墨田区

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墨田区東向島、東武博物館

鉄道博物館は大宮も梅小路も行っておらず、東急電車とバスの博物館にしか行ってないと言う。そりゃ大宮の鉄博に行けばテンションマックスになる事は分かっている。ただブログのネタにはならない。と言うことでマイナーな所から攻めるのです。

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東向島駅のガード下にある博物館の外観を撮らず、いきなり1720系デラックスロマンスカーです。昭和35年から平成3年まで30年以上東武の顔として走り続けた名車。箱根出身者としてはロマンスカーと言えば38年就業の小田急SE車だろうなどと思い、東武帝国は東急帝国のライバルとして見ていたのですが、ともあれこの顔はロボっぽくてセンセーショナルでしたね。

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かつて日光を走っていた路面電車。今現在も万年渋滞な日光駅から東照宮の先の馬返までの坂道を走っていたそうです。馬返から先はケーブルカーがいろは坂の上まで登り明智平ロープウェイへと接続していました。このケーブルカーの遺構もいつか訪れてみたいところ。

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車内はこんな感じ。昭和29年製造で昭和43年には路線が廃止されていますがそんなに古さを感じさせない。地方で走っていても不思議じゃないです。

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入場して最初に目にするのはこの5号機関車。明治31年に英国から輸入しましたが、なんと昭和40年まで貨物線で走っていたと言うから、その物持ちの良さに驚かされます。現在では真岡鐵道から買ったC11牽引のSL大樹が走ってますが、東武鉄道ならば大切に使ってくれるだろうと感じられます。

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博物館としては目玉と 言えるデハ1形5号です。大正13年製で、よくぞ保存していたと思う。正面5枚窓が珍しく感じますが、電気系統や台車が米国製という事で、言われて見ればアメリカっぽく見えて来る。

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しかも車内に入れちゃいます。綺麗に磨かれた車内。細かい所まで見れば勉強にもなり、博物館に来た甲斐があると思わされます。

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ED101形(101号)電気機関車。ブドウ色のデッキ付き機関車は大好きでしたが、私鉄の機関車は見事に無視していました。昭和3年の英国製で、昭和47年に近江鉄道へ譲渡、昭和63年まで活躍し続いていたそうです。

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5700系(5701)。昭和26年、戦後に造られた日光鬼怒川特急用車両。前面二枚窓って好きなんですよねぇ。昭和35年、貫通扉(前面扉付き)に改造され、最終的には臨時や団体用として平成3年まで走っていましたが、引退後に前面をデビュー当時の前面二枚窓に復元したそうです。ナイスです。

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車内の様子。関東ではあまり見ない転換式クロスシート(背もたれを前後させて進行方向を向かせる)ですが、就業当時からそうだったのかな?

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館内には同じく5700系(5703)の先頭部分が展示されています。こちらは昭和28年製で最初から貫通扉型でした。同じく平成3年引退ですが、現役時代にこれを撮りに行きたかった。

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昭和34年から同59年まで東上線で活躍していたED5010形(5015号)機関車。高坂の秩父鉱業や越生線西大塚の日本セメントからの貨物列車を牽引していたそうです。西武電鉄などもそうですが、セメント列車は日本の高度成長期を支えていましたね。

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ED5015の手前にはキャブオーバーバス、TN714型1625号が展示されています。このバスは昭和26年にニッサンのエンジンを載せ富士自動車工業で製造されました。

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戦後、航空機開発を禁止された中島飛行機が非軍需産業への転換を迫られ、その一部が富士工業としてスクーターやバスの製造へと乗り出します。当時は財閥解体から再統合、合併への流れが複雑で、富士重工が発足するのはその2年後の昭和28年。

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ペコッと木の板が飛び出すウインカー。屋根の上の速度に合わせて点灯するランプもカッコイイです。バスは乗用車と違い、エンジン、シャーシ、ボディー、それぞれが違うメーカーである事が多いです。これは現代でもトラックの本体と荷台を違うメーカーが製造しているような感覚でしょうか。

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そもそもキャブオーバーバスとは、乗員数を増やして輸送効率を上げるために、従来のボンネットバスのボンネット部分に運転席と座席を張り出させたもの。そのため運転席の脇にエンジンルームが思い切り飛び出しています。

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このリアの丸っこさも大好き。ちょうどこの頃から富士重工では、かつての航空機の製造技術を生かしたモノコックボディー方式で、リアエンジン式バスの製造も始めていました。

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奥のホールではヘッドマーク展をやってました。ともあれ近いし入場料200円と安いし、シミュレーターも揃っているので夏休みの雨の日の子供連れも多く楽しまれていました。子供のみならず大人も充分楽しめるし勉強にもなります。

墨田区向島、鳩の街の赤線地帯跡の名残り

以前、とは言っても随分昔にお隣、東向島の玉の井のカフェー建築を訪れましたが、今回は曳舟から隅田川沿いまで歩いたところにある鳩の街へ。

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この辺りには昔、働いていた会社の社宅があり、そこに住む先輩の部屋に入り浸って格ゲーの対戦ばかりやっていた時期が有りました。なので曳舟駅から鳩の街商店街まではよく通っていた道のりなのですが、当時は赤線街などに全く興味が無かった。

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下町の商店街としてもかなり古い建物の残る街ですが、最近までは毎年隅田川の花火大会を観に行って、帰りにはこの商店街を歩いて20年以上の馴染みの居酒屋に立ち寄ってました。夜だった事もありいつも赤線の名残りを探さずスルーし続けて来た。

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そんな前置きはともかく、さっそくカフェー建築の物件です。商店街の東側の路地裏にそれは残っていました。

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外壁は上貼りされていますが、モザイクタイルの円柱が辛うじて残っています。

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もう一軒はすぐ近くにあるこの建物。元々はお隣、玉の井にいた業者が空襲で焼き出され、戦後の昭和20年から焼け残った土地を買収して商売を再開したのが、赤線街としての鳩の街の始まりだそうです。

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この建物もだいぶ改装されていますが、モザイクタイルの円柱が残っています。

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カフェー建築としてハッキリとした形を残しているのは、おそらくこの二ヶ所のみでしょう。

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それっぽい建物はいくつもありますが、ぽいってだけで確証はないしキリがない。

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強いて言えば質屋なんてのも華街ならでは。また、この鳩の街から南に歩けば向島の料亭街となります。

墨田区錦糸町、南口の歓楽街

 錦糸町はほとんど降りた事が無く、私にとっては未開の地です。

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 以前、日記でアップしたかも知れませんが改めて。錦糸町南口を出て右手通りにある純喫茶白鳥跡のビル。昭和の純喫茶の貴重な外観が残っていますが、随分前からテレクラにビルを買収されました。

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 南口西側界隈。飲み屋街と歓楽街が混在するカオスですが、亀戸餃子の支店なんかもあり、昼間から楽しめそうです。

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 渋い居酒屋などもある事にはあるのですが、基本的には近代的な雑居ビルにスナックや風俗店が詰まっているような街の景色が多いです。

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 なかなか時代を感じさせるニュー錦糸町ビル。1階は間口の狭い店舗がひしめき合っています。

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 駅から少し離れるとラブホが目立つようになって来ます。

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 南口東側は、にわかにコリアタウン化しています。韓国食材店を中心に韓国系飲食店が林立。

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 韓国食材店向かいの雑居ビルの1階は通り抜けられるようになっており、飲食店街が形成されています。

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 しかしそのほとんどが空き家。以前ここに『杓』という立ち飲み屋があったそうですが、すでに閉店。

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 一見マンションのように見えるビルも、如何わしい店で埋まっていたりします。踏み込まれたらヤバい店なんかも有るかも知れません。

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 錦糸町は風俗店が密集しているような目立った歓楽街は特に無く、街全体のいたるところに散在しているような感じです。しかし客引きのお兄さんは健在。

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 googleで立ち飲みを検索し一通り廻ってみたところ南口の『杓』と北口の『でかんしょ』がすでに閉店。早速googleに報告。北口の東側ガード下の立ち飲み屋『粋』は食べログなどでも評判のようで、満員御礼。

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 結局南口を出て右手、路地を一本入ったところにある『丸源』で落ち着きました。この店、昼間は立ち食い蕎麦屋として営業しているようです。

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 生400円、サワー系250円、焼き鳥他一本110円。なかなかにしてリーズナブル。

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 もつ煮込み350円。もう、もつ煮の季節です。店のキャパはなかなか広く、一人でも落ち着いて飲めます。気さくな大将と、ホールは明るい中国系の姉さん方。地元の会社員に愛されている店のようで、ここは通いだなと思いました。

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 錦糸町はスナックなどの数が都内屈指の多さ。しかしそのほとんどが雑居ビルに収まっているので、いちげんにはなかなかハードルが高いようにも感じました。

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 追記。錦糸町駅から北へ少し離れ押上に近くなってしまいますが、横川三丁目にある温泉銭湯に先日行って参りました。造りは昔ながらの銭湯といった感じですが、増築でサウナや露天風呂も楽しめるようになっています。

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 お湯はメタケイ酸の含有量により温泉とされていますが、療養泉ではないため泉質名はありません。そのため銭湯としては高濃度炭酸泉と表記しています。しかし、無色透明無味無臭なため塩素臭が際立ち、温泉としての特徴もあまり感じられませんでした。

【日記】毎年恒例隅田川花火大会

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 毎年恒例隅田川花火大会です。

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 今年も通りには宴会席が設営されてます。

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 私はいつもお寿司屋さんの向かい。今年は長野県上諏訪の真澄から取り寄せた柚子酒を贈答して、ご挨拶してからシートを張りました。毎年の事ですが、礼儀は大切にしないといけません。

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 最高の場所で、花火酒。

https://youtu.be/16LIVjXl7UI
↑動画です。

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 花火も終わり、向島料亭街をポチポチ歩く。

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 最後は20年来の付き合いの、小料理『おおもの』で締め。ママさんにも柚子酒贈答。

【日記】隅田川花火大会2015

 先週末は毎年恒例隅田川花火大会見物に行って参りました。

 去年の様子はこちら。
日本酒と寿司で花火の段取り
隅田川花火大会(動画)

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 隅田川の東側、スカイツリー側の第一会場付近が毎年通っている観覧ポイント。今年もレジャーシートを敷く場所の前のお寿司屋さんに酒を一本持って挨拶に行きました。来年は出前を取りたい。

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 向島二丁目になりますが、交通規制が掛かった途端、車道は観覧席へと変貌します。

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 近隣の料亭でしょうか、毎年同じ場所に本格的な宴会席を設ける所も。路面だけではなく、この辺りはビルの屋上も宴会席だらけとなります。ただ聞いた話では、料亭主催によるビルの屋上での花火観覧会で、五万も取られる所もあるとか。さすが高級料亭街です。

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 去年までは車道を宴会席が埋め尽くしていましたが、今年は緊急車両が通るスペースを確保していました。

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 また、この界隈は古い建造物の宝庫でもあります。上の写真は床屋さん。

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 こちらは老舗の煎餅屋さん。花火が見えない通りは人も疎らです。

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 夕暮れ時、東の空に夜のとばりが降り始めた頃から花火大会開始です。

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 路地の狭い夜空を埋め尽くす花火。

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 第一会場のすぐ近くで迫力満点ですが、首が疲れます。

 最後に、クライマックスの動画をアップしました。
YouTube動画

 花火大会が終わった後、向島の料亭街を散歩しつつ居酒屋『おおもの』に顔を出しました。そして帰り客が落ち着いた頃を見計らい、タクシーで日暮里に出で帰宅しました。

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