自然災害

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茨城県鹿島鉄道廃線跡(4)、坂戸周辺~鉾田駅

 さて、BRTに乗り石岡を離れます。

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 小川から桃園、八木蒔、浜などは前回訪れたので、一気に玉造の先まで参ります。

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 玉造から榎本まで、廃線跡は県道から外れ湿地帯や田畑の中を進みます。玉造工業高校の手前で、廃線跡は県道の北側から南側へと交差します。

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 玉造工業高校の向かいの住宅街を少し入ったところに、旧榎本駅跡があります。

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 しかしここも玉造駅跡同様に宅地造成が進み、駅前の痕跡は跡形も無く消えていました。
 榎本の次の借宿はバス路線から相当外れてしまうため行けませんでしたが、Googleのストリートビューではそのプラットホームを確認することが出来ます。しかしリアルタイムで解体が進んでいるので、まだ残っているかは不明。

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 借宿の次の巴川で廃線跡は県道に再び近付きます。巴川駅の痕跡もまた残っておりませんでした。写真はその巴川駅の先に掛かる巴川鉄橋。

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 銘板には1971年という文字が辛うじて確認出来ます。

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 坂戸駅は前回訪れましたが、ほっとパーク鉾田への道すがら立ち寄って見ました。写真は坂戸駅の手前、当間集落の中に残る踏切跡。

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 こちらは坂戸集落の中にある踏切跡。踏切は路面を舗装し直さなければならないので、レールが残っていたりします。

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 前回訪れた坂戸駅跡。今回は曇りでしたが、新緑の季節などにまた訪れて写真を撮りたいところです。

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 坂戸集落にて見かけた洗い場。ポンプで地下水を汲み上げるようになってます。野菜でも洗うのでしょうか。ともあれ鹿島鉄道沿線は湿地帯や沼地のほか水源も多く、水に恵まれた土地です。

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 坂戸集落の外れにあるほっとパーク鉾田。天然温泉や温水プールまで楽しめる公営の日帰り入浴施設です。
 内湯と露天ともに黒ウーロン茶のような色をしたナトリウム塩化物炭酸水素塩泉。ちょうど東京大田区の蒲田温泉と非常に似ている黒湯で泡立ちがあり、肌に纏わりつくようなヌメリ感。加温加水循環濾過されて更に塩素消毒もされているようですが、個人的にはとても温まるし悪くない感じです。源泉は二つあり、もう一方のナトリウム塩化物強塩泉は寝湯のみで使われており、定員二人となりますがこれがまた気持ちいい。塩分が強いため湯船に漂うような感覚で、ついつい寝てしまいそうになります。
 施設は850円と少々高いのですが、廃線跡巡りを忘れてしまうほどに、ゆっくり寛ぐことが出来ました。

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 このほっとパーク鉾田には、鉾田駅保存会によって保存されている車両が展示されています。しかし……

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 なんと塗装のためにマスキング中!

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 3/27日の定期車両公開に向けて化粧直しをしている真っ最中でした。

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 最後に終点の鉾田駅跡。駅舎は廃線後間もなく解体されてしまったそうで、現在はバスターミナルとして使われており、石岡行きや水戸行き、茨城空港行きの他にも、東京駅行きの高速バスも1日6往復運行されています。

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 旧駅前ロータリーであるバス停の奥には、現在プラットホームだけが残されております。

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 しかしこのプラットホーム、五年前の東日本大震災の際に液状化現象が起こり、崩壊してしまいました。

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 当時は鉾田市全域から坂戸辺りまでの広範囲で液状化現象が起き、その被害の甚大さがプラットホームのうねりで見て取れます。鹿島鉄道は既に廃止された後でしたが、沿線の駅舎などが殆ど残されていないのは、震災で倒壊の危険が起きたからかも知れません。
 また、先に訪れたほっとパーク鉾田も被害を受け、暫く営業を休止していたそうです。

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【番外編】震災から5年、未だ復興が終わらない新浦安

 2011年3月11日の東日本大震災から早くも5年もの年月が経ちました。去年の年末と今年の年明けに仕事で福島県郡山市に行ってましたが、いまだに除染作業が続けられているようで、復興はまだ続いているのだと実感しました。

 震災当時私は茅ヶ崎からの帰宅難民となり、バスを乗り継いでも戸塚までしか帰れず、体育館に寝泊まりしていました。その後、金も時間も交通手段も無かったため東北へは行けませんでしたが、浦安の液状化現象の被害は撮影に行けました。今回、震災の恐ろしさを忘れないためにもその当時の写真をアップしつつ、現在あの場所はどうなっているのか、改めて訪れて参りました。

 浦安の臨海地区は、まず元々陸地だった元町地区があり、高速道路を隔てて海側には1968年の第1期海面埋立事業により埋め立てられた中町地区、さらに堤防跡と高圧電線を隔た海側に、1980年の第2期海面埋立事業により埋め立てられた新町地区に分かれます。

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 震災当時、特に地盤沈下等の被害があったのが、JR京葉線新浦安駅周辺に広がる中町地域でした。上の写真は新浦安駅東口のエレベーター。地盤沈下の様子。

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 現在ではすっかり綺麗に復旧されてますが、エレベーターや階段などは特に建て替えられておらず、路盤を直すだけで済んだのだと分かります。

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 第1期と第2期の埋立事業の境界である旧防波堤跡と第1期側。車道がかなり斜めに傾いてます。
 昭和40年代の埋め立て事業においては液状化対策がなされていなかったため、結果的にはそれぞれの境界線を境に被害状況が異なっていました。

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 今回驚いたのは、もう五年が経とうと言うのに未だに路盤改良工事が続いていたという点。

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 建造物の基礎や車道は比較的そのままで、主に歩道や公園、側溝やU字溝などが地盤沈下を起こしておりました。そのためほとんどの世帯でブロック塀や門扉が傾くなどの被害が生じました。

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 各家庭ごと壊れた箇所だけを直されていますが、当時は災害保険に加入していなかった方も多かった事でしょう。国からの援助も半壊や全壊家屋に割り当てられ、塀などは自己負担。まさか浦安の、しかも中町地区だけがこんな事になるとは、予想していなかった事でしょう。

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 こちらでは電柱が沈んだり傾いたりしており、電線が低く垂れ下がっているような状態。

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 電信柱や上下水道、都市ガスなどライフラインに関わる物は早い段階で復旧されましたが、アスファルトはまだ真新しく、最近復旧された様子。

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 境川沿岸の地割れの様子。

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 散歩道は優先順位が低く、いまだ工事中で立ち入り禁止のまま。震災当時は白い柵の向こう側で撮影。

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 同じく境川沿岸。アスファルトがうねってます。

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 こちらも舗装されたばかりの状態。フェンスや石垣はそのまま使われています。

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 崩壊した公園。新浦安界隈を撮影してきた当時は震災から5日ほど経った後で、やっと泥を排除できたといった感じでした。

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 樹木は減ったものの、ほぼ元の状態に復旧されています。

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 こちらは震災直後のように見えますが、実はつい先月の写真です。公道や公共施設と違いマンションなどの私有地では、放置されたままの所もあります。結局のところ修繕費用を誰が負担するかという問題が残っているのかも知れません。

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 液状化現象は地中の土が泥となり地上に吹き出したため地盤が下がり、マンホールだけがせり上がったような形になってしまいました。

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 今では跡形もなく綺麗になっていましたが、つい最近工事された様子。

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 震災当時のガス、水道の復旧工事の様子。ライフラインの復旧は急ピッチで進められました。

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 こちらも一見元通りに直されています。

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 しかしよく見れば爪痕は残ったまま。

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 基礎工事がしっかりしている建造物は周辺の影響だけで済んでますが、このように家屋そのものが傾いてしまっている場所も。塀が傾いたぐらいならまだしも、このような世帯では建て替えが必要となります。上の写真はどこで撮ったのか、記憶を辿りましたが場所が思い出せず、現在の様子は撮影できませんでした。

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 住宅街のあちこちに上のような立て看板が掲げられています。しかし復興工事は今年度中に完了させようとしている模様。

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 路盤改修工事は土を掘り返して基礎からやり直さなければならないようで、ひとつの街全体を直すには相当な工期と予算が必要とされたのでしょう。

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 以上、現在の新浦安の様子でしたが、東北の被災地はここより更に復興が遅れていると聞きます。
 新浦安では死者こそ出ていないものの充分過ぎるほどの『被災地』でした。あまりテレビなどで報道されませんでしたが、もっと注目されてもいいのにと当時は思いました。
 震災から五年、既に過去の災害と考えられていますが、実際は現在進行形なのです。

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【日記】雪の福島より

 去年に二泊、年明けに三泊、そして昨日から二泊、仕事で福島は郡山まで出張しております。折しも三回目最後の出張で全国的な大雪。郡山は昨晩遅くから降り出した雪で、すでに30センチほどの積雪です。

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 宿泊は郡山郊外のビジネス旅館。意外にもこの旅館、多くの宿泊客で大盛況です。恐らくは全てが工事関係者。地方のビジネス旅館て、思った以上に需要があるみたいです。
 ただ、残念なのは温泉が無い事。これで温泉でもあれば、出張も少しは気が進むのですが。
 また、郊外のビジネス旅館から郊外の工事現場までを車で往復するのみで、市街地には全く行っておりません。つくづく、何もないしつまらない!

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 ただ、昨年末からの郡山出張で驚いたのは、震災からもう5年近く経とうと言うのに、いまだ除染作業が続いているということ。復興はまだまだ全然終わってないのですね。
 話は変わりますが、三陸や福島県浜通りの鉄道路線も未だ寸断されたままです。少しずつ復旧され続けていますが、いかんせん莫大な予算で復旧させたところで結局赤字路線であるため、先送りされてしまいます。震災の被災地に限らず土砂災害で不通になったまま放置されている区間も、全国で数多くあります。JRはあくまで民間企業なのだから仕方ないのですが、旅好きにとってみれば、なんともやるせない気分です。
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