静岡県

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静岡県沼津市(2)、大岡地区、謎のバラック集落

沼津駅の北側は栄えておらず、現在は住宅街と工業地帯が広がっています。

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御殿場線の線路沿いを車両基地を眺めながら北東方向へ歩いていきます。

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途中、建て替えるのか閉鎖されたJRの社宅跡が。

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国道414号に出て更に歩き、大岡地区へ。やがて右手に古紙リサイクルの会社が。

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その向かい側に気になるバラック集落があります。

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用水路の脇、城壁のように囲まれた一画。この辺りは富士山の伏流水なのか水が豊富で、その水を活用するように工場が建ち並んでいます。

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工場の労働者が多いのか貧困層も多いようで、ここ大岡地区は沼津市内でも特に家賃が安いそうです。

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この木々に覆われた一画は、本当にたまたまGoogleマップの航空写真で目に留まったのです。

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もしかしたら朝鮮部落ではないか。そう思えてなりませんが、憶測の域を出ません。ただ再生紙業者と言えば川崎市の戸出無番地を思い出します。

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歴史的には戦時中、沼津に多くの軍事工場が建設され、労働力として多くの朝鮮人が使われていました。

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沼津駅南口のタコ焼き飲み屋サボちゃんが、早い時間から営業しているタバコの吸える飲み屋さんで、マスターをやられている地元出身のお兄さんに話を伺いました。しかし以上の集落について詳細は分からず。謎は謎のまま今回のレポートは終わります。また沼津を訪れ北口のスナック街で飲む機会があれば、この集落について情報を集めたいと思います。

静岡県沼津市(1)、駅周辺のスナック長屋群

沼津駅周辺のスナック街を明るい内に散策して来ました。日帰りだったのでお店には入れませんでしたが、機会があれば泊まりがけで再訪してみたいです。

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沼津駅南口。新幹線は三島に止まるのに沼津には止まらない。

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同じ宿場町だし大きな漁港もあるのにと、三島に対して歯痒い思いをされているかも知れませんが、最近では沼津港深海水族館が全国区で知られて知名度は一気に急上昇しました。水族館に行ったのは2013年の秋で、沼津は今回およそ7年ぶりです。

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ぬまっづーみなとしーんせんかーん♪ と、今でも頭に刷り込まれています。

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旧宿場町のある沼津駅南側の街並みも激渋なのですが、時間の都合で今回は駅周辺のみ散策します。

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南口のすぐ東側、この界隈はかつて十五番街と呼ばれた飲み屋街でした。祇園小路というスナック長屋。

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そのすぐ先には京極街。背後は線路になります。

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木造アーケードのスナック長屋。かつてはこの向かいにも同じ造りの長屋が二棟ありましたが、現在はコインパーキングになってしまいました。

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ここからは場所を北口の西側一画へと移して行きます。ただの箱、と思いきや、、

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木造アーケードのスナック長屋です。マルスギ小路と言います。

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いかにも昭和歌謡が聴こえて来そうなザ・ベストテン。こちらは高砂横丁。

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つい最近、三島の路地裏飲食店街を歩いて来ましたが、ここ沼津は区画整理された碁盤の目の中に◯◯小路または横丁などと名付けられた長屋が乱立しています。

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名前がネタ切れになったのか法善寺横丁。大阪の有名な横丁にあやかったのか。

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見ての通りタイ人スナックなどのアジア系外国人のお店が非常に多いのが現状です。

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みその通り。このような飲み屋街の形状は帯広や釧路を思い出します。

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雨が降っても濡れずにハシゴ酒。ことごとく木造モルタルっていうのが素晴らしい。

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中央小路。いくつあるんだって感じで、だんだんウンザリして来たwwww

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思うのですが、市役所などが有る旧宿場町周辺の屋台を一掃し、駅裏とも言える北口に押し込めたなんて歴史があるのでしょうか。詳しくは夜、店に入って生き字引の方に取材しない事には何とも言えません。

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北光小路。ここまで来ると本当に特殊な飲み屋街です。

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何軒ぐらいが現役で何軒ぐらいが廃業しているのか、ともあれ飲み屋の軒数は半端なく多いです。

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いよいよ最後、味好小路。

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ここは手前だけが二階建てで奥は平屋建て。

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裏に抜けると、まぁなんて渋いんでしょうか。

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狭い路地裏を右手に歩いて行くと、路地裏の飲食店?と、思ったら、ここはさっき通った中央小路の裏側でした。
短時間で歩いただけで、これだけの長屋が有りましたが、探せばまだまだ出て来ると思います。ただ今回は、もうお腹いっぱいです。

静岡県西伊豆(2)、特攻兵器海龍、震洋格納壕跡

まずは淡島マリンパークまで足を伸ばしました。伊豆箱根鉄道修善寺線からして既にそうなのですが、とにかく西伊豆はアニメ、ラブライブだらけです。電車やバスのラッピングから車内放送まで。

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この淡島マリンパークもアニメの舞台として出て来たのでしょう、強烈なまでにラブライブを推して来ます。ラブライブに関してはゲームもやってないしアニメも観てないんだよなぁ。

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現在ホテルとなっている施設から淡島までの間、かつてロープウェイで結ばれていました。淡島は元々音響兵器部淡島臨海実験場、いわゆる潜水艦のソナー関連の実験場があり当時の埠頭跡も残されているのですが、島へ渡るのにマリンパークの入園料1800円が取られるのでパスしました。

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淡島マリンパークは1980年代にリゾート開発され水族館やホテルなどの施設が建てられましたが、このロープウェイは2008年に休止、そのまま廃止となりました。現在では遊覧船で行き来するようになっていますが、ラブライブの聖地として集客に頑張っています。

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マリンパークの先の小さな岬に、特攻兵器震洋の格納庫が残っています。

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このような横穴式防空壕はこの近辺にいくつも残っていますが、実際に船体を格納していたのか燃料や資材を収納していたのか、その辺は定かでは無い部分もあります。

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こちらは岬の先に残る壕。こちらには海龍が格納されていたそうです。

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海龍は元々艦長と操舵士の二名で乗船し、腹部に装着した二発の魚雷を発射して帰還する小型潜水艦でした。しかし戦況の悪化と物資の枯渇から最終的には船首の燃料タンクに爆薬を搭載し、一人で敵艦に体当たりを仕掛ける特攻兵器へと変容して行きます。ちなみに回天は魚雷を改造して人が乗り込み操縦出来るようにしたのに対し、海龍は戦闘機のパーツを流用し水中翼を備えた小型潜水艦です。

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こちらは靖国神社の遊就館に展示されている海龍の模型。

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震洋は以前南房総の震洋基地の記事でも触れましたが、木造のモーターボートに爆薬を積んだ特攻兵器です。

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こちらも遊就館に展示されている震洋の実物大模型。

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岸壁にある階段は戦争当時の物である可能性があります。1945年5月、ここより北、口野の向こう側の江の浦に第十五突撃隊の基地が造られました。

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淡島よりさらに南、重須地区の長井崎トンネル入り口にもいくつかの海龍格納庫があります。

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こちらも海龍の格納庫。この長井崎より手前、北側が内浦湾となります。ここより南は戸田にも海龍の特攻基地の建設が進められ、土肥に回天の基地が、安良里には震洋の基地、さらには田子、妻良と、湾ごとに基地建設が進められました。

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こちらは魚雷の格納庫。どこも塞がれ倉庫として使われています。

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格納庫からレールが敷かれ、奥のスロープより進水して行ったそうです。ただ、本土決戦のためにこれらの基地が造られましたが、結局出撃を待たずして終戦を迎えることとなりました。
房総半島や三浦半島も含め本土決戦に向けた特攻基地は非常に多く存在します。そのほとんどが出撃の前に終戦を迎えましたが、もし日本の敗北宣言が遅れていたらどうなっていたか。国民の全てを玉砕に向かわせる「一億玉砕」という最悪のシナリオが用意されていた証拠を、このような多くの特攻基地を見て感じる事が出来ます。1946年の春に計画されていた本土上陸を狙うコロネット作戦までには首都防衛の各基地の建設と特攻兵器の配備が完了していたかも知れません。しかし連合国側もそれまでに空爆や艦砲射撃、化学兵器の使用などにより、ほぼ壊滅状態までに追い込んでおく試算はしていました。

静岡県西伊豆(1)、廃道の口野切通し

伊豆長岡からバスで西へ。低い峠を一つ越えた長塚口バス停からラブホテル脇の道を入って行きます。

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程なく道は荒れ果て、廃道になって行きます。現在の国道はバス停よりトンネルで標高30mの低い峠の下を潜り抜けます。

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海底火山灰や軽石の地層が見事な切通し。現在は落石の危険がある事から通行止めとなっています。

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この切通しは明治36年に開通し、当時県道として伊豆石の駿河湾への搬出や観光など多くの人や車が行き来していましたが、昭和42年、口野トンネルが開通した事でその役目を終えました。

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取り残されたカーブミラー。口野トンネル開通後もしばらく生活道として車の行き来は有ったようです。

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切通しを抜けて駿河湾側へ。道はしっかり塞がれています。危険ですので訪れる際は自己責任で。

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海岸へと下りて行く途中には石切り場の跡が点在しております。

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しかしどこも倉庫か何かとして再利用されていたのでしょうか、塞がれて入れなくなっています。

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現在の国道と合流したところに狩野川放水路があります。これは天城山から三島方面へと流れる川を伊豆長岡で西へ分岐させ、二ヶ所ある低い峠をトンネルでぶち抜き駿河湾へとショートカットして水を逃すというもの。なんともダイナミックな治水事業ですが、口野トンネルが開通した昭和42年に完成しました。

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駿河湾に出ました。波は穏やかに凪いでいます。

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海沿いに南下する道にも道幅が狭かった時代の旧道が並行しており、このような旧隧道も所々に残っています。

静岡県伊豆長岡(2)、歓楽温泉廃墟群

今では有名温泉地、修善寺の影に隠れてしまいましたが、かつて歓楽温泉として栄華を誇っていたのが伊豆長岡温泉です。前の記事で紹介した古奈地区から源氏山を挟んで東側、古奈地区は吾妻鏡にも記されており1300年以上前から存在すると言われていますが、メインストリートのある西側の長岡地区は明治時代の開湯だそうです。

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温泉駅バスターミナル。各地の温泉街ではよく見かける旅の起点とも言えるバスターミナルですが、車で来られる方がほとんどととなった今では、他の温泉街同様閑散としております。

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バスターミナルの目の前はお土産屋さんではなくコンビニ。その左手には2010年に廃業したゆもとや旅館。すでに典型的な寂れた温泉街です。

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温泉街のメインストリート、その名も温泉場出逢い通り。伊豆長岡は戦後に保養地として乱開発され、温泉を掘り過ぎた結果湯量の激減、温度の低下などが起こりました。熱海や草津など莫大な湧出量を誇る温泉地以外、有名温泉地と言われる所は大抵このパターンに陥ります。伊豆長岡温泉では発覚されませんでしたが、最悪の場合温泉偽装問題にまで発展するケースもあります。

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近くには共同浴場もありますが、コロナ禍に伴い長期休業中です。源泉枯渇の危機を迎えた伊豆長岡温泉事業共同組合は温泉集中管理組合を設立し、集湯管で約38もの源泉を纏めて二ヶ所の貯湯槽に溜め、混合泉として分配するという方式を採りました。この混合泉という考えはその後全国に広まって行ったとか。

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こちらは巨大廃ホテルのさかなや。聞いた事あるなと思いましたが幼少の頃、旅行好きの両親が私の産まれる前に泊まった事があり、旅館のパンフレットが実家にありました。その頃パンフレットを見て、非日常的な雰囲気に想いを馳せていた事を思い出しましたが、当時は明治40年から続く老舗高級旅館だったようです。まさかこんな再会になるとは。
しかしここより裏手の山の中腹に、さかなやホテルアネックス茜という宿泊施設があります。アネックスと言えば旧第一ホテルグループ、現在の阪急阪神ホテルズです。買収された後、旧館を捨てて新館で細々と続けているのでしょうか。しかし公式サイトを見たところ、ピンクセクシーTバック150分プラン23500円〜なるものが。コンパニオンプランを推した歓楽温泉は滅んでいなかった!ていうか、老舗の高級日本旅館だったはずのさかなやさんが、知らぬ間に男性団体客目当ての歓楽ホテルになってたなんて!

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さかなや旧館の左手、この奥に広大な敷地の廃旅館があります。残念ながら奥へは入れそうな雰囲気では無かったのですが、Googleマップの航空写真で見ると小高い山の山頂にいくつもの離れがある事が分かります。

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その向かいにあるのが2016年3月末で当面閉鎖となってしまった南山荘。

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文化財クラスの建物が広い敷地に点在しており、一部では有名な物件。公式サイトも残っており中も綺麗に管理されているようですが、営業再開の目処は未だ立っていません。星野グループ辺りが再建してくれればなんて思ったり。

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温泉駅バス停から出逢い通りに入らず西に進むと、スナックなどが連なる歓楽街となります。

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とは言っても、それも過去の話。その多くが廃業しており、どれくらい生き残っているのかは夜に訪れてみないと分かりません。

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このような路地裏もあります。

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生き残っているスナックも大抵がタイ人スナックで、しかもそのほとんどがチョンの間的な闇風俗を行っているとか。

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この路地の奥は更地となっていましたが、さぞ妖しい路地裏だった事でしょう。上山田温泉や伊香保温泉同様、都心の取締りから地方へ逃れて来たタイ人女性たちが流れ着いて来たパターンでしょうね。

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バス停近く、南側の山間に入って行く路地。この辺りは廃墟感が強いです。

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この辺りはかつて赤線の中心地帯だったという話もあります。

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現在では廃墟と民家が混在している感じ。

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表は歓楽スナックの造りですが、中身は赤線時代の建築です。

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裏に廻れば湯気抜きが確認出来、温泉浴槽も有る事が分かります。

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そして路地の最奥部にあるのがこちら。もう廃業している様ですが、スナックっぽい入り口が残っています。

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しかし裏手に回り込めば赤線時代の名残りが。

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凝った意匠の窓。現在は普通の民家として住まわれているようですが、この建物についてはもっと詳しく知りたいところです。


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