赤線青線跡

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千代田区神田(4)、2019年3月で消えてしまうガード下迷宮

かつて神田で働くサラリーマンや地元の方々に愛され賑わっていた、大衆食堂(居酒屋)の升亀さんや大越さんが並んでいた、神田駅南口西側のガード下。升亀は2013年にオーナーが母親の介護をするため店を閉め、大越は2016年末に耐震補強工事に伴い退去、スタッフの高齢化もありそのまま閉店となりました。下の写真は2015年当時、すでに升亀さんが消えた後の様子。

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私は年に一度必ず、神田で健康診断を受けているのですが、升亀さんと大越さんは健康診断が終わった後の昼間からから飲める店と言うことで、とても重宝してました。あの、店員にジジィとババァしかいないって所とか大好きだったんですが。

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現在は耐震補強工事も終わり、升亀跡地に大型チェーン店の日高屋が建っています。

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しかしさらに右手、東京駅側に狭い入り口とエアコンの室外機がみっちり詰まったガード下店舗が残っています。

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カウンター1本のみの狭いスナックや小料理屋が軒を並べているんだろと思い、右から二番目の「大安」の看板の下を開ける。開けてみてビックリ、なんと奥へと続く通路があり、その両脇に4つのカウンターバーやスナックが!

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右手二番目の暖簾を潜るとL字カウンター1本の狭いスナック的な店「佐々文」さんが。メニューにコーヒー割が有ったので頼んでみると、金宮焼酎にコーヒー豆を浸けるという、いつも通っている新橋の「南」と同じ作り方。ただ南はひと月浸け込んだものを水で割るのに対して、ここは2~3日寝かせた物をロックで。さらに通は生クリームを舐めながらと常連さんに教えてもらい、試してみると、これがまた合う。またここで割り物を頼むと25度の金宮で濃いめに作ってくれます。この店、通います。

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通路の奥はビニールで仕切られ、その奥には居酒屋があります。一応店の体をなしていますが、床はまさに路地裏と言った感じの石タイル張り。しかもデコボコです。つまりここは本来ガード下を通り抜ける路地裏で、その通路の左右に何軒もの飲食店が軒を並べていたと言う形。

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この店は宮ちゃん、ふじくら。お通し300円。元々二つあった店の仕切りを取っ払って一つの店にしたとか。通路側のコの字カウンターと二つのテーブル席、奥に1本のカウンター。どちらかが宮ちゃんでどちらかがふじくら。そして左手のコの字カウンターの奥、左手にビニールシートの仕切りが。そこを入れば正面のガード、一番左手の「翠」と「かえる」の看板の下の扉に抜けられる。

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こちらは奥右手のストレートカウンター。そのカウンターの上にはデンモクが。なんとこの店、カラオケまであります。聞けば夜9時半以降、一曲200円で歌えるとか。普通にカラオケ居酒屋なのです。

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店の隅はガード下のアーチ型を思わせる斜めの壁となっています。カラオケは早い時間だと隣の店に迷惑掛かるからとのことですが、そもそも通路を挟むカウンターのみの4店舗とはヒラヒラなビニール一枚で遮っているのみなのですが!なんて言いながら結局常連さんたちと楽しくカラオケ熱唱してしまいました。なんとも楽しいお店です。

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トイレは通路の真ん中に共同トイレがあります。男子便器の間隔が狭く並ぶと肩と肩がぶつかる。ちなみに女子トイレは右手の扉。

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宮ちゃん及びふじくらの奥、突き当たりのカウンター右手には扉があり、出ると線路の東西を結ぶ車道に出ます。この展開、予想外。とは言えこのように現在では奥の二店舗が一つの居酒屋になっているので、実際通り抜けるのは気が引ける。

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線路下を南西から北東に抜ける車道には宮ちゃんの入り口、右に次郎長寿司の暖簾、3〜4年前に90過ぎのお母さんが腰を悪くして店を閉めてしまった立ち食い蕎麦「神田そば」。

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そしてさらに右手には立ち飲み「やったるで〜」さん。線路に対して斜めに横切るので意外と距離があります。右手奥に見えるのは神田駅南口の東側出口。つまりこのガード下は三角形の形をしております。

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立ち飲み「やったるで〜」さんは生380円、割り物250円、おつまみは100円の小皿から焼き鳥は2本セット200円と実に安い。お通し代を取らないながらもサービスで小さな柿ピーが出ます。[地図

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店の奥の扉を開けると狭い路地があり、左に進むと右手にスナック「るり」を見つつ突き当たりに次郎長寿司。トイレはこの次郎長寿司のトイレが共同トイレとなります。扉を思い切って開けると寿司食ってる人の背中に当たるので注意。左に曲がって寿司屋のカウンターの後ろを通り抜ければ宮ちゃんの隣に出ますが、ここも通り抜けるには気が引ける。

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立ち飲み屋の裏口から右に行くと、線路下の立ち飲み屋角から北西に抜ける車道。絵に書かないと非常に説明し辛いのですが、まさに迷宮といった様相。

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しかもそれぞれ二階もありカラオケボックスが有ったりします。ここにはかつては赤線もあったという噂ですが、まだまだ全容解明には至りません。

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ところ変わって神田駅からさらに東京駅寄りに離れたガード下には、かつて今川小路という激渋飲み屋街が存在しました。上の写真は2015年当時のもの。

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まだ店には入った事が無くしばらく先送りにしていましたが、今回意を決して突入しようと行ってみたらなんと全滅。後で調べたところ、耐震補強工事に伴い去年(2017年)9月で退去させられていたようです(産経ニュース参照)。一歩遅かった!
上野の超有名店である大統領などは耐震補強工事で一旦ガード下の店を閉めましたが同時に近くに広い新店舗を造り、工事が完了するとまた元の場所に店を建て直しました。観光客でいつもごった返していた大統領は資金もあり後継者もいた事から継続できましたが、ガード下の多くの老舗は店員の高齢化や常連客の定年退職などで閉めてしまう店がほとんど。この神田駅南口のガード下三角地帯も2019年の3月をもって全店強制退去と言われています。私はその最後まで、この素晴らしいガード下飲み屋街を見届けようと思います。

神奈川県横須賀市田浦(1)、皆ヶ作のカフェー建築

神奈川県横須賀市、京急田浦駅周辺に行ってまいりました。

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駅から少し南に下った所より海に向かって仲通り商店街というアーケードがあります。現在ではすっかりシャッター商店街と化していますが、ここにはかつて皆ヶ作という花街がありました。

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ここ田浦にはかつて大日本帝国海軍工廠造兵部(現在の東芝ライテックの工場)や海軍防備隊などの施設がありました。そのため大正から昭和に掛けて、大変な賑わいを見せていたそうです。

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かつて色街を紹介するサイトなどでは有名なカフェー建築が商店街の近くにありましたが現在では解体されてしまい、僅かに匂いの残る建物が数軒残るのみ。

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商店街を海に向かって右側、少し路地を入った所にある割烹飯田屋。

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こちらは商店街の真ん中にある銭湯。まだ現役のようです。

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路地裏に僅かに残る飲み屋街へと入って行きます。

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玄関の上にあるライオンの顔。数少ない私娼の名残りです。

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扇の意匠。カフェー建築の名残りです。

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商店街を抜けて左手の住宅街に入った所に、元料亭だった建物。

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ナスを象った窓。この辺りにはかつて40軒ほどの私娼館があったそうです。

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バー『城』跡。見事なカフェー建築です。

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道が狭く引きで撮れないのがもどかしい。曲線を多く使った建物。

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その二階部分には、いかにもな窓が残る。

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隣にはバー『一ニ三』。現在まだ営業しているかは不明ですが、最近まで営業してたとか。

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崖の中腹に廃墟がありますが、こちらは大正15年竣工の田浦町役場跡です。

千葉県船橋市、赤線地帯の海神新地跡

 船橋駅の南側には、かつて海神新地という赤線地帯が広がっていました。元々は街道筋の船着場近くの旅籠にいた飯盛り女が発祥で、昭和に入りそのような店が一か所に集められて船橋遊廓とも呼ばれていた海神新地が形成されたそうです。

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 しかし現在ではごく普通の住宅街であり、往年の名残りを色濃く残す建物はほとんど残っていません。

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 それらしき建物の破れた幌の中に、微かに『粋平楼』という屋号が確認出来ますが、詳細は不明。

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 凝ったモルタル装飾と少し斜めになった出入り口。これしか手がかりが無いので、断定は出来ません。

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 ただこの辺りは住宅街にも関わらず、そこかしこにスナックなどがあり、色町だった面影を僅かに匂わせています。

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 一見普通の民家ですが、玄関の造りに違和感があります。

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 この建物などは特にカフェー建築の面影を残しています。

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 こちらも、それらしき建物。つい近年までは『吾妻屋』という遊廓建築が残っていたらしいのですが、2009年に焼失してしまったそうです。

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 一方、こちらは京成船橋駅近くに並ぶカフェー建築。

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 海神新地から外れている事から、この辺りは青線地帯だったのではないかと想像されます。

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 京成船橋駅の前まで行くと、キャバクラの向かいにインマヌエル船橋基督教会があります。

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 かなり古い木造建築ですが、隣に新しい教会を建てているので、近い内に取り壊されてしまうと思われます。

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静岡県熱海市(7)、旧赤線地帯再訪〜渚町

 以前訪れた中央町のカフェー建築を見て行こうと、初川沿いの路地を入って行きました。
下の写真はおよそ4年前に撮影したものです。

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 しかし、訪れて見たら既に解体され更地になっていました。

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 熱海の赤線地帯跡の中では最も代表的とも言える建物だったのですが、残念でなりません。ただ、他の建物は今だ健在でした。

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 以前撮影しなかった物件を撮っていきます。

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 実際のところ、カフェー建築の面影を残している建物は、撮りきれないほど存在します。

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 特徴的な建物はかなり広範囲に建っており、何処までが娼館だったのか、実際確証は持てません。

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 初川の北側にはスナック路地などもあります。

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 このような路地裏スナック街も、どこまで現役で営業しているのか、夜に訪れて見ないと定かではありません。

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 こちらは芸妓さんが練習したり詰めたりしている見番です。芸妓さんも昔に比べたら相当減っていると思われます。熱海では特に企業による団体旅行の最盛期、その役割をコンパニオンなどに奪われていったでしょう。そのコンパニオン業界も今や風前の灯火。今現在残るこの見番は、むしろ伝統芸能に近い形で観光向けに保存されているだけかも知れません。

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 中央町より海側へ大通りを一本越えると渚町になります。

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 渚町と地名だけ聞くとお洒落な感じがしますが、実際はソープランドからファッションヘルスまである、バリバリの風俗街です。

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 ここにも赤線地帯だった歴史があるのか、カフェー建築も残っています。

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 古い雑居ビルの中は通り抜けられるようになっております。

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 中には営業しているのか謎なスナックが軒を連ねています。果たして、これだけ怪しげな店を訪れる観光客など居るのでしょうか。

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 中央銀座通りにはストリップ劇場も残っています。かつて熱海が巨大歓楽温泉街だったのは、過去の話ではないのかも知れません。

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静岡県熱海市(1)、昭和の熱海、竜宮閣・日航亭大湯
静岡県熱海市(2)、観光産業の光と影
静岡県熱海市(3)、今に残るカフェー建築
静岡県熱海市(4)、来宮の山沿い〜山田さんちの山田湯
静岡県熱海市(5)、2015年末で閉鎖される水口第一第二浴場
静岡県熱海市(6)、坂の途中の建築物と海沿いの廃墟
静岡県熱海市(8)、龍宮閣に再訪・福島屋旅館・駅前浴場
静岡県熱海市(9)、山にめり込むヘアピンカーブ

江戸川区新小岩、スバル飲食店街~赤線地帯跡

 以前小岩を訪れた際、その大衆酒場や立ち飲み屋、ホルモン屋の多さに驚き、赤羽、蒲田と肩を並べる安酒屋の都だと思っていましたが、ひと駅手前の新小岩もまた小岩に引けを取らない安酒屋の数でした。千葉の手前、恐るべし。

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 主に栄えているのはこの南口側。アーケード商店街を中心に飲み屋がひしめく路地が張り巡らされております。

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 そんな中、今にも消えそうな昭和の路地裏飲食店がここ、スバル飲食店街です。

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 L型の路地の駅側は既に新しい建物が建ち、左手は空き地と廃墟と、やっているのかよく分からないお店。

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 駅から歩いて奥側の入り口です。ここは駅前から伸びるアーケード商店街から左手、大通りを越えた先の住宅街手前になります。

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 L型の路地の通り側の角には氷屋さん。かつては飲食店で使うロックアイスなんかも卸していたんでしょうが、消えつつあるスナック街の灯と運命を共にしてしまったようです。

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 アーケード商店街を抜けた先、松島三丁目界隈はかつて丸健と呼ばれていた赤線地帯でした。それとはっきり分かる面影はほとんど残されていませんが、建物の造りが周辺の住宅街と少し違っています。

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 この辺りは空襲で焼け野原となった亀戸天神裏の遊郭が戦後移転して来て、売春禁止法が施行されるまで続いていたそうです。

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 名残りと言うか、駅からだいぶ離れた場所でありながら居酒屋や小料理屋、スナックなどが、この辺りには点在しています。

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 そんな中、突然現れるビジネス旅館。かつては連れ込み宿だったのでしょうか。

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 路地裏にはつきものの猫もいます。

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 狭い路地の一番奥に、カフェー建築らしき建物が。

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 突き当たりかと思えば抜けれるようになってました。左手の建物は現在床屋さんですが、ひさしの造りが特徴的です。

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 この区画はすでに取り壊されて更地にされてしまった土地も多くあります。かつてはもっと赤線時代の面影を色濃く残した建物もあったのかも知れません。

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