年が明けてちょっと経ちますが、新春スペシャルとして番外編をお送りします。年が明けても仕事忙しい。
今回は散歩や旅の途中で何気なく撮った鉄道の写真をまとめてみました。
鉄ちゃんはとうの昔に引退したつもりですが、線路が有ったらついつい電車を待ってしまう。そんな性があります。
ブログを開設する前、2007年の秋にキャノンの一眼レフデジカメを買ったのが、写真を再開した始まりでした。1993年頃まではフィルムカメラで写真を撮っていましたが、写真から離れてからは写ルンですで記念写真を撮るぐらいでした。

写真は2008年の春、秩父鉄道浦山口駅にて。秩父鉄道が1986年に国鉄から払い下げた101系が1000系として当時まだ走っていました。2014年に廃止。この辺りには学生時代、SLのパレオエキスプレスを撮りによく来てました。

JR氷見線雨晴駅付近にて。雨晴も中学生当時だったか、父親と旅行で氷見線の旧型客車を撮りに来ていました。写真は2007年の春、連れと黒部ダムからアルペンルートを越えて富山に旅行した際に撮ったキハ40系気動車。ハットリくんと寒ブリのラッピング車両。

高岡は学生時代に高岡御車祭を撮りに来たりしており、好きな街のひとつでした。しかし2007年に訪れた際、駅前商店街がシャッター商店街となっていてショックを覚えました。写真は2011年、東日本大震災の影響で都内の仕事がストップしたため氷見に長期出張となり、その頃に高岡の街を歩いた際に撮影。

お茶の水駅を聖橋から。もう定番の撮影地ですね。ここで何本の電車が映り込むか、そのタイミングを待ってついに丸の内線、中央線、総武線、全てが映り込む写真を撮りました。よっぽど暇だったんでしょうね。

大山ハッピーロード商店街と東武東上線。このアーケード商店街も再開発されタワマンが建つ計画が発表されています。

目黒川を渡る東急池上線五反田駅付近。上り線と下り線が高架橋上ですれ違う瞬間て、けっこうレアなんじゃ。この写真を撮った2010年当時、池上線五反田駅ガード下が耐震補強工事に伴い一斉退去させられていました。もっと早く飲みに行っていたかった。

大井川鐵道も学生時代に通い、歳を取ってからも数回訪れました。まだトーマスが登場する前ですが、貴重な重連運転。早くの笹間渡以北の復旧を願っています。

東急池上線及び多摩川線蒲田駅付近。踏切からの撮影ですが、2編成かぶるタイミングまで待ちました。記事の趣旨とは関係ないですが、こういう所こだわっちゃいます。

水上は寂れた温泉街の取材で何度か訪れました。当時はSL水上号が観光地復興の起爆材になると期待を寄せましたが、SL撮影の撮り鉄達は基本日帰りで地域にお金を落とさないという。現在でもD51とC61が頑張っていますが、D51に関しては1988年に復活運転を開始しているので、いつまで走り続けてくれるか。

京急電鉄六郷土手駅ホームにて。撮り鉄が撮らないようなアングルとか狙ってました。なんか東急率と京急率が高い気がする。

こんな写真も鉄道写真としてアリかも。高輪ゲートウェイシティの再開発で話題沸騰な昨今、かつては天井高の低さからタクシーの行燈を壊す行燈殺しトンネルと言われていたガードがありました。

北越急行十日町駅にて。まだ北陸新幹線開通前当時で、特急「はくたか」も走ってました。未成線になる所を第三セクターで開通した北越急行ですが、北陸新幹線の開通で東京〜金沢間の最速鉄道路線としての役割を終えました。しかし「はくたか」が走ってた頃の黒字が貯金としてまだあるので、まだ存続していられる。て言うか、だったら「はくたか」撮りなさい。

上毛電鉄前橋中央駅。本当は木造車両のデハを撮りに行きたいところなのですが、イベントのチェックを怠って、いつも逃してしまいます。現在走っているのは元京王井の頭線で活躍していた車両。チャリが車内まで乗り込んで来ます。しかし、平成の地方鉄道は東急と京王と西武の払い下げ率が高くてつまらなくなりましたね。

銀座線が渋谷以外で地上を走る。しかも踏み切り。実は東京メトロ上野検車区の改築工事に携わった事があるのですが、絶対見れないような列車運行管理システムのサーバルームとか見ちゃいました。スーパーコンピュータ並みの冷却装置とか凄かった。さすがに内部の写真なんか撮っちゃいけないので、記憶の中に。

JR吾妻線の115系。それまでは、まさか115系が消える日が来るなんて想像していませんでした。年数考えれば分かる事ですが、当たり前にある物が無くなった時のショックは大きかった。

根室本線の特急スーパーおおぞら。帯広から太平洋沿岸に出た所で急に霧が立ち込め気温が一気に下がりました。

その時に乗ったのがキハ40北海道仕様車。国鉄車両による北海道での各駅停車の旅は、この時が最後だったかもしれない。いや、今年が最後のチャンスかも!

足尾銅山には幾度となく訪れて、毎回わたらせ渓谷鉄道も乗りました。国鉄足尾線時代は乗ってませんが。しかしテレビなどのメディア露出度も高いので、ここは廃止の心配はいらないかな?

九州北部の旅行は、福岡空港から高速バスで日田に出てから始まります。まさに交通の要衝なのですが、日田の旧市街をまだ歩いていない。度重なる豪雨災害で実際には相当厳しい現実があるのかも知れません。

小湊鐵道の気動車はよくよく調べてみると1961年から1977年まで造られていた車両なんですね。現役で走っている車両としては非常に貴重な存在。近年キハ40なども払い下げで走っていますが、まだ見た事無いんですよね。今年改めて行ってみるのもいいかも。

ひたちなか海浜鉄道。夕方立ち寄ったぐらいなので、保存車両のキハ20をまだ見ていないんです。水戸も含めここも改めて行きたいところです。

真岡鉄道のSL。このC11の325はこの後東武鉄道に売られ、 SL大樹として活躍しています。実際乗りましたが、往路を桜と菜の花の有名スポットで撮影しようとしたところ、結局刀剣博物館に行ってしまいました。この時は連れもいたので撮り鉄行動は自粛。

東急世田谷線、吉祥寺駅付近。三軒茶屋始発だし、あまり乗る機会が無いですね。路面も走らないので、昔からあまり撮りに行こうとは思わなかった路線です。

JR伊東線でたまたま見たeast i-E。マヤ検や193系の後釜として2002年に製造された試験車両ですが、レアキャラとしてとりあえず見たら撮る。

三島駅から伊豆箱根鉄道駿豆線へ乗り入れるJR185系。箱根出身の自分にとってはデビューから見てきた非常に馴染みのある車両でした。当たり前過ぎて撮りもしなかったのですが、国鉄晩年に登場したこの車両のデザインに、当時首を捻っていました。横ストライプとかツートンしか無かった時代でしたから。

新京成電鉄、津田沼付近の大S字カーブ。新京成と言えばクリーム色に茶色ラインってイメージでしたが、いつの間にかピンクになってて驚いた。そんな新京成も京成に完全に吸収されちゃうんですね。

流山鉄道。つくばエクスプレス沿線の開発と地価高騰に対して昔から変わらない地方感と言うか、なんかのんびりしてて良い印象でした。ただ車両が全て西武の払い下げでちょっとつまらない。

東武鉄道鬼怒川温泉駅にてSL大樹。駅前広場に転車台持って来てショータイムのように方向転換する、この大胆な発想に関心しました。ちなみに写真の機関車は真岡鐵道から買い取ったやつじゃなくてこの207号機は北海道生まれ北海道育ちの北海道仕様車。

小田急ロマンスカーVSE車。地元だからって訳じゃなく一番カッコいい車両と思ってました。ロマンスカー全部これにすればいいじゃんとも思ってましたが、まさかの引退。連接車と言う伝統も途切れてしまった。帰省する際に2回ほど乗ったことがありました。

小田急8000系。デビュー当時、試乗会に当選して乗りました。その後高校に通う通学でも度々乗ったりと馴染みのある車両。小田急がアルミ車体になる前の最後の昭和車両で、いまだ現役です。

山万ユーカリが丘線。不動産開発会社が運営すると言う珍しい鉄道、と言うか新交通システム。

東武佐野線葛生駅とかつての貨物基地。この頃から2両編成などの東武鉄道の地方ローカル路線とか乗るようにたりました。

上信電鉄冨岡駅にて。自分が子供の頃に登場した車両ですが、その斬新なデザインが印象的でした。しかし登場しておよそ50年近く経つと言うのに、よく頑張っています。

京急羽田線穴守稲荷駅付近。ここは北総開発鉄道や都営浅草線の車両が頻繁に乗り入れているので、京急の車両が来るまで普通に2〜3本待ったりしました。一応羽田付近の記事だったので京急でなくちゃね。

西武秩父線西吾野駅にて。この沿線は廃校巡りなどで訪れました。本当は山間の限界集落とかも巡りたいのですが、車が無いとキツいですね。

八高線丹生駅にて、east i-DことキヤE193系。非電化区間の検査車両と言うレアキャラです。こう言うの、ちょっと興奮する。

西武池袋線椎名町駅付近にて。この30000系車両は非常に個性的でカッコいいと思うのですが、逆に20000系車両は前面のデザインが色違いってだけで他社と同じようなデザインなので嫌いです。

伊豆箱根鉄道駿豆線。去年年末の記事でも書きましたが、元西武鉄道101系が侵略する中、未だに昭和の貴重な車両が現役で活躍しています。子供の頃は新型車両って認識でしたが、今や旧型と呼ばれる時代に。

秩父鉄道三ヶ尻線。年明けに訪れた貨物専用線で武甲山から太平洋セメントまで石灰石を運んでいます。秩父鉄道の大株主が太平洋セメント(旧・秩父セメント)な訳で、秩父鉄道の売り上げの多くがこの貨物輸送なので、そうそう無くなる事は無いのかも知れません。
そんな訳で、自己満足のまま片手間で撮った写真を並べ立ててしまいましたが、やっぱり鉄道は撮ってしまいます。もちろんガチな撮り鉄の方々には敵いませんが、特に古い車両などは撮り続けて行きたいと思います。
今回は散歩や旅の途中で何気なく撮った鉄道の写真をまとめてみました。
鉄ちゃんはとうの昔に引退したつもりですが、線路が有ったらついつい電車を待ってしまう。そんな性があります。
ブログを開設する前、2007年の秋にキャノンの一眼レフデジカメを買ったのが、写真を再開した始まりでした。1993年頃まではフィルムカメラで写真を撮っていましたが、写真から離れてからは写ルンですで記念写真を撮るぐらいでした。

写真は2008年の春、秩父鉄道浦山口駅にて。秩父鉄道が1986年に国鉄から払い下げた101系が1000系として当時まだ走っていました。2014年に廃止。この辺りには学生時代、SLのパレオエキスプレスを撮りによく来てました。

JR氷見線雨晴駅付近にて。雨晴も中学生当時だったか、父親と旅行で氷見線の旧型客車を撮りに来ていました。写真は2007年の春、連れと黒部ダムからアルペンルートを越えて富山に旅行した際に撮ったキハ40系気動車。ハットリくんと寒ブリのラッピング車両。

高岡は学生時代に高岡御車祭を撮りに来たりしており、好きな街のひとつでした。しかし2007年に訪れた際、駅前商店街がシャッター商店街となっていてショックを覚えました。写真は2011年、東日本大震災の影響で都内の仕事がストップしたため氷見に長期出張となり、その頃に高岡の街を歩いた際に撮影。

お茶の水駅を聖橋から。もう定番の撮影地ですね。ここで何本の電車が映り込むか、そのタイミングを待ってついに丸の内線、中央線、総武線、全てが映り込む写真を撮りました。よっぽど暇だったんでしょうね。

大山ハッピーロード商店街と東武東上線。このアーケード商店街も再開発されタワマンが建つ計画が発表されています。

目黒川を渡る東急池上線五反田駅付近。上り線と下り線が高架橋上ですれ違う瞬間て、けっこうレアなんじゃ。この写真を撮った2010年当時、池上線五反田駅ガード下が耐震補強工事に伴い一斉退去させられていました。もっと早く飲みに行っていたかった。

大井川鐵道も学生時代に通い、歳を取ってからも数回訪れました。まだトーマスが登場する前ですが、貴重な重連運転。早くの笹間渡以北の復旧を願っています。

東急池上線及び多摩川線蒲田駅付近。踏切からの撮影ですが、2編成かぶるタイミングまで待ちました。記事の趣旨とは関係ないですが、こういう所こだわっちゃいます。

水上は寂れた温泉街の取材で何度か訪れました。当時はSL水上号が観光地復興の起爆材になると期待を寄せましたが、SL撮影の撮り鉄達は基本日帰りで地域にお金を落とさないという。現在でもD51とC61が頑張っていますが、D51に関しては1988年に復活運転を開始しているので、いつまで走り続けてくれるか。

京急電鉄六郷土手駅ホームにて。撮り鉄が撮らないようなアングルとか狙ってました。なんか東急率と京急率が高い気がする。

こんな写真も鉄道写真としてアリかも。高輪ゲートウェイシティの再開発で話題沸騰な昨今、かつては天井高の低さからタクシーの行燈を壊す行燈殺しトンネルと言われていたガードがありました。

北越急行十日町駅にて。まだ北陸新幹線開通前当時で、特急「はくたか」も走ってました。未成線になる所を第三セクターで開通した北越急行ですが、北陸新幹線の開通で東京〜金沢間の最速鉄道路線としての役割を終えました。しかし「はくたか」が走ってた頃の黒字が貯金としてまだあるので、まだ存続していられる。て言うか、だったら「はくたか」撮りなさい。

上毛電鉄前橋中央駅。本当は木造車両のデハを撮りに行きたいところなのですが、イベントのチェックを怠って、いつも逃してしまいます。現在走っているのは元京王井の頭線で活躍していた車両。チャリが車内まで乗り込んで来ます。しかし、平成の地方鉄道は東急と京王と西武の払い下げ率が高くてつまらなくなりましたね。

銀座線が渋谷以外で地上を走る。しかも踏み切り。実は東京メトロ上野検車区の改築工事に携わった事があるのですが、絶対見れないような列車運行管理システムのサーバルームとか見ちゃいました。スーパーコンピュータ並みの冷却装置とか凄かった。さすがに内部の写真なんか撮っちゃいけないので、記憶の中に。

JR吾妻線の115系。それまでは、まさか115系が消える日が来るなんて想像していませんでした。年数考えれば分かる事ですが、当たり前にある物が無くなった時のショックは大きかった。

根室本線の特急スーパーおおぞら。帯広から太平洋沿岸に出た所で急に霧が立ち込め気温が一気に下がりました。

その時に乗ったのがキハ40北海道仕様車。国鉄車両による北海道での各駅停車の旅は、この時が最後だったかもしれない。いや、今年が最後のチャンスかも!

足尾銅山には幾度となく訪れて、毎回わたらせ渓谷鉄道も乗りました。国鉄足尾線時代は乗ってませんが。しかしテレビなどのメディア露出度も高いので、ここは廃止の心配はいらないかな?

九州北部の旅行は、福岡空港から高速バスで日田に出てから始まります。まさに交通の要衝なのですが、日田の旧市街をまだ歩いていない。度重なる豪雨災害で実際には相当厳しい現実があるのかも知れません。

小湊鐵道の気動車はよくよく調べてみると1961年から1977年まで造られていた車両なんですね。現役で走っている車両としては非常に貴重な存在。近年キハ40なども払い下げで走っていますが、まだ見た事無いんですよね。今年改めて行ってみるのもいいかも。

ひたちなか海浜鉄道。夕方立ち寄ったぐらいなので、保存車両のキハ20をまだ見ていないんです。水戸も含めここも改めて行きたいところです。

真岡鉄道のSL。このC11の325はこの後東武鉄道に売られ、 SL大樹として活躍しています。実際乗りましたが、往路を桜と菜の花の有名スポットで撮影しようとしたところ、結局刀剣博物館に行ってしまいました。この時は連れもいたので撮り鉄行動は自粛。

東急世田谷線、吉祥寺駅付近。三軒茶屋始発だし、あまり乗る機会が無いですね。路面も走らないので、昔からあまり撮りに行こうとは思わなかった路線です。

JR伊東線でたまたま見たeast i-E。マヤ検や193系の後釜として2002年に製造された試験車両ですが、レアキャラとしてとりあえず見たら撮る。

三島駅から伊豆箱根鉄道駿豆線へ乗り入れるJR185系。箱根出身の自分にとってはデビューから見てきた非常に馴染みのある車両でした。当たり前過ぎて撮りもしなかったのですが、国鉄晩年に登場したこの車両のデザインに、当時首を捻っていました。横ストライプとかツートンしか無かった時代でしたから。

新京成電鉄、津田沼付近の大S字カーブ。新京成と言えばクリーム色に茶色ラインってイメージでしたが、いつの間にかピンクになってて驚いた。そんな新京成も京成に完全に吸収されちゃうんですね。

流山鉄道。つくばエクスプレス沿線の開発と地価高騰に対して昔から変わらない地方感と言うか、なんかのんびりしてて良い印象でした。ただ車両が全て西武の払い下げでちょっとつまらない。

東武鉄道鬼怒川温泉駅にてSL大樹。駅前広場に転車台持って来てショータイムのように方向転換する、この大胆な発想に関心しました。ちなみに写真の機関車は真岡鐵道から買い取ったやつじゃなくてこの207号機は北海道生まれ北海道育ちの北海道仕様車。

小田急ロマンスカーVSE車。地元だからって訳じゃなく一番カッコいい車両と思ってました。ロマンスカー全部これにすればいいじゃんとも思ってましたが、まさかの引退。連接車と言う伝統も途切れてしまった。帰省する際に2回ほど乗ったことがありました。

小田急8000系。デビュー当時、試乗会に当選して乗りました。その後高校に通う通学でも度々乗ったりと馴染みのある車両。小田急がアルミ車体になる前の最後の昭和車両で、いまだ現役です。

山万ユーカリが丘線。不動産開発会社が運営すると言う珍しい鉄道、と言うか新交通システム。

東武佐野線葛生駅とかつての貨物基地。この頃から2両編成などの東武鉄道の地方ローカル路線とか乗るようにたりました。

上信電鉄冨岡駅にて。自分が子供の頃に登場した車両ですが、その斬新なデザインが印象的でした。しかし登場しておよそ50年近く経つと言うのに、よく頑張っています。

京急羽田線穴守稲荷駅付近。ここは北総開発鉄道や都営浅草線の車両が頻繁に乗り入れているので、京急の車両が来るまで普通に2〜3本待ったりしました。一応羽田付近の記事だったので京急でなくちゃね。

西武秩父線西吾野駅にて。この沿線は廃校巡りなどで訪れました。本当は山間の限界集落とかも巡りたいのですが、車が無いとキツいですね。

八高線丹生駅にて、east i-DことキヤE193系。非電化区間の検査車両と言うレアキャラです。こう言うの、ちょっと興奮する。

西武池袋線椎名町駅付近にて。この30000系車両は非常に個性的でカッコいいと思うのですが、逆に20000系車両は前面のデザインが色違いってだけで他社と同じようなデザインなので嫌いです。

伊豆箱根鉄道駿豆線。去年年末の記事でも書きましたが、元西武鉄道101系が侵略する中、未だに昭和の貴重な車両が現役で活躍しています。子供の頃は新型車両って認識でしたが、今や旧型と呼ばれる時代に。

秩父鉄道三ヶ尻線。年明けに訪れた貨物専用線で武甲山から太平洋セメントまで石灰石を運んでいます。秩父鉄道の大株主が太平洋セメント(旧・秩父セメント)な訳で、秩父鉄道の売り上げの多くがこの貨物輸送なので、そうそう無くなる事は無いのかも知れません。
そんな訳で、自己満足のまま片手間で撮った写真を並べ立ててしまいましたが、やっぱり鉄道は撮ってしまいます。もちろんガチな撮り鉄の方々には敵いませんが、特に古い車両などは撮り続けて行きたいと思います。


















































秩父に行った車両は量産型なので少し後の製造でしょうけど、それでも50年くらい現役だったわけで凄いですね。
この写真だけ、タッチすると過去の「奥秩父の限界集落めぐり」の記事に飛ぶという、隠しコマンドがあったのでびっくりしました。
(ここに限らずブログサイトは、写真をクリックすると拡大・鮮明化するだけが一般的なため)
ところで国鉄というと、昨日から今日にかけては歴史的転換点の日だったんですよ!
簡単に言うと、国鉄(日本国有鉄道)の存在した期間を、JRが今日、超えたわけです。
国鉄は、それまで戦前戦中と鉄道省や運輸省として国の直轄で運営してたものを、独立させた公共企業体と言われる組織です。
本来は1949年4月1日から発足させたかったものの、準備が間に合わなくて6月1日からスタートになりました。
ご存じの通り、国鉄は分割民営化で1987年4月1日よりJR各社に変わったので、37年10ヶ月の命でした。
ちなみに昨日2025年1月末日は、JR発足日から数えると37年10ヶ月。そして今日、37年11ヶ月目に突入したことで、国鉄の存続期間をJRが超え、これからはどんどんJRの存続年数が長くなっていくことになります。
北海道の幹線廃止危機や貨物の問題、身近な例では割引制度の次々廃止など色々あるものの、何だかんだ言っても多くの日本国民は現状のJR肯定で、「今のままでいい。それで立ち行かなくなった場所は、廃止や縮小でやむなし」くらいにしか考えてないんじゃないかな。その結果の「JR>国鉄」存続期間のような気がします。