前回の続き。電動アシスト自転車は広範囲を周れるので便利です。

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さて、ネギ畑の中を疾走して渋沢栄一の生家に向かいます。

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途中、渋沢栄一記念館兼八基公民館があります。時間も無かったし、渋沢栄一を掘り下げたら本当にキリが無いのでスルー。

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とりあえず渋沢栄一の生家だけ見に行きました。

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立派なお屋敷です。渋沢家は元々藍玉(藍染めの原料)の製造販売と養蚕を兼営して米、麦、野菜の生産も手がける百姓でした。

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渋沢栄一は江戸末期の天保11年(1840年)に生まれ、百姓から一橋家家臣に取り立てられ武士となります。やがて徳川慶喜の将軍就任にともない幕臣となり、維新後明治政府で官吏となりました。年齢的には坂本龍馬の4つ年下で、幕末の志士世代なんですね。

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民部省を経て直属の上司である井上馨の下で造幣、戸籍、出納など様々な政策立案を行い、初代紙幣頭、次いで大蔵省三等官の大蔵少輔事務取扱となります。まさか自分が紙幣の顔になるとは思っていなかったでしょう。この頃、従兄の尾高惇忠を富岡製糸場の初代場長として事業立ち上げ(明治5年)を託すなどして関わっています。

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渋沢栄一の本当の活躍は明治政府を退官して実業家になった後、明治6年、33歳になった頃からの事であります。

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ここからは日本初の銀行である第一銀行(後の第一勧銀・みずほ銀行)を創業し、その後も各銀行の顧問を受けてます。その他事業の面に於いては王子製紙や東京ガス、東京電力をはじめ造船、鉄道、保険会社、紡績、建設、製鉄、挙げたらキリが無いほど、ほぼ全ての業界に関わって行きます。

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まぁこの辺に関して興味がある方は、ここじゃ無くてWikipediaを参照してくださいwww

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渋沢栄一生家から深谷駅方面へと戻って行きます。途中、草ヒロってやつですか、古いトラックが廃車になってたりします。なかなか懐かしい日野のトラック。

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こちらは渋沢栄一の従兄であり、学問の師でもあった尾高惇忠の生家です。惇忠は前出の通り富岡製糸場の初代場長を務めた人物です。

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母屋の裏手に残る煉瓦造りの蔵。渋沢栄一が23歳の頃、北辰一刀流の千葉道場で交友を結んだ勤皇志士たちの影響から尊皇攘夷の思想に目覚め、尾高惇忠や同じく従兄弟の渋沢喜作らと高崎城を乗っ取って武器を奪い、横浜外国人居留地を焼き討ちにしたのち、長州藩と連携して幕府を倒すという計画をこの家で立てていたそうです。結局惇忠の弟である尾高長七郎の説得で中止したとか。やんちゃだったんですね。一橋家の家臣になる前の話。

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こちらの煉瓦建築は誠之堂と言って東京の世田谷区にあった第一銀行の保養・スポーツ施設、清和園の敷地内に建てられていたものを現在地に移築復元したものです。大正5年(1916年)、渋沢栄一の喜寿を祝って第一銀行の行員たちの出資により東京の世田谷区に建てられた物だそうです。

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多くの賓客を招くよう装飾の凝ったホールがあります。

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隣に建つ清風亭は、大正15年(1926)、当時第一銀行頭取であった佐々木勇之助の古希を記念して、清和園内に誠之堂と並べて建てられました。

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こちらの内装も煌びやかです。

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国道17号を渡る手前、自転車で走っていると煉瓦煙突を発見。

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向かいの家の方に話を伺ったところ、元は土管を造る工場だったそうです。深谷の地は焼き物に適した粘土がよく採れ、昔から瓦などの焼き物が多く造られていたそうだです。そう言った焼き物の技術も煉瓦造りに応用されたそうです。ちなみに茶色い陶器製の土管は明治時代より下水管として塩ビ管が登場するまで広く使われていました。

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市街地に戻った所で深谷市で唯一生き残っている銭湯、中湯さんに入りました。建物は昭和31年建造ですが、銭湯としては200年もの歴史(江戸後期)があるとか。

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ロッカーは無く籐で編んだ籠があるタイプ。この古さと緩さがたまりません。ご主人曰く真ん中の蛇口は勢いが弱いから壁際の蛇口を使うようにと。入ると左手の壁際の蛇口は全て塞がれていたので、右手の3箇所しか使えないと言う。ただ、常連さん2人しか居なかったので問題無し。酒造りにも適した軟水の井戸水を使用したお湯は、柔らかい浴感でゆっくり寛げます。こう言う銭湯はいつまでも残ってて欲しいものですね。

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とまぁ渋沢栄一ゆかりの地を巡って来たわけですが、近代産業史を調べると大抵この人が顔を出します。振り向けば渋沢栄一みたいに。それでも10年かそれ以上前までは歴史上の偉人の中でも知名度的に結構マイナーなポジションだったと思います。そう考えると渋沢栄一は今でこそ近代経済の父とか資本主義の父とか言われていますが、むしろ裏で暗躍していた経済界のドン、と言った印象も受けます。

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最後は駅前の居酒屋、一番星さんで。

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モツ煮込みが超美味い!なんだこれ!
行田で食べたモツ煮も美味かったけど、意外と埼玉ってモツ煮込みが美味い土地なのか?
あとこの店、焼き鳥も超美味かった。