保存車両

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茨城県、鉾田市及びひたちなか市の廃車両たち

東京駅より鹿島神宮行きの高速バスに乗り、新日鐵住金鹿島製鉄所バス停で降りて桜花公園を訪れた後、鹿島灘を北上して行きます。

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鹿島駅より鹿島臨海鉄道。途中の大洗がアニメ、ガールズ&パンツァーの聖地らしく、観光客を引き込もうとラッピング車両も走らせています。

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しかし、えげつないスポンサーの数。以前は鹿島臨海工業地帯の貨物輸送が主な収益でしたが、貨物線の廃止もあり、現在これだけ広告を載せなければ、やって行けないのでしょう。

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まずは鉾田市、鹿島灘海浜公園近くの畑の中で倉庫として使われている日立電鉄のクモハ352。なんかカワイイ。

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元々は静岡鉄道の車両で昭和43年製造。昭和59年に日立電鉄へ譲渡され、平成6年まで使用されてたそうです。現在は個人所有で、静岡鉄道の塗装に塗装し直されています。手前は収穫を終えたサツマイモ畑。ちなみにその日立電鉄も平成17年、設備を更新すり資金が無い事を理由に全線廃止されてしまいました。

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次に水戸まで抜けてひたちなか海浜鉄道(旧・茨城交通)。那珂湊駅へ向かいます。写真は廃線となった三木鉄道から払い下げたミキ300形。

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那珂湊駅構内に残るキハ203。国鉄から鹿島臨海鉄道、茨城交通へと払い下げられた車両で国鉄時代はキハ20428。

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車両区の端に転がっているのがケハ601。1960年製造、1993年まで走っていました。茨城交通と言えばコレってぐらいの代表的な車両です。

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日本初のステンレス気動車として一世を風靡しましたが、現在ではステンレス製ゆえに錆びないのをいい事に、倉庫として使われています。

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廃止の危機に直面していた茨城交通は2009年、第三セクターの形で、ひたちなか海浜鉄道として存続され、現在では地元のバックアップもあり業績を回復しているそうです。
また、ここは多くのキハ20型(ほとんど私鉄からの払い下げ)を有し、国鉄色に塗り替えるなどされていましたが、そのほとんどが第三セクター化を機に解体されてしまいました。千葉県のいすみ鉄道みたいに観光列車として保存すればとも思えますが、あえて観光に頼らないと言う経営方針の転換があったからこそ、黒字経営に繋がったとか。

埼玉県秩父市、三峰口秩父鉄道車両公園

相変わらず田町の立ち飲み屋や新橋、神田などで飲んでいましたが、仕事が忙し過ぎて一カ月以上更新していませんでした。そんな訳でご無沙汰しています。

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西武秩父より秩父鉄道の終点、三峰口駅へ。三峰神社も行きたいところですが、今回は神社の気分じゃないのでパス。

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今回の目的地は三峰口駅構内に保存車両が展示してある車両公園です。

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保存車両とは言っても貨車が並べてあるばかり。ターゲットが狭過ぎます。

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貨車の中にも入れます。しかし子供たちは果たして喜ぶでしょうか。何気に天井朽ちてるし。

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などと貨車を蔑ろにしていると、そのうち消え去って二度と見れなくなってから後悔、なんてことも考えられます。103系や113系を蔑ろにして来た身としては。

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さて、今回の目的。朽ちかけたクモハ29。大正11年製造の木造車両を昭和28年に鋼体化改造したもので、昭和63年に引退しています。

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引退後この場所に展示されていましたが、盗難などで荒らされたためか2006年頃よりロープが張られ、現在では間近で見る事も出来ないまま放置状態が続いています。

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奥にはデハ107の先に電気機関車も放置されていますが、近づくことは出来ませんでした。

山形県鶴岡市、庄内交通廃線跡と湯野浜温泉

庄内交通湯野浜線は昭和4年、羽越線鶴岡駅から湯野浜温泉駅を結ぶ鉄道として開業し、昭和50年まで営業されていました。

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上の写真は湯野浜温泉下町共同浴場の休憩室に展示されていたもの。湯野浜線は途中にある善宝寺の参拝客や当時まだ栄えていた湯野浜温泉の宿泊客、魚の行商人や地域の米などを運んでいたそうです。
白黒写真で見ると昔の箱根登山に見えてきてしょうがないのですが。

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秋田から特急いなほで鶴岡へ。そこから普通列車で隣の羽前大山へ。あとはタクシーで進みます。

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田園地帯の廃線跡はほぼ跡形も無くなっていますが、こちらは中間にある善宝寺駅跡。奥には保存されていたモハ3形が。ちなみにこの善宝寺、平成2年に人面魚の話題で注目を集めた場所です。タクシーの運ちゃんに言われて初めて知りました。意外!

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湯野浜線はモータリゼーションの影響から昭和50年に廃止されてしまいましたが、この善宝寺駅駅舎が善宝寺鉄道記念館として昭和53年にオープン。このモハ3の他にも多くの資料が展示されていました。

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しかしその記念館も訪れる人が年々減り続け、施設の老朽化もあって1999年に閉館となりました。

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その後展示されていた資料は湯野浜温泉の庄内クラフトステーションに移設されましたが、併設されていた旅館が閉館。今では資料を見る事も出来ず、保存車両も朽ち果てています。

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この小雨がパラついているシチュエーションがたまらなくて、いつまでもここに居たいと思ってしまいますが、タクシー待たせているのでしょうがない。

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善宝寺駅跡から小高い山の北麓を迂回し日本海に面する湯野浜温泉へ至る廃線跡は、サイクリングロードとして整備されています。

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と言ってもここをサイクリングする人などおらず。ただ線路跡の面影だけが残っています。

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こちらが終点の湯野浜温泉駅跡。この辺りがホームの端部となりますが、現在ではホームなどの遺構は全く残っていません。庄内交通はバス会社として今でも庄内地方の人々の足を支えていますが、鉄道の存在は人々の記憶からも消えて行っております。

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この湯野浜温泉もすっかり寂れたマイナー温泉地です。唯一目の前の浜辺が海水浴場なので、夏休みなどは地元の方々が日帰りで訪れる事もあります。

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今回お世話になった宿はこちら扇屋旅館さん。民宿のような雰囲気ですが一泊二食付きで8000円とリーズナブル。昼間は飲食店もされているようで食事は大満足な内容ですが、ただし全館禁煙となります。

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温泉も加水加温循環濾過無しの100%源泉掛け流し。ナトリウムカルシウム塩化物泉のお湯は舐めると強い塩気。全身を包む滑り感もあり湯上がりは汗が止まりません。

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街の中心部のバス停前に湯野浜振興センターコスパがあり、バス待合室や観光案内所や集会所などが入っています。またこの場所が旧湯野浜駅駅舎の跡地となります。

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右手奥には下町共同浴場も併設されています。朝6時〜7時と10時〜21時営業。

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朝10時のお湯入れ替え直後に入ると、すでにご老人が一人。その後も地元の方が2人3人と入って来ます。
私も入ろうとしましたが、ほぼ熱湯風呂!今まで入った温泉の中でも1位2位を争うくらいの激熱。48度ぐらいは有りましょうか、しかし地元の爺ちゃんが何の躊躇もなく入って行き「気〜持ちええなぁー」って。
「水、入れてもいいぞー」と言うので、ちょっと悔しさを覚えながら泣く泣く加水してしまいました。それでも掛け湯で慣らしながら足で湯もみをして、辛うじて肩まで浸かれる始末。東北恐るべしです。

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こちらは南寄りの地区にある上町共同浴場。ちょうど7時から10時の清掃時間だったため入れず。ここ湯野浜温泉は一号から五号源泉の混合泉が分配されている事が多いので、宿泊した扇屋さんも共同浴場も泉質は変わりません。ただ、下町共同浴場に関しては源泉から近いせいで温度が高いのかも知れません。

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上町では小規模ながらも海沿いで朝市が行なわれていました。

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こちらの巨大なホテルは廃墟。東北の日本海沿岸で数少ない海水浴場を擁していてもシーズンは短く、結局他の温泉地同様最盛期に比べて随分と衰退している模様です。

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ただ唯一の希望としては車で10分ほどの近隣にある加茂水族館が、クラゲの展示に特化した事でV字回復した事。このインスタ映え水族館の影響で宿泊客が増えてくれればと思います。

栃木県日光市足尾(8)、足尾歴史館の軽便鉄道たち

桐生からわたらせ渓谷鉄道で足尾へ。3回目の訪問となります。

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新緑の渡良瀬渓谷を昇るDE10+12系客車+トロッコ客車。

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ゴールデンウィーク最終日は満席。清々しい風が駆け抜けます。

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すっかり観光客気分の今回、通洞駅で下車して足尾歴史館を訪れました。同じく下車した観光客たちは歴史などに興味は無く、そのほとんどが足尾銅山観光のトロッコへと直行します。

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足尾歴史館の目玉は完璧に復元したガソリンカー。

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この軽便鉄道はかつて、国鉄足尾線とは別に足尾町内を路面電車のように走っていました。明治28年、馬車鉄道として開通し、大正14年よりガソリンカーへと変わったそうです。昭和29年に廃止。

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館内の広場を二周します。約80年前のフォードエンジンをレストアし、ボンネットやラジエターなどもフォードのクラッシックカーからそのまま移植。その辺も忠実に再現しています。

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周回コース内側には、ちっちゃいガソリンカーも。こちらもちゃんとエンジンを積んでて人を乗せ、運転までさせてくれます。

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館内にはさらに小さなOゲージのガソリンカーまで。ガソリンカーへの愛が止まらない。

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広場にはボランティア団体のけいてつ協会によって全国から集められたナローゲージの機関車たちが保存されています。

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集められた車両は整備され、再び動くところまで復元し、動態保存されます。

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こちらは足尾銅山で稼働していた機関車。

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こちらは立山砂防工事軌道の機関車。なんと現地ではいまだ現役で運行されています。

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立山の機関車を二輌も引き取ってました。もちろん二輌ともしっかり動くとの事。この立山砂防工事軌道、スイッチバックしながら昇って行く事でも有名なのですが、30年近く前に現地へ写真を撮りに行った事があります。まさかこんなところで再会できるとは、思ってもいませんでした。

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こちらはかつて向ケ丘遊園の園内を走っていた車輌。防水塗装などの再塗装がまだなのでシートが被されていますが、ちゃんと動くそうです。ただホイールベースが長いため、直線レールでのみ。

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こちらはいわき市の新八茎鉱山で働いていた機関車。こういう顔、大好きです。

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それにしても、ここのスタッフは実にマニアック!話をすると特にそうなんですが、本当に軽便軌道が好きな人たちです。しかも来館しているお客さんたちもマニアック!もっと家族連れとかカップルとか、観光地っぽい雰囲気あってもいいのに、なんか雰囲気がタモリ倶楽部。

ちなみに館内には多くの貴重な写真や資料などが展示されており、足尾の歴史をよく理解出来ます。

栃木県日光市足尾(1)、足尾銅山観光
栃木県日光市足尾(2)、旧足尾線貨物専用線跡
栃木県日光市足尾(3)、足尾銅山本山製錬所跡
栃木県日光市足尾(4)、鉱山住宅跡(その1)
栃木県日光市足尾(5)、鉱山住宅跡(その2)
栃木県日光市足尾(6)、簀子橋堆積場
栃木県日光市足尾(7)、秋の田元鉱山住宅跡〜変電所跡

大分県豊後森〜熊本県小国町(2)、豊後森機関庫及び旧国鉄宮原線廃線跡

旧国鉄宮原線は第一次特定地方交通線、つまり赤字ローカル線の廃止対象に選ばれ、1984年12月1日に全廃となりました。

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豊後森の扇型機関庫は昭和9年の久大本線開通と共に完成し、昭和46年に廃止。宮原線で使用されていた蒸気機関車やキハ07などもここに格納されていました。

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最近まではただの廃墟だったところを、現在では豊後森機関庫ミュージアムと共に観光地化が進んでいます。この9600型蒸気機関車はこの後訪れる志免町の中の坪公園で約40年間野ざらしにされ解体が決定したところを引き取ったもので、2015年より展示されています。

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2009年に近代化産業遺産、2012年に国の登録有形文化財に指定されています。扇型機関庫は非常に横幅が広く入り切らないので、何枚かの写真に分けます。広角レンズが欲しい。

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現在でも展示物としての保存活動が進められており、この日も転車台のペンキ塗り替え工事が進められていました。

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どんどん綺麗になって行くのですが同時に廃墟感が失われて行きます。ただ割れた窓ガラスはこのままにしておいて欲しいものです。

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豊後森駅は木造の駅舎や跨線橋などが今も現役で使われています。

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また豊後森機関庫がJR九州の観光列車「或る列車(大分コース)」や「ななつ星」のツアーコースに組み込まれているため、古さを残しつつ綺麗に改装されています。観光資源として古い建造物が保存されるのは喜ばしいことですが、ここまで綺麗にされると少々複雑な気分。

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旧国鉄宮原線の廃線跡は基本的に国道387号線町田バイパスとしてその跡地を利用されていますが、沿道の至るところにアーチ橋や駅の遺構が見られます。

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こちらは尾の上バス停から見える汐井川橋梁。下を流れる川にはホタルが生息しており、夏にはホタルの里として多くの観光客が訪れる場所です。

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汐井川橋梁から二つ上の写真の切り通しを抜けると堂山橋梁があります。下の道を少し登れば今回宿泊した山川温泉。

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同じく堂山橋梁。ここ宮原線のアーチ橋群は去年訪れた北海道士幌線のアーチ橋建設時の技術が使われています。

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堂山橋梁の袂には小さな村の鎮守の神様が祀られています。廃線跡はこの神社の脇をすり抜けて行きます。

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怖いくらい急な階段を登れば紅葉も見事。

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この堂山橋梁には柵が設置されており、上を歩くことも出来ます。橋の上からの景色、いわゆるかつての車窓の風景は、棚田の広がる長閑な里山。つくづく現役の頃に乗っておきたかったと思います。この辺りの素晴らしいロケーション、誰かNゲージで再現してくれないだろうか。

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小国町方面に向かうと旧北里駅跡があります。この地方は有名な小国杉の産地でもあったため、昔は人口もかなり多かったとか。

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北里はあの北里大学創始者、北里柴三郎の出身地で記念館などもあります。

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ホームの端には崖下、川沿いの集落に降りる階段の跡も。

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北里駅跡から小国町方面に少し行った所に掛かる北里橋梁跡。タクシーの運転手さんが地元、山川部落生まれの方だったので、廃線跡を詳しく案内してくれました。

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こちらは幸野川橋梁。中学生の頃だったか、赤字ローカル線の廃止対象路線を特集した本を持っていたのですが、その本で見た覚えのある特徴的なアーチ橋です。ここまで紹介してきた橋はいずれも鉄筋の代わりに竹を骨組みとして組んで造られた竹筋コンクリート造で、国の登録有形文化財にも指定されています。

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最後に終点の肥後小国駅です。かつての線路と信号機などが一部残されています。

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現在はゆうステーションというバスターミナルとなっています。かつては宮原線の代替輸送として玖珠観光バスが豊後森と小国町の間を結んでいましたが2013年に廃止。現在では小国町から岳の湯行きと、豊後森側からは麻生釣止まりが数本走る程度で、途中分断される形となってしまいました。
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