ゴーストタウン

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目黒区武蔵小山、改めて武蔵小山(2019年4月)

仕事もやっと落ち着き、何度か行ってる温泉銭湯、清水湯に浸かりました。これを機に武蔵小山の変革を、過去の記事に追記しつつ改めて纏めてみようと思います。

武蔵小山には2010年10月、2017年3月、2019年4月、その他に温泉銭湯の清水湯に何度か訪れています。その間、駅前は大規模な再開発が行われ、劇的に変化し続けています。

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[2010年10月撮影]

2010年10月当時の武蔵小山。駅から真っ直ぐ狭い路地に入れば、まずこの立ち飲み屋さんが目に入ります。これがまだチェーン店として東京中を席巻する前の晩杯屋。2015年9月をもって再開発に伴い閉店。ただ開業したのが2009年9月だそうで、老舗って訳ではないようです。

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[2010年10月撮影]

晩杯屋は49店舗まで拡大し、今ではどこ行っても見かけるくらいの巨大立ち飲み屋チェーンへと成長しています。

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[2019年4月撮影]

再開発後は本店も移転。昼間から飲める店として変わらずの盛況ぶりを見せています。

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[2010年10月撮影]

駅の東側の路地を進んで行くと、かつて広い範囲にスナック街が続いてました。

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[2010年10月撮影]

道は狭く屋根は低い。小さな店が何軒も軒を連ねていました。

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[2010年10月撮影]

駅前には南東及び南西に向かって武蔵小山PALM商店街が続きますが、先が見えないくらいにとにかく長い。アーケードの先には中原街道が走りますが、その向こうには中延商店街や戸越銀座商店街へと続きます。まさに商店街だらけ。

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[2010年10月撮影]

そんな城南の下町、武蔵小山でしたが、東急目黒線の地下化に合わせて駅前が大規模に再開発されています。写真はまだタワーマンションが基礎工事やってた頃。

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[2017年3月撮影]

2020年1月、地上41階建ての高層マンションと複合施設が完成するそうです。

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[2017年3月撮影]

その敷地は広大で、かつての飲食店街が丸ごとごっそり消滅してしまっています。裏手にお寺さんが有りますが、そのお寺さんも地主で土地を売ったとか?

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[2017年3月撮影]

唯一の名残は『りゅえる飲食店街』の看板のみ。これにはさすがにショックを隠せません。あんな素敵な昭和の飲み屋街が全滅だなんて、武蔵小山という街の魅力が私個人的には全て消えてしまったと言っても過言ではありません。これはあんまりだ。

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[2019年4月撮影]

立ち飲み屋ではもう一軒。かつて駅前に焼き鳥屋さん「鳥勇」がありました。当時の写真を撮っていなかったのが非常に悔やまれますが、上の写真は移転後の店舗。

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[2019年4月撮影]

主に買い物帰りや学校帰りの地域住民たちがお土産として焼き鳥を買って帰る訳ですが、店頭のカウンターで立ち飲みする事も出来ます。このように移転存続に成功した店も有りますが、大半は廃業されてしまったものと思われます。

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[2019年4月撮影]

最後に何度も通っている温泉銭湯清水湯。ここのお湯は鉄分豊富な炭酸泉で、汗が止まらなくなります。左奥に写るのが上棟間近なタワーマンション。この街にタワーマンションは似合わないと思います。

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[2019年4月撮影]

銭湯の受け付けで生ビールを頼めるのが嬉しい。カラッカラな体に滲みる滲みる。

栃木県佐野市、ほぼゴーストタウンと化した路地裏スナック街

栃木市を訪れた後に少しだけ佐野駅に立ち寄りました。この両毛線と東武鉄道しか走っていない一帯。桐生と太田は訪れましたが、足利や館林、伊勢崎など、まだ訪れていないマイナー地方都市が多く点在しております。

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佐野駅の北口は城跡の城山公園。反対側の南口が市街地となりますが、城下町である佐野の市街地は広範囲に広がっています。かの有名な佐野ラーメンは南西の秋山川沿いに多いようですし、いずれじっくり訪れてみたい所。とりあえず今回は南口を出てすぐ東側の商店街から。

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寂れたスナック街に立ち寄るのが目的です。いきなりインパクトのある建物が出迎えてくれました。

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駅前路地裏飲食店街があるのは商店街の右側。小ぢんまりとしたバラックが建ち並びます。

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どうすれば看板がこんな風にひしゃげるんでしょう。

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すでに現役の店は皆無かと言った雰囲気の狭い路地。夜に訪れてみたいですが、佐野に泊まる機会が思いつかない。

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人の気配がしない。すでにゴーストタウンなのでしょうか。

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スナック三軒長屋。一番手前の店は辛うじて営業されているのか?

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左側の空き地にもかつて飲食店が建っていたと思うのですが、かつての路地裏も今では強い西陽に晒されています。

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路地としてはドブ板のみでかなり狭いです。

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そんな路地裏地帯から少し離れた 所にも廃スナックが。

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こちらは線路の近く。居酒屋か何かだったのか、新聞が刺さっている所を見ると民家として住まわれているのか。

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商店街沿いには現役おぼしきお店が。外国人パブ的なものでしょうか。そんなわけで、佐野駅前はかなり寂れまくっていまいた。市街地には他に繁華街があるのかも知れませんが、今回はここまで。

栃木県栃木市(3)、廃墟化してゆく歴史的建造物

ここからは観光コースを逸れて行きます。

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河岸の近く、少し奥まった所に木造洋風建築が見えたため、寄ってみました。こちらは栃木病院。1913年建造の有形文化財です。

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「引き」が無いんです。路地が狭すぎて。そしてなんと、現役で診察されています。具合悪かったら中も見れたのに。(笑)

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一方こちら、蔵の街大通りの奥(新栃木側)にも木造洋風建築を見かけました。しかしこちらは廃墟化。

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看板もその痕跡も見られないまま、何の建物だろうと右手に廻ればこの有り様。すでに屋根が崩れかけてます。

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左手に廻って見ました。すると良く見れば病室入り口の文字が。病院だったようです。それにしても文化財指定された栃木病院とされなかったこの病院との、運命の差がエグい。

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裏手に廻って見ると立派な門構え。院長の邸宅でしょうか。付近には処方せん薬局もあり、病院は廃業ではなく移転したのかと捜査を続けます。(笑)

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関口病院。んー、何とも言えない。あの立派な廃病院と同一の病院か否かは定かではありません。

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さて、新栃木には行かず、栃木駅に戻って行きます。「栃木市歴史的町並み景観形式地区」に指定され、平成2年より建物修景に対する補助金を交付されて綺麗になった表通りから一歩裏に入って行きます。するといきなり傾き過ぎな住宅が。しかも手前右手の無事な部分で住んでいらっしゃる様子。

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廃アパート。住んでない……よね?

ところで今回栃木市を訪れた本当の目的は、私の好きなサイトのひとつで、たまに参考にさせて頂いたりもする所で、衝撃的な写真を見たのがきっかけ。その写真がこちらです。

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2015年9月の様子。「レトロな風景を訪ねて」様に特別に許可を頂き転載させてもらいました。感謝!
そして先日、2019年4月22日に撮って来たのが下の写真。

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どちらも巴波川に架かる新開橋側から富士見町を見たところです。左手奥の方の屋根と電柱の配置以外、ほとんど変わってしまいました。

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ただ、右側手前の一軒のみ残っています。かつて遊里が存在したと言う情報はあるものの、確証は掴めず。

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しかし更に奥の路地を分け入ってみたら、廃村のような光景は健在でした。健在って言い方おかしいか。

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住んでおられる家も多いのですが、空き家となった倒壊危険家屋も多い。

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なんでしょう。蔵の街大通りの文化財建築群を撮っている時よりもウキウキしている自分がいます。

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なんだか、だんだん意味が変わって来ているような気もして来ました。この一帯は何なのか。

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想像で滅多な事を言ってはいけないのですが、歩いてて朝鮮部落っぽい雰囲気すら。ちょっと引き続き調べてみたくなりました。

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閑話休題。最後に大通りを挟んで東側を少し歩きます。

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この辺が栃木駅近くで唯一のスナック街でしょうか。旭町になります。

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元料亭でしょうか。この界隈には市役所や裁判所などの行政機関も多いので、今回行きませんでしたが隣の新栃木駅の方に歓楽街があるのかも知れません。

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この栃木駅と新栃木駅との関係も、掘り下げて行くと面白いかも知れませんね。

渋谷区渋谷(4)、再開発で消える桜丘町地区

モヤイ像と東急バスターミナルのある渋谷駅桜丘口。駅を出て左手、国道246号線と首都高の高架の向こう側にある桜丘町の一部地域が、再開発に伴いごっそり消滅します。

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線路の上の高層ビルなど、渋谷駅の再開発は着々と進んでいます。

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範囲は246号沿いのビルから恵比寿方面の線路沿い一帯。

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全ての店舗やオフィスなどがすでに引っ越し、または閉店を済ませています。

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坂の上は高級住宅街でデザイン系の事務所なども多く、かつてこの界隈の街も多くの人通りで賑わっていました。

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この地区の再開発を知ったのは先日、仕事帰り久々に立ち飲みの富士見屋に寄って行こうと訪れた際、街が真っ暗になっていて驚いた次第。あの地下1階に広がる昭和な店にもう行けないと思うと悲しいです。

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このビルのアートスポーツなどは自転車やってた頃よく通っていました。

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また、ここから線路沿いに続く狭い道路は代官山方面への抜け道で、タクシー がよく通り過ぎます。

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街の奥へ進むと、昭和な街並みが広がっています。

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恵比寿方面に向かって線路沿いから一本右手の通り。この道路も廃道となります。

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奥に写っている線路沿いのビルたちも全て解体。

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年明けの1月7日以降はこの一帯全てが立ち入り禁止となってしまいます。

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そう、ここです。ジュネス順心。知り合いから存在を聞いていながら、訪問を先延ばしにしている内に閉館のニュースを聞き、悔しい思いをした古い木造アパート。

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築80年の戦前建築で、一部では有名な物件。残念ながらネズミ駆除に伴い近くまで入ることが出来ませんでした。

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撮影していると、なにやらカメラを持った集団がゾロゾロと。街並み撮影会の集まりか何かでしょうか。

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やめてくれよ!ネタがカブりまくっちゃうじゃないか!などと思いながら一人に話し掛けてみたところ、集団とは関係ない方でした。立場的には私と一緒で、同じ思いだったかも知れない。思わずインスタでフォローし合ってしまいました。

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立派なマンションも全て退去済み。まさにゴーストタウンと化しています。

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線路沿いに出ました。もちろんこの道路も廃道となります。

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埼京線のホームからよく見えていた街並み。

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ひとつの歴史が幕を下ろしました。

栃木県日光市足尾(5)、鉱山住宅跡(その2)

今回はわたらせ渓谷鉄道終点の藤間駅から先の鉱山住宅跡を見て行きます。

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本山方面へ少し登ったところ、旧貨物専用線の踏み切り跡の手前右手に数棟の社宅長屋が残っていました。

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ここは一般住宅や商店の多い下藤間地区の一番奥になります。

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共同トイレに便器が残っていましたが、絵柄が焼き付けられています。高級なのか、その当時流行っていたのか、初めて見ます。

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藤間駅前の古河機械金属足尾事業所が近いからか、建物は倉庫として利用されてました。

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欄干など凝った造りとなっています。

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この建物は集会所か何かだったのでしょうか。

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下藤間から上藤間を抜けた先、右手の沢伝いに深沢地区がありました。元々はこの道が日光へと抜ける道だったようですが、明治24年、馬車鉄道が開設されてからは廃道となったそうです。

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明治35年の大火で深沢地区は全焼。そのためこのような防火壁が造られ、跡地に多くの社宅が建てられたそうです。

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しかし現在では全ての長屋が解体され、石垣のみが当時の面影を残しています。

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公園の跡。ここにはかつて八聖山金山神社がありました。

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渡良瀬川に戻り、少し登って川を渡ったところが南橋地区です。渓谷と旧足尾専用線の間の狭い土地に社宅長屋の列があります。

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各長屋の共同トイレは崖っぷちに建ち、下水はそのまま川へ。この地区にはまだ住まれている方が結構居るようです。

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本山製錬所の向かい側、住宅地の奥に赤沢婆火社宅があります。

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空き家ばかりでここもすっかり無人かと思いましたが、一番奥の棟に一人老人の姿が。

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一人暮らしなのでしょうか、お話を伺う事は出来ませんでしたが、だとすれば閉山後一人去り二人去り、一つの村社会が消えてゆく時の流れを、一体どんな気持ちで見詰めて来たのか。

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こちらは合宿と書かれた棟。どのような用途だったのかは不明ですが、社宅住民の共用棟として沢山の思い出が詰まった場所だったと思われます。

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本山製錬所の大煙突を川向こうに眺めながら歩くと、やがて右手に開けた土地が。

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防火壁で一般住宅と区切られたこの広大な空き地には、かつて愛宕下鉱山住宅がありました。

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もはや一棟も残っていませんが、石垣や階段が当時の集落を偲ばせます。

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現在このような長屋跡では植林活動が続けられています。人々がこの地を去り、または亡くなり、廃墟化する長屋は解体され、今、森に還ろうとしている訳です。繁栄と環境汚染の末、資源の枯渇による衰退を経て、人々の故郷と歴史が木々に覆われてゆく。それが果たして正解であるのか偽善であるのか償いであるのか。後々公害問題についても取り上げて行きますが、燃料のための森林伐採と亜硫酸ガスによる煙害で緑を失った山々では、1897年から現在に至るまで100年以上もの間植林活動や治山事業が続けられており、その資金に莫大な税金が使われています。
今回の足尾散策はこれまで。次回は草が枯れた頃の季節に、廃棄物の堆積場や小滝鉱跡、本山鉱山神社跡、簀子橋堆積場などを巡りたいと思います。まだ2〜3回は通わなければならないようです。


栃木県日光市足尾(1)、足尾銅山観光
栃木県日光市足尾(2)、旧足尾線貨物専用線跡
栃木県日光市足尾(3)、足尾銅山本山製錬所跡
栃木県日光市足尾(4)、鉱山住宅跡(その1)
栃木県日光市足尾(6)、簀子橋堆積場
栃木県日光市足尾(7)、秋の田元鉱山住宅跡〜変電所跡
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