大阪府

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大阪府大阪市、北天下茶屋からの南海電鉄。

いよいよ大阪シリーズもラスト。ひと月半大阪ネタで食い繋いでしまった。さて、大阪に来た目的の一つに阪堺電気軌道がありました。

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まず西成の新今宮駅の雰囲気が良いですね。本来の目的はモ161に乗る事でした。しかし今年の冬は運行されていないようです。とは言えこのモ501系(505)も1957年(昭和32年)製なのでたいがいですが。

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と言う訳でストーカーが自宅に押し掛けるが如く我孫子道車庫。左端にモ162系(168)が佇んでいます。

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車庫の裏手に廻ってみました。すると何年も動かさずに留置されている車両が。右がモ161系の165、左が163。どちらも1927年(昭和2年)製造。もう10年以上動いてない様子。

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モ161に乗れなかったので沿線の気になる駅、北天下茶屋に降りました。写真のモ501系(503)も行きに乗った505号機同様昭和32年製造。このプラットホームには喫茶店の入り口があります。

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喫茶店コーヒールンバでモーニング。すでに12時を過ぎてましたがモーニングセットは頼めました。

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店の反対側には正式な入り口がありました。

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北天下茶屋駅の東側はなかなか渋い商店街です。

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西側はアーケードの天下茶屋商店街。建物の古さもなかなか。

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南海の天下茶屋寄りのアーケード入り口。

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渋いお寿司屋さんが。こう言う所で昼食とっても良かったかも。

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銭湯の天水湯はいまだ現役のようです。

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南海電鉄天下茶屋駅までは天下茶屋駅前商店街のアーケードが続きます。立ち飲み屋もありますが、まだ昼なのでやってません。

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天下茶屋駅前にも立ち飲み屋が。入りたい店が多くて困ります。

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天下茶屋駅は南海本線と高野線の複々線となっております。

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和歌山方面に行く南海本線の特急サザン。2枚扉の指定席車両と4枚扉の自由席車両が連結されていると言う、関東では見られない混合列車的な編成。

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1970年(昭和45年)に登場した6100系が元となっている6300系。もう半世紀近く活躍しているんですね。

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そして一度生で見たかったのが、関空まで行く特急ラピート。

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本当は実際乗りたかったのですが、それよりも夕方までゆっくり飲みたい気持ちが勝ったので、この後、前の記事の西成三角公園辺りに時系列は繋がります。

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最後は南海難波駅にてラピートを舐め回すように観察。

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わざわざボルト締めとか。

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この車両デザインした人、絶対頭おかしいよ!なんかカッコいいを通り越して変態的。

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窓が全部丸って言うのとか、こう言う事を許容しちゃう関西人にジェラシーを覚えます。

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そんな訳で南海難波駅。1932年(昭和7年)竣工の登録有形文化財。内部は綺麗に改築されていますが、やはりターミナル駅としての迫力がありますね。

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なんばセンター街商店街にある明治43年創業の洋食屋さん、自由軒。

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名物のカレーを頼みましたが、写真撮る前に上に乗ってる生卵を崩してしまいました。なんたる失態。

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夜行バスの時間までミナミの街をぶらぶらしましたが、とにかく外国人観光客も含めて人が多い。通りによっては渋滞が起きるくらいです。

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去年の冬(一年近く前)に閉業した味園ビル。そろそろ解体工事が始まりそうな感じでした。昔来た時、このビルの中のホテルに泊まった記憶があります。なんで写真撮ってなかったんだろう。そして、なんでキャバレーのユニバースに行かなかったんだろう。

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帰りは日野セレガでした。外観あまり好きじゃないんですが、乗り心地は三菱ふそうより快適に感じました。コンセントの位置とか細かいレイアウトはこっちの方がいいし、振動も少なく感じました。気のせいかもしれませんが。
まぁ今回は1日目で気力体力使い果たしてしまった感があり、2日目はなんかダラダラしてしまいました。本当はキタの方のバラック地帯とか行こうと思っていたんですが。しかし大阪はどこ行っても魅力的。今回行けなかった所も多いので、またいつか来たいと思います。今度はちゃんと新幹線で。


大阪府大阪市西成(4)、釜ヶ崎あいりん地区(後編)

夜行バスの疲れと飲み過ぎでガッツリ寝ました。

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ビジネスホテル加賀屋を出ると右手向かいに激渋なうどん屋さんが。昨夜は開いてなかったのですが、朝飯はここに決まりです。

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間違いなく昭和な「きらく」さん。同じく朝飯を食いに来たお地元の客さんや旅行者で賑わってます。

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店はお婆ちゃんが一人で切り盛り。ただ後日調べたのですが数年前までホルモンうどん250円だったとか。それが今では500円に。まぁ250円てのが異常なんですが、これも万博の影響か。

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このホルモンうどんのホルモンが鬼美味い。いや、こんなに美味いホルモンは本当に久々で、大袈裟じゃなく想い出に残る美味さ。大阪を発つ前にもう一度来ても良かったと後悔してます。

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今日は昼間の西成を少し歩きます。

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16年前に訪れた時はこの辺りに謎の屋台飲み屋が軒を連ねていました。こちらは2009年当時の写真。

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その何飲まされるかよく分からないような怪しい屋台に入って見たかったのですが、今ではすっかり強制退去させられてしまいました。西成も変わってしまった。

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ここはもしかしたら以前行こうと決めていたホルモン屋ではないかと。確証は無いですが、ここ数年で消えてしまった店も多いようです。

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その路地を入って行くとこんな感じ。居酒屋さんは現役か廃業しているのか、昨晩はこの路地に気付きませんでした。

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今池本通り商店街の東、北の動物園前駅へと南北に伸びる飛田本通り商店街。こちらの喜久屋雑貨店は初代が明治時代に奈良から移って商売を始め、現在は4代目のお母さんが切り盛りしているそうです。建物はその明治末期の物だとか。文化財レベルですね。

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飛田本通り商店街からさらに東へ。飛田新地の南端に接する新開筋中央商店街。この辺りもシャッター商店街からカラオケ居酒屋通りに変貌した商店街です。なんか裏で何かが関与してそうな。ここの一番奥で昨晩飲んでました。

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この建物は16年前にも撮った物件。当時からすでに廃業してましたが、そのままの形で残っていました。

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また激渋なうどん屋さんが。テレビのロケが入っているようですが、残念ながら先程うどん食ったばかり。後で知ったのですがこの昭和25年創業のうどん屋「助六」さん、なんとこの日が最終日で閉業してしまったそうです。意地でも入ればよかったと後悔。

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こちらは新開筋中央商店街の北側に並行する山王市場商店街。東へ行くと飛田新地です。

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山王市場商店街にある萬盛湯。西成は現役の銭湯の数も利用者の数も多い上、開店時間も早いです。

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飛田本通り商店街の北側、動物園前商店街から東に逸れた脇道にあるオーエス劇場。オーエスと聞くとかつて西新宿にあったストリップ小屋を思い出しますが、こちらは普通の大衆演劇場です。1954年(昭和29年)開館。

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劇場の通りはかつて飲食店で賑わっていた名残りを感じられます。

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商店街から裏通りを歩いて行くと、1993年に廃止となった南海電鉄天王寺支線の廃線跡がありました。

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木造で土壁って、いつの時代の長屋でしょうか。戦前の匂いがします。

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高速入り口のループの下は雨が凌げると言う事で浮浪者が住み着くのを防ぐため、斜めのフェンスで囲まれています。

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あいりん地区の方へ戻ります。萩之茶屋本通り商店街の南、南海電鉄天王寺支線の廃線跡沿いに西成三角公園があります。公園脇では椅子を出して昼間から酒盛りする人々が。西成は今でこそだいぶ大人しくなりましたが、かつて日本屈指の治安の悪い土地でした。

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公園向かいの立ち飲み屋さん。カウンターは満席に近かったけど、客は観光客などの他所者が多い気がします。値段もさほど安いって程でもない。かつて高度成長期、西成では日雇い労働者たちによる暴動が頻発していました。

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三角公園ではボランティア団体に雇われているだろう方がドラム缶に火を焚べていました。10年ほど前までは横浜の寿町でも見られた光景ですが、後ろに写るステージ、書体などから察するに左向きの方々です。ステージではオッチャンが弾き語りで何か歌ってましたが、そのライブも正式に許可を取っているのか。公園内には他にもテントが設営され、様々な社会問題に対する署名活動などが行われています。

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こちらは前日の夜に萩之茶屋北公園の公衆トイレで撮った物ですが、釜日労・反失連と書かれた看板が。1974年結成の釜ヶ崎日雇労働組合とNPO法人釜ヶ崎反失業連絡会。市民運動とボランティア団体ですが、炊き出しなどの活動もされています。新左翼の残党かも知れないし、行政も下手に刺激したくはないでしょう。なんたって「闘争」とか書かれているし。

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三角公園そばの屋台で休憩。この焼き鳥ジローは以前路上の掘立て小屋だったそうですが、現在ではガレージを借りて屋根を作っています。
西成暴動は1961年から始まり1973年までに21回、その後1990年と1992年、2008年にも一回づつ起きています。

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年末で仕入れが無かったのか焼き鳥は無かったのでおでんをいただきます。これで900円。高くないか?観光客と見なされて足元見られてないか?
西成暴動は当初、警察とのトラブルや求人の少なさが原因で暴動に発展していました。しかし1970年代、ここに新左翼が関わって来ます。日雇い労働者たちを揺動し警察隊との衝突に発展したりします。その流れで現在でも左翼系の活動家がここ西成に根を生やしています。右翼系暴力団との喧嘩沙汰から暴動に発展した事も。

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萩之茶屋本通り商店街のカラオケ居酒屋で昼飲み。先輩方の演歌の歌声に誘われて入ってしまいました。他にも昼間からやっているカラオケ居酒屋が何軒もありましたが、見た目いかつい若い兄さん方が入っていると警戒してしまいます。しかし店名が餃子の王将て!…いや、良く見たら玉将!ww

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しかもこだわりの餃子店と看板に銘打っていながら、餃子は市販の冷凍餃子て!ボケ倒しにツッコミどころ満載ですが、在日系のママさんは4ヵ月前から副業でここを始めたそうです。本業は日本橋のミナミの方のスナックだとか。次回はミナミ界隈にも行ってみたいです。

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萩之茶屋駅前のいわゆるバッタ屋さんてやつでしょうか。まぁ衣類なんかが安い。
そんな訳で西成の現在でしたが、海外のバックパッカーがドヤを利用するようになり、インバウンドで観光客も増え、大阪万博で人が押し寄せ、すっかり観光地化している感があります。日雇い労働者たちの高齢化は山谷や寿町でもありましたが、SNSなどを通して他所者が集まれば、そこで商売しない手はない。大阪の逞しさでもあります。


大阪府大阪市西成(3)、釜ヶ崎あいりん地区(前編)

さて続きです。大阪環状線新今宮で下車。前編では夜のあいりん地区で飲み歩きドヤに泊まります。

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阪堺電気軌道の乗り場がパチンコ屋ってのも衝撃。

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こう言う立ち飲み屋も惹かれますね。

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この辺りの銭湯はほぼ現役です。入船温泉となっていますが、天然温泉や鉱泉はありません。ただ、宿泊も出来るそうです。

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新今宮駅の南側はすでにドヤ街ですが、南へ歩いて行くといわゆるあいりん地区と呼ばれる地域に入って行きます。

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今回は末盛湯と言う銭湯にまず入ります。

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中央に浴槽があり、左右の壁際に洗い場が並ぶ配置。東京以外ではこの配置が一般的のように感じますが、銭湯にはそこまで詳しくないので何とも。

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猫デカっ!何匹か野良猫を見かけましたがことごとくデカくて何とも言えない貫禄がありました。

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街が暗いのはもう正月休みに入ってしまった店が多いからでしょうか。

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この辺りはすでに釜ヶ崎ドヤ街、あいりん地区の中心地となります。

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この建物は16年前に訪れた時も撮りました。この界隈はほとんど昔と変わっていません。

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とりあえず一軒目のお店に入ります。

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昼は鉄板焼き、夜はカラオケ居酒屋の「なんきん」さん。岡山のお父さん方と飲みました。どうやら釜ヶ崎の住人では無さそう。

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南海電鉄萩の茶屋駅から阪堺電気軌道今池駅まで、あいりん地区を貫くアーケード商店街、萩の茶屋本通り商店街。この辺りに来ると人通りも多くなって来ます。

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スーパー玉出天下茶屋店。16年前、初めてこの店を見た時はパチンコ屋かと思いました。

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ちょっと小腹が空いてうどんでも啜りたくなりました。

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どうしょうもなく死にそうな人にはかけうどんを食わせるとか。

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しかし、カスうどんが900円て、そりゃぼったくりですがな。

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西成の有名店ホルモンやまきは2023年の夏より休業となり、マスターがお亡くなりになって閉店となりました。ところが斜向かいに復活と見せかけて2代目でもなんでもない「やまき」がオープン。味も全く違うけど間違いなく美味いとか。情報無しで勘を頼りにふらふら飲み歩いていたので入りませんでしたが、次回は絶対来よう。

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再びアーケード。堺筋を越えて東へ続く今池本通り商店街。

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この辺の飲み屋も惹かれますが、中はいっぱいで入れず。次回また来る機会があったら絶対入ろう。

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こちらのアーケード、カラオケ居酒屋がやたらあります。

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ここも良さげなんですが中は満席でした。

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なんか違う。昔からあるお店で地元の常連客で賑わうような雰囲気とは、なんか違う気がします。席は空いているんですが入る気になれず。

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延々とこのようなカラオケ居酒屋が続きます。適当に入ってもいいんですが、横浜寿町の経験からどうしても慎重になってしまいます。

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いつまでもふらふら徘徊していても酔いが醒めるので、試しに一軒入ってみます。

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お店は始めて1年ほど。最近こちらに越して来た兄さんや地元じゃない方々でしたが、なんだかんだで楽しんでしまいました。

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どうやら今池本通り商店街はシャッター商店街がここ数年でカラオケ居酒屋通りに変貌したようです。それは大阪万博による観光客の増加も関係しています。

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こちらはあいりん地区の中心にあたる三角公園。

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年末の三角公園は静かなものでした。奥の方に人だかりが見えますが、あの輪の中に入って行く度胸は無い。

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最後はかなりベロベロになって予約してチェックインも済ませておいたビジネスホテル加賀へ。

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普段は千円台で泊まれるドヤ街ですが、予約の時点で安い宿はすでにいっぱいで、しかも年末年始料金のため2800円。

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それでも充分安いのですが、見ての通りの狭さで風呂トイレ共同となります。

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枕薄っ!
まあ寝るだけなのでね。翌日30日は昼間のドヤ街を歩きますが、その様子は後編で。

大阪府大阪市臨海地区、渡船巡り(後編)

後編です。

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船町は東西に伸びる埋め立て地ですが、そのほとんどが鉄工所となっています。前編の船町渡船は北側の鶴町に住む労働者の方々が工場への通勤のために利用しているのでしょうね。

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工場の廃墟も見られます。この辺りの工場は製鋼所となるので、鉄鉱石から鉄を作る製鉄所とは違い、鉄材やスクラップからスチールなどの鋼材を作る工場となります。

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この埋め立て地にはかつて木津川飛行場と言う民間の空港があったそうです。1929年(昭和4年)に供用開始しますが、埋め立て地のため地盤が弱く雨の影響なども受けやすかったため、昭和9年の八尾空港や昭和14年の伊丹空港の開港により廃止されました。

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船町の西側から南、貯木場が多くある平林北へ渡る1994年完成の新木津川大橋が見えて来ました。この橋もデカい。

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その橋の袂にあるのが木津川渡船です。この距離になると、例え自転車が乗せられるエレベーターが設置されていたとしても、地元にとっては渡船があった方が有難いですよね。

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あ、また黄緑リュックのおっちゃんが!同じルートで渡船巡りしている人がいるようです。大阪港は明治大正期まではもっと内陸の、淀川沿いの方まで広がっており、今よりもっと多くの渡船が存在したそうです。

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平林北へ到着。船は折り返し船町へと戻って行きます。沿岸部の埋め立てが進み、港が徐々に大阪湾側へ移った事で、少しずつ橋が掛けられるようになり、渡船の数も減って来たとか。

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こちらが木津川渡船平林北乗り場の待合室。さて、この近くにレンタルサイクルのサイクルポートがあったので、ここからは自転車移動です。もっと早い段階で自転車に切り替えたかったんですが、気づけばサイクルポートが無い地帯に入っていました。

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ここからは運河に遮られた島地から離れ本土側を走って行きます。この木津川の南岸はかつて造船の街でした。途中、名村造船所跡地のドックの跡なんかもあります。このドックは1970年まで使われていましたが、もっと大型の船を造るために佐賀県の伊万里湾へと移転して行きました。

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木津川の左岸(南側)を東へ遡って行くと1973年(昭和48年)に架設された千本松大橋が。その袂に千本松渡船の南津守乗り場があります。この自転車がハローサイクルのレンタルサイクル。電動アシストはやっぱ楽。

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木津川の右岸へ。渡船巡りは大阪の橋巡りでもありますね。この千本松大橋も高さ36mありますが、橋が完成した後のオイルショックなどの影響から沿岸の造船業や工業などが衰退し、それほど大型の船が航行しなくなってしまったそうです。

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南恩加島乗り場に到着。こちら側に船は詰めています。

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こちらが待合所。ここまで黄緑リュックおっちゃんとずっと同じ船に乗って来ましたがここまでカブるとは。しかしここからは自転車で差をつけます。徒歩で移動してゆく黄緑リュックおっちゃんを後目に見ながら上流側へ疾走。

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少し走ると落合下渡船平尾乗り場があります。明治40年から昭和7年にかけてそのほとんどの渡船が市営となり、大正9年より無料となった大阪の渡船ですが、結局のところ市の財政によって燃料費や設備維持費、人件費などが賄われている訳です。

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この辺りには木津川を渡る渡船が3カ所連続しています。しかし近年ではこの渡船を観光資源とする見方も強まっており、大阪市のホームページでは渡船場マップなども公開されています。

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木津川は遡るにつれどんどん川幅が狭くなって行きます。最初は路線バスと徒歩による渡船巡りも計画しました。しかしバス停から離れている渡船場もあり、そのバス停を調べるのもGoogleマップなどを駆使しなければなりません。到底一般観光客には向いていない。

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一瞬で左岸(東側)に到着。陽もだいぶ傾いて来ました。そこで今回はこの、レンタルサイクルとの組み合わせによる渡船巡りを提唱したい。

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船はまた利用者を乗せて対岸へ戻ります。工業地帯や住宅街が多いですが、大阪の川や巨大な橋を眺めながらのサイクリングもなかなかなものです。

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最後に落合上渡船、北津守乗り場。大阪にはそこここにアーケード商店街や喫茶店などが点在しており、その辺も巡れば大阪の日常が垣間見えて来ます。別に通天閣や道頓堀だけが大阪じゃない。

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てか、対岸近っ!w

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晩ごはんの食材など買いに行くのでしょうか、利用者が徐々に増えて来たように感じます。

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上流に見えるのがまたガッシャーンって倒れて閉じる木津川水門。いや、実際閉じる時はゆっくり閉じるんでしょうけども、もっと近くで水門を観察すればよかった。

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右岸(西側)の千島乗り場に到着。

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以上で8カ所、全ての渡船制覇です。渡船はとにかく生活に密着しているので、時間帯によっても顔が違うんでしょうね。朝の通勤通学時間や午後の買い物客、夜も9時頃まで運航しているので、夜の雰囲気なんかも見てみたいです。

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さて、渡船巡りを終え大正駅のサイクルポートへ自転車を返しに行きます。途中こんな素晴らしい外観の銭湯が。現役のようですし今思えば入っとけば良かった。

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JR大阪環状線の大正駅周辺も素晴らしい路地裏飲み屋街があります。角打ちなんかもあるみたいですが、正月休みに入ってしまったのかお休みでした。

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なので駅前の立ち飲み屋、大川さんへ。

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いやいや、旅の目的としてはこの後西成で飲むはずが、いきなり足止め食らってしまいました。だって湯豆腐美味いし大将も明るく面白い人だし。
ともあれ大阪は土地も狭いのでそこまで車社会になっておらず、基本がチャリ移動なんですよね。商店街なんかも自転車走りまくってますし。なので渡船は地域の足としてまだまだなくならないと思います。
あと、大阪の臨海地区を巡る中で脳内に上田正樹の悲しい色やねが流れてました。「川はいくつもこの街流れ」は淀川、木津川、安治川および関連する運河の事ですね。ただ、大阪の海は「悲しい色」じゃなくて、ただ汚いだけでしたwww

大阪府大阪市臨海地区、渡船巡り(前編)

西九条からJR桜島線に乗ります。もう日本人も外国人も観光客で鮨詰め状態。

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そしてユニバーサルシティ駅にて誰もいなくなりました。この駅の南側にはJR貨物の安治川口貨物ターミナルがあり、安治川の埠頭で貨物船からのコンテナの積み下ろしなどもしていました。

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終点の桜島駅。右手にはUSJに対応した巨大ホテルがあり、左手にはUSJの関係者通用口があり、さらに先には三菱の広大な倉庫街。桜島駅は通勤などで多くの利用者がいます。

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桜島駅から奥へと進むと三菱倉庫などの倉庫街。かつてはここまで貨物列車の引き込み線があったのでしょう。

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そこに天保山渡船の船着場があります。

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渡船が来たかな、と思ったら海賊船でした。

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こっちが渡船。大阪の渡し船は全て大阪市が運営しており、あくまでも公共交通インフラと言う位置付けから無料で利用することが出来ます。

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続々と人が降りてきます。意外だったのはこの天保山渡船を利用する観光客の多さ。USJまでは桜島駅まで歩く必要もありますが、USJへアクセスする裏ルートみたいな部分もあるのかも知れません。対岸の天保山ハービーには観覧車や水族館の海遊館などもありますので。

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大阪の渡船は自転車も乗せる事が出来ます。と言うかむしろ、地元の利用者はほぼ皆自転車に乗って来ます。

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桜島から安治川を渡り築港へ到着しました。

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渡船航路の遥か頭上には1990年完成の阪神高速湾岸線天保山大橋が走っています。なぜここまで高い所を走るかと言うと、下の安治川は大阪港への航路であり、大型の船舶が行き来するから。

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去年、livedoorブログのしまdiaryさんの記事を読んでこの場所に行きたい!と思ったのが今回大阪を選んだきっかけです。だって、近代的で超巨大な橋の真下に渡船の小屋が佇む光景なんて、興奮するじゃぁないですか!(私だけか…

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さて、天保山から路線バスで埋め立て地を渡りながら福崎1丁目で下車。木津川から西へ分岐し海へ注ぐ運河の尻無川を渡る甚兵衛渡船に来ました。

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港区福崎側で待っていると対岸で待機していた船が来ました。大阪には実に8カ所もの渡船が残っています。

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大阪の港は全て大阪湾に面している訳ではなく、内陸の運河沿いにまで入り込んでいるため、多くの貨物船が今でも頻繁に航行されています。

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そのため橋を掛けるにしても、それなりの高さが必要とされます。上流(北)側に見えるのは尻無川水門。なんと、あれが向こう側にパタリと倒れて水路を塞ぐと言う構造。半円形にする事で船の航行も妨げず、なおかつ巨大なコンクリート構造物を建てる必要も無いと言う、上手い事考えますね。

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大正区泉尾側渡船乗り場に到着。一瞬です。

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だって、あんなに近いんだもの。

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甚兵衛渡船泉尾側乗り場です。この辺りは倉庫や屑鉄屋などが広がっています。

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南へしばらく歩くと、北恩加島から鶴町へと渡る2003年完成の千歳橋が見えて来ました。歩行者や自転車はここを登って鶴町に渡る。

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それが嫌だから渡船が残っているのです。あんな高い橋を登らなきゃならないなんて冗談じゃない。

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千歳渡船北恩加島乗り場。常時こちら側に船は待機しています。

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鶴町に向けて出港。今回は空いてますが、誰も乗っていないって事は一度もありませんでした。

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対岸の鶴町に到着。この巨大な千歳橋の東(右手)側には鉄工所などの埠頭があり湾の形となっています。

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千歳渡船の船頭さん達が詰めている小屋。鉄工所などへの貨物船がこの橋の下を潜り工場の埠頭へと直接接岸するわけです。

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さて、路線バスを利用して千歳渡船から鶴町の南端へ移動。ここから木津川の支流になる木津川運河を渡り船町へと向かう船町渡船です。

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こちらが待合室。鶴町には住宅地が広がっていました。

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船町へ向けて出港。ん?あの黄緑色のリュック背負った人、さっきの渡船にも乗ってたような。

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船町に到着しました。船は折り返し鶴町側へと戻って行きます。

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船町側の渡船乗り場。この辺りは工業地帯になります。


後編に続く。
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