銚子市

※まとめサイト等への画像及び文章の無断転載を禁じます。メディア等での画像使用については”unagidanyoro2@yahoo.co.Jp“までご連絡下さい。

     ⬜ 温泉リスト(フルプラウザ版) ⬜

    ⬜ 立ち飲みリスト(フルプラウザ版) ⬜

千葉県銚子市(4)、ゴーストタウン化が進む市営住宅

千葉県銚子市(1)、銚子の街並み
千葉県銚子市(2)、旧・赤線地帯跡のスナック街
千葉県銚子市(3)、外川の犬吠埼市営住宅

とにかく暑いからどこにも行きたくないのが正直なところですが、頑張って再び銚子へ。
今回は素直に秋葉原、錦糸町、千葉乗り換えで各駅停車。2310円で自宅からおよそ3時間かかるのですが、特急しおさいを利用すると約2時間半で3890円。房総特急コスパ悪いなぁ。

IMG_5356_Original

銚子駅の観光案内所で電動アシストのレンタルサイクルを借りて西へ。線路の南側にはヒゲタ醤油があります。古い建屋も多く残っていそうですが、コロナ以来工場見学は休止中のまま。

IMG_5360_Original

そのまま銚子高校を横目に丘陵地を登って行くと、住宅街の中に下志津陸軍飛行学校銚子分教場跡地であることを示す翔天の碑が。昭和11年(1936年)ここより西側に銚子飛行場が建設されましたが、現在では宅地化が進む農地で、その痕跡はほぼ見られません。

IMG_5367_Original

さらに南へ程近く、市営三崎住宅があります。

IMG_5365_Original

こちらの敷地は非常に広く、43棟が現存していました。

IMG_5366_Original

建物は全て木造モルタル造の平屋建て、6畳と3畳の2DKで181戸となります。

IMG_5371_Original

ここは昭和39年(1964年)から随時完成しつつ、昭和43年(1968年)には最後の区画が完成。

IMG_5389_Original

しかし現在では老朽化が進み、新規入居募集を終了。

IMG_5385_Original

高齢化が進みほとんどが夏草が生えるに任せた廃墟と化しています。

IMG_5383_Original

トイレのある位置。肥溜めは隣の家と共用で臭気を抜く煙突が縦に伸びています。汲み取りの蓋が二つあるので、一応肥溜めは分かれているのでしょうか。

IMG_5381_Original

て言うか果たして下水道は完備されているのだろうか。20年ぐらい前、津田沼に住んでいた友人のアパートが汲み取り式で、それを最後に見ていないのですが。

IMG_5395_Original

何しろ生活排水がダイレクトにドブへとつながっている様子なのです。よくよく見てみるとこの一帯にはマンホールと言う物が見当たらない。下水処理人口普及率を調べたところ千葉県では77.6%だそうです。ちなみに東京都は99.7%、全国平均で81.7%。
………と、徳島19.5%⁉︎

IMG_5386_Original

住人は見た感じですが10軒あるか無いか。無住となった棟などは草も生え放題。

IMG_5403_Original

恐らく家賃は相当安いんでしょうね。

IMG_5398_Original

団地入り口には地図でも掲示されていたのでしょうか、看板のような物の痕跡が。

IMG_5447_Original

さて、一旦銚子駅前まで戻りそのまま東へ。太平洋に面した銚子外港まで来ました。

IMG_5443_Original

展望タワーがありますが登らない。

IMG_5406_Original

内陸部に入ると漁業で財を成した立派なお屋敷などが点在しております。

IMG_5408_Original

そんな中にあるのが旧・西廣家。江戸時代末期に紀州から来て銚子に移り住み漁業を始めました。今も銚子を代表する船主です。主屋は住まわれているので非公開ですが明治10年(1877年)に建てられた木造平屋桟瓦葺。

IMG_5410_Original

元々平屋建てだった鰹節製造所を、地方からやってきた従業員の居住スペースを確保するために昭和10年(1935)に2階建てに改造しました。痛みが早い鰯を保存することを目的として、水産缶詰工場の稼働も開始します。

IMG_5413_Original

こちらは1865年から1868年(江戸時代末期慶応年間)に漁網の保管場所として建てられた木造瓦葺の建物。現在は漁網の他、船舶を補修するための器具や建具、高膳などが置かれています。

IMG_5407_Original

煉瓦塀の建築年代は不明ですが、大正末期から昭和初期に設置されたようです。ちなみに倉庫内部の一般公開は第2第4日曜日だそうです。

IMG_5431_Original

さて、丘陵の上の方へ登って行くと市営黒生町住宅があります。ほとんど剥がれてしまったアスファルト舗装。マンホールが見当たらない事から、簡易的な下水管は埋設されているも汲み取り式便所なのではないかと。

IMG_5425_Original

ここは銚子市の市営住宅の中で最も古く、昭和31年(1956年)〜32年にかけて建造。

IMG_5424_Original

10棟32戸が現存しておりますが、特に老朽化が激しく屋根など崩壊しかけている棟も。

IMG_5429_Original

間取りは1K、2K、3Kと3種類あります。すでにゴーストタウンと化していると思っていましたが、一軒だけもしかしたら住んでいらっしゃるかも知れない。

IMG_5428_Original

周辺は普通に住宅街が広がっており、ここだけが取り残されたような形に。

IMG_5434_Original

銚子市には前回訪れた市営犬吠埼住宅もそうですが、他にも外川台町住宅など木造平屋建ての団地が多く残っています。

IMG_5430_Original

高齢化や過疎化による人口減少で老朽化した市営住宅は解体されて行くかと思われますが、予算の問題などもあると思われますし基本放置なのかなとも思います。

IMG_5463

最後に駅前を右手に行った所にある吉原食堂。

IMG_5460_Original

雰囲気やよし。地元に愛される昭和の大衆食堂な感じ。

IMG_5461

アジフライ定食。小ぶりのアジ2匹とイワシでしょうか魚フライ2切れ、カボチャのフライ、これで980円。なかなか安いのでは。
ちなみにビールも頼んでいますがレンタルサイクル返却した後なので、飲酒運転はしてません。

千葉県銚子市(3)、外川の犬吠埼市営住宅

千葉県銚子市(1)、銚子の街並み
千葉県銚子市(2)、旧・赤線地帯跡のスナック街
千葉県銚子市(4)、ゴーストタウン化が進む市営住宅

たまたまGoogleマップで見つけた廃墟感のある団地を見に行きました。全然住民はいるので廃墟では無いのですが。

IMG_5289_Original

銚子市街を巡った後、本銚子(もとちょうし)駅より銚子電鉄に乗ります。

IMG_4258_Original

この本銚子駅周辺は緑のトンネルと言う感じで撮影スポットとなっています。本当は上り列車を超望遠で撮りたいところですが。

IMG_5291_Original

1960年代に製造された車両は揺れが酷く、これがまた地方ローカル線に来たと言う雰囲気があってたまりません。

IMG_5294_Original

銚子電鉄の終点である外川駅まで来ました。木造駅舎がいい味を出しています。

IMG_5292_Original

その外川駅構内には昭和25年に製造された元伊予鉄道のデハ801が保存されています。

IMG_3829_Original

ちなみに1980年代前半に親と銚子電鉄を乗りに来た事がありました。写真は銚子駅に止まるデハ301型。昭和5年製の車輌で鶴見臨海鉄道(現・鶴見線)で活躍したのち銚子電鉄に払い下げられました。最後は工事用車輌として活躍し、平成21年に解体されたそうです。

IMG_5295

外川駅から少し戻ると線路沿いに犬吠埼市営住宅があります。

IMG_5299_Original

この市営住宅は4階建1棟、2階建10棟、平屋建て7棟の合計100戸からなります。

IMG_5304_Original

現在は老朽化のため新規募集を停止していますが、見た感じだとまだ3割程度住民がおられる様子。

IMG_5305

こちらは2階建の棟。

IMG_5301_Original

この団地は昭和36年(1961年)竣工。木製の玄関やサッシなど基本的には建設当時の姿をとどめています。

IMG_5314_Original

ちょうど小学校の下校時間で子供たちがこの団地に入って行きました。そうなるとこの団地の取り壊しは相当先になるかも知れません。大抵このような団地は高齢化により、住人が引っ越すか亡くなるかして取り壊すのですが。

IMG_5313_Original

庭先が雑草の生えるままになっている棟はすでに無人なのかもしれない。

IMG_5308_Original

庭を潰してひと部屋増築している所も。まぁ次に入る住人が居る訳ではないので、何やってもいいっちゃいいのか。

IMG_5300_Original

こちらは平屋建ての棟。住んでる方はほとんど居られない様子。

IMG_5312_Original

外川の街も大きな漁港で栄えており、人口もそれなりに居るようです。

IMG_5316_Original

この近くに外川市営住宅と言う1〜2階建ての同じ時代の団地がある事に帰ってから気づきました。また訪れる機会があれば、外川の漁港などと併せて行ってみたいところです。

千葉県銚子市(2)、旧・赤線地帯跡のスナック街

千葉県銚子市(1)、銚子の街並み
千葉県銚子市(3)、外川の犬吠埼市営住宅
千葉県銚子市(4)、ゴーストタウン化が進む市営住宅

さて、ここからは銚子の飲食店街や歓楽街を巡って行きます。

IMG_5227

漁港沿いに東へ歩いて来ました。ちょっとしたスナック街などもありますが、この辺りにはかつて南町と言う特殊飲食店街、つまり私娼街がありました。

IMG_5231

住宅街の中に飲み屋が点在。泊まりがけで来て、こう言う所で飲んでみたい。

IMG_5237_Original

丘陵地が海に迫って来た所に飯沼観音と言う古刹があります。銚子の街は最初この飯沼観音が坂東三十三観音札所巡りの二十七番札所になったことから、その門前町として栄えて来たそうです。その後漁師街としても栄え、利根川水運の開通でさらに発展してきました。

IMG_5240

その飯沼観音(圓福寺)から再び海沿いへと降りて行きます。

IMG_5246

ここで再び商店街が。現在はほぼシャッター商店街と化していますが、かつての賑わいを感じます。

IMG_5247

商店街の南側(丘側)へと入って行きます。廃墟化してますがスナックビルの跡が。

IMG_5250

この界隈は田中町と言って、南町同様戦前は私娼街、戦後は赤線地帯だった時代があったそうです。

IMG_5253

漁港としての規模が大きい分、スナック街の範囲も非常に広いです。

IMG_5251

この辺りを歩いていると廃墟化したスナックの跡などが散見されます。

IMG_5255_Original

路地裏に入って行くと現役の外国人系パブが集まる一画がありました。

IMG_5257_Original

この辺りはいかにも赤線だった場所だと思われますが、特徴的なカフェー建築などは見られません。

IMG_5260_Original

ちなみに銚子駅から北西へ向かった松岸駅より利根川の河岸へ出た所に、かつて松岸遊廓と言うのがありました。あちらは利根川水運の発展に併せて江戸中期の1700年前後の頃から栄え、水運の衰退後も昭和16年まで存在した公認の遊廓でしたが、現在ではその痕跡を全くとどめていないとか。

IMG_5266_Original

松岸遊廓の終焉の原因は舟運の衰退もありましたが、南町や田中町などの私娼街へ遊女が流れて行ったのも引き金となったとか。ただ、どのみち遊廓と言う形態は昭和21年(1946年)のGHQによる公娼制度の廃止で消える運命にありました。

IMG_5270_Original

この界隈の妖しさは南町のスナック街と一線を画しているようにも思えます。ただ、夜に1人で訪れて見なければ、その実態までは掴めません。

IMG_5268_Original

なんとも味のある木造モルタル造りの廃墟が。この建物は一体何だったのでしょうか。

IMG_5274

再びシャッター商店街まで出て、今度は海側を歩いて行きます。竹の湯と言う看板に沿って狭い路地を入って行きましたが、銭湯らしき建物は無くただ空き地が横たわるだけでした。

IMG_5276_Original

そしてこの廃墟はスナック長屋の跡。1階にも2階にも小さな飲食店が軒を連ねていたようです。

IMG_5277_Original

田中町も戦前から私娼街(特飲街)として栄え、戦後の公娼制度の廃止以降は赤線として継続しましたが、昭和33年(1958年)に施行された売春防止法によって私娼街の歴史に幕を下ろすこととなります。

IMG_5279_Original

その当時の名残りとしてスナック街へと移行する訳ですが、そんなネオン街も時代の流れとともに衰退し、宅地化されて行きます。

IMG_5280_Original

近くに現役のスナック長屋がありました。もしかすると先ほどの廃墟に入っていた店が建物の老朽化に伴いこちらに移転したのかも知れません。

IMG_5284_Original

現在では空き地と新築住宅がほとんどとなった田中町ですが、歓楽街として栄えていた当時の街並みは今や想像する事しか出来ません。

IMG_5287_Original

最後に、銚子電鉄の本銚子駅へ向かう途中煙突が見えたので行って見ました。

IMG_5857

相当昔に廃業されたと思われる銭湯の跡。屋号すらも不明です。

千葉県銚子市(1)、銚子の街並み

千葉県銚子市(2)、旧・赤線地帯跡のスナック街
千葉県銚子市(3)、外川の犬吠埼市営住宅
千葉県銚子市(4)、ゴーストタウン化が進む市営住宅

先月訪れた野田からの醤油繋がりで銚子にやってまいりました。遠い。日帰りで来るような所じゃない。

IMG_5160_Original

銚子駅は総武本線の前身である総武鉄道の終着駅として明治30年(1897年)開業。この時点で本所(現在の錦糸町)駅まで開通しました。

IMG_5169_Original

また銚子駅は銚子電鉄の起点駅でもあります。銚子駅開業から4年後の明治34年に免許が得られ工事が始まるものの、工費がかかり過ぎて採算が合わないとの理由から工事が中断。しかしその後観光客の増加などを受けて工事が再開し、大正2年に軽便鉄道の銚子遊覧鉄道として開通。しかし第一次世界大戦による鉄材の高騰を受けてレールを関東鉄道に売ってしまう。そして大正12年(1923年)、改めて銚子鉄道(後の銚子電鉄)を設立し開業したそうです。

IMG_5478

ヤマサの工場脇に車両基地があります。京王帝都から伊予鉄道に払い下げられた車両、2000系(右奥の半分隠れてるベージュとピンクのヤツ)が寿命を迎え、動ける車両が同じく京王帝都から伊予鉄道経由の3000系(2枚目の写真)のみとなり危機を迎えました。しかし南海電鉄から中古車両を安く譲渡され、どうにか危機は脱しました。とは言え銚子電鉄はぬれ煎餅の収益がほとんどで鉄道は相変わらず赤字続きです。

IMG_5469_Original

歩いてすぐなのですが、銚子電鉄仲ノ街駅。

IMG_5475_Original

仲ノ町駅では車両基地見学も出来ると言う情報を耳にして再訪しましたが、現在予約制で予約は1ヶ月前から1週間前まで。当日では見学出来ないとの事でしたが、車両基地は狭く普通に小ちゃい電気機関車「デキ3」も見えました、

IMG_5485

銚子駅のすぐ南側にはヤマサ醤油の工場が広がります。時間があれば内部も予約制で見学できるのですが、今回は街巡りが目的なのでまたの機会に。午前午後共に1時間おきなのでタイミングが合わないとなかなか難しいです。

IMG_5479

受け付けの先のお土産屋さんと醤油ソフトクリームを売っている所までは予約無しでも入れます。こちらは日本に現存する最古のディーゼル機関車です。ドイツ製で大正15年頃に輸入され、千葉駅構内の側線で貨車の入れ替えに使用されていましたが、その後昭和 31年にヤマサ醤油に引き取られました。しかし亀裂が入り昭和39年に引退。

IMG_5179_Original

工場の脇には煉瓦塀が続いています。ヤマサは日本初のソースを開発したり、近年では医薬品も手掛けるとか。

IMG_5217

工場の先には昭和53年(1978年)まで国鉄新生貨物駅がありました。工場の敷地を跨ぐように走り、ここから醤油や銚子港で水揚げされた鮮魚や缶詰などの加工食品が運ばれて行きました。現在では公園となっております。

IMG_5203

公園の向かいには旧公正會舘。ここはヤマサ醤油株式 会社10代目当主濱口儀兵衛が中心となり、社会教育事業の経営を目的に設立した財団法人公正會によって大正15年(1926年)に建設されました。戦後は銚子市に譲渡され、銚子市公正市民館及び公正図書館として利用されています。

IMG_5212

旧公正會舘の左手から銚子港にかけての敷地には、ヤマサ醤油の創業家である濱口家の邸宅があります。ヤマサ醤油は江戸初期の正保2年(1645年)、野田で高梨家が初めて醤油醸造を始める16年前、初代当主濱口儀兵衛が醤油発祥の地である紀州から銚子へ移住し、本場の醤油造りで創業したそうです。ちなみに同じく銚子のヒゲタ醤油はもっと古くて1616年創業。

IMG_5210_Original

屋敷の裏手には煉瓦塀が続いています。銚子の街は太平洋戦争末期、3度に渡る空襲を受け焼け野原となりましたが旧公正會舘は残ったそうです。なのでこの煉瓦塀も戦災を凝り抜けて来たのかも知れません。

IMG_5456_Original

と言う訳で改めて駅前から街並みを歩いて行きます。観光協会でレンタルサイクルも貸し出しているんですが、ちょうど出払っていました。駅前にはなかなか渋い旅館が残っています。

IMG_5181_Original

駅前通りはシャッター商店街の様相ですが、いい感じの建物も。

IMG_5183_Original

こちらも同じく油屋と言う屋号。駅前から真っ直ぐ歩けばすぐ海に出ます。

IMG_5194

銚子港は親潮と黒潮がぶつかる地点で利根川の河口でもある事から古くから漁港として栄えて来ました。しかも現在では全国の水揚げ高1位となっているそうです。ちなみに銚子駅近くのここは利根川河口沿いの漁港で、ずっと東の外洋に面した所には銚子外港と言うのもあります。

IMG_5191

銚子港のすぐ側に建つのが正保2年(1645年)創業の老舗旅館、大新旅館です。

IMG_5196

ここは古くから皇族の方々をはじめ伊藤博文や島崎藤村などの著名人も宿泊されたとか。犬吠埼にホテルニュー大新と言う宿がありますが、同じところが経営されています。

IMG_5188

旅館の入り口脇に建てられたこの「にゅーさろん」なるものが非常に気になります。コロナ禍より休業中との噂は聞いていますが、今現在再開されているのか。一度泊まってみたいです。

【続報】大新旅館及びニュー大新は2025年12月、予約客から急に連絡が取れなくなったとの問い合わせが観光協会にあり、休業していた事が明らかとなった。(千葉日報)

IMG_5221

漁港沿いに続く街並みに一軒の銭湯が。この松の湯さんは13時から営業されているようで、入ってみたかった。

IMG_5226

漁師町らしくスナックや居酒屋が点在しています。銚子は江戸期より紀州から出稼ぎに来ていた漁師たちが住み着くようになり、漁港としても発展して行きました。
さて次回は銚子のスナック街などを巡ります。
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

ブログ紹介
都内、近郊の古い街並みや建造物、路地裏などの写真とレポートを載せています。また、国内の寂れた観光地やマニアックな温泉スポット、廃墟などもご紹介。

鰻田ニョロの小説部屋
→昔書いた小説など
カテゴリー
最新記事
記事検索
  • ライブドアブログ