博物館

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江戸川区葛西、地下鉄博物館

地下鉄東西線葛西駅の東側、高架下に東京メトロ地下鉄博物館があります。

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祝日は家族連れで大賑わい。まず出迎えてくれるのは丸ノ内線を走っていた昭和29年製の300系(301号)。その後400系500系900系と続きますが外観はほぼ変わらず、上京した頃は全てこんな感じの車両でした。アルミ合金の02系が登場するのは昭和63年の事です。

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懐かしい車内。小豆色だったんですよね。

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この非常灯。パンタグラフではなく足元から電力を供給される銀座線と丸ノ内線は、駅に入線する前の一瞬車内が暗くなる時があったんですよね。

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隣に置かれているのは銀座線1001号車。昭和2年、上野〜浅草間に東洋初の地下鉄が開通した時に登場した貴重な車両。

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この車両は2017年に重要文化財の指定を受けたため、特別なイベントがない限り車内には入れなくなっています。確かに元気なお子さんが多いですからね。わざわざ鋼板に木目焼き付け印刷し、木造車両にしか慣れていない乗客への配慮がなされています。またこの間接照明は演出でもなんでもなく、ずっと地下でずっと電灯の真下に立ち続けているという状況から乗客を守るための物。蛍光灯も発明されてない時代、当時の電気の普及率も87%でした。

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こちらは昭和13年製の銀座線100系(129)。最初は黄色だった銀座線も新橋〜渋谷間が開通した当時はこんな塗装でした。後の昭和23年には現在でも馴染みのあるオレンジ色になります。

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その129の運転台でマスコンを回すと、目の前の台車もモーターが回ります。唸りを上げる吊り掛けモーター!これ、マニアにはたまりません。ちなみにドアの開閉も出来ます。子供達が行列を作っていたので遠慮しましたが、見てても飽きない。

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シールド工法によるトンネル掘削の流れ。ほとんどプラントです。プラントがレールの上を少しずつ進んで行きます。

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現代のシールド工法によって造られた地下鉄の実物大の断面。とても勉強になります。

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保線用の軌道モーターカーも展示されています。他にも運転シュミレーターや鉄道模型まで、まぁここは飽きさせない。保存車両の台数こそ少ないものの、特に家族連れは楽しめそうです。

墨田区東向島、東武博物館

鉄道博物館は大宮も梅小路も行っておらず、東急電車とバスの博物館にしか行ってないと言う。そりゃ大宮の鉄博に行けばテンションマックスになる事は分かっている。ただブログのネタにはならない。と言うことでマイナーな所から攻めるのです。

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東向島駅のガード下にある博物館の外観を撮らず、いきなり1720系デラックスロマンスカーです。昭和35年から平成3年まで30年以上東武の顔として走り続けた名車。箱根出身者としてはロマンスカーと言えば38年就業の小田急SE車だろうなどと思い、東武帝国は東急帝国のライバルとして見ていたのですが、ともあれこの顔はロボっぽくてセンセーショナルでしたね。

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かつて日光を走っていた路面電車。今現在も万年渋滞な日光駅から東照宮の先の馬返までの坂道を走っていたそうです。馬返から先はケーブルカーがいろは坂の上まで登り明智平ロープウェイへと接続していました。このケーブルカーの遺構もいつか訪れてみたいところ。

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車内はこんな感じ。昭和29年製造で昭和43年には路線が廃止されていますがそんなに古さを感じさせない。地方で走っていても不思議じゃないです。

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入場して最初に目にするのはこの5号機関車。明治31年に英国から輸入しましたが、なんと昭和40年まで貨物線で走っていたと言うから、その物持ちの良さに驚かされます。現在では真岡鐵道から買ったC11牽引のSL大樹が走ってますが、東武鉄道ならば大切に使ってくれるだろうと感じられます。

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博物館としては目玉と 言えるデハ1形5号です。大正13年製で、よくぞ保存していたと思う。正面5枚窓が珍しく感じますが、電気系統や台車が米国製という事で、言われて見ればアメリカっぽく見えて来る。

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しかも車内に入れちゃいます。綺麗に磨かれた車内。細かい所まで見れば勉強にもなり、博物館に来た甲斐があると思わされます。

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ED101形(101号)電気機関車。ブドウ色のデッキ付き機関車は大好きでしたが、私鉄の機関車は見事に無視していました。昭和3年の英国製で、昭和47年に近江鉄道へ譲渡、昭和63年まで活躍し続いていたそうです。

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5700系(5701)。昭和26年、戦後に造られた日光鬼怒川特急用車両。前面二枚窓って好きなんですよねぇ。昭和35年、貫通扉(前面扉付き)に改造され、最終的には臨時や団体用として平成3年まで走っていましたが、引退後に前面をデビュー当時の前面二枚窓に復元したそうです。ナイスです。

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車内の様子。関東ではあまり見ない転換式クロスシート(背もたれを前後させて進行方向を向かせる)ですが、就業当時からそうだったのかな?

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館内には同じく5700系(5703)の先頭部分が展示されています。こちらは昭和28年製で最初から貫通扉型でした。同じく平成3年引退ですが、現役時代にこれを撮りに行きたかった。

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昭和34年から同59年まで東上線で活躍していたED5010形(5015号)機関車。高坂の秩父鉱業や越生線西大塚の日本セメントからの貨物列車を牽引していたそうです。西武電鉄などもそうですが、セメント列車は日本の高度成長期を支えていましたね。

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ED5015の手前にはキャブオーバーバス、TN714型1625号が展示されています。このバスは昭和26年にニッサンのエンジンを載せ富士自動車工業で製造されました。

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戦後、航空機開発を禁止された中島飛行機が非軍需産業への転換を迫られ、その一部が富士工業としてスクーターやバスの製造へと乗り出します。当時は財閥解体から再統合、合併への流れが複雑で、富士重工が発足するのはその2年後の昭和28年。

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ペコッと木の板が飛び出すウインカー。屋根の上の速度に合わせて点灯するランプもカッコイイです。バスは乗用車と違い、エンジン、シャーシ、ボディー、それぞれが違うメーカーである事が多いです。これは現代でもトラックの本体と荷台を違うメーカーが製造しているような感覚でしょうか。

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そもそもキャブオーバーバスとは、乗員数を増やして輸送効率を上げるために、従来のボンネットバスのボンネット部分に運転席と座席を張り出させたもの。そのため運転席の脇にエンジンルームが思い切り飛び出しています。

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このリアの丸っこさも大好き。ちょうどこの頃から富士重工では、かつての航空機の製造技術を生かしたモノコックボディー方式で、リアエンジン式バスの製造も始めていました。

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奥のホールではヘッドマーク展をやってました。ともあれ近いし入場料200円と安いし、シミュレーターも揃っているので夏休みの雨の日の子供連れも多く楽しまれていました。子供のみならず大人も充分楽しめるし勉強にもなります。

茨城県土浦市、土浦及び霞ヶ浦海軍航空基地跡と予科練記念博物館

大正10年に開設された土浦航空基地は、元々は霞ヶ浦航空隊の水上機班の施設であり霞ヶ浦航空基地の一部でした。元々昭和5年に横須賀海軍航空隊で発足した予科練が昭和14年ここに移設。昭和15年、水上機教育が南東沿岸に完成した美浦村の基地に移転したことにより、ここに予科練の教育を担当する土浦航空隊が置かれ、後、終戦に至るまで全国へと拡大していった予科練の中枢を成す事となります。

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霞ヶ浦の畔 、土浦海軍航空隊予科練跡地に陸上自衛隊土浦駐屯地とそれに隣接して予科練記念館があります。予科練とは航空隊の兵士を育成する機関で正式には予科練習生という。

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土浦海軍航空隊跡地の南側には予科練平和記念館が建っています。中は撮影禁止ですが数多くの資料が展示されており、当時の雰囲気が伝わって来ますし、とても勉強になります。特に印象に残ったのは、当時の若者は世界恐慌の影響で貧窮した経済状況の中、タダで学校に通えて軍隊に入れば家にもお金が入るという、実に現実的な事情で地方の農家の男子達が予科練の狭き門を目指していたという事。お国の為という以前に家の為、家族の為という辺りが実にリアルです。

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敷地には零戦の実物大レプリカが展示されています。戦争末期には鹿児島の知覧や去年訪れた香取海軍航空基地より、予科練出身の若者達が飛び立って行きました。またここでは以前訪れた神之池航空基地と同時期に決戦兵器桜花の訓練もされていました。

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特攻で多くの命と航空機を失った帝国海軍は、回天という特攻兵器を造りました。いわゆる人間魚雷ですが、こちらは実物大レプリカ。ちなみに回天については山口県や大分県などに訓練基地があり、予科練卒業後に配属されて行った。

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予科練平和記念館の北側、現在の陸上自衛隊土浦駐屯地。

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敷地内には予科練当時の医務課棟が残っています。敷地内を見学する事も可能ですが、二カ月以上前までに書類を送付して事前予約をしなければなりません。

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敷地内には歴代の自衛隊車両が数多く展示されています。いつか機会があれば中にも入って見たい所ですが、桜の季節に一般開放されたとか。すでに遅し。

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ただ敷地内には予科練出身者の方々によって建てられた記念館、雄翔館があります。こちらは自由に入れて入館無料。建物の前には山本五十六元帥の像があります。

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こちらは特に撮影禁止と書かれてませんが、館内には手紙や寄せ書きなど貴重な資料が展示されています。こちらは海軍の特攻船震洋の模型。木製のモーターボートにトヨタのトラックのエンジンと爆弾を積んで突っ込むという物です。桜花や回天と比べてなんと原始的ですが、昭和19年5月に試作1号艇が完成し8月に兵器として採用され10月下旬のレイテ沖海戦に投入された事から、神風特別攻撃隊より半年以上前に、震洋の開発は完了していたことになります。(wikipedia参照)

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終戦が近づき物資が本気で無くなって行くにつれ、特攻兵器はその狂気を増して行きます。そしてその最終形態とも言える物が、この伏龍。もはや決戦兵器もただの潜水服となってしまいました。伏龍隊は横須賀で訓練を重ねていましたが、幸いにも出撃する前に終戦を迎えました。ただこの潜水服が欠陥品で、訓練中に命を落としてしまった若者が多くいたそうです。

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陸上自衛隊土浦駐屯地の約3キロ北西、内陸部に航空自衛隊霞ヶ浦駐屯地があります。こちらは土浦航空基地よりも前の大正8年に完成した、旧霞ヶ浦海軍航空基地の跡地となります。当時は東洋一の航空基地とも称されていたとか。

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基地の周辺にはいくつかの遺構が残されています。その一つで20基造られた掩体壕の内、唯一現存するものです。

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一応解説板は有りますが、いかんせん一般住宅の敷地内なので、なかなか近くには行けません。

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こちらは土浦航空基地での訓練等で殉職された方々を祀った慰霊碑。

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元々この場所には慰霊のため大正14年に霞ヶ浦神社が建立されましたが、終戦時に取り壊されてしまいました。そこで慰霊碑が建てられたと。

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フタムラ化学及び三菱化学のあるこの敷地は、かつて中島飛行機若栗工場だったそうです。

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工場の前の直線は霞ヶ浦航空基地への誘導路跡。

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ヰセキの工場敷地内では基地の格納庫がそのまま使われています。煉瓦造りの格納庫、近くで撮りたい。

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その敷地には戦闘指揮所の跡も有ります。こちらは外周道路沿いなので、なんとか撮れました。

霞ヶ浦航空基地は霞ヶ浦海軍航空隊の陸上機のための基地であり、水上機のために土浦航空基地が建設されてました。しかし横須賀より予科練が移転して来たため、水上機の基地は南東の美浦村、江戸崎の北の岬に移転し、その後鹿島海軍航空隊と改名されました。次回はその水上機基地の跡地を巡ります。

栃木県真岡市、真岡鉄道と刀剣博物館

元々真岡鉄道に行こうと思ったのは某ブログ(しまDiary様)の去年アップされた記事を見てからでした。

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今週寒かったものの都心の桜もだいぶ散ってしまい、しかし北へ行けばまだ桜も残っているのではと、仕事もようやく落ち着いた週末に行って来ました。

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最初はSL列車の一本前の列車で寺内駅まで行き、ニワカ撮り鉄しようかと考えていましたが、どうやら客車3両のSL列車にまだ全然空席があるような。整理券を販売し座席は自由に座れるのですが、土曜日の、しかも出発30分程前で座席に余裕があるとは思ってもいませんでした。観光の目玉のはずなのに!

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という訳で、ついつい乗ってしまいました。まぁ昔みたいに朝から撮影ポイントで場所取りするようなガチな撮り鉄は出来ない事だし、せっかくだからSLサウンドを聞きながら懐かしの50系客車に乗るのも良いかなと。インスタなどで先週チェックしてた所、予想以上に開花が早いようで散っちゃってないかなと心配もしていましたが、全然見頃じゃないですか。

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列車に揺られて真岡にて下車。ニワカ撮り鉄はホームからで充分です。

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真岡駅。駅舎をSLの形にしてしまうほどの力の入れようですが、2台動態保存していたSLの内1台を東武鉄道へ譲渡することを決定。観光客だけでなく普段の利用者も減少し続けている中、SLの嵩む維持費を負担しきれなかったという。今回乗ったC11を譲渡し、C12の一台態勢でSLもおか号は存続されるそうです。

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真岡駅には保存車両も展示されています。

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真岡駅に隣接して建てられたキューロク館も訪れました。釜に火を入れずに水蒸気でSLを動かすという試み。見てみたかったのですが連れ達もいることだし次の目的地へ。

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久下田駅。真岡鉄道はどの駅も桜が多く魅力的な駅ばかりです。

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久下田からタクシーでワンメーター、さむらい刀剣博物館にやって参りました。

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いきなりヘリの出迎え。いきなりブレます。

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中に入ると旧車の数々。思わずスバル360に食い付き私もブレる。

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オーナーが趣味でコレクションしたのだろうか。

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マツダ117クーペ。ジウジアーロのデザインは見てて飽きない。

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出ました変態車。光岡自動車製のチキチキマシン猛レース。

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普段から磨いてる風では無いのですが、一応ほとんどの車にナンバープレートが付いてます。

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紫のコルベット。再塗装されているそうですが、オーナーの性格や人柄が滲み出ている。

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すっかり脱線しましたが、二階が刀剣博物館です。刀剣乱舞からの刀剣女子が集まるスポット。

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刀には詳しくありませんが、歴史的価値の高い物も多く展示されています。

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火縄銃や鎧兜の展示も。ただ途中でいきなり化石とか隕石とかも出て来て、ここでもブレまくります。

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いわゆるB級スポットの匂いもありますが、刀に関してはいたって真剣。詳しい説明は面白く、実に楽しめました。おっきいコンの助の話を挟んだら、やはり来館していた女性のお客さんが反応した。

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帰りは久下田駅より真岡へ。思った以上に連れ達共々刀剣博物館にハマってしまい、復路のSL列車を見逃してしまいました。それにしても真岡鉄道は思ったより遠くないですね。気軽にSLに会いに行けるいい場所です。今後一台態勢での存続ですが、応援したいです。

埼玉県秩父市、三峰口秩父鉄道車両公園

相変わらず田町の立ち飲み屋や新橋、神田などで飲んでいましたが、仕事が忙し過ぎて一カ月以上更新していませんでした。そんな訳でご無沙汰しています。

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西武秩父より秩父鉄道の終点、三峰口駅へ。三峰神社も行きたいところですが、今回は神社の気分じゃないのでパス。

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今回の目的地は三峰口駅構内に保存車両が展示してある車両公園です。

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保存車両とは言っても貨車が並べてあるばかり。ターゲットが狭過ぎます。

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貨車の中にも入れます。しかし子供たちは果たして喜ぶでしょうか。何気に天井朽ちてるし。

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などと貨車を蔑ろにしていると、そのうち消え去って二度と見れなくなってから後悔、なんてことも考えられます。103系や113系を蔑ろにして来た身としては。

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さて、今回の目的。朽ちかけたクモハ29。大正11年製造の木造車両を昭和28年に鋼体化改造したもので、昭和63年に引退しています。

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引退後この場所に展示されていましたが、盗難などで荒らされたためか2006年頃よりロープが張られ、現在では間近で見る事も出来ないまま放置状態が続いています。

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奥にはデハ107の先に電気機関車も放置されていますが、近づくことは出来ませんでした。
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