商店街

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江東区大島〜住吉、下町商店街の渋い飲食店

 都営新宿線の馬喰町より先は高度成長期に発展した街であり、昭和の頃は葦の原野、というイメージを個人的に持っていました。しかし実際には湿地帯の中の島に村が形成されたのが江戸前期、天保年間とされています。現在、都営地下鉄新宿線の大島駅は東西に走る新大橋通りと南北に走る丸八通りの交差するあたりに有ります。

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 交差点の東から北へ、サンロード中の橋商店街が続いています。

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 この商店街、アーケード化されてないもののかなり充実した商店街で、数多くの専門店が揃って営業しております。

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 特に多いのが八百屋さん。路面に陳列がはみ出すのが普通。

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 こちらの魚屋さん『魚雅』は、右脇の路上にテーブルがあり、魚をツマミに飲むことが出来ます。イートインと書かれていますが、全然インじゃない!(笑)

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 店頭のショーケースに置かれた刺身をツマミに、生350円、焼酎の割り物200円。刺身は時価で、この日はヒラメひと皿800円、スルメイカ300円、マグロ1000円、などなど。これが新鮮で、べらぼうに美味い。

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 小皿に添えられているのは自家製カラスミで、最高に酒が進みます。こちらは運が良ければありつけます。ただこのお店、10月26日放送のアド街(テレ東)で紹介されてしまったそうです。メディアに露出してしまった事でメジャーになってしまいます。お店的には繁盛して良い事なのですが、私個人としてはあまり知られていない情報を発信したい方なので、ちょっぴり残念。

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 商店街を歩いていると、軒を並べるお土産コーナーの匂いにお腹が空いて来ます。惣菜から焼き鳥から、誘惑が半端ないです。

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 大島は団地やマンションばかりであまり下町っていうイメージがありませんでしたが、この商店街の賑わいは下町感があります。もっとも亀戸の外れと考えれば確かに下町ですけどね。

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 次に紹介するのは大島駅の南、新大橋通りと並行して走る中央銀座商店街。

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 上の写真は夜のネオンサイン。しかし商店街はクリーニング店や電気屋さんぐらいであとは飲食店がちらほら。サンロード中の橋と比べると人も疎らです。

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 1度目に訪れたのは仕事帰り、すっかり暗くなった雨の宵でした。通り沿いにある立ち飲み屋『番外地』に入りました。

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 この店、やたら安いと一部では有名のようです。最近旧店舗からこの大島駅近くの新店舗に引っ越して来たとか。いちげんさんが多いのか、初めてかを聞かれ初めてと答えるとシステムについて説明してくれます。

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 刺身三点盛り500円。なのに四点目の甘海老が二尾付いて来ました。軽く立ち寄るつもりでしたが、この一品だけで満足しちゃうボリューム。またマグロのチャンジャ(?)で酒が進む進む。生小ジョッキ、割り物、ともに200円。確かに安い。

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 大島から都心に向かい二つ目の住吉駅。以前テレビで激安ランチとして紹介され気になっていたスミヨシホルモンに入りました。

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 1000円でホルモンセット。ご飯おかわり自由でこのボリュームは安い。そしてメチャクチャ美味い。機会があれば夜飲みに来たい店です。

川崎市新丸子、東急沿線の下町と三業地跡

 昭和に入ってからの開発の過程で、武蔵小杉駅は幾度となく駅の位置が移動されて来ました。結果、東急東横線武蔵小杉駅は新丸子駅の目と鼻の先になってしまいました。

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 武蔵小杉から新丸子までは普通に歩ける距離。その西側線路沿いは小規模ながらも居酒屋やスナックの建ち並ぶ飲食店街となっております。

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 新丸子駅は大正15年、東横線の開通に併せて開業しました。駅が開業するとその周囲に街が出来てゆくという、東急の田園都市計画とともに発展して来た街です。

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 大田区内の東急沿線でよく見られるような下町の商店街の雰囲気が、新丸子にはあります。こちらは北西に伸びる医大モール商店街。隣の武蔵小杉とは好対照な雰囲気です。

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 昼間から飲めるという大衆食堂の三ちゃん食堂。こちら、孤独のグルメにも紹介されたそうです。多摩川対岸の田園調布や自由が丘とは真逆な、実に庶民的な街であることが分かります。

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 駅の反対側に抜けると新丸子東栄会という商店街が伸びています。いずれの商店街も武蔵小杉にオープンしたショッピングモールなど何処吹く風とばかり活気に満ち溢れており、非常に充実した下町であります。

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 焼き鳥のお土産屋では缶酎ハイ片手に立ち飲みも出来ます。この光景、北を走る田園都市線などではなかなか見られない。

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 古い廃ビルが残っていたりして、再開発の波が押し寄せていない証拠。

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 住宅街の舗装されていない狭い路地を入ってゆくと、トンネルかと思うような茂りっぱなしの木が。ここだけが異空間です。

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 東口を出て武蔵小杉寄りに行ったところに稲荷神社があるのですが、その周辺一帯はかつて料亭、置屋、待合いの建ち並ぶいわゆる三業地でした。

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 昭和の始めより街とともに発展してきた三業地ですが、空襲によりほぼ消失。しかし戦後の復興とともに盛り返し、昭和30年代の最盛期には約25軒の料亭があり、芸姑もおよそ100人ほど居たとか。

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 しかし昭和50年代に入り徐々に衰退。今ではその面影すら無くなっています。

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 近年では駅から少し離れた中原街道沿い一帯にラブホテルが点在していましたが、それも色街の名残りでしょうか。しかしそのホテル街も多くが潰れて、空き地とマンションが目立つようになって来ました。

川崎市武蔵小杉(2)、再開発前の小杉町3丁目東地区

およそ一年半振りに武蔵小杉を訪れました。以前訪れた様子はこちら

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JR南武線武蔵小杉駅北口駅舎。中原街道に面したこの駅が、本来の武蔵小杉駅と言えるでしょう。

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その武蔵小杉駅の東側から線路をくぐり南に出ると、UR小杉三丁目市街地住宅があります。ここから南東に掛けての一帯が、小杉町3丁目東地区再開発区域となっており、タワーマンションが計画されています。背後にはすでに完成した小杉町3丁目中央地区のプラウドタワーが聳え建っています。

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一階はスーパーマルエツ。二階から上は「コ」の字をした団地。

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住人は立ち退きがほぼ完了しています。しかし本来の計画では今年度(2016)土地の引き渡しが完了し解体工事が始まる予定でしたが、地権者や住民らの反対もあって計画が遅れています。

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マルエツの向かいの線路際には抜け道のような路地があります。

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すでに廃ビルとなっていますが、再開発の完了した中央地区から駅へ抜ける人々が、私道のようなガタガタ道をひっきりなしに歩いていました。

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マルエツの並びには多くの古いビルが建ち並んでいます。この一帯も全て取り壊す予定ですが、今のところ普通に営業しています。

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こちらは東地区の東側、東急東横線武蔵小杉駅の西側になります。
武蔵小杉総合情報サイト武蔵小杉ライフに再開発の全貌が記されていますが、凄まじいとしか言いようがないです。

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こちらは東横線武蔵小杉駅西口の駅前にある路地裏飲み屋街、センターロード小杉。以前訪れた時にも撮りましたが、この一画だけは再開発されず高層マンション群の真ん中に残ります。

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このセンターロードの中に武蔵小杉唯一のネットカフェがあります(まだ営業しているかどうか分かりません)。ここは昔一度だけ利用した事がありますが、角のタバコ屋のおばちゃんにお金を払って利用券を受け取り、二階に上がって兄ちゃんに券を渡すと席に案内されるという、なんとも怪しげなネットカフェでした。利用客は皆中国人で、しかもパソコンが猛烈に重い。

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武蔵小杉は湘南新宿ラインが通るようになって以来地価が高騰し、閉鎖された工場跡地から次々と再開発が進み、今では常に住みたい街ランキングの上位に食い込むほどの人気を集めています。建てれば売れるとばかりに高層マンションが雨後の筍の如くニョキニョキと建ち続け、かつての埼玉県川口市のように急激に人口が増え続けています。

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センターロードから南に向かった線路沿い、かつて小さな歓楽街が細々と生き残っていましたが、すでに跡形もなく消えていました。ここには条例的にアウトなピンサロ「レモン」があったと思いましたが、街の浄化かなんかで消されたのでしょうか。
武蔵小杉はもう落ち着いたとばかり思っていましたが、南武線小杉駅北西部の小杉駅北部再開発地区では今現在タワーマンションが建設中で、今回訪れた三丁目東地区でも計画が進んでいます。この異常なまでの再開発はいったいいつまで続くのか。また、武蔵小杉の未来はどうなって行くのか。今後、様々な問題が浮かび上がって来るような気がします。

豊島区大塚(2)、南大塚の三業通り

 大塚駅の南側は北側と違って落ち着いた街です。どちらかと言うと文京区の匂いがします。

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 現在駅前は駅ビルが建ちロータリーも再開発されており、小綺麗になりつつあります。

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 駅前は天祖神社の門前町であり、下町の商店街と言った雰囲気。

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 大型スーパーも特に無く、個人商店の八百屋に魚屋、肉屋さんなどが元気に商いをしています。

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 そんな下町情緒の残る街ですが、東側はかつて都内屈指の花街でした。かなり昭和なバッティングセンター『ひょうたん島』が残っている事も驚きですが、その左脇を入ってゆくと街の雰囲気が一変します。

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 山手線の南側を平行して流れる川の川沿いに、料亭などが軒を連ねています。川は現在、蛇行したまま暗渠になっており、三業通りと名付けられています。

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 三業地とは料亭、待合い、芸妓置屋が営業を許可されたエリアの事を言い、旦那衆なんかが芸者遊びをしていました。いわゆる花柳界とも呼ばれる地域で、向島、神楽坂、赤坂などと同じ料亭街です。

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 この大塚三業地は大正8年に誕生し、関東大震災の復興とともに繁栄してきました。昭和初期には豊島区最大の規模となり、都内屈指の三業地として賑わいを見せ、最盛期には700人の芸者が在籍していたそうです。

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 ちなみに現在でもマンションの中に見番が存在し、芸者が在籍しているそうです。

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 置屋だったのでしょうか、かなり大きな建物も残っていますが、その多くはスナックや商店、アパートなどになっています。

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 細かい部分で凝った造りが見受けられます。

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 しかしアパートとしての営業はかなり昔からのようです。詳細は不明。

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 高級料亭だけは結構生き残っているようです。

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 花柳界と言うとやはり高級料亭に芸者を呼んでという金持ちの遊び。現在では娼妓と芸妓が完全に分離し、お座敷遊びの芸妓のみとなっています。大衆の遊びである赤線などに比べたら、えらい上品な世界です。

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 近代的な建物に建て替えられた料亭も2〜3軒ありますが、そのほとんどが昭和初期の造りのまま。

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 これは一見鉄筋コンクリートのビルのように見えますが、ベランダを良く見てみると純和風の明かり取りの窓が施されています。

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 カーブに沿って折れ曲がっている看板建築のような造りをしたアパート。

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 三業通りを奥まで進むと左手に坂があり、突然ホテル街が姿を見せます。前身は連れ込み宿だったとかでしょうか。

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 住宅街の真っ只中に数軒のホテルがありますが、廃業したホテルも。もっとも、これだけ駅からも離れた、しかも分かり辛い場所でやって行ける方が謎ですが。そこまで忍ばなくても。

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 住宅街の中に80年代のアパートでしょうか、懐かしい造りの建物がありました。確かに昔こんな建物よく見たけど、最近めっきり見なくなったなぁと。

追記・2016年8月27日

 東京で行われる阿波踊りと言えば高円寺が有名ですが、ここ南大塚でも行われています。

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 高円寺に比べて歴史が浅く(昭和46年〜)規模も小さいですが、地元企業や商店会から県外の阿波踊り連盟まで1000人を越える踊り手が参加します。

豊島区大塚(1)、北大塚の歓楽街

 大都市池袋の隣ということで、そこそこ栄えていながらも開発が遅れ、未だ昭和の匂いを濃く残している大塚周辺。しかし歴史は古く宿場町としても栄えていました。

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 JR山手線大塚駅は都電荒川線と交差しており、山手線開業当時は池袋よりも全然栄えていたそうです。

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 駅前には絶滅寸前となってしまった行商のお婆ちゃんが毎朝野菜などを売ってます。

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 不定期営業で朝の限られた時間のみ風呂敷を広げていますが、地元の方々で大盛況です。

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 大塚の凄いところは、首都圏に於いてとうに絶滅してしまったと思っていたピンサロが、何軒も生き残っているということ。

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 目立った風俗店街までは行きませんが、いい感じにやさぐれています。

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 大塚のピンサロはかつての川口や赤羽と同じ摘発対象となるようなサービスをしていないから生き残っているのか、そこまで潜入してないので分かりませんが、客引きは健在です。

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 北口のメインストリートとも言える銀の鈴商店街。主に飲食店が多く、その中に風俗店が点在するという、いわゆる歓楽街です。

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 もともとキャバレーでも入っていたのかと思えるような昭和感溢れる造りのビル。二階にはキャバクラが入り、一階は居酒屋。この居酒屋がまた安い。奥には角海老ボクシングジムがあり、建物の前が喫煙所となっています。なのでスパークリングを眺める人で人だかりが出来ることも。

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 北口駅前の歓楽街から都電の線路を挟んで向こう側にも、微妙な飲み屋街があります。

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 駅からも見えない奥の方にあるのでなかなか見つかり辛い一角なのですが、建物がことごとく古い。

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 年季の入った木造建築。この一帯は雰囲気からすると五反田に近いだろうか。ただ、ホテル街は次回紹介する北口三業通りの奥の、かなり離れた場所にあります。そのためデリバリー系風俗業者は定着せず、結果ピンサロの街なのかも知れません。
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都内、近郊の古い街並みや建造物、路地裏などの写真とレポートを主に載せています。また、国内の寂れた観光地や地方都市、マニアックな温泉スポットや廃墟などもご紹介。
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