9年前に訪れた千住桜木より散策して行きます。

千住桜木は2012年1月に訪れています。

同じ場所の現在の様子。右手のバラックが解体されてしまいました。

当時、韓国人会館とその向かいに教会が建っている事から、この辺りに朝鮮部落が存在していたのではと思い訪問しました。

こちらは現在の韓国人会館。改装されアパートのように利用されているみたいです。実際のところ足立区は皮革産業が盛んで、その労働力として多くの在日朝鮮人の方々が暮らしていましたが、特に部落を形成するような事は少なかったようです。とは言え墨堤通りを隅田川(旧・荒川)の堤防に見立てると桜木は堤外地となり、南へ行くと学校や工場、公園ぐらいしか無く、スラムが存在したのは確かなようです。

千住桜木より南東に向かって墨堤(ぼくてい)通りが続いています。この墨堤とは江戸時代に築かれた旧荒川(現在の隅田川)の堤防です。関東大震災後、直線道路へと整備されましたが、現在でも通りは一段盛り上がった場所を通ります。

その墨堤通り沿いの喫茶店モカさん。激渋純喫茶です。

とても愛想の良いマスターに地元の方々が集う憩いの場所でした。

喫茶店の裏手は土手の下なので少し低くなっており、半地下のスペースも有ります。

墨堤通りを北千住方面に南下すると千住龍田町。ここにバラック長屋が残っています。

周辺には町工場が多いので、その工場労働者の社宅のようなものだったのでしょうか。

ここで感動するのがこの、木製の物干し。

南面に連なる物干しには、かつて竹竿がかけられていたのでしょう。まさに現代に残る昭和の光景です。

最後に付近で見かけた建物。
細っ!

千住桜木は2012年1月に訪れています。

同じ場所の現在の様子。右手のバラックが解体されてしまいました。

当時、韓国人会館とその向かいに教会が建っている事から、この辺りに朝鮮部落が存在していたのではと思い訪問しました。

こちらは現在の韓国人会館。改装されアパートのように利用されているみたいです。実際のところ足立区は皮革産業が盛んで、その労働力として多くの在日朝鮮人の方々が暮らしていましたが、特に部落を形成するような事は少なかったようです。とは言え墨堤通りを隅田川(旧・荒川)の堤防に見立てると桜木は堤外地となり、南へ行くと学校や工場、公園ぐらいしか無く、スラムが存在したのは確かなようです。

千住桜木より南東に向かって墨堤(ぼくてい)通りが続いています。この墨堤とは江戸時代に築かれた旧荒川(現在の隅田川)の堤防です。関東大震災後、直線道路へと整備されましたが、現在でも通りは一段盛り上がった場所を通ります。

その墨堤通り沿いの喫茶店モカさん。激渋純喫茶です。

とても愛想の良いマスターに地元の方々が集う憩いの場所でした。

喫茶店の裏手は土手の下なので少し低くなっており、半地下のスペースも有ります。

墨堤通りを北千住方面に南下すると千住龍田町。ここにバラック長屋が残っています。

周辺には町工場が多いので、その工場労働者の社宅のようなものだったのでしょうか。

ここで感動するのがこの、木製の物干し。

南面に連なる物干しには、かつて竹竿がかけられていたのでしょう。まさに現代に残る昭和の光景です。

最後に付近で見かけた建物。
細っ!



































































































