実は3月から5月末までの間、一身上の都合により久米川市に住んでいました。なかなか縁(エン)の無い地域ですが、気になる場所も幾つかあったと言う事で、ちょっとまとめます。

まずは西武新宿線久米川駅、北口を出て右手に伸びる商店街。商店街のアーチ看板かと思いきや、右手に飲食店街があるよとのお知らせ。

看板の示す方を見てみればスナックなどの入った雑居ビルと怪しい路地裏。しかし看板のほとんどが裏返しになっており、すでにその大半が廃業したかと思われます。

路地は左に折れていますが、その先は駐車場。かつては奥までスナック街が続いていたのでしょうか。ただまぁ私鉄沿線のベッドタウンの飲み屋街と言うのは、仕事終わりのサラリーマンたちが同僚と飲みに行くみたいな需要がないので、なかなか栄えない物なんですよね。近くに工場なりの大きな働き口が無い限りは。

線路の反対側、西友もある南口駅前の正面に目を引く東晃ビル。昭和43年(1968年)竣工のRC造5階建て。かつて2階にあった喫茶店パールは2010年に閉店されたとか。現在はスナックやバブ、居酒屋などの飲食店が入っています。

こちらは裏手側。建て増ししたような造りですが、左手には2階住居への階段が有ります。右手の中華料理店上海亭さんは喫煙可能店なのでよく飲みに行きました。

西友から真っ直ぐ、西武多摩湖線八坂駅まで続く商店街を左手に外れると、銭湯のさくら湯があります。昭和28年(1953年)開業で現在の建物は昭和61年(1986年)建造。開業当時周辺は栗林だったそうですが次第に宅地化が進み、昭和58年(1983年)には近くに都営住宅萩山三丁目アパートも建設されました。

商店街を真っ直ぐ進み西武多摩湖線八坂駅の手前、ひっそりと佇む焼き鳥屋が一軒。

この「とり幸」さん、基本的にはテイクアウトの店なのですが、店内でも飲み食いできます。

実に渋い。何度も通いたかったのですが、20時閉店なので一回しか行けませんでした。

西武多摩湖線は多摩湖から境浄水場まで一直線に続く水道施設と萩山駅まで並走しています。その水道施設の上はサイクリングロードが続いております。

サイクリングロードを多摩湖方面に進むと西武国分寺線とクロスします。この辺り、西武新宿線と多摩湖線、国分寺線、拝島線、そしてJR武蔵野線などが複雑に入り組んでおり、訳わかんなくなります。

水道施設を八坂駅から萩山方面に進むと小平市に入ります。

こちらは小平駅南口駅前。久米川に比べるとなんかパッとしない街ですが、駅前には当然のように西友があります。

久米川駅と小平駅の間、北側には広大な小平霊園が広がっております。

そのため小平駅北口から小平霊園までの間には、多くの石材屋が軒を連ねています。

西武新宿線で仕事に行く時、車窓の建物たちが非常に気になっていました。

それにしても石材屋の多くが古い建物のままなのは何故か。しかし駅北口周辺で再開発の話が持ち上がっています。いずれこの建築物群も消えてゆくのでしょうか。

墓石を販売する石材屋は例えば稲田石採石場で産出され、現地で墓石の形に加工された物を仕入れます。いわゆる小売店に相当するのかな。

ただどの石材屋も必ず休憩所が設けられています。かつては2階にもお座敷があったようですが、あまり使われていない様子。

墓参りって数えるくらいしか行った記憶がないのですが、墓石を建てた石材屋にボトルキープならぬ水桶をキープしておいて、法事の際は必ずその石材屋に寄って墓参りに行くと言う事でしょうかね。親戚一同が集まれば、ともすれば宴会みたいなものも開かれたり。

ただ、時代の移り変わりでそう言うのも無くなって来たんでしょうかね。広大な霊園を擁する小平駅周辺は、墓参り客で賑わっていた、と言う事でしょうか。

まずは西武新宿線久米川駅、北口を出て右手に伸びる商店街。商店街のアーチ看板かと思いきや、右手に飲食店街があるよとのお知らせ。

看板の示す方を見てみればスナックなどの入った雑居ビルと怪しい路地裏。しかし看板のほとんどが裏返しになっており、すでにその大半が廃業したかと思われます。

路地は左に折れていますが、その先は駐車場。かつては奥までスナック街が続いていたのでしょうか。ただまぁ私鉄沿線のベッドタウンの飲み屋街と言うのは、仕事終わりのサラリーマンたちが同僚と飲みに行くみたいな需要がないので、なかなか栄えない物なんですよね。近くに工場なりの大きな働き口が無い限りは。

線路の反対側、西友もある南口駅前の正面に目を引く東晃ビル。昭和43年(1968年)竣工のRC造5階建て。かつて2階にあった喫茶店パールは2010年に閉店されたとか。現在はスナックやバブ、居酒屋などの飲食店が入っています。

こちらは裏手側。建て増ししたような造りですが、左手には2階住居への階段が有ります。右手の中華料理店上海亭さんは喫煙可能店なのでよく飲みに行きました。

西友から真っ直ぐ、西武多摩湖線八坂駅まで続く商店街を左手に外れると、銭湯のさくら湯があります。昭和28年(1953年)開業で現在の建物は昭和61年(1986年)建造。開業当時周辺は栗林だったそうですが次第に宅地化が進み、昭和58年(1983年)には近くに都営住宅萩山三丁目アパートも建設されました。

商店街を真っ直ぐ進み西武多摩湖線八坂駅の手前、ひっそりと佇む焼き鳥屋が一軒。

この「とり幸」さん、基本的にはテイクアウトの店なのですが、店内でも飲み食いできます。

実に渋い。何度も通いたかったのですが、20時閉店なので一回しか行けませんでした。

西武多摩湖線は多摩湖から境浄水場まで一直線に続く水道施設と萩山駅まで並走しています。その水道施設の上はサイクリングロードが続いております。

サイクリングロードを多摩湖方面に進むと西武国分寺線とクロスします。この辺り、西武新宿線と多摩湖線、国分寺線、拝島線、そしてJR武蔵野線などが複雑に入り組んでおり、訳わかんなくなります。

水道施設を八坂駅から萩山方面に進むと小平市に入ります。

こちらは小平駅南口駅前。久米川に比べるとなんかパッとしない街ですが、駅前には当然のように西友があります。

久米川駅と小平駅の間、北側には広大な小平霊園が広がっております。

そのため小平駅北口から小平霊園までの間には、多くの石材屋が軒を連ねています。

西武新宿線で仕事に行く時、車窓の建物たちが非常に気になっていました。

それにしても石材屋の多くが古い建物のままなのは何故か。しかし駅北口周辺で再開発の話が持ち上がっています。いずれこの建築物群も消えてゆくのでしょうか。

墓石を販売する石材屋は例えば稲田石採石場で産出され、現地で墓石の形に加工された物を仕入れます。いわゆる小売店に相当するのかな。

ただどの石材屋も必ず休憩所が設けられています。かつては2階にもお座敷があったようですが、あまり使われていない様子。

墓参りって数えるくらいしか行った記憶がないのですが、墓石を建てた石材屋にボトルキープならぬ水桶をキープしておいて、法事の際は必ずその石材屋に寄って墓参りに行くと言う事でしょうかね。親戚一同が集まれば、ともすれば宴会みたいなものも開かれたり。

ただ、時代の移り変わりでそう言うのも無くなって来たんでしょうかね。広大な霊園を擁する小平駅周辺は、墓参り客で賑わっていた、と言う事でしょうか。


















































東村山市HPによると久米川の地名は
>道興准后の「廻国雑記」(1486)に、現在の柳瀬川を 「くめくめ川」と呼んでいた記載があり、これが地名の由来のようです。
とあり、なんか鈴木宗男の「ムネムネ会」を思い出してしまいました(爆)
補選や地方選でボロ負けの岸田政権ですが、なぜかマスコミは
「岸田じゃ戦えない」と言いませんね。
蜃気楼(森元総理)や麻生サンの頃は、「麻生じゃ戦えない」と強調して政権交代を促しましたが、今そこまで言わないということは、マスコミ内部に力をおよぼしている中韓にとって都合いいのでしょう。
少子化対策になぜか社会保険料に上乗せして反感を高め日本人の分断を促進したり、外国人による日本の土地購入に全然規制をしようとしなかったり、あげくオーバーツーリズムで京都や鎌倉の地元住人が困っても全然対策をとらなかったり。自民党がどこを向いての政策かわかりやすいですね。
さらに、純粋に日本人寄りの政党が出来ようとしても、マスゴミは「報道しない自由」を駆使。終わっていますね。役に立たないマスゴミなら、削減して余った電波帯をスマホ回線にまわしたほうがマシですね!