浦和駅と与野駅の間のマイナー過ぎる駅、北浦和なんて完全にノーマークでした。3月末から仕事で北浦和にある現場へ通う事になり、降りた事すら無かった北浦和駅周辺で仕事帰りに飲める店を探します。通っているので以後の写真、天気や時間帯がまちまちです。

東北本線開業当初北浦和に駅はなく、昭和7年京浜東北線の大宮駅までの延伸に伴い、昭和11(1936年)年住民の要望を受けて新設。西側にも出口が増設されたのが昭和22年で、西口駅前の発展は戦後からとなります。現在の駅舎は昭和43年(1968年)建造。

と言うわけで駅の西側から探索して行きます。右手(北側)線路近くにいきなり渋い飲み屋の長屋が。

まずは焼き鳥「裕㐂(ユウキ)」さんに入ってみます。

創業18年、カウンター一本のみの小ぢんまりしたお店。マスターは以前与野のガード下で修行していたとか。年齢層は高齢者が多く古くからの常連さんって感じ。5時台にはみんなで相撲中継を見てたりします。ウーロン割りがやたら濃かった。ただ午後3時からやっているので年金生活の80代の先輩方が屯っているのでボトル入れました。

そんな長屋の裏手、暗くて狭い路地の奥にポツンと灯る赤提灯。このシチュエーションたまらない。めっちゃ気になる。

と言うわけで後日改めて居酒屋「千忠」さんです。入りづらいなぁ。

ちょうど45年目になるとか。モツ煮500円。量多っ!でも美味っ!どろどろでほぼ飲める系のモツ煮で上野のタキオカに近い感じ。焼きトンがメインですが、焼き魚から麻婆豆腐(レトルトに生姜とネギを大量投入)やニラレバまで。このニラレバが生姜が効いててまた超美味い!白飯が欲しくなります。雰囲気もいいし、ここはちょいちょい通っています。

線路沿いにも長屋形式の飲み屋街が多少残っています。すでに空き地になっていたり何棟ものマンションが建っていたりしますが、かつてはネオン街として賑わっていたのでしょうか。

線路沿いから一本奥に入って行くと、いい感じの路地裏飲食店街が。この一帯は三州屋街と言うそうで、元々この一画に有った三州屋と言う旅館から来ているそうです。

奥まで入って振り返るとこんな感じ。ちなみに左下のスナック「愛」と言う看板は裏側で、表は現在の店「ひさの」になってます。1番奥なので裏側は昔の店名のままと言う。
(追記)スナックひさのは2025年12月27日をもって閉店となったそうです。一回も入った事無いけど。

道路を挟んだ向かい側にも路地が続いていたようですが、だいぶ解体されて駐車場になってたりするので、もはや路地の体をなしていません。原因は火事があったからだとか。しかしこれでも最盛期には38軒もの飲食店が有ったそうです。

右手前の角、もはや孤立してしまった居酒屋「おばちゃん」。民家のような入り口は入り辛いったらありゃしない。意を決して突入。

「おばちゃん」に入ったらカウンターの中にタバコ咥えた“おばあちゃん”。右手の座敷にワンコ(茶太郎)連れた“おばあちゃん”が食事中。途中入って来た“おじいちゃん”も普通に食事を始める。全員80代と言う。しかもカレイの煮付けにご飯、味噌汁、サラダ、漬け物など、普通に晩ごはん。そして何よりメニューってもんが無い!
なんだここ!www

三州屋街が出来たばかりの頃からもう50年以上お店を続けてらっしゃるそうです。以前はもっと奥の長屋でやってたそうですが解体の話があって、ちょうど引退されるママさんが当時ここにいたので、引き継ぐ形で移転したとか。前の店はもうちょっと広く印刷工場や東電の方々で賑わっていたそうです。

お通しはモツとセリの酢味噌和え。鯛の刺身があると言うので頼んでみる。今までイチゲンで入った店で、ここまで渋い店はなかった。ママさんも話せば気さくな方で、ここはちょっと通っています。食事に来る人は基本月曜日だけで、以後5回ほど訪れてますが5回目でやっと他のお客さんを見ました。工場勤務の常連さんも工場の移転で来なくなったとか。

「おばちゃん」は以前この建物の1番手前に入っていました。微かに看板の文字が残る。先に触れましたが結局解体されないまま残っており、逆に右手奥に新店舗が入ったりしている。路地は突き当たりから左手へL字に折れています。ちなみにこの界隈、武蔵野線から東北本線へと抜ける貨物線のトンネルが地下2mの所を通っているためにビルが建てられないと言う事情があるそうです。飲んでる最中にも足元から貨物列車の音や振動が伝わって来ました。

ほぼほぼトンネルの真上になるのですが、武蔵野線の開業が1972年。工事に伴い三州屋旅館が立ち退きとなった訳ですが、正確な年代は分からないもののその跡地にこの飲食店街が出来たそうです。ただ武蔵野線開業前で、飲み屋街として始動した当時、地下2mで隧道工事がなされていたと言う話です。無茶な話ですが店をやってる時もダンプが頻繁に往来していた時期もあったとか。
※Googleマップなどでは線路が埼玉メディカルセンターの下を通っているように表示されますが、実際には市営駐輪場の下を通り三州屋街の真下に至っています。

L字を曲がった所がコインパーキングになっており、通り抜けられなくなっていました。この辺りで生き残っている店はバーみたいな店が多いようです。

通りに出るとその先にも長屋形式の飲食店があります。真ん中の「眞露」と言うスナックが安いとの噂なのですが、遅い時間に覗いたらカウンター満席で入れず。8時ぐらいでやっと入れました。ボトル一本入れて2人で散々歌って5千円ちょい。やっぱ安かった。その後も通っていますが、常連さん方でいつも満席。その常連さん方はほぼ朝鮮半島発祥の在日の方々。ここは通って皆さんと仲良くなろうと思います。

眞露さんに入れなかった時はとりあえず左端の御食事処(カラオケ居酒屋)「樹」さんへ。

焼きそばから揚げ物、刺身など、食事系メニューが豊富。地元密着型の居酒屋って雰囲気。7人掛けカウンターとテーブル二つ、片方のテーブルには60代の同窓会的な団体6名様が。

今のお店はもう10年になるそうです。店構えはスナックの居抜きな感じですが、先代も居酒屋さんだったとか。ママさんと娘さんが切り盛り。おもむろに厨房に入ったのは息子さんで、完全な家族経営。最近は金曜日にしかお客さんが入らないそうです。眞露さんが満席だった日も隣のこちらには誰も入っておらずで、カラオケボックス状態でした。2人で散々飲んで歌って5700円とかだったから、こっちでも全然安いのに。

今度は駅前から西へ伸びるメインストリートの北側に並走する、北浦和西口ふれあい通り(西口銀座商店街)を歩いて行きます。

途中、お酒が飲める魚屋さん、いわゆる角打ちを発見。この「かね吉」さんは非常にそそられるし魚が美味いと聞きますが、禁煙かぁ。

商店街を奥まで進んで行くと右手に銭湯「若松湯」があります。マンションに併設されている銭湯ですが、一度利用してみたいです。

その銭湯の向かい側、団地や住宅ばかりになって来た所に突然路地裏飲食店街が。

路地は突き当たりから左右に分かれます。左手に飲み屋長屋が。

これは惹かれる。もう飲み屋なんて思ってなかった所での飲み屋街。その内行ってみたいです。

と言うわけで、後編は東口界隈を巡ります。
追記。
6/30、北浦和西口に飲みに行こうと跨線橋を渡ろうとしたらカメラを構えている人がいっぱいいました。

カシオペアのラストランでした。

この後上野駅で展示して解体らしいです。カシオペアは乗った事ないし、あまり縁はないのですが、勿体無いと思いました。
まだまだツアー列車としての需要もあるかと思うのですが、車検とかの事情なんでしょうかね。

東北本線開業当初北浦和に駅はなく、昭和7年京浜東北線の大宮駅までの延伸に伴い、昭和11(1936年)年住民の要望を受けて新設。西側にも出口が増設されたのが昭和22年で、西口駅前の発展は戦後からとなります。現在の駅舎は昭和43年(1968年)建造。

と言うわけで駅の西側から探索して行きます。右手(北側)線路近くにいきなり渋い飲み屋の長屋が。

まずは焼き鳥「裕㐂(ユウキ)」さんに入ってみます。

創業18年、カウンター一本のみの小ぢんまりしたお店。マスターは以前与野のガード下で修行していたとか。年齢層は高齢者が多く古くからの常連さんって感じ。5時台にはみんなで相撲中継を見てたりします。ウーロン割りがやたら濃かった。ただ午後3時からやっているので年金生活の80代の先輩方が屯っているのでボトル入れました。

そんな長屋の裏手、暗くて狭い路地の奥にポツンと灯る赤提灯。このシチュエーションたまらない。めっちゃ気になる。

と言うわけで後日改めて居酒屋「千忠」さんです。入りづらいなぁ。

ちょうど45年目になるとか。モツ煮500円。量多っ!でも美味っ!どろどろでほぼ飲める系のモツ煮で上野のタキオカに近い感じ。焼きトンがメインですが、焼き魚から麻婆豆腐(レトルトに生姜とネギを大量投入)やニラレバまで。このニラレバが生姜が効いててまた超美味い!白飯が欲しくなります。雰囲気もいいし、ここはちょいちょい通っています。

線路沿いにも長屋形式の飲み屋街が多少残っています。すでに空き地になっていたり何棟ものマンションが建っていたりしますが、かつてはネオン街として賑わっていたのでしょうか。

線路沿いから一本奥に入って行くと、いい感じの路地裏飲食店街が。この一帯は三州屋街と言うそうで、元々この一画に有った三州屋と言う旅館から来ているそうです。

奥まで入って振り返るとこんな感じ。ちなみに左下のスナック「愛」と言う看板は裏側で、表は現在の店「ひさの」になってます。1番奥なので裏側は昔の店名のままと言う。
(追記)スナックひさのは2025年12月27日をもって閉店となったそうです。一回も入った事無いけど。

道路を挟んだ向かい側にも路地が続いていたようですが、だいぶ解体されて駐車場になってたりするので、もはや路地の体をなしていません。原因は火事があったからだとか。しかしこれでも最盛期には38軒もの飲食店が有ったそうです。

右手前の角、もはや孤立してしまった居酒屋「おばちゃん」。民家のような入り口は入り辛いったらありゃしない。意を決して突入。

「おばちゃん」に入ったらカウンターの中にタバコ咥えた“おばあちゃん”。右手の座敷にワンコ(茶太郎)連れた“おばあちゃん”が食事中。途中入って来た“おじいちゃん”も普通に食事を始める。全員80代と言う。しかもカレイの煮付けにご飯、味噌汁、サラダ、漬け物など、普通に晩ごはん。そして何よりメニューってもんが無い!
なんだここ!www

三州屋街が出来たばかりの頃からもう50年以上お店を続けてらっしゃるそうです。以前はもっと奥の長屋でやってたそうですが解体の話があって、ちょうど引退されるママさんが当時ここにいたので、引き継ぐ形で移転したとか。前の店はもうちょっと広く印刷工場や東電の方々で賑わっていたそうです。

お通しはモツとセリの酢味噌和え。鯛の刺身があると言うので頼んでみる。今までイチゲンで入った店で、ここまで渋い店はなかった。ママさんも話せば気さくな方で、ここはちょっと通っています。食事に来る人は基本月曜日だけで、以後5回ほど訪れてますが5回目でやっと他のお客さんを見ました。工場勤務の常連さんも工場の移転で来なくなったとか。

「おばちゃん」は以前この建物の1番手前に入っていました。微かに看板の文字が残る。先に触れましたが結局解体されないまま残っており、逆に右手奥に新店舗が入ったりしている。路地は突き当たりから左手へL字に折れています。ちなみにこの界隈、武蔵野線から東北本線へと抜ける貨物線のトンネルが地下2mの所を通っているためにビルが建てられないと言う事情があるそうです。飲んでる最中にも足元から貨物列車の音や振動が伝わって来ました。

ほぼほぼトンネルの真上になるのですが、武蔵野線の開業が1972年。工事に伴い三州屋旅館が立ち退きとなった訳ですが、正確な年代は分からないもののその跡地にこの飲食店街が出来たそうです。ただ武蔵野線開業前で、飲み屋街として始動した当時、地下2mで隧道工事がなされていたと言う話です。無茶な話ですが店をやってる時もダンプが頻繁に往来していた時期もあったとか。
※Googleマップなどでは線路が埼玉メディカルセンターの下を通っているように表示されますが、実際には市営駐輪場の下を通り三州屋街の真下に至っています。

L字を曲がった所がコインパーキングになっており、通り抜けられなくなっていました。この辺りで生き残っている店はバーみたいな店が多いようです。

通りに出るとその先にも長屋形式の飲食店があります。真ん中の「眞露」と言うスナックが安いとの噂なのですが、遅い時間に覗いたらカウンター満席で入れず。8時ぐらいでやっと入れました。ボトル一本入れて2人で散々歌って5千円ちょい。やっぱ安かった。その後も通っていますが、常連さん方でいつも満席。その常連さん方はほぼ朝鮮半島発祥の在日の方々。ここは通って皆さんと仲良くなろうと思います。

眞露さんに入れなかった時はとりあえず左端の御食事処(カラオケ居酒屋)「樹」さんへ。

焼きそばから揚げ物、刺身など、食事系メニューが豊富。地元密着型の居酒屋って雰囲気。7人掛けカウンターとテーブル二つ、片方のテーブルには60代の同窓会的な団体6名様が。

今のお店はもう10年になるそうです。店構えはスナックの居抜きな感じですが、先代も居酒屋さんだったとか。ママさんと娘さんが切り盛り。おもむろに厨房に入ったのは息子さんで、完全な家族経営。最近は金曜日にしかお客さんが入らないそうです。眞露さんが満席だった日も隣のこちらには誰も入っておらずで、カラオケボックス状態でした。2人で散々飲んで歌って5700円とかだったから、こっちでも全然安いのに。

今度は駅前から西へ伸びるメインストリートの北側に並走する、北浦和西口ふれあい通り(西口銀座商店街)を歩いて行きます。

途中、お酒が飲める魚屋さん、いわゆる角打ちを発見。この「かね吉」さんは非常にそそられるし魚が美味いと聞きますが、禁煙かぁ。

商店街を奥まで進んで行くと右手に銭湯「若松湯」があります。マンションに併設されている銭湯ですが、一度利用してみたいです。

その銭湯の向かい側、団地や住宅ばかりになって来た所に突然路地裏飲食店街が。

路地は突き当たりから左右に分かれます。左手に飲み屋長屋が。

これは惹かれる。もう飲み屋なんて思ってなかった所での飲み屋街。その内行ってみたいです。

と言うわけで、後編は東口界隈を巡ります。
追記。
6/30、北浦和西口に飲みに行こうと跨線橋を渡ろうとしたらカメラを構えている人がいっぱいいました。

カシオペアのラストランでした。

この後上野駅で展示して解体らしいです。カシオペアは乗った事ないし、あまり縁はないのですが、勿体無いと思いました。
まだまだツアー列車としての需要もあるかと思うのですが、車検とかの事情なんでしょうかね。


















































(FM NACK5というラジオ局が、大宮西口にあるため)
それにしても、近くでしかも通勤してたからか、濃くて深い!廃校よりもこっちの方が、うなぎさんの本領発揮という感じがしますよ。
大宮からJRの上り列車に乗ると、与野過ぎて湘南新宿ラインの上下線の間の線路が下がり始めて、この写真のトンネルに入って分岐して行きますが、その上にこんなディープワールドがあるとは!!
以前のリンクが好評でしたので、今回もこの駅間にちなんだ動画を見つけました。
線路沿いのトレインビューマンションに入居された方が、ライブカメラを設置しているのですが、ある夜沿線火災が発生して、その様子を10倍速の約6分でupしています(なので20秒後くらいから、左の工場っぽい建物から煙が出てきます)
https://youtu.be/RWUR2-B4m_M?feature=shared
なお、動画投稿者のホームに行くと通常速度版もありますが、60分余りあるので気合い入れて見る必要がありますね(爆発音なども入って、リアルなようですが)