路地裏飲食店街

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【日記】神田駅南口ガード下の神田小路が移転

やばいくらい更新が止まっていました。年明けからとにかく仕事が忙しくて、緊急事態宣言位前にどこへも行けず何も撮れず、久々に一カ月以上更新が止まってしまいました。未だに忙しく、どこにも行けてないのですが。
先月、どこも8時に閉店する中、横浜ならなんとかなるだろうと飲みに行きました。寿町で飲んで野毛に移動したのですが、どこも8時閉店の時短営業。去年の春の緊急事態宣言の時は関係なく営業していた店舗も多かったのですが、今回は逆に罰金が有ったり保健所がしっかり巡回していたりするそうです。
あと、上野にも行ってみました。蔵前で仕事してその帰り、御徒町から歩いて大統領の周辺。観光地化に伴って増えた新興居酒屋たち(6軒ほど)が、8時以降も堂々と営業しています。ありがたやと飲んでいたのですが、8時閉店の店で飲んでいた人たちが8時を過ぎて一斉に徘徊し始めます。罰金払ってでも開けた方が利益になると考えている店たちは、歩道にテーブルを並べて屋台状態になります。シャッターを閉めた隣の店の前にまでテーブルを並べ、それでも座りきれないほどの人の多さ。一軒では出来ないけど数軒が足並みを揃えて営業すれば、商工会も行政も黙ってしまうのでしょう。法律で禁止されている訳ではなく、あくまでも要請だからと言う事で。
チェーン店系カラオケボックスも深夜まで営業している有り様ですが、ある意味有難い反面感染リスクも高い。苦渋の決断で時短営業したり休業したりしている飲食業界からは妬まれると思いますが、それぞれの街の雰囲気として、灯りが消える街と消えない街とがある。新橋や神田はそもそも人通りが無くなるので無理に店開けてもしょうがない。それが現状です。

さて、記事を書くには写真の一つでもアップしなければ。

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去年2020年の3月に5軒が閉店となった、神田駅南口のガード下飲食店街、神田小路。移転先店舗工事の遅延やコロナの影響なんかで、なんだかんだで6軒ほどが移転を一年延長していました。

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そして今年1月末で佐々文が移転、歩は移転準備のため一時休業。いよいよここも解体かと思っていました。

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ところが先日行ってみると、フジクラと次郎長寿司とやったるでぇがまだ営業しているじゃないですか!

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こちらが移転先の佐々文新店舗です。ちょうど今川小路から移転して来たまり世さんや神田(ジンタ)さんの裏手になります。どうやらフジクラさんはこのまま廃業するとの話。移転先予定だった所はコーヒー屋さんに権利を譲ったとかで、開店準備をしてました。まぁフジクラのマスターもいい歳だし一回倒れてるし、今から新店舗作ってもっていうね。やったるでぇさんは今月ぐらいには移転すると思います。何しろ千代田区からいい加減に出てけっていわれてるしwww

群馬県前橋市(1)、中心街とその周辺の飲み屋街

JR両毛線が1時間2本と言う段階で高崎よりも田舎と感じてしまう県庁所在地の前橋市。以前、JR前橋駅から上毛電鉄中央前橋駅まで通り過ぎただけで、市内はちゃんと巡っていませんでした。

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駅前は中心街の南にあり閑散としています。北口を出て左手に行ったガード下の駐輪場にレンタルサイクルがあるので、ママチャリを借りて巡ります。1日200円。

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駅前で目を引くのがこの赤レンガ倉庫。文化財かと思いきや上毛倉庫という会社の現役の倉庫でした。

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中心街はやはりスズラン百貨店というご当地デパートの辺りでしょうか。雰囲気はいかにも街の中心と言った感じなのですが、いかんせん人影が無い。

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すぐ近くのアーケード商店街もまたシャッター商店街と化しています。その点ではお隣高崎の中央銀座商店街も似たようなものでしたが。

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なぜ柱と梁だけ残したのか謎の解体済み物件。アーケードが完成したのは昭和40年代だとか。

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さらに奥、北へと進んで行きます。前橋市民は前橋駅から北へ3キロ離れたショッピングモール、前橋リリカか、南へ1キロ離れたケヤキウォーク前橋へ車で行きます。南北巨大ショッピングモールに挟まれた前橋市街は、絵に描いたようなドーナツ現象。

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やがて右手に飲み屋街の入り口が見えて来ます。

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呑竜仲店。昭和22年、呑龍マーケットとして完成しました。ところが昭和57年1月に火事で全焼。その年の12月には店主や常連さん方の力で復活。現在の呑(竜)仲店となりました。

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現在ではいい感じの路地裏飲食店街となっています。一度夜に訪れてみたいところ。

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裏側のアーチ。歴史を感じます。

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アーケードの東側は中央前橋駅まで飲み屋街や歓楽街が続きます。

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飲み屋街の中心とも言えるのが、この前橋シティホール。いかにもランドマーク的な感じがしますが詳細は不明。なんか大型キャバレーでも入ってたんじゃないかなんて思ってしまいますが。

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周辺はキャバクラ、スナック、居酒屋、バーなど夜の街として栄えています。この建物の二階の窓枠が妖しい。

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狭い路地裏を見つけると入りたくなってしまうのも世の情けって事で。

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しかし明らかに廃業している風な店や廃墟などはほとんど無く、現役で栄えています。

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群馬は日本屈指の車社会なのですが、ちゃんと街の至る所にタクシー営業所がありました。公共交通機関が壊滅的な群馬ですが、タクシーで帰るんですね。

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東へ、上毛電鉄中央前橋駅方面へと進んで行くと徐々に寂れた雰囲気に。

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群馬県は廃娼県とも呼ばれており、そのせいか赤線などの資料がほとんど残ってないそうです。なので赤線の痕跡を探すにも確証は掴めず、後は地元スナックの熟練ママさんにでも聞き込みするしかありません。

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ともあれ一度泊まりで訪れて夜に巡りたい。と言ってる街がいくつも有って困る。栃木県足利、佐野、静岡県沼津、三島、伊東、などなど。
次回は上毛電鉄中央前橋駅周辺に続きます。

中央区日本橋久松町、旧浜町川運河跡地の再開発

神田川が秋葉原の脇を過ぎて流れて行く辺り、右手に分岐する運河がかつて存在しました。今は埋め立てられてしまいましたが、区画がその痕跡を残しています。

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岩本町から日本橋方面へ。靖国通りと交差する所はかつて大和橋という橋でした。靖国通りの路面がアップダウンしているあたり、橋であった名残りがあります。

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その橋の下に当たる場所、現在では地下となっている所に大和ガレージと言う地下駐車場があります。見た目跡地かと思いきや車が入って行きました。駐車場として現役で使われているようです。

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江戸時代、運河として日本橋河岸の流通を支えて来た浜町川が明治16年に神田川まで延長され、その時に大和橋が架けられたそうです。

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浜町川跡に沿ってしばらく進むと衣類系の問屋街となります。明治大正と、運河の舟運を利用し発展したのでしょう。もしかしたら群馬の桐生や富岡から船で記事を運んで来たのかも知れません。

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しかしそれも昔の話。問屋の数もだいぶ減ってしまったようです。

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こちらも問屋さんですが、一階は韓国料理の屋台村となっています。

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暗渠とは違い完全に埋め立てられているため、かつての運河の上には細長い区間に合わせて立派なマンションが立ち並んでいます。しかしところどころ古い建物も。

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小料理屋の跡でしょうか。浜町川が最初に埋め立てられたのは関東大震災後。瓦礫と死体処分のために埋め立てたとか。その後戦後の昭和25年、完全に埋め立てられて運河は消滅したそうです。つまり運河跡地に建つこれらの建物は、ほぼ戦後建築と言うことになります。

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戦後のドサクサ、さらに震災後の死体が埋まってるかも知れない埋め立て地という、そう言った条件が重なってかバラックのような建物も多いです。周辺はとっくに開発されオフィス街となっていますが、逆にこの運河跡地は地権問題が複雑なため残っています。

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今回の目的地、久松町の再開発地区です。

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問屋橋商店街という、かつては多くの商店が並ぶ一画でしたが、現在は丸ごと解体を待つばかりで仮囲いに囲まれている状態。

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裏に廻ってみましょう。建物は背合わせの形で、路地裏に面して民家や飲食店などが。

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この一画は戦後日本橋周辺の屋台や露店が、さらに昭和30年代には八重洲の再開発に伴い立ち退きさせられた商店街の方々が、ここへ移転させられて来たそうです。

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つい最近までここは、都心でも特に激渋な路地裏飲み屋街でした。現役の頃に訪れて見たかったと後悔するばかり。

静岡県沼津市(1)、駅周辺のスナック長屋群

沼津駅周辺のスナック街を明るい内に散策して来ました。日帰りだったのでお店には入れませんでしたが、機会があれば泊まりがけで再訪してみたいです。

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沼津駅南口。新幹線は三島に止まるのに沼津には止まらない。

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同じ宿場町だし大きな漁港もあるのにと、三島に対して歯痒い思いをされているかも知れませんが、最近では沼津港深海水族館が全国区で知られて知名度は一気に急上昇しました。水族館に行ったのは2013年の秋で、沼津は今回およそ7年ぶりです。

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ぬまっづーみなとしーんせんかーん♪ と、今でも頭に刷り込まれています。

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旧宿場町のある沼津駅南側の街並みも激渋なのですが、時間の都合で今回は駅周辺のみ散策します。

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南口のすぐ東側、この界隈はかつて十五番街と呼ばれた飲み屋街でした。祇園小路というスナック長屋。

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そのすぐ先には京極街。背後は線路になります。

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木造アーケードのスナック長屋。かつてはこの向かいにも同じ造りの長屋が二棟ありましたが、現在はコインパーキングになってしまいました。

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ここからは場所を北口の西側一画へと移して行きます。ただの箱、と思いきや、、

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木造アーケードのスナック長屋です。マルスギ小路と言います。

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いかにも昭和歌謡が聴こえて来そうなザ・ベストテン。こちらは高砂横丁。

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つい最近、三島の路地裏飲食店街を歩いて来ましたが、ここ沼津は区画整理された碁盤の目の中に◯◯小路または横丁などと名付けられた長屋が乱立しています。

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名前がネタ切れになったのか法善寺横丁。大阪の有名な横丁にあやかったのか。

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見ての通りタイ人スナックなどのアジア系外国人のお店が非常に多いのが現状です。

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みその通り。このような飲み屋街の形状は帯広や釧路を思い出します。

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雨が降っても濡れずにハシゴ酒。ことごとく木造モルタルっていうのが素晴らしい。

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中央小路。いくつあるんだって感じで、だんだんウンザリして来たwwww

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思うのですが、市役所などが有る旧宿場町周辺の屋台を一掃し、駅裏とも言える北口に押し込めたなんて歴史があるのでしょうか。詳しくは夜、店に入って生き字引の方に取材しない事には何とも言えません。

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北光小路。ここまで来ると本当に特殊な飲み屋街です。

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何軒ぐらいが現役で何軒ぐらいが廃業しているのか、ともあれ飲み屋の軒数は半端なく多いです。

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いよいよ最後、味好小路。

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ここは手前だけが二階建てで奥は平屋建て。

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裏に抜けると、まぁなんて渋いんでしょうか。

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狭い路地裏を右手に歩いて行くと、路地裏の飲食店?と、思ったら、ここはさっき通った中央小路の裏側でした。
短時間で歩いただけで、これだけの長屋が有りましたが、探せばまだまだ出て来ると思います。ただ今回は、もうお腹いっぱいです。

静岡県伊豆長岡(2)、歓楽温泉廃墟群

今では有名温泉地、修善寺の影に隠れてしまいましたが、かつて歓楽温泉として栄華を誇っていたのが伊豆長岡温泉です。前の記事で紹介した古奈地区から源氏山を挟んで東側、古奈地区は吾妻鏡にも記されており1300年以上前から存在すると言われていますが、メインストリートのある西側の長岡地区は明治時代の開湯だそうです。

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温泉駅バスターミナル。各地の温泉街ではよく見かける旅の起点とも言えるバスターミナルですが、車で来られる方がほとんどととなった今では、他の温泉街同様閑散としております。

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バスターミナルの目の前はお土産屋さんではなくコンビニ。その左手には2010年に廃業したゆもとや旅館。すでに典型的な寂れた温泉街です。

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温泉街のメインストリート、その名も温泉場出逢い通り。伊豆長岡は戦後に保養地として乱開発され、温泉を掘り過ぎた結果湯量の激減、温度の低下などが起こりました。熱海や草津など莫大な湧出量を誇る温泉地以外、有名温泉地と言われる所は大抵このパターンに陥ります。伊豆長岡温泉では発覚されませんでしたが、最悪の場合温泉偽装問題にまで発展するケースもあります。

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近くには共同浴場もありますが、コロナ禍に伴い長期休業中です。源泉枯渇の危機を迎えた伊豆長岡温泉事業共同組合は温泉集中管理組合を設立し、集湯管で約38もの源泉を纏めて二ヶ所の貯湯槽に溜め、混合泉として分配するという方式を採りました。この混合泉という考えはその後全国に広まって行ったとか。

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こちらは巨大廃ホテルのさかなや。聞いた事あるなと思いましたが幼少の頃、旅行好きの両親が私の産まれる前に泊まった事があり、旅館のパンフレットが実家にありました。その頃パンフレットを見て、非日常的な雰囲気に想いを馳せていた事を思い出しましたが、当時は明治40年から続く老舗高級旅館だったようです。まさかこんな再会になるとは。
しかしここより裏手の山の中腹に、さかなやホテルアネックス茜という宿泊施設があります。アネックスと言えば旧第一ホテルグループ、現在の阪急阪神ホテルズです。買収された後、旧館を捨てて新館で細々と続けているのでしょうか。しかし公式サイトを見たところ、ピンクセクシーTバック150分プラン23500円〜なるものが。コンパニオンプランを推した歓楽温泉は滅んでいなかった!ていうか、老舗の高級日本旅館だったはずのさかなやさんが、知らぬ間に男性団体客目当ての歓楽ホテルになってたなんて!

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さかなや旧館の左手、この奥に広大な敷地の廃旅館があります。残念ながら奥へは入れそうな雰囲気では無かったのですが、Googleマップの航空写真で見ると小高い山の山頂にいくつもの離れがある事が分かります。

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その向かいにあるのが2016年3月末で当面閉鎖となってしまった南山荘。

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文化財クラスの建物が広い敷地に点在しており、一部では有名な物件。公式サイトも残っており中も綺麗に管理されているようですが、営業再開の目処は未だ立っていません。星野グループ辺りが再建してくれればなんて思ったり。

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温泉駅バス停から出逢い通りに入らず西に進むと、スナックなどが連なる歓楽街となります。

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とは言っても、それも過去の話。その多くが廃業しており、どれくらい生き残っているのかは夜に訪れてみないと分かりません。

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このような路地裏もあります。

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生き残っているスナックも大抵がタイ人スナックで、しかもそのほとんどがチョンの間的な闇風俗を行っているとか。

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この路地の奥は更地となっていましたが、さぞ妖しい路地裏だった事でしょう。上山田温泉や伊香保温泉同様、都心の取締りから地方へ逃れて来たタイ人女性たちが流れ着いて来たパターンでしょうね。

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バス停近く、南側の山間に入って行く路地。この辺りは廃墟感が強いです。

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この辺りはかつて赤線の中心地帯だったという話もあります。

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現在では廃墟と民家が混在している感じ。

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表は歓楽スナックの造りですが、中身は赤線時代の建築です。

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裏に廻れば湯気抜きが確認出来、温泉浴槽も有る事が分かります。

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そして路地の最奥部にあるのがこちら。もう廃業している様ですが、スナックっぽい入り口が残っています。

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しかし裏手に回り込めば赤線時代の名残りが。

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凝った意匠の窓。現在は普通の民家として住まわれているようですが、この建物についてはもっと詳しく知りたいところです。


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