北海道

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北海道札幌市、北海道大学植物園の重要文化財建築

 北海道は遠くなかなか行けません。今や新幹線が新函館北斗まで開通したとは言え、新幹線は料金が高い上函館から道東までは相当に時間も掛かるので、お金と時間を考えると往復飛行機の一択になってしまいます。

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 元々飛行機は30代後半に初めて乗り今回3回目なのですが、旅としてどうも距離感が実感できないので好きになれません。しかし背に腹はかえられぬということでJALの先得割引で帯広空港へ行き、帰りは主要な空港からしか飛ばない格安航空会社、いわゆるLCCを利用するために千歳から帰るという方法を取りました。このLCC、びっくりするくらい席が狭く、安いは安いなりの理由があると理解しました。
 さて、帯広を中心に回った今回の旅ですが、新千歳空港から帰る前に立ち寄る所となると、交通の便を考えれば自ずと札幌になります。しかし今年(2016)の8月末に北海道を襲った台風10号による被害は深刻で、根室本線の芽室〜新得間では橋や路盤が流されるなどして10月ぐらいまで不通となり、代行バスでの運行となってしまいました。しかしその代行バスも1日3本しか無く、結局1~2時間に1本運行されている高速バスを利用して札幌に出ました。旅行3日目にして全く鉄道に乗っていないという由々しき事態。

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 帯広を3時に出た都市間高速バス、ポテトライナーが札幌に着いたのは、すでに陽も落ちた午後7時。素泊まりで取ったビジネスホテルに荷物を置いて、早速夜のススキノへと繰り出します。

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 夕食はススキノの外れにある回転寿司の『ぱさーる』。およそ寿司屋らしからぬ名前の店ですが、ここが安くて美味い。北海道の地魚を堪能しました。

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 翌日、日中のススキノを散策。なかなか味のある建物も多く残されています。

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 こちらはススキノ市場。上は団地になっています。

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 雰囲気の良い喫茶店。と思ったら映画『探偵はバーにいる』のロケにも使われたそうです。

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 さて、ここからが本題。北海道大学植物園の重要文化財を巡って行きます。写真は明治15年建造の博物館本館。日本最古の博物館建築だそうです。中には動物標本などが展示されており、展示ケースの一部のガラスは明治時代の手焼きガラスがそのまま使われています。

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 その隣に建っているのがバチェラー記念館。イギリス宣教師の邸宅を移築したもので、内部は非公開。

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 便所も重要文化財です。札幌農学校で使われていたものを移築しており、実際に使えます。

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 こちらは明治18年に建てられた収蔵庫。

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 明治34年に建てられた旧事務所。

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 宮部金吾記念館。初代園長である宮部金吾博士の遺品を中心として、植物園の歴史について紹介されています。

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 正面入り口脇に建つ門衛所。大正時代の建築で、現在でも守衛室として使われています。

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 そんなわけで、札幌駅が巨大になっていた事に驚きつつ快速エアポートに乗り、札幌を後にしました。札幌は二回目ですが今回も時計台は横目で見た程度です。

北海道河東郡上士幌町(2)、旧士幌線跡

 今回の北海道旅行の目的は旧士幌線旧線跡のタウシュベツ橋梁へ行く事でした。しかし今年は三回に渡り台風が北海道を直撃し、各地で土砂災害を引き起こし、例年ならば11月まで見えるはずのタウシュベツ橋梁も、8月中旬にはダム湖が満水となり早々に水没してしまいました。

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 タウシュベツ橋梁ツアーというものがNPO法人ひがし大雪自然ガイドセンターで毎日開催されているのですが、今年は上記の事情から旧士幌線アーチ橋の遺構巡りに内容が変更されました。

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 まず最初に訪れたのは糠平ダム下流に残る第三音更川橋梁。ここはダムに沈んだ旧線と移設した新線が分岐する直前に位置します。当時は工事関係や林業などの小さな集落が点在しており、駅から線路を歩いて帰宅した人も多かったそうです。そのためアーチ橋脇には必ず待避所が設置されていたとか。

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 電力所停車場跡付近。水力発電所建設工事の関係者のために、昭和20年代後半当時この辺りに街が造られていたそうです。郵便局から学校まであったそうですが、全て解体され更地になり森へと自然回帰した現在、街の面影を推し量る術も無くなっています。

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 糠平第二陸橋(旧第四音更川橋梁)。アーチとアーチの間には桁橋が掛かっていました。その橋桁は撤去された後、日本のどこかで再利用されています。

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 糠平ダムを越えて糠平湖畔、上流域の新線跡に残る第五音更川橋梁。士幌線は昭和元年、温泉旅館湯元館が開業した年に十勝平野の北端、上士幌まで開業。昭和14年、終着駅の十勝三股まで開業しました。 当時は林業が盛んで、蝦夷松や赤松などをSLの牽引する貨物列車で運び出していました。

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 ひがし大雪自然ガイドセンターの方の働き掛けもあって、国登録有形文化財にも指定されました。

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 河原より第五音更川橋梁。士幌線は昭和52年、1500人居た人口が15人にまで減少した事などを受け、糠平~十勝三股間が代行バスに切り替えられました。その後士幌線は昭和62年3月、国鉄分割民営化を前にして全線廃止となりました。廃止の少し前、当時私は各駅停車で日本一周しており北海道にも訪れていましたが、残念ながら士幌線や広尾線などの枝線はスルーしてしまいました。民営化後の北海道の鉄道は廃止に次ぐ廃止で、考えられないくらいに路線が減ってしまいました。

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 話が逸れました。アーチ橋の下は廃道が潜っており、その廃道の先には廃橋もあります。

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 昭和30年11月竣工のしんほろかね(?)橋。ダム完成後から廃道になるまで、かなり短い期間しか使われなかったのではないかと思われます。写っているのはガイドの鴨下氏。自然科学から歴史まで、その豊富な知識に感銘を受けますし、何より楽しい。

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 こちらは県道から撮ったものですが、三の沢橋梁。柵が設置され、歩いて渡れる遊歩道となっています。

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 最後に訪れたのは幌加駅跡。十勝三股のひとつ前にあるので昭和52年には事実上廃止された駅です。ちなみに写真手前のポイントは手動で切り替えられます。

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 線路とプラットホームが残されている貴重な産業遺産ですが、ガイドセンターの方が管理されているので雑草は刈られ、全体を見渡すことが出来ます。

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 この駅名表示板は後から設置されたもの。ホームの真ん中の木は廃線後に生えて育ったものです。

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 この駅の周囲にも町が存在しましたが、今では跡形もなく森に帰していました。

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 今回、廃村とか無いのかと期待してしまいましたが、北海道各地に残る炭鉱町と違って、国立公園内という特性上、跡形も無くなっていました。しかし驚かされたのは自然の力と言いますか、回復力です。開発を続ける人間を意にも介さないとばかり、30年40年経っただけなのに森林が逞しく再生されていた事に色々と考えさせられました。あと、タウシュベツ橋梁は来年の春にでも必ずやリベンジします。帯広の路地裏もまだまだ探索しきってないし、必ずや。

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 おまけ。士幌線遺構巡りを終えて糠平に戻る途中、キタキツネに出会えました。

北海道河東郡上士幌町(1)、糠平温泉郷

 帯広から十勝平野を北上。旧士幌線のルートをバスで山間部まで進むと糠平ダムがあります。

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 音更川上流に水力発電のために造られたこのダムは、昭和31年竣工というかなり古いものです。

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 糠平ダムは今年、度重なる豪雨のため三カ所の水門全てを開いて一斉防水しました。水が勿体ないという理由から普段より放水をしていなかったため、急遽一斉防水した訳ですが、そのためダムの下流は岸が削られ、沢山の木々が流され、下流域の町でも被害が出るくらいの事態に陥ったそうです。

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 2016年9月現在、満水状態の糠平湖。今年は例年より2〜3ヶ月早く満水になったとか。

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 湖底には旧士幌線の旧線が沈んでいます。小さな集落も有ったそうですが、世帯数の少なかった事とダム湖が観光資源となる見通しが有った事などから、湖畔への移住は問題無く進んだそうです。

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 糠平湖の湖畔、南東の手前に広がる糠平温泉。ホテルや旅館、ペンションなど十軒近くの宿泊施設と、小さなスキー場などがあります。

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 外装こそ老朽化が隠せませんが、結構立派なホテルもあります。国立公園内になるため、廃業したら解体して更地にしなければなりません。そのため目立った廃墟もありません。

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 旧自然博物館跡。現在施設は温泉街入り口に、ひがし大雪自然館として新しい建物が建っています。この廃墟も近い内に解体されるのかもしれません。

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 ただ、所々に人の住んでいる気配のない廃屋は点在しています。

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 実に歴史を感じる木造建築ですが、ダム完成の昭和30年代と思われます。

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 標高が高いためか、すでに紅葉も色付き始めています。

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 温泉街を歩いていたら野生の鹿が!

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 5頭の群れが空き地で草を食んでいましたが、人に馴れているのか逃げようとしません。この空き地、廃業した大型宿泊施設の跡地で、更地の中央には使われなくなった源泉井戸があります。そのため地面が暖かく鹿が寛いでしまうとか。

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 今回宿泊したのは元祖湯元館。昭和元年、糠平で初めて温泉施設を造り、源泉の権利も所有しているとか。最初は湖水荘という宿に泊まろうと思ったのですが、残念ながら数年前に廃業したそうで、ここに決めました。

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 館内には温泉が流れるパイプが張り巡らされており、暖房として利用されています。

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 浴槽は広く中央の源泉口からナトリウム・塩化物・炭酸水素塩泉がダバダバと涌きだしています。源泉に近いため温度が高く、加水して調整していますが、柔らかくスベスベな肌触りのお湯は温泉成分を充分感じられるものです。

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 男湯の外に女性用脱衣場を設けた混浴露天。女性専用露天も女湯の外にあります。この露天風呂が北海道の原生林を眺めながらゆっくり浸かれるもので、なかなか気持ちいいです。
 この宿は一泊二食付き8千円と安く食事も満足いくもので、宿の方々の人当たりも良く、素晴らしい宿でした。

北海道帯広市(3)、横丁路地裏迷宮(後編)

 帯広の街は他の地方都市と同じように駐車場だらけの歯抜け状態となっております。テナントがことごとく廃業した事で空きビルとなった古い廃ビルはどんどん解体され、その後買い手の付かない空き地は手っ取り早く駐車場にしてしまうのでしょう。

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 帯広駅から名門通りを北へ繁華街を抜けてしばらく行くと、広小路アーケード商店街にぶつかります。比較的新しいアーケードが東西に延びていますが、協力的な商店が少なかったのか非常に短く、しかも開いている店も少ないです。

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 アーケードを抜けると、場末感が一気に高まって来ました。

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 左手前の路地、八丁堀。この辺りに来ると完全に地元の人しか訪れないスナック街となります。

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 右側にはコの字型をした袋小路のスナック路地エイト。徐々に廃墟率が高くなって来ました。

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 どの路地も共通してトイレは共同。どこも下水道が整備されていない同じ時代に建てられているのでしょうか。

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 エイトの奥に並んでいる路地、いなり小路。こちらは向こう側まで通り抜けられるようになっています。

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 敢えて昭和の雰囲気を演出するなど工夫しているからか、意外と生き残っている店が多いようです。

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 更に奥へと進むと左手に新世界小路という路地。

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 ここは北側の列だけが生き残っているようですが、営業している店は比較的多いです。

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 新世界小路西側の入り口。ネーミングも看板も思い切り昭和です。

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 名門通りから西に一本ズレた通りを北に進むと、左手にスナック路地の名残りが。向い側は新しいアパート、裏手は駐車場に囲まれており、昔のこの辺りの街の景色はどんな感じだったのかと想像を巡らせずにはいられません。

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 最後に上の写真の向い側にある名称不明な横丁。

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 ここは既に全滅し、廃墟化していました。

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 コの字型をした袋小路の突き当たりから通りを眺めます。路面が砂利なのは最初からなのか、だとしたら凄まじい場末です。

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 突き当たりには当然のごとく共同トイレ。営業していた時代に訪れて見たかったです。それにしても路地の数が半端ない。さらに帰ってからよくよくgoogleマップを見てみたところ、さらに北へ入って行くとまだまだ沢山の路地があるじゃないですか。帯広恐るべし。必ずや再訪すると誓いました。

北海道帯広市(2)、横丁路地裏迷宮(前編)

 北の街にはなぜスナックが多いのか。ここ帯広も例外なく飲食店街の広さが半端ないです。

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 駅前から北へ延びる銀座通り。しかし、日曜日の昼だからかも知れませんが、延々と続く直線に人影は全く無し。

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 北海道のほとんどの街は開拓によって造られた街なので碁盤の目となっています。そして常に平行する通りから通りまで、このような路地が幾本も通っています。屋台村のような感じで、路地の中央には共同トイレ。

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 こちらは恵小路。たまに袋小路となっているところも。

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 こちらの路地は北の屋台。空き地を利用して2001年にボランティア団体などの手によって新しく造られたそうです。

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 完全な屋台村で、ここも中央に共同トイレ。

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 夜になるとどの屋台も人で溢れ返りますが、大半は観光客のようです。

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 一見するとビルですが、奥の通りまで抜けれるようになっております。

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 中に入れば両側に小さな店が軒を並べる飲食店街。ここも中央に共同トイレ。

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 凝った木造モルタル建造物。プリンス劇場という看板から調べてみたところ、昭和28年開業の映画館だったそうです。2012年閉館。

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 その隣には、これまた通り抜けられるビルが。

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 しかし、こちらはすでにゴーストタウン状態でした。天井が吹き抜けになっており、よく見れば縦長の建物が2棟平行に建っており、通路にアーケードのような屋根が付けられているだけでした。

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 現在飲み屋ビルなどには、スナックなどが比較的生き残っているようです。基本的に極寒の地ですので、あまり外を出歩きたくないのかも知れません。

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都内、近郊の古い街並みや建造物、路地裏などの写真とレポートを主に載せています。また、国内の寂れた観光地や地方都市、マニアックな温泉スポットや廃墟などもご紹介。
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