倉庫

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群馬県前橋市(2)、謎のバラック地帯と温泉銭湯

JR前橋駅から中心街を挟んで北東、利根川の支流である広瀬川沿いに、上毛電鉄の中央前橋駅があります。

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明治17年(1884)に現在のJR両毛線の前橋以東が、同22年(1889)に前橋以西が開通しました。それに対して昭和3年(1928)、中心街の北東に位置する中央前橋駅から西桐生駅まで、上毛電気鉄道が開通しました。車両はかつて京王井の頭線で活躍していた車両です。

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駅前には昭和63(1988)年建造の中央ビル。ここの一階の定食屋さんで昼食をとりましたが、うどんとソースかつ丼が美味かった。

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川を隔てた南東側には温泉銭湯の成田湯がありますが、ちょうど水曜定休で入れず。

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中央前橋から南東に位置する三河町一丁目。ここに謎のバラック地帯があります。丸窓から何かしらの飲食店だっただろうと思われます。

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周囲はそこそこ立派な屋敷も点在するごく普通の住宅街ですが、この一画だけが異空間。奥の煙突跡は銭湯にしては低いので工場だったのか。

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路地を入って行くと、このような未舗装の私道となります。

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二本の路地が平行する狭い一画ですが、どうにも周辺の街並みから異彩を放っている。

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昭和の頃の貧民窟や朝鮮部落などの光景にも似ていますが、情報などは一切無し。聞き込みなどで探るしかありません。

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路地の奥には廃墟もあります。倒壊の危険がある廃墟が放置されている所は、特殊な事情があるか解体費用が払えないかです。

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井戸ポンプの跡も。もちろん現在は使われておらず、インフラはちゃんと整備されているようです。

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もう一本、中央前橋寄りの路地。左手には閉業した小料理屋。写ってませんがその左手には公民館があります。

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こちらもなかなかなバラックだらけです。

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裏手(広瀬川寄り)に廻るとこんな感じ。解体され駐車場となっていますが、この辺りに繭の乾燥場が有ったという話があります。推察するにこの一帯は生糸の製糸工場などの労働者が住んでおられたのか。

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周囲が解体され取り残されたバラック。広瀬川の対岸を走る上毛電鉄の開通が昭和3年なので、この辺りに人が住み始めたのもその頃なのでしょうか。

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駅から離れ東に歩くと旧大竹酒造煉瓦蔵があります。大正末期建造の蔵で、昭和8年(1933)大竹酒造が買い取ったそうです。酒蔵は昭和47年に廃業。2016年には国登録有形文化財に指定され、現在は前橋市所有の多目的ホールとして活用されています。(去年3月には今話題の「えんとつ町のプペルひかる絵本展」もやっていたとか)
ただこの物件、大竹氏が前橋市に買い取りと保存を要望し続けていたのに対しその要望には長年答えず、仕方なく某NPO法人の紹介で民間の不動産業者に2005年、5500万で売却されたそうです。しかしそれから一年も経たぬ内にその不動産業者は前橋市に8000万で売却。そしてその不動産業者は二年三ヶ月後に事業を停止。しかも前橋市に対し不動産業者からの物件購入と保存を要望したのが件の某NOO法人及び某市民団体だと言う。群馬県の産業遺産に関わる裏話の一つという訳ですね。

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西側のちょっと外れにある、飲食店の廃墟。

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その向かいにあるバラック。この広瀬川南岸地域については、更なる調査が必要です。

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最後に場所は離れて中心街の西、群馬県庁の南側に残る温泉銭湯、利根湯さんに立ち寄りました。女将さん(お婆ちゃん)がもうチャキチャキの群馬っ子で言葉が荒いwww
根は優しいんでしょうけれど、群馬県民の気質に対する慣れは必要ですね。

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お湯は紅茶色の鉱泉を加温したもの。自分は嗅覚が鈍いのでなんと表現したら良いのか分かりませんが、独特な香りがします。浴感はさほど特徴が感じられないものの、じわじわと温まりからっ風が身に染みる冬の群馬では有り難い。
浴槽は二つあり熱めが46度。超熱めは温度計が有りませんでしたが、47〜8度ぐらい有るんじゃないかという熱湯。長時間は浸かれません。草津などもそうですが群馬の共同浴場は基本熱いです。

神奈川県横須賀市田浦(3)、引き込み線廃線跡と倉庫群

京急田浦駅から山を隔てた谷にJR田浦駅はあります。駅前には商店も何も無く、海側は倉庫と自衛隊病院、山側は住宅街が広がるのみ。

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駅構内から海岸沿いへと伸びる専用線が分岐して行きます。

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トンネルとトンネルの間にある駅から南側のトンネルへと専用線跡(1番左)は延びて行きます。

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JR田浦駅西口に見つけた地下壕入り口と思しき穴。田浦を含め三浦半島には無数の地下壕が掘られています。

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こちらも地下壕入り口と思しき穴。火工工場の倉庫でしょうか。もちろん入れません。いや無理です、入りません!

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JR田浦駅からトンネル(一番右側)を抜けた専用線は、ここから大きく左カーブを描きながら海を目指します。

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廃線跡から一旦外れますが、県道沿いさらに南にトンネルを抜けた所に、地下壕入り口を見つけました。[地図

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……だから入らないって!

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この辺りは長浦地区になりますが、長浦神社へと登る階段の途中、どう見ても砲弾だろう物があります。しかし何の説明書きも無い。

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廃線跡に戻ります。左カーブを描いた線路は、直進して海上自衛隊横須賀造修補給所へ伸びる線と、右にカーブしてトンネルに入り米軍送油施設へと続いていた線とに分かれます。トンネルに入る線はスイッチバックの形で北へ、海沿いの倉庫群へと向かいます。写真は横須賀造修補給所への線とトンネルから倉庫群への線との十字レール(ダイヤモンドクロス)。[地図

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南側のトンネル内は現在車道で線路は残っていませんが、トンネル内に穴を塞いだ跡がいくつかあります。一段高くなっている事から、これは貨物列車を横付けして地下火工工場に物資を出し入れしてたんじゃないかと思われます。

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トンネルの北側出口に建つ、トタンの錆び具合が素晴らしい倉庫。

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現在の相模運輸倉庫11号倉庫ですが、かつてはここも大日本帝国海軍の倉庫だったと思われます。

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近くで見ると迫力がある。

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その11号倉庫の脇を廃線跡が続きます。田浦駅から来た線路がトンネル側に右折せずに直進し、十字を越えて海側へ。戦後はドンつきにある海上自衛隊横須賀造修補給所へ燃料を運んでいたそうです。

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海に向かって左手(東側)には5号倉庫。かつては第二海軍航空廠(木更津航空隊)横須賀補給工場の発動機倉庫だったそうです。

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5号倉庫の東側には手前からB、C、D倉庫と続く。こちらも第二海軍航空廠横須賀補給工場。
※ちなみにこの二ヵ月後、2018年7月に火災が発生し、C棟とB棟が焼失してしまいました。

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トンネルからダイヤモンドクロスを越えて北へ延びる廃線跡を辿ります。合同庁舎の前辺りで顔を出す枕木。

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こちらはK号倉庫。かつての光学兵器庫です。光学兵器と聞いてレーザー⁉︎とか思っちゃいますがそんな訳はなく、双眼鏡や測量器などの事を指します。

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大正6年竣工のF号倉庫。かつての第三水雷庫です。[地図

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ノコギリ屋根のこの倉庫はE号倉庫。かつての兵器修理工場です。

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庫7号倉庫。かつての第一水雷庫水雷庫になります。相模運輸倉庫の敷地はここまで。この左奥がJR田浦駅。

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こちらは海上自衛隊艦船補給所食料庫。かつての第二計器庫です。ここからは海上自衛隊の敷地になり、補給所や自衛隊横須賀病院などの敷地となります。

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道路沿いにずっと線路が残っていました。元はバラストに枕木だったところ、2013年頃からの道路改良工事で道路の幅を広くしましたが、レールを残したままコンクリで埋た所がほとんどでした。また、米軍送油施設及び相模運輸倉庫の専用線は1998年頃に廃止されたようです。

神奈川県横浜市、神奈川区、三井倉庫~貨物線跡

 JR東神奈川駅は京急仲木戸駅と乗り換えられるようになっており、駅前も再開発されて巨大な複合施設マンションまで建っています。まず、神奈川県横浜市神奈川区神奈川の東神奈川駅という、地名から言うとかなりウザいことに。(笑)

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 そんな駅前に一軒だけ昭和なビルが残されていました。
※この雑居ビルは2018年3月の時点で取り壊され、新しいビルが建ち始めていました。

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 東神奈川駅、仲木戸駅から真っ直ぐ海に向かって歩くと今も列車が通る貨物専用線と交差します。その踏切のところにある三井倉庫。

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 ただの倉庫ですが、現役としては首都圏でも最古と言っていいほどの古さ。かつては貨物線も敷地内に引き込まれてていたようです。

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 三井の文字が、なんとモザイクタイルで書かれてます。

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 裏側は運河になってますが、こちらの建造物もなかなかの古さ。角が曲線を描いている辺り、倉庫にしては面白い造りです。

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 船から物資を荷揚げして、倉庫に貯蔵したのち貨物列車で運ばれていた事が伺えます。倉庫萌えなんてジャンルがあっても不思議ではない。

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 かつて臨海地区には多くの貨物専用線が張り巡らされておりました。廃線跡は殆ど残されてませんが、鉄橋などは意外と残ってたりします。

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 今はゴルフの打ちっぱなし練習場となっている場所へと伸びる鉄橋跡。練習場自体かなり古い施設なので、この鉄橋を列車が走っていたのは相当昔かと思われます。

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 こちらの廃線跡の先はアメリカ陸軍の土地となります。

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 廃線跡は好きです。(笑)

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 米軍の敷地内には入れませんが、覗くとかなり広い貨物ターミナルが形を残されておりました。燃料か何かでも運ばれていたのでしょうか。

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 米軍の敷地を眺めれば、軍の船などが間近に見えます。陸軍だけに上陸作戦に使う船でしょうか。

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 鉄橋と並行して瑞穂埠頭へ向かう広い橋があるのですが、その袂に二軒のバーがあります。米軍関係者が主に利用するようで、とてもアメリカンな感じ。しかもこの場末感。雰囲気が半端ないです。ここだけが横須賀な雰囲気。調べてみると「あぶない刑事」などのロケ地にも使われたらしく、サザンにも「思い出のスターダスト」というタイトルで曲があるそうです。最近ではゴールデンボンバーがPVの中、店の前で踊ってたり。神奈川県民にとっては、知る人ぞ知るデートスポットだとか。ただ駅から歩くので、タクシーか何かで行かなければなりません。

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 周辺は横浜の臨海地区として、倉庫街を潰してマンションを建てる再開発が進んでおります。三井倉庫や廃線跡などもいずれ消えゆく運命なのかも知れません。

※追記 2018年3月

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 仕事帰り、久々に東神奈川で駅を出ました。東口を出れば新横浜辺りに勤めるサラリーマンでしょうか、横浜線から向かいの京急仲木戸駅へ乗り換える人波。東神奈川と仲木戸の間は右も左も新しい複合施設系マンションが建ち、仲木戸駅右手にあった古い雑居ビルも建て替え中で、すっかり再開発が進んでいると言った感じ。

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 途中で左に曲がるとそこには二軒の立ち飲み屋が。再開発で建った高層マンションの2階へ、スカイデッキからダイレクトアクセスです。

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 串揚げ立ち飲み『龍馬』さん。なんと店長に聞いたところ、新宿歌舞伎町の『龍馬』の系列店でした。系列と言っても2店舗のみですが。メニューや料金は歌舞伎町店とほぼ一緒ですが、明太を練り込みフライドオニオンをふりかけたポテサラなど、オリジナルメニューもあるようです。東神奈川から仲木戸へ乗り換えるサラリーマンが流れ込む流れ込む。

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 龍馬の隣の『じゆうな丘』。立ち飲み屋が二軒横並びっていうのも凄いですが、こちらは逆に超アットホームな家族経営の店。地元とおぼしき常連さんたちが集まるような、実に和やかな雰囲気です。親父似の息子さんは休憩時間一人籠って携帯いじるし、女将さんは高いテーブルに合わせて踵の高いショートブーツ履くし、箸はウチと同じダイソーの箸だし、キャベツの千切りのドレッシングは胡麻だし、なんか自宅にいるみたいでスゲー落ち着く。(笑)

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 生390、割り物300、おつまみは焼き物炒め物中心で200〜380、刺身400。高そうに思えますが、お値段以上のボリュームで満足。なんかこの店好きです。
 街の雰囲気は小綺麗になってしまったものの、仲木戸の海側にはドヤ街を抱えているような街ですから、立ち飲み屋が二軒並んでいても全く違和感が無いのがさすが東神奈川。


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神奈川県横浜市、臨海地区の観光開発~中華街

 ドトールに入ったら隣の席に二人、チャイナ服を着た女子大生観光客がいた。
 どんだけ浮かれてんだ!
 スリットの切れ込みが気になって仕方ないじゃないか!(笑)

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 そんなわけで、横浜の観光地としての顔、赤レンガ倉庫から山下町界隈。写真は臨港パーク。

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 みなとみらい再開発地区。高層マンションやオフィスビルが建ち並ぶ地域です。
 もとは三菱重工横浜造船所や旧国鉄の貨物駅や操車場などがあった高島埠頭で、都市再生機構や地権者、地元経済界の出資により作られた第三セクター『(株)横浜みなとみらい21』によって再開発が進められてきた。
パシフィコ横浜やインターコンチネンタルホテル、クイーンズスクエア横浜など、複合施設やイベント会場なども多く、東京のお台場と類似している。

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 横浜の観光地として優れているのは、古い物を壊すのではなく、古い物を生かす街づくりにあると思います。赤レンガ倉庫も都会とは言え『地方都市』だからこそ壊されずに残っていたという面もあります。『あぶない刑事』のロケで注目を浴び、訪れる人が増えた事から当時、暴走族の落書きなどで荒廃していたこの倉庫の歴史的価値が見直されました。ただ、あの荒廃した雰囲気が横浜っぽかったという意見もあります。私もそう思いますが、現実的には観光地化されて正解だとも思う。

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 古い物を活かすと言う取り組みは観光資源となり、街の発展に繋がる。まさに観光地の鏡と言えるでしょう。また、壊さずにその上に造るというやり方のため、整備された下には古い物が残っている。

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 横浜税関。横浜市認定歴史的建造物に指定されており、現役で使われ観光資源のひとつにもなっています。

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 貨物線の高架跡も取り壊さずに赤レンガ倉庫から山下公園までの遊歩道として再利用されています。

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 同じく、貨物線跡の鉄橋。あえてレールが残されている辺りが、なんとも心憎い演出。

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 大型客船が停泊する大桟橋埠頭。実に未来的なデザインで埠頭なのにカッコいい。

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 その最新の埠頭の根元には昭和の香りが残る。

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 そしてやはり、山下公園と言えば氷川丸。
観光名所のひとつ。

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 石川町の東側から山下公園にかけて広がる中華街。休日は観光客でごった返してます。
 この光景を見ると不景気なんてどこ吹く風。とは言うものの、実際のところ中国人観光客が高い比率を占めてました。

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 中華街の中にも古い建造物は多く残っています。

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 コンクリート造りと言えども窓枠は木のまま。
シビレます。

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 そしてやはり、路地に誘われる。

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 奥の奥に進むと、こんな民家も。

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