夏に訪れて以来、草が枯れるのを待ってからの足尾再訪です。藪などに阻まれ入ることが困難だった場所へも、秋なら進めるようになります。

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まずは簀子橋堆積場が見下ろせる山の上へ。通洞駅近くの蓮慶寺脇から、今ではほとんど使われなくなった登山道を登って行きます。急な斜面を登ってゆくと、なぜか幾つもの庚申塚が打ち捨てられていました。

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急斜面を登り切ると朽ちかけた祠が。しかし覗いてみると牛に跨った人物の首が無い。恐いから。

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やがて緩やかな尾根伝いに登山道の痕跡を辿りながら登って行くと、高圧線の走る開けた場所に。

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二箇所目の高圧線。赤松が多いので紅葉としては微妙。

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尾根はやがて両側が崖という切り立った地形になって来ます。場所によっては突風が吹いたりして、かなり恐い。もう散歩とか旅とかじゃない、これはガチの登山です。

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左手には簀子橋堆積場より古い時代に作られた堆積場が見えて来ます。こちらが一杯になったため簀子橋堆積場が造られたそうです。

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崖っ縁や岩場など、とても登山道とは言いがたい尾根を登り続けること約30分。視界の開けた絶壁から簀子橋堆積場が見下ろせました。ここは足尾銅山で産出された鉱物の選鉱・製錬工程で発生するスラグ(鉱滓)を沈殿させ堆積させる施設で、鉱滓ダムと言われるものです。

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堆積場周辺の谷は全て古河機械金属の所有地のため一切立ち入ることが出来ず、本来その姿を見ることは出来ません。周辺を撮影したところ管理人にカメラを取り上げられたと言う噂もネットに上がっています。この茶色いのが鉱毒だと言うのですから、確かにヤバいです。

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この簀子橋堆積場は足尾でも最も規模も大きく見た目でも分かりやすい施設ですが、他にも多くの堆積場が今も残っています。東日本大震災ではその一部が崩落し、渡良瀬川に流出した事もあったそうで、かつて足尾鉱毒事件の被害を受けた下流域の住民に対する視察会や説明会は今も続けられています。写真はそう言った視察会などで使われると思しき立て看板。銅山による繁栄に対する代償は、閉山から44年経った今でも払い続けているということです。

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登山道はさらに奥へと続いているそうですが、素人の私がこれ以上進むのは無理。だって右も左もマジで崖なんですもの。

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振り返れば通洞の街が見事に見渡せました。しかし、下山はもっと恐いです。不明瞭なルートを地形を見ながら戻らなくてはなりません。この帰路、尾根が二手に分かれています。登った時はもう一つの尾根に合流した事に気付かなかったため、下山の際は途中で左に斜面を下りなければならなかった。

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気付いたら巨岩のてっぺん(写真中央)。こんな時焦ってはダメです。冷静に来た道を引き返し、地形図から今居る場所を考えて、正しい道を探さなければなりません。
ともあれどうにか無事下山。正直、距離が短いからと言って登山の素人が行っちゃいけない山です。いや、登山道としてもはや整備されていない点から言って中級者でもキツいかも。


栃木県日光市足尾(1)、足尾銅山観光
栃木県日光市足尾(2)、旧足尾線貨物専用線跡
栃木県日光市足尾(3)、足尾銅山本山製錬所跡
栃木県日光市足尾(4)、鉱山住宅跡(その1)
栃木県日光市足尾(5)、鉱山住宅跡(その2)
栃木県日光市足尾(7)、秋の田元鉱山住宅跡〜変電所跡