡はほぼ見られません。

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さらに南へ程近く、市営三崎住宅があります。

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こちらの敷地は非常に広く、43棟が現存していました。

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建物は全て木造モルタル造の平屋建て、6畳と3畳の2DKで181戸となります。

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ここは昭和39年(1964年)から随時完成しつつ、昭和43年(1968年)には最後の区画が完成。

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しかし現在では老朽化が進み、新規入居募集を終了。

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高齢化が進みほとんどが夏草が生えるに任せた廃墟と化しています。

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トイレのある位置。肥溜めは隣の家と共用で臭気を抜く煙突が縦に伸びています。汲み取りの蓋が二つあるので、一応肥溜めは分かれているのでしょうか。

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て言うか果たして下水道は完備されているのだろうか。20年ぐらい前、津田沼に住んでいた友人のアパートが汲み取り式で、それを最後に見ていないのですが。

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何しろ生活排水がダイレクトにドブへとつながっている様子なのです。よくよく見てみるとこの一帯にはマンホールと言う物が見当たらない。下水処理人口普及率を調べたところ千葉県では77.6%だそうです。ちなみに東京都は99.7%、全国平均で81.7%。
………と、徳島19.5%⁉︎

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住人は見た感じですが10軒あるか無いか。無住となった棟などは草も生え放題。

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恐らく家賃は相当安いんでしょうね。

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団地入り口には地図でも掲示されていたのでしょうか、看板のような物の痕跡が。

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さて、一旦銚子駅前まで戻りそのまま東へ。太平洋に面した銚子外港まで来ました。

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展望タワーがありますが登らない。

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内陸部に入ると漁業で財を成した立派なお屋敷などが点在しております。

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そんな中にあるのが旧・西廣家。江戸時代末期に紀州から来て銚子に移り住み漁業を始めました。今も銚子を代表する船主です。主屋は住まわれているので非公開ですが明治10年(1877年)に建てられた木造平屋桟瓦葺。

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元々平屋建てだった鰹節製造所を、地方からやってきた従業員の居住スペースを確保するために昭和10年(1935)に2階建てに改造しました。痛みが早い鰯を保存することを目的として、水産缶詰工場の稼働も開始します。

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こちらは1865年から1868年(江戸時代末期慶応年間)に漁網の保管場所として建てられた木造瓦葺の建物。現在は漁網の他、船舶を補修するための器具や建具、高膳などが置かれています。

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煉瓦塀の建築年代は不明ですが、大正末期から昭和初期に設置されたようです。ちなみに倉庫内部の一般公開は第2第4日曜日だそうです。

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さて、丘陵の上の方へ登って行くと市営黒生町住宅があります。ほとんど剥がれてしまったアスファルト舗装。マンホールが見当たらない事から、簡易的な下水管は埋設されているも汲み取り式便所なのではないかと。

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ここは銚子市の市営住宅の中で最も古く、昭和31年(1956年)〜32年にかけて建造。

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10棟32戸が現存しておりますが、特に老朽化が激しく屋根など崩壊しかけている棟も。

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間取りは1K、2K、3Kと3種類あります。すでにゴーストタウンと化していると思っていましたが、一軒だけもしかしたら住んでいらっしゃるかも知れない。

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周辺は普通に住宅街が広がっており、ここだけが取り残されたような形に。

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銚子市には前回訪れた市営犬吠埼住宅もそうですが、他にも外川台町住宅など木造平屋建ての団地が多く残っています。

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高齢化や過疎化による人口減少で老朽化した市営住宅は解体されて行くかと思われますが、予算の問題などもあると思われますし基本放置なのかなとも思います。

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最後に駅前を右手に行った所にある吉原食堂。

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雰囲気やよし。地元に愛される昭和の大衆食堂な感じ。

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アジフライ定食。小ぶりのアジ2匹とイワシでしょうか魚フライ2切れ、カボチャのフライ、これで980円。なかなか安いのでは。
ちなみにビールも頼んでいますがレンタルサイクル返却した後なので、飲酒運転はしてません。

神奈川県横須賀市田浦(4)、再生される丘上のゴーストタウン

横須賀市田浦(1)、皆ヶ作のカフェー建築
横須賀市田浦(2)、海軍工廠造兵部跡
横須賀市田浦(3)、引き込み線跡と倉庫群

最近ネットニュースなどで話題に上がった、通称「天空の廃墟」こと市営月見台住宅跡を訪れて来ました。天空のとかいかにもキャッチーですが、標高約60mですwwww

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JR田浦駅から真っ直ぐ谷を登った辺り、崖地のため「のの字橋」と言うループ橋で標高を稼ぎます。

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丘陵地を登り切った辺り、旧横須賀市営月見台住宅が見えて来ます。

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団地は主に3列。東からコンクリート造の2〜5軒長屋が7棟、中央に木造2軒長屋が8棟、西も木造2軒長屋で7棟、合計58戸。かつては管理棟や北側奥にも数棟あったようですが、すでに解体されている様子。

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こちらはコンクリート造平屋建ての4軒長屋。この市営月見台住宅は昭和35年(1960年)に完成。2020年に廃止が決定し、2022年まで住人がおられたそうです。

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JR田浦駅から坂道を登りながら徒歩10分。海沿いからはこのような団地があったなど全く気づきませんでした。田浦といえば北西側、谷ひとつ越えた山中にあった 田浦4丁目のゴーストタウンを訪れようとした所、すでに完全封鎖され断念した事があります。ちなみにそのゴーストタウンはすでに全て解体されており、新たに造成が始まっているようです。

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そしてこの廃墟と化した団地が、去年の夏より再び売り出されているそうです。

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昭和レトロブームの延長と言うか、ここをリノベーションして住居または店舗として借りようとする人が殺到しているとか。

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今まさに改築工事の真っ只中。解体も考えられていたそうですが、エンジョイワークスと言う鎌倉のまちづくり会社が市と協力して団地を再生し、再利用すると言う事になりました。

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募集をかけたのは例えばカフェ、アトリエなどの創作、菓子工房など宅配専門の飲食店、アクセサリーや古着などの販売店など。ネット販売が定着した現代ならでは可能なライフスタイルの提案から始めたようです。

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家賃は6万~7万5000円、管理費は5000円で、あくまで市営住宅の住居として借りるので店舗として始めるよりも安価。リモートワークが普通となったコロナ後の現代、奥さんの起業や副業、脱サラされた方の好きな事を生業とする第二の人生など、需要は多岐に渡る。ただし子供が居たら手狭だし通学も大変なので、子供が独立した後のご夫婦とか多いのかも。

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床や天井はすでに撤去されていました。間取りは基本2DK。棟と棟の間は広く庭付き。賃貸でありながらDIYによる改装も可能とか。探せばまだまだこのような廃団地などもあると思われますが、これがモデルケースとして成功すれば、各自治体の抱える似たような問題も解決出来るのではないでしょうか。

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トイレは和式便器が撤去されており、これから洋式のちゃんとした物が設置されるのでしょう。ただ、横須賀だからこそ借り手が殺到しているのかも知れません。これがもし千葉県茂原市の真名団地のような場所だったらどうか。

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キッチンとその奥に浴室。結構広々しています。三浦半島は葉山や鎌倉など、元々高級な別荘地も多く、また街も栄えています。車があれば横浜にもすぐ出れるし、そもそもが人気のある土地。

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ふた間共に開放的な縁側があるので、全体的に明るいです。都心の狭いアパートに比べたら、よっぽど開放的で良いですね。交通の便を除いてなら。

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団地の中を走る道路は最終的にアスファルトの敷き直しもされるのでしょうか。奥に何棟か潰した跡地のような空き地がありそこが駐車場になる予定ですが、駐車場代は月10000円。ただ、第二期入居者募集が2/1で締め切りとなったので、すでに全戸契約成立しているかも知れません。
お問い合わせはENJYOY WORKS様まで。
古民家再生など中心に手掛けられていますが、他にもなかなか面白そうな事をやられています。

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オーシャンビューとまでは行きませんが、奥まで行けば僅かに長浦湾が望めます。そりゃオーシャンビューだったら別荘が建ってますな。

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団地の一番奥から尾根伝いに道が続いていたので歩いてみます。

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崖地の狭い歩道。Googleマップでは道が途切れてますが実際は続いてます。もしかしたら下まで降りられるかも知れない。

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途中、何軒か住まわれている民家が。しかしアクセスが歩道のみで車が入れず、一体どうやって建てたのか謎。こう言う物件、横須賀ではちょいちょい見かけます。

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結論から言って、下のバス通りまで降りられました。しかし急な階段には街灯が点々とあるだけで、夜は相当暗そうです。

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振り返ったらこんな感じ。右の階段を登れば団地に出られ、左の階段は一軒の廃屋へ続いています。土砂災害とか怖いですね。

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いやー仕事早上がりの後に歩いた歩いた、と言いながら追浜駅前の立ち飲み屋「波平」へ。ここは昼間しか来た事がなかったのですが、夕方は地元の常連さん方で賑わいほぼ満席。

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実に良い雰囲気です。こう言う所の近くに住みたい。ただ横浜には出やすいけど都心に出るには遠いんですよね。しかし追浜にはまだ気になる飲み屋なんかもあるし、また来たいですね。

千葉県柏市、陸軍高射砲第二連隊跡地にある廃屋群

今年2月、帝都を歩く様で紹介された千葉県柏市根戸にある陸軍高射砲第二連隊跡地にある謎の廃屋群がずっと気になっいて、自分もこの目で見てみたい!と思っていたものだから行ってしまいました。ネタを被せちゃってごめんなさい!

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JR常磐線を北柏駅で下車。駅は歩道橋が旧道と並走する水戸街道を越えた向こう側にあります。旧道を走る路線バスを待ちますが、しかしこの坂道とカーブ凄い見覚えがある、と思ったら以前訪れた秋水燃料庫跡(畑にブルボンのルーベラ突き刺したようなやつ)に向かう時、柏から乗ったバスで通った道でした。つまり同じバスでした。

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さてこちらが廃屋群です。ネットでは廃村と呼ばれていますが自分の中で「村」=「田舎」であり、柏市の住宅街が広がる中に姿を見せたここはむしろゴーストタウンと呼びたい。そう言ってまたゴーストタウンネタの弾数を増やそうとする。

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区画は柵で囲まれていますが、およそ12棟ほど、2つの区画で中央の通りは通り抜けられます。

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北東側の建物が木造でかなり古そうなのですが、どうも1970年前後の物の様です。もっと古い戦後建築のようにも見えますが、年代はウチの実家と同じぐらいでウチも木造平屋だから似たような感じ。

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隣の家屋はこんな感じ。外壁にモルタルを塗っただけで近代的に見えます。グリーンフェンスの網目から撮ると全体像写すのが難しい。このフェンスは2015年の時点で建てられたとか。

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この土地は元々陸軍高射砲第二連隊の第十四部隊将校集会所跡地に相当します。

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戦後しばらく建物が残っていましたが徐々に宅地開発が進み、昭和45年(1970年)前後にこれらの建物が建てられたと思われます。そして昭和54年(1979年)までちょうどこの位置に将校集会所の建物があったそうです。

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しかしこの一角は戦後ずっと国有地だったようで、建てられたのは公務員住宅だったと言う話があります。

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中央の通りから西側へ、奥の方まで続く木造平屋建て長屋。一説には大蔵省の宿舎と言う話と国立病院の看護師の宿舎と言う話もある。公務員住宅ならばどちらも正解かと思われるが、1980年代にはすでに人が住んでいなかったと言う話もある。

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また、この区域は地中の空洞を示す地中レーダー調査結果の図面がフェンスに複数張り出されていたそうです。将校集会所があった事から防空壕跡と言う説が濃厚ですが、特にその辺のことを詳しく調査する人も居ないでしょう。とにかく陥没の危険があると言う事。

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南側は路地を挟んで宅地化されています。陥没の危険があるから無住となったのか、ただ公務員住宅としての役目を終えたから無住となったのか、そこのところは定かではありませんが、恐らくは後者でしょう。

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ともあれ国有地と言う性質上、土地の売却が何十年も放ったらかしにされていたのでしょうか。ただ、公務員住宅にしては建物の統一性が見られないとの指摘の通り、確証はもてず謎だけが残ったままであります。

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ただ、地中レーダー調査があったためか、たまに草刈りされていた痕跡もあります。

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西側は新しい戸建て住宅が密接して建てられていますが、この西側にもかつては3棟の団地が建てられていたそうです。しかし2017年の時点で解体され戸建て住宅になったとか。

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さらに西側には4棟からなる市営根戸団地があります。ベランダに増設されてるのはユニットバスかシャワールーム。ただこの造りの物は風呂に入る際一度外気に触れるため、冬場なんかに心臓発作で倒れた人がいたと言う事例もあります。

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こちらの棟は建屋壁面からボイラーの排気口が突き出しているのを見るに、最初から風呂付きのようです。ちなみにこの団地は廃墟群が建てられたのと同じ頃の昭和43年(1968年)から47年にかけて建てられたそうです。それ以前ここには陸軍高射砲第二連隊の兵舎が建てられており、戦後は引揚者寮として使われていたとか。

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市営根戸団地と並行して右手、南側に同じく4棟並んでいるのは、柏市市営高野台改良住宅団地。こちらの方が先に建っており、竣工は昭和39年(1964年)から42にかけて。

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市営住宅から南東にある高野台児童公園に陸軍高射砲第二連隊の営門の門柱が移設保存されています。ここより西、現在の柏の葉公園辺りに陸軍柏飛行場が昭和13年開設され、同時にこの高射砲連隊も設営されました。北西側にある秋水燃料庫も柏飛行場の関連施設です。

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こちらも移設保存されている歩哨所。高射砲第二連隊に関しては帝都を歩くさんの記事にてとても細かく解説されています。

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更に南に歩くと、照空予習室及測遠機訓練所と言う建物があります。戦後外壁が白く塗り替えられて柏市西部消防署根戸分署として再利用されていました。側面の突起は陸軍施設時代のクレーンの支柱。

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もともと内部は吹き抜け構造で外階段にて屋上にあがり、測遠機で航空機との距離を測る訓練をしてたそうです。ちなみに昭和18年(1943年)、高射砲第二連隊が東京へ移転すると、東部歩兵第83部隊と東部工兵第14部隊が跡地を利用する事となったそうです。

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南端の畑の傍らに、陸軍の境界石が残っていました。

茨城県つくば市(3)、続・無人と化した公務員宿舎群

前回はつくば駅を中心に歩き回りましたが、続編と言うことで今回は観光協会でレンタルサイクルを借りて郊外まで足を延ばして見ました。

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H-2Aロケット打ち上げ延期で今話題のジャクサ!
宇宙航空研究開発機構、通称JAXAの研究施設はつくば駅の南東3キロ弱に位置します。午前中仕事で昼過ぎの訪問だったので、中を見学する事はできませんでした。

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そのJAXAからさらに東へ行ったところにあるのが公務員宿舎の並木2丁目住宅。つくば学園都市の歴史やらは以前書いたので端折ります。

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基本的には二階建て二軒長屋の構造。ここまで来ると駅から4キロ。歩くと50分掛かり、バスを利用しても10分プラス徒歩掛かります。

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中央を貫く私道の左右に各戸の門が並びます。駅から離れているも何も建設されたのはつくばエクスプレスが開通するずっと前。近くには文部科学省産業技術総合研究所があります。

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上の写真右手、南側住戸の入り口。構造は英語の「C」の字みたいになっており特徴的。と、思ったらなんと一軒だけ住まわれている方がいました。無人じゃなかった。

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こちらは左手、北側の住戸の入り口。一戸建てではなく、あくまで二軒を繋げて一棟にするには理由があるのでしょうか。建築法とか団地に関する法律とか。あくまで集合住宅ですよ的な。

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内部はなかなか広いです。車があればJAXAにも通勤できますね。まぁ送迎バスぐらいは有ったかも知れませんが。

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やはり退去する際、畳などを張り替えなければならないんですね。凄い綺麗になってます。今すぐにも入居できるくらい。

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ただ外周部がこれです。恐らくは最後の住人が引っ越した時点で解体されるのかと思われます。

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周辺は一戸建て住宅の造成地ですが、Googleマップの空撮を見ると周辺も元々は公務員宿舎の跡地である事が窺えます。

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さらに東側には3階建団地建築の区画もあります。

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この地区、一棟につき数軒の入居者がおられますが廃止、解体が予定されているかと思われる。

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なかなか凝った造り。80年代の建築でしょうか。

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TXつくば駅から離れているので土地を買い取る企業が本当にいるのか疑問に思います。壊すには勿体無い立派な建物ですし、民間への売却からの再開発以外に活用方法は無いのでしょうか。

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例えば低い家賃で生活に困っている人に貸すとか、ウクライナからの難民を受け入れて住まわせるとか。まぁ近隣住民が反対するか。

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ひと区画に必ず1ヶ所は公園が完備されています。ここよりさらに東側には3階建が5棟からなる並木4丁目住宅がありましたが、すでに解体工事中でした。

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4丁目住宅跡地の北東側に広がっているのが並木3丁目住宅。

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こちらは一棟に1軒が入る2階建の棟となります。中心街から離れていて辺鄙な代わりに、集合住宅形式ではなく広々とした部屋数の多い棟ですよ、と言うことか。

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広い敷地に60棟が建ち並んでいますが、すでに無人と化しています。

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私道も草木が伸びるまま。

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奥の方に行くと福島県双葉町役場つくば連絡所と言う看板が。あの東日本大震災の原発事故で帰宅困難地域となった双葉町。仮設住宅代わりに被災者の方がが住まわれていたのでしょうか。

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その双葉町も一部を除きだいぶ帰れるようになりました。しかしここを離れても双葉町へは帰らずに、都市部へと引っ越された方も多いようです。

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ここに来てやっと学園都市以前から住んでおられる農村地帯が見えて来ました。

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さて、並木地区を離れ南西へ4キロ進んだところに松代5丁目住宅があります。

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こちらは二軒で一棟、瓦屋根の2階建となります。公務員宿舎の7割が廃止となる予定ですが、ともすれば削減計画が発表された2011年以前から廃止は始まっていたのかも知れません。だって、どう見ても9割以上が無人または1〜2軒住むのみの状態ですし。

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かなり立派で部屋数も多そうですが、こちらもすでに無人。ゴーストタウンの様相となっております。

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ここから北へ3キロ進めばTXつくば駅。バスも走っております。

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隣接する松代5丁目住宅の東地区。

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こちらも同じような構造ですでに無人化。

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敷地内の歩道やベンチも荒れ放題です。

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一戸建ての住宅街との決定的な違いは、棟ごとに境界となる塀が無い事。あくまでも団地に部類されるわけです。

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少し開けて建物全体が見える所がありました。基本的には木々が伸び放題に伸びているのですが、部分部分草が刈られているようで、あるいは最近まで住んでいたとか。

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隣接する区画ではすでに宅地造成が進んでいました。TXつくば駅まで3キロ、バスで9分。一戸建て住宅4000万と言う広告も目にしましたが、果たしてどれほどの需要があるのか。

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西側には3階建の棟が建ち並ぶ区画も。こちらはまだ数軒住んでおられるようです。

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最後に松代5丁目から北へ2キロ、松代1丁目にある文部科学省外国人研究者宿泊施設跡。

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区画はロープで閉鎖されており、私道も草に覆われています。

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名前の通り外国人の研究者が短期間滞在する施設です。

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気持ち天井が高く造られているような気がしますが、使われなくなってかなりの年月が経っているようにもみえます。

茨城県つくば市(2)、無人と化した公務員宿舎群

ドリーム号の保存車両が目的で訪れたつくば市。しかし街を歩いているとその違和感に気づきました。

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こちらは地下駅であるつくば駅からそのまま線路と同じ方向、北東へと伸びるメインストリートを駅方向に見た所。商業施設は駅周辺にショッピングセンターの形態で集中しております。

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そのメインストリートを北西側に入ると、いきなり団地のような建物の廃墟が横たわっていました。

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奥に建つ高い建物も気になったので近づいてみます。周辺はすでに閉鎖されていますが、まさか。

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なんとこの建物も廃墟。そんなに古さは感じられないのですが。

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歩いて行くと団地全体が廃墟の様相。いや、正確に言うと住民の退去が完了し、解体を待っている状態と言った方が正しい。

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これらはそのほとんどが公務員宿舎で構成されていますが、一部市営住宅と公団住宅(UR)もあるとか。

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筑波学園都市の開発は高度成長期、東京の人口が爆発的に増加したことを受けて、首都機能の一部を移転する事から始まります。その中でまず、必ずしも都心にある必要のない附属機関や国立大学などを筑波山麓に移転すると、昭和38年(1963年)に決定。発案当初は第二の首都を造るぐらいの勢いがありましたが、現実的ではなかった。

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既存の集落を避け赤松林を中心に土地を買収し、昭和43年(1968年)に着工。東京教育大学(現在の筑波大学)を中心に各研究機関などが移転しました。その中にはJAXA、宇宙航空研究開発機構(旧・宇宙開発事業団他)や農研機構なども含まれています。

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昭和55年(1980年)に移転が終了する訳ですが、各省庁の反発もあり結局国公立の研究所と国立大学のみが移転するにとどまり、一部では学園都市計画は失策とも囁かれております。ともあれそこに働く方々のために建てられたのが、約8000戸にも及ぶこの巨大公務員宿舎な訳です。

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そして昭和60年(1985年)、筑波学園都市の知名度向上と民間企業の誘致を目的として科学万博、つくばエキスポ85が開催されました。

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これらの建物は昭和44年から昭和55年に建てられた物なので、アスベスト問題や耐震補強の問題を抱えています。リニューアル工事の道もありますが公務員宿舎利用者の減少、それにつくばエキスプレスによる将来性も考えて民間への売却と大規模再開発に乗り出したようです。

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それにしても合計で何棟あるのでしょうか。棟のナンバリングは地区ごとに100番代200番代と続き900番代まであります。都心の過密人口を緩和するための都市計画だった事と土地取得問題から、当時何も無い農村地帯に建設したと言うのも分かりますが、初期の段階から鉄道の敷設を計画していればまた状況も変わっていたかも知れません。ただそうすると結局都心に人が流れてしまうからあまり意味が無いのか、あるいは見放されていたのか。

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エキスポセンターの周辺では解体工事が行われています。平成17年(2005年)につくばエキスプレスが開通する訳ですが、それまでは自家用車で常磐自動車道(昭和56年開通)を走るか、高速バス(昭和63年開業)を利用するか、荒川沖駅までバスで出て常磐線に乗り換えるかしなければ、都心まで出られませんでした。
ちなみにつくばエクスプレスの開業によって、つくば市直行の高速バスを運営していた関東鉄道が大打撃を受けたと言う話も。

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現在解体工事が行われているのはこの吾妻2丁目住宅の南側のみですが、駅からも近いと言う事で中層住宅、つまり中層マンションの用地として民間不動産会社に売却されたようです。まぁこれだけ広大な敷地が有るのだから高層マンションなんか建てないわな。

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平成23年(2011年)に国家公務員宿舎の削減計画が公表され、つくば市内の公務員宿舎の約7割が廃止される事となりました。そこでつくば市は平成25年(2013年)につくば中心市街地再生推進会議を設置。跡地の利用などについて検討し始めます。

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この辺りはメインストリートの南東側。こちら側はすでに何棟ものマンションや戸建て住宅が建ち並んでいますが、このように解体されていない建物も。

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資料によればすでに平成17年に11ヘクタール、平成23年に4.9ヘクタールが売却されており、現在では解体前にも関わらずほぼ完売に近い状態だとか。

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結構高い棟もあります。これも無人でしょうか。

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無人でした。ここに住んでいた人々はどこへ行ってしまったのでしょう。新しい分譲マンションが立ち並ぶ地区もありますが、それにしたって退去された人数が多すぎる。

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駅周辺の分譲マンションや戸建て住宅などは、すでに解体された棟の跡地でしょうか。

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学園東大通りを超えてさらに駅から離れて行きます。しかし公務員宿舎を区画する樹木が育ち過ぎてえらい高さになっている。財務省の管轄ですが放置なのでしょうか。
元々公務員宿舎を減らす動きは住民の減少と言うのもありますが、不当に安い賃料で税金の無駄遣いと言う批判の声も多かったとか。

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樹木の裏側にはやはり無人の棟が。
しかし実際には公務員は転居を伴う転勤が多く、省庁にもよりますが短くて一年から三年で引っ越しを余儀なくされる人も多いとか。その退去時の費用(畳や襖の張り替え)と、入居時の費用(給湯器や網戸)などで毎回2〜30万自己負担しなければならないそうです。子供も転校しなければならないし、公務員は公務員なりに大変なのです。

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もし公務員宿舎が無く民間の賃貸マンションに入居するとなると転勤のたびに敷金礼金が掛かり、その費用は転勤を命じた役所が負担する事となります。また家賃の補助が月4万なら半額、それを超えたら4分の1、さらに6万超えたら超えた分の半分をさらに負担と、結局税収を圧迫する結果に繋がります。

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この建物などはまだ使えそうです。しかしつくばエキスプレスの影響で人気が上がりつつある街で、このような中古物件、しかも団地建築が売れるかと言えば疑問です。新しい街に引っ越すなら新築分譲マンションと考える人がほとんどでしょう。しかも財務省は宿舎の維持管理にお金を出さず、修繕工事がほとんどされていないとか。なのでリフォームするにも結構な費用が掛かるので解体するしか無いのです。

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こちらの棟は人が住まわれています。公務員宿舎は7割廃止と言う事なので、残りの3割に相当する棟でしょうか。ただ駅からは遠く、売却しても買い手が付かないだろうと言う基準で残されたのかも知れません。

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駅から随分と離れて来ましたが、こちらの棟も住まわれています。これでも公務員宿舎の全貌はまだ全然見ていません。また日を改めて南東方向に進んだ地区も見に来ようと思います。

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大規模分譲マンションの建設も同時に進められています。
に、してもです。8000戸の7割と言うと約5600戸、人数にすれば1万人もの人々がどこへ消えてしまったのか。公務員の人員削減、少子化、後継者不足(子供が公務員にならない)など様々な要因で住民が減ってはいましたが、統計によるとつくば市の人口は常に増加傾向にあります。公務員宿舎の方々が新たに周辺地域の賃貸マンションに引っ越されたとしても、現状一つの街が消滅したとも言えます。

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つくば駅の西側には新たに複合商業施設の建設が始まっています。つくばはエキスポの時から時代が一巡して、まさにゼロからの開発がスタートしたと言っても過言ではないでしょう。不動産業界、並びに私も関わる建設業界に於いてはビジネスチャンスでしょうね。今から筑波への通勤を覚悟しておこうかな、なんてwwww
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