神奈川県

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神奈川県藤沢市(2)、南口商業施設群の衰退〜立ち飲み屋巡り

※この記事は藤沢の記事をまとめたものなので、7/13にアップした記事と一部重複します。

大船や平塚よりも恐らくは栄えており、湘南地区では小田原に次ぐ地方都市と言える藤沢。以前藤沢飲食盟友会などを訪れていますが、今回は南口の立ち飲み屋を巡ります。

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JR藤沢駅南口。小田急江ノ島線や江ノ電への乗り換え駅でもあります。

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南口を出て正面、江ノ電乗り場を兼ねている小田急百貨店。1974年、江ノ電藤沢駅の高架化と共に江ノ電百貨店として開業。当時のデザインを今も残すビルは懐かしさを感じさせます。

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しかし江ノ電百貨店は経営不振のため1985年、小田急百貨店へと譲渡されました。その際、江ノ電百貨店は小田急電鉄に対する39億もの債務を債務免除にされています。

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南口からは放射状に商店街や飲み屋街などが広がっています。南西方向に伸びる路地を進んで行くと渋い建物が。

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西側の外れ、なかなか良い雰囲気の建物は立ち飲みバル『サジスタンド』。名前もかっこいい。

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料理も手が込んでいて良い店なんですが、個人的には完全禁煙だったので早々に退散。

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南口を出て右手の雑居ビル、アツタビルの地下一階に立ち飲み屋『スタンド酒房ふじさわ紺屋』さんがあります。この辺りにはキャバクラなどもあり歓楽街となっています。

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ここがまた地元の方々が集まる店で大盛況。ママさんと姉さん二人でよく捌けるなと感心しながら、カウンターの一番奥が辛うじて空いていそうだったので、無理矢理突入です。

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生350、割り物230〜290。揚げ物は2品以上注文となりますが 、生中、ウーロン割り、アジフライ、ハムカツ、締めて900円を切るという安さ。地下で目立たない上にイチゲンで入りづらい混み方ですが、この安さ故に地元の知る人ぞ集まるって感じでしょうか。

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江ノ電のガードをくぐり東側へ歩いたところに建つ藤沢プラザビル本館。東急ハンズの第一号店として1976年11月に創業したものの2006年末にハンズが閉店。その後空きビルとなったところにユニクロなどが入るもののテナントが埋まらず、来年の3月には閉館、解体されることが決定しました。隣の別館はすでに解体され現在マンションが建設中です。これもドーナツ現象と言えるかも知れません。駅近くの商業施設が消えてゆき、郊外のベッドタウンへと変貌してゆく。

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南口駅前の東側、奥の垂れ幕が掛かっているのが1965年の竣工当時から有隣堂が入っているフジサワ名店ビル。手前(右手)が翌1966年竣工のダイヤモンドビル。

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相当に年季の入ったビルですがこのフジサワ名店ビル、耐震強度の問題で建て替えが必要とされているそうです。かつては屋上に観覧車もあったとか。

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フジサワ名店ビルとダイヤモンドビルは床を一体化させ、まるで一つのビルであるかのようになっています。手前が名店ビルで奥がダイヤモンドビル。

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ダイヤモンドビルの突き当たりから左手、駅から見て奥に1971年竣工のCDビル(現、ザ・プライム)北棟と南棟(?)が建っており、こちらとも床が繋がってます。まるで迷路のよう。

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四つのビルが合体しているので、階段やエスカレーター、エレベーターが複数あります。右手がダイヤモンドビルで左手がフジサワ名店ビルですが、ビルとしての境界線はよくわからない。この構造、耐震補強問題のあるフジサワ名店ビルだけを解体するのは非常に難しいと思われます。

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四つのビルの中心部分は吹き抜けの広場となっており、喫煙所や駐輪場があります。もしフジサワ名店ビルを建て替えするとなると四棟まとめて解体する大規模な再開発となるでしょう。しかしすでに地方都市並みのドーナツ現象が始まっている藤沢で、駅前複合施設などが果たして計画されるでしょうか。小田急の大株主である東急グループが手を出せば別ですが。

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中央広場を中心に四方に路地が。写真はザ・プライムの北棟と南棟の間、駅方向、中央広場方向を眺めたところ。

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その路地にはかなり老舗感の漂う渋い焼き鳥屋なども残っています。位置的にはダイヤモンドビルの裏手。

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ザ・プライムの裏手、ビルの間を抜けたところの路地にあるのが立ち飲み屋「はるもき」さん。

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混み過ぎず空き過ぎず丁度いい感じで落ち着きます。会計は食券制。

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焼酎は金宮使用で凍らせたシャリキンまであります。店内にはなぜかツェッペリンのポスターが貼ってありたまにライブも催される模様。地元の常連さん方密着でありながらも入りやすく、良いお店でした。

神奈川県横須賀市、観音崎の戦争遺構群(後編)

続きです。とにかく暑くて死にそう。

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山頂付近の尾根道を歩いていると途中、橋が掛かっています。その橋から下を覗くと、えらい深い切り通しが。ここは明治期の砲台建設の際、資材搬入などで使われたそうです。

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近くで見たいと下に廻って見たところ、立ち入り禁止の上に深い藪に覆われていました。

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頂上付近は児童公園でアスレチック施設などがあるのですが、そこここに赤煉瓦の土塁が顔を覗かせています。

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ここは腰越堡塁と呼ばれる砲台跡で明治29年竣工、大正14年除籍。

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最後に観音崎の北西側、海水浴場の少し上にある三軒家砲台跡を訪れました。入り口の門柱は当時のもの。

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坂を下って行くと左手に地下弾薬庫の入り口が。

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さらに下って行くと三ヶ所の砲台跡が。

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この砲台跡は27㎝カノンという当時最大の大砲を備えていたため、関東大震災後に復旧されて昭和初期まで使われました。

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そのためかここには当時の陸軍の迷彩塗装がはっきりと残っています。

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砲台と砲台の間には地下施設へ下る階段と赤煉瓦塀が見事に残っています。

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こちらの砲台跡にも鮮やかな迷彩塗装が。

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こちらも地下施設への階段。指令所などがあったのでしょうか。

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その証拠に地下からの指示が聞こえる穴が。潜水艦の声を通すパイプのようなものです。

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一番奥には観測所付属室が。中に入って見たい。

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砲台の背後にはこのような切り通しがあります。

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坂の上に弾薬庫があることから、ここを通って弾薬を運んでいたのでしょうか。

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三軒家砲台跡、観音崎海水浴場側の門柱。そんな訳で非常に内容の濃い戦争遺跡でした。この周辺にもまだまだ遺構が多く残されているのですが、いかんせん暑くってギブアップです。

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最後に汗を流そうと京急大津駅近くの銭湯、宮本温泉に立ち寄って来ました。3時オープンから30分しか経ってないのに地元の方々がすでに8 人ほど入られています。 (地図)

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温泉分析表などが見当たらないと思ったら、ここは温泉ではなく実母散薬湯という薬湯だそうです。ちなみに薬湯浴槽は露天風呂。見事なオレンジ色をしており匂いも紅茶っぽい。なかなか良いお湯で、サッパリしました。

神奈川県横須賀市、観音崎の戦争遺構群(前編)

三浦半島、横須賀の先の浦賀、観音崎に残る砲台跡などの戦争遺構を巡ってまいりました。

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観音崎は夏のレジャー真っ盛り。海に入る人やBBQを楽しむ人などで賑わっています。

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観音崎灯台は日本最古の様式灯台として1869年より点灯しています。だだし関東大震災などによって崩れているため、現在の灯台は大正14年に再建された3代目となります。この灯台の場所に文化9年(1812年)、最初の台場が造られたとか。

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その観音埼灯台をとり囲むようにして、いくつかの砲台の跡が残っています。東京湾の入り口でもある観音崎の砲台は元々、文化7年(1810年)より会津藩が台場と陣屋を築き、文政4年(1821年)に浦賀奉行所管理のもと、その後慶応4年から江川太郎左衛門が引継ぎ、明治以後は海軍省、そして陸軍省へと引継がれ、昭和20年の終戦まで管理されました。

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現在残る砲台跡の多くは明治〜大正期のもの。この北門第一砲台は明治13年(1880年)に着工されたもので、以降9ヶ所もの砲台が建設されました。砲座全面には巨大な御影石が。

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手前の塞がれた入り口は弾薬庫でしょうか。ちなみに観音崎の砲台は兵器の進歩や国際情勢の変化などにより、その多くが大正時代に廃止となりました。ここ第一砲台は大正4年除籍。

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こちらは観音崎バス停から少し登った所にある北門第二砲台。第一砲台と同じく明治13年着工で同17年竣工、大正4年除籍。

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もちろん大砲があるわけではなく、土台があるのみ。

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こちらも第二砲台。日清戦争や日露戦争の時には戦闘配備につきましたが、実際東京湾の入り口まで敵艦隊が攻め入って来る事は無かったので、実戦で発砲したことは無かったそうです。

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施設としては基本的に地下施設。指令所や弾薬庫などが、防空壕のような形で眠っています。年に数回ガイドツアーが開催され、その際には幾つかの鉄の扉が開かれるとか。

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海沿いまで降りてみると、遠く岬の突端にコンクリート造の廃墟が。これは潜水艦を砲撃するために潜水艦の音を探知して居場所を探る観測所で、こちらは第二次大戦中陸軍によって昭和12年に完成したものです。ただ岬の先端部分は現在防衛省の敷地(海上自衛隊観音崎警備所)で近付けず、よりによってこの日はデジカメを忘れて来るという失態。

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岬の南西側に廻ってみようと素掘りのトンネルを越えて行きます。このトンネル、鳶ノ巣台場(現在の観音崎警備所)建造のため嘉永5年(1852年)頃に掘られた横須賀最古のトンネルだとか。

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反対側に廻ってもやはり遠い。ipadでは無理があります。光学望遠レンズが欲しい。

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途中の海岸線には謎のコンクリート構造物が転がっていました。これも戦争関連の遺物でしょうか。

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再び山へと登って行きます。崎先端部の近くには、外洋を臨むようにして戦没船員の碑があります。海の日の観音崎はレジャー客で賑わい波は静かで平和な休日です。

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観音崎の山間部は全体が公園になっており、遊歩道が迷路のように張り巡らされています。戦没船員の碑の北側より海側展望台へと抜けるトンネルが。

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トンネルを抜けると左手に地下施設への入り口が。コンクリートで固く閉ざされています。

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展望台手前にあるのが北門第三砲台跡。

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こちらも竣工と除籍の時期は第一や第二と同じです。

後編に続く。

神奈川県湘南地区、辻堂、茅ヶ崎など

仕事で湘南方面にちょいちょい行く事があり、仕事帰りに立ち寄ったところなど、少しまとめてみます。まずは辻堂。

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辻堂駅の北側は日本電池、関東特殊製鋼、パナソニックなどの巨大工場が次々閉鎖され、その跡地が再開発されています。今では巨大なショッピングモールとマンションが建ち並び、街の景色も一変。そんな整備された街の大型マンションの脇に古い銭湯を見つけました。しかしどうやらすでに廃業されているようで、夕方になっても表のシャッターが開く事はありませんでした。建物の脇には燃料となる廃材が積み上げられたまま。昔は工場労働者の憩いの場となっていたのでしょう。

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すっかりベッドタウンと変貌し続けていますが、北口の東側外れに商店街の跡が。まだ数軒の店舗が残っていますが、後継者不足のためかなりの店が閉めてしまったそうです。

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そんな商店街を10分ほど歩いた一番奥、昔から住まれている住宅街の中に一軒の立ち飲み屋「キリン」さんがあります。

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マスターと週何日か手伝いに来ているママさんと姉さん。お客さんたちは地元の常連さんたちだけで、とても居心地がいい店です。

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創業10年。ママさんも以前は旦那さんとラーメン屋を切り盛りしていたそうですが、旦那さんが亡くなられて閉店。よく飲みに来ていたこの店で働くことに。南口にも立ち飲み屋さんが二軒ほどあるようですが、私はこの店に通いました。

次に茅ヶ崎。北口にある市役所や市民文化会館の先に、巨大なイオンモールがあります。駅周辺の商店街などはことごとく駆逐されているかも知れません。

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そのイオンモールのもっと奥、JR相模線の北茅ヶ崎駅近くに、日帰り入浴施設の『湯快爽快』があります。相模線は1時間に2本程度しか走ってませんが、茅ヶ崎駅から1時間に2本無料送迎バスも運行されているので問題ありません。

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20周年と幟にある通り多少年季の入った建物ですが、途中リニューアルしているのか館内はとても綺麗です。
この湯快爽快は茅ヶ崎市の建築業者、亀井工業が1993年3月に茅ヶ崎の一号店をオープン。その後神奈川県内を中心に展開し、現在はフランチャイズも含め7店舗を営業しているそうです。(出典・Wikipedia)
ここは1500mで掘り当てましたが、折りしも掘削工事の進歩により1000mを超える大深度ボーリングが可能になって温泉事業の新規参入が急増した時代。1000mにつき1億と言われ温泉ブームの大波に乗った企業。茅ヶ崎だけに。

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お風呂の様子はオフィシャルサイトをご確認ください。
天然温泉浴槽は露天風呂で、薄茶色のお湯はナトリウム-塩化物強塩温泉。海が近いからかかなりしょっぱいですが、源泉が掛け流されているのか多少泡付きもある新鮮なお湯です。
源泉温度が28.6度。25度以上が温泉なので鉱泉(または冷泉)ではなく温泉です。循環濾過しながら加温しているのでしょうか、38〜39度と少々ぬるめに保たれているのは夏の盛りだからかも知れませんが、このぬる湯に長く浸かっていればジワジワと汗が噴き出て来て実に気持ちいい。
温泉成分が濃いいので多少のヌメリ感もあり、はっきりとした浴感。露天の傍らに腰を掛けて休んでいると、遠く湘南の海から渡る夕涼みの風が、仄かな潮の香りを含んで火照った体を冷まします。
湯上りは休憩所で生ビール。至福のひと時。なかなか期待を上回る、素晴らしい日帰り入浴施設でした。

【日記】横須賀市田浦のおまけ

元々田浦を訪れたのには違う目的がありました。

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京急田浦駅とJR田浦駅の間辺り、池の谷戸というバス停があります。まず地名で谷戸と付く辺りから惹かれる物がありますが、歩いて見ると窪地というより普通の谷間と言った感じです。ただ、田浦周辺の住宅街のトタン率の高さにやられます。

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かと思えば洒落た洋館などもあり、この格差は何だろうと思う。そんな谷間の奥、京急とJRが交差する所の奥に、廃墟サイトなどでは有名なゴーストタウンがあります。

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しかしいざ行って見たらなんと、立ち入り禁止になってしまってました。元々ここは湘南田浦ニュータウンとして住宅開発が行われる予定でしたが何らかの理由で計画が中止され、二十数軒の家屋が立ち退いたまま放置されています。帰ってからよくよく調べてみたら、去年2017年から封鎖され、警察も巡回しているそうです。
いきなり出鼻を挫かれた形となりましたが、そう言えば田浦って皆ヶ作がある所じゃんと思い出し、さらに戦争の遺構も多く残ると知り、新たな目的に切り替えました。
一通り巡ってJR田浦駅に戻った所でまだ午後2時過ぎ。三浦半島でもう一ヶ所見てみたい場所があったと思い出して逗子へ。

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逗子からバスで30分ほどの久留和漁港へ。ここは私が尊敬するサイトの一つ、山さ行がねか様で以前紹介されていた物件。海に延びる線路です。沖にある生簀からカゴ台車を走らせていた跡だそうですが、波風を受け続けてそのレールはほとんど朽ち果てていました。

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逗子駅前の立ち飲み屋『寄り屋』さん。寄ってみたかったのですが、残念ながら準備中でした。
三浦半島は観音崎周辺の砲台跡など行きたい所がまだたくさんあるので、いずれ再訪してみたいと思います。
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