最近京浜東北線の品川〜大井町間を通ると左右の車窓に煉瓦建築を目にする事ができます。
品川区大井町(1)、東小路〜平和通り周辺
品川区大井町(2)、東急大井町線ガード下
品川区大井町(3)、大井町の飲食事情
品川区大井町(4)、開発が進む大井町駅西口界隈

と言うわけで降りたのは京急新馬場駅。駅前では狭い路地が目を惹きます。

かつては路地裏飲食店街だったろうかと思える雰囲気。現在では普通の住宅となっていました。

新馬場から第一京浜を越えて京浜東北線、東海道線方面へと歩いて行きます。すると通り沿いに長い煉瓦塀が。

この煉瓦塀は天龍寺の敷地を囲う塀ですが、1965年(昭和40年)に閉鎖された東京毛織品川工場の廃レンガをイギリス積みにして再利用した物だそうです。ちなみにその東京毛織品川工場は1880年(明治13年)創業の後藤毛織製作所を前身として、現在のJR大井町駅東口駅前一帯に広がっていた工場だそうです。

向かい側にはこれまた歴史のありそうな電球工場が。木製の引き戸が貴重ですね。

やがて線路沿いまで歩くと日本ペイント明治記念館が見えて来ました。この建物は以前まで周囲の建物の影に隠れており、電車の車窓から見ることが出来ませんでした。

日本ペイントは1881年(明治14年)三田に創業した光明舎が前身で、1898年(明治31年)ここ南品川に工場を建設した時より日本ペイントとなりました。この煉瓦造りの油・ワニス工場は1909年(明治42年)に建てられた物で日本ペイント明治記念館として資料館になっていましたが、周辺の改築工事に伴い現在休館中となっております。

日本ペイントの脇を入って行くとチラッと煉瓦塀が顔を出します。

裏に回れば煉瓦造りの擁壁が。こちらは運送会社の擁壁となっております。詳細は不明。

日本ペイントから大井町駅方面に少し歩くと、東京総合車両センター内に1915年(大正4年)建設された煉瓦造りの大井町変電所跡が残っています。

こちら側からだと木々が邪魔でよく見えません。現在は倉庫か何かで使われているのでしょうか。

大井町駅の北西側には3月28日に開業したJR東日本主導による再開発、大井町トラックスがあります。

この大井町トラックスのテラスからは東京総合車両センターの山手線車両基地を眺める事が出来ます。

こちらが東京総合車両センター。元は1914年(大正3年)に建設された鉄道省大井工場でした。車両の組み立てや整備を行なって来た工場でしたが、1967年(昭和42年)より品川電車区(山手線車両基地)も置かれるようになります。

大井町トラックスの地上1階(線路側)には、鉄道省大井工場建設当時の煉瓦車庫の外壁が復元保存されています。これは煉瓦を一つ一つ解体しモルタルを剥がし、この場所に再構築して復元した物です。

最後に青物横丁まで歩いて駅の程近く、旧東海道沿いにある竹内医院。この建物は海軍の軍医総監をしていた初代が明治末から大正初期にかけて建造したものだそうです。
品川区大井町(1)、東小路〜平和通り周辺
品川区大井町(2)、東急大井町線ガード下
品川区大井町(3)、大井町の飲食事情
品川区大井町(4)、開発が進む大井町駅西口界隈

と言うわけで降りたのは京急新馬場駅。駅前では狭い路地が目を惹きます。

かつては路地裏飲食店街だったろうかと思える雰囲気。現在では普通の住宅となっていました。

新馬場から第一京浜を越えて京浜東北線、東海道線方面へと歩いて行きます。すると通り沿いに長い煉瓦塀が。

この煉瓦塀は天龍寺の敷地を囲う塀ですが、1965年(昭和40年)に閉鎖された東京毛織品川工場の廃レンガをイギリス積みにして再利用した物だそうです。ちなみにその東京毛織品川工場は1880年(明治13年)創業の後藤毛織製作所を前身として、現在のJR大井町駅東口駅前一帯に広がっていた工場だそうです。

向かい側にはこれまた歴史のありそうな電球工場が。木製の引き戸が貴重ですね。

やがて線路沿いまで歩くと日本ペイント明治記念館が見えて来ました。この建物は以前まで周囲の建物の影に隠れており、電車の車窓から見ることが出来ませんでした。

日本ペイントは1881年(明治14年)三田に創業した光明舎が前身で、1898年(明治31年)ここ南品川に工場を建設した時より日本ペイントとなりました。この煉瓦造りの油・ワニス工場は1909年(明治42年)に建てられた物で日本ペイント明治記念館として資料館になっていましたが、周辺の改築工事に伴い現在休館中となっております。

日本ペイントの脇を入って行くとチラッと煉瓦塀が顔を出します。

裏に回れば煉瓦造りの擁壁が。こちらは運送会社の擁壁となっております。詳細は不明。

日本ペイントから大井町駅方面に少し歩くと、東京総合車両センター内に1915年(大正4年)建設された煉瓦造りの大井町変電所跡が残っています。

こちら側からだと木々が邪魔でよく見えません。現在は倉庫か何かで使われているのでしょうか。

大井町駅の北西側には3月28日に開業したJR東日本主導による再開発、大井町トラックスがあります。

この大井町トラックスのテラスからは東京総合車両センターの山手線車両基地を眺める事が出来ます。

こちらが東京総合車両センター。元は1914年(大正3年)に建設された鉄道省大井工場でした。車両の組み立てや整備を行なって来た工場でしたが、1967年(昭和42年)より品川電車区(山手線車両基地)も置かれるようになります。

大井町トラックスの地上1階(線路側)には、鉄道省大井工場建設当時の煉瓦車庫の外壁が復元保存されています。これは煉瓦を一つ一つ解体しモルタルを剥がし、この場所に再構築して復元した物です。

最後に青物横丁まで歩いて駅の程近く、旧東海道沿いにある竹内医院。この建物は海軍の軍医総監をしていた初代が明治末から大正初期にかけて建造したものだそうです。










































































































