昔、沼田から武尊方面のスキー場へ路線バスで行く際、途中国道120号線から狭い道に入り片品川沿いの温泉街を経由して行きました。それ以来ずっと気になったまま20年以上が経ってしまった。

老神温泉は沼田からバスで40分、なかなかにしてマイナーな温泉街です。

川の上流側、東老神バス停より巡っていきます。さっそくスナック廃墟のお出迎え。

和風ペンション、ハーベルハート。かつてはスキー客なども利用していたのでしょう。

元は宿だったのでしょうか、牛乳屋さんの看板もありますが、結構古い建物もあります。

古くから湯治場として知られて来た老神温泉ですが宿泊施設は明治初期より。最盛期の1983年(昭和58年)には22軒を数えたそうですが、現在では14軒が生き残っています。

ストリップ劇場の美人座跡。バブル期には歓楽温泉としても栄えていたようです。

芸妓置き屋跡。山奥の不便な場所にある温泉街なので意外でした。

亀鶴(きかく)旅館。この宿のお湯は良いと聞いていたので日帰り入浴したかったのですが、時期が時期だったためほとんどの宿が日帰り入浴を中止していました。コロナが落ち着いたら改めて入りに来たいです。

街にはスナックが散在しています。現在はそのほとんどが臨時休業していますが、結構な軒数が生き残っている事に驚きました。

大楊橋を渡った川の対岸東側にも宿泊施設跡があります。星野と言う看板があり屋号と思われますが詳細は不明。1979年以降開業と思われ、2012年の時点で雑草に覆われていたそうです。

そもそもこの規模の温泉街で現在14軒もの宿が営業中である事が驚きです。お土産屋さんや飲食店はことごとく廃業しているものの、温泉街としては意外と元気のようです。

廃業した飲食店。解体されず廃墟化した建物も結構あります。

伊藤園グループがここにも。辺鄙な所ですが各々の宿で沼田駅や上毛高原駅まで送迎されているようです。

湯元楽善荘。ここもお湯が良いそうですが、なんたって建物が渋い。泊まるんだったらここに泊まりたいです。

巨大廃墟、ホテルニュー老神跡。2010年に民事再生手続き終結するも2015年には廃業してしまいました。バブル期、団体旅行客に対応しようと巨大施設を建設し、バブル崩壊後も殿様商売を続けていたため時代の流れに対応出来ず、巨大施設を維持して行けなくなると言う典型的なパターンです。ちなみに右手前の二階建ての建物は富士屋旅館跡。

こちらは朝日ホテル跡。明治44年創業の老舗ですが2009年廃業。解体費用が掛かるためか10年以上巨大廃墟が放置されています。

こちらはスナック廃墟。客層が変わり企業などの団体客が減少したため、かつての歓楽温泉の名残りをよく見かけます。

温泉街下流側(西側)の吊り橋から見た老神温泉。右奥がホテルニュー老神で左手前が朝日ホテル。この目立つ二軒の巨大ホテルが廃業し他の2〜3階建て規模の宿泊施設が14軒も生き残っていると言う現状は、非常に分かりやすいです。この光景、水上温泉を思い出します。

しかし良く見ればホテルニュー老神の下の崖が崩れており、非常に危険な状態。

最後に吊り橋を渡った温泉街の端にある東明館。看板にはテレビ埼玉などで地方CMが流れている「ぎょうざの満州」のキャラクターが。老神温泉出身であるぎょうざの満州の社長が廃業旅館を買い取り再生させているそうです。

ここが唯一日帰り入浴を営業していました。泉質はアルカリ性単純硫黄泉。

内湯の方が濁りもあり強い硫黄臭。加温加水無しの源泉掛け流しで湯量も申し分ないです。浴感はサラサラしてますが濃さがはっきり分かる素晴らしいお湯。湯上りスベスベ。老神温泉、思ったより全然良いじゃないですか。

そして湯上りは生ビールと餃子。最高じゃないですか!

老神温泉は奇祭、蛇神輿でも有名です。どうしても水上温泉と比べてしまいますが、歓楽温泉の時代が有ってもそれほど施設が巨大化しなかった事が、結果的に温泉街を救っているように感じました。
以下、余談。

老神温泉の上流にはちょっと有名な吹き割の滝があり、そのさらに上流側に行った所に、かつてかなり変態な坂道がありました。これは敬愛する山さいがねか様の記事で紹介されていた、水路になってしまう坂道。しかし行ってみたらすっかり普通の坂道に整備されていました。Googleマップのストリートビューでは整備される前だったのに。水路を登る覚悟も決めて来たのに、残念。

老神温泉は沼田からバスで40分、なかなかにしてマイナーな温泉街です。

川の上流側、東老神バス停より巡っていきます。さっそくスナック廃墟のお出迎え。

和風ペンション、ハーベルハート。かつてはスキー客なども利用していたのでしょう。

元は宿だったのでしょうか、牛乳屋さんの看板もありますが、結構古い建物もあります。

古くから湯治場として知られて来た老神温泉ですが宿泊施設は明治初期より。最盛期の1983年(昭和58年)には22軒を数えたそうですが、現在では14軒が生き残っています。

ストリップ劇場の美人座跡。バブル期には歓楽温泉としても栄えていたようです。

芸妓置き屋跡。山奥の不便な場所にある温泉街なので意外でした。

亀鶴(きかく)旅館。この宿のお湯は良いと聞いていたので日帰り入浴したかったのですが、時期が時期だったためほとんどの宿が日帰り入浴を中止していました。コロナが落ち着いたら改めて入りに来たいです。

街にはスナックが散在しています。現在はそのほとんどが臨時休業していますが、結構な軒数が生き残っている事に驚きました。

大楊橋を渡った川の対岸東側にも宿泊施設跡があります。星野と言う看板があり屋号と思われますが詳細は不明。1979年以降開業と思われ、2012年の時点で雑草に覆われていたそうです。

そもそもこの規模の温泉街で現在14軒もの宿が営業中である事が驚きです。お土産屋さんや飲食店はことごとく廃業しているものの、温泉街としては意外と元気のようです。

廃業した飲食店。解体されず廃墟化した建物も結構あります。

伊藤園グループがここにも。辺鄙な所ですが各々の宿で沼田駅や上毛高原駅まで送迎されているようです。

湯元楽善荘。ここもお湯が良いそうですが、なんたって建物が渋い。泊まるんだったらここに泊まりたいです。

巨大廃墟、ホテルニュー老神跡。2010年に民事再生手続き終結するも2015年には廃業してしまいました。バブル期、団体旅行客に対応しようと巨大施設を建設し、バブル崩壊後も殿様商売を続けていたため時代の流れに対応出来ず、巨大施設を維持して行けなくなると言う典型的なパターンです。ちなみに右手前の二階建ての建物は富士屋旅館跡。

こちらは朝日ホテル跡。明治44年創業の老舗ですが2009年廃業。解体費用が掛かるためか10年以上巨大廃墟が放置されています。

こちらはスナック廃墟。客層が変わり企業などの団体客が減少したため、かつての歓楽温泉の名残りをよく見かけます。

温泉街下流側(西側)の吊り橋から見た老神温泉。右奥がホテルニュー老神で左手前が朝日ホテル。この目立つ二軒の巨大ホテルが廃業し他の2〜3階建て規模の宿泊施設が14軒も生き残っていると言う現状は、非常に分かりやすいです。この光景、水上温泉を思い出します。

しかし良く見ればホテルニュー老神の下の崖が崩れており、非常に危険な状態。

最後に吊り橋を渡った温泉街の端にある東明館。看板にはテレビ埼玉などで地方CMが流れている「ぎょうざの満州」のキャラクターが。老神温泉出身であるぎょうざの満州の社長が廃業旅館を買い取り再生させているそうです。

ここが唯一日帰り入浴を営業していました。泉質はアルカリ性単純硫黄泉。

内湯の方が濁りもあり強い硫黄臭。加温加水無しの源泉掛け流しで湯量も申し分ないです。浴感はサラサラしてますが濃さがはっきり分かる素晴らしいお湯。湯上りスベスベ。老神温泉、思ったより全然良いじゃないですか。

そして湯上りは生ビールと餃子。最高じゃないですか!

老神温泉は奇祭、蛇神輿でも有名です。どうしても水上温泉と比べてしまいますが、歓楽温泉の時代が有ってもそれほど施設が巨大化しなかった事が、結果的に温泉街を救っているように感じました。
以下、余談。

老神温泉の上流にはちょっと有名な吹き割の滝があり、そのさらに上流側に行った所に、かつてかなり変態な坂道がありました。これは敬愛する山さいがねか様の記事で紹介されていた、水路になってしまう坂道。しかし行ってみたらすっかり普通の坂道に整備されていました。Googleマップのストリートビューでは整備される前だったのに。水路を登る覚悟も決めて来たのに、残念。

















































