中央区

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【日記】東京駅八重洲北口立ち飲み『呑うてんき』

 新規開拓です。東京駅八重洲北口近辺は意外と飲み屋街があり、昔はバー『ブリック』に通っていたりなどもしてましたし、カラオケボックスなどもちゃんとあります。

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 駅前から左手二本目、富士そばの角を入る桜並木。日本橋高島屋へと通じる通りの左手一本目の路地を入ると、立ち飲み屋『呑うてんき』はあります。下の写真は4月、桜が満開の時期に撮った物です。八重洲に仕事に来たのは4カ月ぶり。

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 日本橋の外れとも言える界隈は近代的なビルが立ち並ぶ無機質な街といった印象がありますが、よくよく散策してみれば怪しげな路地が数多くあります。

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 そんな中、店内が全く見えない木戸、ポスターで塞がれた窓が一見さんの入る勇気を挫いてくれます。

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 路地裏と言えども場所柄、やはり昔からある立ち飲み屋とかではないようで、15年目を迎える比較的新しいお店です。店内は意外と広く、キャパ36人と言ったところ。奥で調理する大将の他に、ホールを担当するのは二人の中国人の姉さんたち。しかし、二人組みの女性客が来店した時だけ大将自ら厨房から出てきて接客してました。常連さんのようですが、女性客には優しい。(笑)

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 生(小ジョッキ)450円、サワー系350円、他にも日本酒や焼酎が豊富。マグロブツ350円、大きなハムカツ一枚150円。チーズリング250円などなど。料金はステンレスのボールにお金を入れておいて、そこから即会計していく方式。
 東京駅から徒歩1分という場所が場所だけに決して安いとは言えませんが、6時までは生一杯無料とういありがたいサービスがあります(9/25再訪したところ生一杯サービスは終わってました)。また、夏場はジョッキがキンキンに凍らされているため、仕事終わりに生き返る。
 一度入ってしまえば気軽に入れるし、即金会計なのでチョイ飲みでも気兼ねなく立ち寄れるお店でした。

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 余談ですが、現在日本橋高島屋の北と東が再開発のため、国の重要文化財である高島屋の建物の全貌が一望できます。昭和8年竣工のこの建築物は細部の装飾も見事で実に格好いい。因みに周囲の再開発も高島屋によるもので、31階建てと26階建ての二棟の高層ビルが2018年に竣工し、この本館と空中で繋がるそうです。

 おまけ。

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 エビ搬送中の模様。八重洲北口から日本橋へ抜ける界隈は非常に賑やかで、多くの居酒屋とキャバクラなんかまであります。

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中央区日本橋~千代田区神田(3)、本石町〜鍛冶町周辺の歴史的建造物

 今回はJR東京駅から神田駅までのガード下伝いに、その周辺の気になる物件を廻って来ました。

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 日銀の脇、以前仕事の帰り道に見かけてずっと気になっていたアーチ橋があります。それがこの常盤橋なのですが、なんと東日本大震災によってアーチが歪み、一部陥没もして立ち入り禁止になっていたようです。

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 そして現在、橋の修復工事が行われています。この常盤橋、明治10年に架けられた都内最古のアーチ橋だそうです。また、橋の奥に見える石垣は江戸城常盤門の石垣跡だそうで、この首都高の下になんとも歴史的価値の高い史跡が埋もれていた事になります。

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 常盤橋の近くには、移設された日本最古の鉄筋コンクリートトランス構造の、龍閑橋が保存されています。

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 また近くには関東大震災の震災復興建築である常盤小学校もあります。特に観光客の訪れないような場所ですが、歴史的建造物のオンパレードです。

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 神田から日本橋方面に少し行ったところに、かなり年季の入ったビルがあります。

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 大石ビルディングといって一階にはペルシャ絨毯のお店が入っています。

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 神田駅の東側、神田鍛冶町になりますが、路地を入ると結構古い建物が残っています。

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 神田駅の上には地上4〜5階の高さに東海道線と宇都宮高崎線を結ぶ新線が建設中ですが、近隣住民とかなり揉めているとか。

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中央区晴海、港湾局専用線晴海線跡の晴海橋梁

 国際展示場跡や倉庫跡の再開発で高層マンションが建ちまくる晴海。東京オリンピックのお陰で売れ行きも好調な埋め立て地の片隅に、かつての貨物線の廃線跡が残ります。

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 晴海はこの鉄橋ぐらいしかブログネタが無いので、とりあえず橋の周りをぐるりと廻りながら、様々な角度から橋を撮ってみます。上の写真は晴海通り春海橋の晴海側より江東区豊洲方面を望む。

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 サビサビですが、しっかり残っております。いつ解体撤去されてもおかしくないですが。

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 豊洲側から晴海方面。晴海地区に入り真っ直ぐ行くと機関区跡の空き地。左手の晴海埠頭引き込み線跡は建設中も含めて高層マンションが建ち並ぶ。

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 東京都港湾局専用線は、かつて東京港に敷設されていた東京都港湾局運営の専用鉄道であり、貨物輸送のトラックへの転換に伴い、1989年までに全廃となりました。(出典・Wikipedia)

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 軌道もそのまま残っております。

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 豊洲線、芝浦線と廃止される中、この晴海線だけが最後まで残っていました。この橋以外にも廃線跡は多く残っているようなので機会があれば、いや、再開発で消えてしまう前に、他の廃線跡も訪れてみたいと思います。

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 夜景ですが、かつて機関区のあった空き地。

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 かつての貨物埠頭も綺麗な遊歩道として整備されておりました。

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中央区有楽町(2)、ガード下の飲食店街

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 さて、ガード下に戻ります。インターナショナルアーケードから有楽町駅に掛けては、急に賑やかになってきます。‌‌

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 どことなく寂れた感のある銀座5丁目6丁目と違って、庶民価格というイメージがあるのか、ガード下飲み屋街は今も賑わいを見せています。

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 店は比較的新しい店も多く、昭和のサラリーマンの吹き溜まりといった感じではなく、若者も多く訪れるような明るい路地といった雰囲気に変わってしまいました。

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 ガード下の路地裏が明るくてどうする!とか思いましたが背に腹は変えられません。柔軟に変化しなければ、インターナショナルアーケードのようにゴーストタウンと化してしまう。

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 ただ、その中で二軒、昔ながらの姿をそのまま残したような屋台があります。

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 銀座方面に向かって右手、この「登運とん(トントン)」はアーチ型のガード下の形そのままのために、隅っこの席は天井がやたら低いです。

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 そしてなんと言っても壁が無いという衝撃。要はアメ横の「大統領」と同じような屋台なのですが、こちらはあまり知られてないようで、地元のサラリーマンたちの憩いの場となっております。‌‌食事も白味噌であっさり仕上げた煮込みや、焼き鳥、ホルモンなど美味。

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 晴海通りを越えた所にある有楽コンコース。こちらは敢えて昭和の雰囲気を演出した「作り物」と言ったら言葉が悪いですが、そういう店があります。‌‌

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 さらに有楽町駅に近づけば、ちょっとした人だかりが見えて来ます。こちらは立ち呑み屋の最終形態とも言える「食安商店」。昼間は自動販売機の多い場所が喫煙所になっているだけにしか見えませんが、夕方になると奥の小窓が開き缶詰めや柿ピーなんかを売り始めます。

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 小さいテーブルと言うか台のようなものもあり、人々は自動販売機で酒を買い勝手に飲んで行きます。あくまでも仕事帰りに一服という感じで、基本的には皆さん一人。これはもう「店」ではなく「自動販売機の前」なのです。‌‌

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 食安商店の隣には「日の基」という“ちゃんとした(?)”大衆酒場もあり、月初めは日の基、給料日前は食安という流れが、出世コースからも外れて家のローンに苦しむお父さん方の日常なのかも知れません。(笑)‌‌

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 有楽町駅を越えてさらに北、東京駅方面にも
ガード下は続きます。

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 こちらはラーメン屋やトンカツ屋、カレー屋など、どちらかと言うとランチに賑わうといった感じです。

中央区有楽町(1)、インターナショナルアーケード

 京浜東北線と山手線が併走する区間、特に上野から神田、有楽町と高架が続き、この明治に造られ震災や戦災を生き延びた赤レンガの高架下には、様々な商店や事務所、倉庫などがひしめき合っています。代表的な物としては闇市の名残であるアメ横のガード下商店街などがありますが、最近では御徒町~秋葉原間の倉庫だった所を改装し、ショッピングモールのような形で有効活用していたりもします。‌‌

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 しかし、上の写真は新橋駅北側になりますが、本来ガード下と言えば中小企業のサラリーマンのオヤジたちが仕事帰りに立ち寄って一杯引っ掛けていく飲み屋、と言ったイメージがあります。そして神田や有楽町、新橋などには昭和の高度成長期から続く古い飲み屋が多く残っています。‌‌

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 有楽町から新橋までの間には、京浜東北線、山手線、東海道本線、新幹線、それと並行して首都高環状線まで走ってます。高速道路の下は首都高速の施設となっており、JRとの間の狭い道は専用道路で立入禁止になっています。覗いて見ないとなかなか気付かない空間。‌‌さらにここは中央区(右)と千代田区(左)の区境になります。

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 一方JRの下は、駐車場の奥に有楽町へ向かって通路があります。両側には延々とシャッター。時折居酒屋や寿司屋なんかがあったりして、ちょっと異質な空間となっています。‌‌

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 2階、つまり線路の真下に上がる階段があり、そこを昇ると狭くて薄暗い廊下が延々と真っ直ぐ続いている。廊下の両側は事務所だったり倉庫だったりしますが、基本的2階は関係者以外立入禁止です。‌‌

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 実はこのガード下、以前友人に紹介してもらったインターナショナルアーケードという、闇市を発祥とする商店街の跡地なのです。‌‌

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 シャッターアーケードを抜けると東側に泰明小学校・幼稚園があります。

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 昭和4年(1929年)竣工。震災復興学校の一つで、島崎藤村や北村透谷が卒業したことでも知られています。
 この耐火耐震を徹底した震災復興建築はどれも高いデザイン性を持ち、細部の装飾にも凝っております。

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 泰明小学校の南側、つまりインターナショナルアーケードの東側は歓楽街となります。新橋と有楽町の間ですが住所的には銀座5丁目6丁目。この界隈はクラブやパブ、スナックなどが軒を連ねるネオン街です。

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 同じ銀座でもデパートやオフィスの建ち並ぶ4丁目とは打って変わって、松坂屋はあるもののこちらは夜の街。狭い路地裏に入ればバーなども多くあります。

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 泰明小学校から銀座6丁目まで進むと交詢通りに交差し、左手、松坂屋方面に歩けば、通りの名前の由来にもなった交詢社ビルがあります。
 財団法人交詢社とは明治13年(1880年)、福澤諭吉によって創立された日本最初の実業家社交クラブであり、講演会、公開講座等の実施、各種文化事業に対する援助、施設の管理運営及び貸付が主な活動内容であ~る(出典:Wikipedia)。って、話がデカ過ぎてもう何がなんだか(笑)。
 かつて震災後の昭和4年(1929年)に再建された歴史的建造物があったそうですが、2004年に建て替えられてしまいました。しかしながら正面玄関の部分だけを解体せずに残して建て替えるという離れ業を見せてくれたようです。今でも新築商業ビルの正面に、まるでオブジェのように立派な装飾が残されております。
 古い物を壊して新しい物を建てるだけではなく、このように歴史を大切にすると言う考え方は、銀座ならではなのかも知れませんね。

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