赤線青線跡

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千葉県船橋市、赤線地帯の海神新地跡

 船橋駅の南側には、かつて海神新地という赤線地帯が広がっていました。元々は街道筋の船着場近くの旅籠にいた飯盛り女が発祥で、昭和に入りそのような店が一か所に集められて船橋遊廓とも呼ばれていた海神新地が形成されたそうです。

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 しかし現在ではごく普通の住宅街であり、往年の名残りを色濃く残す建物はほとんど残っていません。

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 それらしき建物の破れた幌の中に、微かに『粋平楼』という屋号が確認出来ますが、詳細は不明。

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 凝ったモルタル装飾と少し斜めになった出入り口。これしか手がかりが無いので、断定は出来ません。

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 ただこの辺りは住宅街にも関わらず、そこかしこにスナックなどがあり、色町だった面影を僅かに匂わせています。

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 一見普通の民家ですが、玄関の造りに違和感があります。

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 この建物などは特にカフェー建築の面影を残しています。

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 こちらも、それらしき建物。つい近年までは『吾妻屋』という遊廓建築が残っていたらしいのですが、2009年に焼失してしまったそうです。

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 一方、こちらは京成船橋駅近くに並ぶカフェー建築。

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 海神新地から外れている事から、この辺りは青線地帯だったのではないかと想像されます。

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 京成船橋駅の前まで行くと、キャバクラの向かいにインマヌエル船橋基督教会があります。

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 かなり古い木造建築ですが、隣に新しい教会を建てているので、近い内に取り壊されてしまうと思われます。

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静岡県熱海市(7)、旧赤線地帯再訪〜渚町

 以前訪れた中央町のカフェー建築を見て行こうと、初川沿いの路地を入って行きました。
下の写真はおよそ4年前に撮影したものです。

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 しかし、訪れて見たら既に解体され更地になっていました。

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 熱海の赤線地帯跡の中では最も代表的とも言える建物だったのですが、残念でなりません。ただ、他の建物は今だ健在でした。

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 以前撮影しなかった物件を撮っていきます。

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 実際のところ、カフェー建築の面影を残している建物は、撮りきれないほど存在します。

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 特徴的な建物はかなり広範囲に建っており、何処までが娼館だったのか、実際確証は持てません。

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 初川の北側にはスナック路地などもあります。

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 このような路地裏スナック街も、どこまで現役で営業しているのか、夜に訪れて見ないと定かではありません。

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 こちらは芸妓さんが練習したり詰めたりしている見番です。芸妓さんも昔に比べたら相当減っていると思われます。熱海では特に企業による団体旅行の最盛期、その役割をコンパニオンなどに奪われていったでしょう。そのコンパニオン業界も今や風前の灯火。今現在残るこの見番は、むしろ伝統芸能に近い形で観光向けに保存されているだけかも知れません。

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 中央町より海側へ大通りを一本越えると渚町になります。

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 渚町と地名だけ聞くとお洒落な感じがしますが、実際はソープランドからファッションヘルスまである、バリバリの風俗街です。

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 ここにも赤線地帯だった歴史があるのか、カフェー建築も残っています。

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 古い雑居ビルの中は通り抜けられるようになっております。

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 中には営業しているのか謎なスナックが軒を連ねています。果たして、これだけ怪しげな店を訪れる観光客など居るのでしょうか。

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 中央銀座通りにはストリップ劇場も残っています。かつて熱海が巨大歓楽温泉街だったのは、過去の話ではないのかも知れません。

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静岡県熱海市(1)、昭和の熱海、竜宮閣・日航亭大湯
静岡県熱海市(2)、観光産業の光と影
静岡県熱海市(3)、今に残るカフェー建築
静岡県熱海市(4)、来宮の山沿い〜山田さんちの山田湯
静岡県熱海市(5)、2015年末で閉鎖される水口第一第二浴場
静岡県熱海市(6)、坂の途中の建築物と海沿いの廃墟
静岡県熱海市(8)、龍宮閣に再訪・福島屋旅館・駅前浴場

江戸川区新小岩、スバル飲食店街~赤線地帯跡

 以前小岩を訪れた際、その大衆酒場や立ち飲み屋、ホルモン屋の多さに驚き、赤羽、蒲田と肩を並べる安酒屋の都だと思っていましたが、ひと駅手前の新小岩もまた小岩に引けを取らない安酒屋の数でした。千葉の手前、恐るべし。

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 主に栄えているのはこの南口側。アーケード商店街を中心に飲み屋がひしめく路地が張り巡らされております。

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 そんな中、今にも消えそうな昭和の路地裏飲食店がここ、スバル飲食店街です。

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 L型の路地の駅側は既に新しい建物が建ち、左手は空き地と廃墟と、やっているのかよく分からないお店。

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 駅から歩いて奥側の入り口です。ここは駅前から伸びるアーケード商店街から左手、大通りを越えた先の住宅街手前になります。

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 L型の路地の通り側の角には氷屋さん。かつては飲食店で使うロックアイスなんかも卸していたんでしょうが、消えつつあるスナック街の灯と運命を共にしてしまったようです。

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 アーケード商店街を抜けた先、松島三丁目界隈はかつて丸健と呼ばれていた赤線地帯でした。それとはっきり分かる面影はほとんど残されていませんが、建物の造りが周辺の住宅街と少し違っています。

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 この辺りは空襲で焼け野原となった亀戸天神裏の遊郭が戦後移転して来て、売春禁止法が施行されるまで続いていたそうです。

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 名残りと言うか、駅からだいぶ離れた場所でありながら居酒屋や小料理屋、スナックなどが、この辺りには点在しています。

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 そんな中、突然現れるビジネス旅館。かつては連れ込み宿だったのでしょうか。

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 路地裏にはつきものの猫もいます。

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 狭い路地の一番奥に、カフェー建築らしき建物が。

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 突き当たりかと思えば抜けれるようになってました。左手の建物は現在床屋さんですが、ひさしの造りが特徴的です。

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 この区画はすでに取り壊されて更地にされてしまった土地も多くあります。かつてはもっと赤線時代の面影を色濃く残した建物もあったのかも知れません。

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神奈川県横須賀市安浦、赤線地帯だったちょんの間跡地

 赤線跡を巡るブログなどではさんざん紹介され尽くした感がありますが、以前より行こう行こうと思いながらなかなか機会がなかった横須賀安浦に行ってきました。

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 安浦の私娼街跡は京急の県立大学駅から海の方へ進み、国道16号線を渡った一帯になります。

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 安浦は皆ヶ作、柏木田と並ぶ横須賀三大私娼街の一つで、大正時代、安浦漁港の近くに作られた色町が発祥。戦後、横須賀の進駐軍相手に栄えたのが最盛期で、売春禁止法以降は細々と続いていました。それも2010年頃の一斉摘発まで、ちょんの間地帯として生き残っていたと言うから驚きです。

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 現在は至って静かな住宅街ですが、街のいたるところにカフェー建築の名残りが見受けられます。写真は銭湯『日の出浴場』隣のモザイクタイル。

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 廃業した床屋さん跡地ですが、入り口脇のガラスには良美軒の文字が。床屋または理容室で良美軒て屋号はどうかとか考えてしまいますが、そんなふうに考え始めたらキリがない。

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 私娼館だった建物、という確証はありませんが、限りなく疑わしき建物。入り口の数や築年数などから、恐らくは。

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 とは言え、現在では普通の民家として住んでいる方がいらっしゃいます。

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 どうやら住民の方々としてはこの地域が私娼街だった事を黒歴史として消したいという思いがあるようです。その証拠に住民の要望によって京急安浦という駅名も県立大学へと変えられたとか。

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 工務店の事務所ですが、とても工務店には見えない建物。

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 現在残っている建物の中では、こちらが一番面影を残しているようにも思えます。安浦を撮影した先輩方のブログを見るに、つい最近まではもっと見事なモザイクタイルの残るカフェー建築が有ったのですが、ここ数年で解体されてしまったようです。

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 二階の床付近の小窓は、熱海の建築物でよく見られた、掃除用掃き出し口です。昔は箒で外に掃き出し、あとは風が飛ばしてくれるという考え。

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 こちらの窓も特徴的です。しかし何度も繰り返すようですが、どれも現在は住民が静かに暮らす住宅として使われているので、あまりパシャパシャ写真を撮るのも気が引けます。なので、こっそり撮りました。(笑)

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 安浦地区の海側はかつて漁港のあった埋め立て地で、巨大なマンションが林立しています。安浦は新築の一戸建て住宅も多いので、再開発される事はないと思われますが、この『いわく付き』の歴史を風化させなければ、地価などにも響くのかも知れません。

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神奈川県藤沢市、藤沢飲食盟友会~奥田センター飲食街

 JR東海道線と小田急江ノ島線が交差し、江ノ電の起点駅でもある藤沢は、東海道の宿場町として古くから栄えていました。

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 現在でも有隣堂やさいか屋、小田急デパート、丸井のビルを再利用したビックカメラなど、大型店舗がひしめき合うほどに発展しています。

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 宿場町には飯盛り女というのが居て、後に遊郭、赤線と姿を変えて行きました。その名残りを残していたのが北口から銀座土曜会商店街をほどなく歩いて右手の旧藤沢新地界隈。

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 赤線からスナック街へと変わり、現在全ての店舗が閉店して廃墟化したのが、この藤沢飲食盟友会です。

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 この蔦で覆われた木造のアーチが印象的。

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 廃墟化して放置されてから相当な年数が経っているようで、凄まじい崩壊っぷりです。

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 店舗の看板だけは、当時の面影を残しています。

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 しかし背後にはマンションが迫って来ており、再開発されるのも時間の問題。

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 藤沢飲食盟友会の近くには未だ健在なスナックビルもあります。

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 ただ同時に蔦に覆われた廃墟も。こちらも廃業した飲食店。

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 よく見れば猫がお昼寝。

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 なぜかこの界隈、蔦だらけであります。

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 すっかり廃墟とばかり思っていたら、普通に開業中の病院でした。ビジュアル的にこれはどうかと。

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 ところ変わって南口。商店街の中に昭和な長屋建築がありました。

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 奥田センター飲食街。昼過ぎでしたが結構人の出入りが多く、繁盛している様子。

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 しかし右手を見れば下ろされたシャッターが連なっていました。

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 建築物としても老朽化が激しいだろうと思われ、いつまで残っていてくれるか。
 ともあれ、神奈川などの東京の西側、特に東海道沿いなどにおいては駅前が栄えているというのがあります。地方都市などによく見かけるシャッター商店街はほとんど見ない。これは幹線道路と鉄道駅とがリンクしているため、郊外の大型店舗が出来辛いということでしょうか。

参考ブログ
写真撮っけど、さすけねがい?』様。

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