横須賀市

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神奈川県横須賀市追浜(2)、追浜駅周辺の立ち飲み屋

いやはや、行って見ないと分からないものです。京急で金沢八景の先、各駅停車しか止まらない追浜駅に降りて見たら、素敵な飲み屋さんだらけの街でした。

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第三海堡に行く際行程をGoogleマップで検索したところ、金沢八景から追浜車庫行きのバスに乗るとの結果。しかし乗ったバスは追浜駅止まり。強制的に追浜駅で時間が出来ました。

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しかし駅前にはなんと目にしただけでも4軒もの立ち飲み屋が。1日でそんなには巡れません。

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第三海堡のある夏島まで行って気付いたのですが、ここは日産の工場や積出し港があるんですね。下請けの工場も多かろうし、まさに工場労働者の街のようです。

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バスで追浜駅に着く手前、車窓から非常に気になるバラック群が目に入りました。

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このバラック群がみなスナックや居酒屋、一番奥のこの建物なんか立ち飲み屋だと言うではないですか。

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バラック群の裏は京急。快速特急が背後を猛スピードで駆け抜けるような立地。

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駅から結構外れですが、焼きそば屋の看板も。とうに閉店しているようですが。

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このような渋いスナック長屋もあります。

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裏手を見れば、やはりトタン貼り。

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国道沿いのアーケードには角打ちまで有ります。

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もう現役を引退された方々でしょうか、昼間っから呑んでます。素晴らしい。

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駅前の昭和感満載のショッピングセンター。二階には飲食店街が。

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非常に分かりづらい入り口ですが、立ち飲み屋です。

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波平さん。立ち飲みと言いながらも椅子があります。なかなかこっちまで行く機会はないですが、わざわざ足を運んでまた飲みに行きたいと思いました。

神奈川県横須賀市追浜(1)、第三海堡構造物(移築)

東京湾の入り口、浦賀水道には第一から第三まで、人工島による海上砲台が有りました。

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追浜駅から海岸へ、京急バスの追浜車庫や日産自動車の工場などが建つ夏島地区の公園に、その砲台が保存されています。

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明治時代、観音崎砲台に西洋式砲台を設置した事を皮切りに東京湾入り口の要塞化が進められました。もちろん黒船以降他国の艦隊が東京湾に攻め入るような事は無く、砲台が火を吹く事も無かったのですが。

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富津岬側から第一海堡(かいほう)が明治14年着工し明治23年竣工、第二海堡が明治22年着工し25年後の大正3年竣工、この第三海堡は明治25年着工したのですが、水深の深さや潮の速さなどから難工事が続き、完成したのは29年経った大正10年。しかし竣工から2年後の大正12年、関東大震災で甚大な被害を受けます。折しも大砲の技術は進歩し、浦賀水道を通る船舶に対し充分陸地の砲台からでも射程内に入るようになった事で必要性が無くなり、そのまま復旧せずに除籍となりました。

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ちなみに現在でも洋上に残る第二海堡へは、クラブツーリズムにて定期的に上陸ツアーが催されているので、コロナ騒動が収まり再開された折には、参加してみたいと思います。

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結果無用の長物となり、終戦後もただ邪魔なだけの存在となってしまい、平成12年から同19年にかけて撤去工事が行われました。しかし近代土木技術の貴重な資料として保存される事が決まり、この横須賀市追浜の夏島都市緑地に移築され、日本遺産の構成文化財、さらに神奈川県の重要文化財に指定されました。それにしてもこんな巨大なコンクリートの塊をよく運んで来れたなと思います。

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夏島都市緑地の手前右側に小高い丘があります。その山頂にあるコンクリート遺構は砲台跡の一部と言われます。この砲台についての詳細は不明。

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山頂へ続く道の途中に不自然な穴が。この貝山の地下には地下壕が張り巡らされているらしく、この穴は空気穴か何かでしょうか。地下壕の入り口は崖の斜面や藪の中にあるらしく、確認することは出来ませんでした。

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麓の貝山緑地入り口には予科練誕生の地の石碑が。海軍横須賀航空隊の飛行訓練を行う予科練習部が昭和5年、ここに設立されたそうです。予科練は昭和14年、手狭になった事を理由に以前訪れた土浦航空隊へと移転されて行きます。

神奈川県横須賀市、観音崎の戦争遺構群(後編)

続きです。とにかく暑くて死にそう。

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山頂付近の尾根道を歩いていると途中、橋が掛かっています。その橋から下を覗くと、えらい深い切り通しが。ここは明治期の砲台建設の際、資材搬入などで使われたそうです。

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近くで見たいと下に廻って見たところ、立ち入り禁止の上に深い藪に覆われていました。

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頂上付近は児童公園でアスレチック施設などがあるのですが、そこここに赤煉瓦の土塁が顔を覗かせています。

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ここは腰越堡塁と呼ばれる砲台跡で明治29年竣工、大正14年除籍。

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最後に観音崎の北西側、海水浴場の少し上にある三軒家砲台跡を訪れました。入り口の門柱は当時のもの。

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坂を下って行くと左手に地下弾薬庫の入り口が。

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さらに下って行くと三ヶ所の砲台跡が。

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この砲台跡は27㎝カノンという当時最大の大砲を備えていたため、関東大震災後に復旧されて昭和初期まで使われました。

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そのためかここには当時の陸軍の迷彩塗装がはっきりと残っています。

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砲台と砲台の間には地下施設へ下る階段と赤煉瓦塀が見事に残っています。

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こちらの砲台跡にも鮮やかな迷彩塗装が。

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こちらも地下施設への階段。指令所などがあったのでしょうか。

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その証拠に地下からの指示が聞こえる穴が。潜水艦の声を通すパイプのようなものです。

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一番奥には観測所付属室が。中に入って見たい。

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砲台の背後にはこのような切り通しがあります。

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坂の上に弾薬庫があることから、ここを通って弾薬を運んでいたのでしょうか。

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三軒家砲台跡、観音崎海水浴場側の門柱。そんな訳で非常に内容の濃い戦争遺跡でした。この周辺にもまだまだ遺構が多く残されているのですが、いかんせん暑くってギブアップです。

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最後に汗を流そうと京急大津駅近くの銭湯、宮本温泉に立ち寄って来ました。3時オープンから30分しか経ってないのに地元の方々がすでに8 人ほど入られています。 (地図)

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温泉分析表などが見当たらないと思ったら、ここは温泉ではなく実母散薬湯という薬湯だそうです。ちなみに薬湯浴槽は露天風呂。見事なオレンジ色をしており匂いも紅茶っぽい。なかなか良いお湯で、サッパリしました。

神奈川県横須賀市、観音崎の戦争遺構群(前編)

三浦半島、横須賀の先の浦賀、観音崎に残る砲台跡などの戦争遺構を巡ってまいりました。

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観音崎は夏のレジャー真っ盛り。海に入る人やBBQを楽しむ人などで賑わっています。

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観音崎灯台は日本最古の様式灯台として1869年より点灯しています。だだし関東大震災などによって崩れているため、現在の灯台は大正14年に再建された3代目となります。この灯台の場所に文化9年(1812年)、最初の台場が造られたとか。

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その観音埼灯台をとり囲むようにして、いくつかの砲台の跡が残っています。東京湾の入り口でもある観音崎の砲台は元々、文化7年(1810年)より会津藩が台場と陣屋を築き、文政4年(1821年)に浦賀奉行所管理のもと、その後慶応4年から江川太郎左衛門が引継ぎ、明治以後は海軍省、そして陸軍省へと引継がれ、昭和20年の終戦まで管理されました。

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現在残る砲台跡の多くは明治〜大正期のもの。この北門第一砲台は明治13年(1880年)に着工されたもので、以降9ヶ所もの砲台が建設されました。砲座全面には巨大な御影石が。

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手前の塞がれた入り口は弾薬庫でしょうか。ちなみに観音崎の砲台は兵器の進歩や国際情勢の変化などにより、その多くが大正時代に廃止となりました。ここ第一砲台は大正4年除籍。

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こちらは観音崎バス停から少し登った所にある北門第二砲台。第一砲台と同じく明治13年着工で同17年竣工、大正4年除籍。

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もちろん大砲があるわけではなく、土台があるのみ。

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こちらも第二砲台。日清戦争や日露戦争の時には戦闘配備につきましたが、実際東京湾の入り口まで敵艦隊が攻め入って来る事は無かったので、実戦で発砲したことは無かったそうです。

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施設としては基本的に地下施設。指令所や弾薬庫などが、防空壕のような形で眠っています。年に数回ガイドツアーが開催され、その際には幾つかの鉄の扉が開かれるとか。

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海沿いまで降りてみると、遠く岬の突端にコンクリート造の廃墟が。これは潜水艦を砲撃するために潜水艦の音を探知して居場所を探る観測所で、こちらは第二次大戦中陸軍によって昭和12年に完成したものです。ただ岬の先端部分は現在防衛省の敷地(海上自衛隊観音崎警備所)で近付けず、よりによってこの日はデジカメを忘れて来るという失態。

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岬の南西側に廻ってみようと素掘りのトンネルを越えて行きます。このトンネル、鳶ノ巣台場(現在の観音崎警備所)建造のため嘉永5年(1852年)頃に掘られた横須賀最古のトンネルだとか。

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反対側に廻ってもやはり遠い。ipadでは無理があります。光学望遠レンズが欲しい。

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途中の海岸線には謎のコンクリート構造物が転がっていました。これも戦争関連の遺物でしょうか。

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再び山へと登って行きます。崎先端部の近くには、外洋を臨むようにして戦没船員の碑があります。海の日の観音崎はレジャー客で賑わい波は静かで平和な休日です。

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観音崎の山間部は全体が公園になっており、遊歩道が迷路のように張り巡らされています。戦没船員の碑の北側より海側展望台へと抜けるトンネルが。

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トンネルを抜けると左手に地下施設への入り口が。コンクリートで固く閉ざされています。

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展望台手前にあるのが北門第三砲台跡。

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こちらも竣工と除籍の時期は第一や第二と同じです。

後編に続く。

【日記】横須賀市田浦のおまけ

元々田浦を訪れたのには違う目的がありました。

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京急田浦駅とJR田浦駅の間辺り、池の谷戸というバス停があります。まず地名で谷戸と付く辺りから惹かれる物がありますが、歩いて見ると窪地というより普通の谷間と言った感じです。ただ、田浦周辺の住宅街のトタン率の高さにやられます。

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かと思えば洒落た洋館などもあり、この格差は何だろうと思う。そんな谷間の奥、京急とJRが交差する所の奥に、廃墟サイトなどでは有名なゴーストタウンがあります。

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しかしいざ行って見たらなんと、立ち入り禁止になってしまってました。元々ここは湘南田浦ニュータウンとして住宅開発が行われる予定でしたが何らかの理由で計画が中止され、二十数軒の家屋が立ち退いたまま放置されています。帰ってからよくよく調べてみたら、去年2017年から封鎖され、警察も巡回しているそうです。
いきなり出鼻を挫かれた形となりましたが、そう言えば田浦って皆ヶ作がある所じゃんと思い出し、さらに戦争の遺構も多く残ると知り、新たな目的に切り替えました。
一通り巡ってJR田浦駅に戻った所でまだ午後2時過ぎ。三浦半島でもう一ヶ所見てみたい場所があったと思い出して逗子へ。

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逗子からバスで30分ほどの久留和漁港へ。ここは私が尊敬するサイトの一つ、山さ行がねか様で以前紹介されていた物件。海に延びる線路です。沖にある生簀からカゴ台車を走らせていた跡だそうですが、波風を受け続けてそのレールはほとんど朽ち果てていました。

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逗子駅前の立ち飲み屋『寄り屋』さん。寄ってみたかったのですが、残念ながら準備中でした。
三浦半島は観音崎周辺の砲台跡など行きたい所がまだたくさんあるので、いずれ再訪してみたいと思います。
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