赤線青線跡

※まとめサイト等への画像及び文章の無断転載を禁じます。

     ⬜ 温泉リスト(フルプラウザ版) ⬜

    ⬜ 立ち飲みリスト(フルプラウザ版) ⬜

神奈川県横浜市、鶴見の三業地跡と青線跡

鶴見駅周辺は2010年4月に軽く訪れただけだったので、今回改めて訪れてみようと。

6C4537B3-5CD6-4B99-AAB4-B93415359F39

鶴見駅を撮るにも正面口である東口を撮るのではなく、鶴見線ホームのある西口。

1FBB5525-8DE5-41AB-A530-66A9B72CA480

この高架線ホームは昭和9年、当時鶴見臨港鉄道(現・鶴見線)の鶴見駅として建設された物です。駅自体は明治5年、日本初の鉄道が品川〜横浜間に開通した時に開業という古い歴史があります。

3C4E1E4A-4A48-4296-8D36-48147588B73E

鶴見駅西側の飲み屋街。韓国系の看板が目立ちますが、近くの大黒町に食肉市場があるため焼肉屋が多い。

AC874ECD-290A-4B85-941C-F44A6045E0EE

このスナックビルは三業共同ビルと言います。その名の通りこの一帯は昔、料亭や置き屋、待合いなどが建ち並ぶ三業地でした。

AAD0A669-D563-4E68-B19B-F12D656573EA

地下は入れなくなっています。廃業したスナックやパブなども多いようです。

E558D946-5CE6-4D84-84FE-9B84EDEF04F2

この一帯が三業地として栄えたのは大正時代から。京浜工業地帯の発展とともに歩んで来ました。しかし当時狭い路地に密集していたところ昭和40年代より区画整理が始まり、同時に三業地としても衰退して行き、今ではその名残りで歓楽街が広がっているのみ。当時の面影を見ることは出来ません。

0F188C8B-947C-4991-A275-9645A55BCD39

鶴見駅の南東を鶴見川が流れ、その向こうには本町通り商店街が続いていますが、ほぼシャッター商店街と化しています。

8CC19759-81D3-4136-9C17-7E4618BD2835

商店街から一歩裏に入れば住宅街。トタン貼りのアパートなどが数多く残っています。

1D59177B-37C0-4425-9335-AE694985DB10

工場の労働者たちが暮らしていたのでしょうか、しかしその多くが廃墟と化しています。

2445623E-BFD9-4815-AC41-A5ED98BA659D

アーケードが終わった辺り、右手に少し入ったところは、かつて青線地帯でした。

4D4CCA47-F288-4313-8192-3D68A9A76BD2

名残りとして残っていたスナック街も数軒を残すのみでほとんどが廃業。

54231A34-510E-463C-A7D1-067C947DEAF0

ひとつ上の写真の建物の右脇、スナックの跡が。この建物は連れ込み宿だったようです。

6309CC0E-E2B3-4E48-A004-822857D9FAD2

駅前の三業地とは別に庶民的と言うか、貧困層が遊ぶ場所はこの青線地帯でした。

59A9EAE4-49F9-4C0B-97E7-48BFB2E02BDE

一番奥に残るカフェー建築。

12EB1A5F-3BD5-4BAE-9590-7B6760BCB942

周辺は建て替えが進み新築一戸建てばかりですが、貴重な歴史的建造物としていつまでも残っていて欲しいです。

静岡県伊豆長岡(2)、歓楽温泉廃墟群

今では有名温泉地、修善寺の影に隠れてしまいましたが、かつて歓楽温泉として栄華を誇っていたのが伊豆長岡温泉です。前の記事で紹介した古奈地区から源氏山を挟んで東側、古奈地区は吾妻鏡にも記されており1300年以上前から存在すると言われていますが、メインストリートのある西側の長岡地区は明治時代の開湯だそうです。

4C236B3E-FA20-4961-B117-68681152C7B0

温泉駅バスターミナル。各地の温泉街ではよく見かける旅の起点とも言えるバスターミナルですが、車で来られる方がほとんどととなった今では、他の温泉街同様閑散としております。

1E37D600-1020-491A-8B6C-23DC385DE65F

バスターミナルの目の前はお土産屋さんではなくコンビニ。その左手には2010年に廃業したゆもとや旅館。すでに典型的な寂れた温泉街です。

C8E5DAEF-824D-4D2F-ADA5-0254E2614EDB

温泉街のメインストリート、その名も温泉場出逢い通り。伊豆長岡は戦後に保養地として乱開発され、温泉を掘り過ぎた結果湯量の激減、温度の低下などが起こりました。熱海や草津など莫大な湧出量を誇る温泉地以外、有名温泉地と言われる所は大抵このパターンに陥ります。伊豆長岡温泉では発覚されませんでしたが、最悪の場合温泉偽装問題にまで発展するケースもあります。

95B8F5AB-B773-47CF-97B1-5189191258F3

近くには共同浴場もありますが、コロナ禍に伴い長期休業中です。源泉枯渇の危機を迎えた伊豆長岡温泉事業共同組合は温泉集中管理組合を設立し、集湯管で約38もの源泉を纏めて二ヶ所の貯湯槽に溜め、混合泉として分配するという方式を採りました。この混合泉という考えはその後全国に広まって行ったとか。

107EDA60-2A86-4BB6-A454-8E1274D8A867

こちらは巨大廃ホテルのさかなや。聞いた事あるなと思いましたが幼少の頃、旅行好きの両親が私の産まれる前に泊まった事があり、旅館のパンフレットが実家にありました。その頃パンフレットを見て、非日常的な雰囲気に想いを馳せていた事を思い出しましたが、当時は明治40年から続く老舗高級旅館だったようです。まさかこんな再会になるとは。
しかしここより裏手の山の中腹に、さかなやホテルアネックス茜という宿泊施設があります。アネックスと言えば旧第一ホテルグループ、現在の阪急阪神ホテルズです。買収された後、旧館を捨てて新館で細々と続けているのでしょうか。しかし公式サイトを見たところ、ピンクセクシーTバック150分プラン23500円〜なるものが。コンパニオンプランを推した歓楽温泉は滅んでいなかった!ていうか、老舗の高級日本旅館だったはずのさかなやさんが、知らぬ間に男性団体客目当ての歓楽ホテルになってたなんて!

86207851-BE76-4642-9653-A1EAE785B3A6

さかなや旧館の左手、この奥に広大な敷地の廃旅館があります。残念ながら奥へは入れそうな雰囲気では無かったのですが、Googleマップの航空写真で見ると小高い山の山頂にいくつもの離れがある事が分かります。

673A3367-E43C-488C-9BB1-44ECF60A3BE5

その向かいにあるのが2016年3月末で当面閉鎖となってしまった南山荘。

FB690496-4D9F-471D-BB7A-6F9631F3AF8C

文化財クラスの建物が広い敷地に点在しており、一部では有名な物件。公式サイトも残っており中も綺麗に管理されているようですが、営業再開の目処は未だ立っていません。星野グループ辺りが再建してくれればなんて思ったり。

2512A325-93E6-4060-BAC6-272A120EFAB0

温泉駅バス停から出逢い通りに入らず西に進むと、スナックなどが連なる歓楽街となります。

BE1E7E43-192F-435D-9822-E7082B1B0F69

とは言っても、それも過去の話。その多くが廃業しており、どれくらい生き残っているのかは夜に訪れてみないと分かりません。

27C5A169-8F55-4DE5-A939-D3CFE26CF0DC

このような路地裏もあります。

F71D2A97-070D-403F-96E2-90E584D07324

生き残っているスナックも大抵がタイ人スナックで、しかもそのほとんどがチョンの間的な闇風俗を行っているとか。

2C39E407-0213-48F3-B978-8CA6CC3D9402

この路地の奥は更地となっていましたが、さぞ妖しい路地裏だった事でしょう。上山田温泉や伊香保温泉同様、都心の取締りから地方へ逃れて来たタイ人女性たちが流れ着いて来たパターンでしょうね。

C814BFA8-5EFF-480F-B4AA-10F4C42B1DA5

バス停近く、南側の山間に入って行く路地。この辺りは廃墟感が強いです。

694C3403-5D47-42AC-894D-403BCFDB021E

この辺りはかつて赤線の中心地帯だったという話もあります。

9146416C-8EC7-43D1-A3ED-C6AA8FF73819

現在では廃墟と民家が混在している感じ。

86C1B925-819D-4761-BE1D-F912CD9C60B6

表は歓楽スナックの造りですが、中身は赤線時代の建築です。

95ED5494-BF15-4B04-96E9-11308ED850BB

裏に廻れば湯気抜きが確認出来、温泉浴槽も有る事が分かります。

611FE135-A82D-4968-8DC9-EA9093A702D4

そして路地の最奥部にあるのがこちら。もう廃業している様ですが、スナックっぽい入り口が残っています。

BED7854D-F36E-4FCC-8873-F78CADC1DF44

しかし裏手に回り込めば赤線時代の名残りが。

97E3DD66-DD76-4083-8F62-BFA48EEF448A

凝った意匠の窓。現在は普通の民家として住まわれているようですが、この建物についてはもっと詳しく知りたいところです。


静岡県三島市(3)、スナック街の路地裏迷宮

静岡県下に於いて、静岡や富士宮、沼津なんかと比べて、三島は大人しいイメージを抱いてました。楽寿園と三島大社、後は田んぼしか無いと思っていたので。

7D063120-09FC-485E-B9E5-053FC4D2DB03

しかし駅前からこの渋い飲食店街。

2B8EF4BB-6910-4FC9-9B08-3A9E8C071E47

アーケードになっており、居酒屋やスナックでハシゴ出来るようになってます。

D21388F6-0FB3-4DB8-A043-611BD513F755

しかし三島が本領を発揮するのは坂下った本町の辺り。高台の水源池である楽寿園の裏手が駅として、中心街は南に下った旧東海道。左手には三島大社。右手に三島宿。

E3E93153-015B-4E6B-8261-413284B8BDD6

歓楽街としての歴史はそれこそ宿場の飯盛り女まで遡ります。まずは気になった路地に入る。

78633560-37EB-4A25-8448-6C50D0632CCE

富士山を模った意匠ですが、配線を這わせてあるのが残念。と、左に長屋造りのスナック路地が。

9AF96EF6-0524-4875-A524-28CE766FD93F

二階は住居でしょうか。突き当たりは行き止まりとなっていました。

5E5FECE1-AC8E-4975-9637-900641039F12

富士山の意匠の建物と長屋造りの隙間を覗いて見ると、抜けられるように。しかも隙間にもスナックが。アプローチの狭さでは今まで見て来たスナックの中でも一位二位を争う。

EC8EC54F-D0C1-4619-9327-FAB043D720F7

隙間を抜けるとまたスナック長屋が有りました。

39C204A7-E658-4D6E-A3E5-BAA2511FB0A3

何軒くらいが生き残っているのか夜に訪れて見ないと分かりませんが、いかにスナック街として栄えていたかが伺えます。

9206BCF4-D3FE-41CA-91A5-45667B6B06C3

このスナック長屋は白雪プラザと言うようです。三島の歓楽街については遊郭や赤線地帯などが移転、統合などを繰り返して来たため、遊郭建築やカフェー建築など名残りを感じさせる古い物は残されていません。

384BB693-7A56-4039-9C88-01806E83B315

現在ではスナック街と住宅街が混在しており、カオス状態となっています。

C5725EDE-63CD-40DF-9E23-02556F97C43E

こちらもスナック長屋。スナックビルのようなものは無く、ほとんどが二階建てです。

13F774A4-871C-4953-8B5B-37302BC4BB02

中央水道給水塔の近くの路地、この辺りは赤線の時代から有ったと言う情報もあります。

033F455F-067E-4E9C-AF45-FFCC6472C735

右手の建物はいかにもって感じもしますが、詳細は不明。

D43A3325-B09D-4B35-99D2-03BAE8C8FC43

いつか夜に訪れる機会があれば、と思います。

石川県金沢市、新天地と金沢中央味食街

金沢は2006年と2007年に訪れていますが、いまだに観光名所には行っておりません。そして今回も。

IMG_2036

金沢随一の繁華街である片町。しかしちょうど新型コロナウイルスにより石川県が非常事態宣言を発令。旅の疲れも有るし夜は大人しくしていました。

IMG_1922

大通りから路地を1本入った所にある飲み屋街、新天地。戦後、昭和25年頃からある飲み屋街ですが、かつては青線地帯でもあったとか。

IMG_1920

二階建ての長屋が連なっていますが、店は改装を重ね店主も割と若い方が多いようです。

IMG_3192

ただ時節がら約7割のお店に臨時休業の張り紙が。

IMG_1912

今回金沢を訪れた目的はこちら。金沢中央味食街。屋根の低さにまず驚く。

IMG_3187

このバラック横丁、13年前にたまたま通り掛るも、その雰囲気に二の足を踏んでしまい入りませんでした。その事がずっと後悔として残っていて。

IMG_1905

しかし今回、この路地裏飲食店街全体が休業中。そりゃ狭い密閉空間に密集するんですから当然でしょう。

IMG_1900

突き当たって左手に曲がると、裏手にも店が。しかもここ、空き店舗は無く20軒全てが営業しているそうです。金沢恐るべし。ここはコロナ騒動が沈静化してから、また改めてリベンジしたいと思います。

IMG_1928

大通りに出るとH&Mなんかあったりして、普通に都会って感じがします。しかしよく見ればそそるビル地下飲食店街も。

IMG_1931

大通りを北へ進むと犀川にぶつかり、片町界隈はここまで。川の向こうは料亭街などがあります。この大正13年に掛けられたという犀川大橋もかっこいい。

IMG_2031

川向こうは寺町。まず目に止まるのがこの木造建築。

IMG_1935

この見事な木造4階建の建物は懐石料理の山錦楼です。

IMG_1942

正面に回るとこんな感じ。内部も見たいけど、敷居も値段も高くて到底無理ってもんです。

IMG_1941

向かい側に建つのは山錦楼の別館のようです。

IMG_1940

その右隣にも懐石料理の店、春次郎が。

IMG_1943

坂を登り切った所にある古い建物、こちらは会社か何かのようです。ともあれ川を隔てた片町界隈と寺町とのギャップがえげつないです。
さらに奥へと進めば西茶屋街などもあるのですが、それはまた次の機会に。

石川県輪島市、赤線地帯跡の観音町

輪島は古くは北前船で栄え、その後朝市や輪島塗りで有名となり観光地としても発展して来た漁師町です。ちなみに輪島の朝市は日本三大朝市の一つと言われています。

IMG_1801

しかし観光客の数は減少の一途を辿り、ついには鉄道も廃止。過疎化の波も押し寄せ今ではすっかり寂れた観光地となってしまいました。

IMG_1787

輪島塗りの工房長屋。伝統を受け継ごうという方々に貸しアトリエのような形で工房を提供しています。

IMG_1790

街の中心に鎮座する重蔵神社の隣、東側に赤線地帯の跡が広がります。

IMG_1792

現在ではスナック街となっていますが、昔も今も海の男たちのための歓楽街であり続けています。

IMG_1797

最も遊郭建築の色を濃く残す建物。現在では民家として使われています。

IMG_1798

昔の面影を残す建物は民家やカフェ、飲食店として再利用されていますが、スナックなどは遊郭建築を取り壊した上に建て替えられているのがほとんど。

IMG_1795

特に文化財指定も受けず、貴重な建造物が次々と壊されていきます。

IMG_1799

元は遊郭で戦後は赤線。そして昭和33年の売春禁止法により、輪島の色街は姿を消しました。

IMG_1788

夜はこちらのスナック英恵に。地元のお父さんと気さくなママさん。良い店でした。

IMG_1781

宿泊したのは海沿いに建つホテルルートイン輪島。すっかり酔って帰ってから入浴してしまいましたが、ここの大浴場が予想外の素晴らしい温泉でした。酔ってたもんで写真も撮ってませんが。はっきり感じるヌメり感、仄かに漂うアブラ臭、かなりしょっぱい塩味。ここはまた泊まりに来たい。
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

ブログ紹介
都内、近郊の古い街並みや建造物、路地裏などの写真とレポートを載せています。また、国内の寂れた観光地やマニアックな温泉スポット、廃墟などもご紹介。

鰻田ニョロの小説部屋
→昔書いた小説など
トラベル.jp たびねす
→たまに記事を寄稿

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
記事検索
最新記事
  • ライブドアブログ