現在、新日鐵住金鹿島製鉄所となっているこの場所には、昭和19年4月、神之池海軍航空基地が開設されました。

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製鉄所の脇にある桜花公園には、当時十数基あった掩体壕の内、唯一現存する掩体壕が残されています。

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この基地では練習航空隊が開設され、多くの海軍士官候補生・予備学生・予科練出身の搭乗員などが飛行訓練を行ない、その多くが霞ヶ浦南岸にある鹿島海軍航空基地などへと配属されて行きました。

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しかしその後、戦況の悪化から神之池海軍航空隊は721航空隊と改称され、神雷部隊として特攻機「桜花」の練習基地となります。

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桜花の訓練を終了すると、隊員たちは九州の鹿屋航空基地などに配属されて行きました。以前訪れた千葉県房総半島の桜花発射台カタパルト跡から出撃する予定だった隊員も、終戦直前までここで訓練していたのかも知れません。内部に展示されている機体は、住友金属により寄贈された復元機です。

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桜花は固形燃料によるロケットであるため航続距離が極端に短く、一式陸攻(爆撃機)の機体下部にぶら下げて敵艦隊への射程内へと近付いて行きました。しかし充分な護衛機も付けられないまま出撃し、敵艦隊のはるか手前で一式陸攻ともども全機撃墜されたなんて事もあったそうです。
特攻については当時反対を叫ぶ将校もおり、上層部を説得するさいの理由として、帰還させれば何度でも出撃出来るのに一撃で高性能な機体を何機も失うなど、物資の枯渇している現状では効率が悪過ぎると。そこで登場するのが桜花、回天、震洋などの最終決戦兵器でした。消耗品であるミサイルや魚雷に人を乗せる訳で、まさに悪魔の兵器と言えましょう。

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公園内は掃除が行き届いていてしっかり管理されており、献花やお供え物も新しい。おそらくは毎日通われている方々が、おられる様子。この桜花では55名の方が命を落とされたそうですが、神之池基地は迎撃機も無い状態で対空砲も届かないB29による爆撃も受けており、多くの方が亡くなられたそうです。御冥福を祈ります。