番外編

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【正月特別企画】回顧録・昭和の鉄道

あけましておめでとうございます。
正直に言います。昔、鉄っちゃんでした。昔と言うか今でも鉄道好きですが、それは鉄道が絡む写真を撮る際、必ず列車が走って来るまで待つという時点でバレバレなんですがね。
2018年の正月、1988年の日本一周旅の写真(全て鉄道)をアップしましたが、今回再び押し入れの奥から引っ張り出して来た写真をデジタル化してアップします。

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まずは1977年くらいだったか、小学校4年生ぐらいだと思うのですが、父親と上野駅に行った時。カメラは買ったばかりの富士フイルムのバカチョンカメラ(死語で差別用語)。当時はL特急に絵入りヘッドマークが採用されたばかりの時代です。盛岡行き「ひばり」の前に突っ立っている子供が私です。モヤシだなぁ。

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東北上越新幹線開業前の上野駅地上ホーム。当時は15番線から20番線までは空も見えていましたが、新幹線が上野駅まで延伸された際18番線以降は地下の新幹線ホームとなり、現在では空も見えなくなりました。

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同じく1977年頃の上野駅。18番線に停車中の常磐線のボンネット型特急「ひたち」。奥に停車中の気動車は恐らく急行「奥久慈」。

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この当時、関東鉄道鉾田線(鹿島鉄道)に乗るため、20番線から10系旧型客車による普通列車に乗って行きました。小学生にして旅好きな父親にせがんだ行き先が地方ローカル線と言う渋さ。生まれつきの変態なんです。ここは2016年3月に、その廃線跡を訪れています。

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恐らくは夜行列車の急行「おが」ではないかと。気動車が上野駅に入線してたのも衝撃ですが、キハ58系で長距離夜行急行と言うのもなかなか。

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もう1枚上野駅。この頃に家族旅行で仙台松島に行った覚えが有るんですが、多分その時に乗った寝台急行「新星」。関西方面には「銀河」に乗って行ったし、寝台と言えば急行ばかりだったので20系でした。一度「妙高」で10系寝台に乗った事も有りましたが、中学高校と一人旅を始めるようになってからは専ら18きっぷで大垣行き夜行鈍行が定番となりました。

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この辺は恐らく1980年代に入っていると思われますが、新宿駅の小田急ロマンスカーSE車。東海道新幹線開業以前に世界最速を叩き出した名車です。

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中学に上がり一眼レフデビュー。RICOHのカメラにPENTAXのレンズ。東海道本線を走る国府津車両区の旧型国電による試運転。この車両は恐らく昭和10年製造のクモハ40054で、現在青梅鉄道公園に展示されています。もしかしたら戦時中や戦後の山手線や京浜東北線などでも活躍していたかも知れません。

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1983年、中2の夏に従兄弟と2人で広島の可部線に乗りに行きました。廃止になる前の旧型国電を撮るのが目的で、子供の頃から古い物を追い求める傾向がありました。

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こちらは伊豆箱根鉄道大雄山線の154型。1984年のさよなら運転のヘッドマークが取り付けられています。

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高校に入ると身近な所で東海道本線沿線に通いました。今ではすっかり絶滅してますが、東海道本線では珍しいEF62。もうすっかり撮り鉄として仕上がって来た。

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根府川鉄橋には何度通った事か。特にEF5861を追いかけていました。写真は臨時の踊り子55号。

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高校二年にして青春18きっぷで日本一周する訳ですが、この経験は大きかったです。

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高卒後上京して専門学校に通うわけですが、好きに旅して好きな写真ばかり撮っていられたのも学生時代、つまり80年代まででした。社会人になるとなかなか、と言いながらも、今また好きな物を自由に撮ってますがね。写真は名鉄揖斐線の車内。

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おまけ。1976〜7年頃、実家の裏手の箱根新道で撮った昔のはとバス。
押し入れを漁ればまだまだ色々な写真が出て来ると思います。また面白い物が出て来たら機会を見てアップしようと思います。
しかしつくづく思った。なんでこう鉄道しか撮ってないのかと。今では見られない貴重な建築物や街並みなんかも、あったろうが!

それでは、今年もよろしくお願いいたします。

【年末スペシャル】記憶に残った情景(2020年総集編)

早いもので2020年も終わりです。そこで毎年恒例、印象に残った情景2020年総集編をお送りします。写真をクリックするとその時の記事に飛びます。
今年はとにかく新型コロナウイルスの一年で、当ブログの柱でもある寂れた観光地や都心の酒場、そして自分自身にとっても苦難の年でした。来年はコロナ前のような気兼ねない旅が出来るようになって欲しいものです。
私自身、収入が半減した時期もありました。しかし何よりも去年一昨年と二回に渡り訪れた天ヶ瀬温泉が、コロナに重ねて見舞われた豪雨災害により壊滅状態になった後の復興が気がかりです。来年、訪れることが出来たらと思っております。

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今年一発目は超マイナー健康ランド、栃木県足利市の鹿島園温泉から始まりました。ここはネット上にもあまり情報が無く、たまたまGoogleマップで見つけた日帰り温泉です。行ってみてびっくり。絶滅寸前とも言える昭和の健康ランドでした。ここの寂れっぷりがかなりヒット。

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鹿島園の帰りに散策した足利の路地裏スナック街も、廃墟が織り混ざった狭すぎる路地裏。広範囲で迷路のように張り巡らされた路地裏に興奮しました。

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今年の前半は仕事で横浜まで通っていました。特に市街地の南部、中村川周辺の商店街やドヤ街が気に入ってしまい、何軒かの飲み屋に通い詰めてすっかり常連となっていました。特に横浜橋商店街は韓国人中国人日本人が混ざり合い混沌とした下町の商店街で、この辺に引っ越して来たいと本気で思うほど惚れ込みました。

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横浜探索は根岸や山手まで広がって行き、横浜市街南部の銭湯をおおかた制覇することとなりました。温泉の有無に関わらず、銭湯建築や地元の雰囲気に浸かる。

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横浜好きも最終的にはドヤ街の寿町に通い詰めるに至りました。寿町のカラオケ居酒屋で昼間から地元の方々と飲んで歌って、すっかり顔馴染みとなる。

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4月に入りコロナ禍が急速に進む中、東伊豆は大川温泉の共同露天風呂浴場、磯の湯を訪れました。ここは泉質もロケーションも最高なのですが、何よりもアプローチが衝撃でした。沢の水が国道の下を流れる土管の中を通って行くと言う、まず至らないであろう発想。

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4月下旬、東京都で緊急事態宣言が出される中、2月に取った航空機チケットを捨てるのは勿体ないと、能登半島へ出かけました。のと鉄道の廃線跡巡り。特にこの沖波駅は1988年、廃止が決まった国鉄能登線が、のと鉄道として第三セクターで再出発したその日に訪れています。ホームでは地元の人々がお祭り騒ぎしていた同じ場所を32年ぶりに訪れてみると、竹藪に覆われた廃墟と化していました。

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旅の目的はこの線路上に放置された廃車両。おりしも桜が満開。今年一番のベストショットでした。

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北西の風が吹き付ける能登半島日本海側沿岸地域。間垣という垣根で囲まれた集落が、実に衝撃的でした。日本海の海風から集落を守るために囲まれているのですが、中は殆どが木造建築で時間が止まったかのよう。また、日本の村社会を象徴するようにも見え、自分が長年追い求めて来た何かがここにあるようにも思えました。

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13年前にたまたま通り掛るも、その雰囲気に二の足を踏んでしまい入れなかった事がずっと後悔として残っていて、そのリベンジの意味もあって再訪した金沢の味食街。しかし金沢入りしたその日より石川県が独自の緊急事態宣言を発令。味食街は店舗が極端に狭いこともあり、全店が営業自粛となってしまいました。来年再挑戦できればと思います。

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三島の路地裏スナック街の狭さにやられつつ、訪れたのは千貫樋と言う水道橋。超マイナーな史跡ですが、三島が富士山の伏流水の恵みを受けた水の都だと分かります。

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埼玉県東浦和にある田島団地。高度成長期の団地が次々と建て替えられる中、1965年竣工の公団住宅がほぼ建設当時そのままの姿で残っています。首都圏ではもはや貴重な存在。

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静岡の伊豆長岡温泉を訪れた時に発見した、伊豆石の石切り場跡。最近まで藪に覆われていたそうですが、地権者である旅館が綺麗に整備していました。

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伊豆長岡温泉の赤線地帯跡。伊豆長岡は歓楽温泉としても有名で、現在でも裏風俗が残っています。この赤線地帯も最近まではそう言った店が点在していたようですが、今ではすっかり民家と廃墟ばかりでした。

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伊豆長岡から駿河湾に抜ける低い峠の廃道。カーブミラーだけが異質に立ち続けていました。この後、日を改めて西伊豆の特攻兵器震洋格納庫跡などを巡ります。

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三島から伊豆長岡、西伊豆、沼津と二回に渡り訪れましたが内容が濃かった。写真はGoogleマップの空撮でたまたま見つけたバラック集落。立地条件や周囲の状況から見て朝鮮部落である可能性が高いのですが、地元の兄さんに聞いても詳細は掴めず。謎のままです。

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今年、特に夏はコロナ禍の間接的な(オリンピックの延期など)影響で、仕事が暇で暇で仕方なかった。そのためお金を掛けずに関東近郊に日帰りで出掛ける事が多くなりました。こんなにブログの更新頻度が高い年は前にも先にもありません。
千葉県は習志野、旧日本軍鉄道連隊の遺構を巡りました。現在ではそのほとんどが新京成電鉄の線路となっていますが、一部廃線跡として橋脚などが残されています。

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茨城県笠間市、筑波海軍航空隊基地司令部跡。永遠のゼロ他、多くの映画やドラマのロケ地として使われた建物です。航空隊司令部の後は病院としても使われ、廃墟となる所をロケ地に使われた事で保存の道を辿りました。現在も資料館として公開されています。

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千葉県茂原市、茂原海軍航空基地跡の掩体壕群。現存する9ヶ所全てを巡りました。茂原駅から最も離れている地点までタクシーに乗り、後は日に焼けながらひたすら歩き倒しました。公共交通機関で巡る者として、どれくらい歩いて回れるか、その限界を知る良い経験となりました。でもやっぱ暑さはキツいです。

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う〜ん、フォトジェニック!神奈川県横須賀市の猿島要塞です。かつてインスタ映えと言う言葉が大嫌いな自分でしたが、なるほど、こりゃ観光客が押し寄せるわと納得。現代の観光資源として必要なものは、こう言うものなんだなと。歴史も何も知らなくても良いんです。結局ただSNSで他人に羨ましいと思われれば人は集まるんです。そう考えると、例えば寂れた温泉街である伊豆長岡温泉の石切り場なんかは可能性を秘めていますね。

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猿島の流れで横須賀軍港巡りの遊覧船に乗りました。軍事オタクでは無かったため、旧海軍の地下壕の入り口なんかに興奮する自分がいました。どちらかと言うと大日本帝国軍オタクですね。でも言っておきますがネトウヨじゃないですよ。

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今年は横浜の浜マーケットや丸山日用品市場なども行きましたが、こちらは川崎の昭和マーケット。木造アーケードのマーケットもたまに巡るのですが、再開発などにより年々その数は減少の一途を辿っており、常に危機感を感じています。お金が有ったら関西や九州などのマーケットを巡りたいところですが。

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千葉県茂原市にある国府関団地。ここは隧道巡りに行く際、降りたバス停で偶然見つけたゴーストタウンです。実際はまだ住んでいる方がいらっしゃるようですが衝撃的でした。

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茂原市の隧道巡り。掩体壕巡りで鍛えた脚力で歩き倒した素掘りトンネル巡り。ただ、ビビって通り抜けることが出来なかった隧道も。廃村巡りをした頃の開き直りを今一度って感じでしたが、やっぱり暗いのは怖い。

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埼玉県比企郡、旧小川小学校下里分校跡。アニメのんのんびよりの聖地となったお陰で綺麗に保存されています。懐かしい田園風景。埼玉県にもこんな所が有ったんだと思いました。

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ちょっとだけメジャーな観光地、鋸山。栃木県大谷、群馬県藪塚、静岡県伊豆長岡と、意図せずに4ヶ所目の石切り場です。ロケ地としては重宝される石切り場ですが、これからの新ジャンルとして石切り場巡りなんてのも良いかも。ただ鋸山は北斜面で日光が差さず、写真的には難しいです。

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鋸山の北に位置する砲台山ハイランド跡。廃墟探訪、とは言っても藪漕ぎまではしてないので、まだまだ本格的とまでは言えません。しかし我ながらつくづくノンジャンル。何かに特化したマニアであればどこかに取り上げられるかも知れませんが、つくづく自分は広く浅くですね。

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突発的な休みは年末まで続きます。こちらは三浦半島、鷹取山の西側に残る池子石切り場跡。苔生した雰囲気が非日常的な空間を演出してます。この後ハイキングロードを登り鷹取山の石切り場跡も巡りました。

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今年の締めは前橋のバラック地帯。なかなか強烈な場所を見つけてしまいました。恐らくは生糸産業の労働者の方々の住宅だった場所ではないかと。まさに昭和の風景がそこには残っていました。

毎年、年末の総集編では特に印象に残った光景を纏めるのですが、印象の強かった場所ばかりで全然絞り込めません。ともあれ今年は仕事の無い日が多く、暇は有っても金が無いという時期が長かった。そのため栃木、静岡、千葉、茨城、埼玉などに日帰りで訪れる事が多く、更新頻度だけは多くなりました。来年は遠出したいなぁ。
では皆様、良いお年を。

【日記】外出自粛につき昔の写真などを

連休が暇なので押入れをひっくり返し、昔の写真をいくつか引っ張り出しました。探せばもっと色々出て来そうですが、いちばん自由に旅をしていたのはやはり専門学校生時代。高卒で上京し最も時間を自由に使えた1988〜1989年頃。折しも国鉄分割民営化の時代です。

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真冬の津軽鉄道へストーブ列車を撮りに行きました。

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もう30年以上も前。当時は自宅アパートを暗室にしてモノクロの現像からプリントまでやってました。

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日本海側の冬は雪が真横から打ち付けると、この時初めて知り衝撃的だったのを覚えています。

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恐らくは五所川原駅かと思われますが、もはや記憶も曖昧。

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キハ22やナハフ1200など今では超貴重な車両たちも写り込んでいますが、なんでちゃんと撮って無かったかなぁ。

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津軽鉄道のストーブ列車は現在でも現役で走り続けていますが、利用客の服装や雰囲気なんかは昭和の匂いがします。

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この頃は本気でジャーナリスト目指してたなぁ。

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当時まだ19歳かそこいら。若かった。

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津軽弁がほぼ外国語だったのもこの時初めて知った。

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久々に訪れてみたいです。相変わらず何もないでしょうが。

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こちらは下北半島、1994年に廃止となった日鉄鉱業尻屋崎専用線。鉱山から港まで石灰石を運んでました。鉄チャンとしてもセレクトが渋い。廃止寸前の物を記録として残しておきたいと言う気持ちが強かった。

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こちらは南部縦貫鉄道のレールバス。

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1997年に営業休止、2002年正式に廃止となりました。

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野辺地駅。今では防雪林が残るのみで、ホームは跡形も無くなっています。

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このバスみたいな運転席。タブレットも健在でした。

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乗客は自分以外、地元の方が1人。この頃からもはや赤字ローカル線でした。

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終点の七戸駅。廃止後、保存会によって七戸駅跡にて動態保存されているとか。

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沿線には牧場ぐらいしか無かった覚えが。この何も無さが好きでした。

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ここは廃線跡巡りでまた訪れてみたいです。

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最後に岩手開発鉄道。

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現在でも貨物専用線として運行されていますが、1992年に旅客運行が廃止。

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この頃は日頃市小学校及び中学校への通学で利用されていましたが、少子化の波で廃止となったのでしょう。

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訪れた当時、小学校の社会科見学でしょうか、日頃市の駅員さんが子供たちに何か説明していました。

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この子供たちもどれだけ地元に残り、どれだけ上京してしまったか。

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鉱山は大船渡市の内陸部なので津波の被害こそ有りませんでしたが、石灰石を積み出す大船渡港周辺の線路は甚大な被害に遭われました。現在では線路も復旧し専用線として運行されていますが、震災後の人口減少も相当進んでいる事でしょう。

今回は岩手青森の写真をデジタル化しましたが、押入れを探せばまだまだ古い写真が出て来ると思います。

【年末スペシャル】記憶に残った情景(2019総集編)

早いもので2018年も終わりです。そこで毎年恒例としている印象に残った情景、2019年の総集編をお送りします。
今年はとにかく経済的、時間的余裕のない一年でした。特に後半、遠出も出来ずブログの更新も滞ったまま。木更津や土浦、百里などの基地祭なども予定してても結局仕事が忙しかったり、台風の影響で中止になったりと、タイミングも合いませんでした。
※画像をクリックすると記事のページに飛びます。

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とは言え今年一発目は大分県、念願の別府上陸を果たしました。温泉を語るに於いて、西の横綱でもある別府に行かずして語れまいと。もちろん一泊程度じゃとても周りきれないので、来年も行けたらと思います。写真は別府を代表する共同浴場の竹瓦温泉。東日本の共同浴場とは造りも違っているので面白いです。

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同じく大分、湯布院の荒木共同浴場。畦道の先の掘っ立て小屋が極上の温泉という、一番好きなシチュエーションです。ここも近々無くなってしまうそうで、閉鎖される前に行けて良かった。

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大分県、天ヶ瀬温泉のオープン過ぎる混浴露天共同浴場。前の年は意を決して入ろうとするも人肌温度で跳ね上がった経験のある共同浴場、神田湯にもリベンジしました。

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1年前2時間ちょっとした立ち寄れず、温泉にも浸かれなかった杖立温泉へのリベンジ。寂れた風情と迷路のような路地裏を堪能しました。

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今年の印象に残った情景はほとんど一月の九州旅行に集約されます。それほど感動が多かった。こちらは熊本県黒川温泉の共同浴場、地蔵湯。湯布院にしろ黒川にしろ高級旅館が建ち並ぶ観光地で、訪れることなんて無いだろうなと考えていましたが、地元感溢れる鄙びた共同浴場が残っていた事が本当に発見でした。

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三軒茶屋の三角地帯はよく耳にしていましたが、実際に行ってみたらなんと香ばしい路地裏でしょう。この路地裏の奥にあるバラック居酒屋「オオモリヤ」さんは建物が渋いでけでなく鶏料理が絶品で、しばらく通いましたし、外観や入り口が廃墟な銭湯、千代の湯にも入りました。

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桜と真岡鉄道のSLっていうのはずっと行きたかった。しかし連れたちの寝坊で鉄チャン撮りが出来ず、いっそ乗っちまおうという事に。しかし50系客車に乗ったのなんか何十年ぶりだろうか。その後マニアックな刀剣博物館などを巡りつつ宇都宮へ旅行しました。

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今年はインスタなんぞにうつつを抜かし(笑)ていたので、ついついバエる写真なんかも撮ってしまいました。栃木市、巴波川の鯉のぼり。北関東の地方都市はよほどの目的がない限りなかなか行かないものです。

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しかし華やかな観光地の裏を歩けば、廃墟の多い貧民街が。こういう発見があるから街歩きはやめられません。

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佐野駅近くのスナック街。ほぼゴーストタウンと化していました。両毛線や東武しか走っていない栃木県南西部及び群馬県東部の地方都市は、まだまだ行った事のない街ばかりなので発見が多いです。

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五月は茨城の霞ヶ浦周辺を巡りました。公共交通機関の無い中、幸いにも土浦駅にクロスバイクも借りれるレンタルサイクルが有ったため、サイクリング気分で探索。途中、砂利採掘用の浚渫船の廃船が係留されたまま朽ち果てていました。

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鹿島海軍航空隊跡。この航空隊庁舎跡は戦後、東京医科歯科大学附属病院霞ヶ浦分院として再利用され、その病院も平成9年に閉鎖されてしまい廃墟化。その後スピッツのPVのロケ地になったり心霊スポットになったり。

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行きつけの飲み屋の前を神田祭の神輿が通る。去年から通い続けてすっかり常連になってしまった神田駅ガード下。ここも来年には無くなってしまいます。移転先として用意された耐震補強工事済みのガード下に引っ越す店もあり、近くのガード下に引っ越す店もあり、もう御高齢のため廃業してしまう店もあります。ともあれ今年は神田のガード下で飲んでばかりいました。

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千葉県館山市、赤山地下壕跡。帝都防衛のための戦争遺跡はここ数年ハマり続けています。ここは地下壕壁面の地層が房総ならではの見事なものでしたが、上手く撮れなかった。

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同じく千葉県館山市、特攻船震洋の基地跡。ハッキリと分かる遺構は少なく見た目のインパクトは無いものの、歴史を調べた上で訪れれば色々感じずにはいられません。

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京王線代田橋駅前のバラックおでん屋「きんせい」さん。ここは気に入ってしまい、今でもちょいちょい通ってます。

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今更感はありますが、向島の赤線跡地帯、鳩の街に残るカフェー建築。無くなる前にちゃんと撮っておきたかったのです。

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東向島の東武博物館。そこで最も食い付いたのがこのキャブオーバーバス。ボンネットバスの発展型です。もう趣味全開。

そして今年の後半は飲み歩くばかりで特に遠出も出来ず、気づけば年の瀬。とまぁ、そんな感じで、今年はあまり散歩出来ませんでした。来年は頑張ります。
では皆様、良いお年を。

【年末スペシャル】記憶に残った情景(2018総集編)

早いもので2018年も終わりです。そこで毎年恒例としている印象に残った情景、2018年の総集編をお送りします。
今年は廃墟好き+鉄道ということで、保存車両や廃車両に興味を持ちました。あと、戦争遺跡にも多く訪れ、歴史を改めて学ぶ機会にも恵まれました。
遠出では春に桐生、夏に秋田から山形と言った感じでしたが、去年同様仕事が忙しくて出掛ける余裕が無く、仕事帰りに田町の立ち飲みに寄ったり、神田や新橋で飲んでばかりの一年でした。


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京成千葉中央駅から先、かつて第三セクターとして開業した千葉急行の未成線区間。全線開通を待たずに千葉急行が債務超過で破綻してしまいました。ちはら台までの区間は京成が引き継いだものの単線のまま。土地開発の光と影を垣間見れます。

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数年振り二回目の桐生。レンタサイクルでじっくり周りました。一番好きなのがこの三吉湯。桐生では多くの古い建物が綺麗に保存されている中、地域の銭湯としてボロいまんま残っている。このくたびれた感じがストライクでした。

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横須賀に残る赤線地帯跡のひとつ、皆ヶ作のカフェー建築。赤線系のサイトでは有名な物件ですが、住宅街の中にひっそりと当時の面影を残しています。

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横須賀の手前、田浦に残る倉庫群。かつて軍港だった頃の海軍倉庫の多くをそのまま使用しています。近年までは貨物の引き込み線もあり、その廃線跡も多く残されていました。

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今年一番の衝撃、神田ガード下の飲み屋街。ガード下で路地が迷路のように巡っていたのは、あまりにも予想外。その後も通い続け今ではすっかり常連になってしまいましたが、今年度で耐震補強工事に伴い一斉退去させられるという噂も。来年も引き続き注目し続けます。

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真夏の猛暑日に坂を登って死にましたが、三浦半島観音崎の砲台跡は多くの遺構が残っていました。

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千葉県旭市、香取航空基地跡周辺の田んぼの中に残る掩体壕。太平洋戦争や特攻隊について色々詳しく調べ、知る機会となりました。

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秋田県秋田市街に残る路地裏飲食店街。残念ながら昼間にしか寄れませんでしたが、次回機会があればぜひ夜の営業時間帯に店に突入してみたいです。

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庄内交通湯野浜線廃線跡の途中にある、善宝寺駅跡に造られた鉄道記念館跡。保存車両も管理する人が居なくなり、朽ち果てて行きます。シチュエーションとしては今年一番のヒット。

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朽ち果てた保存車両にすっかりハマってしまい、秩父鉄道三峰口に放置された車両を訪れました。

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秩父市街は以前からじっくり散歩したいと常々思っていながらも先送りにしていましたが、三峰口のついでに立ち寄ることが叶いました。そしたら予想以上の素晴らしい建物たちが迎えてくれました。

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今年は戦争遺跡訪問にも力を入れました。こちらは茨城県南部の鹿島工業地帯に残る掩体壕。中には復元された特攻兵器、桜花が置かれています。桜花については去年、房総半島に残る発射台跡を訪れていますが、より深く知る機会となりました。

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鉾田市、鹿島灘沿岸の畑の中にポツンと佇む廃車両。倉庫として使われていますが、もはや保存車両の域を出てしまいました。台車や床下機器は外されボディーだけが置き去りにされたその姿は、なんか可愛らしくもある。

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年の瀬、再開発で消えてしまう渋谷桜丘町を訪れました。ずっと先延ばしにしていて行ってなかった戦前木造建築のジュネス順心も、やっと見ることが出来ました。しかしのこ再開発、範囲の広さがエグいです。街一個丸々潰してしまうほど。

とまぁ、そんな感じで、今年はあまり散歩出来ませんでした。来年は頑張ります。
では皆様、良いお年を。
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