番外編

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【年末スペシャル】記憶に残った情景(2025年総集編)

毎年恒例、総集編として今年を振り返ってみます。写真をクリック(タップ)するとその時の記事に飛びます。
去年の年末、前年にも増して猛暑続きだと書きましたが、今年はさらに輪を掛けて猛暑続きでした。来年はどうなってしまうのやら。それでも7月から8月に掛けては仕事が暇だったもので、頑張って出掛けました。年末は忙しく殆ど更新できなかったものの、おかげさまで月平均3記事程度は更新出来たと思います。その甲斐あってか、今年は国内旅行カテゴリーのランキングで、常に3位以内をキープする事が出来ました。それもこれも訪れて下さった皆様と、Google検索、yahoo検索さまさまなんですがね。

記憶に残った情景(〜2014年旅行編)
記憶に残った情景(〜2014年首都圏編その1)
記憶に残った情景(〜2014年首都圏編その2)
記憶に残った情景(2015年総集編)
記憶に残った情景(2016年総集編)
記憶に残った情景(2017年総集編)
記憶に残った情景(2018年総集編)
記憶に残った情景(2019年総集編)
記憶に残った情景(2020年総集編)
記憶に残った情景(2021年総集編)
記憶に残った情景(2022年総集編)
記憶に残った情景(2023年総集編)
記憶に残った情景(2024年総集編)

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今年一発目は去年に引き続き深谷から。深谷から熊谷にかけての戦争遺跡関連を巡りました。レンタルサイクルで回ったので、流れで太平洋セメント熊谷工場の引き込み線や廃線跡も訪れる事が出来ました。

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横浜市根岸の旧柳下邸と、念願だった根岸競馬場跡に行って来ました。この◯◯邸跡などと言うような文化財指定された史跡は各地にありますが、内部を見学する事に興味を持ち始めてしまいました。また、帰りに謎のバラック地帯も発見。

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無住となりゴーストタウンと化した横須賀市田浦の市営月見台住宅。この平屋建て長屋形式の廃団地をリフォームして募集を掛けたところ、希望者が殺到したと言うニュースを見て行ってみました。全国の老朽化した団地の再利用として、良いモデルケースになれば良いのですが。

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数年前より「ふせぎ」や「道切り」「辻切り」と言った土着の風習に興味を持ちまして、木更津にてやっと本格的に撮りに行けました。しかしまだまだ、製作段階から取材出来ればと思ってます。

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木更津は二回に分けて訪れました。アクアラインからアウトレットパークにかけての賑わいと対照的な、寂れた駅前商店街や場末感のあるスナック街など、撮りたい風景に溢れてました。夜のスナック街とか改めて行ってみたい。

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立川飛行機周辺の戦争遺跡、特に旧・日立航空機立川工場変電所跡は衝撃的でした。工場内の隠れた場所で戦後も変電所として使われ続けていたために、機銃掃射の弾痕などが補修されずに生々しく残っていたと言う、奇跡的な戦争遺跡です。ここは多くの人に訪れて頂きたい。

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桜の季節、千葉県松戸市の常盤平団地を訪れたのですが、団地よりも松戸市立博物館による昭和30年代後半の団地生活を再現したディスプレイに目を奪われました。こだわり様が良い意味でこだわり過ぎてて変態的。

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キッコーマンの企業城下町である野田市。茂木一族の邸宅跡など見て周りましたが、本当に醤油以外無い街でした。しかし茂木邸宅跡など見どころは多かった。

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春から夏にかけて北浦和で仕事してたのですがとにかく飲み屋が多く、7軒以上巡って最終的には3軒に絞り込んで通い詰めました。中でも特に焼き鳥「裕㐂」さんは今でもよく顔を出します。娘々のスタミナラーメンも好きになった。

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松戸の路地裏飲食店街はなかなかにして衝撃的でした。首都園近郊でまだこんな知らない激渋飲み屋街が残っていたとは。通いたいけど、いかんせん遠いので、まだ一度しか飲みに行ってません。

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意外と行ってなかった銚子、野田のキッコーマンを訪れた流れでヤマサとヒゲタの企業城下町を散策しました。まず銚子港が水揚げ量で日本一である事もあり、大きな街です。スナック街も広く現役の所もあれば寂れた所もあり、またいかがわしげな所もありました。

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茂原以来でしょうか、地方の市営住宅の限界集落っぷりを見に行くようになったのは。銚子の市営住宅も3か所ほど巡りましたが、かなり老朽化が進んでいました。恐らくは下水道が完備されていません。

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インスタで情報を知りどうにか見つけ出して訪れた古山地蔵尊。道のど真ん中に鎮座する光景は衝撃的でしたが、すでに何コレ珍百景で紹介されてた事を後から知り萎えました。しかしこの後真岡の寂れたスナック街なども巡り、充実した取材となりました。

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江戸東京建物園はとにかく楽しかったです。まさに建物の博物館で、移築だからと言って馬鹿には出来ません。細部に渡る再現力が凄い。屋内に上がって隅々まで観察していると、あっという間に時間が過ぎてしまいます。

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見沼通船堀閘門開閉実演は北浦和まで仕事で通っている時、たまたま街角のポスターで見つけたイベントです。こう言うのは常にアンテナを張って無いと知り得ない情報なのですが、その点私は結構弱い。ともあれ、歴史的にも非常に興味深い物でした。

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茨城県境町は知名度低すぎて私もどこにあるのか知りませんでした。ただ境町行きのJR高速バスだけは見ていたので、何となく聞いた事のある町名でした。江戸期の水運などに興味を持った流れで、利根川と江戸川の分岐点へ行ってみようと、ただそれだけの想いでした。

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水戸は、赤線地帯こそ何の痕跡も残ってませんでしたが、スナック街の規模の大きさや歓楽地帯など、見どころは充分ありました。

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インスタで存在を知った素晴らしいバラック居酒屋群。よくぞ残っていてくれた。あとは夜に訪れて実際店に入ってみる事です。

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関東最後の渡船、利根川の赤岩渡船。ネットニュースで存続の危機と言う記事を読んで、仕事の合間を縫って訪れました。なんとも長閑で、なんか仕事の疲れが癒やされた気がします。

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最後は廃墟で締めくくり。相模湖湖畔の廃ラブホ群です。冬枯れの季節は見通しが良く、廃墟巡りの季節です。山間の湖畔に聳え立つピンク色の廃墟は、なかなか絵になる光景でした。

今年は何かと川とか用水路などの水運関連が多かった気がして、なんだかんだでしょっちゅう利根川を見てたような気もします。利根川流域の町などはとかく鉄道から離れていますが、基本的に水害を恐れて河川から離れたところに鉄道を敷設していたのでしょう。そのため水運で栄えて来た河岸の町々は皆衰退して行ったと言う事を再認識しました。
今年は経済的理由や個人的事情などで関東から出る事は出来ませんでしたが、来年こそは遠出したいです。
それでは皆様、良いお年を。

【新春スペシャル】鉄道写真ピックアップ

年が明けてちょっと経ちますが、新春スペシャルとして番外編をお送りします。年が明けても仕事忙しい。
今回は散歩や旅の途中で何気なく撮った鉄道の写真をまとめてみました。
鉄ちゃんはとうの昔に引退したつもりですが、線路が有ったらついつい電車を待ってしまう。そんな性があります。
ブログを開設する前、2007年の秋にキャノンの一眼レフデジカメを買ったのが、写真を再開した始まりでした。1993年頃まではフィルムカメラで写真を撮っていましたが、写真から離れてからは写ルンですで記念写真を撮るぐらいでした。

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写真は2008年の春、秩父鉄道浦山口駅にて。秩父鉄道が1986年に国鉄から払い下げた101系が1000系として当時まだ走っていました。2014年に廃止。この辺りには学生時代、SLのパレオエキスプレスを撮りによく来てました。

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JR氷見線雨晴駅付近にて。雨晴も中学生当時だったか、父親と旅行で氷見線の旧型客車を撮りに来ていました。写真は2007年の春、連れと黒部ダムからアルペンルートを越えて富山に旅行した際に撮ったキハ40系気動車。ハットリくんと寒ブリのラッピング車両。

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高岡は学生時代に高岡御車祭を撮りに来たりしており、好きな街のひとつでした。しかし2007年に訪れた際、駅前商店街がシャッター商店街となっていてショックを覚えました。写真は2011年、東日本大震災の影響で都内の仕事がストップしたため氷見に長期出張となり、その頃に高岡の街を歩いた際に撮影。

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お茶の水駅を聖橋から。もう定番の撮影地ですね。ここで何本の電車が映り込むか、そのタイミングを待ってついに丸の内線、中央線、総武線、全てが映り込む写真を撮りました。よっぽど暇だったんでしょうね。

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大山ハッピーロード商店街と東武東上線。このアーケード商店街も再開発されタワマンが建つ計画が発表されています。

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目黒川を渡る東急池上線五反田駅付近。上り線と下り線が高架橋上ですれ違う瞬間て、けっこうレアなんじゃ。この写真を撮った2010年当時、池上線五反田駅ガード下が耐震補強工事に伴い一斉退去させられていました。もっと早く飲みに行っていたかった。

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大井川鐵道も学生時代に通い、歳を取ってからも数回訪れました。まだトーマスが登場する前ですが、貴重な重連運転。早くの笹間渡以北の復旧を願っています。

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東急池上線及び多摩川線蒲田駅付近。踏切からの撮影ですが、2編成かぶるタイミングまで待ちました。記事の趣旨とは関係ないですが、こういう所こだわっちゃいます。

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水上は寂れた温泉街の取材で何度か訪れました。当時はSL水上号が観光地復興の起爆材になると期待を寄せましたが、SL撮影の撮り鉄達は基本日帰りで地域にお金を落とさないという。現在でもD51とC61が頑張っていますが、D51に関しては1988年に復活運転を開始しているので、いつまで走り続けてくれるか。

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京急電鉄六郷土手駅ホームにて。撮り鉄が撮らないようなアングルとか狙ってました。なんか東急率と京急率が高い気がする。

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こんな写真も鉄道写真としてアリかも。高輪ゲートウェイシティの再開発で話題沸騰な昨今、かつては天井高の低さからタクシーの行燈を壊す行燈殺しトンネルと言われていたガードがありました。

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北越急行十日町駅にて。まだ北陸新幹線開通前当時で、特急「はくたか」も走ってました。未成線になる所を第三セクターで開通した北越急行ですが、北陸新幹線の開通で東京〜金沢間の最速鉄道路線としての役割を終えました。しかし「はくたか」が走ってた頃の黒字が貯金としてまだあるので、まだ存続していられる。て言うか、だったら「はくたか」撮りなさい。

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上毛電鉄前橋中央駅。本当は木造車両のデハを撮りに行きたいところなのですが、イベントのチェックを怠って、いつも逃してしまいます。現在走っているのは元京王井の頭線で活躍していた車両。チャリが車内まで乗り込んで来ます。しかし、平成の地方鉄道は東急と京王と西武の払い下げ率が高くてつまらなくなりましたね。

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銀座線が渋谷以外で地上を走る。しかも踏み切り。実は東京メトロ上野検車区の改築工事に携わった事があるのですが、絶対見れないような列車運行管理システムのサーバルームとか見ちゃいました。スーパーコンピュータ並みの冷却装置とか凄かった。さすがに内部の写真なんか撮っちゃいけないので、記憶の中に。

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JR吾妻線の115系。それまでは、まさか115系が消える日が来るなんて想像していませんでした。年数考えれば分かる事ですが、当たり前にある物が無くなった時のショックは大きかった。

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根室本線の特急スーパーおおぞら。帯広から太平洋沿岸に出た所で急に霧が立ち込め気温が一気に下がりました。

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その時に乗ったのがキハ40北海道仕様車。国鉄車両による北海道での各駅停車の旅は、この時が最後だったかもしれない。いや、今年が最後のチャンスかも!

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足尾銅山には幾度となく訪れて、毎回わたらせ渓谷鉄道も乗りました。国鉄足尾線時代は乗ってませんが。しかしテレビなどのメディア露出度も高いので、ここは廃止の心配はいらないかな?

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九州北部の旅行は、福岡空港から高速バスで日田に出てから始まります。まさに交通の要衝なのですが、日田の旧市街をまだ歩いていない。度重なる豪雨災害で実際には相当厳しい現実があるのかも知れません。

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小湊鐵道の気動車はよくよく調べてみると1961年から1977年まで造られていた車両なんですね。現役で走っている車両としては非常に貴重な存在。近年キハ40なども払い下げで走っていますが、まだ見た事無いんですよね。今年改めて行ってみるのもいいかも。

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ひたちなか海浜鉄道。夕方立ち寄ったぐらいなので、保存車両のキハ20をまだ見ていないんです。水戸も含めここも改めて行きたいところです。

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真岡鉄道のSL。このC11の325はこの後東武鉄道に売られ、 SL大樹として活躍しています。実際乗りましたが、往路を桜と菜の花の有名スポットで撮影しようとしたところ、結局刀剣博物館に行ってしまいました。この時は連れもいたので撮り鉄行動は自粛。

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東急世田谷線、吉祥寺駅付近。三軒茶屋始発だし、あまり乗る機会が無いですね。路面も走らないので、昔からあまり撮りに行こうとは思わなかった路線です。

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JR伊東線でたまたま見たeast i-E。マヤ検や193系の後釜として2002年に製造された試験車両ですが、レアキャラとしてとりあえず見たら撮る。

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三島駅から伊豆箱根鉄道駿豆線へ乗り入れるJR185系。箱根出身の自分にとってはデビューから見てきた非常に馴染みのある車両でした。当たり前過ぎて撮りもしなかったのですが、国鉄晩年に登場したこの車両のデザインに、当時首を捻っていました。横ストライプとかツートンしか無かった時代でしたから。

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新京成電鉄、津田沼付近の大S字カーブ。新京成と言えばクリーム色に茶色ラインってイメージでしたが、いつの間にかピンクになってて驚いた。そんな新京成も京成に完全に吸収されちゃうんですね。

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流山鉄道。つくばエクスプレス沿線の開発と地価高騰に対して昔から変わらない地方感と言うか、なんかのんびりしてて良い印象でした。ただ車両が全て西武の払い下げでちょっとつまらない。

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東武鉄道鬼怒川温泉駅にてSL大樹。駅前広場に転車台持って来てショータイムのように方向転換する、この大胆な発想に関心しました。ちなみに写真の機関車は真岡鐵道から買い取ったやつじゃなくてこの207号機は北海道生まれ北海道育ちの北海道仕様車。

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小田急ロマンスカーVSE車。地元だからって訳じゃなく一番カッコいい車両と思ってました。ロマンスカー全部これにすればいいじゃんとも思ってましたが、まさかの引退。連接車と言う伝統も途切れてしまった。帰省する際に2回ほど乗ったことがありました。

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小田急8000系。デビュー当時、試乗会に当選して乗りました。その後高校に通う通学でも度々乗ったりと馴染みのある車両。小田急がアルミ車体になる前の最後の昭和車両で、いまだ現役です。

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山万ユーカリが丘線。不動産開発会社が運営すると言う珍しい鉄道、と言うか新交通システム。

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東武佐野線葛生駅とかつての貨物基地。この頃から2両編成などの東武鉄道の地方ローカル路線とか乗るようにたりました。

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上信電鉄冨岡駅にて。自分が子供の頃に登場した車両ですが、その斬新なデザインが印象的でした。しかし登場しておよそ50年近く経つと言うのに、よく頑張っています。

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京急羽田線穴守稲荷駅付近。ここは北総開発鉄道や都営浅草線の車両が頻繁に乗り入れているので、京急の車両が来るまで普通に2〜3本待ったりしました。一応羽田付近の記事だったので京急でなくちゃね。

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西武秩父線西吾野駅にて。この沿線は廃校巡りなどで訪れました。本当は山間の限界集落とかも巡りたいのですが、車が無いとキツいですね。

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八高線丹生駅にて、east i-DことキヤE193系。非電化区間の検査車両と言うレアキャラです。こう言うの、ちょっと興奮する。

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西武池袋線椎名町駅付近にて。この30000系車両は非常に個性的でカッコいいと思うのですが、逆に20000系車両は前面のデザインが色違いってだけで他社と同じようなデザインなので嫌いです。

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伊豆箱根鉄道駿豆線。去年年末の記事でも書きましたが、元西武鉄道101系が侵略する中、未だに昭和の貴重な車両が現役で活躍しています。子供の頃は新型車両って認識でしたが、今や旧型と呼ばれる時代に。

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秩父鉄道三ヶ尻線。年明けに訪れた貨物専用線で武甲山から太平洋セメントまで石灰石を運んでいます。秩父鉄道の大株主が太平洋セメント(旧・秩父セメント)な訳で、秩父鉄道の売り上げの多くがこの貨物輸送なので、そうそう無くなる事は無いのかも知れません。

そんな訳で、自己満足のまま片手間で撮った写真を並べ立ててしまいましたが、やっぱり鉄道は撮ってしまいます。もちろんガチな撮り鉄の方々には敵いませんが、特に古い車両などは撮り続けて行きたいと思います。

【年末スペシャル】記憶に残った情景(2024年総集編)

毎年恒例、印象に残った情景2024年総集編で今年を振り返ってみます。写真をクリック(タップ)するとその時の記事に飛びます。
今年はブログ開設10年目と言う節目の年でした。だからって何って訳でも無かったのですが、北関東の宿場町などの街歩き系が多かった気がします。

記憶に残った情景(〜2014年旅行編)
記憶に残った情景(〜2014年首都圏編その1)
記憶に残った情景(〜2014年首都圏編その2)
記憶に残った情景(2015年総集編)
記憶に残った情景(2016年総集編)
記憶に残った情景(2017年総集編)
記憶に残った情景(2018年総集編)
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記憶に残った情景(2022年総集編)
記憶に残った情景(2023年総集編)

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今年の一発目は3回目の訪問となる茨城県笠間市。街外れの幹線道路から山間に少し入った所にある寂れたラブホ街。ここの廃車両群を撮りに行きましたが、代官山でバーをやってる友人がここで廃車両を買ってレストアしてたと後で知る事に。廃ホテルも数軒ありましたが、幹線道路からちょうど見えない旧道沿いと言うところが、なんとも言えない後ろめたさみたいな物を醸し出しています。

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茨城県筑西市、下館の郊外にあるザ・ヒロサワシティを訪れました。基本的には個人のコレクションを展示している私営博物館なのですが、乗り物全般の実機による展示が突き抜けているほどの規模。金持ちコレクターの展示で言えば茨城県真岡市の刀剣美術館や千葉県松戸市の昭和の杜博物館などがありましたが、ここは別格。

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何度も訪れた茨城県笠間市。稲田石の石切場は最初訪れた時は休業日。次に訪れたら予約制の採石現場ツアーの存在を知り、三度目の正直。とは言え墓石に関する知識も増えて勉強になったし、迫力のある光景を目にする事が出来ました。

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なんか今年前半まで水戸線沿線攻略が続いてました。茨城県結城市の文化財建築群。織物産業としてはこれまで富岡製糸場とか桐生市とか群馬県ばかり訪れてましたが、茨城県もなかなかどうして、結城紬と言うブランドがあったりして盛んだったそうです。

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春は桜を撮らなくちゃ。て事で今年は東京都の羽村市から武蔵野市にかけて続く羽村山口軽便鉄道跡の桜並木をサイクリング。掘り下げてみれば東京の水資源に関する知識も得ることが出来ました。来年はどこで桜を観ようか。でもやっぱり今までで1番印象に残っている桜は、能登半島なんですよね。

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祭の撮影なんて何年ぶりだろう。20代の頃、仕事絡みで祭や行事の写真ばかり撮っていた時期があります。この東京都羽村市の八雲神社例大祭も30年以上前に訪れたことがありました。桜も散り際の季節、天気にも恵まれ良い写真が撮れました。やっぱお祭りはいいですね。

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富士吉田市は赤線系のサイトでは有名なため、ずっと先送りにしていました。有名物件が一軒取り壊されており遅かったのですが、それでも実際に行ってみて良かったと思います。路地裏の廃スナック街とか街歩きしてて楽しかった。ただ、インバウンドによる外国人観光客の多さに閉口。

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埼玉県川越市の西武安比奈線跡は都心にも近く、廃線跡系のサイトではそこそこ有名。河川敷の砂利採掘場から砂利を運ぶ貨物専用線の跡地ですが、セメント産業にも深く関わっていました。

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千葉県成田市には何度か訪れていましたが、成田闘争の痕跡がこんなにも残っていたとは知りませんでした。しかも現在でもまだ燻っていたと言う事も、調べなければ分からない事でした。実際に訪れた時の緊張感。掘り下げれば掘り下げるほど、考えさせられる事が多かった。故に記事を書くにも気合いが入りました。自称今年一番の取材だったと思っています。

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千葉県柏市、まさにゴーストタウンの様相。謎は多いのですが、戦時中は陸軍の高射砲第二連隊があった事から地下施設があり、陥没の危険性から住民が退去させられたそうです。周辺は宅地造成も進みある種異様な雰囲気が漂っていました。

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茨城県の牛久シャトーは創設した神谷傳兵衛が電気ブランの神谷バー作った人だって事に驚きました。実際のワイン貯蔵庫も見学できて、意外と面白かった。また近くには煉瓦建築の廃墟もあり、ここがなかなかの光景。

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筑波鉄道が廃止され鉄道的には陸の孤島となった茨城県桜川市真壁。墓石などに使う御影石の採石場があり栄えた街並みが残っており、文化財登録しまくっているにも関わらず不便過ぎて人が集まらない。そんな寂れたマイナー観光地でした。こう言う所、応援したい。

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千葉県南房総市の大房岬要塞は、その存在を知って何年も経ちながらずっと後回しにしていました。南房総は遠い。遺構は素晴らしかったのですが、真夏でとにかく暑いし歩き疲れました。しかし最後に特攻関連の遺構が見れて良かった。

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山梨県甲州市、中央本線の大日影トンネル跡は改修工事によりコロナ前から数年公開中止になってましたが、公開再開との情報を得て訪れました。煉瓦トンネルとしては素晴らかったのですが、感動で言えば碓氷峠を越えられなかった。むしろワイン産業に興味が湧きました。

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横浜市保土ヶ谷区に残る日本カーリット火薬工場跡。煉瓦造りのトンネルがいくつか残っています。ちなみに神田の行き付けの店の常連仲間がこの辺に住んでいて、この公園で犬の散歩をしてるとか。そしてここにも浅野総一郎の影が。

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国立駅の北側にある鉄道総研。もちろん内部は見れませんが、外側から覗き見るように周りました。日本の鉄道の最新技師などを研究開発する施設で、興味深い物が見れました。

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埼玉県深谷市は二度に渡り巡りました。煉瓦造りの街並みや、煉瓦工場の跡など渋沢栄一関連の史跡、それに専用線の廃線跡など、見る所がたくさんありましたし、勉強になった。内容豊富で3記事に分けました。それでもまた櫛引の弾薬庫跡など巡りきれてない場所がある事を知り、来年に持ち越しとなります。何しろ年末忙しくて。

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最後は伊豆半島の付け根、大仁に残る金鉱山の跡と廃神社。廃墟系のスポットとしては久々のガチ廃墟で、その雰囲気に興奮しました。光景としては今年一番印象に残ったかも知れません。また戦時中、廃鉱山を利用した地下軍事工場建設の歴史もあり、そこで朝鮮人徴用工の話なんかも出て来て、ちょっと掘り下げたいテーマも出来ました。

とにかく今年は去年にも増して猛暑続きでしたね。さすがに出掛ける気分になれませんでした。しかし、毎年もうネタが尽きたと思い続けてますが何かしらあるもので、行って見なけりゃ分からない。外に出掛ける事で新しい発見も多くありました。
ブログとしては10年続きましたが、特に流行りも廃れもせず、安定のアクセス数を刻んでいます。そんな中12月、日記でも触れた通り楽待不動産新聞の記事による影響でgoogleやYahoo経由でつくばの廃公務員宿舎群の記事を中心に閲覧回数普段300〜500程度なのに1000プレビュー超えたりしもしたんですが、さらに先日、Yahooニュースでゴーストタウンと化している千葉県茂原市の真名団地の記事が掲載されたところ、検索エンジンを通じて約7000プレビュー弱を叩き出すと言う。こんなアクセス数は初めてで、カテゴリーランキング旅行・海外(総合)で一瞬55301サイト中2位とかなってビビりました。もちろんyahooニュースさんはしっかり住民にインタビューされているちゃんとした記事なのですが、いつどの記事が読まれるか分からないもので、来年も地道にネタを積み上げて行こうかと思います。
それでは皆様、良いお年を。

【祝・10周年記念】過去特に思い出深かった場所ベスト30

ブログを開設してから早いもので10年。飲食店は3年続けば安泰、ブログなら5年続けば安泰(多分)と言う事ですが、よくモチベーションが続いたものだと思います。全国的に見れば行きたい場所なんて腐るほどありますが、それを限られた時間とお金でどれだけ消化していけるか。私もすでに55歳になりますが、限界を迎えるまで当ブログを続けて行きたい所存です。
と言うわけで今回は、2009年頃から写真を再開し、2014年4月にブログを開設してから、今までで特に思い出深い場所をランキング形式で振り返ってみます。

第30位
群馬県足利市、足利鹿島園温泉

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昭和の健康ランドを絵に描いたような施設。絶滅危惧種である健康ランドが昔のままの姿で残っているのは、もはや全国でもここだけではないかと思えるほど。また同時に、あちこちの壁は剥がれ、天井の化粧材は崩れ落ち、廃退的な雰囲気も醸し出している。まさに昭和遺産。Googleマップで気になって、たまたま行ってみたら驚いた。

第29位
静岡県熱海市、今は無き水口第1浴場

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消えてしまう前に行けた事の幸せ。正直それに尽きる部分はあります。地元の人々の生活の中に息づく温泉、それが共同浴場。温泉で言えば好きな共同浴場は沢山ありますが、ここの「地元感」は強烈に記憶に残っています。一番風呂かと思いきやまだ湯船が張られてなかったので、80度の源泉と水の投入からやらせて頂きました。また、記事中の第2浴場も素晴らしかった。

第28位
茨城県小美玉市〜鉾田市、鹿島鉄道廃線跡

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廃線跡を辿るのはこれが初めてだった気がします。幼少の頃、父親に連れられて乗った事があるので思いもひとしお。鉄道が来なくなったホームや鉄橋などの寂しさが印象的でした。また、鹿島鉄道廃線跡の記事については石岡〜小川小川高校下〜八木蒔浜〜坂戸坂戸〜鉾田に分かれています。

第27位
大分県湯布院、線路際の荒木共同浴場

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残念ながらこちらもすでに存在しないのですが、無くなる直前に訪れました。湯布院の外れ、まさに地元の方しか入らない片田舎の共同浴場。線路を渡って畦道を進んだ奥に佇んでいる、このシチュエーションがたまりません。九州は温泉大国ですが、それでも過疎化や少子高齢化などの影響で古くから愛され続けた物が消えて行きます。温泉としては地味でありながらも鮮度抜群で地域に密着した貴重な共同浴場。このようなお湯に浸かれた経験は自分にとって宝です。ちなみに記事中の加勢の湯(現存)も素晴らしかった。

第26位
茨城県笠間市、廃映画館

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まず、笠間市が奥深い。行っても行ってもまた行きたい所を見つけて、結局5回ぐらい訪れました。駅前の廃スナック街 三業地と廃観光ホテル廃ラブホテル街と廃車群稲田石採石場、中でも印象に残ったのが映画館、昭和館の跡。まるで空爆でも受けたかの様な有様が衝撃的でした。

第25位
千葉県南房総市、桜花秘密基地跡

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太平洋戦争末期の特攻兵器「桜花」のカタパルト発射台の遺構。とにかく情報が少なく、地元の方に聞き込みしながら発見しました。これをきっかけに太平洋戦争についても興味を持ち、歴史など調べながら各地の戦争遺跡を巡るようになりました。

第24位
群馬県草津温泉、外湯巡り(瑠璃の湯)

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温泉に興味を持ち始めた2010年秋、草津の街中に点在する外湯(共同浴場)の存在を知り、その地元感溢れる素朴な雰囲気にすっかりハマってしまいました。特に瑠璃の湯。土産屋さんから出て、さてこれからどこ行こうって話していた時、ふと振り向いたら「男」と「女」の文字。まさかこんな所にと覗いてみたら脱衣棚がありお風呂がある。ここがまた近所のお風呂みたいな雰囲気で一目惚れ。これがきっかけで温泉、特に共同浴場マニアとなり、温泉の資格を取るまでに至りました。

第23位
静岡県熱海市、昭和の温泉旅館龍宮閣

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もう熱海には数え切れないくらい行っており、その際必ず泊まる常宿です。温泉マニアや昭和レトロマニアなど一部の方々の間では有名となっておりますが、初めて泊まったのが2013年春。平日だし宿なんていくらでもあるだろうと駅から坂を降り始めた時、たまたま見つけた宿が渋いし安いし飛び込みで泊まりました。温泉的にも建築物的にも最高です。ただ最近、あまり掃除が為されていないと言う噂を聞きました。もしかしたら女将さんの調子が悪くなったとか、何か事情があるのかも知れません。

第22位
群馬県横川、信越本線碓氷峠旧線の廃線跡

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インスタ映えと言う言葉もフォトジェニックと言う言葉も嫌い。そんな泥臭い写真大好き系の私ですが、この光景にはその美しさに感動してしまいました。碓氷峠イコール、かつてのアーチ橋と奥を走る「あさま」の写真が定番だと思っていましたが、行ってみなければ知り得ない光景って有るものですね。ちなみにこの記事には後編もあります。

第21位
港区高浜橋、バラック群のホルモンはるみ

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かつて存在した芝浦の運河沿いのバラック地帯。オールドカマー系朝鮮人と日本人低所得者層が戦後のドサクサで、運河に張り出しながら住み着いた不法占拠地帯。そんな発祥ですがホルモン系飲み屋が3軒あり「はるみ」と言う店に一時通い詰めました。日本人も在日朝鮮人も2世も3世も。みんな仲良く酒を酌み交わす、そんな素晴らしい店でした。しかし2014年、高浜橋の拡張工事を理由に全世帯強制退去。東京オリンピックを控えて汚い所を一掃しようとする動きの中で、跡形もなく消されてしまいました。

第20位
茨城県笠間市岩間、貸家の廃墟地帯

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たまたま。本当にたまたまGoogleマップの空撮で細長く連なる屋根が気になって、ストリートビューで確認したら廃墟っぽくて、行ってみたら廃村の様相。とにかくネット上に全く情報がなかったものだから地元の方に聞き込んだ所、近くの和菓子屋さんが大家になってる貸家だとか。何を生業とする人々が何故岩間に移り住んだか、まだ謎が残っています。

第19位
群馬県伊香保温泉、柏屋旅館

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今現在オシャレカフェへと変貌してしまった温泉旅館。かつて希少な階段源泉をダイレクトに引き加温加水無しで提供していました。女将さんが老人ホームに入られて廃業されてしまいましたが、風呂上がりに2階の客室で春の風を感じながらまったりした、あのシチュエーションは一生忘れない思い出となりました。

第18位
熊本県小国町、旧国鉄宮原線廃線跡

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アーチ橋と棚田はまさしく日本の原風景であり、何度でも行きたい所です。温泉もそこら中で涌いておりまさに天国。関東ではこう言う所、少ないんですよね。いつか水道橋なども巡ってみたい。

第17位
大阪府西成、飛田新地の遊郭建築

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まだブログを始める前、2009年当時から遊郭建築や赤線、危険地帯、ドヤ街などを訪れるようになっていました。当時は写真を撮っていると反社の方にカメラを取り上げられるなんて有名な話もありましたが(今もか?)、夜行バスからの朝方、決死の思いで撮影した事を思い出します。

第16位
港区新橋、新橋駅前ビル1号館地下飲食店街

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新橋の中小企業のサラリーマンたちが管を巻く、そんな昭和な飲み屋街。と言う雰囲気に憧れて新橋へ通うようになりました。最終的に「南」と言う店の常連になったのが、汐留口にある新橋駅前ビル1号館の地下1階飲食店街。『流し』もいたし仕事帰りの先輩方が毎日飲んでいるし、まさに昭和の世界でした。しかしコロナ禍でリモート勤務が多くなり、店のママさん方も体調を崩して引退し、古くからの常連さんが一人また一人と減り。現在は世代交代よろしく若い方々で賑わうようになってしまいました。これを個人的に赤羽現象と呼んでます。そんな訳ですっかり行かなくなってしまった。

第15位
栃木県足尾銅山、簀子橋堆積場

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簀子橋堆積場は足尾銅山で産出された鉱物の選鉱・製錬工程で発生するスラグ(鉱滓)を沈殿させ堆積させる施設で、鉱滓ダムと言われるものです。川に流せない鉱毒は産業廃棄物のような物で、これが現在でも染み出し続けています。いわゆる負の遺産と言う物で、これを撮影するために廃道と化した登山道をガチ登山しました。登山素人の自分にとってはスリルの連続で、忘れられない取材の一つとなりました。また足尾銅山については何度か足を運び、鉱山住宅の廃墟や当時の遺構、トロッコ列車の保存館などにも行きました。

第14位
福島県大熊町、大野駅周辺の帰宅困難区域

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東日本大震災から10年経った2021年に訪れましたが、10年経っても震災直後と変わらない姿を晒す街並みを見て、原発事故の恐ろしさを肌で感じました。現在は市街地のほとんどが帰宅困難から解除されていますが住民はなかなか帰って来ず。また、山奥の集落など未だに帰宅制限がされており、打ち捨てられた地域も多く存在します。過疎化問題などをよく取り上げて来ましたが、福島に於いては色々と考えさせられます。また、帰宅困難区域については隣の夜ノ森駅周辺も歩きました。

第13位
千葉県八街市、謎のアーケード跡

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映画館の廃墟を撮りに行ったのですが、そこから続く長細い建物の裏に回り、覗いてみたら衝撃的な光景に興奮しました。外壁は大谷石で屋根が付いたアーケード状のこれは商店街と言うか、土産物屋街と言うか。ただ天井たが異様に低くも感じる、ネット上にも情報が無くまだ謎を残してる物件。

第12位
茨城県鉾田市、日立電鉄の廃車両

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最初に知ったのはInstagramでした。あまりの衝撃で、投稿者に場所のヒントを教えてもらい、Googleマップでひたすら探し回りました。そしていざ行ったところで歩く歩く。農家の倉庫として再利用されている訳ですが、この敗退的な感じ。行った時の達成感もありました。

第11位
栃木県足利市、足利健康センター

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つい去年行ったところですが、ここ最近で最も衝撃的だったところ。外観廃墟で内部ゴミ屋敷、その実態は同性愛者たちのハッテン場。故にお客さんも居ると言う。もう、ディープ過ぎて目眩がしました。日本の、しかも栃木の片田舎にこんな所があったなんて。

第10位
千葉県茂原市、ゴーストタウン化が進む真名団地

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過去に掩体壕や素掘りのトンネルなどを巡った茂原市。さらにゴーストタウン化が進んでいる市営真名団地の存在を知り、行ってみたら衝撃的な光景が広がっていました。公営住宅の老朽化、過疎化など様々な問題が絡み合っています。

第9位
大分県天ヶ瀬温泉、全方位丸見えの露天風呂

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中世から明治大正、戦前までの日本文化。大らかであり丸見えでも気にしないと言う価値観の名残りでしょうか。そもそも男湯と女湯が分けられたのは戦後と言う話もありますしね。ただ訪れた翌年の2020年7月7日、豪雨により天ヶ瀬温泉は壊滅的なダメージを受けました。コロナ禍もあり温泉街としてどこまで復興されているのか、また訪れてみたいと思います。

第8位
千代田区神田、ガード下の神田小路

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まず間口に対して看板や室外機の数が合わないと言う疑問から、勇気を出して扉を開いて見ました。するとそこは飲み屋ではなく飲み屋『街』だったと言う、まさに異次元への扉(引き戸)。消える前に通えた事、そして多くの方々に出会えた事に感謝しています。戦後から始まり青線だった時代もあり、サラリーマンたちの集う路地裏酒場として幕を閉じました。私も色々な形で関わり、移転した数軒には今でも通っています。

第7位
群馬県大前、森の中のほったて小屋温泉

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温泉マニアの間では知る人ぞ知る共同浴場です。森に隠された地元の方々のための温泉。温泉好きの人達はマナーを知らない観光客からここを守ろうと、場所を公表しないと言うのが暗黙の了解となっています。泉質は極上の炭酸泉。お湯、建物、場所、全てにおいて、ここを勝るものは無いと個人的に思っています。

第6位
群馬県水上温泉、寂れた温泉街の廃墟群

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昭和の歓楽温泉街の成れの果てとして紹介し、いかに再生させるかを考えました。この水上シリーズはGoogleで常に上位に表示され、多くの方に水上温泉の事を知っていただく事に繋がったと思います。初めて訪れたのは2008年の3月、天神平で滑って湯檜曽に泊まって帰りがけたまたま散歩してみれば廃墟だらけ。そんな訳でその後何度も通う事となりました。

第5位
神奈川県横浜市、寿町のドヤ街

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横浜はどこもかしこも好きなんですが、日本三大ドヤ街である寿町は特に思い入れが強く、いまだに機会があれば行きつけの飲み屋に通い続けています。情景も去る事ながらなんと言ってもここで暮らす人々の人間模様が濃過ぎて、いつも胸焼けしそうになります。最近ちょっとは『マシ』になって来ましたが、初めて迷い込んだ当時は色々な意味で酷かった。路上でドラム缶に廃材突っ込んで火をくべて暖を取る、そんなアメリカのスラム街さながらの光景が。

第4位
石川県能登半島、間垣に隔離された上大沢集落

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1988年に能登半島を訪れた際、日本海から吹き付ける北風を防ぐ防風壁が印象的でした。そして2020年の春、Googleマップでたまたま見つけた間垣の集落に行ってみたら衝撃でした。まさに日本の村社会を象徴するような、厳しい自然環境に立ち向かうべく助け合い、同時に排他的になる日本民族そのものを見た気がしました。山に囲まれていた幼少期の記憶も含め、過疎化のについて深く考える事も出来ました。とにかく感動した!
そして今年の元旦、ご存じの通り能登半島大地震が発生しました。この地区は津波の被害こそ無く死者も出ていなかったようですが、何しろ木造建築しか建っておらず、倒壊家屋は相当数に昇るかと思われます。早くの復興を願うばかりです。

第3位
神奈川県川崎市、池上町朝鮮部落

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2010年1月に訪問した時は、サイト「東京DEEP案内」様で存在を知りながらも、まだ朝鮮部落の存在自体知りませんでした。やけに路地の狭い住宅街だなと思いながら写真を撮りまくっていましたが、後で結構やばい事してたんだなと知りました。その後、歴史や差別問題などを調べる内に、ドキュメンタリー魂に火がついて川崎の多摩川河川敷無番地を始めいくつもの朝鮮部落と思われる場所を訪れる事となりました。そしてこの記事が某掲示板に貼られたりGoogleの検索結果で上位に表示されるようになった事により、当ブログの閲覧数が急増した事で多くの人々の目に止まるようになりました。結果、livedoorブログ国内旅行ジャンルのトップ10に常駐するまでに育つきっかけとなりました。

第2位
埼玉県秩父市、浦山地区の廃村群

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このブログを始めてからです。廃墟マニアになったのは。とは言え廃墟専門に巡っているガチ廃墟さんに比べたら全然ニワカ好きにとどまります。しかし山奥で育ち若い頃から集落の写真など撮っていた自分にとって、廃村と言う存在は衝撃でした。特に秩父の浦山地区には家財道具そのままの集落が多く残っており、まさに時が止まったまま。この廃村群は茶平栗山(前編) 栗山(後編) 山掴と、長編シリーズとなります。

第1位
石川県能登半島、旧のと鉄道廃線跡

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やはり最も瞼に焼き付いているのは能登半島です。桜が満開な旧・のと鉄道廃線。JR能登線が廃止になり第三セクターでのと鉄道が開業した1988年の春、この時より32年前に訪れており、前編では当時写真を撮った同じ場所に行ってみたりもしました。今までの人生でも特に思い出深い旅の一つでした。
またこの場所は蛸島にあり、能登半島大地震でも特に被害の大きかった地域です。この廃車両も現在どうなっているか。

と言うわけで10年やって来ましたが、このSNS時代ブログなんてもう時代遅れなのかも知れません。しかし写真と文章でひとつの記事として仕上げるにはブログが最適だと思います。なので、一応インスタもやったりしていますが、あくまで軸はブログメインで今後も続けて行きたいと思います。
今後何が起きるか分かりません。livedoorが突然ブログサービス停止するなんて事もあり得ないとは言い切れないですしね。なのでデータのバックアップだけはちゃんと取って置いた方がいいかも知れません。面倒くさいけど。
と言うわけで、今後とも散歩と旅ときどき温泉をご贔屓に。

【新春スペシャル】36年前の白川郷、屋根の葺き替え

新春特別企画として過去、今から約36年前の1988年3月に撮影した、茅葺き屋根の葺き替え工事の様子をお届けします。

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場所は現在世界遺産に登録されている岐阜県の白川郷。

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当時はまだ登録されておらずバイパスも整備されておらず、知名度はあれこそ陸の孤島とされておりました。

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基礎が組み上がったらヨシズを張ります。およそ一週間滞在していましたので、とにかくカット数が多く、途中飽きてしまうかも知れません。

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当時私は19歳。写真専門学校の学生で、自分で現像からプリントまでしてました。なのでコントラストがやたら硬かったり、画像としてイマイチなのはご容赦ください。

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さて、萱を乗せて行きます。古い萱を剥がす所は撮れず、古くなった骨組みとなる木材(ヤナカ)の交換から萱を葺くまでの撮影となります。

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この萱の束を下から放り上げる役目を、しばらく手伝っていました。

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当時、ちゃんと撮影許可を取った上で、途中から仕事の手伝いもさせて頂いたりして関係を築き密着取材をさせて頂いたので、変に目線など入れずにそのまま載せます。そもそも36年前ですし。

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茅葺き、または藁葺き屋根の民家は、一般的には屋根の四方が傾斜している入母屋造りが一般的ですが、合掌造りは端部に窓を備えた切り妻造りとなります。

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これは屋根裏のスペースの風通しを良くし、養蚕に適した環境を作っていたためです。

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また屋根の傾斜が他地方の茅葺き民家よりも急斜面になっているのは、水分を多く含んだ重い雪が勝手に落ちるように計算されています。

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木で作った針を突き刺し、藁縄を通します。

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屋根の裏側で縄を受け取り、今度は内側から木の針を突き刺す。

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それを繰り返し骨組みに縛り付けます。

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横に渡した竹を押し付けるようにして、こうやって萱を幾重にも重ねて行きます。

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端部は縄を巻いたヘラみたいな道具で叩いて整形。

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ヘラにはその都度縄を巻きます。

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小休止。一服の間にポートレートを撮らせて頂きました。

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ある程度完成に近づくと、伝統に則り村人総出で仕上げます。

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昔は最初から最後まで全て村人総出でやっていたそうです。

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しかし現在では専門の建設会社がほとんどの作業を賄います。最終日、村人たちが仕上げ作業を手伝う感じ。

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最終日は観光イベントのような形になり、全国からカメラマンが集まって来ます。

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特別に頂上まで登らせていただきました。

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木槌で叩いて縄を絞る。

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最後はハサミで綺麗に整形。

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完成です。この建物は白川郷の中でも小さな建物で、当時お土産屋さんでした。現在では「白川郷ぷりんの家」と言うプリン屋さんです。

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最後はお寺の境内で打ち上げの宴会です。

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結構飲まされた覚えがあります。

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当時は報道カメラマンを目指しており、一番やりたかったのがドキュメンタリーでした。

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フォトライブラリーのカメラマンを少々やりましたが20代の内に退社し、その後10年近くDPE店でプリントの仕事をし、その間しばらく写真撮影から離れていました。

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それでも結局、歳をとっても一番やりたい事は変わらないものですね。

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そんなわけで、当時地元の方々には大変お世話になりました。
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