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神奈川県横浜市、真金町のコリアタウン横浜橋市場

中村川に掛かる三吉橋の北側、大通りまでの30mが三吉橋商店街。

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ここは80歩で通り過ぎてしまう日本一かわいい商店街だそうです。

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店の名前が香港、北京、釜山と揃い踏み。その中でマーケットの跡地を見つけました。よく見ると果実、惣菜の文字が。

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裏から見たら、こんな感じ。

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中はすっかりシャッターが下りていました。

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大通りを渡ると北に向かってアーケードの横浜橋商店街。ここも中国系、韓国系の店が多いようです。

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しばらく歩くと右手に闇市発祥のような市場があります。

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短い路地ですが、入っていきなり韓国食材店の南山。最初からそうなのか途中からなのか、プチコリアタウンです。

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路地を抜けて振り返って見れば横浜橋市場の看板が。ここで右手の建て増しテントが気になる。

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右手の魚屋さんは廃業してしまったそうで、左手には「ますや」さん。昔はこのますやさんも貝類を扱う魚屋さんが入っていたとか。立ち飲みと書いてありますが、中はカラオケの機械もある普通にスナック風の造り。建て増しのテントは倉庫のようです。

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韓国系のママさんと地元の肉体労働者系の常連さん達で賑わっていました。ここがなんと昼間の11時から営業しているとか。年金生活のお爺ちゃん方が昼カラでもやってるんでしょうか。ちなみにこのピンクの電話はいきなり鳴り出すことがあります。

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後日、仕事帰りに改めて真金町辺りをうろうろしました。横浜橋西側の界隈を散策。

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この辺りは昭和33年に売春禁止法が施行されるまで永真遊郭が存在したそうです。現在では普通の住宅街となり名残りはほとんど無いそうですが、妖しげな建築物は多く目にしました。

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素晴らしい建物がいっぱい。遊郭云々以前に香ばしい。この界隈に中国系韓国系の方が多く住んでいるのは、遊郭が消滅した後に移り住んで来られたのでしょうか。

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警戒されてます。すいません余所者でございます。

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追記・4/27
横浜橋商店街の東側を少し歩きました。この辺りがかつての永真遊郭の中心だったと思われますが、当時の名残りは全く見つからず。Googleマップで立ち飲み検索に引っ掛かった場所に行ってみました。
おわかり頂けるだろうか。美容室マイヘアーの左側に明かりが灯る扉が。窓ガラスの内側に黒板があり「楽」という店名と営業時間が書いてあります。しかし看板は表に出てないし玄関は磨りガラスで中が見えない。
流石に入れませんでした。んー、もう一回チャレンジしてみようか。

埼玉県秩父市(2)、秩父市街の産業遺産と三業地

続きです。

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少し戻って路地を北へ。長屋のように連なっているのは秩父銘仙(織物)出張所。手前から1号2号3号棟となっており、昭和元年建築の登録有形文化財です。

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現在は中を改修してオシャレカフェやバー、蕎麦屋などが入っていました。

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2号棟と3号棟の間は通り抜けられるようになっています。

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国道73号に戻ります。銘仙(織物)問屋柿原商店。登録有形文化財です。

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さて、こちらは秩父駅も近い下平通り。この辺りはかつて料亭や置き屋、待合などが軒を並べる三業地だったそうです。

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旧「花月」と言われている建物。ステンドグラス風の飾り窓が素晴らしいですが、現在はヨガ教室とか。

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こちらも花街らしい建物。この辺りの建物はなぜか文化財指定されていません。

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左手にはこれまた古い長屋が。手前には蕎麦屋「楽蔵」さんが入っています。

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その奥、蔵が併設されているところを見るに商家でしょうか。

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線路から離れるごとにノコギリ屋根の織物工場跡が目について来ます。影森や三峰口など秩父鉄道線の奥の方に行けば、沿線に蚕の餌である桑畑が広がっています。ここ秩父地方の山間部にはかつて養蚕農家も多く、毛織り物産業を支えていました。

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裏に廻れば木造のノコギリ屋根。桐生の街を思い出します。

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秩父駅に向かう途中にあった銭湯の「たから湯」。長屋住まいの工場労働者たちが汗を流していたのでしょうか。

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「たから」と読めない。ここも残念ながら月曜定休のため入れませんでした。

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仕方ないので猫で癒されます。

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明治初期に建てられたという商人宿「秩父館」。今で言うビジネスホテルみたいなものでしょうか。現在は地元の方々が手芸品や陶芸品を展示販売するスペースとなっています。

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店頭では地元農家の方々による野菜も販売。改装しているとは言え軒下の造りなど見応えが有ります。

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明治33年に芝居小屋秩父座として開業した松竹秩父国際劇場跡。昭和58年に閉館。正面の外観のみ当時の面影を微かに残すのみで、中は大幅に改築されています。

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こちらは秩父駅前唯一の飲み屋街。特に期待するような路地裏感はありませんでした。
秩父と言えば夜祭ぐらいしか人が来ず、観光地としてはマイナーです。西武も箱根や軽井沢の観光開発には力を入れるクセに、お膝元では去年やっと西武秩父駅を再開発した程度。もっとも古い街並みの景観としては川越に敵わないし、結局期間限定の芝桜と夜祭に頼っている部分もあるように見えます。
しかも先月の27日、秩父鉄道を走るSLが故障。機関車に連結している炭水車の車両と台車をつなぐ接続部に金属疲労による亀裂が見つかり、復旧には長期間かかるそうで10月から11月の行楽シーズンの運休を決めたそうです。夜祭には間に合わせようと考えているのかも知れませんが、大きな打撃でしょう。

秋田県秋田市、場末の路地裏迷宮(後編)

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南に進みます。こちらは川反5丁目小路。

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さらに南の「みきょう小路。左半分が潰されて駐車場になってます。

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にゃー

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途中右手に袋小路。たまりません。

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にゃー

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みきょう小路の奥には通り抜けられる通路も。

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にゃー

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左側のシャッターは開くのでしょうか。

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て言うか猫多っ!wwwww

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一本西側の通りを北へ戻ります。すると右手にまた渋い小路が。

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千秋小路という長屋に挟まれた路地裏。夜に訪れたいとつくづく思います。

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ただ、外側を見るとすでに崩壊していました。
そんな訳で反町界隈。場末の場末って感じで、とても刺さりました。夜の反町へのリベンジを誓いながら、翌日は羽越線を南下します。

埼玉県さいたま市、廃村、塚本集落堤外地

 JR京浜東北線浦和駅からバスで西へ、荒川の河川敷にある廃村を訪れました。

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 秋ヶ瀬公園の北に位置するこの場所は、サイクリングロードにもなっている荒川堤防の河川敷側にあります。私は20年ほど前、川口からサイクリングで来た際ちょうどこの辺りで引き返した記憶があり、その当時はまだ集落が存在していたのですが、まさか堤防の外側に村があるなど想像もしていませんでした。

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 堤防の東側には塚本の本集落が存在します。だいぶ宅地造成も進んでいますが、かつて堤外に住んでいた人々もこちら側に引っ越されました。

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 集落は上流側の外東地区に二軒、下流側の外西地区に十数軒あったとされます。まずは外東地区から。

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 家屋は全て解体され、跡地だけが散在します。

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 水田の真ん中に昔使われていた電柱と石碑のようなもの。どうしょうも無いくらいの逆光。

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 水田に水を引くポンプ小屋と昔の電柱。この堤外地は民家こそ消滅しましたが、耕地は今でも使われています。

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 次に外西地区へ入って見ましょう。廃村の奥、川べりには浦和軟式少年野球連盟専用グランドや大宮カントリークラブのゴルフコースなどのあるので、電線が張られています。

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 所々に残る集落で使われていた電柱は、時代を感じさせます。

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 もう使われなくなってしまった自治会の掲示板。

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 耕地のほとんどが現役で使われており、この日も軽トラなどの車4台、6人ほどの方が作業などをしており、廃村の雰囲気は正直有りません。

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 集落の移転は昭和59年から始まりますが、平成11年の水害がきっかけとなり平成14年には全世帯が補償を受けた上で堤防の内側への移転を完了しました。

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 もともとこの集落は大正時代に始まった荒川改修以降堤防の外側に取り残されてしまった形となり、以降も頻繁に水害に遭っていたそうです。

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 野生化した竹藪や雑木林の中に、幾つもの民家跡が残っています。

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 外西地区の中心には薬師堂と墓地が残されており、ここの「薬師堂のマキ」は市の天然記念物に指定されています。

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 この日、二人のご老人が堂内で茶飲話をされていましたが、このあとまだ何人か集まることになっているようです。元住民による集会などは、まだこの地で行われているみたいで、住居こそ無くなったものの、暮らしはいまだこの地で続けられている事が伺えます。

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 またこの辺りには野良猫が多く住み着いています。先祖代々暮らし続けている猫かどうか分かりませんが、元住民の方々が世話されているのかも知れません。

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 道端の小さな石祠のようなものが残されています。

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 薬師堂の右手の竹藪を抜け奥の道を荒川の流れる左手に歩いて行くと、八幡社の鳥居が残っています。この鳥居は平成元年に建て替えられた物で、当時はまだこの地で暮らし続けるという思いがあったのだと想像出来ます。

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 鳥居の奥、雑木林のトンネルを抜けると、拝殿こそ無くなってしまったものの、八幡社の小さな祠が残されています。奥は御玉霊神社で右は恐らく水神宮。ただこちらは参拝される人がもう居ないのか、あまり管理されている様子が伺えませんでした。

茨城県旧鹿島鉄道沿線、夜刀神社、鉾田市街地

 鹿島鉄道廃線跡を巡る際、少々気になる神社を発見したので寄り道して参りました。
 夜刀神社。漫画、ノラガミの夜卜神と関係あるのかと思いましたが、どうやら違うようです。ただ、忌み神という部分では共通しており、なんだかとても興味が湧きました。また夜刀という字面から、中二病系創作物などでよくその名前が使われているとか。

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 泉集落の一番奥、暗い森を背にひっそりと鳥居があります。

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 鳥居を潜るとそのまま崖を降りるような形に参道が続きます。写真は鳥居を振り返ったところ。
 夜刀神についてですが、常陸風土記によれば夜刀神とは行方(なめかた・玉造の南)周辺の原野に群棲する蛇体で頭に角を生やした神で、その姿を見た者は一族もろとも滅んでしまうと伝えられていたそうです。忌み神、祟り神の類で祀る事により鎮めています。

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 森の中のキツい坂を下りきると、ちょうど谷底の湧水地に出ます。

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 ここは椎井の池と言います。孝徳天皇の時代(645~654・大化の改新の時代)に壬生連麿(みぶのむらじ=まろ)が夜刀神の棲む谷の池に堤を築こうとしたところ、椎の樹上に夜刀神が集まり、いつまで経ってもそこを去らなかったため、全て打ち殺せと命令したところ逃げ去ったと伝えられています。周囲に椎の木があり泉が湧いていたので、麿はこの池を椎井の池と名付けたそうです。

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 谷底には舗装された道が迂回して通されています。しかし竹は倒れ込んでいるわで、殆ど使う人が居ないような道です。

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 谷底から急坂と階段の参道を、今度は反対側の斜面に沿って登って行きます。すると開けた場所に建つ愛宕神社へと出ました。ここは水戸光圀が夜刀神社と合祀し、村の鎮守としたとも伝えられています。

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 愛宕神社の右奥にひっそりと佇んでいる祠が夜刀神様です。
 継体天皇の時代(507~531・古墳時代)に箭括氏(やはずのうじ)の麻多智(またち)という人が谷を切り開き新たに田を開墾した際、夜刀神が大量に現れてその開墾を邪魔したと伝えられています。

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 夜刀(やと)とは古い言葉で谷(やつ)、谷人(やと)を意味し、一説によれば谷底に住んでいた先住民の事を指しているとも言われています。つまり西方より農耕を広めて来た人々が、狩猟などを生業とする先住民を滅ぼし、その一族の祟りを怖れて神として祀ったとも想像できます。いわゆる夷討伐のような物。

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 こちらは前回通り掛かった、桃浦近辺にあった三昧塚古墳。夜刀神伝説の舞台は、飛鳥時代よりも前の古墳時代という事になります。

 夜刀神社を訪れた後は先日アップした記事の通り、廃線跡を巡り温泉に浸かって鉾田へ。

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 旧鉾田駅前でまず出迎えてくれたのが、このガソリンスタンドの廃墟。なんか凄まじい雰囲気。

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 駅周辺には廃業したスナックや居酒屋などが多く、かつて栄えていた様子が窺えます。

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 こちらは閉店された美容院。窓の造りがとても昭和。

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 街には人影もなく、閑散としております。終着駅だった街が鉄道の廃止によって駅前ではなくなり、その後の震災による液状化被害もあって街は衰退の一途を辿っていきました。

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 鉾田から鹿島臨海鉄道の新鉾田駅へ向かう商店街にある牛乳屋さん。鹿島臨海鉄道鹿島線は1980年、第三セクターによって開業した路線ですが、なぜか駅は鹿島鉄道鉾田駅からかなり離れた、街の反対側にあります。

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 街の映画館『宝来多座』。閉館して久しい様子。

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 そんなわけで、いかにも寂れた街といった雰囲気の鉾田でした。

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