ゴーストタウン

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北海道釧路市(1)、ゴーストタウン化する釧路市街地

今まで富山県高岡や群馬県高崎、北海道帯広などなど多くの終わってる地方都市を見て来ましたが、ここ釧路駅周辺も酷いものでした。

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まず駅を出れば右手にドーンと構える巨大廃墟が迎えてくれます。1972年にボーリング場やビジネスホテルのサンルート釧路などが入った複合商業施設パルコとして開業するも2005年には破産。2007年よりビジネスホテルオーシャンとして再出発したものの、スーパーホテルやルートインなどの競合に押されて2012年の年度末には廃業しました。

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オーシャンの前を過ぎると公設市場である和庄市場があります。

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昔、桃鉄の物件の勝手丼が気になり、ずっと訪れたいと思っていました。観光地としても有名ですが、地元の方々の台所として活気が溢れています。

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鮮魚はもちろんのこと野菜から乾物、お菓子まで、様々な問屋さんが軒を連ねる中、ごはん片手に勝手丼に対応する鮮魚店をうろうろ。好きな具材を乗せて行きます。

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中央には食べるためのテーブルがいくつも並んでいます。

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オリジナルの海鮮丼。芝海老がナマラ美味い!

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お腹を満たしたところで腹ごなしに市内を散策。するといきなり潰れたデパートが。公設市場和商の向かいの先にある巨大な廃墟は2002年に閉館した長崎屋の建物。長崎屋閉館後、建物を所有する地元企業がアベニュー946という商業施設を運営していましたが、それも2016年5月に閉館しました。また外にも中心街では1990年代から2000年代にかけて、くしろデパート、オリエンタルデパート、丸ト北村などの大型店が相次いで撤退、閉店したそうです。

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そもそも釧路駅の地下も釧路ステーションデパートという商業施設だったが、2004年に閉館。現在地下への階段は封鎖されています。

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市街地を進んで行くとまたもや巨大廃墟が。この建物は2006年に閉店した旧丸井今井デパート跡です。当時ショッピングセンターKuteとして再開すべく外装をリニューアルしたもののテナントが集まらず、やがて買収した不動産会社が諦めて転売。オープンを控えたまま廃墟化という悲惨な事態に。

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廃墟化しつつあるビルはホテルやデパートだけでなく、多くの雑居ビルも同様。一体いつからテナントを募集し続けているのか。釧路駅から港に掛けてが中心街となりますが、このような空きビルと既に解体された跡の巨大駐車場ばかりが目立ちます。

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釧路は梅雨の時期、濃霧に包まれています。写真は宿泊したビジネスホテルパコの客室から見た釧路川に掛かる幣舞橋。奥には観光物産施設のフィッシャーマンズワーフ。

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夜は繁華街に繰り出しました。しかし夜霧に包まれた街は人影も疎ら。とはいえ駅前に比べて空き地が少ないです。

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しかも6月だと言うのに気温10度そこそこしか無く、寒かったので散策せず食べログに頼ってしまいました。

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釧路は炉端焼きが名物のようです。しかし入った店はやたら暗く、広いカウンターの中央でお婆ちゃんが黙々と焼き続けるというシュールな老舗。

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食べログ1位だけあって確かに美味い。しかし値段が一切書いておらず、二人で飲み食いして1万超え。ウニ丼とウニ刺しが値段を跳ね上げた気もしますが、観光地価格か。

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泊まったホテル「パコ」は市内でも数少ない天然温泉に入れる宿でした。あまり期待していなかったものの、入ってみれば加水無しの源泉100%加温循環濾過のカルシウムナトリウム塩化物泉。入った瞬間にムム、これは!と思いました。奥が40度、手前が42度で露天風呂も有り。予想外に良いお湯です。しかもここが私にとっての記念すべき100湯目だったり。

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釧路市の人口は1980年の22万7千人をピークに2010年には18万1千人、2017年5月現在では17万3千人と減少の一途を辿っています。釧路市の人口流出は単純に過疎化というだけでなく、義務教育レベルの低さ、JR北海道の特急スーパーおおぞらの本数削減と減速によるアクセスの悪化、企業の支店や支社の撤退など様々な要因が挙げられています。そこにイオンモールなどの郊外型商業圏がドーナツ化現象を引き起こし、釧路駅前周辺の衰退を加速させています。

【日記】帯広〜釧路、久々の汽車旅

帯広のスナックで飲んでいたら外は白み出し午前4時。温泉ビジネスホテルふく井さんに急いで帰って速攻寝るも起きたらすでに12時。この日は釧路に移動しなければなりません。

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14:47発釧路行き各駅停車。キハ40北海道仕様車なんて何十年ぶりでしょうか。

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乗り鉄だった少年時代を思い出します。当然冷房無し。窓を全開にしてディーゼルのエンジン音を聞きながら風に目を細める。懐かしい昭和の汽車旅の感じ。

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すれ違いで小さな駅に停まってはホームに降りて風を感じてみたり。

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すれ違う特急スーパーおおぞらを撮ってみたり。

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海沿いに出たらいきなりの霧。うたた寝する間に気動車は尺別駅に到着。

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この駅、駅前がほぼゴーストタウンとなっております。霧に包まれた廃屋たち。まるで異世界に飛ばされたよう。

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濃霧の中をスーパーおおぞらが爆音を轟かせながら通過して行きます。

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この辺りの線路は波打ち際、畦道、線路、崖。それ以外何もないという、北海道らしい風景が続きます。この何も無さが大好き。

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やがて車窓には馬主来沼の湿地帯。

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釧路駅に到着したのは夕方6時過ぎ。およそ3時間20分の長旅でした。それにしても、まさかの濃霧。釧路は今の季節、霧が多いそうです。知らなかった。

千葉県千葉市、歯抜け歓楽街とコリアタウンの栄町

 千葉県随一の歓楽街として名を馳せていた千葉駅近くの栄町。しかし栄えていたのは昔の話で、今や廃れ切っております。

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 三越を始めとするデパートで賑わう千葉駅駅前の外れ。運河の上を走るモノレールの向こう側に広がるのが栄町となります。

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 景気低迷の影響をモロに受けた千葉の風俗業界。数年前までは廃業店舗だらけの半ばゴーストタウンのような様相となっていたそうです。

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 しかし現在は廃墟化した建物をことごとく取り壊し、コインパーキングだらけの歯抜けの街となっております。

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 元々栄町は旧国鉄千葉駅と旧京成千葉駅に挟まれた商店街で、千葉の中心街として非常に栄えていました。しかし昭和30年代、京成千葉駅と国鉄千葉駅が現在の位置に移転し、それに伴い百貨店などの商業施設も移転。その跡地に次々と風俗店が建ち始め、現在の巨大歓楽街が形成されたそうです。

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 1992年には政令指定都市となった千葉市ですが、ヤのつく人たちや韓国人、中国人などに席巻され続けた栄町は、市にとって黒歴史とも言えます。

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 今でこそ歯抜け状態ですが、最盛期はこれだけの広い範囲に繁華街が広がっていたと思うと、歌舞伎町にも引けを取らない規模を誇っていたでしょう。

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 かつて路地裏にひっそりと佇んでいた妖しい店も、周りのビルが無くなって白日の下へ。

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 栄町の衰退はバブル崩壊やリーマンショックなどによる影響だけでなく、千葉の街そのものが廃れて行った事が大きな原因とも言えます。モノレールの失敗による累積赤字、幕張新都心の失策と二極化、そして深刻な都市の空洞化など、県や市による行政の失策によって千葉は衰退の一途を辿ってきました。

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 こちらは割烹料理店の跡。かなり廃墟化しております。

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 廃墟化したまま放置されているビルも多くあります。このような状態の栄町ですが、再開発の計画が立たないのは、やはり土地の権利がヤの付く人たちにあったりとか、複雑な事になっているからかも知れません。

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 さて、後半は関東屈指のコリアタウンとしての顔。

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 メインストリートの栄町通りには24時間営業の韓国食材専門店が堂々と建っております。

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 元々千葉市には軍事施設が多く集まっており、大戦中は空襲の標的とされました。そして戦後、焼け野原となった市街地は戦後のドサクサで多くの韓国人が不法占拠し、一大コリアタウンを構成して行く事となります。

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 かと思えば華僑総会があったり。つまり同時に中国人街でもあるということ。

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 昔はさぞカオスだったことでしょう。しかし現在は韓国人による店も軒並み潰れています。

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 時代を感じる火の用心の看板。しかし街は大火にでも遭ったかのような空白地帯となっておりました。

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神奈川県藤沢市、藤沢飲食盟友会~奥田センター飲食街

 JR東海道線と小田急江ノ島線が交差し、江ノ電の起点駅でもある藤沢は、東海道の宿場町として古くから栄えていました。

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 現在でも有隣堂やさいか屋、小田急デパート、丸井のビルを再利用したビックカメラなど、大型店舗がひしめき合うほどに発展しています。

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 宿場町には飯盛り女というのが居て、後に遊郭、赤線と姿を変えて行きました。その名残りを残していたのが北口から銀座土曜会商店街をほどなく歩いて右手の旧藤沢新地界隈。

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 赤線からスナック街へと変わり、現在全ての店舗が閉店して廃墟化したのが、この藤沢飲食盟友会です。

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 この蔦で覆われた木造のアーチが印象的。

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 廃墟化して放置されてから相当な年数が経っているようで、凄まじい崩壊っぷりです。

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 店舗の看板だけは、当時の面影を残しています。

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 しかし背後にはマンションが迫って来ており、再開発されるのも時間の問題。

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 藤沢飲食盟友会の近くには未だ健在なスナックビルもあります。

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 ただ同時に蔦に覆われた廃墟も。こちらも廃業した飲食店。

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 よく見れば猫がお昼寝。

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 なぜかこの界隈、蔦だらけであります。

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 すっかり廃墟とばかり思っていたら、普通に開業中の病院でした。ビジュアル的にこれはどうかと。

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 ところ変わって南口。商店街の中に昭和な長屋建築がありました。

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 奥田センター飲食街。昼過ぎでしたが結構人の出入りが多く、繁盛している様子。

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 しかし右手を見れば下ろされたシャッターが連なっていました。

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 建築物としても老朽化が激しいだろうと思われ、いつまで残っていてくれるか。
 ともあれ、神奈川などの東京の西側、特に東海道沿いなどにおいては駅前が栄えているというのがあります。地方都市などによく見かけるシャッター商店街はほとんど見ない。これは幹線道路と鉄道駅とがリンクしているため、郊外の大型店舗が出来辛いということでしょうか。

参考ブログ
写真撮っけど、さすけねがい?』様。

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世田谷区下北沢(1)、再開発で消えた下北沢食品市場の生き残り

 小田急の長年に渡る立体交差複々線事業の、最後の砦となった下北沢。土地買収の問題から最後まで地上複線だった区間も、やっと地下化までこぎつけました。小田急線ホームは地底深くにまで潜りましたが、地上駅舎はまだこれから工事と言った感じ。踏み切りが無くなった事で渋滞解消には繋がりましたが、高架線を走る京王井の頭線との乗り換えが不便になりました。

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 それはさておき、地上駅舎建て替えに伴い駅周辺の再開発も動き始めました。テレビに紹介されたりするような、いわゆるオシャレな若者の街というのは南口。古着屋さんや雑貨屋さんが建ち並び、小劇場やライブハウスなども多い。この南口界隈は地価も高いのか再開発の対象外です。

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 しかし井の頭線の改札口である北口には、かつて闇市発祥のマーケット、下北沢食品市場がありました。この食品市場の東側にある路地もまた闇市発祥でありますが、今回の再開発ではこの狭い横丁までもが消滅してしまうようです。

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 かつて北口の駅前にあった食品市場なるマーケット型の建造物は既に更地。

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 その更地の脇に、路地の入り口が残っております。

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 屋根付きの路地に入るとまだ営業中の店舗がいくつかありました。

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 その並びに頑張って営業を続けている飲み屋が二軒あります。

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 その内の一軒は昼間から営業。昼休みだと言うのに酔いどれオヤジでカウンター席が埋まってました。取り壊される前に、一度飲みに行きたいですが、消滅までのカウントダウンは既に始まっております。

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 この横丁はちょうど吉祥寺のハモニカ横丁を小さくしたような雰囲気で、若い経営者による若者向けの店なども多くあったようです。

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 右側は小田急の線路があった側で工事区画となっていますが、かつては右側にも店舗が並んでいたのかも知れません。

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 工事フェンス沿いに進むと、元々小田急線の踏み切りがあった側の入り口。

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 かなり古い和菓子屋さんですが、すでに閉店。

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 一部立ち退きが済んだ路地はすでに立ち入り禁止となっています。

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 屋根の老朽化が凄まじい。

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 この一画は全体的に見て九割近くの店が既に退去を終えゴーストタウンと化していました。


●2015年10月、再訪しました。

 およそ二年弱の月日が流れ、今どうなっているのか訪れてみました。

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 したらなんと、残っているではありませんか!

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 路地の屋根は工事用の単管で補強されているものの、乾物屋さんも八百屋さんも居酒屋さんも、元気に営業中であります。それどころか、以前無かったはずの、衣類と帽子を売る店が増えている。
 もしかして、揉めてる?

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 しかし立ち退きが済み立ち入り禁止となっていた路地は、ほぼ更地となっていました。

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 ポツンと残された和菓子屋さん跡も、解体を待つばかり。

 今回再訪してまず驚いたのは、二年近く経つというのに工事がほとんど進んでいないように見える事。確かに井の頭線の立体交差を跨いでいるので難しい工事である事は分かりますが、理由はそれだけではないようにも思えてしまいます。

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