赤線青線跡

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栃木県足利市(3)、狭すぎる路地裏スナック街跡

続きです。中央通りを西に進み、スーパーフレッセイの裏手辺り。一見住宅街に見えますが、一歩路地に入ればスナックなどが多く点在しています。

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とりあえずグルグル周ってみました。全ての路地を網羅した訳ではありませんが、時間の許す限り歩いていきます。

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先に進みます。路地の狭さが半端ないです。そんな狭い路地にスナックの入り口。隠れ家にもほどがある。

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廃業して相当の時が経っているのか、解体され更地や駐車場になってしまった場所ばかりではなく、このような廃墟も残されております。

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廃墟はスナックだけでなく板張りの木造住宅も。

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お茶漬け屋さん。シメでサラサラ行きたい所ですが、営業しているかどうかは夜になってみないと分かりません。

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その左手前にはこんな看板が。そう、ここは住宅街ではなく盛り場だったのです。

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一帯の一番奥は山。駅からだと北西の方角になりますが、市街地の端にあたります。左側のスナックはGoogle Mapで確認したところ営業している様子。

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その脇を入って見れば小料理屋のような佇まい。ただそこまでのアプローチに違和感しかない。

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新しくても戦後間も無く。戦前建築は余程しっかりした建物でない限り倒壊していると想像します。

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奥に見えたスナックの看板の所まで歩き振り返る。路地は狭くて未舗装なのが基本のようです。

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もちろん車道沿いにもスナックが。手前はすっかり解体されて駐車場に。

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再び路地へ。かつては相当な件数の飲食店がひしめき合い、さぞかし賑やかだったのでしょう。

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民家と民家の間、裏庭に抜けるひとんちの敷地としか思えない隙間の奥にもスナックの跡が。

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少し暗くなって来ました。いきなり見事な木造建築。欄干も無く代わりにノコギリ屋根がある事から織物工場の跡かと思われます。その向かいにもスナックの跡があります。

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やっと灯りがともり始めた。と思ったら美容室でした。髪結いなどもやっていたのでしょうか。

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現役の銭湯。以前は工場も多かったそうで、労働者たちが仕事の汗を洗い流し夜の街へと消えて行った事でしょう。足利市駅近くの居酒屋のママさんも、すっかり働き口が減ってしまい、都内まで通勤するか、都内や隣の太田市に引っ越したりして、すっかり寂れてしまったと話してくれました。スバルの企業城下町である太田市と比べてしまうと、ここ足利市にはスパイス工場ぐらいしか残ってないんじゃないでしょうか。
機会が有れば泊まりがけで再び訪れたいですね。銭湯に浸かって生き残ってるスナックを探し、飲みながら賑やかだった昔の話でも聞きたいです。

栃木県足利市(2)、気になる路地と映画館跡

これまで栃木県栃木市、佐野市、群馬県太田市、桐生市と、関東平野北東部の都市を巡って来ましたが、今回は足利市です。

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JR足利駅の前にはEF60が雨晒しで保存されています。この機関車は1964年9月26日完成で米原や岡山など、主に関西方面の貨物列車牽引で活躍していました。なにげに鉄道の歴史の中では名機と言えます。

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渡良瀬川を挟んで南に東武伊勢崎線の足利市駅、北にJR足利駅がありますが、中心街は北側。東武足利市駅とその中心街を結ぶ昭和11年開通の中橋は見事なアーチ橋です。

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市街地を東西に貫く中央通りは交通量も多く、観光名所の足利学校などもあり栄えています。

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歴史の教科書にも載っている足利学校もスルーすれば、鑁阿寺(ばんなじ)も遠目に眺めてスルー。

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むしろその向かい側にある敗退的な光景に胸をときめかす。はい、変態です。

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東武足利市駅から鹿島園方面に向かうバスの車窓から発見した怪しい路地に向かいます。時刻は既に三時半過ぎ。これから急ぎ足で探索を始めます。

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なんだここは。と、つい口に出してしまった。

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振り返ってみました。赤線跡でしょうか、普通に貴重な木造建築がもんじゃ屋さんに使われています。

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今回の目的地の一つ、廃業映画館。足利東映プラザ映画館です。入り口のアーチが素晴らしい。

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1999年閉館。その後イベントや映画のロケ地などで利用されており、完全な廃墟とは言えません。

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併設されている建物には飲食店がいくつか入っていたようですが、見たところ現在では一軒も営業していない様子でした。

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料亭っぽい建物もちらほら。三業地の名残りかこの雪輪町界隈はかつて遊郭があったそうです。

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当時の建物かの判断は難しいのですが、花街であったのは確かです。
続きます。

墨田区向島、鳩の街の赤線地帯跡の名残り

以前、とは言っても随分昔にお隣、東向島の玉の井のカフェー建築を訪れましたが、今回は曳舟から隅田川沿いまで歩いたところにある鳩の街へ。

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この辺りには昔、働いていた会社の社宅があり、そこに住む先輩の部屋に入り浸って格ゲーの対戦ばかりやっていた時期が有りました。なので曳舟駅から鳩の街商店街まではよく通っていた道のりなのですが、当時は赤線街などに全く興味が無かった。

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下町の商店街としてもかなり古い建物の残る街ですが、最近までは毎年隅田川の花火大会を観に行って、帰りにはこの商店街を歩いて20年以上の馴染みの居酒屋に立ち寄ってました。夜だった事もありいつも赤線の名残りを探さずスルーし続けて来た。

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そんな前置きはともかく、さっそくカフェー建築の物件です。商店街の東側の路地裏にそれは残っていました。

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外壁は上貼りされていますが、モザイクタイルの円柱が辛うじて残っています。

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もう一軒はすぐ近くにあるこの建物。元々はお隣、玉の井にいた業者が空襲で焼き出され、戦後の昭和20年から焼け残った土地を買収して商売を再開したのが、赤線街としての鳩の街の始まりだそうです。

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この建物もだいぶ改装されていますが、モザイクタイルの円柱が残っています。

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カフェー建築としてハッキリとした形を残しているのは、おそらくこの二ヶ所のみでしょう。

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それっぽい建物はいくつもありますが、ぽいってだけで確証はないしキリがない。

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強いて言えば質屋なんてのも華街ならでは。また、この鳩の街から南に歩けば向島の料亭街となります。

栃木県宇都宮市(3)、赤線跡〜江野町横丁再訪

宇都宮は幾度か訪れていますが、ちゃんと街歩きはしていませんでした。JR宇都宮駅と東武宇都宮駅の間、市内を横切る田川の東武寄りが宇都宮の中心街となります。その繁華街を流れる小川、釜川の周辺。特に二荒町界隈がかつての赤線地帯と聞き訪れました。

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釜川沿いは枝垂れ桜が見事に満開。角の建物もリノベーションしているものの元々は赤線だったのでしょうか。

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しかし赤線時代の面影はほとんど残っていません。ただ、その後チョンの間のような形態で存続していたんだろうと思われる名残りは多く見られます。

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一つの建物に幾つもの玄関が並び、なおかつ飲食店などの店舗だった訳でもなさそうな感じ。

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川崎の堀の内などでは未だに見られますが、明らかに違和感を感じる造り。

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この界隈はかつて河原町と呼ばれ、賑わっていたそうです。玄関が二つありタイル貼り。明らかにその手のお店だったのかと。

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結構空き地や新築家屋なども多く、昔はもっとカフェー建築っぽい物もあったのでしょう。

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そんな旧河原町の真ん中に残るビジネス旅館「千歳旅館」。一泊素泊まり3800円と安く、何より立地条件が良い。ビジネス旅館は主に出張や工事関係者が長期宿泊されます。そのため宿泊予約サイトなどにも情報が出ておらず、観光協会まで把握していない事も。

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そのため地元の工務店やゼネコンなどの紹介や口コミなどで宿泊予約される事が多く、私も実際工事で地方出張した時に会社の紹介でビジネス旅館に泊まった事があります。今回はGoogle検索から直接電話で問い合わせて予約しました。

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部屋は四畳半5部屋と六畳2部屋(多分)。観光で来てるのに狭くて申し訳ないとばかりに、4人に対して3部屋も用意してくれました。狭くても全然いいんです。敢えてのビジネス旅館なんですから。そしてこの宿、果たして赤線的な物からの転業旅館であるのか。女将さんが気さくすぎて、なんだか聞きづらくなってしまいました。

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夜はアーケード商店街オリオン通りの居酒屋へ。なんか昔来た時より賑わっているような。宇都宮は都心にも近いからか過疎化と縁が無いのかも知れません。

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ほろ酔い気分で江野町横丁に。ここは2009年9月と2010年4月に訪れて以来、実に9年振りの再訪です。

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しかし、なんか明るくなっている。以前は風俗店一軒とスナック 二軒、謎の店が一軒のみの場末中の場末路地裏だったんですが、新しい店が数軒出来て街灯も設置されている。再開発で消滅している事も覚悟しつつ訪れたので、活性化している事が嬉しい。

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9年振りのスナック加代。残ってた。残っていてくれた!

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大ママはすでに80代前半。チーママは他所に行ってしまったとか。最近足も悪くなってしまった大ママですが、昔からの常連さん方が手伝いながら通ってくれているので、店は開けないとね、とのこと。54年間水商売を続け今の場所でも34年続く大ママ。次に来るのはいつになるか分からないけれども、いつまでも元気に続けて行って欲しいです。

神奈川県横須賀市田浦(1)、皆ヶ作のカフェー建築

神奈川県横須賀市、京急田浦駅周辺に行ってまいりました。

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駅から少し南に下った所より海に向かって仲通り商店街というアーケードがあります。現在ではすっかりシャッター商店街と化していますが、ここにはかつて皆ヶ作という花街がありました。

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ここ田浦にはかつて大日本帝国海軍工廠造兵部(現在の東芝ライテックの工場)や海軍防備隊などの施設がありました。そのため大正から昭和に掛けて、大変な賑わいを見せていたそうです。

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かつて色街を紹介するサイトなどでは有名なカフェー建築が商店街の近くにありましたが現在では解体されてしまい、僅かに匂いの残る建物が数軒残るのみ。

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商店街を海に向かって右側、少し路地を入った所にある割烹飯田屋。

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こちらは商店街の真ん中にある銭湯。まだ現役のようです。

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路地裏に僅かに残る飲み屋街へと入って行きます。

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玄関の上にあるライオンの顔。数少ない私娼の名残りです。

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扇の意匠。カフェー建築の名残りです。

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商店街を抜けて左手の住宅街に入った所に、元料亭だった建物。

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ナスを象った窓。この辺りにはかつて40軒ほどの私娼館があったそうです。

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バー『城』跡。見事なカフェー建築です。

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道が狭く引きで撮れないのがもどかしい。曲線を多く使った建物。

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その二階部分には、いかにもな窓が残る。

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隣にはバー『一ニ三』。現在まだ営業しているかは不明ですが、最近まで営業してたとか。

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崖の中腹に廃墟がありますが、こちらは大正15年竣工の田浦町役場跡です。
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