朝鮮部落

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神奈川県小田原市(4)、台風被害後の早川河川敷朝鮮部落を確認してみた

約5年半ぶり、早川の河川敷に存在する朝鮮部落を確認しに行きました。以前訪れた様子はこちら
2019年10月12日から13日にかけて日本列島を襲った台風19号は、主に関東甲信越以北でその猛威を振るい、数々の河川を氾濫させて甚大な被害をもたらしました。多摩川も氾濫しましたが、堤防の内側の河川敷に不法占拠していた朝鮮部落の戸手四丁目無番地は水没。犠牲者こそ出ませんでしたが壊滅的ダメージを喰らいました。
中でも箱根町は記録的な豪雨に見舞われ、小田原市から相模湾に流れる早川は濁流と化したそうです。

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以前訪れた撮影場所は薮が生い茂り、辛うじて確認出来る場所から覗いてみる。流されはしなかったようで、ひとまず胸を撫で下ろしました。

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5年半前の画像(上の写真)と比べてみる。木が育ったぐらいで変わってない。
いや待て、そもそも建物の下のえぐれたところ、5年間そのまんま放置だったんか!

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近づいてみる。やっぱり中に突入する勇気や図太い神経は持ち合わせていません。

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川の上流側に回ってみます。

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以前と比べすっかり育ったこの森と言うか茂みが、どうやら濁流の脅威から部落を守ったんじゃないかと予想します。

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余談ですがこの近辺で見上げると見える歩道橋、箱根ターンパイクに掛かる物で幼少の頃からずっと気になっていたのですが、とあるサイトで最近紹介されたところによると、道が繋がっておらず辿り着けない歩道橋だそうです。

港区芝浦(3)、高浜橋バラック群の終焉

港区芝浦(1)、高浜橋バラック群とホルモン
港区芝浦(2)、再訪、高浜橋周辺の再開発
港区芝浦(4)、高浜橋ホルモンはるみは閉店してなかった!

 ずっと行こうと思いながら、およそ二年前の2014年1月を最後に訪れていなかった高浜橋。もう立ち退いてしまっただろうと半ば諦めながらも確認しに行ってまいりました。

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 着いてみれば、やはりと言うか、一縷の望みは見事に打ち砕かれてしまいました。

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 かつて何度か通った楽しい酒の想い出は柵の中。すでに無人となってしまったのだと思い知らされます。

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 建物こそ残っているもののホルモンはるみの看板は取り外され、closedのプレートが虚しく掲げられていました。

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 道路の反対側ではすでに高浜橋の仮設橋梁設置工事が始まっています。

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 はるみ側の数軒残ったバラックも近々取り壊されることでしょう。

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 品川周辺の再開発特区の話題は、最近特に取り上げられています。品川~田町間の新駅、品川駅北側のバスターミナル建設を含めた再開発、旧品川車両基地から羽田方面へ向かう専用線の羽田空港までの延伸計画、そして目玉は、品川駅地下に出来るリニア起点駅。
 明るい話題として街の発展ばかり取り上げられている中、また一つ古き良き物が消えてしまいました。はるみのママさんは、そして陽気な常連の方々は、今どこへ消えてしまったのだろうか。

※追記 2018年1月再訪

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 およそ二年の月日が経ち、たまたま近くに勤務となったので跡地を訪れて見ました。現在高浜橋架け替え工事のため旧海岸通りは仮設の橋に迂回させ、橋脚の基礎工事を施工しております。バラック建築物郡は全て解体され、その面影は完全に無くなっていました。


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江東区枝川、朝鮮人居留地

 この街は1940年、大平洋戦争に伴い幻となった東京オリンピックの誘致のため、会場確保の名目で江東区内在住の朝鮮人約千人が移住させられた土地であります。

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 ここは川崎池上町などのように不法占拠して住み着いた土地とは違い、区画整理が整然と為されており、車道もちゃんとした広さを保ってます。

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 しかしその車道は外周と中央を貫く部分のみで、内部は非常に狭い路地が碁盤の目のように張り巡らされています。

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 運河を隔てた向かいは旧夢の島(現在は江東区清掃工場)であり、昔は衛生面においてかなり劣悪だったとか。

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 この枝川が注目を浴びてしまったのは2003年、東京都(石原前都知事)がこの地に建つ朝鮮初等二級学校に対し、土地無償賃与の期限の切れた1990年以降の土地使用に対する賠償額4億円を請求する裁判を起こした事からであります。この裁判は2007年3月、学校側が1億7000万の土地取得金を支払う事で和解しました。ちなみに映画『パッチギ』の続編の舞台もこの学校です。
 枝川を調べるとこのような裁判や事件ばかりが目につきますが、あくまでも『ひとつの出来事』に過ぎず、当然ながら別にしょっちゅう揉めてる訳ではありません。差別する者は往々にして、突っつくネタを見つけては自らの立場を正当化しようとするもの。個人的には、そのように感じます。

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 このような歴史や在日問題はさておき、この街を歩くとその辺の下町となんら変わらないのが分かります。新築住宅が多い中、昔の面影を僅かに残すバラック建築が点在しています。

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 ただ残っているのは木造建築では無くことごとくトタン板であります。

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 朝鮮学校の他、韓国物産店と焼肉屋が数えるくらい存在しており、辛うじて朝鮮人街である事を伺えますが、運河を渡った先には再開発された豊洲の高層マンションが建ち並んでおります。ひっそりと人知れず埋め立て地の果てで暮らして来た在日の方々の生活が、将来開発の波に呑まれて行くのではないかと思わずにはいられません。

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「あぶないから、はいらないでください」
 知ってます。

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 次回はぜひ、枝川に焼き肉を食いに来てみたいと思います。

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神奈川県横浜市、神奈川区、市場食堂~ドヤ街、朝鮮部落

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 横浜の北、京急神奈川駅から海に出れば横浜中央卸売市場があります。

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 ここは市街地の外れの工業地帯にあるため、築地のような雑然とした感じや古さは無く、閑散としております。‌‌

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 卸の店舗などが入った建物の一角に食堂街はあります。‌‌

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 早朝は賑わっているのでしょうが、昼休み時は市場職員と観光客のみ。‌‌

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 店の奥には魚が乱雑に積まれております。先週は地面にマグロが転がっていました。‌‌

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 大間のマグロ定食。高級なためか意外とボリュームは少なめ。とは言え、最高に美味い。‌‌

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 市場周辺には卸業者の建物が集まっているのですが、バラック建築が非常に多いです。‌‌

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 市場をぐるりと迂回するように流れる滝ノ川を見ると、川に競り出した水上バラックの群れ。‌‌

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 滝ノ川は埋め立て地を直線的に流れる運河の役目を果たしていた川です。映画『カイジ2』のロケ地になってたりもします。

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 埠頭も近いため、港湾労働者の町でもあった事を簡易宿泊施設が物語っております。つまりドヤ街。寿町ほどではありませんが。

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 滝ノ川を遡り第一京浜を越えると、土橋という小さな橋があります。この橋、どうも鉄道橋に見えてしまうのですが、廃線跡でしょうか。

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 滝ノ川を京急線が跨ぐあたり、ここにも川に競り出した水上バラックがありました。しかしよく見れば教会が紛れています。建っている土地も道路と川に挟まれた空白地帯のような狭い場所。

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 川沿い、線路沿い、教会、これらの条件を考えると、朝鮮部落を思い出してしまいます。真相は謎ですが、戦後のどさくさに紛れて不法占拠した建物ではないかと。

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 特に真ん中の建物などは脚が腐り、川に落ちかけています。

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 その建物を正面から見ると、かなりのけ反ってるのが分かります。別に廃墟ではなく、人が住んでいるのが驚き。
 ともあれこの界隈は非常に内容の濃いい街です。

※追記 2019年1月10日
夕方のニュース番組で写真中央のトタンが錆びたバラック住宅を、倒壊危険空き家住宅として取材してました。 番組によればこの物件は借家で、2年前に住人は引っ越し。大家さんはアメリカに住んでおり連絡が取れないとか。さらにこの物件、昨年末に解体工事が始まり取材したところ、横浜市は依頼していないそうです。報道が来た事が大家に伝わり、急いで解体したのでしょうか。謎は深まるばかりです。

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神奈川県小田原市(3)、板橋市営住宅~朝鮮部落

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 少し歩けば防波堤の役割をしている西湘バイパスを隔てて相模湾。やはり小田原は海辺の街です。‌‌

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 早川築港。小田原の水産加工産業を支える大きな漁港です。‌‌

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 築港の白灯台が小田原提灯になってた。ちょっとかわいい。‌‌

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 早川を隔てて西側は早川町となりますが、こちらは一気に漁村といった雰囲気となります。‌‌

 東海道線の線路を潜り、箱根の入り口とも言える板橋地区まで来たところで、何度かテレビなどでも紹介されている板橋の駄菓子屋を見つけました。‌‌

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 てっきり昔ながらの駄菓子屋が今も残っているのかと思いきや、土日祝日のみ営業という貼り紙からも分かる通り観光客向けに作られた物です。建物は『ジュエリーシマノ』だったビル。‌‌
 このジュエリーシマノ、かつては小田原屈指の宝石商でした。潰れていた事にも驚きましたが、まさか『懐かし屋』などと言う名前で話題になっていようとは。‌‌
 挨拶出来ない者の入店を禁ずるとか、偉そうな事ほざく割にはただの観光客目当ての商売じゃないか。そもそも昔ながらの駄菓子だけだったら、ナンジャタウンでも買える。まぁ地元に観光客を立ち寄らせようと言うのは、別にいいですがね。‌‌

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 箱根登山鉄道箱根板橋駅舎。こっちは本当に古い。‌‌駅名に箱根と付きますが小田原市です。

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 板橋の駅の裏手にある市営住宅。築半世紀という、都内じゃ絶滅してるような古い団地。‌‌

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 裏手は勝手にバラックを建てて増築している。‌‌

 板橋と風祭の間、国道1号線から見て早川の対岸。川と西湘バイパスとの間に韓国人会館と何かの工場、そこに広がるバラック群があります。‌‌

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 川向こうの住宅街からは西湘バイパスがコンクリートフェンスとなって見えず、国道1号線からも道路と川の間を跨いできた線路が視界を塞ぎ、電車からも川沿いの住宅の影で見えず。板橋の交差点から箱根ターンパイクへ向かう橋からも早川を渡る西湘バイパスの影になって見えない。これほどにまで巧妙に人目を避けられる場所は、そう無いです。‌‌
 
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 確かに電車やバスからは早川の向こうに韓国人会館の大きな看板を見つける事ができるのですが、その場所へ辿り着くのが至難の業なのです。‌‌

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 川崎市戸手四丁目無番地‌‌もGoogleEARTHでなければ発見できない代物でした。また、‌‌川崎市池上町‌‌も首都高と公園と貨物線という三重のガードと、その向こうには工場しかないという先入観によって隠されていました。‌‌
 戦後のドサクサに土地を不法占拠して住み着いた訳ですが、この隠れ里っぷりは、余程の差別や迫害の歴史を重ねて来たのだと想像できます。‌‌
 しかし上の写真をよく見ると、バラックの床下部分が恐らくは増水した川の濁流でごっそり削ぎ落とされたのであろう跡が見えます。地盤が見事に崩れている。‌‌

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 今回その部落の入り口まで行きました。しかし中は未舗装の細い道が一本あるのみで、たまたま通りすがったなどという言い訳も通るはずもない。さらには、その部落から出て来た男がずっと私の方を見ている。‌‌

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 悔しいけど内部の撮影は断念しました。いや、話せば撮らせてくれるかも知れませんが、あまりにリスキーだ。ww‌‌
 在日の方々にはコリアタウンを形成して地域に溶け込もうとする人々以外に、日本人との接触を拒むかのように隠れ住む人々がいます。現代でもまだ日本中のあらゆる所に、人知れずひっそりと暮らす人々がいる。‌‌
 ちなみに私自身差別意識は全く持っておりません。飲み屋でたまたま出会った在日の人と仲良く話したりもしますし、もっと理解を深めたいとも思っています。‌‌

2019年10月末再訪

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