企業城下町

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群馬県太田市(1)、スバルの企業城下町

 太田市は群馬県東部、東武伊勢崎線沿線にあります。個人的には伊勢崎、館林、足利と、どうもこの地域の位置関係がモヤモヤしていますが、それはJR両毛線が北の山沿いを走るのみで、完全に東武帝国線路網の只中であるがゆえと考えられます。

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 そしてここはスバルお膝元の企業城下町でもあります。また同時に太平記で鎌倉幕府を滅亡に追い込んだ新田義貞ゆかりの土地でもあります。

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 駅前は現在大規模な再開発が進んでいるのですが、街の古さから見てかなりの範囲に渡り駅前商店街が消滅しているように思えます。

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 かつて駅前として栄えていた街も、その多くが取り壊されて駐車場と化しています。この太田駅北口はスバル本社(前身は中島飛行機)を中心に旧街道筋に商店街が発展していたそうです。

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 確かに、群馬県を自動車普及率(保有台数)全国一位に引き上げた立役者であるスバル自動車の本拠地ですから、駅前の空洞化は当然とも言えるでしょう。

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 路地裏飲食店街の名残りはあるものの、廃業店舗や空き地が目立ちます。

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 なかなか年季の入った建物。ただバラックなどは少なく、しっかりとしたコンクリート造が多い。

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 現在の太田駅北口は閑散としていますが、以前はこのような商店が軒を連ね栄えていたのでしょうか。初めて降り立ったので面影から想像する以外無いです。

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 両隣が取り壊され孤立した鰻屋さん。店頭で焼いている様子も無いのですが、一応営業中の模様。

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 駅から少し東に歩いて行くと古い公民館がありました。ここはかつて図書館だった建物で、県の指定有形文化財となっています。

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 さらに進むとパン工場が。木造建築で、英文字の看板が時代を感じさせます。

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 こちらの火の見櫓は真下が通り抜けられるようになっており、その先にはお寺があります。
 元々は太田のご当地グルメの黒焼きそばを食べてみようと思っていたのですが、調べてみたところどの店も駅から遠すぎて歩いて行くには困難なので諦めました。しかし帰ってよくよく写真を見てみたら焼きそばの幟が。

 今回はこの太田駅北口界隈を歩いてみましたが、よくよく調べてみると駅の反対側、南口に関東随一と謳われる外国人系歓楽街が広がっているとか。知らずに帰って来てしまいましたが、次回はその商店街が丸ごと歓楽街へと変貌したと言われる南一番街を歩いてみたいと思います。南口、何もないとばかり思ってました。

川崎市武蔵小杉、再開発の進む企業城下町

 マンション建設に携わる仕事を長く続けていますが、武蔵小杉は何度も訪れています。東急東横線で多摩川を渡り、JR南武線と交差する武蔵小杉は、それくらい昔からマンション建設が盛んな土地であります。

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 右側、つまり東急東横線武蔵小杉駅の南側はNEC系列の工場や倉庫などが広がってました。それに対して左側は未だ再開発されていない地区が残っています。

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 南口はもはや高層マンション群です。

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 2014年11月20日にプレオープンを迎えるセブン&iホールディングスの巨大ショッピングモール。高層マンション群のど真ん中に建設されました。手前のバラック建築とのコントラストが半端ない。(笑)

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 高層マンション群の向こうにはJR横須賀線、湘南新宿ラインの武蔵小杉駅、新南口があります。

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 線路の向こうにはNEC。多摩川もあり、横須賀線と南武線は共に貨物線なので、そういった地の利があったからこその準工業地帯だったのかも知れません。多摩川下流の東芝企業城下町に対し、ここはNECの企業城下町と言えるかも知れません。

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 NEC社員専用通用口。土曜日だったので閉まってましたが、平日は社員たちが駅の改札から流れて行きます。

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 さて、中原街道沿いの古い鰻屋さんを眺めつつ、東急東横線武蔵小杉駅へと戻ります。

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 再開発から逃れている一角に狭い路地があります。

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 チェーン店系居酒屋が多くを占めますが、唯一と言っていい飲み屋街です。ショッピングモールが三カ所も出来ている武蔵小杉。モール内にもチェーン店系居酒屋が多く入っているので、高層マンション群の住人たちの需要は、そっちでどうにか賄っているんでしょう。

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新潟県青海町、巨大プラントの谷

 北アルプスが日本海へと沈み込み、フォッサマグナによって東日本と西日本が分断されている辺り。断崖絶壁が続き交通の難所としても有名な親不知海岸の東に、青海と言う小さな谷があります。

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 地理的には新潟県の最西端になりますが、言語圏は富山と違い東日本に入ります。やはり親不知海岸が東日本文化と西日本文化の境界線なのでしょうか。

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 北陸自動車道を南下すると糸魚川を過ぎた辺り、トンネルとトンネルの間の谷を跨ぐ橋で、左手に一瞬だけ工場で埋め尽くされた谷を見る事ができます。

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 この巨大な工場は日本電化工業と言い、石灰石やコークスなどを採掘し主にセメントや石灰窒素などを生成しております。

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 近年まで北陸本線からの引き込み線と貨物ターミナルがあり、鉄道輸送によって様々な生成品が姫川港へと輸送され、船で全国各地へと送られていました。しかし現在は北陸自動車道の開通にも伴ってか引き込み線は廃止され、トラック輸送へと移行されています。

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 工場周辺は高い塀で囲まれており、まるで城壁のようです。

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 この町は、いわゆる企業城下町と呼ばれる一つの企業に依存する海沿いの町ですが、むしろ昔の炭坑の町に近い感じもします。

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 工場正面左手に古い木造棟がいくつかあり、歴史の古さを感じる事が出来ます。

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 特に工場の奥にひっそりとある大沢集落は、工場関係者しか住んでいないような閉塞された集落です。工場の周辺には変電所や関連会社もいくつかあり、谷全体が一つの工場となっております。

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 海岸に出れば小さな漁村と小さな海水浴場もあります。

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 海岸沿いにも工場の関連会社が多くありますが、本来の小さな漁村風景も僅かに残っております。

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東京都奥多摩町、水根線廃線跡

 青梅線の終点奥多摩駅を降り、川を渡る橋の上でまず目を引くのがこの奥多摩工業です。

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 山肌にへばり付くように建つプラントは、ラピュタに出て来る炭鉱の街を想像させると言ったら言い過ぎだろうか。しかし実際に見るとかなり迫力あります。

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 こちらはプラントの対岸にある集落。セメント工場の従業員が住んでいるのだろうか、社宅らしき物も建っておりました。しかしながら渓谷。急な斜面にへばり付く集落のため、坂道の斜度がハンパねぇ!

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 昭和17年の貯水槽。秋川町警防団と記されています。

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 こちらはトロッコ列車の走っていた廃線跡です。右奥に見えるのはトンネル。線路も一部残っておりました。

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 この水根線は最初小河内ダム建設工事用鉄道として開通。ダムの完成後、奥多摩工業へと譲渡され貨物輸送もされていたそうです。観光鉄道への転化も計画されていたそうですが、話は宙に浮いたまま50年近くの歳月が経ってしまいました。

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 遠くからプラント。その手前の立派なアーチ橋は廃線跡です。

撮影・2003年9月

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