ゴーストタウン

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渋谷区渋谷(4)、再開発で消える桜丘町地区

モヤイ像と東急バスターミナルのある渋谷駅桜丘口。駅を出て左手、国道246号線と首都高の高架の向こう側にある桜丘町の一部地域が、再開発に伴いごっそり消滅します。

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線路の上の高層ビルなど、渋谷駅の再開発は着々と進んでいます。

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範囲は246号沿いのビルから恵比寿方面の線路沿い一帯。

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全ての店舗やオフィスなどがすでに引っ越し、または閉店を済ませています。

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坂の上は高級住宅街でデザイン系の事務所なども多く、かつてこの界隈の街も多くの人通りで賑わっていました。

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この地区の再開発を知ったのは先日、仕事帰り久々に立ち飲みの富士見屋に寄って行こうと訪れた際、街が真っ暗になっていて驚いた次第。あの地下1階に広がる昭和な店にもう行けないと思うと悲しいです。

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このビルのアートスポーツなどは自転車やってた頃よく通っていました。

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また、ここから線路沿いに続く狭い道路は代官山方面への抜け道で、タクシー がよく通り過ぎます。

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街の奥へ進むと、昭和な街並みが広がっています。

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恵比寿方面に向かって線路沿いから一本右手の通り。この道路も廃道となります。

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奥に写っている線路沿いのビルたちも全て解体。

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年明けの1月7日以降はこの一帯全てが立ち入り禁止となってしまいます。

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そう、ここです。ジュネス順心。知り合いから存在を聞いていながら、訪問を先延ばしにしている内に閉館のニュースを聞き、悔しい思いをした古い木造アパート。

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築80年の戦前建築で、一部では有名な物件。残念ながらネズミ駆除に伴い近くまで入ることが出来ませんでした。

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撮影していると、なにやらカメラを持った集団がゾロゾロと。街並み撮影会の集まりか何かでしょうか。

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やめてくれよ!ネタがカブりまくっちゃうじゃないか!などと思いながら一人に話し掛けてみたところ、集団とは関係ない方でした。立場的には私と一緒で、同じ思いだったかも知れない。思わずインスタでフォローし合ってしまいました。

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立派なマンションも全て退去済み。まさにゴーストタウンと化しています。

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線路沿いに出ました。もちろんこの道路も廃道となります。

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埼京線のホームからよく見えていた街並み。

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ひとつの歴史が幕を下ろしました。

栃木県日光市足尾(5)、鉱山住宅跡(その2)

今回はわたらせ渓谷鉄道終点の藤間駅から先の鉱山住宅跡を見て行きます。

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本山方面へ少し登ったところ、旧貨物専用線の踏み切り跡の手前右手に数棟の社宅長屋が残っていました。

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ここは一般住宅や商店の多い下藤間地区の一番奥になります。

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共同トイレに便器が残っていましたが、絵柄が焼き付けられています。高級なのか、その当時流行っていたのか、初めて見ます。

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藤間駅前の古河機械金属足尾事業所が近いからか、建物は倉庫として利用されてました。

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欄干など凝った造りとなっています。

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この建物は集会所か何かだったのでしょうか。

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下藤間から上藤間を抜けた先、右手の沢伝いに深沢地区がありました。元々はこの道が日光へと抜ける道だったようですが、明治24年、馬車鉄道が開設されてからは廃道となったそうです。

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明治35年の大火で深沢地区は全焼。そのためこのような防火壁が造られ、跡地に多くの社宅が建てられたそうです。

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しかし現在では全ての長屋が解体され、石垣のみが当時の面影を残しています。

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公園の跡。ここにはかつて八聖山金山神社がありました。

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渡良瀬川に戻り、少し登って川を渡ったところが南橋地区です。渓谷と旧足尾専用線の間の狭い土地に社宅長屋の列があります。

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各長屋の共同トイレは崖っぷちに建ち、下水はそのまま川へ。この地区にはまだ住まれている方が結構居るようです。

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本山製錬所の向かい側、住宅地の奥に赤沢婆火社宅があります。

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空き家ばかりでここもすっかり無人かと思いましたが、一番奥の棟に一人老人の姿が。

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一人暮らしなのでしょうか、お話を伺う事は出来ませんでしたが、だとすれば閉山後一人去り二人去り、一つの村社会が消えてゆく時の流れを、一体どんな気持ちで見詰めて来たのか。

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こちらは合宿と書かれた棟。どのような用途だったのかは不明ですが、社宅住民の共用棟として沢山の思い出が詰まった場所だったと思われます。

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本山製錬所の大煙突を川向こうに眺めながら歩くと、やがて右手に開けた土地が。

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防火壁で一般住宅と区切られたこの広大な空き地には、かつて愛宕下鉱山住宅がありました。

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もはや一棟も残っていませんが、石垣や階段が当時の集落を偲ばせます。

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現在このような長屋跡では植林活動が続けられています。人々がこの地を去り、または亡くなり、廃墟化する長屋は解体され、今、森に還ろうとしている訳です。繁栄と環境汚染の末、資源の枯渇による衰退を経て、人々の故郷と歴史が木々に覆われてゆく。それが果たして正解であるのか偽善であるのか償いであるのか。後々公害問題についても取り上げて行きますが、燃料のための森林伐採と亜硫酸ガスによる煙害で緑を失った山々では、1897年から現在に至るまで100年以上もの間植林活動や治山事業が続けられており、その資金に莫大な税金が使われています。
今回の足尾散策はこれまで。次回は草が枯れた頃の季節に、廃棄物の堆積場や小滝鉱跡、本山鉱山神社跡、簀子橋堆積場などを巡りたいと思います。まだ2〜3回は通わなければならないようです。


栃木県日光市足尾(1)、足尾銅山観光
栃木県日光市足尾(2)、旧足尾線貨物専用線跡
栃木県日光市足尾(3)、足尾銅山本山製錬所跡
栃木県日光市足尾(4)、鉱山住宅跡(その1)
栃木県日光市足尾(6)、簀子橋堆積場
栃木県日光市足尾(7)、秋の田元鉱山住宅跡〜変電所跡

栃木県日光市足尾(4)、鉱山住宅跡(その1)

足尾は銅山全盛期の1916年には栃木県内において宇都宮市の4万人(当時)に次ぐ人口3万8千人を抱えていました。しかし閉山後は人口の流出によって2千人にまで落ち込んでいます。かつて谷底にひしめき合うように長屋が建てられ現在ではそのほとんどが解体されましたが、歩いてみると消えた町の痕跡があちらこちらに見ることが出来ます。

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町の中心部だったわたらせ渓谷鉄道足尾駅周辺には、接待のための古河掛水倶楽部や重役役宅、所長邸宅(写真)、副所長邸宅、課長邸宅などが保存されています。中を見る事も出来ますが、あいにくこの日は休館日でした。

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手前に建っているのは旧足尾銅山鉱業事務所付属書庫。

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周辺に建っている長屋も恐らくは役職の高い人たちの社宅。他とは違い垣根で囲まれています。

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空き家が多い中、まだ住まわれているお宅も。この辺りは課長クラスの社宅だったそうですが、全世帯風呂付きだったとか。当時の風呂は電熱棒を突っ込んで沸かしていたのですが、電気に関しては古河グループが中禅寺湖の下に自前で建設した発電所が有ったため、電気代はタダだったとか。

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廃屋となった辺りは雑草も生え放題。足尾の住宅は基本的に古河グループの社宅がほとんどだったので、平家の長屋造りが多いようです。

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足尾駅の裏手の斜面にも廃屋がありました。この家は一戸建てなので会社関係者ではなかったのかも知れません。

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さらに奥へと進むと廃長屋が二棟。山深い谷間なので少しでもなだらかな斜面があれば造成していたようです。

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足尾駅から先、川を越えたところに渡良瀬地区があります。

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いくつかの地区には最盛期の写真と解説の書かれた案内板が建てられているので、集落巡りするのも楽しいかと。

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こちらが現在の渡良瀬地区の様子。石垣が当時の面影を残しています。高い場所に住む人の方が位が高く、間取りが広かったりトイレが戸別で付いていたりしていたそうです。

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昭和30年の時点で879人暮らしていた人口も、現在では数軒が暮らすのみとなっています。昔は狭い部屋に多くて三世代が同居。子供が多ければ多いほど狭くなります。二人で住んでも六人で住んでも、社宅一世帯は一世帯。

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こちらの建物は共同浴場。鍵が閉まっていたので今でも使われているかどうかは不明。

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江戸期、2〜3軒の農家と耕作地しかなかったこの土地も、明治時代に入ってから古河鉱業の社宅が建てられて町が形成されました。

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ほとんどが更地となっていますが、まだ数棟の長屋が残り一部では人も住んでいます。

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渡良瀬地区の奥、支流の神子内川沿いに細い旧道を進むと、やがていくつもの廃長屋が見えて来ます。対岸には渡良瀬川を離れた国道122号が走り、その道は日光へと続いています。

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ここは田元地区と言い、鉱山住宅(社宅)の集落がありました。無人ながら多くの廃長屋が解体されずに残っています。

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ただ、藪がハンパない。そもそも7月に廃墟巡りをするのが失敗というもの。秋から冬に掛けて再び訪れる必要があります。

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右奥、藪の向こうに金属製の鳥居が。廃神社と思われますが、とても行くことが出来ません。

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基本的には無人ですが一番奥に工務店の建材置き場があるようで、廃材を燃やす煙が立ち昇っていました。しかしこれだけ長屋が残っているところを見ると、最近まで住人が残っていたのかも知れません。

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こちらは集会所跡。ここだけ草が刈られてます。しかし次の瞬間、右手の深い藪中でガサガサと物音が!姿は見えないけど獣がいる。途中、猿のものと思われる糞を見かけたので、恐らく猿だったと思います。しかしビビった。マジビビった。

続きます。


栃木県日光市足尾(1)、足尾銅山観光
栃木県日光市足尾(2)、旧足尾線貨物専用線跡
栃木県日光市足尾(3)、足尾銅山本山製錬所跡
栃木県日光市足尾(5)、鉱山住宅跡(その2)
栃木県日光市足尾(6)、簀子橋堆積場
栃木県日光市足尾(7)、秋の田元鉱山住宅跡〜変電所跡

北海道釧路市(1)、ゴーストタウン化する釧路市街地

今まで富山県高岡や群馬県高崎、北海道帯広などなど多くの終わってる地方都市を見て来ましたが、ここ釧路駅周辺も酷いものでした。

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まず駅を出れば右手にドーンと構える巨大廃墟が迎えてくれます。1972年にボーリング場やビジネスホテルのサンルート釧路などが入った複合商業施設パルコとして開業するも2005年には破産。2007年よりビジネスホテルオーシャンとして再出発したものの、スーパーホテルやルートインなどの競合に押されて2012年の年度末には廃業しました。

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オーシャンの前を過ぎると公設市場である和庄市場があります。

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昔、桃鉄の物件の勝手丼が気になり、ずっと訪れたいと思っていました。観光地としても有名ですが、地元の方々の台所として活気が溢れています。

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鮮魚はもちろんのこと野菜から乾物、お菓子まで、様々な問屋さんが軒を連ねる中、ごはん片手に勝手丼に対応する鮮魚店をうろうろ。好きな具材を乗せて行きます。

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中央には食べるためのテーブルがいくつも並んでいます。

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オリジナルの海鮮丼。芝海老がナマラ美味い!

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お腹を満たしたところで腹ごなしに市内を散策。するといきなり潰れたデパートが。公設市場和商の向かいの先にある巨大な廃墟は2002年に閉館した長崎屋の建物。長崎屋閉館後、建物を所有する地元企業がアベニュー946という商業施設を運営していましたが、それも2016年5月に閉館しました。また外にも中心街では1990年代から2000年代にかけて、くしろデパート、オリエンタルデパート、丸ト北村などの大型店が相次いで撤退、閉店したそうです。

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そもそも釧路駅の地下も釧路ステーションデパートという商業施設だったが、2004年に閉館。現在地下への階段は封鎖されています。

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市街地を進んで行くとまたもや巨大廃墟が。この建物は2006年に閉店した旧丸井今井デパート跡です。当時ショッピングセンターKuteとして再開すべく外装をリニューアルしたもののテナントが集まらず、やがて買収した不動産会社が諦めて転売。オープンを控えたまま廃墟化という悲惨な事態に。

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廃墟化しつつあるビルはホテルやデパートだけでなく、多くの雑居ビルも同様。一体いつからテナントを募集し続けているのか。釧路駅から港に掛けてが中心街となりますが、このような空きビルと既に解体された跡の巨大駐車場ばかりが目立ちます。

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釧路は梅雨の時期、濃霧に包まれています。写真は宿泊したビジネスホテルパコの客室から見た釧路川に掛かる幣舞橋。奥には観光物産施設のフィッシャーマンズワーフ。

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夜は繁華街に繰り出しました。しかし夜霧に包まれた街は人影も疎ら。とはいえ駅前に比べて空き地が少ないです。

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しかも6月だと言うのに気温10度そこそこしか無く、寒かったので散策せず食べログに頼ってしまいました。

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釧路は炉端焼きが名物のようです。しかし入った店はやたら暗く、広いカウンターの中央でお婆ちゃんが黙々と焼き続けるというシュールな老舗。

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食べログ1位だけあって確かに美味い。しかし値段が一切書いておらず、二人で飲み食いして1万超え。ウニ丼とウニ刺しが値段を跳ね上げた気もしますが、観光地価格か。

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泊まったホテル「パコ」は市内でも数少ない天然温泉に入れる宿でした。あまり期待していなかったものの、入ってみれば加水無しの源泉100%加温循環濾過のカルシウムナトリウム塩化物泉。入った瞬間にムム、これは!と思いました。奥が40度、手前が42度で露天風呂も有り。予想外に良いお湯です。しかもここが私にとっての記念すべき100湯目だったり。

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釧路市の人口は1980年の22万7千人をピークに2010年には18万1千人、2017年5月現在では17万3千人と減少の一途を辿っています。釧路市の人口流出は単純に過疎化というだけでなく、義務教育レベルの低さ、JR北海道の特急スーパーおおぞらの本数削減と減速によるアクセスの悪化、企業の支店や支社の撤退など様々な要因が挙げられています。そこにイオンモールなどの郊外型商業圏がドーナツ化現象を引き起こし、釧路駅前周辺の衰退を加速させています。

【日記】帯広〜釧路、久々の汽車旅

帯広のスナックで飲んでいたら外は白み出し午前4時。温泉ビジネスホテルふく井さんに急いで帰って速攻寝るも起きたらすでに12時。この日は釧路に移動しなければなりません。

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14:47発釧路行き各駅停車。キハ40北海道仕様車なんて何十年ぶりでしょうか。

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乗り鉄だった少年時代を思い出します。当然冷房無し。窓を全開にしてディーゼルのエンジン音を聞きながら風に目を細める。懐かしい昭和の汽車旅の感じ。

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すれ違いで小さな駅に停まってはホームに降りて風を感じてみたり。

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すれ違う特急スーパーおおぞらを撮ってみたり。

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海沿いに出たらいきなりの霧。うたた寝する間に気動車は尺別駅に到着。

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この駅、駅前がほぼゴーストタウンとなっております。霧に包まれた廃屋たち。まるで異世界に飛ばされたよう。後に知った事ですが、この場所は2010年公開の映画『ハナミズキ』のロケ地だったそうです。映画のロケっていうのは、よくもまぁこう言う場所を見つけるものです。

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濃霧の中をスーパーおおぞらが爆音を轟かせながら通過して行きます。

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この辺りの線路は波打ち際、畦道、線路、崖。それ以外何もないという、北海道らしい風景が続きます。この何も無さが大好き。

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やがて車窓には馬主来沼の湿地帯。

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釧路駅に到着したのは夕方6時過ぎ。およそ3時間20分の長旅でした。それにしても、まさかの濃霧。釧路は今の季節、霧が多いそうです。知らなかった。
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