新宿区

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新宿区西新宿〜大久保、旧柏木町の下宿屋地帯

西新宿の高層ビル群から青梅街道を越えて北へ。西新宿八丁目から北新宿一丁目にかけての一帯を柏木と言いました。

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青梅街道と小滝橋通り、神田川に囲まれたこの地域には大正末期、関東大震災で焼け出された人たちや、その後の地方からの上京者たちで住宅街が形成されて行ったそうです。

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新宿駅や大久保駅からの徒歩圏内、この辺りには戦後から高度成長期に掛けて多くの下宿屋や安アパートが建てられました。

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西新宿の再開発がその範囲を広げる中、高層ビル群に隣接する新宿八丁目に奇跡的に残っているアパート群があります。

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恐らく同じ時代に建てられたと思われる木造モルタル二階建てアパートは、それぞれ◯◯荘と名前がつけられています。大家さんが別々と言うことでしょうか。

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すでに空き家となった棟もあれば、まだ住われている棟もあります。

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とは言え、今の若者はなかなかこのような下宿屋みたいな部屋には住まないでしょうし、高齢化も進んでいる事でしょう。

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門柱には旧町名である柏木の名が残っています。不動産情報を調べたところ1955年(昭和30年)建造。築66年になります。

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向かい側にも木造アパートがありますが、すでに空き家となり解体を待つばかりです。

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職安通りを越えて大久保通りの手前、北新宿一丁目まで来ました。ここはかつて上京して来た私が住んでいた街になります。

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昭和62年当時、家賃23000円で6畳一間、風呂無しトイレ共同のボロアパート。残念な事に、柏荘という青春時代を過ごしたその建物はすでに姿を消していました。当時通っていた近くの銭湯もコンビニになってしまった。

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だがしかし、その隣のアパートは残っていました。まさにこんな感じの木造モルタル二階建てアパートです。一階に住んでいましたが、二階の中廊下が板貼りで、人が歩くとギシギシ音がしてました。壁も薄く、どこぞの痴話喧嘩も丸聞こえ。ゴキもネズミも出て来ましたが、プロカメラマンを夢見て専門学校とアルバイトの毎日。立地の良さから半分溜まり場みたいになっていて、しょっちゅう飲み明かしてはみんなで雑魚寝してました。

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そんな想い出に浸りながら大久保駅。この駅は当時のままです。かつてロッテの工場が有った事から今でこそ新大久保辺りは日本屈指のコリアタウンとなっていますが、当時はまだドヤ街の雰囲気が残っていました。

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北口から南口までの線路沿い。この辺の狭い路地なんかもあまり変わっていません。

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と思ったら、なんかとんでもない物が出来てました。なんだコレは。

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学生時代にバイトしてたスーパー丸正大久保駅南口店跡。随分前に閉店していますが、すっかり廃墟のように。ただオーナーはまだ上に住んでいらっしゃる様子。
そんな訳で上京して来た街を歩いて来ました。この街に育てられた結果、今のような嗜好になってしまったという。

【日記】新宿区四ツ谷のランチと立ち飲み

お盆辺りから仕事で四ツ谷に通っています。

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四ツ谷駅の西側、統合により廃校となった旧四ツ谷第三小学校跡地や財務省官舎跡地などを利用し、UR都市開発によって大規模な再開発が行われています。ここは高層オフィスビルを中心に公共施設や商業施設、地権者住宅などからなる複合施設、KO.MO.RE.YOTUYAとして2020年1月にオープンする予定です。

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四ツ谷三丁目に向かう靖国通りと再開発地区の間には、昔ながらの飲み屋街、しんみち通りがあります。その入り口脇にあるラーメン屋「龍馬」は昼食で通いました。
ちなみに写真左手にチラッと写るカツレツ「たけだ」は有名店で、毎日ランチタイムや夕方には行列が出来るのですが、そのような超有名店には興味がありません。

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家系ラーメンは基本胃がもたれて気持ち悪くなります。年寄りにはヘビー過ぎるのです。しかしここの家系ラーメンは不思議と気持ち悪くならない。ばかりが連日食べても飽きない美味さがあります。

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しんみち通りを歩いて行くと、左手に昭和な洋食屋バンビがあります。創業1970年。メディアに取り上げられるほどの老舗でも無し、ちょうど良い昭和感。

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高齢のマスターと外国人店員2人。かつては奥様も切り盛りされてたのでしょうか。

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ビーフストロガノフハンバーグ。超美味いです。通ってみよう。

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仕事終わりは立ち飲みで一杯。近くに晩杯屋さんもありますが、やはり地元の個人経営の「よつや村」さんを選択。

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缶チューハイや缶詰などがあり角打ちの雰囲気。しかしちゃんと料理も有ります。

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マスターと奥さん(?)の2人で切り盛り。なかなか落ち着ける店で、しばらく通おうと思います。

新宿区西新宿、西口側の立ち飲み屋など

新宿西口ヨドバシカメラには35年以上前から来ていますが、今では京王のバスターミナルもバスタに移転し、少々活気も落ちているようにも思えます。

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しかし、かつてセガの某格ゲーで伝説と言われ、当時24時間営業だったスポット21が未だ健在。この一帯の雰囲気はあまり変わっていません。

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ヨドバシ本館と別館の間の路地に建つビルの二階にあった、やたら安い居酒屋は無くなってしまいましたが(店名思い出せず)、表通りにはいつからか立ち飲み屋「ひなどり」さんが。

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生450、割り物380、串二本からで280前後と、決して安くはないが、場所柄仕方ないでしょう。モツ煮込みはなかなかの絶品で350円にして満足。しかし立ち飲みはサッと飲んでサッと次に行く物だと思うので、串は一本から注文を受けて欲しかったと言うのが正直なところ。しかし近隣のサラリーマンやヨドバシ目当ての外国人観光客たちで賑わっていました。

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甲州街道を初台方面に少し行くと、日本再生酒場西新宿店があります。こちらは三丁目の本店同様にフラッと立ち寄るにはちょうどいい雰囲気でした。ホルモン系の種類が豊富で、焼き加減なども良い。

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西口の北側、小滝橋通りの西側は以前、チェーン店の天狗と数軒のスナックぐらいしかないような、住宅と倉庫ぐらいしかない街でした。しかし久々に歩いてみると、すっかり飲み屋街になってたので驚き。しかも立ち飲み屋までありました。

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おおの屋さん。若いスタッフが元気よく営業している、比較的入り易いお店です。焼き鳥がメインで作り置きのおつまみは冷蔵庫から勝手に取り出すシステム。値段はまぁ普通と言ったところでしょうか。

新宿区新宿の外れ、二丁目から軍艦マンションなど

仕事で新宿6丁目に通っていた頃、朝は新宿駅のバスタ側の改札から甲州街道沿いに歩き、新宿通りから二丁目を抜けて現場に行ってました。

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新宿二丁目は昔からちょくちょく飲みに行ってますが、未だに街並みをちゃんと撮っていません。旧赤線時代の名残は全く無くなってますが、一度じっくり撮影しないと、とも思っています。飲みに行ってる時は、すっかり出来上がって終電も終わって、行き着く先が二丁目だったりするので、撮影どころじゃないってのが常。

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昭和のスナック長屋なども残っていますが、もちろん中身はカマバーやホモバーなど。とは言え右手のビルにはSMバーがあったりして、男女問わず楽しめる街です。

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二丁目に限った話ではありませんが、当然良い店もあれば悪い店もあるので、なかなかイチゲン飛び込みという訳にも行きません。この界隈で飲み歩いている方々は大抵誰かの紹介で店を知る。私も連れ(女性)の行きつけの店以外は入りませんし、連れも歌舞伎町の居酒屋の大将の母親がやっていた、ゴールデン街のスナックの常連さんに紹介されて二丁目に来たそうです。

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歌舞伎町の居酒屋「一休」→ゴールデン街のスナック「美沙」→二丁目のバー「トーチ」→「アンビバレンス」→「アトモスフィア」。しかし一休は椎名町に移転。美沙のママは享年96歳でおなくなりに。アドモスフィアのママは享年4?でおなくなりに。二丁目歴17〜8年ですが、人の繋がりと時の流れを感じます。

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6丁目の勤め先からの帰りがけ、散歩がてら新大久保方面に歩いていると、職安通り沿いに軍艦マンションを発見。

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軍艦マンションという名前は耳にしていたものの、何処に建ってどんな姿をしているのか、昔大久保に住んでいながら全く知りませんでした。見つけたのは本当に偶然。

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このマンションは以前、第3スカイビル(鉄のマンション)と名付けられていた渡邊洋治氏の設計による建物で、1970年竣工の地上14階、地下1階建ての、俗に軍艦マンションと呼ばれていた共同住宅です。現在ではオーナーが変わり、2011年4月より、オフィス・シェアオフィス・シェアハウスの賃貸物件「GUNKAN東新宿ビル」としてリニューアルオープンしました。(参照・Wikipedia)

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新宿6丁目界隈には、かつて小規模な商店街が住宅街の中に混在していました。その名残で個人商店がポツポツと残っています。そんな個人商店のひとつである洋食屋さん『サバナ』に最近よく行ってます。

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日替わりランチ700円。ドライカレーにハンバーグをトッピングしたもの。

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メニューはピラフ、カレー、スパゲッティが中心。気になるのが日本風スパゲッティ。和風パスタでは無く日本風スパゲッティなのです!wwww

新宿区新宿六丁目、路面電車の跡を歩く

1970年に廃止された東京都電車(旧・東京市電車)角筈線の跡を歩いてみました。

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スタートは歌舞伎町、ピカデリー前にあった角筈駅から。いきなり靖国通りから左に折れます。

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線路は新宿ゴールデン街の脇を掠めて明治通りへ。昔ゴールデン街のママから都電が走っていたと聞いていた遊歩道は、S字を描いて走ります。

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ただ、角筈駅から新田裏(日清食品本社前)までのこの区間、1948年の時点で大久保車庫行きの回送専用線となりました。本線は靖国通りを直進して明治通りとの交差点である四谷三光町駅を迂回して行きます。

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線路は明治通りを渡り日清食品本社の建つ新田裏へ。東大久保駅へと入って行きます。

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現在の新宿6丁目となりますが、現在では地下鉄東新宿駅直結の高層マンション、コンフォーリア新宿イーストサイドタワーが聳え立っています。

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その目の前に、なんと立ち飲み屋が。山根商店さん。元々はホルモンの仕入れ販売をしていたお店お肉屋で、ショーケースが残っていたりします。

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しかしこんな住宅街の奥にまさか立ち飲みがあるなんて驚きでした。5時台から開いてますが、6時前後には満員になる知る人ぞ知る人気店。

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母親と息子さんでしょうか、二人で切り盛りしてらしゃるお店は串一本110円となかなか安く毎日大盛況です。

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お母さんは6時頃に登場してまずネギを刻み、その後焼き場を担当されます。これがギリギリ焼き過ぎないくらいの絶妙な焼き加減で最高に美味い。ちなみに奥のテレビ前の椅子はお父さん(?)専用の席で、引退されたのか毎日のように飲んでます。

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新宿5丁目から6丁目に移るあたりですが、微妙に商店街が有ったりもします。右手の路地に入って行ったところに建つこちらの建物は元飲食店なのか凝った軒先。奥は料理屋っぽくも見えます。

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こちらは集会所でしょうか、東一とは旧町名の東大久保一丁目を指すと思われます。

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医大通りの先は新宿5丁目の微妙な飲み屋街が続き、靖国通りを越えたら新宿2丁目。この界隈にもホモバーなどが密かに有ったりもします。

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大久保車庫の跡地に建った新宿文化センターを右手に見ながら進むと、道は不自然の一車線一通道路となります。

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このS字カーブも軌道の痕跡を色濃く残した盛り土が続きます。

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車道と歩道の段差の不自然さがいかにもな感じ。やがて廃線跡は職安通りに合流して行きます。

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職安通りの向こう側には銭湯も。この辺りには未だにボロアパートなどが多く残っています。

おまけ

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都電が荒川線を残して全廃になる以前に走っていた車両です。写真は2005年当時、都電荒川車庫の片隅で朽ちかけていたところを特別に入らせて頂き撮影したもの。行き先表示板は品川行きとなっています。

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反対側は銀座行き。この車両は現在綺麗に化粧直しして荒川車庫駅にて一般公開されています。

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もう一両荒川車庫に残されていますが、こちらは青いラインが入っているので荒川線で活躍していた車両。1980年代後半、高校生だった私は荒川線で現役時代の姿を撮影した覚えがあります。これらの車両が角筈線を走っていたかどうかは定かではありません。
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