連休はどこ行っても人だらけだし繁忙期の割高料金だしと言いながら、家でゴロゴロしたり昼間から山谷へ飲みに行ったりしてました。とは言え更新しなければと思い、葛飾辺りを適当にぶらついてみたり。

京成高砂駅で降りると、駅前に立ち食い蕎麦屋があります。ここがなかなか美味い店。揚げ物が美味い蕎麦屋は信用できる。

建物の中は通り抜けられるようになっており、ラーメン屋や居酒屋なども入っています。

北口を少し歩くとデザイン的に謎な建物もあります。

どうやらマンションのようですが、昭和末期の建築物でしょうか。

京成高砂は特にこれと言った物はありませんでした。ただこの辺のスナックなんかで飲めば面白い話も聞けるかも知れませんね。

と言うわけで京成高砂駅。青砥から複々線でここから北総線、つまりスカイライナーのスカイアクセス線と京成本線との分岐点。青砥で京成本線と都営浅草線から立石経由で乗り入れる線と合流するので、交通の要衝ではあります。上を走るのは京成高砂から金町まで行く金町線。

ここからは京成金町線各駅停車の旅。と言っても3駅ですがww
それにしても、なぜ金町線を高架にしたのか。恐らくは開かずの踏切を少しでも開くようにしたかったからでしょうかなね。ただでさえ今現在開かずの踏み切りですから。

車両は4両編成のワンマン運転、昭和49年東急車両製の3500系。冷房車ながら扇風機も残っている感じ。

ふた駅目は柴又。寅さんの駅です。寅さんとさくらの像がありますが、さくらの小柄な感じがかわいい。写真は駅の脇の子育て地蔵。

線路沿いに高砂方面へ歩くと、おでんのネタ屋さんなどもあります。

下町とは言え観光地。今の世代、寅さんとか知らない人も多いでしょうね。

しかしながら逆に外国人観光客が多く訪れております。下町と言えば寅さんですよね。昔はよくテレビで見ていました。

柴又帝釈天。1629年創建の寺院で、江戸時代より多くの人が参拝に訪れています。

そのまま真っ直ぐ歩いて行き、江戸川に出た所で矢切の渡しがあります。細川たかしが歌ってた当時は多くの観光客が訪れていたと思いますが、現在では寂れた感じに。春から秋に掛けては現在でも観光向けに渡し船が運行されているそうですが、なんか営業されている様子が伺えません。

上流の方に目を向ければ、金町浄水場があります。対岸を少し下流に下れば、以前訪れた松戸市の栗山浄水場。

こちらは第三取水塔。金町浄水場が竣工した1926年(大正15年)当時の建築物。

さて、終点の金町に着きました。金町には10年前、2016年当時仕事で通っていた時期がありますが、左手の高層マンションはまだ建っていませんでした。

京成金町駅の外れにある老舗の大衆酒場「深川酒場」。いつか入りたいと思ってましたが、まだ健在でした。そのうち機会を見つけて入ってみたいと思います。

線路から南西に走る飲み屋街。少しづつその景色も変わって来ました。10年前訪れた時の様子はこちら。

老舗のモツ焼き屋「松っちゃん」は潰れてしまったようです。

昔はもっとモツ焼き屋が多かったような気がするのですが、更地になったり戸建て住宅に変わったりしています。

この焼肉屋さんなんかは古そう。

脇道の路地なんかも昔の情緒を留めています。

飲み屋の数は減ったものの、新規でオープンされた飲食店もちらほら。

10年前に入った「山吹」さんは健在。17時オープンなので今回は入れませんでしたが。

京成金町線の北側にJR常磐線の金町駅があります。金町駅は各駅停車である地下鉄千代田線直通しか停車しないため、上野へ出るためには北千住で乗り換えなければならず意外と不便。北口駅前の喫茶店「田園」がまだ生き残ってたと思いきや、看板が残っているだけで廃業されてしまったようです。

北口にはURの金町駅前団地があります。この団地は金町駅の北口出入り口が造られた翌年、1968年(昭和43年」竣工。

紡績工場の跡地に建設されましたが、高層アパートとしては初期の建物と言えます。
京成線沿線はまだ青砥とかお花茶屋など気になる駅が多くありますので、また暇を見て散策してみようかと思います。

京成高砂駅で降りると、駅前に立ち食い蕎麦屋があります。ここがなかなか美味い店。揚げ物が美味い蕎麦屋は信用できる。

建物の中は通り抜けられるようになっており、ラーメン屋や居酒屋なども入っています。

北口を少し歩くとデザイン的に謎な建物もあります。

どうやらマンションのようですが、昭和末期の建築物でしょうか。

京成高砂は特にこれと言った物はありませんでした。ただこの辺のスナックなんかで飲めば面白い話も聞けるかも知れませんね。

と言うわけで京成高砂駅。青砥から複々線でここから北総線、つまりスカイライナーのスカイアクセス線と京成本線との分岐点。青砥で京成本線と都営浅草線から立石経由で乗り入れる線と合流するので、交通の要衝ではあります。上を走るのは京成高砂から金町まで行く金町線。

ここからは京成金町線各駅停車の旅。と言っても3駅ですがww
それにしても、なぜ金町線を高架にしたのか。恐らくは開かずの踏切を少しでも開くようにしたかったからでしょうかなね。ただでさえ今現在開かずの踏み切りですから。

車両は4両編成のワンマン運転、昭和49年東急車両製の3500系。冷房車ながら扇風機も残っている感じ。

ふた駅目は柴又。寅さんの駅です。寅さんとさくらの像がありますが、さくらの小柄な感じがかわいい。写真は駅の脇の子育て地蔵。

線路沿いに高砂方面へ歩くと、おでんのネタ屋さんなどもあります。

下町とは言え観光地。今の世代、寅さんとか知らない人も多いでしょうね。

しかしながら逆に外国人観光客が多く訪れております。下町と言えば寅さんですよね。昔はよくテレビで見ていました。

柴又帝釈天。1629年創建の寺院で、江戸時代より多くの人が参拝に訪れています。

そのまま真っ直ぐ歩いて行き、江戸川に出た所で矢切の渡しがあります。細川たかしが歌ってた当時は多くの観光客が訪れていたと思いますが、現在では寂れた感じに。春から秋に掛けては現在でも観光向けに渡し船が運行されているそうですが、なんか営業されている様子が伺えません。

上流の方に目を向ければ、金町浄水場があります。対岸を少し下流に下れば、以前訪れた松戸市の栗山浄水場。

こちらは第三取水塔。金町浄水場が竣工した1926年(大正15年)当時の建築物。

さて、終点の金町に着きました。金町には10年前、2016年当時仕事で通っていた時期がありますが、左手の高層マンションはまだ建っていませんでした。

京成金町駅の外れにある老舗の大衆酒場「深川酒場」。いつか入りたいと思ってましたが、まだ健在でした。そのうち機会を見つけて入ってみたいと思います。

線路から南西に走る飲み屋街。少しづつその景色も変わって来ました。10年前訪れた時の様子はこちら。

老舗のモツ焼き屋「松っちゃん」は潰れてしまったようです。

昔はもっとモツ焼き屋が多かったような気がするのですが、更地になったり戸建て住宅に変わったりしています。

この焼肉屋さんなんかは古そう。

脇道の路地なんかも昔の情緒を留めています。

飲み屋の数は減ったものの、新規でオープンされた飲食店もちらほら。

10年前に入った「山吹」さんは健在。17時オープンなので今回は入れませんでしたが。

京成金町線の北側にJR常磐線の金町駅があります。金町駅は各駅停車である地下鉄千代田線直通しか停車しないため、上野へ出るためには北千住で乗り換えなければならず意外と不便。北口駅前の喫茶店「田園」がまだ生き残ってたと思いきや、看板が残っているだけで廃業されてしまったようです。

北口にはURの金町駅前団地があります。この団地は金町駅の北口出入り口が造られた翌年、1968年(昭和43年」竣工。

紡績工場の跡地に建設されましたが、高層アパートとしては初期の建物と言えます。
京成線沿線はまだ青砥とかお花茶屋など気になる駅が多くありますので、また暇を見て散策してみようかと思います。


















































2000年代くらいは100円で、対岸に行ってもほとんどの人は戻るから往復200円(2002年頃に執筆された、種村直樹の浅草→成田線木下駅のバス乗継ぎ旅では、3月の記事に登場する矢切駅近くのバス停まで歩いて、片道利用で済ませてましたが)
それが今や往復すると600円で、運賃が高い北総線でも同じ金額で高砂→新鎌ヶ谷は乗れるはずで、「いくら何でも、そんなに払えない」という人が多いのかも?
三社祭で疲れてコメント遅くなり、さらにリンク付けて手抜きですみません。
なんだか、「ここを参考にした?」というタイトルのブログを見つけました(単なる偶然かもしれないですが)
http://blog.livedoor.jp/toramichan/archives/53585019.html
30年不法滞在の人、飲食店の打ち間違いでしょうけど、まずここまで国が放置だったことが驚きというか、今まで国は仕事してなかったんですかね?
その他にも、中国の習近平がトランプ大統領と会談の際、自分を大きく見せるため座面の高いイスを用意したりとか、笑えるネタがいっぱいあるので見てみてください(笑)