結構ガチな観光地で、近頃ではインスタやメディアでも取り上げられている鋸山に行って来ました。

131391FF-E7AD-4214-AB1A-D27036383F74

浜金谷と言えばかつての川崎〜木更津フェリーに並ぶ、久里浜〜浜金谷フェリーで有名ですが、駅舎は田舎の木造駅舎です。一応有人駅で特急も停車します。

5D755726-94D6-48A2-B000-FC281B2E837F

久里浜〜浜金谷フェリーは健在。40分で結ばれているので、時間帯によっては渋滞が懸念されるアクアラインよりも便利な場合があります。

0327A970-3EAE-411B-B86E-1E9C11587F4C

鋸山まではロープウェイで行きます。登山する方も多いですが、撮影が目的なので楽します。祝日でしたが駐車場は満杯で行列も出来ていたので、廃止の心配はありません。ちなみに京成グループ。片道500円で往復950円ですが、懐かしい硬券キップが発行されます。

EC311F45-7B7C-4DEE-97A8-722CA5CD2720

頂上に登れば金谷の街が一望できます。浦賀水道の向こうは横須賀の街かな?

CB616E2F-3D4A-402F-B101-EC322D7C68D0

山頂は日本寺。拝観料として700円取られます。この日本寺の敷地を通らないと石切り場には行けません。合計1200円払っても登山はしたくない。とは言え磨崖仏の百尺観音は見事な迫力。仏像系にも興味がある方は羅漢像なども有りますので。

0E170C0F-4ED1-4C37-85E7-4385B65023F5

切り通しの高さも半端なく、迫力満点です。

50D1D506-F476-4746-A8FE-4707753E336F

近年、鋸山をメジャーにしたのはこの地獄覗き。飛び出す形の岩から下を覗き込むスリルがウケているようです。

1E3F3D08-199B-401A-A3E2-A774250D8334

いよいよ石切り場跡のエリア。ラピュタの壁と言われています。はい、9月に訪れた猿島もそうですが、ラピュタと言えば人が来ます。重要な事です。

E3FF9F06-6C66-4287-96ED-5E56934363F9

ラピュタの壁の下まで来ました。切り出した石材を搬出する切り通し。

39D484BE-7A92-4719-BF1E-E31975FD1CF5

付近には当時のものと思われる遺構がたくさん残っています。

1C9AFD22-1794-4CFF-A1B1-FDA63B60F298

石切り場の歴史は古く、安政年間(幕末)に伊豆石を切り出していた職人たちが渡って来て始まったとか。

9476985C-D987-48C1-BB67-9B3DC3CE9DC3

石切り場を望むコースは山頂付近の切り出された絶壁の下を進みます。写真右上に見えるのが地獄覗き。

135C0550-E545-4818-AAE8-59886A164507

この山頂付近から切り出していたのは慶応年間に入ってから。山頂に近ければ近いほど上質な石材が産出されたそうです。

4EE5672D-2262-465B-A9CC-EB08776189D0

昭和33年頃より索道が設けられ、ケーブルで石材が搬出されて行ったそうです。それまでは人の手によって山から下ろして行ったとか。

0F32A734-D2F0-40A4-A9AB-1A4A59612E99

その索道の機械が雨晒しで残されていました。観光地と言うよりも廃墟感が強い。

EE50661D-3F0C-4C36-989D-CB308174ED0E

こちらは石を切るチェーン鋸のような物と思われます。

0109C444-26A0-4DC8-9165-D869440682FD

こちらはトヨタの重機。いつ頃まで動いていたのでしょうか、オブジェのように打ち捨てられています。

31E8CD84-6CA8-4EC8-87E8-1252F4C0E59D

こちらの石切り場はとても複雑に掘られています。良質な石材を求めて奥へ進んだり横へ進んだりして、逆階段状にオーバーハングしています。

DCDFF556-6A42-4BE2-907B-5985CF81AA02

足元を見ると奥へ深く掘られており、水が溜まっています。

A56019F3-C84C-4516-8521-0E2B8E4C7EC5

ここにも水が溜まっている、と思ったら鯉が!www

136D7DC3-031C-4931-8C6E-35AAAFD0D498

すでに崩落しかけているところも。登山道は頂上付近の石切り場を一通り巡り、そのまま鋸山の山頂へのルートとなります。私は行きませんが。

A892B315-0765-4149-BCE4-1106F72BC320

ロープウェイへ戻らずにそのまま下山ルートに向かうと、かつて石材を搬出していた車力道に出ます。

AF209356-E561-452E-91DD-2C5D22F54DDC

ロープウェイの山頂駅に展示されていたイラストを見ての通り、索道が掛けられる以前はネコと呼ばれる荷車で坂を降っていました。

A6F5592E-B43B-40F4-89B1-B370651C74B8

所々にその車力道が残されています。石畳に轍が出来ていますが、無茶な話です。

933DF0EA-2F01-41F0-9F9C-530E2FB18E0C

急な箇所は樋と言う滑り台のような物で降し、緩やかな箇所は荷車に積みブレーキを掛けながら下る。しかもその役目を女性が担っていたと言うから驚きです。

6306AA51-A24C-4482-AC02-57551F2E6F29

麓まで降りて来ました。こちらは索道の終点の遺構。

B3A81EBF-A603-4054-86F9-529131E14150

街を歩くと房州石をあちらこちらで見かける事ができます。この石材は建材として首都圏の埠頭や橋など公共事業にも用いられていましたが、昭和に入ってコンクリートにその役目を取って代わられ衰退していきました。