茂原市

※まとめサイト等への画像及び文章の無断転載を禁じます。メディア等での画像使用については”unagidanyoro2@yahoo.co.Jp“までご連絡下さい。

     ⬜ 温泉リスト(フルプラウザ版) ⬜

    ⬜ 立ち飲みリスト(フルプラウザ版) ⬜

千葉県茂原市(5)、国府関団地(再訪)と八丁寺団地

真名団地から八丁寺団地へ向かう途中、約2年半前に訪れた国府関団地の現状も見て来ました。

36C7711B-7D5C-42BD-B92C-60F0368564D0

徒歩10分少々なので立ち寄っては見ましたが、結論から言って何も変わっていませんでした。

69AB242B-5D4A-431E-9B40-67105B62B5F2

改めて見ると真名団地よりも5年古い昭和40年完成の市営住宅だけあり、木造一戸建てが目立ちます。

9354E981-0FBC-48F0-9AA5-AEA366B94E89

長屋形式の棟は真名団地と同じような造りです。ただ茂原市営住宅あり方検討委員会のデータに記載されていない所を見ると、以前残られていた住民はもうおらず、すでに無人となったようです。

7F59860A-98C1-4A12-9E66-1A551B5EC6B7

とは言え解体工事は全く着手されておらず、工事計画の看板も無ければ封鎖もされていません。都内ではなかなか有り得ないことですが、いかんせん田舎なので浮浪者が住みついたりはしないのでしょう。

9CCD7BEC-061F-4C48-9818-7BE703C54803

公園の奥に見えるパチンコ屋の廃墟も残ったままです。

BBA8F8E5-5996-4322-B09C-3F96C898D3E9

さて、バスで一旦茂原駅に戻ります。正式名称は市営国府関団地なのにバス停の名称が原田団地となっている理由は不明。

038E22E8-2DD5-4DCA-8EFC-882E65661C85

茂原駅前で昼食を済ませ上総牛久行きのバスで鷲ノ巣バス停にて下車。2019年に増水した一宮川を渡り八丁寺団地に着く頃には雨も止んでいました。

CAF842EE-1EE9-4E02-90F4-D3B6962CD240

ここは昭和42(1967)年〜昭和46(1971)年に建てられました。昭和45年〜50年に建設された真名団地よりちょっと古い感じですが、平屋建て長屋形式の建物はほぼ同じ形状となります。

67CDBD28-DFB1-46EA-AEC1-20DDB24865FB

前記事でも触れましたが、全149戸中住んでおられるのは2021年の段階で53戸。ただここには一棟だけ3階建の棟があり、そこに多くの方が住んでいるように見受けられます。奥の方にチラッと写っているのが3階建ての棟。

7EAF15D6-4DA8-439C-87B5-C79E32DC406E

と言うのも平屋建てを見ている限りでは、とても3分の1も住まわれているようには見受けられないのです。

C59ECD80-1A83-4EA9-BDBB-224B731A6B87

ここもやはり北面に玄関、南面に居間と寝室及び縁側と庭と言った造りになっています。

F9A490C7-1994-4C4A-8A44-5FD68262D38D

恐らくは木造モルタル造りかと思われますが、この平屋建て長屋形式は真名団地や国府関団地にも共通してありました。昭和40年代前半の地方の団地に於ける主流と言ったところでしょうか。

6C9AC135-645E-4EB7-A257-54B15CFFD275

その時代、都心では昭和30年代後半(1960年代)よりすでに鉄筋コンクリート造5階建ての団地が主流となっております。土地に余裕がある地方と高度成長期に入り急速に人口が増加して行った都心との違いと言ったところ。

AB9EEC36-9F04-4671-B061-36D165024B41

思えば去年訪れた佐野市市営石塚団地も全く同じ造りをしています。

2C91B8D8-7E10-440D-A5F9-60336A031985

中央には広場と集会所があります。かつてはこの広場で盆踊りなども催されていたとか。

077EA626-0DBE-4495-AAB5-0CB2714E687A

すでに使われなくなった公園もあります。少子高齢化や過疎化が進んでいる現状は公園を見れば分かります。

03509D43-1FFE-4821-B69A-2A7C60CC1BAA

奥の方には木造一戸建ての棟もあります。国府関の後にこの八丁寺が出来て、その後に真名が出来ると言う時代の変換を垣間見れます。

7D164CD3-EAF1-49FC-95E3-C4EA5D9CBFC2

玄関の隣の勝手口に屋根を増設した家もあります。洗濯機置き場や倉庫として使っていたのでしょうか。賃貸ですがこう言った改造は昭和の時代、結構緩くて自由だったところがあります。

3A6715E9-C2C9-46E6-AB6A-DC27ADA4EBE8

ちょっとだけ内部が見える空き家がありました。この団地には主に東北地方から引っ越して来た方々が多かったとも聞きます。

8CAFE5F9-9F30-42F7-B0B2-6D4BE6114F22

右から便所、玄関、ガスメーター、キッチン、勝手口付き風呂場、ボイラーの排気口の順番に並んでいます。茂原市は意外にも天然ガス生産量日本一の都市なので、早い段階で都市ガスが整備されていたのかもしれません。

F2E74FEF-39C6-49FC-B2BC-04FBBDF5B483

戦後の住宅事情を受けて建設ラッシュを迎えた団地の歴史は主に昭和30年代から50年代。東京近郊に日本住宅公団(現・UR)と自治体による公営団地が次々と建設され、ここ茂原市の市営住宅は「後期」の建築物と言えます。昭和40年代、都市部で飽和状態になって来た末に、地方へとその流れが広がって行ったのかも知れません。
それにしても茂原市は面白い。掩体壕巡りも出来れば素掘りの隧道巡りも出来るし、今回は終末市営住宅巡りも出来ました。レンタルサイクルでも有れば最高なのに。

(注意)
八丁寺市営住宅にはまだ生活されておられる方々が居ます。もし訪問する場合はくれぐれも入居者の方々のご迷惑にならぬよう注意して下さい。

(追記)
八丁寺団地の近くを流れる一宮川が2019年に氾濫した事で、護岸工事や治水工事を2030年の完成に向けて工事をしていたのですが、残念な事に2023年9月8日台風13号に伴う線状降水帯により氾濫してしまいました。被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。

千葉県茂原市(4)、ゴーストタウン化が進む真名団地

2020年10月、素掘り隧道群を撮りに行った際に偶然ゴーストタウン化している国府関団地を見つけたのですが、実はそのさらに奥、西側にもっと巨大でゴーストタウン化している真名団地があったと言う事を知りました。

E9B02172-A0D3-4CF0-8D70-5615D32320B6

今回は以前からちょいちょいチェックしているブログ埼玉発おとなの小探検様の記事を読み、こりゃ即座に行かねばなるまいと思いニ年半ぶりの茂原市。茂原駅からバスに乗り原田バス停で下車。団地の入り口には魚屋さんと思われる唯一の商店の跡があります。

CE2EFBA5-9A77-47A9-9C83-D77FDED5F478

折しも線状降水帯による豪雨の中。午後には雨が止むとの予報で無理矢理敢行しました。

3B8524F0-CD01-4491-AF78-ADA95DDCBB8C

団地は県道から北へ向かってメインストリート。県道に近い側は東側を中心に平屋建て長屋造りとなっております。

AC859633-70CD-437D-A791-ECE50BF5EC31

ちなみに今回、団地があまりにも巨大なので写真の枚数がかなり多くなってしまい、選びきれないので掲載する点数も多くなります。

CB31A477-628D-463D-A344-AC36E223E282

平屋建て長屋は北に向かって玄関があります。一棟につき4〜5軒、玄関と勝手口がそれぞれにあります。このスタイルは最近様々な場所で見て来た、昭和40年代の平屋建て集合住宅の造り。

E92479F7-65CA-4B89-AC13-5608EB3FDE00

南面には縁側と庭。居間と寝室が庭に面したバストイレ付き2DKと言った間取り。

6CF85596-F9F3-4B8C-A574-C2FF0F09806C

国道から奥、つまり北へ進むと、二階建てばかりになって来ます。右手、つまり東側に丘陵。

608139F0-0974-4644-8076-702B2304A9E3

左手、つまり西側は斜面の下に水田地帯。棟と棟の間は鬱蒼と草生しております。

DB62D56D-39AB-48A4-9B35-8B8EF8028146

この市営真名団地は主に2階建ての棟を中心とし、平屋建ても含めておよそ60棟、全299戸からなる巨大な市営住宅です。

BC1C25EF-DD62-4B07-B6C0-126D2EB731B2

ちなみに2021年5月の時点で入居者は23戸。現在「茂原市営住宅あり方検討委員会」により、新規入居者は募集せずにこのまま廃止すると言う方針が決定しています。

25B8C9A5-13F0-44B0-80B7-1C7C17110E56

団地の中央には公園もありますが、遊具は雑草に埋もれております。もはや子供が居ないのでしょう。

9FDB08A8-87FA-4A7B-AD45-0CA8456DE657

造成されたのは昭和45(1970)年~昭和50(1975)年。以前訪れた国府関団地が完成してから5年後になります。

10A93040-2498-4486-8945-9B1974C4CC1A

ただこの真名団地は敷地面積が広大で、借地が約6割を占めるそうです。恐らくですが茂原市が農地を持っていた地主に借地料を払い続けているのでしょう。

3B10D104-E51F-4A9F-9D12-2FA08B637519

茂原市的には早く解体したい気持ちも有るのかも知れませんが、立ち退きに対する補償金を出す程財政事情は良くないでしょうし、やんわり退去をお願いする程度かも知れません。しかし高齢者にとって今更引っ越すにも資金や体力がありませんし。

534ADBB3-8E58-4762-86A3-D946B50CDA41

例えばこれが都心の再開発であれば、都や区に対してゴネてもせいぜい2〜3年先送りになる程度。資金面に於いても全然事情が変わって来ます。特にオリンピック前の再開発なんかは苛烈でした。

FFEA356B-D643-45AB-817F-106EA6FAA976

さらに実際解体工事を行う場合、莫大な費用がかかるなど様々な課題があるため、どのような方針で用途廃止を行うべきか茂原市営住宅あり方検討委員会が文字通り検討を重ねているそうです。

3AD0E581-9783-4BE3-A89C-77F036EB8DCE

いずれにしても現在住まわれている住民が引っ越すか亡くなられるかしないと、解体工事は始まりませんし、跡地の活用に良い案もありません。工業団地にしたって企業誘致や環境への配慮などの問題が立ち塞がります。

8950E6CE-AF6E-4D24-9EA9-E73B3B4EFE7B

ここで例えば、とある企業が広大な敷地を使って老人ホームを建てるなんて計画が持ち上がれば、渡りに船なんでしょうけれどもね。

071F69C8-15A3-4454-A3A3-6C7C28BB3941

国道に近い平屋建ての棟では明らかに住まわれているお宅をポツポツ目にしましたが、奥に進めば進むほど人の気配が無くなって来ます。

CCF64116-003A-4653-B3B7-1D2645C53306

ほぼ最奥部に近い所に電話ボックスがあります。明かりがついてるので現役だと分かりますが、ここ夜中に来たらどうなってるんだろう。奥の方は街灯消えてるのかな。だとしたら、そんな中電話ボックスだけが明かりを灯していると言う状況に。

32FC4D5E-351D-4C79-B3C5-C53CD28D00B7

なんか似たような写真ばかりになってますが、全て違う棟だったりします。

A1D907AE-8023-44B3-B1AC-5711E4387348

それにしても茂原駅からバスで14分かかる田園地帯だけに地価も安かろうにと思うのですが、なぜわざわざ二階建てにしたのか。そんなに入居希望者が多かったのか。

29247232-B206-4EBC-9FF1-1DF4C7E88B12

とは言え昭和40年代の団地と言えば、首都圏ではすでに5階建て鉄筋コンクリート造が普通でしたから、それに比べればね。

9BA294B7-44B2-4EC2-AF0C-792D39F767BA

最奥部に行くと少々造りが変わって来ます。

7AC17708-BA2B-4104-BCF5-7164CCB496DF

一階部分を広く取り、二階部分は一部屋のみと言った感じでしょうか、それでも長屋形式になっています。

16696DF1-099E-4705-9164-0C1839FEBBBE

ちなみに茂原市は2021年、八幡原、長谷、上茂原、上茂原西、新町保、東茂原の6カ所の市営住宅を、長寿命化計画によって改修工事などをする方針に決めたそうです。

546BB35C-50B2-4B9A-BC71-5B47BAF58852

対して299戸中23戸しか住民の居ないここ真名団地と、149戸中53戸のみ残っておられる八丁寺団地の2箇所に関しては、老朽化と言う理由も含めて廃止の方針が決定しています。

9DD8CC5F-4200-4CF9-9B9A-DB6DD41979A0

以前訪れた国府関団地は、すでに住民がゼロとなって廃止されたと思われます。ちなみにこの後、国府関団地の現状と八丁寺団地を見に行きます。

DC5C27EE-4126-4A62-93D6-4E87A6BC4E92

いよいよ記事として書く事が無くなって来ました。

CB3D3354-0339-4119-801E-7F739F033862

と思ったら北東側最奥部に4階建の団地建築がポツンと一棟だけ姿を現しました。すでに無人ですが追加で一棟建てたと言う事でしょうか。

50D00B84-8A14-4A44-8A3A-166D3780DD52

北端の先は水田地帯となっております。

D3E17712-D016-43A6-BE92-3DCC8E511889

団地の東側を国道に向かって戻ります。この辺りは車が入れないようにされており、廃道扱いとなっているようです。と、ここでまたキジを発見!写真は撮れませんでしたが、今回はメスでした。最近よくキジと遭遇します。

F53987D9-049D-467A-A9CF-34110C913215

299戸と言うと、2DKに核家族と考えて単純計算で1000人前後が住んでいた事になります。祖父母は実家に住んでおり、上京して結婚し、ここに移り住んでから子供が一人か二人。

7E45CFAA-4310-4296-8ED2-648F32E0C9CB

しかし時代とともに老朽化問題も起き、それ以上に少子高齢化や過疎化によっても人々が消えて行ったんだと思われます。

08713413-B57C-4A82-92C2-EBB765EAF36F

最近ニュータウンなど訪れてもこのような問題が見えて来ましたが、バスを含めて都心まで2時間弱、千葉までも1時間近くは掛かりますので、子供の世代になりもっと都心へと引っ越して行ったのでしょうか。

9A3ADFEA-5539-461C-A93B-5BD55DB0EB9E

茂原市に雇用があるとしたら以前訪れた茂原海軍航空基地跡に建てられた三井化学の工場とか。市営住宅と言う事は低所得者層であった事も想像出来ます。

34A9859C-0049-4D40-B0EF-6A80A0497D55

そして、ある程度稼いだら住宅ローンで一戸建てを買うと言うのも自然な流れなのかも知れません。

3302AF17-3ECD-4A9C-AF9E-9809BEE8F6AF

つまり団地と言うものは長い人生に於いて仮住まいと言う考え方もありますね。そして日本経済の発展と共に低所得者層が減って行ったと言う事も、新規入居者の減少に繋がっているのかも知れません。

96DED101-E332-406C-9B46-AF032E019B2A

もちろん様々な要因が有ったのでしょうが、地方の団地はその役割を終えようとしています。

(注意)
真名市営住宅にはまだ生活されておられる方々が居ます。もし訪問する場合はくれぐれも入居者のご迷惑にならぬよう注意して下さい。

千葉県茂原市(3)、押日地区の素掘り隧道群

先月、旧・海軍茂原航空基地跡の掩体壕群を巡った際、最後に地下壕跡を探しに丘陵地まで足を伸ばしました。地下壕こそ竹藪に塞がれ発見出来ませんでしたが、道すがら素掘りの隧道と出会いました。

ACA53509-686A-44B2-B8CC-E5EA7C95B676

写真は先月、まだ暑い盛りに訪れた御領隧道。暗いし圧迫感あるしで、かなりビビってしまいました。
Google MAP

41555F7B-89FE-49F2-812B-ED3F4CA0A567

千葉県に素掘りトンネルが多い事は知っていましたが、よくよく調べてみるとこの茂原市に密集している地域があることを知りました。そこで今回は特に密集している押日地区を訪れてみます。

236A01B7-9D3B-41E8-BC16-14513E2719FF

立派な屋敷ですが廃屋でした。丘陵沿いには古くからの農家が点在していますが、過疎化や少子化などで離農される方も多いようです。押日地区は御領隧道があった豊田地区からゴルフ場のある丘陵を挟んだ西側。茂原駅から路線バスもあり訪れ易いです。

BCED8F41-473F-4350-962B-B8AACDA4BF0B

さて、隧道巡り開始します。バス通りである茂原街道から右手、北へと入ります。早速穴を目にしますが、これは倉庫か何かとして掘ったと思われる穴。房総半島は砂岩質が多く比較的簡単に掘削出来るため、古くから地元の方が自分で穴を掘りまくったという歴史があります。

F8ABCD81-772D-407D-AB0C-A2B39ECFC718

まずは茂原市街地から見て一番奥に位置する国府関地区からアプローチする戸田谷隧道。建設推定時期は1923年。
Google MAP

36FE6BF7-7CC1-4519-A3CE-B9F4D3F1C3B9

今回はヘッドランプを用意して来ましたがあまり役に立たず。やはりビビってしまいます。

AAAE3643-B5FB-4AFE-80A3-5F228D8B2B6A

天井が鋭角になっているのを観音掘りというそうです。

80ABB41E-C81B-4D37-B86E-3E4458E23213

抜けると押日地区になります。素掘りトンネルは基本的には生活道や旧道などで道幅も狭く未舗装も多く、車で訪れると地元の方の邪魔になることもあるので自転車あるいは徒歩をお勧めします。

707CCFC0-42A9-4483-8D9E-27A7F5BF097F

押日地区は水田地帯の中央の丘陵が新興住宅街として開発されています。

DE3875C3-EE9C-40A9-B3B0-63BF5C95DF13

その新興住宅街を囲むように田園と丘陵沿いに点在する旧家。隧道はこの地区を取り囲む丘陵から放射状にいくつも存在します。

8DBBBB1B-641B-4AD3-AD01-F3EA2F5BA4E6

坊谷隧道へのアプローチ。道が途絶えており、とりあえず開けた谷の奥へと進んで見ます。

749B42CE-4AA3-4A21-AC6C-317157F899E0

最奥部の藪の中に坊谷隧道発見!
いや、これいわゆる廃道じゃないっスか。無理!絶対無理!
Google MAP

37BBB073-D03F-4DFF-A219-D5408AE65F70

新興住宅街を右手に見ながら丘陵沿いの農村を茂原街道に向かって歩きます。すると左手に細田隧道へのアプローチが。

9E2CBCAF-3C90-449E-AC88-4EBD6CFD50E2

細田隧道発見。暗いなー。
Google MAP

79FEB7C4-5A98-43C5-8FFB-C1F4F0B7C328

く、暗っ!
怖っ!
トンネルの途中にLEDの街灯があるけど、S字を描くトンネルは入り口からすでに夜みたいな暗さ。誰か探索に付き合ってくれないかなぁ。

4A78FE52-E0A7-4601-AECB-8FB6EE31C43A

出口付近には雪だるまみたいな簡素な道祖神様が。ちょっと可愛い。

77BB235A-7E02-48CD-BD35-3E7B1FE667AD

細田隧道の南側出口。丘陵を越えた所も押日地区になります。

7D7B845A-CB53-44AB-8892-B27F0F08186E

隧道の左上には八幡神社があり、左下から右上への斜路は隧道が出来る以前の旧道です。すでに廃道となった旧道も撮ったのですが、暗くて手ブレしてしまいました。

70A066BC-4E22-4B48-A332-7BC5070C1B98

ひとまず猫に癒されます。

F8E8A588-E082-4057-BDB8-8C1006A0F160

再び押日地区北側の丘陵を目指します。この先で道は二股に分かれ、左に後呂隧道、右に猪喰隧道が有ります。いずれも丘陵の向こう側、坊谷堰の水源から広がる水田地帯に抜けます。

5640C31D-22E3-4B43-BDF7-5D47B0677589

まずは猪喰隧道へアプローチ。道の奥には闇溜まり。
Google MAP

5192D617-3CCF-444C-B047-CDAA3CE4DD41

そのまま深い切り通し。く、暗れーっ!
太陽光が差していれば苔生した切り通しが綺麗だろうに、闇が深すぎてヘッドランプが何の意味も持たない!

2BB90536-6064-4F10-9BBD-ECAC2339C3E5

こちらは左隣の後呂隧道。うん、短いし先が見えるし多少明るい。
Google MAP

A96128A3-45DD-4824-B03C-05AD50D279C1

後呂隧道の坊谷堰側出口。明治〜大正期に完成と推定されるが詳細は不明。

3A128A66-584C-4903-A816-F78BDE731D88

坊谷堰側の水田地帯。押日集落から隧道を通って農作業をしに通っていたのでしょう。

3DDE1E6C-C5D8-47BC-96BA-DEFB871085BD

押日第一第二分水と書いてあります。

D4C3B126-8FB0-4CB2-A53A-BB16709A4788

押日集落から丘陵の下を水路が通っているのでしょう。

74D94432-CF64-4A21-8F06-E4E3F104F41D

さて、こちらは猪喰隧道の坊谷側のアプローチ。

97852C42-183E-4632-ADB7-216D4EB32C33

猪喰隧道坊谷側出口。
ええ、そうです。猪喰隧道のあまりの暗さにビビって通り抜けられなかったんですよ!
この猪喰隧道も明治〜大正期に完成と推定されています。

46968E4B-FF4B-4FE8-BD88-096585A9509A

坊谷側を茂原街道に向かって下って行くと、右手に花立隧道へのアプローチ。

DF914AED-E6F9-414F-9AEC-3911874342F8

花立隧道。昭和10年頃に完成と推定されますが、すでに廃道となっております。抜けた先の押日側もえらい廃道なので、行きません。敬愛するサイトの「山いが」さんみたいなオブローダーじゃないし。そもそもこのブログのタイトルには散歩って書いてあるし!
Google MAP

A87DEA0D-4B18-4E18-AC2F-090276A8293F

坊谷の水田地帯を下ると緑園台という新興住宅地があります。写真左手は押日側の丘陵地で、外側の造成地は建設が中断された模様。

11641349-3519-4ECF-A2B9-2A6871F0D1AB

その丘陵沿いに歩くと狸谷隧道が有ります。
Google MAP

53C3B2A9-F1C3-4974-B4F7-70C468B31005

明治〜大正期に完成と推定。現在も生活道として使われているようで、途中にはLEDの街灯が。

F2365C36-7228-41F0-984B-B814FE5B2CBF

フフン、余裕で通り抜ける。
……んー、何やってんだろ俺、ってちょっと思った。

04B371DB-40B1-4E50-8126-F31E50BFC75A

狸谷隧道の押日側アプローチ。

4342796E-FCB5-4459-B8D6-2EAF67824E5C

押日側に出てすぐ右手には、先程坊谷側から見た廃道の花立隧道へのアプローチがあります。

96E4C376-BF82-438E-A918-4CF026330AA4

アプローチったって廃道です。藪漕ぎは嫌いですが、これくらい背が低ければ行ける。

424C2C0A-BDD8-4C74-84F8-1B096647F1CF

ぐはっ。そりゃ通り抜けられないさ。花立隧道の押日側出口。
このまま押日側に出ると次に訪れる隧道へ遠回りになるため、再び狸谷隧道を通り坊谷側へ戻ります。

DD360B2A-6E24-4909-86E4-947094139BDE

緑園台住宅から茂原街道に向かう丘陵沿いの道には、いくつかの謎のアプローチがあります。隧道ではなく丘陵の上を乗り越える廃道でしょうか。

A68CE66C-6F4B-40E6-A4F0-BEB4E79B020B

やがて右手に見えて来た野本隧道へのアプローチ。
Google MAP

A01AAE7B-2B83-4B7C-8C55-BBEFAEF1547A

ハイ。廃道ー。抜けた先はエラい事になってます。

D4A954FD-0EE3-4F0D-AB87-32AE2351CAB6

抜けた先の左手の竹藪をガシガシ登って行くと木生坊隧道があるそうですが、行きません。木生坊隧道の坊谷側出口も探して見ましたが、怪しい箇所こそあるもののジャングル状態だったので断念しました。

そんな訳で8箇所の隧道を巡って来ましたが、冬の晴れた日なんかの方が良かったのかもしれません。
今回は途中パラパラと小雨に見舞われるような曇り空で、昼下がりにも関わらず夕方ぐらいの暗さがありましたが、それを差し引いても陰鬱とした雰囲気がありました。この雰囲気だけで何の根拠も無く心霊スポットとされる場所は多く存在しますが、湿気が多く苔むしており、なおかつ切り通しによる圧迫感は恐怖心を煽ります。自分がただのビビリィなだけかも知れませんが、房総半島の雰囲気って他の地域と違った独特な雰囲気があるのは確かです。

千葉県茂原市(2)、ゴーストタウン化が進む国府関団地

茂原は先月、掩体壕巡りに来て以来2回目となります。

F8F17472-999A-421E-B55C-4761397F5C0F

今回は茂原の隧道を撮りに来たのですが、路線バスで降り立った原田団地バス停の目の前に市営住宅の廃墟が広がっていたので、まずはそちらから紹介させていただきます。

A51433AC-5F60-4ECD-87FC-58BC9CEA4003

そこは、ほぼゴーストタウンでした。実際には住んでいる方がおられるようなので、完全なゴーストタウンではありませんが。

C76F4C0F-BB32-4DB5-8E50-D1FC686E37BE

素掘りのトンネル撮りに来たつもりだったのに、バスを降りた瞬間いきなりのカウンターパンチです。正式には茂原市営住宅国府関団地というそうです。

27FE59ED-7168-4F1E-9E2B-FB81B27EBE74

草の生えるがまま。

6DFFB791-DB29-414E-9419-B858575A0E90

こちらは4軒長屋の棟。すでに雑草に埋もれています。

6E7871BD-D18A-43EE-ACD4-1FE19772587B

私道も雑草が生えまくっています。

46E41A2E-CEE6-4E5F-A6BD-43AA3ED348C2

平屋一戸建て40棟、平屋4軒長屋9棟、計76世帯からなる市営住宅ですが、すでに解体されている棟もあるようです。

A48B466A-EEA9-41CD-8D5F-1610768E802F

公園の跡には遊具も残されています。この市営住宅は1965年に完成し、低所得者を対象に賃貸していましたが、既に廃止が決定しました。

F56B5EED-DAC5-4512-B76B-A4B3F7AE7C87

隣接地にはパチンコ屋の廃墟。こちらは10年ほど前に閉店したとか。

千葉県茂原市(1)、茂原海軍航空基地の掩体壕群

昭和20年2月、まだ未完成だった茂原海軍航空基地に第二五二航空隊が本部を置きました。時すでに戦局は悪化しており、完成を待たずして開設となった訳です。仮ではあるが昭和18年完成とされていますが、終戦の時点でも工事は続けられていたとか。

3D6F15FE-1371-465A-9692-D357858D429D

かつての滑走路跡。右手には三井化学の工場が広がっています。飛行場建設が決定したのは昭和16年7月。ここ東郷地区の住民約150世帯及び、東郷小学校や寺社ならびに墓地等が安い売却額で強制移転を命じられました。

EFD55410-DB22-4AB4-8B0D-0CC37D660E93

周辺には多くの掩体壕が残されています。掩体壕とは当ブログでも何度か取り上げて来ましたが、空襲から航空機を守るための格納庫。分厚いコンクリートで覆われ、なおかつ爆撃機に発見され辛くするようカモフラージュされていました。

F9CC7838-E535-4057-B57F-CA6CFB6D2385

こちらの掩体壕は完全に民家の裏手になっているため、御主人に許可を取り住宅の裏へ入らせていただきました。飛行場建設には充分な重機もないまま、主に朝鮮人の徴用工などによる人海戦術で進められ、近隣の長生中学校や茂原農学校の生徒たちまで駆り出されたそうです。

936EE3C6-C43D-48A4-9C10-A4356561AC8D

こちらの掩体壕は使われなくなった田んぼに囲まれており、あぜ道も藪で覆われているため近づけませんでした。藪漕ぎは基本的にしたくない。

36615E72-5EA1-47AD-A24C-B28B086B1383

ほとんどの掩体壕が私有地にある中、こちらの掩体壕は道路に面しています。そのため唯一、案内板が設置されていました。

0C5BEEA9-8CD9-4989-8223-76E1A48114AF

こちらの掩体壕は農地を再利用したソーラーパネル発電所の中にあります。しかし掩体壕までのアプローチがわざわざ柵で区切られており、なおかつ草刈りもされていました。見学出来るように整備されているのです。

71532122-4155-4D55-9B29-E6876515756D

こちらは完全に私有地ですが、隣接するアパートの敷地から見ることが出来ます。掩体壕は頑丈に造られているため解体するにも費用が掛かります。そのため倉庫や車庫として使われている事が多いです。

CE1EACB9-78FC-433D-87F2-250F7990CE4E

住宅街の中の森で覆われた掩体壕。ほとんど自然に帰そうとしています。

B4618095-F665-4BD4-9AAF-16393E216C6C

こちらも木々に覆われて形が分からなくなっている掩体壕。車庫として使われているようです。

0F6B29D7-B0A4-44C5-80CC-D9AE299B507F

前面は使われなくなった水田で背後は森と民家。近づけませんでしたが、農機具などの倉庫として使われているようです。以上9ヶ所が現存していますが、これだけ多くの掩体壕が残っているのは全国でもここだけです。観光資源としての可能性を秘めながらも、なにぶんほとんどが私有地であるため難しいです。また基地としても短命で歴史的見地からも文化財指定は難しいでしょう。

ACA53509-686A-44B2-B8CC-E5EA7C95B676

掩体壕を東から新茂原駅に向かって歩いて来ましたが、駅の反対側、内陸側の丘陵地に地下壕施設が残っているらしいので、足を伸ばしてみました。田園が終わり丘陵地に入ると、切り通しと素掘りの隧道がお出迎えです。

4C3E5148-AB56-4D88-A461-6A6D6CCDCF4B

これは!? と、思いましたが、覗いて見ると向こう側の民家の庭に繋がっているだけでした。

41555F7B-89FE-49F2-812B-ED3F4CA0A567

明かりの無い素掘りの隧道は短くてもなんか怖いです。抜けた所で振り返ると、隧道の上に切り通しが。恐らく旧道でしょう。

E6216AEC-2B75-4CA0-8367-E20BEA9367AC

いきなり立派な屋敷門が現れました。若かった頃マウンテンバイクで千葉の山林を走った事がありますが、まさかの所で立派な屋敷が現れたりしてビビります。
因みに防空壕ですが、よくよく調べて見たらこの山林の奥に入り口があるらしいです。無理です。夏場に草の生い茂る山に入って行くには、それなりの覚悟と装備が必要です。

910CA0DF-86BB-459C-8EB5-88D923F674C0

左の籠のような物が気になりますが、かなりの旧家のようです。ALSOKのステッカー貼りまくってますが。こう言う家を一度取材して見たい気持ちもあります。

31EF5503-3775-47A0-8CD8-A2CF44C0024A

なんたってアプローチがコレです。この先に立派な屋敷があるなんて、誰が想像し得るでしょう。こう言うところ、千葉って独特だと思うのですが。

ABE3C4C1-AB08-47F0-A019-08EFED677056

田園地帯に出ました。放置された水田跡なども見られますが、後継者不足で離農されてしまったんでしょうか。

B80E8914-0E52-4F97-B7BF-127E111B58DA

小さな集落が見えます。

2236C6AD-E082-4BB6-9CDA-9E6002C8FB2E

こちらも立派な屋敷門。最後はすっかり趣旨が変わってしまいましたが、レンタルサイクルでもあれば、千葉の集落なんかも巡ってみたいですね。
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

ブログ紹介
都内、近郊の古い街並みや建造物、路地裏などの写真とレポートを載せています。また、国内の寂れた観光地やマニアックな温泉スポット、廃墟などもご紹介。

鰻田ニョロの小説部屋
→昔書いた小説など
カテゴリー
最新記事
記事検索
  • ライブドアブログ