鉄道写真

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栃木県真岡市、真岡鉄道と刀剣博物館

元々真岡鉄道に行こうと思ったのは某ブログ(しまDiary様)の去年アップされた記事を見てからでした。

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今週寒かったものの都心の桜もだいぶ散ってしまい、しかし北へ行けばまだ桜も残っているのではと、仕事もようやく落ち着いた週末に行って来ました。

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最初はSL列車の一本前の列車で寺内駅まで行き、ニワカ撮り鉄しようかと考えていましたが、どうやら客車3両のSL列車にまだ全然空席があるような。整理券を販売し座席は自由に座れるのですが、土曜日の、しかも出発30分程前で座席に余裕があるとは思ってもいませんでした。観光の目玉のはずなのに!

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という訳で、ついつい乗ってしまいました。まぁ昔みたいに朝から撮影ポイントで場所取りするようなガチな撮り鉄は出来ない事だし、せっかくだからSLサウンドを聞きながら懐かしの50系客車に乗るのも良いかなと。インスタなどで先週チェックしてた所、予想以上に開花が早いようで散っちゃってないかなと心配もしていましたが、全然見頃じゃないですか。

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列車に揺られて真岡にて下車。ニワカ撮り鉄はホームからで充分です。

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真岡駅。駅舎をSLの形にしてしまうほどの力の入れようですが、2台動態保存していたSLの内1台を東武鉄道へ譲渡することを決定。観光客だけでなく普段の利用者も減少し続けている中、SLの嵩む維持費を負担しきれなかったという。今回乗ったC11を譲渡し、C12の一台態勢でSLもおか号は存続されるそうです。

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真岡駅には保存車両も展示されています。

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真岡駅に隣接して建てられたキューロク館も訪れました。釜に火を入れずに水蒸気でSLを動かすという試み。見てみたかったのですが連れ達もいることだし次の目的地へ。

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久下田駅。真岡鉄道はどの駅も桜が多く魅力的な駅ばかりです。

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久下田からタクシーでワンメーター、さむらい刀剣博物館にやって参りました。

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いきなりヘリの出迎え。いきなりブレます。

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中に入ると旧車の数々。思わずスバル360に食い付き私もブレる。

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オーナーが趣味でコレクションしたのだろうか。

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マツダ117クーペ。ジウジアーロのデザインは見てて飽きない。

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出ました変態車。光岡自動車製のチキチキマシン猛レース。

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普段から磨いてる風では無いのですが、一応ほとんどの車にナンバープレートが付いてます。

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紫のコルベット。再塗装されているそうですが、オーナーの性格や人柄が滲み出ている。

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すっかり脱線しましたが、二階が刀剣博物館です。刀剣乱舞からの刀剣女子が集まるスポット。

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刀には詳しくありませんが、歴史的価値の高い物も多く展示されています。

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火縄銃や鎧兜の展示も。ただ途中でいきなり化石とか隕石とかも出て来て、ここでもブレまくります。

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いわゆるB級スポットの匂いもありますが、刀に関してはいたって真剣。詳しい説明は面白く、実に楽しめました。おっきいコンの助の話を挟んだら、やはり来館していた女性のお客さんが反応した。

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帰りは久下田駅より真岡へ。思った以上に連れ達共々刀剣博物館にハマってしまい、復路のSL列車を見逃してしまいました。それにしても真岡鉄道は思ったより遠くないですね。気軽にSLに会いに行けるいい場所です。今後一台態勢での存続ですが、応援したいです。

栃木県日光市足尾(8)、足尾歴史館の軽便鉄道たち

桐生からわたらせ渓谷鉄道で足尾へ。3回目の訪問となります。

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新緑の渡良瀬渓谷を昇るDE10+12系客車+トロッコ客車。

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ゴールデンウィーク最終日は満席。清々しい風が駆け抜けます。

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すっかり観光客気分の今回、通洞駅で下車して足尾歴史館を訪れました。同じく下車した観光客たちは歴史などに興味は無く、そのほとんどが足尾銅山観光のトロッコへと直行します。

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足尾歴史館の目玉は完璧に復元したガソリンカー。

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この軽便鉄道はかつて、国鉄足尾線とは別に足尾町内を路面電車のように走っていました。明治28年、馬車鉄道として開通し、大正14年よりガソリンカーへと変わったそうです。昭和29年に廃止。

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館内の広場を二周します。約80年前のフォードエンジンをレストアし、ボンネットやラジエターなどもフォードのクラッシックカーからそのまま移植。その辺も忠実に再現しています。

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周回コース内側には、ちっちゃいガソリンカーも。こちらもちゃんとエンジンを積んでて人を乗せ、運転までさせてくれます。

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館内にはさらに小さなOゲージのガソリンカーまで。ガソリンカーへの愛が止まらない。

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広場にはボランティア団体のけいてつ協会によって全国から集められたナローゲージの機関車たちが保存されています。

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集められた車両は整備され、再び動くところまで復元し、動態保存されます。

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こちらは足尾銅山で稼働していた機関車。

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こちらは立山砂防工事軌道の機関車。なんと現地ではいまだ現役で運行されています。

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立山の機関車を二輌も引き取ってました。もちろん二輌ともしっかり動くとの事。この立山砂防工事軌道、スイッチバックしながら昇って行く事でも有名なのですが、30年近く前に現地へ写真を撮りに行った事があります。まさかこんなところで再会できるとは、思ってもいませんでした。

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こちらはかつて向ケ丘遊園の園内を走っていた車輌。防水塗装などの再塗装がまだなのでシートが被されていますが、ちゃんと動くそうです。ただホイールベースが長いため、直線レールでのみ。

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こちらはいわき市の新八茎鉱山で働いていた機関車。こういう顔、大好きです。

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それにしても、ここのスタッフは実にマニアック!話をすると特にそうなんですが、本当に軽便軌道が好きな人たちです。しかも来館しているお客さんたちもマニアック!もっと家族連れとかカップルとか、観光地っぽい雰囲気あってもいいのに、なんか雰囲気がタモリ倶楽部。

ちなみに館内には多くの貴重な写真や資料などが展示されており、足尾の歴史をよく理解出来ます。

栃木県日光市足尾(1)、足尾銅山観光
栃木県日光市足尾(2)、旧足尾線貨物専用線跡
栃木県日光市足尾(3)、足尾銅山本山製錬所跡
栃木県日光市足尾(4)、鉱山住宅跡(その1)
栃木県日光市足尾(5)、鉱山住宅跡(その2)
栃木県日光市足尾(6)、簀子橋堆積場
栃木県日光市足尾(7)、秋の田元鉱山住宅跡〜変電所跡

栃木県日光市足尾(2)、旧足尾線貨物専用線跡

早くも足尾に再訪です。しかし足尾は調べれば調べるほど行きたい場所が増え続け、とても1日では廻り切れない事が分かりました。
東武特急りょうもうにて9:32相老に到着し、わたらせ渓谷鉄道への乗り換え時間が6分しかなく、ダッシュで1日乗車券(足尾までの往復を普通に切符買うよりお得)とトロッコ列車(臨時)整理券を購入。ただしトロッコ列車は満席になることもあるので事前に予約を入れた方が良いです。(この年の11月に訪れた際満席で乗れませんでした)

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わたらせ渓谷鉄道は1989年(平成元年)、JR足尾線の廃止に伴い第三セクターとして鉄道事業を引き継ぎ開業しました。

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途中、神戸駅のプラットホームに、往年の東武ロマンスカーを再利用したレストラン清流があります。時間があれば寄りたいところですが。

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通洞駅が近くなると、さっそく鉱山町の景色が車窓に広がってきます。写真は足尾銅山観光として公開されている通洞抗の選鉱所跡。

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終点の一つ手前の足尾駅にはキハ35が雨晒しで残されていました。

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こちらはキハ30。2両とも足尾線を走っていた車両ではなく、八高線から譲渡された物だそうです。春夏秋と年に3回ほど、NPO法人によるイベントで内部も公開されるそうです。

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終点の間藤駅に到着したのは午前11時過ぎ。トロッコ列車は写真のWKT-510形+WKT-550形の他に、京王電鉄の車両を改造したトロッコ客車と12系客車を、長岡機関区より払い下げたDE10で牽引する客車列車(機関車入れ替えの都合から間々田駅起点)、計2種類の編成が走ってます。本当はDL牽引のトロッコ列車に乗りたかったのですが……。
目的はそこじゃないです。銅山訪れてるのに鉄っぽくなって来たので戻します。

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旧国鉄足尾線には、その先にある足尾銅山本山製錬所硫酸工場までの貨物専用線が走っていました。

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貨物列車は足尾銅山が閉山された1973年(昭和48年)以降も輸入鉱石による製錬事業が続けられていたために走り続け、国鉄が分解民営化された1987年(昭和62年)製錬事業の停止とともに貨物専用線も廃止となりました。

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足尾線廃止後わたらせ渓谷鉄道の管轄となりますが、橋梁やレールも殆どそのまま残されています。

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鉄橋の下を古い廃橋が潜っていますが、その先は古河機械金属の敷地なので立入禁止。

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渡良瀬川を渡った廃線跡は、南橋社宅脇を通り崖に沿って進みます。

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しばらく廃線跡を歩いて行きましょう。

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と思ったら鉄橋です。渡りませんよ?

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やがて支流の出川を渡れば本山製錬所貨物駅です。開業は大正3年。

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製錬所手前に保存されている橋は明治23年末竣工の古河橋。当時は道路と並んで線路も敷かれていたそうですが、国鉄の線路ではなく恐らく狭軌の専用線でしょう。馬車鉄道も走っていたと言いますが、いずれ改めて歴史資料館を訪れて勉強しようと思います。

続きます。


栃木県日光市足尾(1)、足尾銅山観光
栃木県日光市足尾(3)、足尾銅山本山製錬所跡
栃木県日光市足尾(4)、鉱山住宅跡(その1)
栃木県日光市足尾(5)、鉱山住宅跡(その2)
栃木県日光市足尾(6)、簀子橋堆積場
栃木県日光市足尾(7)、秋の田元鉱山住宅跡〜変電所跡

【日記】帯広〜釧路、久々の汽車旅

帯広のスナックで飲んでいたら外は白み出し午前4時。温泉ビジネスホテルふく井さんに急いで帰って速攻寝るも起きたらすでに12時。この日は釧路に移動しなければなりません。

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14:47発釧路行き各駅停車。キハ40北海道仕様車なんて何十年ぶりでしょうか。

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乗り鉄だった少年時代を思い出します。当然冷房無し。窓を全開にしてディーゼルのエンジン音を聞きながら風に目を細める。懐かしい昭和の汽車旅の感じ。

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すれ違いで小さな駅に停まってはホームに降りて風を感じてみたり。

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すれ違う特急スーパーおおぞらを撮ってみたり。

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海沿いに出たらいきなりの霧。うたた寝する間に気動車は尺別駅に到着。

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この駅、駅前がほぼゴーストタウンとなっております。霧に包まれた廃屋たち。まるで異世界に飛ばされたよう。後に知った事ですが、この場所は2010年公開の映画『ハナミズキ』のロケ地だったそうです。映画のロケっていうのは、よくもまぁこう言う場所を見つけるものです。

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濃霧の中をスーパーおおぞらが爆音を轟かせながら通過して行きます。

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この辺りの線路は波打ち際、畦道、線路、崖。それ以外何もないという、北海道らしい風景が続きます。この何も無さが大好き。

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やがて車窓には馬主来沼の湿地帯。

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釧路駅に到着したのは夕方6時過ぎ。およそ3時間20分の長旅でした。それにしても、まさかの濃霧。釧路は今の季節、霧が多いそうです。知らなかった。

台東区上野(3)、東上野再訪2016

 東上野は2011年に一度散策しています。当時の様子はこちら。しかし先月より仕事で再び訪れる機会を得たので、軽く散歩してみました。

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 首都高の向こう側、鶯谷寄りに東京メトロ銀座線の上野検車区が地上にあります。ここの地下には広い車両基地があり、隣接するビルには運転区の職員が仮眠する施設や、運行管理センターなどもあります。

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 地下から這い出てきた車両は地上の踏み切りを通り、4~5編成しか入線できない地上階の車両基地へと入って行きます。ここは昭和2年12月、銀座線の開業にあわせて建てられました。以前の記事にて書きましたが、ちょうど関東大震災の復興建築事業として現在の上野駅舎や下谷小学校、同潤会上野下アパートなどが建てられた時期と重なります。ちなみにこの踏切、日本で唯一の地下鉄の踏切となります。

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 その踏み切りの脇に、かなり渋い居酒屋が残っていました。こちらは戦後建築でしょうか、なかなか趣きのある看板建築です。関東大震災以前のこの辺りは下谷万年町と言い、江戸時代から明治大正に掛けて東京の三大貧民窟のひとつと言われていました。しかし震災で壊滅した後、現在ではその面影を伺い知ることは出来ません。

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 以前撮影した下谷小学校跡は今もそのままの姿を残していますが、同潤会上野下アパートは2013年に解体されてしまいました。現在跡地には地上14階建ての分譲マンション(三菱地所)が聳え建っています。

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 それでも付近にはいまだ昭和の建築物が幾つも残っています。こちらはマンション裏手にある銭湯の寿湯。

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 長屋造りや下町らしい狭い路地などもありますが、以前訪れた時と比べだいぶ歯抜け状態になっており、コインパーキングだらけとなっています。これは想像ですが、住んでいた高齢者が亡くなられて、相続税対策に土地を売った、なんてことも少なくないのかもしれません。

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 またこの界隈にはお寺も多くあります。昔から変わらぬ佇まいを保ち続けるのはお寺さんばかりとなってしまうのでしょうか。
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