番外編

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【年末スペシャル】記憶に残った情景(2016総集編)

 早いもので.2016年も終わろうとしています。もはや毎年恒例にしようと思っている総集編、今年も一年を振り返りながらピックアップして行きたいと思います。

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 今年は年明け早々、悲しい事実を知る事から始まりました。田町と品川の間、運河に掛かる高浜橋の袂に残っていたバラック集落が、立ち退きを迫られた末ついに全滅してしまったのです。高浜橋の架け替え工事計画にかこつけて不法占拠発祥のバラック群を一掃したかったのでしょう、工区とは関係のない範囲も含めたバラック群全域が立ち退き対象とされてしまいました。
 ここのホルモン『はるみ』は何度も飲みに行った店で、女将さん共々多くの常連さん達に愛されていました。オーナーの方はしつこい都の職員にも屈せず頑張っておられたのですが、再開発特区に指定され大きく変貌を遂げつつあった街で、とうとう時代の流れに飲み込まれてしまったようです。

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 その高浜橋から真っ直ぐ第一京浜へ向かうと、東海道新幹線、東海道線、山手線、京浜東北線を潜り抜けるためのトンネルがあります。ここが提灯殺しのトンネルの異名を持つ高輪橋架道橋です。ちょうど旧品川車輌基地の下に当たるため距離が長く、そして何よりも天井が低いため、タクシーの屋根に乗っている通称提灯がスレスレなのです。
 しかしこのトンネルも、車輌基地跡地の再開発に伴い消滅すると思われます。なにしろ山手線の新駅は出来るわ将来的にはリニアの駅も出来るわで、かなり大規模な再開発となるでしょう。

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 船橋から海岸の近くまで歩いたところにバラック群があります。この地域は都疎浜と言い、戦時中都心から疎開して来た人々がそのままこの地に住み着いたと言われています。しかしその中でも運河を背にした一帯は戦後のドサクサに不法占拠して建てていたため、市から移転を迫られていました。現在でも一部住んでいる方が居るのですが、運河に杭を打ち込みせり出す形で建ててあるため、バラック建築の多くが写真のように運河へと落ち込み倒壊寸前となっています。

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 まだまだ寒かった三月、二回に渡って旧関東鉄道鉾田線(旧鹿島鉄道)廃線跡を訪れました。ここは私がまだ小学生の頃、旅好きの父親に連れられてローカル線の旅として訪れた鉄道です。しかし当時の私は霞ヶ浦沿岸の、延々と続く葦の原野に失望した覚えがあります。風光明媚な車窓の景色を期待していた私は、想像したのと違うと思ったのです。しかし歳を重ね、改めて訪れようと思った時にはすでに廃止され、その遺構を歩くしかありませんでした。写真は八木蒔駅跡。森の中の素晴らしい駅ですが、もうここにディーゼルカーのエンジン音が鳴り響くことはありません。

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 旧鉾田線の終着駅のあった鉾田の街を歩いていた時、このガソリンスタンドの廃墟が目を引きました。まるで空爆に遭った戦地のような、と言うと大袈裟ですが、この光景は非常に印象に残りました。東日本大震災で液状化現象を起こし、鉾田駅及び周辺の線路も甚大な被害を受けた事を契機に鉄道が廃止され、過疎化に拍車が掛かりました。このガソリンスタンドは、そんな寂れてゆく街を象徴するかのように思えました。

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 小学生の頃、父親に連れられ訪れた真鶴水族館は廃業寸前で、その廃退的な雰囲気が強く印象に刻まれています。思えばそんな幼少期の記憶が、今の廃墟好きのルーツとなっているのかも知れません。その追憶の彼方に眠っていた真鶴水族館跡地に、我ながら物好きだなあと思いながら訪れてみました。海岸へと降りる廃道を進むと、そこは生け簀跡の堤防がただ残るだけの建造物も何もない入り江。しかしその奥には、忘れ去られたかのように磨崖仏の観音様が海を眺めながら佇んでいました。

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 今年、いや、今までで最も感動したと言える共同浴場の平治温泉。河原に向かって畦道を下って行くと、林の中にポツリと一軒の掘っ建て小屋。外来者にも解放されているとはいえ半地元専用の共同浴場のため看板も何も出ておらず、ここがまさか温泉とは誰も気付きません。このシチュエーションもさることながら、気泡がびっしり肌を包む鮮度抜群な炭酸泉も素晴らしい。個人的な好みとしては非の打ち所がない一湯でした。

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 伊豆高原にある廃ループ橋。幾つかの廃墟サイトでその存在を知り、いつか行って見たいと思い続けていた念願の場所です。いつしか打ち棄てられ、解体されもせずただ放置され続け、一部崩落してもなすがまま。今年に入って特に私の中で廃墟巡りがエスカレートした訳ですが、この廃道に入るために道でも何でもないただの斜面をよじ登った時、自分の中で何かが吹っ切れたような。悪い意味で(笑)。なんかもう後戻り出来ない領域へと足を踏み入れてしまった、そんな気がしてなりません。

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 石切り場としてテレビにも紹介され有名となっているのは栃木県の大谷石採掘場ですが、ここ群馬県の藪塚石採掘場はマイナー過ぎて殆どの方が知らないと思われます。大谷石採掘場に比べて規模も小さく坑内にも入れないという、ほとんど観光地化されていない遺構ですが、山の中に突如現れる人工的な断崖は、非日常的な光景を見せてくれます。

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 廃墟好きが高じて、今年は廃校もチェックするようになりました。この鬼石小学校跡は昔の姿を綺麗に残す貴重な木造校舎です。鬼石を訪れた時は路線バスの本数が少ない中で、この廃校跡と温泉にターゲットを絞って巡りましたが、宿場町としての街並みも見事なので、今一度訪れてみたいと思います。

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 今年は茨城、千葉、群馬、埼玉と、足を伸ばすことが多かった。都心はだいたい撮り尽くしてもう面白いネタも無くなったかな、なんて思っていました。しかし探せばまだまだ面白い街はあるものです。ここ本郷界隈は関東大震災や東京大空襲の際に火災から逃れていたため、古い木造建築が多く残されています。文豪が暮らしていた街という見方で歩くと意識高い系の観光客みたいになってしまいますが、実際に歩くと写真のような下宿屋のような木造建築を見つける楽しみがありました。

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 三業地、という言葉自体を恥ずかしながらこれまで知りませんでした。料亭、待合い、芸妓置屋が営業を許可されたエリアの事を三業地と言うのですが、それまでは神楽坂や向島、赤坂などの事を「ただの料亭街」と呼び、庶民的な赤線、青線、遊郭などと区別していました。しかし、三業地として探せばまだまだ知らない花街の多い事に驚かされます。そんな三業地の中でも大塚は、人知れずしかし現存し続ける花街の一つです。歩いて調べて初めて知ることが、都心にもまだまだ沢山あることを思い知らされました。

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 9月に入って二回ほど内房を訪れました。富津岬周辺はアクアラインの開通により多くの人が訪れるようになり、三井アウトレットパークなどの巨大施設も建ちホテル三日月も大人気。そんな中、年に一度ゴールデンウィークにしか人が来ない限定観光地である潮干狩り場に、海に続く電柱群という珍しい景色があります。ただ、最近この場所はテレビなどで紹介されるようになって以来すっかりメジャーになってしまい、しかも満潮の夕方の凪いでいる時に水面に映る電柱群という、非常に幻想的な景色がちゃんとしたアマチュアカメラマンの方々によって撮られているため、日帰りスケジュールで午前中にパッと行ってパッと撮った写真などでは全然見劣りしてしまいます。しかし、これも消えゆく景色の一つであるのは確かです。

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 6Frogus様という私の敬愛するサイトがあるのですが、そこで過去に紹介されていてずっと行きたいと思っていたスポット。岩谷観音堂です。現在では行政主導のもと保存への動きがあるようですが、以前は地元の方しかその存在を知らず、荒れ放題だったとか。その頃に行って見たかったと思うばかりですが、今でもその存在はほとんど知られる事無くひっそりと佇んでいます。

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 千葉県の房総半島には太平洋戦争末期、米軍による首都上陸に備え、様々な軍事施設が造られました。特に内房地域には今でも砲台跡や弾薬庫跡などの遺構が人知れず残っています。その一つ、山あいの畑の中に有人特攻ミサイル、桜花の発射用カタパルト跡が、草木に覆われ眠っています。幸いにも本土決戦の前に終戦を迎えたため使われる事はありませんでしたが、貴重な戦争遺跡です。

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 9月末に行った北海道旅行は衝撃の連続でした。特に帯広の街の広大なスナック街と、その荒廃ぶりは歩いてみて初めて知りました。帯広スナック街は碁盤の目に造られた街の至る所に「コ」の字、または「ニ」の字形の長屋造りという特徴的な造りになっています。特に写真のスナック長屋は全滅しており廃墟化していました。

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 本来は糠平湖湖底に残るタウシュベツ橋梁跡を見るツアーを予約したのですが、今年の夏は異常気象で雨が多かった影響もあり、例年より三ヶ月も早くダム湖の水位が上昇。タウシュベツ橋梁は湖の底に沈んでしまいました。代わりに開催されたのが廃線跡、旧士幌線のアーチ橋を巡るツアーでした。本来の目的とは変わったものの、その内容の濃さは充分過ぎるほどでした。

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 浦山ダムのダム湖周辺に点在する限界集落には過去訪れた事が有りましたが、その周囲の山々に多くの廃村が存在する事を後に知り、リベンジの意味で再訪しました。写真はその廃村の一つ、茶山集落跡です。想像以上に家屋が残されており、また秩父地方山間部特有の斜面にへばりつく集落は圧巻でした。また廃村探訪はこの時が初めてで、すっかりハマってしまう事に。

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 茶山、嶽集落を訪れた翌週、写真の栗山集落と山掴集落を訪れました。この二つの集落はさらに足場が悪く生活道は崩れかけているため、斜面をよじ登って回らなければなりません。それだけてはなく集落の中に熊の糞が転がっており、つまりガチで熊出没注意なのです。訪れるにはそれなりの装備と心の準備が必要です。しかしながらこの栗山と山掴集落の雰囲気は凄まじいものがあり、一度は行くべきだとも思います。

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 特に山掴集落は今年最も印象に残った場所と言えます。杉の生い茂る山肌、たとえ廃村でなくしても、ここに集落がある事自体あり得ない光景です。どのような人々がどのような暮らしをしていたのか、山育ちの私でも全く想像がつきません。薄暗く湿った木立の中の家々は非現実的で、生活感すら感じられませんでした。

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 今年の上旬、千葉の栄町を訪れた後時間が有ったので、津田沼の温泉銭湯鷺沼温泉に立ち寄りました。しかし運悪く臨時休業で入れず、12月になってやっとリベンジする事が出来ました。何もない住宅街の中に突然姿を現す、屋根の崩れかけたバラック建築。看板が無ければまさか銭湯だとは思いません。しかも入って見れば地元の常連しか分からないシステムや至るところが放置プレイなところ、激熱な湯船など、戸惑う事ばかり。ここまで来ると貴重な存在です。

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 その存在を初めて知ったのは関東懐旧街さんというサイトに紹介されていた記事を読んでから。ずっと気になっていた場所ですが、埼玉の真ん中というのは「どうせ何もない」という先入観から、どうしてもモチベーションが上がらないのです。しかし、行ったら行ったで面白い場所はあるものです。握津集落は都心を水害から守るための荒川改修工事で堤防が集落より内陸部側に築かれてしまい、文字通り取り残されてしまった村です。住人たちは全て堤防の内側へと引っ越し家屋は全て取り壊されてしまいましたが、広大な農地は元住民たちの手により今でも耕作されています。そのため集落の痕跡を残しつつも人の往来は有るので、農村から家屋だけが消滅したという不思議な雰囲気を醸していました。

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 今年最後の締めは大塚の立ち飲み屋『秀吉』。今年は初夏の頃から大塚に仕事で通い、この街のポテンシャルに驚かされました。新宿の隣の大久保にかつて住んでいた私にとって、池袋の隣の大塚はとても居心地の良い街でした。都市の隣には貧民街やホテル街がある。上野に鶯谷、新宿に大久保、渋谷に神泉円山町。池袋に対するホテル街は分散していますが、どこかやさぐれたこの街の雰囲気は懐かしさすら感じる。そんな大塚で一軒の立ち飲み屋さんが消えて行きました。

 そんな訳で一年を振り返ってみましたが、今年はとにかく廃墟と立飲みどきどき温泉な一年でした。都内の町歩きはほとんどせず、逆に千葉や埼玉、茨城、神奈川などへの日帰り旅が多かった。本当は関西や九州も行きたかったのですが、それはまた来年に持ち越しという事で。
 それでは、今年も一年ありがとうございました。来年もまた新たな探検を続けて参りますので、宜しくお願いいたします。皆様も良いお年を。

【日記】温泉観光実践士

 土曜日日曜日、二日間の講習を受けて温泉観光実践士の資格を取りに、京急蒲田駅前の大田区産業プラザに来ました。

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 この多目的ホールは昔、新作ゲーム発表会に行ったり、最近では文学フリマに行ったりと、何かと縁のある会場です。二日目の日曜日も一階の大ホールでは、同人誌系のイベントが開催され賑わっていました。

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 会場はおよそ二百人前後の受講者で満席。温泉観光実践士の開催以来の最多人数。なぜかと言うと、今回より温泉ソムリエ協会と協力関係を結んだようで、温泉ソムリエの資格を既に持っている人が今回の講習を受けると、温泉ソムリエマスターにレベルアップするという企画も付け加えたからのようです。そのため、温泉ソムリエ家元の講義の際、温泉ソムリエを取得している人手を挙げてとの声掛けに対して会場のおよそ9割が手を挙げるという。みんな今回の受講料の他に5千数百円払ってソムリエ資格のレベル上げしに来たようです。

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 1日目の講義は元、某旅行代理店の准教授の話や、某大学名誉教授による温泉健康医学の話、ペッパー君の可能性や旅館業再生の話など、2日目は温泉ソムリエ家元による温泉地再生の話や大田区銭湯組合会長の温泉銭湯の現状、大学教授による温泉の歴史や温泉観光実践士協会会長による旅館再生の話など、多岐に渡る様々な講義を聴けました。ただ、もうちょっと地方の観光産業の現状や行政の実態の話なんかも学びたかったかも。

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 ともあれ、晴れて温泉観光実践士の認定を受けることが出来ました。免許証見たいな小さい物を想像してたら賞状見たいな物でした。

【番外編】震災から5年、未だ復興が終わらない新浦安

 2011年3月11日の東日本大震災から早くも5年もの年月が経ちました。去年の年末と今年の年明けに仕事で福島県郡山市に行ってましたが、いまだに除染作業が続けられているようで、復興はまだ続いているのだと実感しました。

 震災当時私は茅ヶ崎からの帰宅難民となり、バスを乗り継いでも戸塚までしか帰れず、体育館に寝泊まりしていました。その後、金も時間も交通手段も無かったため東北へは行けませんでしたが、浦安の液状化現象の被害は撮影に行けました。今回、震災の恐ろしさを忘れないためにもその当時の写真をアップしつつ、現在あの場所はどうなっているのか、改めて訪れて参りました。

 浦安の臨海地区は、まず元々陸地だった元町地区があり、高速道路を隔てて海側には1968年の第1期海面埋立事業により埋め立てられた中町地区、さらに堤防跡と高圧電線を隔た海側に、1980年の第2期海面埋立事業により埋め立てられた新町地区に分かれます。

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 震災当時、特に地盤沈下等の被害があったのが、JR京葉線新浦安駅周辺に広がる中町地域でした。上の写真は新浦安駅東口のエレベーター。地盤沈下の様子。

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 現在ではすっかり綺麗に復旧されてますが、エレベーターや階段などは特に建て替えられておらず、路盤を直すだけで済んだのだと分かります。

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 第1期と第2期の埋立事業の境界である旧防波堤跡と第1期側。車道がかなり斜めに傾いてます。
 昭和40年代の埋め立て事業においては液状化対策がなされていなかったため、結果的にはそれぞれの境界線を境に被害状況が異なっていました。

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 今回驚いたのは、もう五年が経とうと言うのに未だに路盤改良工事が続いていたという点。

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 建造物の基礎や車道は比較的そのままで、主に歩道や公園、側溝やU字溝などが地盤沈下を起こしておりました。そのためほとんどの世帯でブロック塀や門扉が傾くなどの被害が生じました。

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 各家庭ごと壊れた箇所だけを直されていますが、当時は災害保険に加入していなかった方も多かった事でしょう。国からの援助も半壊や全壊家屋に割り当てられ、塀などは自己負担。まさか浦安の、しかも中町地区だけがこんな事になるとは、予想していなかった事でしょう。

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 こちらでは電柱が沈んだり傾いたりしており、電線が低く垂れ下がっているような状態。

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 電信柱や上下水道、都市ガスなどライフラインに関わる物は早い段階で復旧されましたが、アスファルトはまだ真新しく、最近復旧された様子。

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 境川沿岸の地割れの様子。

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 散歩道は優先順位が低く、いまだ工事中で立ち入り禁止のまま。震災当時は白い柵の向こう側で撮影。

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 同じく境川沿岸。アスファルトがうねってます。

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 こちらも舗装されたばかりの状態。フェンスや石垣はそのまま使われています。

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 崩壊した公園。新浦安界隈を撮影してきた当時は震災から5日ほど経った後で、やっと泥を排除できたといった感じでした。

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 樹木は減ったものの、ほぼ元の状態に復旧されています。

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 こちらは震災直後のように見えますが、実はつい先月の写真です。公道や公共施設と違いマンションなどの私有地では、放置されたままの所もあります。結局のところ修繕費用を誰が負担するかという問題が残っているのかも知れません。

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 液状化現象は地中の土が泥となり地上に吹き出したため地盤が下がり、マンホールだけがせり上がったような形になってしまいました。

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 今では跡形もなく綺麗になっていましたが、つい最近工事された様子。

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 震災当時のガス、水道の復旧工事の様子。ライフラインの復旧は急ピッチで進められました。

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 こちらも一見元通りに直されています。

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 しかしよく見れば爪痕は残ったまま。

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 基礎工事がしっかりしている建造物は周辺の影響だけで済んでますが、このように家屋そのものが傾いてしまっている場所も。塀が傾いたぐらいならまだしも、このような世帯では建て替えが必要となります。上の写真はどこで撮ったのか、記憶を辿りましたが場所が思い出せず、現在の様子は撮影できませんでした。

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 住宅街のあちこちに上のような立て看板が掲げられています。しかし復興工事は今年度中に完了させようとしている模様。

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 路盤改修工事は土を掘り返して基礎からやり直さなければならないようで、ひとつの街全体を直すには相当な工期と予算が必要とされたのでしょう。

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 以上、現在の新浦安の様子でしたが、東北の被災地はここより更に復興が遅れていると聞きます。
 新浦安では死者こそ出ていないものの充分過ぎるほどの『被災地』でした。あまりテレビなどで報道されませんでしたが、もっと注目されてもいいのにと当時は思いました。
 震災から五年、既に過去の災害と考えられていますが、実際は現在進行形なのです。

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【年末スペシャル】記憶に残った情景(2015総集編)

 早いもので年の瀬、.2015年も終わろうとしています。今年も様々な街を散歩し、様々な土地を旅して来ました。その記録をブログを通して記事にして来ましたが、閲覧して下さった方々には改めて感謝を申し上げます。
 と言うわけで、今回はこの一年で特に印象に残った光景を振り返ってピックアップし、ダイジェストとしてお送りいたします。

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 年明けはガード下から。神田駅の近くに残るガード下飲み屋です。ガード下は元々戦後のドサクサに屋台を建てたりしていた不法占拠物件が発祥だったりしますが、現在ではどこもちゃんとJR東日本が土地を賃貸しています。

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 江東区は塩浜に残る廃線跡。かつては越中島貨物ターミナルから豊洲の工業地帯や晴海埠頭まで延びていた東京都港湾局専用線豊洲線跡です。

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 枝川の朝鮮部落。かつては凄まじいスラムっぷりだった劣悪環境も、現在では新築住宅も建ち並ぶ普通の住宅街となっていました。

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 多摩モノレールで西武新宿線を越えた東村山市、広大な都営村山団地の奥に佇んでいた日の出ストアーです。残念ながら既に全店舗が閉店しており、廃墟化しておりました。

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 通称川崎案件と呼ばれる川崎駅東田町にある係争地帯です。その中にポツリと一軒だけ残る謎のラーメン屋『鳥竹』。今年二回ほど訪れましたが、10月からこの地区の工事が着工予定になっていたので、その後どうなったか来年また訪れてみたいと思います。

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 今年は春から夏に掛けて蒲田に通ってました。なのでそのため蒲田を探索し続けておましたが、すっかりこの街が好きになってしまいました。写真は蒲田に通っている間、よく通い詰めていた立ち飲み屋『かるちゃん』。

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 京急蒲田からふた駅、多摩川の河川敷に残るドヤ街の中に、天然温泉の銭湯『六郷温泉』がありました。真っ黒な冷鉱泉を沸かしているのですが、源泉100%の冷たい浴槽はまるで工場うらの湿地帯にある廃油の浮いたドブのようなビジュアル。ミントガムのような匂いは、なぜかクセになります。

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 すでに何度も訪れている水上温泉。今年は改めて廃墟巡りしました。写真は温泉街の裏側に見つけた集合住宅の跡。

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 爆撃でも受けたのか!?と目を疑ってしまった、高崎中央銀座商店街のアーケード。

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 廃れた歓楽温泉街の名残りを色濃く残す、伊香保温泉の路地裏。

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 文化財指定もされている四万温泉の積善館。見事に保存されており、特に湯屋は感動します。

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 鹿島田の近くに残る亀甲マーケット。ほとんどの店がシャッターを下ろしていましたが、その特徴的な六角形の造りが面白い。

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 上諏訪には夏と秋、二回訪れました。なかなかの寂れた温泉街ですが、歓楽温泉街だった名残りがこのストリップ劇場跡。

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 上諏訪、下諏訪、ともに共同浴場巡りをしました。写真は下諏訪の路地裏共同浴場の菅野温泉。

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 川崎港海底トンネル人道。先が見えないほど長いトンネルを歩くと距離や時間の感覚がおかしくはり、なかなか不思議な感覚に陥ります。

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 トンネルつながりでは年末に訪れた横浜市保土ヶ谷区にある大原隧道があります。カラオケのイメージ映像のロケで使われたトンネル。

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 藤沢駅北口から少し入った路地裏、藤沢飲食盟友会。花街の名残りを残すスナック街が廃墟化していました。

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 熱海駅から海沿いの中央街へと下りる坂道沿いに、かなり古いビル街が続いています。

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 熱海は何度となく訪れていますが、今年の年末は特にその魅力に取りつかれました。

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 今年いっぱいで閉鎖されてしまう熱海の水口第二浴場。惜しまれて仕方ないです。

 そんな訳で足早に今年を振り返ってみましたが、今年はとにかく蒲田イヤーでした。旅としても伊香保や上諏訪、熱海と、新たな発見も多かった。まだまだ都内近郊でも訪れ切れていない街も多いのですが、来年の目標としては大阪と九州を開拓しに行きたいと思っています。

 それでは、今年も一年ありがとうございました。来年もまた新たな探検を続けて参りますので、宜しくお願いいたします。

【日記】いつもの赤羽&お知らせ

 先週末、槇島酒店で引っ掛けた後、赤羽で飲んでました。
 最近ではお金が入ったら、上野のコリアタウンの馬山館で焼き肉か、赤羽のまるます屋で鰻とういのが定番になりつつあります。

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 そんなわけで、鰻を食ってきました。米山もよく行くのですが、あそこは早い時間から並ばなけれならないため、仕事が早く終わらない限りなかなか行けません。

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 今回は久々にテーブルに着けました。肩幅が狭くなるカウンター席と比べ、テーブル席は広く使えていいのですが、座席の奥行きがやたら狭い(笑)。しかし木製の窓枠や背もたれがいい味出してます。特上うな重とビールで満腹になったら名物ジャン酎(ジャンボ酎ハイ)二本で閉店時間の9時半まで飲んでました。2人でしめて8千円。店を出ると久々にカラオケ居酒屋『稲穂』に顔を出そうということに。

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 この店も長い付き合いになりますが、昨年末だったか今年入ってからか、女将さんが入院されてました。以来たまに手伝いに来てくれる人も居るものの、基本大将一人で店を切り盛りされてます。いつか女将さんも復帰されるだろう、そんな風に思っていましたが、女将さんはそのまま群馬の介護付き老人ホームに入られてしまったそうです。
 昔は大将と女将さん、どちらかが酔っ払っているとどちらかが素面といった具合で仲良くやっていたのですが、なんとも寂しい限りです。かと言って、多くの常連さんたちのために店を閉める訳にも行かず、介護付き老人ホームはお金も掛かる。娘さんは店を継ぐつもりもない。結局、大将は体が動く限り一人で店を続けて行くそうです。
 赤羽OK横丁では一番遅くまで開いてる店という事で、多くの常連さんたちに有り難がられているこのお店。女将さんが元気だった頃は午前2~3時には強制閉店してましたが、大将はその辺が甘く、始発の時間まで頑張っちゃったりしています。
 以前、二階の座敷を使わせて貰った事が有るのですが、テレビの下には大将と女将さんの古い記念写真が沢山保管されています。旅好きだったようで、全国の観光地でと撮られた写真がいっぱい出てきました。本当に仲の良いご夫婦なんだなと思います。


【お知らせ】

 実は先月、『Travel.jp・たびねす』様よりナビゲーター(ライター)としてのお誘いを頂き、有償で記事を書く契約を交わしました。その中で、当ブログにて最近紹介した温泉などの写真を幾つか掲載して行きます。ただし『たびねす』様は旅行情報比較サイトと連動した旅行喚起を目的とされるサイトなので、文章はコンテンツに合わせた物へと書き直したものを入稿して行きます。当ブログを閲覧して下さった方が『たびねす』を利用された際、どこかで見た事のある写真と思われましたら、以上のような事情によるものです。
 当ブログはメジャーな観光スポットを避け、狭い路地を見たらとりあえず入ってみると言ったようなコンセプトのもとで、裏事情などを探りながらマニアックなスポットを紹介するブログです。そんな私が私なりに、観光旅行サイトへ綺麗で便利でお洒落な観光地とは真逆のスポットを紹介し、一石を投じる事ができたらなどと考えております。
 あまり知られていない、本当に良質で価値のあるものを今後も追い求め、こちらではブログ記事として、『たびねす』様ではガイド記事として紹介して行こうと思います。

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