廃線跡

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栃木県日光市足尾(2)、旧足尾線貨物専用線跡

早くも足尾に再訪です。しかし足尾は調べれば調べるほど行きたい場所が増え続け、とても1日では廻り切れない事が分かりました。
東武特急りょうもうにて9:32相老に到着し、わたらせ渓谷鉄道への乗り換え時間が6分しかなく、ダッシュで1日乗車券(足尾までの往復を普通に切符買うよりお得)とトロッコ列車(臨時)整理券を購入。

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わたらせ渓谷鉄道は1989年(平成元年)、JR足尾線の廃止に伴い第三セクターとして鉄道事業を引き継ぎ開業しました。

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途中、神戸駅のプラットホームに、往年の東武ロマンスカーを再利用したレストラン清流があります。時間があれば寄りたいところですが。

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通洞駅が近くなると、さっそく鉱山町の景色が車窓に広がってきます。写真は足尾銅山観光として公開されている通洞抗の選鉱所跡。

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終点の一つ手前の足尾駅にはキハ35が雨晒しで残されていました。

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こちらはキハ30。2両とも足尾線を走っていた車両ではなく、八高線から譲渡された物だそうです。春夏秋と年に3回ほど、NPO法人によるイベントで内部も公開されるそうです。

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終点の間藤駅に到着したのは午前11時過ぎ。トロッコ列車は写真のWKT-510形+WKT-550形の他に、京王電鉄の車両を改造したトロッコ客車と12系客車を、長岡機関区より払い下げたDE10で牽引する客車列車(機関車入れ替えの都合から間々田駅起点)、計2種類の編成が走ってます。本当はDL牽引のトロッコ列車に乗りたかったのですが……。
目的はそこじゃないです。銅山訪れてるのに鉄っぽくなって来たので戻します。

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旧国鉄足尾線には、その先にある足尾銅山本山製錬所硫酸工場までの貨物専用線が走っていました。

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貨物列車は足尾銅山が閉山された1973年(昭和48年)以降も輸入鉱石による製錬事業が続けられていたために走り続け、国鉄が分解民営化された1987年(昭和62年)製錬事業の停止とともに貨物専用線も廃止となりました。

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足尾線廃止後わたらせ渓谷鉄道の管轄となりますが、橋梁やレールも殆どそのまま残されています。

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鉄橋の下を古い廃橋が潜っていますが、その先は古河機械金属の敷地なので立入禁止。

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渡良瀬川を渡った廃線跡は、南橋社宅脇を通り崖に沿って進みます。

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しばらく廃線跡を歩いて行きましょう。

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と思ったら鉄橋です。渡りませんよ?

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やがて支流の出川を渡れば本山製錬所貨物駅です。開業は大正3年。

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製錬所手前に保存されている橋は明治23年末竣工の古河橋。当時は道路と並んで線路も敷かれていたそうですが、国鉄の線路ではなく恐らく狭軌の専用線でしょう。馬車鉄道も走っていたと言いますが、いずれ改めて歴史資料館を訪れて勉強しようと思います。

続きます。

新宿区新宿六丁目、路面電車の跡を歩く

1970年に廃止された東京都電車(旧・東京市電車)角筈線の跡を歩いてみました。

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スタートは歌舞伎町、ピカデリー前にあった角筈駅から。いきなり靖国通りから左に折れます。

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線路は新宿ゴールデン街の脇を掠めて明治通りへ。昔ゴールデン街のママから都電が走っていたと聞いていた遊歩道は、S字を描いて走ります。

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ただ、角筈駅から新田裏(日清食品本社前)までのこの区間、1948年の時点で大久保車庫行きの回送専用線となりました。本線は靖国通りを直進して明治通りとの交差点である四谷三光町駅を迂回して行きます。

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線路は明治通りを渡り日清食品本社の建つ新田裏へ。東大久保駅へと入って行きます。

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現在の新宿6丁目となりますが、現在では地下鉄東新宿駅直結の高層マンション、コンフォーリア新宿イーストサイドタワーが聳え立っています。

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その目の前に、なんと立ち飲み屋が。元々はホルモンの仕入れ販売をしていたお店お肉屋で、ショーケースが残っていたりします。しかしこんな住宅街の奥にまさか立ち飲みがあるなんて驚きでした。5時台から開いてますが、6時前後には満員になる知る人ぞ知る人気店。

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母親と息子さんでしょうか、二人で切り盛りしてらしゃるお店は串一本110円となかなか安く毎日大盛況です。お母さんは6時頃に登場してまずネギを刻み、その後焼き場を担当されます。これがギリギリ焼き過ぎないくらいの絶妙な焼き加減で最高に美味い。ちなみに奥のテレビ前の椅子はお父さん(?)専用の席で、引退されたのか毎日のように飲んでます。

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新宿5丁目から6丁目に移るあたりですが、微妙に商店街が有ったりもします。右手の路地に入って行ったところに建つこちらの建物は元飲食店なのか凝った軒先。奥は料理屋っぽくも見えます。

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こちらは集会所でしょうか、東一とは旧町名の東大久保一丁目を指すと思われます。

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医大通りの先は新宿5丁目の微妙な飲み屋街が続き、靖国通りを越えたら新宿2丁目。この界隈にもホモバーなどが密かに有ったりもします。

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大久保車庫の跡地に建った新宿文化センターを右手に見ながら進むと、道は不自然の一車線一通道路となります。

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このS字カーブも軌道の痕跡を色濃く残した盛り土が続きます。

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車道と歩道の段差の不自然さがいかにもな感じ。やがて廃線跡は職安通りに合流して行きます。

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職安通りの向こう側には銭湯も。この辺りには未だにボロアパートなどが多く残っています。

おまけ

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都電が荒川線を残して全廃になる以前に走っていた車両です。写真は2005年当時、都電荒川車庫の片隅で朽ちかけていたところを特別に入らせて頂き撮影したもの。行き先表示板は品川行きとなっています。

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反対側は銀座行き。この車両は現在綺麗に化粧直しして荒川車庫駅にて一般公開されています。

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もう一両荒川車庫に残されていますが、こちらは青いラインが入っているので荒川線で活躍していた車両。1980年代後半、高校生だった私は荒川線で現役時代の姿を撮影した覚えがあります。これらの車両が角筈線を走っていたかどうかは定かではありません。

北海道河東郡上士幌町(3)、タウシュベツ橋梁

2016年9月の記事はこちら。
北海道帯広市(1)、駅前温泉と駅周辺
北海道帯広市(2)、横丁路地裏迷宮(前編)
北海道帯広市(3)、横丁路地裏迷宮(後編)
↑夜の帯広の写真はこちらに移動しました。
北海道河東郡上士幌町(1)、糠平温泉郷
北海道河東郡上士幌町(2)、旧士幌線跡

 去年9月に訪れた上士幌町ですが、去年夏に北海道を襲った台風の影響で目的としていた旧タウシュベツ橋梁が例年よりも二カ月早くダム湖に水没するという事態となり、予定を変更して旧士幌線のアーチ橋跡を巡りました。それはそれで廃線跡好きとしては充分楽しめたのですが、今回リベンジの意味も込めて再訪しました。

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宿泊は去年と同じく糠平温泉湯元館さん。変わらず良い湯でしたが、食事を作る人が居なくなったのか素泊まり専門の宿となっていました。

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ツアー参加のため糠平温泉文化ホールに集まったのは、月曜日だというのに12人にも上りました。各メディア等への露出やSNS等で広まったようで、すっかりメジャーになってしまったようです。喜ばしい事ですが、マイナースポット好きの私としては複雑な気分。

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車2台に分乗して林道を入り、途中から士幌線旧線跡を歩いて行きます。新緑が見事。

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とうとう念願のタウシュベツ橋梁が姿を現しました。数年前にネットで知りつつも北海道なんてなかなか行けないしと思っていたところ、去年ブログ「しまDiary」さんで崩落の危機にあると紹介され去年の9月に訪れるも台風直撃で水没してしまい、今回念願のリベンジ。

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この目で見ると、やはり迫力があります。士幌線は昭和12年に上士幌〜糠平間が、昭和14年に糠平〜十勝三股間が開業しました。そして昭和30年、糠平ダムの完成で糠平駅と周辺の街が山の中腹、糠平温泉の源泉付近に移転し、士幌線の線路も中腹へと移設されました。このタウシュベツ橋梁はその際ダム湖に沈んだ旧線となります。ちなみに橋の上はもちろんのこと、橋の下も崩落の危険があるため立入禁止となっています。

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渇水期の糠平湖を眺めると、水没する前に伐採された森が切り株だけを残し、非日常的な光景を見せています。

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この辺りは昭和初期から林業で栄えた地域ででしたが、やがて森林資源は枯渇、木材の輸入自由化などにより人口は減り続けて行きました。ダム湖の湖畔に移設された糠平〜十勝三股間の新線も人口の激減でバスによる代行運転となり、昭和62年には帯広〜糠平間も廃止となってしまいました。

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ローマの水道橋みたいなんて言うのは野暮な話で、士幌線は昭和初期の鉄道アーチ橋技術の先駆けのような存在で、士幌線開通後全国へとアーチ橋が広まって行ったそうです。歴史的価値のある遺構として見るべき。

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ツアーは旧幌加駅跡にも寄りますが、私は去年堪能したので今年は周辺を自由行動。幌加駅跡周辺の廃線跡は草が刈られ、歩きやすいように整備されています。

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ダム湖の上流にあたるこの幌加駅は、プラットホームと線路の一部のみ買い取られたため保存されています。かつては伐採した木材を搬出する基地として栄え、周辺には街が広がっていました。

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しかし幌加から人が消え鉄道が消え、やがて街も消えて行きました。

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木造建築物は全て解体され、その多くの建物は基礎さえ撤去されています。唯一残っているのは駅舎の基礎部分。特に頑強に造られていたため、このように一部残っておりました。

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帯広まで降りてスナック街を訪れた際、隣で飲んでいたお父さんがなんと糠平ダムに沈んだ糠平の街で生まれた方でした。ダム湖に沈んだ故郷の事は話せば寂しくなるので多くは語らず。それよりも楽しい話で飲みました。

埼玉県飯能市、廃村、白岩集落(前編)

 砕石プラント跡から登山道を登って行くと、杉林の奥に白岩集落跡が見え始めて来ます。

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 ここは数多くの廃墟サイトでも紹介されている、比較的有名な物件です。登山道から生活道跡と思われる斜面を登って行くと、一軒目の廃屋。この辺りは下白岩と呼ばれていた地区で、上白岩地区は登山道を更に登った先にあります。

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 中は生活用具がそのままで荒れ果てています。

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 こちらは二軒目。廃屋は去年訪れた秩父の浦山地区を思い出すように斜面のあちこちに散在しており、各家庭が細い生活道で結ばれています。

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 集落の歴史は古く平家の落人という言い伝えもあるほど。昭和三十年頃には二十一軒もの家屋が存在していたそうですが、離村が続き平成6年には廃村化。

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 主に林業や炭焼きを生業としていたそうですが、比較的陽当たりが良いため浦山地区の山掴集落のようなジメジメした雰囲気はありません。

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 三軒目のお宅。杉林が深いため、一軒見つけると更に奥にまた一軒発見すると言った感じです。

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 一軒目のお宅を裏の斜面から。このようにかなり急な斜面に石積みをして土地を造成しているのが分かります。

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 斜面にぽつりとお墓があると思ったら、その更に奥に四軒目が。既に崩落して跡形も無くなってしまったお墓も多くあるのかも知れません。

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 四軒目のお宅。途中、家が建っていた面影を感じさせる更地もあり、かなりの軒数が建っていたと思われます。

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 生活用具が残されたままの廃屋を見ると、まるで突然住人が消えてしまったのかなどと感じてしまいます。

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 この白岩集落の特徴と言ってもいいかも知れませんが、集落の中心には消火栓が設置されています。炭焼き小屋も多かったでしょうから、山火事を恐れていたのでしょう。

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 もう廃屋は無いと思ったら次々と発見します。杉林の奥に見える廃屋。生活道は特に整備されていないような獣道に近い物で、崩落や風化も進んでいるため注意深く探さなければなりません。もっとも、ここまで来ると斜面をよじ登っても大して変わりませんが。

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 それにしても昭和60年、つまり廃村化してから30年以上は軽く経っていると言うのに、よくこれだけの家屋が現存し続けていると思います。

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 もちろん解体されて更地になっている敷地もありますが、解体したらしたで廃材を搬出するのもひと苦労です。車が全く入って来れない山奥だからこそ、逆に廃屋と生活用具が存在し続けているという部分もありますが、もし土地の所有権を持っていなければこれ以上の不法投棄はありませんね。

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 集落の奥に開けた斜面がありますが、おそらくは畑と思われます。埼玉県西部の山間部では、段々畑を造らず斜面をそのまま耕すという特徴があります。

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  登山道に戻り、鳥首峠方面へと再び歩いて行きます。途中消火栓があると思ったら、左手の谷を越えた反対側に一軒の廃屋が確認出来ました。しかし橋を渡った先の斜面が崩れており、行く事を断念。

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 更に登山道を登ったところにかかるこの橋は、崩れ掛けているため通行禁止。小さな沢を飛び越えて進みます。それにしても、考えて見ればこの山道が通学路なんですよね。

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 沢を遡った先に一軒の廃屋。写真奥の斜面を登ると、先ほど探索した集落の一番奥へと繋がっています。


 後編に続く。

北海道河東郡上士幌町(2)、旧士幌線跡

 今回の北海道旅行の目的は旧士幌線旧線跡のタウシュベツ橋梁へ行く事でした。しかし今年は三回に渡り台風が北海道を直撃し、各地で土砂災害を引き起こし、例年ならば11月まで見えるはずのタウシュベツ橋梁も、8月中旬にはダム湖が満水となり早々に水没してしまいました。

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 タウシュベツ橋梁ツアーというものがNPO法人ひがし大雪自然ガイドセンターで毎日開催されているのですが、今年は上記の事情から旧士幌線アーチ橋の遺構巡りに内容が変更されました。

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 まず最初に訪れたのは糠平ダム下流に残る第三音更川橋梁。ここはダムに沈んだ旧線と移設した新線が分岐する直前に位置します。当時は工事関係や林業などの小さな集落が点在しており、駅から線路を歩いて帰宅した人も多かったそうです。そのためアーチ橋脇には必ず待避所が設置されていたとか。

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 電力所停車場跡付近。水力発電所建設工事の関係者のために、昭和20年代後半当時この辺りに街が造られていたそうです。郵便局から学校まであったそうですが、全て解体され更地になり森へと自然回帰した現在、街の面影を推し量る術も無くなっています。

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 糠平第二陸橋(旧第四音更川橋梁)。アーチとアーチの間には桁橋が掛かっていました。その橋桁は撤去された後、日本のどこかで再利用されています。

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 糠平ダムを越えて糠平湖畔、上流域の新線跡に残る第五音更川橋梁。士幌線は昭和元年、温泉旅館湯元館が開業した年に十勝平野の北端、上士幌まで開業。昭和14年、終着駅の十勝三股まで開業しました。 当時は林業が盛んで、蝦夷松や赤松などをSLの牽引する貨物列車で運び出していました。

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 ひがし大雪自然ガイドセンターの方の働き掛けもあって、国登録有形文化財にも指定されました。

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 河原より第五音更川橋梁。士幌線は昭和52年、1500人居た人口が15人にまで減少した事などを受け、糠平~十勝三股間が代行バスに切り替えられました。その後士幌線は昭和62年3月、国鉄分割民営化を前にして全線廃止となりました。廃止の少し前、当時私は各駅停車で日本一周しており北海道にも訪れていましたが、残念ながら士幌線や広尾線などの枝線はスルーしてしまいました。民営化後の北海道の鉄道は廃止に次ぐ廃止で、考えられないくらいに路線が減ってしまいました。

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 話が逸れました。アーチ橋の下は廃道が潜っており、その廃道の先には廃橋もあります。

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 昭和30年11月竣工のしんほろかね(?)橋。ダム完成後から廃道になるまで、かなり短い期間しか使われなかったのではないかと思われます。写っているのはガイドの鴨下氏。自然科学から歴史まで、その豊富な知識に感銘を受けますし、何より楽しい。

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 こちらは県道から撮ったものですが、三の沢橋梁。柵が設置され、歩いて渡れる遊歩道となっています。

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 最後に訪れたのは幌加駅跡。十勝三股のひとつ前にあるので昭和52年には事実上廃止された駅です。ちなみに写真手前のポイントは手動で切り替えられます。

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 線路とプラットホームが残されている貴重な産業遺産ですが、ガイドセンターの方が管理されているので雑草は刈られ、全体を見渡すことが出来ます。

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 この駅名表示板は後から設置されたもの。ホームの真ん中の木は廃線後に生えて育ったものです。

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 この駅の周囲にも町が存在しましたが、今では跡形もなく森に帰していました。

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 今回、廃村とか無いのかと期待してしまいましたが、北海道各地に残る炭鉱町と違って、国立公園内という特性上、跡形も無くなっていました。しかし驚かされたのは自然の力と言いますか、回復力です。開発を続ける人間を意にも介さないとばかり、30年40年経っただけなのに森林が逞しく再生されていた事に色々と考えさせられました。あと、タウシュベツ橋梁は来年の春にでも必ずやリベンジします。帯広の路地裏もまだまだ探索しきってないし、必ずや。

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 おまけ。士幌線遺構巡りを終えて糠平に戻る途中、キタキツネに出会えました。

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