千葉県

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【日記】千葉県中央区、西千葉駅北口周辺

仕事の都合で西千葉駅東側の再開発に携わりました。ニシチバって言い辛いんですけど!

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西千葉駅は2020年、陸軍鉄道連隊第一連隊関連遺構を見に千葉公園を訪れた帰りに利用した駅です。こちらは北口(山側)で栄えてない方です。

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西千葉は何も無い街だと思ってました。東大の西千葉キャンパス跡地(現在再開発中)と千葉大学しかないと思ってました。ところが、いい飲み屋さんがあったりするんですよ。この辺りの町名は松波地区だそうです。

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まずは北口駅前の居酒屋「菜穂」さん。

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カウンター4席、2人掛けテーブル、奥の座敷にはテーブルが2席。こぢんまりしてますが地元の常連さん方の憩いの場のようです。

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次に「万平」さん。30年近くやってらっしゃるお店で、二代目のママさんが一人で切り盛りされてます。

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5時開店で相撲中継。地元の常連の方々が1人、3人、2人、と集まって来ました。2日目に行った時は開店直後なのにほぼ満席で入れず、完全に貸し切りだった日もありました。

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ママさんは気さくな方で常連さん方々に人気のお店と言う感じでした。(モツは冷凍なのでちょっと硬い)

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万平さんより駅寄りに行った所に立ち飲み屋(左)と居酒屋(右)があります。立ち飲み屋さんは雰囲気的に若い方々が多そうだったので、渋そうな居酒屋「鳥ふく」さんに。50年やってらっしゃる老舗の居酒屋さんですが、開店時間の5時に入ったら、やはり相撲中継ww

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この「鳥酢」と言う酢に漬けた手羽先を揚げたメニューが、マジで美味い。バクバク食ってしまいました。さらにハツが柔らかい。この店は仕入れが間違いないです。食い物が美味い店は良いです。話好きの大将で、ここはしばらく通いました。

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この鳥よしさんの入っている建物にはカラオケスナックなどもあり、遅い時間まで賑わっているようでした。じっくり飲みに行きたいところですが、いかんせん遠い。

千葉県船橋市、白井市、小室から白井第二小学校平塚分校へ

まずは千葉豪雨災害で被災された方々、お見舞い申し上げます。

さて今回は、京成高砂からスカイアクセス線、つまり北総鉄道線で小室駅まで。

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小室駅はかつての北総開発鉄道の終点駅で、この先は千葉ニュータウンへ向けて住宅都市整備公団線となっていました。現在では京成高砂から印旛日本医大まで京成グループの北総鉄道となっており、スカイライナーが疾走します。

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小室駅前、高圧線の鉄塔の足元にあるサイクルポートでハローサイクルの電動アシスト自転車を借りて行きます。

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さっそくですが、何やら謎な廃道があるじゃないですか。そう言えば以前行きたい場所の一つとしてチェックしていた事を、駅を降りてから思い出しました。これは以前山さいがねか様で紹介されていた国道464号線北千葉道路の未成道路(ランウェイ)でした。

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ちなみに北千葉道路とは市川市を起点とし、鎌ヶ谷付近でスカイアクセス線と合流して、線路と共に千葉ニュータウンを抜けて成田へと向かう高規格道路であります。まだ全面開通しておらず、一部未成区間もあるとか。

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ここは道路で言うと北千葉道路と国道16号が交差(北千葉道路及び北総線を16号が跨いで行く)する地点のランプと入り口になります。こちらが国道16号の外回り線から北千葉道路下り線へと分岐する所より廃道へ入る所。正確には廃道ではなく未成道だそうです。

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右が未成道で左が16号外回り線から北千葉道路下り線への合流。これは小室駅の西に掛かる歩道橋から見えます。謎なのは、16号線から北千葉道路下り線をオーバーパスする意味が分からないと言う所。

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右に写っているのが北総線の小室駅です。何はともあれ文章で説明するにしても、書いてる本人が混乱してくるほど複雑な構造なのです。さらに写ってませんが、北総線の向こう側に北千葉道路の上り線があります。その存在を確認出来ていなかったため、さらに混乱してしまいました。見ての通り、成田方面に向かう下り線、つまり一方通行なのだから、わざわざ跨いで右から合流しなくても良いではないか。

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しかし後から知りましたが、北総線の手前の広い敷地(画像奥の草原)、実は北千葉道路の用地だそうです。つまり将来的には片側2車線の高規格道路本線と一般道としての2車線の側道との間に割り込み、本線へとダイレクトに合流するために造られたと考えられなくもない。

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だって未成道は現在の北千葉道路上り車線に合流する気も見せず、そのまま下がって行ってますから。

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その先は自然消滅するかのように原生林へと消えて行きました。現行の北千葉道路はこの先で交差点となります。高規格道路の規定として極力立体交差を使い信号機を減らすと言うのがあります。つまり右側に本線を造り交差点は陸橋の形で本線と北総線を跨ぐ予定なのではないかと。結局のところ、北千葉道路そのものが未成であると言う事なのでしょう。帰ってから「山さ〜」様の記事を改めて読みましたが、この未成道にまんまと侵入されてました。入ろうと思えば行けんだ!

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その二つ先の交差点を左に曲がった先、小室駅から見て北東の外れに気になる切り通しがありました。

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普通の切り通しから考えて異質な雰囲気を漂わせるのは、この木の根本が抉れている所。

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最近こうなったのか長い年月を掛けてこうなったのか、絶妙な根の張り方を見るに後者ではないかと。

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上部は主に竹林で構成されていますが、左手の崖上には駒形神社とその境内の祠があり、右手には帝釈天王と駒形神社の祠や石碑などがあります。

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切り通しの途中には崖上に登る階段があります。こちらは線路側から見て右手への階段。

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結構立派な祠があります。

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崖下から見上げると、木がほとんど空中に浮いてるような状態になっています。ある意味不思議な空間。

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こちらは左手の崖。木々が今にも崩れ落ちそうです。

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左手への階段。木の生え方が異常である事が伺えるでしょう。

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登って行くと八幡神社本殿の裏手に出ます。

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特に名前もない切り通しですが、迫力がありました。

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北千葉道路と交差する神崎川の沿岸、水田地帯と台地の境界に続く農村地帯を走って行きます。この辺田道(山裾などを縫うように走る生活道)は風も心地よい長閑な道です。ちなみに台地の上には1978年(昭和53年)から入居が始まった小室ハイランドと言うURの団地を中心とした住宅造成地があり、ここも千葉ニュータウンになるらしいです。

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しばらく北へ走って神崎川を渡ります。ここより先は白井市となります。小室ハイランドの台地だけが船橋市の北端と言った形。

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非常に暑いですが、水田地帯を渡る風が本当に心地よい。

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千葉ニュータウンへ電力を供給する高圧線の鉄塔を眺めながらのサイクリング。

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なぜか大量のレールが置かれていたり。

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かと思えば延々と木立の中を進む道。これは神々廻(ししば)木戸野馬除土手と言う史跡で、かつて印西牧という武者が乗る軍馬の放牧地があり、その馬が外に出て畑を荒らさないよう築かれた土手です。

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やがて鮮魚街道にぶつかります。この街道は江戸時代から明治の鉄道が整備されるまで、銚子から利根川を遡り運ばれて来た鮮魚を一度我孫子市の布佐で陸揚げし、陸路で松戸の納谷河岸まで運び、再び江戸川の水運で日本橋まで運んで行ったと言います。

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そしてこちらが今回の目的地、白井第二小学校平塚分校跡。

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1873年(明治6年)平塚学校として開校。幾度か名前を変えつつ2003年(平成15年)、白井第二小学校に統合され廃校となりました。

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現在ではNPO法人に管理されロケ地などにも使われているとか。

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こちらは朝礼台。現存する校舎の築年数は不明ですが、昭和前期に増改築を繰り返して行ったそうです。

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隣には平塚八幡大神社があります。ここ平塚地区は台地の上に位置し畑作農家も多い集落で、自然も豊かな土地です。かつての生徒たちもこう言う所で遊んでいたんでしょうね。
そんなわけで、暑かったもののサイクリングとしては非常に充実した時を過ごしました。

千葉県東金市〜九十九里町、終末の市営住宅と廃線跡

前回に続き、東金市を巡ります。最後はマニアックな所しか行きません。

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東金の北西部、東金ジャンクションの近くの片山小学校バス停で降りました。遠くに廃ホテルが見えます。もしかしたか廃ラブホ街かも知れませんが、今回は時間の都合上寄れませんでした。また次の機会にしたいと思います。

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国道162号からひたすら山を登って行きます。この辺りは御成道と言って、鷹狩りする将軍のために整備された街道です。ちなみにこの御成道は船橋市から始まり八鶴湖へ繋がっています。

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千葉県立東金テクノスクールや東千葉カントリークラブなどを通り過ぎた所に、千葉県蚕業センター跡の廃墟があります。こちらの研究施設は1965〜1970年頃に開設された施設で、1990年代に改組や統合などを理由に廃止されたそうです。

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その蚕業センターの敷地の一部は現在千葉県立農業大学油井農場として活用されています。今回の目的地はその向こうに見える団地。

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こちらは東金市営丘山住宅。1967年(昭和42年)〜1971年(昭和46年)に建設されました。

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現在、2階建て2軒長屋が5棟、2階建て6軒長屋が2棟、2階建て4軒長屋が2棟、平屋建て1軒家が5棟残っています。

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この丘山住宅は現在募集中止となっています。つまり最後の住人が退去するのを待っているか、あるいは既に無人となって解体待ちの状態なのか。私が見た感じでは無人に見えたのですが、もしまだ住んでいる方がいらっしゃったら失礼なのでゴーストタウンとは言いません。

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こちらは6軒長屋と4軒長屋。庭の部分は全てジャングルと化しています。

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そんな市営丘山住宅なのですが、まず誰がこんな山の中に住むのか。

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近くの千葉県立東金テクノスクール(旧東金職業訓練所)の開設が昭和42年、蚕業センターの開設もその頃と、丘山住宅の完成時期と重なります。恐らくは当時この油井地区は行政主導で開発されたのでしょう。

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こちらは平屋一戸建てタイプの棟。デカいスズメバチの巣が軒下にあり、これ以上近づくのは危険です。

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中央は広大な空き地となっています。思うに、木造平屋建ての棟が解体された跡地なのではないでしょうか。ちなみに前面道路には路線バスも走っていますが、午前2本と夕方2本のみです。

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再び八鶴湖畔。こちらは東金市営谷(やと)住宅。昭和29年建造と言うド初期でレアな建物ですが、北西面玄関側に窓が少ない特徴的な造りとなっています。

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反対側には縁側と庭がありますが、魔改造されてます。こちらもすでに募集中止されているので、住人が居なくなった時点で解体されるでしょう。

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さて、再びJR東金駅。昭和36年までは、ここから南東へ九十九里鐵道が走ってました。海水浴場への玄関口と言う事で、ホームに昭和なリゾート感のある庇が付いてたりします。

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東金駅東口駅前には巨大商業施設のサピアがあります。ここは1978年(昭和53年)ジャスコ東金店(現・イオン)として開業。向かいには商工会議所や市役所などもあり、現在ではこの東口が東金の中心街となっています。恐らくは戦後、農地を潰して市街地が広がって行ったんだと思います。

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九十九里鐵道は現在小湊鉄道と株を持ち合うバス会社として存続しています。東金市から九十九里町を中心に路線バスを展開しており、千葉駅や東京駅までの高速バスも運行されております。

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かつての鉄道路線と並走する形で九十九里海岸までのバスに乗って行きます。

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家徳中橋バス停で下車して南側を並走する廃線跡へ。九十九里鐵道の廃線跡は畦道や生活道路などになりながらも、しっかりその線形を残しています。

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こちらが数少ない遺構の一つである橋台の跡です。草に埋もれており、非常に見付けづらいです。

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九十九里鐵道は1926年(大正15年)から1961年(昭和36年)まで、東金駅から千葉県山武郡九十九里町の上総片貝駅まで走っていました。

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当時の線路はレールの幅が762mmと狭い、いわゆる軽便鉄道と言う物でした。この軽便鉄道と言う物が自分は大好きで、小さい頃から書籍の写真などを見ながら憧れていました。しかし時代として既に過去の遺物となっており、ギリギリ乗れたのは下津井電鉄ぐらいでした。

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こちらが荒生駅跡です。って、分かるかーい!

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僅かにプラットホームの石材が顔を覗かせています。ほぼ埋もれており、発掘しなければ分からないレベルです。

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こちらは終点の片貝駅跡です。現在ではバスの営業所としてそのまま使われています。ちなみに九十九里鐵道の車両は一切保存されておらず現存していません。

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片貝駅の南側には、かつての商店街があります。当時も今も、海水浴客はこの道を海へと歩いて行きます。

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廃墟化した木造の洋館が、かつての栄華を偲ばせます。

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何かの商店だったのか、かなり古い建物もあります。

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昔は観光客相手の店舗もあったのでしょう。

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立派な商工会議所が、かつて商店街として賑わっていた事を物語っています。

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海に近づくにつれ、別荘分譲地も目に付きます。

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こちらが九十九里海岸海水浴場。猛暑のせいか、あまり人も多くありませんでした。

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軽便鉄道の簡易的なレールと速度の遅いガソリンカーと言う、設備的にも時代遅れとなってしまった故に昭和40年代と言う早い時期の廃止となってしまった九十九里鐵道ですが、地元沿線の人々や観光客も含めて利用者は多く居たためにバスと言う形で存続しました。今でもバスの利用者はそこそこいらっしゃいました。また千葉駅や東京駅までの直行バスも多く運行されてますが、帰りに乗っていたのは私含めて2名。経営状況が悪い事には変わらないようでした。

千葉県東金市、旧市街の文化財建築等

前回の続きです。千葉駅から路線バスで東金まで来ました。さて今回は、東金の街を巡って行きます。

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宿場町の北西側は丘陵地であり、そこに八鶴湖(はっかくこ)という観光名所があります。そのためこの辺りにはお土産屋兼旅館だったと思われる建物も残っています。

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現在では住宅街なのですが、そんな中銭湯の松の湯が。ただここは16時開店のため入れませんでした。しかし歩いていると銭湯の煙突の向こうにもう一本コンクリート造の煙突が見えました。

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何かと気になって八鶴湖の方へ回ってみると、元旅館でレストランとして存続していた八鶴亭がありました。ここはかつて温度の低い鉱泉を加温していたので、ボイラーの煙突があったんですね。

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この八鶴亭は明治初期創業(詳細は不明)の老舗旅館で、現存する大正から昭和初期に建てられた建物たちは国登録有形文化財となっています。2021年3月に旅館としては閉業し、その後日本料理店として存続していましたが、それも2023年7月に閉店。現在ではボランティア団体によって保存管理されています。

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今年の8月8日に一般公開されるらしいのですが、生憎健康診断が入っていて行かれないのです。なんか、ビリヤード棟などもあるそうで、興味が湧きますね。誰か行ってくださいw

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この八鶴湖は鷹狩に訪れた徳川家康が鷹狩御殿とともにこの小さな人造湖を造成したそうです。ただ今は緑色をした汚い溜め池みたいな感じに。それゆえに寂れた観光地感があります。

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八鶴亭にあった観光マップを見て、ついでとばかりに湖の奥にある日吉神社まで足を運びます。鳥居のまんなか部分が取り外されており、違和感を覚えますね。大型ユニック車でも通ったのか。

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参道は切通しとなっております。この切り通しと言うキーワードに惹かれて。

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その切通しもS字カ-ブを描いており、かなり無理矢理な感じが。

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このちょっと非現実的な景色はお勧め出来ます。

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雰囲気がいいです。昇りもさほどキツくないし、千葉特有の雰囲気が。

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そんな神秘的な切通しを登り切ったと思ったら、いきなり造成地で一気にシラけました。
がっかりだ!せめて農地であれ!

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右手に曲がると巨木の連なる杉並木。

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その奥に日吉神社拝殿があります。風鈴と風車で演出されており稚の輪くぐりもあって、多くの人が訪れているんだろうなと。せっかくなのでお賽銭して軽くお参りしました。

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湖畔には大きな寺院が二か所あり、仏事の際に宴会などで利用されていたのか、料亭の跡があったりします。

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現在の多田和診療所がある辺りには、かつて明治初期創業の東金製糸場があったそうです。

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街道筋の宿場町まで降りて来ました。こちらも料亭か何かだったのでしょうか。

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東金の街は九十九里海岸から約10キロ内陸、丘陵地の麓を走る銚子道の宿場町としても栄えました。こちらは旧八百平商店(山下家住宅)。江戸末期に創業した豪商で、乾物から食品、生活雑貨まで扱っていたそうです。現在の建物は明治30年建造。

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こちらは旧東金郵便局。1872年(明治5年)に東金郵便取扱所として開設しました。

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こちらは昭和初期に煙草の専売所として建てられた旧多田商店。その後文具や書籍も扱う店舗となりましたが、昭和40年代に店が閉まってからは洋食屋や喫茶店などを経て、現在カフェとなっております。

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多田商店の左脇を入って行くと突き当たりに旧東金税務署。1897年(明治30年)に平屋建てで建設され、1934年(昭和9年)に二階建てに改築されたそうです。

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店頭こそ看板建築のように改築されていますが、建物自体はかなり歴史がありそうです。この宿場町が東金のかつての中心街でした。南東側、海寄りにJR東金線が並走しておりますが、東金線よりさらに海側の農地が開発されて現在の新市街地が誕生しました。

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畳の広嶋屋。創業350年とか書かれてますが、江戸時代前期4代将軍家綱の頃でしょうか。現在14代目だとか。

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古民家を再生利用したヘアーサロンSERABY。お一人で切り盛りされている予約制プライベートサロンだそうです。東金の街は「町並み活用センター東金」が地元ボランティアと協力して文化財や古民家の保存活動をされています。

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こちらも詳細は不明ですが、かつての商家と思われます。観光地化にはまだ遠いですが貴重な建築物が多く残っており、八鶴湖周辺と併せてポテンシャルは秘めていると思います。

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旧宿場町の街道沿いにはスナック長屋もありました。何軒の店が生き残っているのか。

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東金駅近くの恐らく旅館だったと思われる建物。

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駅前のパチンコ屋。閉店してもう何年経つのか。これで百万ドルと読みます。

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そのパチンコ屋に隣接した激渋大衆酒場の鳥忠。すごく入りたい。

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でも17時開店なので残念ながら寄れません。あまり帰りが遅くなると怒られるので。

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その隣に建つこちらも飲食店だったのでしょうか。裏を覗けば見事な見世蔵建築です。

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駅前のバス営業所も昭和の匂いを感じます。

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東金駅駅舎。東金線は1900年(明治33年)に大網〜東金間、1911年(明治44年)に東金〜成東間が開通しました。現在では外房線からの直通列車も増え、平日の朝夕には京葉線経由で東京行きまで出ています。
さて次回も、もう少し東金周辺を巡って行こうと思います。

千葉県千葉市~東金市、路線バスで東金へ

東金はJR東金線でしかその地名を知らず、何の知識も持ち合わせていませんでした。あーなんか外房線と総武本線が繋がっている海沿いの微妙な路線の辺りね程度の知識。

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今回は先日知った千葉から東金経由成東行きの路線バスに、なんとなく興味を惹かれたってだけで千葉に向かいます。どうせなら京成づくしで、なんてふと思いつき日暮里でJRを飛び降りて京成線へ。京成千葉の先のちはら台行き各駅停車ですが、この後来る特急に乗っても津田沼で結局この電車に乗り継ぐ事になります。奇しくも各駅停車の旅。

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千葉駅のバスターミナルはJR線が総武本線と内房・外房線と分岐する線路の間にあります。上空には千葉モノレール。旧そごうなどもこのロータリーにあります。

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LEDの行き先表示は上手く写らないのですが、京成バスイーストの中野車庫行きに乗ります。この路線は千葉と東金、成東を結ぶ路線の途中止まりとなります。ちなみに東金方面へは千葉東金道路を通る特急バスも頻繁に出ていますが、ここはあえて下道を通る鈍行にこだわります。席は満席に近い状態で出発。

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バスは外房線の北側、国道126号線を東に向かいますが、途中南に道を外れていずみローズタウンと言う京成不動産の大規模造成地に立ち寄ったりします。ここで半数近くが下車。またローズタウンの隣接地には昭和47年開設の超巨大市営霊園、千葉市平和公園があり、周囲には石材屋さんが軒を連ねていました。

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途中車窓に機関車が見えたので終点直前の中野バス停で下車。最終的に乗客は2〜3名となりました。少し戻った所にあるクズ鉄屋の前に、ディーゼル機関車のDE10が放置されています。プレートが剥がされ車番は分かりませんが、一応レールの上に乗っているので保存するつもりだったかと思われます。

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この辺りは中野城の旧城下で、現在は農村地帯となっております。

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農家は立派なお屋敷ばかりです。ちなみに現在の京成バスイーストですが、1930年(昭和5年)には両総自動車から京成電気軌道(後に京成電鉄)となり、1998年には成東営業所が千葉フラワーバスへと分社化される事で中野車庫(千葉営業所)の京成バスと並行して運行されていました。しかし2025年に千葉フラワーバスは京成バスに再統合。京成バスイーストとなります。ちなみに現在でも千葉〜東金〜成東の路線は九十九里鐵道のバスも並走しております。

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ちょっと蘊蓄が長くなりましたが、中野車庫バス停まで歩いて行くと貨車が再利用されていました。太陽に照らされて熱そう。

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こちらが京成バスイーストの中野車庫。千葉からの路線バスは大抵この中野車庫止まりとなります。

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今回乗った千葉〜東金〜成東の路線バスはその歴史が古く、大正時代に両総自動車が立ち上げた千葉~東金間のバス路線から始まります。ちなみに中野車庫は1973年(昭和48年)頃に開設されたようです。

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次の東金方面行きのバスまで1時間あります。と思ったら向かいに都合よくラーメンショップが。ちょうど12時なのでお昼にしましょう。

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名物ネギラーメン。ラーメンショップは店によって味にバラつきがあると聞きますが、ここのは美味い。

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ラーメン食っても時間が余っていたので、腹ごなしに付近を散策します。猫たちが暑さで死んでます。右奥の子猫がかわいい。

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こちらでも日陰で死んでますwwこの日は少し落ち着いて30度越えない予報でしたが、普通に暑いもんは暑い。

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奥に進むと杉木立の中を進む農道に。湿った森の匂い。ですがやたら羽虫が多い。

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農道を抜けると耕作地に出ました。このあたりは丘陵地なので畑作農家のようです。

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さて、後から来た千葉駅発成東行きのバスに乗ります。乗客は6〜7名で、途中南に外れた所にある東千葉メディカルセンターで多少の乗り降りがありました。ちなみに通しで乗ると1時間20分は掛かりますが、中野車庫で運転手交代がありました。あ、でも奈良県の十津川の路線バスで4時間てのがあったな。

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東金の宿場町に差し掛かった所で上宿バス停下車。本当は成東まで通しで乗りたかったのですが、今回は東金の街を散策することにします。
ひとまず、東金の様子はまた次回。




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