新宿区

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新宿区霞ヶ丘、都営霞ヶ丘アパートと外苑マーケット

 外苑マーケットはいつか行こう行こうと思っていながらすっかり忘れておりましたが、先日『香ばしい町並みブログ』様の記事を読んだところオリンピック施設建設工事のため近々消えてしまうと知り、これは今撮っておかなければと思い行って参りました。

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 千駄ヶ谷駅の南側、1964年の東京オリンピックで開会式も行われた国立霞ヶ丘競技場跡地。新国立競技場のデザイン白紙撤回で更地のままでしたが、今月二つのデザイン案も揃いいよいよ着工も間近。

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 新国立競技場の予定地は、その国立競技場跡地の南に隣接する都営霞ヶ丘アパートにまで及んでいます。この霞ヶ丘アパート、主に1964年の東京オリンピック敷地確保の際に退去させられた人々が入居して来たそうで完成は1961年。もう築50年以上という古さです。

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 しかし現在住まれている住人も新国立競技場の建設に伴い来年、2016年1月には退去させられるそうです。しかしこの都営アパートの住民も他の団地同様に高齢化が進み、空き部屋も目立つようになっております。

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 10棟ある霞ヶ丘アパートの南端には、一階が店舗となっている6号棟があります。JR千駄ヶ谷駅、原宿駅、地下鉄銀座線外苑前駅、表参道駅、どの駅からも離れている都心の僻地だったため、商業施設が必要とされました。(千駄ヶ谷の手前には都営大江戸線の国立競技場前駅が開業しています)

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 開業当時のままと思われる外苑マーケットの看板。かつては都営アパートや近隣住人たちの生活を支える商店街でした。

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 東側から入ると来年1月末に閉められるタバコ屋さん、一番奥には今年いっぱいで閉店される八百屋さん、その他の店舗はすでに閉店されていました。

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 西側の出入り口には八百屋さんのご挨拶が。前回の東京オリンピックから現在までのおよそ50年、昭和の高度成長期を生きてきた八百屋さんが、その歴史を閉じようとしています。

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 山手線の内側にはこのような都心の僻地が多く残っていますが、2020年のオリンピックで街はその姿を大きく変えようとしています。

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【日記】中島みゆきバー

 新宿某所。以前より噂を耳にしていた中島みゆき専門バーに行って来ました。

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 歌舞伎町の奥に建つ雑居ビルの一角に、その店はありました。かなり見つけ辛い上、会員制のバーになります。

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 店にはずっと中島みゆきの曲が流されています。静かで落ち着きのあるお店で、新橋のフォーク喫茶などを思い出します。
 年齢層は40~50代の中島みゆき世代ばかりでなく、30代までと幅広く、8人座ればいっぱいのカウンターと小さなテーブルがひとつだけの小ぢんまりとした店内は常に満席。中には有楽町国際フォーラムでやっていたという中島みゆきのライブ帰りの方もいらっしゃいました。
 何を隠そう書く言う私もミユキストでした。高校時代は毎週オールナイトニッポンも聴いており、隣に座る常連さんと昔話に花が咲きました。帰り際、私の中での『エンディング』である『歌姫』をリクエストしてかけてもらい、店を後にしました。
 懐かしい。機会があればまた通いたくなるお店です。

新宿区富久町、ゴーストタウンからの再開発

 新宿二丁目の奥、靖国通りを渡った向こう側に富久町はあります。この地区は若干窪地となっており、水捌けの悪い谷戸のような地形になっているため、かつては狭い路地に住宅が密集しておりました。

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 しかしバブル期、地上げの被害が酷く、バブル崩壊後は地区の三割が駐車場、約半数が空き家といったゴーストタウンに近い状態にまでなりました。ちょうど中央区湊地区のような歯抜け状態です。

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 2001年頃から再開発の計画が持ち上がりながらも地権者が多かったために話がまとまらず、最近になってやっと街の再生に動き出しました。

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 街の真ん中には環状二号線が突っ切ります。この道路、最終的には虎ノ門再開発のマッカーサー道路と繋がります。

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 西富久再開発計画として、すでに地上55階建ての超高層マンションも建ち始めております。私はかねてからから再開発前の富久町をレポートしたいと思っていたのですが、皮肉にもその再開発現場で仕事する事となりました。

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 超高層棟の隣には広大な2層構造の自走式駐車場が広がり、その上に中層マンションと15棟の戸建て住宅が乗っかります。この戸建てに元地権者たちが住むのかも知れません。ともあれ、多層構造の街が完全します。

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 それでも富久町の北側は、まだまだ区画整理されていない歯抜けの街が残っております。

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【日記】新宿の夜の過ごし方

 ここのところ仕事が鬼のように忙しく、なかなか新しい記事も書けないほど。こんな時は飲むしかない。とは言え、40代も半ばになると、朝までオールってのも、なかなか辛くなってきた。
 新宿はホームグラウンドと言った感じで落ち着きますが、唯一小便横丁(思い出横丁)だけはアウェイ。なので待ち合わせも兼ねて最初の一杯目は小便横丁開拓。

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 今回、夜間スマホで撮っているので(酔いも回ってたので)手ブレがひどいです。すいません。デジカメ持ってけば良かった。
 路地は連休前の土曜日だからでしょうか、観光客でごった返していました。特に外国人向けの観光ガイドに「IZAKAYA」として紹介されているためか、外国人観光客がハンパない。それに対応するため、どの店もメニューが全て英訳されています。

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 入ったのは『ふくはち』。中国人店員が増えてきた小便横丁の中でも、高齢の女将さんがまだ頑張っていらっしゃるお店です。焼き鳥を焼く際、煙が女将さんの目に沁みるので小さい扇風機を点けます。すると煙は、路地に面したカウンター席に座る私のところに全部来る(笑)。大丈夫です。煙なら色んな店ですっかり慣れっ子ですから。
 この店、焼き鳥のタレが非常に美味い。皮の焼き加減も絶妙。

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 そこそこお腹を満たしたら新宿三丁目のソウルバー『ソウルストリーム』へ。店長の大木さんとは古い付き合いで以前経営していた『baobab』を後釜に任せて二店目を出店。70~80年代のソウルミュージックが世代的にツボ過ぎます。

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 いい音楽といいお酒。二件目にちょうど良いお店です。ノリノリで飲み過ぎちゃいます。

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 靖国通りを渡り花園神社を抜けて新宿ゴールデン街へ。ビール、ウーロンハイ、ターキーと続いて酔いもいい感じに回ってる。

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 ゴールデン街最長老だった美沙の大ママが亡くなって以来、約二年ぶりの訪問です。

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 そしたら、すっかり雰囲気が変わってしまっていました。なんだこの明るい雰囲気は。以前は若い人たちが集まる新しい店の多い路地と、昔ながらのオヤジたちが管を巻く昭和な路地、そしてボッタクリの店が多く紛れている路地と、筋によってそれぞれ特徴があったのですが、『美沙』があった昭和な路地が随分と新しい店だらけになり、若者で溢れているばかりか外国人観光客たちの姿も。水商売ナメてるバカ息子が継いだ美沙が無くなっているのは全然想定内でしたが、あの暗く寂れた昭和の路地裏感までもが消えてしまっている。

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 詳しくは聞いてませんが照明がドピンクな、まるでちょんの間のような造りをした店に、一人の老齢のママさんが座っていました。青線時代からやり手ババアをやっていたのかなんて想像してしまいましたが、その辺は謎のまま。以前『美沙』で手伝っていた私の連れの事も知っており、現在ではこの方が生き字引のような存在かも知れません。
 聞けば最近キャッチの姉さん方も絶滅してしまったそうです。キャッチの姉さんとは夜な夜な飲み歩いている高齢者に声を掛けてスナックに同伴し、上がりの半分を紹介料として店から受け取るという方々。これも新宿ゴールデン街のひとつの顔でしたが、もはや昔の話。
 確かに以前に比べて商売としては潤い、それがゴールデン街の存続にも繋がっているのかも知れません。しかし、キャッチの姉さんが徘徊し、たまに流しの人が昭和歌謡を奏で、スナックの床では死にかけの爺さんが酔い潰れているような、そんなゴールデン街らしさは無くなってしまいました。実に悲しい事です。

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 終電の時間も過ぎた頃、新宿二丁目へと流れます。『アドモス』という馴染みの店で始発の時間まで、そして力尽きるまで飲んで歌って大騒ぎ。この店は二丁目のオカマバー(ホモバーとは違い女性でも気軽に入れます)としては比較的リーズナブルでお勧め。

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【日記】最近見なくなったラーメン屋台

 数年前までは新宿二丁目、三丁目、歌舞伎町、ゴールデン街、西口ヨドバシ裏と、夜の東京では最も馴染みのある街でした(思い出横丁はアウェイ)。しかし最近は川口から新宿に出るのも面倒くさいと感じるようになってしまい…………歳のせい!?
 コマ劇の閉館とその周辺の変貌は目まぐるしく、それは店が変わるというレベルではなく雰囲気から一変してしまったようです。もちろん原因は前トチジによるもの。深夜営業の制限により終電の終わった後は一気に人通りが減ります。
 以前は終電の時間あたりからラーメン屋台なんかをよく見かけたものですが、今はどれくらい残っているのか。この辺まったく追いかけていなかった事を今更ながら後悔します。
 先日、新宿西口で飲んだ帰り、たまたま西口駅前に屋台が出ていました。

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 昔は「屋台のラーメン高けぇ」とか言ってあまり寄り付きませんでしたが、やはりシメのラーメンは美味い。とてもシンプルな醤油味がありがたいです。
 昔は上野の駅前なんかでもよく屋台を見ましたが、今もあるのでしょうか。最近見なくなったね、なんて言ってる内に消えて行ってるのかも知れない。今後、見つけたら必ず立ち寄るようにしたいと思います。

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都内、近郊の古い街並みや建造物、路地裏などの写真とレポートを主に載せています。また、国内の寂れた観光地や地方都市、マニアックな温泉スポットや廃墟などもご紹介。

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