行方市

※まとめサイト等への画像及び文章の無断転載を禁じます。メディア等での画像使用については”unagidanyoro2@yahoo.co.Jp“までご連絡下さい。

     ⬜ 温泉リスト(フルプラウザ版) ⬜

    ⬜ 立ち飲みリスト(フルプラウザ版) ⬜

茨城県旧鹿島鉄道沿線、夜刀神社、鉾田市街地

 鹿島鉄道廃線跡を巡る際、少々気になる神社を発見したので寄り道して参りました。
 夜刀神社。漫画、ノラガミの夜卜神と関係あるのかと思いましたが、どうやら違うようです。ただ、忌み神という部分では共通しており、なんだかとても興味が湧きました。また夜刀という字面から、中二病系創作物などでよくその名前が使われているとか。

IMG_1785

 泉集落の一番奥、暗い森を背にひっそりと鳥居があります。

IMG_1782

 鳥居を潜るとそのまま崖を降りるような形に参道が続きます。写真は鳥居を振り返ったところ。
 夜刀神についてですが、常陸風土記によれば夜刀神とは行方(なめかた・玉造の南)周辺の原野に群棲する蛇体で頭に角を生やした神で、その姿を見た者は一族もろとも滅んでしまうと伝えられていたそうです。忌み神、祟り神の類で祀る事により鎮めています。

IMG_1774

 森の中のキツい坂を下りきると、ちょうど谷底の湧水地に出ます。

IMG_1775

 ここは椎井の池と言います。孝徳天皇の時代(645~654・大化の改新の時代)に壬生連麿(みぶのむらじ=まろ)が夜刀神の棲む谷の池に堤を築こうとしたところ、椎の樹上に夜刀神が集まり、いつまで経ってもそこを去らなかったため、全て打ち殺せと命令したところ逃げ去ったと伝えられています。周囲に椎の木があり泉が湧いていたので、麿はこの池を椎井の池と名付けたそうです。

IMG_1771

 谷底には舗装された道が迂回して通されています。しかし竹は倒れ込んでいるわで、殆ど使う人が居ないような道です。

IMG_1778

 谷底から急坂と階段の参道を、今度は反対側の斜面に沿って登って行きます。すると開けた場所に建つ愛宕神社へと出ました。ここは水戸光圀が夜刀神社と合祀し、村の鎮守としたとも伝えられています。

IMG_1779

 愛宕神社の右奥にひっそりと佇んでいる祠が夜刀神様です。
 継体天皇の時代(507~531・古墳時代)に箭括氏(やはずのうじ)の麻多智(またち)という人が谷を切り開き新たに田を開墾した際、夜刀神が大量に現れてその開墾を邪魔したと伝えられています。

IMG_1780

 夜刀(やと)とは古い言葉で谷(やつ)、谷人(やと)を意味し、一説によれば谷底に住んでいた先住民の事を指しているとも言われています。つまり西方より農耕を広めて来た人々が、狩猟などを生業とする先住民を滅ぼし、その一族の祟りを怖れて神として祀ったとも想像できます。いわゆる夷討伐のような物。

IMG_1675

 こちらは前回通り掛かった、桃浦近辺にあった三昧塚古墳。夜刀神伝説の舞台は、飛鳥時代よりも前の古墳時代という事になります。

 夜刀神社を訪れた後は先日アップした記事の通り、廃線跡を巡り温泉に浸かって鉾田へ。

IMG_1834

 旧鉾田駅前でまず出迎えてくれたのが、このガソリンスタンドの廃墟。なんか凄まじい雰囲気。

IMG_1837

 駅周辺には廃業したスナックや居酒屋などが多く、かつて栄えていた様子が窺えます。

IMG_1836

 こちらは閉店された美容院。窓の造りがとても昭和。

IMG_1840

 街には人影もなく、閑散としております。終着駅だった街が鉄道の廃止によって駅前ではなくなり、その後の震災による液状化被害もあって街は衰退の一途を辿っていきました。

IMG_1841

 鉾田から鹿島臨海鉄道の新鉾田駅へ向かう商店街にある牛乳屋さん。鹿島臨海鉄道鹿島線は1980年、第三セクターによって開業した路線ですが、なぜか駅は鹿島鉄道鉾田駅からかなり離れた、街の反対側にあります。

IMG_1843

 街の映画館『宝来多座』。閉館して久しい様子。

IMG_1844

 そんなわけで、いかにも寂れた街といった雰囲気の鉾田でした。

にほんブログ村 写真ブログ 建物・街写真へ
にほんブログ村

茨城県鹿島鉄道廃線跡(3)、浜~坂戸

 八木蒔集落には北浦沿いの旧街道が通っており、その背後には森に覆われた丘が迫っていました。そのため線路は森の中を貫くしかなかったのでしょう。

IMG_1713

 八木蒔集落から鉾田方面に進むと廃線跡も森を抜けて顔を出します。

IMG_1717

 次の駅は浜駅。かつては渡し船の埠頭があったりして栄えていたそうですが、そんな面影は全くありません。

IMG_1715

 この駅もつい最近まで駅舎が残っていたらしいのですが、ここもまたソーラー畑に。かつて駅だったと分からないくらい、跡形も無く消え去っていました。

IMG_1720

 浜駅を過ぎると廃線跡は霞ヶ浦を離れ、県道の下を潜ります。

IMG_1721

 そして切り通しを抜けて玉造市街地へ。

IMG_1724

 玉造市街地の外れにある老舗旅館。県道から分岐した旧道には古い建物が多く残っています。

IMG_1725

 鉾田線の路線図は『レ』の字の形をしており、玉造はちょうど折り返し地点となります。霞ヶ浦から北に枝分かれしている付け根辺りで、対岸へと渡る霞ヶ浦大橋もあり、かつては港町としても栄えた交通の要衝でした。

IMG_1726

 玉造駅前商店街。突き当たりにはかつて玉造駅がありましたが、現在はただの行き止まり。

IMG_1728

 駅舎は跡形もなく消え去り、だだっ広い空き地に。駅待ちのタクシーが虚しく佇んでいるのみ。写ってませんが、左手では住宅地が造成されています。

IMG_1729

 唯一の面影はレールで立てられた柵のみ。

IMG_1733

 ただ、廃線跡をなぞる路線バスは律儀にも旧駅前を経由してくれます。
 玉造から坂戸までの廃線跡はバス路線と少々離れ、なおかつ森林と田園の中を走ります。情報によればこの区間、駅舎は完全に撤去されたそうなので、バスで一気に飛ばしました。しかし後で調べたところ途中気になる神社があったので、後日もう一度訪れてみたいと思います。

IMG_1737

 バスに乗り坂戸バス停で降りると踏み切り跡が見えました。この先、玉造方面に少し戻った森の中に坂戸駅があります。

IMG_1745

 裏手の森の中に廃線跡があるんだなと思いながら坂戸集落を歩き続けるも、駅入り口らしき交差点は見当たらず、人一人通れるくらいの道を見つけ、まさかここじゃないだろうと私道のような道を入って行ったらありました。終点の鉾田から一つ手前の坂戸駅。こちらも八木蒔同様森の中の駅となります。

IMG_1741

 最近まではレールも残っていたとか。プラットホームには雑草が生い茂っていました。

IMG_1744

 鹿島鉄道廃線跡探訪、ひとまず今回は以上となります。本当は鉾田まで行きたかったのですが、本数の少ない路線バスと徒歩での探索なので、これが限界です。それにしても歩いた歩いた。

茨城県鹿島鉄道廃線跡(1)、石岡〜小川
茨城県鹿島鉄道廃線跡(2)、小川高校下〜八木蒔
茨城県鹿島鉄道廃線跡(3)、浜〜坂戸
茨城県鹿島鉄道廃線跡(4)、坂戸周辺〜鉾田駅

にほんブログ村 写真ブログへ
にほんブログ村

茨城県鹿島鉄道廃線跡(2)、小川高校下~八木蒔

 小川南病院から坂を下ると、田んぼの真ん中にぽつんと小川高校下駅跡が残されています。

IMG_1669

 駅名表示板やミラー、信号機などは取り外されていますが、それでも往年の雰囲気を今に残しています。

IMG_1673

 地元の子供達が学校行事でペイントしたのでしょうか「未来へ走れ!鹿島鉄道」の文字が、虚しくも時代の流れを思わせます。

IMG_1685

 廃線跡はこの辺りで霞ヶ浦に最も近づきます。およそ40年ぐらい前の私がまだ子供だった当時、大した山も川も海も無く、ただ平坦な葦の原野が広がる光景に愕然とした記憶があります。山奥の部落育ちにとって海はリアス式、川は渓谷というイメージがあり、関東平野つまんねー!というカルチャーショックでした。

IMG_1682

 琵琶湖同様観光地としてはガッカリな景色で、写真を撮るとしたらこのような物になります。小さな漁港の端に伸びたバラックは、漁関係の小屋でしょか。

IMG_1680

 土手の上を走る廃線跡の途中、漁港への生活道が潜る所に小さな鉄橋。

IMG_1681

 銘板を見ると、なんと大正15年造。大正13年に鹿島参宮鉄道として石岡~小川間が開業し、大正15年に小川~浜間が開業しているので、まさに開業当時のままの鉄橋という事となります。

IMG_1689

 次に訪れたのが旧桃浦駅跡。

IMG_1695

 つい最近まで駅舎(待合室)が残っていたそうですが、タッチの差で解体されてしまいました。ベンチだけが無造作に置かれています。

IMG_1690

 プラットホームだけが当時の面影を残しています。現在はソーラー畑が広がる。近年、電力の自由化や放置された農地などの再利用などから、地方ではソーラーパネル発電施設(個人的にソーラー畑と呼んでいる)が急速に増えて来ました。

IMG_1696

 他に残っているのと言えば駐輪場跡に積み上げられた廃材。

IMG_1700

 次の駅は八木蒔。桃裏からはバスで移動しました。丘の上を走る県道から森の中へ。そこに突如現れた八木蒔駅跡。県道からのアプローチが林道のような狭い道を下っていくので、非常に分かり辛かった。

IMG_1702

 駅名表示板や時刻表などは撤去されていましたが、ホームと待合室はしっかりと残っています。

IMG_1706

 八木蒔集落の奥にあたるこの駅。なぜこんな森の中に造られたのだろうか。ともあれシチュエーションが凄い。

IMG_1710

 霞ヶ浦へ向かって坂を下ると八木蒔集落があります。しかしここ、廃屋がやたら多い。過疎でしょうか。

IMG_1709

 また、この集落の表札を見ると土子さんがやたら多い。沿線の駅跡地の宅地開発でよく目にした不動産会社、土子商事と関係あるのでしょうか。

茨城県鹿島鉄道廃線跡(1)、石岡〜小川
茨城県鹿島鉄道廃線跡(2)、小川高校下〜八木蒔
茨城県鹿島鉄道廃線跡(3)、浜〜坂戸
茨城県鹿島鉄道廃線跡(4)、坂戸周辺〜鉾田駅

にほんブログ村 写真ブログへ
にほんブログ村
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

ブログ紹介
都内、近郊の古い街並みや建造物、路地裏などの写真とレポートを載せています。また、国内の寂れた観光地やマニアックな温泉スポット、廃墟などもご紹介。

鰻田ニョロの小説部屋
→昔書いた小説など
カテゴリー
最新記事
記事検索
  • ライブドアブログ