先日日記でも触れましたが、改めて千住大橋についてまとめます。
隅田川と荒川に挟まれた土地に京成本線千住大橋駅はあります。

唯一の改札を出るとガード下の小さな商店街。しかし既にしてシャッター商店街となっています。

南側は元々三菱地所所有の土地にニッピの本社工場が広がってました。ニッピとはゼラチンやコラーゲン、皮革などを製造する企業で、隅田川沿いという立地からこの場所に工場が建てられたのでしょう。

そんな駅前にはポンテポルタという商業施設が今年4月にオープン。周辺はまだマンションや分譲住宅などが建設ラッシュです。

東側には日光街道が横切っており、松尾芭蕉の奥の細道のスタート地点と言われております。

川に挟まれた宿場町という立地から天正年間より川魚、青物、米穀を中心に扱う市場『やっちゃ場』として栄えてまいりました。

界隈には多くの問屋が残っています。千住河原町にあったやっちゃ場は昭和17年に南側の千住橋戸町へ移転。昭和20年2月には西新井より魚河岸も移転して来て現在の足立市場となります。

そのたった2ヶ月後の4月、空襲により全焼しましたが戦後には再建されました。1979年には青果市場が足立区入谷に移転。現在は魚河岸のみが残っております。

市場は水曜定休日ですが、入り口右側の市場食堂には一般の方でも入れます。

その中の一軒、椎橋食堂。朝は賑わっているのでしょうが、ランチタイムも営業しております。

かつ煮定食。美味しいのですが、かつ丼もありながらわざわざ乗せない理由は謎。(笑)

昼間の市場は閑散としております。

変わって駅の北側。飲食店が数軒建ち並んでおります。上の写真は神出鬼没なラーメン二郎。食っても食っても麺が減らないので要注意。

居酒屋などもありますが、特に賑わっている様子は見えません。

ただ、この駅前の焼鳥屋さんはそそられます。お土産メインのようですが、半立ち呑みで飲む事も出来ます。いずれ一度食べてみたいと思います。

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隅田川と荒川に挟まれた土地に京成本線千住大橋駅はあります。

唯一の改札を出るとガード下の小さな商店街。しかし既にしてシャッター商店街となっています。

南側は元々三菱地所所有の土地にニッピの本社工場が広がってました。ニッピとはゼラチンやコラーゲン、皮革などを製造する企業で、隅田川沿いという立地からこの場所に工場が建てられたのでしょう。

そんな駅前にはポンテポルタという商業施設が今年4月にオープン。周辺はまだマンションや分譲住宅などが建設ラッシュです。

東側には日光街道が横切っており、松尾芭蕉の奥の細道のスタート地点と言われております。

川に挟まれた宿場町という立地から天正年間より川魚、青物、米穀を中心に扱う市場『やっちゃ場』として栄えてまいりました。

界隈には多くの問屋が残っています。千住河原町にあったやっちゃ場は昭和17年に南側の千住橋戸町へ移転。昭和20年2月には西新井より魚河岸も移転して来て現在の足立市場となります。

そのたった2ヶ月後の4月、空襲により全焼しましたが戦後には再建されました。1979年には青果市場が足立区入谷に移転。現在は魚河岸のみが残っております。

市場は水曜定休日ですが、入り口右側の市場食堂には一般の方でも入れます。

その中の一軒、椎橋食堂。朝は賑わっているのでしょうが、ランチタイムも営業しております。

かつ煮定食。美味しいのですが、かつ丼もありながらわざわざ乗せない理由は謎。(笑)

昼間の市場は閑散としております。

変わって駅の北側。飲食店が数軒建ち並んでおります。上の写真は神出鬼没なラーメン二郎。食っても食っても麺が減らないので要注意。

居酒屋などもありますが、特に賑わっている様子は見えません。

ただ、この駅前の焼鳥屋さんはそそられます。お土産メインのようですが、半立ち呑みで飲む事も出来ます。いずれ一度食べてみたいと思います。
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しかし、、、
「足立市場」は今は河岸(かし ※1)だけですが、1979年まではやっちゃ場(※2)と河岸がありました。私は1977年にやっちゃ場で働いておりました。手狭になったので、やっちゃ場は1979年に足立区入谷に移転しました。(それは「北足立市場」と言います。)
足立市場は空襲で全焼しましたが再建しました。やっちゃ場は空襲でなくなったなどと適当なことを言わないでほしいと思います、、、。
※1 一般人には「魚河岸(うおがし)」の方が分かりやすいかもしれません。
※2 1576年に開設され、神田・駒込と並び江戸の三大市場の一つでした。